TRIZ解説 | |
TRIZ:世界の潮流と日本の状況 |
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中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授) |
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日本規格協会『標準化と品質管理』、 Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 17-24。 特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法 |
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掲載:2013. 3.22; 追記: 2013. 4. 6 [日本規格協会の許可を得て掲載] |
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編集ノート (中川 徹、2013年 3月16日)
本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の 2013年2月号 (1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 (全53ページ) 中の第3の記事です。TRIZ特集については親ページを参照下さい。本件の掲載を許可いただきました、(財) 日本規格協会に厚くお礼申し上げます。
本稿では、特集の第1記事 (「TRIZの位置づけ」 林利弘) と 第2記事 (「TRIZの基本」 澤口学) の後を受けて、1990年以降 (すなわち、TRIZが西側に知られるようになってから後) のTRIZの発展についてその全貌を紹介しているものです。内容的な発展を世界のレベルで捉え、その後にTRIZの普及・推進活動の状況を世界と日本について概観しています。
本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるようにHTML形式でも記述します。特に、誌上では参考文献を最小限 (本『TRIZホームページ』だけ) にせざるをえませんでしたが、ここではできるだけ有益になるように主要な情報へのリンクを張っておきます。
本ページの先頭 | 論文の先頭 | 1. TRIZの発展(内容面) | 2. 世界の状況 | 3. 日本の状況 | TRIZ特集親ページ | 英文ページ |
目次
1.1 知識ベースの構築と高度な IT 支援
1.2 将来予測に基づく新商品/サービスの開発戦略の策定
1.3 新商品開発の一貫支援、他技法との統合利用
1.4 適用分野の拡大
1.4.1 非技術の分野へ
1.4.2 複雑・大規模な問題への対応
1.5 やさしい問題解決の方法
1.6 技法体系の再構築と教育への適用 (技術者・学生・生徒・幼児)2.1 世界におけるTRIZの導入・普及の略年表
2.2 ロシア圏の現状
2.3 米国の現状
2.4 欧州の現状
2.5 日本の現状 (詳細は本稿の3項 を参照)
2.6 韓国の現状
2.7 アジア諸国ほかの現状3.1 全体状況
3.2 企業での取組み状況
3.3 大学ほかでの取組み状況
解説:
TRIZ:世界の潮流と日本の状況
中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授)
日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 17-24
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
本稿では、1990年代以降のTRIZの発展の方向・流れを説明し、世界及び日本での普及と適用の状況を紹介する。
1. TRIZの発展(1990年代以降、内容面)
TRIZは多様な要素を持った体系として、旧ソ連で確立された (図1の中央部参照) 。旧ソ連の崩壊後、西側世界に紹介され、1990年代以降、広範囲に渡って発展してきている。その発展の主要方向は、図1に放射状に示すように多面的であり、以下にこれらの項目を順番に説明する。
図1. TRIZの発展 (1990年代以降、内容面)
1.1 知識ベースの構築と高度な IT 支援
TRIZの基本の一つは、特許の内容的な分析から、技術開発に有用な様々な知識を抽出・整理して、使いやすい知識ベースをつくり、そのエッセンスを種々の原理としてまとめたことであった。1990年代以後、知識ベースの構築がさらに進み、知識ベースと種々の技法が使いやすいソフトウェアツールとして組み込まれ、次々に高度なIT支援が開発されてきている 。その特長は、次のようである。
@ 世界の特許情報及び技術情報が常に分析されていて、その成果がこれらのソフトツールに組み込まれている。この結果、TRIZ関連のソフトツールは、最新の科学技術を反映した知識ベースをもち、各種の技法をサポートしている。
A世界の特許情報を参照・活用する機能が豊富である。その目的には、開発したい機能を実現する諸技術 (特許) の調査、競合技術 (特許) の調査・分析、競合他社の特許戦略の分析、自社の特許戦略の策定、自社所有技術の潜在適用分野の分析、などがある。
B問題解決のプロセスをサポートあるいはリードする機能がある。問題状況の把握、問題の根本原因の検討、矛盾の明確化、システムの機能分析、アイデア創出のサポート (発明原理の提示、ヒントとなる事例の提示など)、アイデアの整理と評価のサポート、など。
C特に、矛盾マトリックス (アルトシュラーの原版だけでなく、Mann らの新版 Matrix 2003/2010 も) のツールで、ユーザに今までよく使われた発明原理を提示し、またそのもとになった特許事例を提示するものがある 。
1.2 将来予測に基づく新商品/サービスの開発戦略の策定
将来を見据えて、新商品/サービス及びそれらの基礎になる技術を開発することは、企業にとって大事だが、難しいことである。従来は、過去から現在までのトレンドを考察して、それを将来にも当てはめる (延長する) ことが多かった。それは周りの状況が大きくは変わらず、現行システムの逐次改良で済むような範囲で成り立つことである。状況の変化を予想し、また、斬新な (ヒットを生むような) ものを創り出すにはどうすればよいか。この課題にTRIZがチャレンジしてきている。その方向は概略、次のようである 。
@社会・市場・技術などの従来と今後のトレンドや変化を、分析し、想定する。これは各種統計や資料を利用するとともに、空間的には社会環境、システム、要素といった階層構造を考えた上で、技術革新や社会の変化による影響を時間軸で予測する。
Aこれらのトレンドや変化がどのように相互に影響し合い、また新しい動きを生むのかを考察していくと、(現在あるいは) 近い将来に互いに対立するトレンドが見つかる。
Bこのトレンドの対立を、TRIZの矛盾の概念で捉え、その解決の方向を考える
Cトレンドの対立を解決し、かつその他の (社会・市場・技術の) トレンドと整合するような解決策で、自社のビジネス的、技術的基盤に合うものを、選択し、準備していく。
1.3 新商品開発の一貫支援、他技法との統合利用
一つの新商品 (あるいはサービスなど) を開発して市場に出して行こうとするときに、「開発・設計プロセス工学技術」と総称している多様な方法群を組み合わせて使うとよい 。実際に、多数の新商品開発が、TRIZとその他の方法を組み合わせて実施されて成功しており、諸技法の統合的な利用法も随分と明らかになってきている。特に日本で強調されているのは、次のやり方である 。
@ユーザの要求を把握するために、QFD (品質機能展開) の方法を活用し、何を目標として開発すべきか、どういう手段が必要かを明確にし、何がボトルネックになっているかを明らかにする。真のユーザ要求の把握にあたっては上方Why 分析 (「何の目的で?」と確認していく分析法) も使われる。
A開発目標を達成するためには、ボトルネックとなっていること[本質的な困難 (「壁」)]を解決することが必要である。TRIZを使って、それらの困難を「矛盾」として明確にし、それらを解決する多様なアイデアを創出した上で、最新の技術情報を活用しつつ、新しい解決策コンセプトを構築していく。
B解決策コンセプトを具体化するには、設計において多様な設計パラメータ (値) を決定する必要がある。ここにタグチメソッド (品質工学のパラメータ設計) の方法を用いて、市場においても安定した性能を発揮できるようにロバストで (外部諸条件の変動に対して頑健で) 最適な設計を目指す。なお、この際に行なうべき多数回の実験を、実システムでなく、CAE (Computer Aided Engineering) 技術を用いたシミュレーションモデルで実施できれば、格段に能率的である。
Cまた、@の段階に対して、「主要価値パラメータ (MPV) 」(現行システムではまだ実現できていないが、それができれば顧客がぜひ買いたくなるような特性) を明確にするとよいという (米国での) 提唱がある 。
1.4 適用分野の拡大
1.4.1 非技術の分野へ
TRIZの考え方と方法 (特に、問題の分析と発明原理を使ったアイデアの創出) は、その適用分野をどんどん拡大しつつある。例えば、
@IT/ソフトウェア開発の領域:TRIZ導入の当初は、「(ハード分野で樹立された) TRIZが、情報という無形のものを扱うソフトウェア (開発) の領域では有効でないだろう」という人々もいたが、現在ではTRIZの適用が広がっている。それは、矛盾や発明原理、「システム」という考え方がハード分野もソフト分野も共通であることが認識されたからである。
Aビジネス、経営、心理の領域:問題の分析、(人・組織・社会・モノなどで構成される) システムの分析、矛盾の捉え方、アイデアの創出法 (ビジネス向けに修正した発明原理など)、解決策の構築法などに、やはりTRIZが使えることが明瞭になり、この分野に適応させたTRIZが開発・利用されている。
B生物工学の領域:生物はその35億年の歴史の中で、多様な素材、構造、機能、環境を創り、進化させつつ生命を維持してきた。その仕組みには、まだまだ解明されていないことが一杯ある。TRIZ研究者たちの一部は、生物学の諸領域の研究者たちと共同して、生物が進化させた (ミクロからマクロまでの) 諸システムと技術システムとの類似性・相違性を研究している。生物がもつしくみを人間の技術として導入することは、永遠の課題の一つであろう。
1.4.2 複雑・大規模な問題への対応
TRIZの基本は、問題 (困難点) の本質を明確に絞り込み、それを解決することである。しかし、実際の技術開発でも、また、社会問題や環境・エネルギ問題を扱うときにも、多数のことが関係した複雑な状況を扱わなければならない。そのためのTRIZの拡張として、「問題 (と部分解決策) のネットワーク」として状況を把握し、「多数の矛盾のネットワーク」の形で重要な矛盾の優先的解決を図る方法などが提案されている。また、これらを扱うソフトツールが開発されている。
1.5 やさしい問題解決の方法
今までに述べた発展の方向は、すべてTRIZを拡張・拡大するものであった。しかし、TRIZの基本部分でさえ、初心者・実践者には「複雑で、理解・適用が難しい」と感じられることが多い。そこで、TRIZの考え方やツールを「もっとわかりやすくしよう」という方向での多数の試みも同時に行なわれている。これにもいくつかのやり方がある。
@技法の選択/簡単化:TRIZの諸技法から、使いやすく、効果が出やすいものだけを選択して、教え、利用しようとする。「40の発明原理」が最もポピュラーであり、優先的に考えるとよい発明原理を提示するための (技術的矛盾の考えを使った) 矛盾マトリックスの利用、更に(物理的矛盾の考えまで使った) 分離原理の利用などがある。
A技法やツールを馴染みやすくする:TRIZの基本である「矛盾」を (ユーザ自身の問題に関して) わかりやすく表現できるようにする、表現法の改良が種々提案されている。また、40の発明原理の一つひとつをわかりやすく表現し、カードなどにして、アイデア創出のグループ作業で利用する。発明原理のうちの主要なものを、歌 (替え歌) で表現し、子どもでも覚えられるようにする。などの実践がある。
B問題解決のやさしい一貫プロセス: 問題解決の一般的なプロセス (とそのための基本概念) を考え、TRIZ (及び関連技法) の諸ツールを消化し、統合しなおした方法を提供するものがある。USIT (ユーシット、統合的構造化発明思考法) がその典型である 。グループ作業で、(a) 問題を明確にする、(b) 現在のシステムを (構成要素−属性−機能、空間、時間の面から、そのメカニズムを) 理解し、理想のシステムを (望ましい振る舞いと望ましい性質の面から) 理解する、(c) 新しいシステムのためのアイデアを創出する (USITオペレータと呼ぶ32種の一般的な方法を使う)、(d) アイデアを中核として解決策コンセプトを構築する。この(a)(b)(c)の過程で、いろいろな問題に対しても同じ標準的な方法を使うので、理解と適用が容易になる。
1.6 技法体系の再構築と教育への適用 (技術者・学生・生徒・幼児)
TRIZの基本的な部分はもとより、西側世界の様々な関連技法を取り入れ、上記に述べたいろいろなTRIZの発展を踏まえて、多数の教科書がつくられてきている 。
社会人、特に技術者に対するTRIZ教育が、企業内外の研修として活発に行なわれており、これらの新しい教科書も広く活用されている。大学生に対しては、問題解決技法の授業や演習として行なわれており、より根本的に工学の基礎教育として位置付けることが提唱されている。高校生以下、小学生や幼稚園の子どもたちに対しては、TRIZそのものを教えようとするのではなく、創造的に考える楽しさと思考態度を伝える試みが (特に旧ソ連圏で) 行なわれている。
2. TRIZの普及: 世界の状況
本節では、TRIZに関する世界の活動を紹介し、普及の状況について述べる。
1990年代以後のTRIZを推進した主体は、旧ソ連のTRIZ専門家たち、及びその後の西側のTRIZリーダたちを中心とした、ツールベンダーとコンサルタントの活動といえるだろう (前節での内容面の発展の大部分に寄与している)。これに、企業での導入・適用活動、大学での研究と産学連携活動、政府などの後押しがあって (あるいは不足していて)、TRIZの各国での普及が進行している。
2.1 世界におけるTRIZの導入・普及の略年表
図2に、世界の各国 (地域) でのTRIZの導入時期、及びTRIZ推進の国際/国内組織、TRIZ関連の国際/国内学会、ウェブサイトの発足時期を年表の形で示す。
図2. 年表:世界各国のTRIZの導入時期、推進組織、コンファレンス、ウェブサイト
TRIZの母国である旧ソ連においては、TRIZの最盛期は旧ソ連の崩壊の直前1990年頃であり、当時約200のTRIZスクール (公的な大学の研究室から私的なグループまで) があり、総計約7,000人が在籍・活動していたという。ただし、国の組織や事業体に正式に導入されたことはなく、旧ソ連の技術に対するTRIZの寄与は限定的であったと考えられる。旧ソ連崩壊に伴い、多数のTRIZ専門家たちが米国や欧州に移住した。現在もなお多数のTRIZ専門家たちが残っており、健在である。
国際TRIZ連盟は1989年に設立され、2000年代後半になってから活動がやや活発になってきたが、それでも旧ソ連圏 (と米国等在住のロシア人コンサルタントたち) が中心の組織である。古典的TRIZをベースとしたTRIZの資格認定制度を運用し、普及の鍵にしようとしている。
子どもたち (幼稚園〜小学校が中心) へのTRIZベースの創造性教育の実績が蓄積されてきている。
1990年代に多数のTRIZ専門家たちが米国に移住し、TRIZソフトツールの開発、企業へのTRIZ研修とコンサルティングなどを開始した。特許の分析をもとにした技術知識ベースを備えたTRIZソフトウェアツールは、1990年代後半に米国で脚光を浴び、多数の大企業 (Boeing、NASA、P&G、ほか多数) がソフトウェアツールを導入し、その利用法の企業内研修が行われた。
アルトシュラーの認可を受けて、(西側) 世界へのTRIZ普及のための組織として米国に Altshuller Institute for TRIZ Studies (AI) が1998年に設立され、TRIZの国際会議 TRIZCON を1999年から毎年開催するようになった。また、これらに先立って、公共的ウェブサイト「TRIZ Journal」がつくられ、毎月5〜10編の寄稿論文を掲載した。1990年代末から2000年代初めころまで、米国でのTRIZ活動は専門家たち (ベンダーやコンサルタントたち) も、ユーザ企業の活動も大いに活発であった。またその影響力を、欧州諸国や日本などにも及ぼしていた。
しかし、2000年代半ばになると、米国でのTRIZは「ブームが去っていった」状況になった。おもてに現れている米国でのTRIZの状況は現在低迷している。「TRIZ Journal」は2010年で刊行を停止し、その再興が検討されているが実現していない。AI 主催のTRIZCON は、毎年春に開催されてきたが、2011年には開催時期 (と場所) がたびたび延期され、11月に小規模で開催された。しかしながら、TRIZを積極的に活用している企業も一部には存在する (インテル、ハネウェル、GEなど) が、ほとんど公表されない。
注: 米国にはベンダー企業や強力なコンサルタント企業が多数あって、(世界を相手に) 活動を継続しているにもかかわらず、米国の企業におけるTRIZの導入・適用の熱が冷めていった。その理由は、必ずしも明確でない。米国企業が知識ベースツールとしてTRIZの導入を図り、ツールが発明をしてくれるかのような幻想があったのが消滅したこと。TRIZの考え方や技法の理解が十分進まなかったこと。ロシア人コンサルタントたちが、研究委託を主とし、TRIZ技法のノウハウを企業に伝授したがらなかったこと。大学でのTRIZ研究が弱かったこと。ロシア人TRIZマスターたちが、アメリカ人TRIZリーダたちを排除しようとしてきたこと。方法論よりも、個人の独創的な成果が脚光を浴びる文化であること。など様々な理由が考えられている。
欧州でのTRIZは、米国よりやや遅れて、1997年頃から米国のTRIZベンダーの影響下にスタートしている。2001年になって、欧州5ヶ国 (英・仏・独・蘭・伯) のTRIZリーダたちが集まって欧州TRIZ協会 (ETRIA) を設立し、その年からTRIZの国際会議 (ETRIA TFC) を開催した。この国際会議は欧州各国の持ち回りで開催しており、各国のTRIZ組織を強化する役割も果たしてきている。ETRIAの国際会議では、TRIZの学術的な研究から、適用分野の拡張、企業での活用法、更には中小企業での実践まで、様々な発表が活発に行なわれている。
欧州の特長は、各国の大学にTRIZの研究拠点があり、積極的に産学連携を図って、企業での実践を通じて研究をも高めようとしていることである。フランスのINSA Strasbourg (ストラスブルグの大学院大学) がその代表であるが、英国のBath大学 (生物工学とTRIZ)、イタリアのミラノ工科大学 (開発設計法へのTRIZ応用)、ドイツのアーヘン大学、オランダのTwente大学などがある。
フランスのINSA Strasbourg では、TRIZの理論を更に拡張・一般化したOTSM (「強力な思考の一般理論」) の研究グループを招き、共同研究をした。そして、OTSM-TRIZ を専門とする大学院コース (Advanced Master コース) を設立し、マスター及びPhDを養成してきた。そのコースでは、企業との共同研究を必修にしている。また、OTSM を消化して、IDM (Inventive Design Method) と呼ぶ独自の方法を創り、実地の技術開発プロジェクトをコンピュータ支援しようとしている。
フランスでもう一つ特記すべきは、フランス教育省の実践である。教育省 (高校以下を管轄) の高官が2004年にTRIZに関心をもって準備し、2009年から全国的に始めたものである。すなわち、理科系の高校生全員に対して、20時間のTRIZ教育を必修科目にした。現在、毎年17,000名の生徒が受講し、その担当のためにTRIZ教育を受けた高校教師が5,000名に登るという。現場での教師には戸惑いが大きいようであるが、将来に渡って大きな影響をもつことであろう。
日本でのTRIZ導入は、1996〜97年に開始された。初期には米国のソフトウェアツールが注目され、製造業の多数の大企業がそれを導入した。2000年代初めに一時期「TRIZのブームが去る」現象が起こったが、それを乗り越えて普及が続いている。特に、2005年に日本TRIZ協議会がつくられ、同年に第1回日本TRIZシンポジウムを開催した。2007年には、協議会の後継としてNPO法人日本TRIZ協会が設立されて、TRIZシンポジウムを中心として普及活動をしている。導入企業の多くでは、ミドルアップ・ダウンでTRIZが推進されており、必ずしも全社レベルで、トップダウンで、推進する体制になっていない点で弱さがある。--- 韓国はじめアジア諸国の状況を説明してから、再度3.で日本の状況を説明する。
韓国では日本からやや後れてTRIZの導入が始まった。ただ、導入の初期から、LGやサムソンなどの大企業が旧ソ連圏のTRIZ専門家を数名雇用し、実験プロジェクトでTRIZの適用を試みた。2004年には、そのプロジェクトが顕著な実績を挙げたことが明らかになり、サムソンの経営トップが全社的にTRIZ導入の号令をかけた。グループ各社にTRIZ推進室をつくって、旧ソ連圏のTRIZ専門家を数名ずつ雇用し、推進室員に見習わせつつ、実地プロジェクトへのTRIZ適用を推進した。また、2006年にはイントラネット上にTRIZ学習プログラムを掲載して社員に自己学習させ、大規模な社員研修を行い、TRIZを使った成果を競わせた。このようなトップダウンの推進により、サムソンでのTRIZ普及は全社的で高度なものになっている。この動きは、LG、現代自動車、POSCOなどの韓国大企業でも取り入れられており、韓国がいまや全世界で最も活発にTRIZを活用している国になっている。これらの韓国大企業における近年の躍進には、TRIZも寄与していることが伺われる。
韓国のTRIZ協会 (KTA) は2005年に有志レベルで設立されているが、2010年には大企業をバックにして別組織 KATA (Korea Academic TRIZ Association) が設立され、同年から韓国のTRIZ学会 (Global TRIZ Conference in Korea) を開催している。2012年7月の第3回学会には参加者約300名であったという。
また、韓国の多数の大学でTRIZの授業が行なわれており、工学系のカリキュラムの中にTRIZを正式に組み込むことが進められている。なお、POSCO (韓国を代表する鉄鋼メーカ) は「TRIZ大学」をつくって、技術者へのTRIZ教育を強化している。
中国では、2007年に政府の科学技術省が、「イノベーションの方法」としてTRIZに注目し、黒竜江省と四川省をパイロット省として認定し、その配下に多数のデモ企業を認定した。2008年には科学技術省の管轄下に Innovation Method Society (IMS) を設置して、TRIZの推進を管轄させた。 (ETRIAの調査への回答によると) その翌年の段階で、40人以上のTRIZ研究者を擁する組織が四つあるという。これは現在も加速されているであろう。
マレーシアでは、インテルの製造工場で品質改善にTRIZが活用されてきた。これが政府のICT強化、イノベーション奨励の政策と合致し、2010年以来大きな流れができている。すなわち、2010年にインテル・マレーシアと政府 (科学技術イノベーション省と高等教育省) と全国の大学との三者協定ができた。「大学がお膳立てして教員研修の体制をつくれば、Intel がそのTRIZ専門家たちを無償で派遣して、TRIZ研修を行なう。政府が大学にそれを奨励する。学生に対するTRIZ教育 (イノベーション教育) をその教員たちが指導する。」この普及戦略が確実に成果を挙げ、2012年11月に開かれた第2回のマレーシアTRIZ学会は企業と多数の大学が参加する活発なものであった。 [追記 (中川 2013. 4. 6): このマレーシアTRIZ学会における主催者 Dr. TS Yeohの基調講演のスライドを入手したので、英文と和訳 (解説つき) で『TRIZホームページ』に掲載した。]
イランの状況も特に注目される。若いTRIZリーダたちが、TRIZ紹介ビデオをつくってテレビ放送をし、新聞や雑誌のコラムに毎週の連載をし、更に、朝の教育テレビ及び夕方の別テレビのトークショウを、イノベーションとTRIZにかかわるテーマでレギュラ放送 (毎週各1回) した。この結果、イランの知識層にはTRIZの考え方が広く知られているという (2010年日本TRIZシンポジウムでの Mahmoud Karimi氏基調講演)。テレビのレギュラ放送は、模様替えして今年また始まったという。
また、台湾、タイ、インド、シンガポールなどでもTRIZが普及しつつあり、アジア諸国には、TRIZ導入に懸ける熱い想いが感じられる。
これらのほかに、イスラエルでは1980年代の初めから、オーストラリア、メキシコ、ブラジルなどでも1990年代半ばから、TRIZが導入されており、現在はTRIZが世界に広がっている。
3. TRIZの普及:日本での導入・発展の歴史と現状
3.1 全体状況
日本へのTRIZの導入は、1996〜1997年に『日経メカニカル』誌が紹介したのがきっかけである。日経BP社のほかに、東京大学の畑村洋太郎教授、三菱総合研究所、産業能率大学などが、TRIZ導入の役割を果たした。初期のTRIZは、米国経由で導入され、知識ベースツールの面 (特に、矛盾マトリックスと発明原理の利用) が強調された。製造業のほとんどの大企業 (の一部のシニアエンジニアたち) が強い関心を示し、ソフトウェアツールが日本語化されて導入された。いくつかの基本的なTRIZ教科書が翻訳・出版されたが、TRIZの思想や技法の内容の理解はやはり後れていた。日本でのTRIZ活動の一つの特長は、公共的ウェブサイト「TRIZホームページ」(中川徹編集) がTRIZの最新情報を和文と英文で紹介し、また、やさしくしたTRIZとしてUSITが導入され、発展していったことである。
2000年代初めに、日本でも米国同様に「TRIZのブームが去る」現象が起こった。日経BPがTRIZをほとんど取り上げなくなり、TRIZ体系の複雑さがTRIZ嫌いの人々を生み出した面がある。それでも日本でのTRIZ活動は、新しいTRIZ教科書の和訳や国際会議の論文の紹介などを通じて、TRIZ推進者及びユーザの中に、TRIZの考え方や技法が浸透していった。
2004年には、企業ユーザ主導のもとに日本のTRIZ推進組織が協力するTRIZ懇話会が、翌年には日本TRIZ協議会が発足し、2007年にはNPO法人日本TRIZ協会が設立されて、国内のTRIZ関係者が個人として参加して協力していく体制が確立した。TRIZ協議会/協会は、2005年から日本TRIZシンポジウムを毎年開催し、全国的かつ一部国際的なシンポジウムとして定着してきた。表1にTRIZシンポジウムの実績を示す。
表1. 日本TRIZシンポジウムの実績
3.2 企業での取組み状況
日本企業では日立グループ、パナソニック、ソニー、東芝、富士フイルム等多くの企業がTRIZの導入・活用に取り組んできた。しかし前述のように推進リーダの世代交代の中でその後の活用の状況には大きなバラツキがでているようである。
この中でTRIZの導入と適用が最も進んでいるのが、日立グループである。1997年から、TRIZだけでなく開発・設計プロセス工学技術群を導入し、ミドルアップ・ダウンのやり方で全社運動とした。主要方法ごとに全社横断の委員会をもって適用法の改良と普及にあたり、また、部署ごとに推進委員を置いている。また、各種技法の連携活用を積極的に推進しており、TRIZの適用事例の累計は2011年までで4500件あまりであるという。
また、パナソニックコミュニケーションズ社[現:パナソニック システムネットワークス(株)] は、2000年代半ばに、QFD−TRIZ−タグチメソッド−CAE を連携させた方法を全社的に推進した。商品開発のテーマ設定から、企画・構想・研究開発・設計・生産の各フェーズでTRIZを工夫しながら使っている。特に、製造工場での現場の問題解決にTRIZを活用して慢性不良を撲滅した事例が発表されている。
日本企業でのTRIZの導入は、大部分が「ミドルアップ・ダウン」の体制 (ミドルが会社幹部を動かすとともに、ミドルが担当者レベルを鼓舞して動かす) で行なわれている。導入推進者が属している部門 (技術管理部門、研究所、開発部門、特許部門など) に応じて、TRIZの適用・推進方法は変わるが、どの部門が主導してもよい。実験プロジェクトでの試行、実地プロジェクトでの実践・指導、研究会の組織など、典型的な活動がある。TRIZ推進を職務とする組織を中心にして、事業部長や社長などの企業トップが積極的に関与する体制が望まれる。問題意識と熱意をもったTRIZ導入のリーダが退職や人事ローテーションでいなくなると、TRIZ適用活動が沈滞化することが (日本でも世界でも) 起きているが、このようなことへの的確な対応ができている企業とそうでない企業の間でイノベーション力の差が顕在化してきている。
3.3 大学ほかでの取組み状況
日本の大学でTRIZ教育を行なってきたのは、大阪学院大学 (授業と卒業研究)、神奈川工科大学 (学部のプロジェクト演習と大学院での演習授業)、関東学院大学、産業技術大学院大学 (演習授業)、早稲田大学 (修士研究と演習授業、社会人の博士研究)、芝浦工業大学、などがあり、更にいくつかの大学での非常勤講師による演習授業などである。まだ個別的ではあるが、事例報告や講義ノート などが公表されており、モデル授業・演習として参考になる。
高校以下、子どもたちに対するTRIZベースの創造性教育は、学校や幼稚園での試行例はまだないが、父親と中学生の息子とのTRIZを使った自由研究の例がある。
参考文献:
[1] 中川徹編集: 『TRIZホームページ』 URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/ 。TRIZ関連の多数の論文/寄稿、国内・海外の学会や活動の情報が、掲載され、蓄積されている。
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最終更新日 : 2013. 4. 6 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp