TRIZ解説

TRIZの位置づけ:
開発・設計プロセスにおける問題解決・課題達成の技術

林利弘 (林 技術士事務所)

日本規格協会『標準化と品質管理』、
Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 2-6
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
掲載:2013. 2.20  [許可を得て掲載]

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編集ノート (中川 徹、2013年 2月16日)

本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の先月号 (2013年2月号、1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 (全53ページ) 中の最初の記事です。TRIZ特集については親ページ を参照下さい。

本稿では、TRIZの中身を (後続の記事で) 述べる前に、TRIZの位置付け、役割について説明しています。

本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるようにHTML形式でも記述します。本件の掲載を許可いただきました、(財) 日本企画協会と 著者に厚くお礼申し上げます。

 


   『標準化と品質管理』掲載    PDF  (568 KB)

目次

1. 新技術・新製品開発を成功させるための課題

2. 開発・設計プロセスと開発・設計プロセス工学

3. 強いモノ・コトづくりと開発・設計プロセス工学技術

4. 開発・設計プロセスにおけるTRIZの役割

5. VE (Value Engineering) と TRIZ −比較と連携

6. 知財力強化におけるTRIZの役割と効用

7. リスクマネジメントにおけるTRIZの役割と効用

参考文献


解説:

TRIZの位置づけ:
開発・設計プロセスにおける問題解決・課題達成の技術

林 利弘 (林 技術士事務所)

日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 2-6
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法

1. 新技術・新製品開発を成功させるための課題

製造業のモノづくりプロセスを大きく2段階に分けると、技術・製品の創造に関わる開発・設計プロセスと、開発・設計されたものを具体的な形にして顧客に引き渡す生産・流通・販売プロセスとがある。

日本の企業は、この下流に属する生産プロセス(モノ作り)の優秀さによって、近年まで世界を席捲してきた。しかし、近年、生産技術の海外移転により、生産プロセス技術の格差が減少してきている。そのため、世界における競争力の源泉は、新しい発想での技術・製品の開発力、多様化する市場ニーズへの対応力、短期かつ高質な開発力など、開発・設計力の優秀さに移行しつつある。この点で日本の製造業が後れをとり、近年の苦境に陥っているといえる。

そこで、上流にある、新技術・新製品の創造に関わる開発・設計プロセスを、如何に効果的かつ効率的にできるか、が課題になっている。 

新製品開発の現場では、よく知られているように多くの問題に直面する。すなわち、

@ 研究開発をしたが、事業化するに至らなかった (「死の谷」の問題)。
A 事業化を決定したが、製品の開発・設計段階で品質問題やプロジェクトの混乱などが生じて、出荷時期が大幅に遅れ、製品そのものが陳腐化、または売れ時期・必要時期を逃してしまった。
B 製品を首尾よく出荷したが市場で品質問題を起こした。
C 製品を出荷したが思うように売れなかった。

などである。これらの問題の発生を如何に防止するかが重要な課題である。

  これらの課題に対して、製品分野や技術分野に依らない一般的な指針と方法を与えるのが、「開発・設計プロセス工学技術」と総称される技術群である。その中の一つにTRIZ (トゥリーズ:「発明的問題解決理論」)があり、市場や技術の将来予測、技術の壁のブレークスルー、技術分野の問題解決、強い知財の獲得、リスク対策の立案、などに役立つ技術 (方法論) である。

本稿では、開発・設計プロセス工学技術の概要を述べ、その中に位置づけたTRIZの役割と効用を説明する。

2.開発・設計プロセスと開発・設計プロセス工学技術

  開発・設計プロセスは大きく分けると、下記の2つに分けることができる。

@ 開発戦略策定プロセス

何を開発すべきかを考える。市場・顧客に受け入れられ、市場競争に勝ち、収益を上げることができる製品・サービスの基本仕様は何かを定義する。

A 開発実行プロセス

開発を実行する。開発戦略策定プロセスで定義された製品・サービスの基本仕様を、プロジェクトの制約条件(人、物、金、時間、技術)の下で、効果的かつ効率的に具体的な製品・サービスとして実現する。

これら各プロセスにおけるエンジニアリング課題を図1に示す。

図1.開発・設計プロセスにおけるエンジニアリング課題

「開発・設計プロセス工学技術」とは、図1に示すエンジニアリング課題に対して、個別の技術分野に特化せず、開発・設計プロセスをシステマティックに遂行することを支援する各種の工学技術群を総称したものである。その要件は、必要な検討を漏れなく、ダブりなく、手戻りなく実施し、つぎの3つを最短期間で創出・実行する活動を支援することである。

@ 最も市場可能性の高い製品を開発するための戦略案、
A(機能・性能・コスト面で)最適な開発・設計仕様と方式の案、
B 解決すべき課題や低減すべきリスクと必要期限を明確にした開発プロジェクトの計画案。

従来の開発工学もしくは設計工学と言われているものと、この開発・設計プロセス工学との違いを図2に示す。前者が特定技術分野に依存するのに対して、後者は課題達成の特定プロセスには依存するものの、対象技術分野を問わず適用可能である。この意味で、共通基礎工学の新しい領域であると位置づけられる。

図2.開発・設計プロセス工学の位置づけ

開発戦略策定プロセスと開発実行プロセスにおける課題、およびそれら課題を達成するために適用できる開発・設計プロセス工学技術の例を、表1に示す。

    表1.開発・設計プロセスにおける課題および適用可能な開発・設計プロセス工学技術

これらの開発・設計プロセス工学技術は、一般に下記のような特徴を持っている。

・ しっかりした、もしくは納得できる仮説や理論・経験・ノウハウがある。
・ 方法論と具体的な技法・ツールがあり、実践的技術として確立している。
・ 入力データから結論の導出に至る過程が明確に手順化されており、第三者による検証が容易。
・ 適用範囲は特定のプロセスに限定されるが、技術分野には依存しない。

一方、留意すべき点としては、下記がある。

・ あくまで道具であり、効果は使う人次第である。入力データの選び方、条件の設定の仕方、判断の仕方によって結果は大きく変わってくる(→実力のある人が使うと大きな力を発揮するが、そうでない人が使うと見掛けだけは立派な張りぼての結果となる可能性がある)。
・ 個々の技術の適用限界を認識し、その限界内で使うことが必要である。
・ 広く開発・設計プロセスの全体に適用するためには、問題・課題局面や適用プロセス局面に応じて、各種技術の効果的な連携活用を図ることが重要である。このためにも個々の技術だけではなく、開発・設計プロセス工学という視点で各種技術を理解しておくことが大切である。

3.強いモノ・コトづくりと開発・設計プロセス工学技術

  近年強いモノづくりに関連して、「モジュール組合せ型がいいのか、摺り合わせ統合型がいいのか」といった議論や、「表層の競争力だけではなく、深層の競争力をもっと重視すべきである」といった議論が行われてきた。開発・設計プロセス工学技術は、(日本が強いとされてきた) 摺り合わせ統合型で必要とされた技能的・ノウハウ的な技術(匠的な経験と勘が必要な技術)を工学的に扱うことを可能にし(図3)、また強いモノづくり力に大きくかかわる深層の競争力の強化にも大きく貢献する(図4)。強いコトづくりにも貢献できる開発・設計プロセス工学技術も種々存在する。

図3.モジュール組合せ型/摺り合わせ統合型において必要な能力と開発・設計プロセス工学技術

図4.能力構築競争における開発・設計プロセス工学技術の位置づけ

4.開発・設計プロセスにおけるTRIZの役割

  TRIZ は幅広い考え方と方法(=公理・公準+思考法+技法+知識ベース+補助ツール)を持っており、開発戦略策定プロセスおよび開発実行プロセスにおける各種問題・課題シーンにおいて、その有効性を発揮することができる。

  例えば、新製品・新技術開発において、(将来を見越した) 待ち受け型の開発を行う場合を考えよう。将来の製品や技術の仕様を確実性高く、また第三者も納得できる形で設定することは非常に難しい問題である。TRIZでは、市場環境や製品・技術環境が、過去・現在・未来にどのように変化してきたか/していくかを3×3の時・空マトリックス(9画面マルチスクリーン)で分析する。また、システム自体やそのサブシステムが、進化パターンの中でどのような位置づけにあるかを見ることによって、今後一層発展するか、あるいは飽和点に近いため新しい視点での取り組みが必要であるか、などの判定を行うことを可能にする。また、様々な将来の可能性が考えられる場合には、究極的にどういうことになるのが理想か(究極の理想解(IFR))を考える。このような技法・ツールを使って、“システマティックな未来予測”を追求するのである。

開発・設計プロセスでの主要な問題・課題検討局面において、それぞれに有効なTRIZの技法・ツールを表2に示す。

       表2.開発・設計プロセスでの諸課題に対して有効なTRIZ技法・ツール

5.VE (Value Engineering) とTRIZ:比較と連携

  価値工学として知られているVE にはTRIZと通ずる考え方ある。両者の特徴や使い方を考察しておこう。

VEが「機能/コスト」の最大化を目指すのに対して、TRIZは「有益機能/有害機能」の最大化を目指す。VEはコスト視点を主要パラメータとして陽に取り上げ、多くの問題分析・整理手法を持つが、解決策をどう創生するかについては必ずしも明確な方法を持たない。

  一方、TRIZはコストパラメータを陽に取り上げないが、有害機能の中にコストをも含めてより一般的に扱う。また、将来の進化も考慮して、問題を本質的に解決することを目指し、技術的・コスト的に優れたアイデアの獲得を支援する。

  TRIZでの問題解決においては、如何に問題を的確に定義するかを、重要なステップとして位置づけている。そのための方法として、システム構成要素間の機能的関係を図示し、各機能が有害か/不十分か/過剰かも記述する (機能-属性分析法)。これはVEの創始者であるラリー・マイルズ[Larry Miles (元GE社)]の機能分析法を発展させたものと言われている。

  従って、VEとTRIZをうまく連携させることにより、コスト的にも十分考慮し、技術的にもすぐれたアイデアを導出する、極めてパワフルな方法にステップアップさせることができる。

6.知財力強化におけるTRIZの役割と効用

  特許に代表される知財を強化することは、企業の競争力強化に直結する。日本企業の知財は、事業・製品戦略と密接に関連させ、先を見通し、競争相手から破られない質の高い知財網を構築するという戦略性に欠けていた。質の高い、各種代替案を包含した網羅性の高い知財網を構築するには、将来の市場・技術トレンドを的確に読み、様々な着眼点とそれらに対する各種の効果的な解法案を短期間かつ効率的・網羅的に産み出すことが求められる。

TRIZにはこれらの要請に対して効果的・効率的に支援するために、知財支援向けに特化した方法やコンピュータ支援ツールが開発されている。それらの活用により、一層効率的にかつ効果的に強い知財を創出したり、競合他社の特許の穴を効果的・効率的に発見することができる。その結果、事業戦略上有効な、特許の量と質が高まり、特許の費用対効果も高くなり、事業戦略と直結した知財網の構築が可能となる。

7.リスクマネージメントにおけるTRIZの役割と効用

  東京電力福島原発事故を契機に「想定外」ということばが頻繁に出てくるようになった。リスクマネージメントでは、「想定外」に陥らないように事前に手を打っておくことが最重要の課題である。TRIZには「心理的惰性の排除」という大きな捉え方があり、設計者の思い込み (すなわち心理的惰性) を破るための様々な仕掛けを持っている。リスクマネージメントにおいては、「逆転の発想」原理をベースに、事故/問題を起こすにはどうすればよいかと考える。これにより、設計者が想定していなかったような問題状況を発生させ、そのリスクにも対応する予防策を考察させる。想定外に陥らないための新しいリスクマネージメントの方法として、こういったTRIZの活用も注目に値する。

参考文献:

1) 林 利弘:開発・設計技術者の視点からMOTを考える―開発・設計プロセス工学技術をベースとした技術マネージメント―、日本経営工学会「経営システム」誌第14巻第1号(2004); 『TRIZホームページ』再掲載 (2005. 7.20)

2) 特集 開発設計プロセス工学技術の進展(精密工学会誌 72巻12号(2006年12月 pp1439-1468))

3) 林 利弘:第3回日本TRIZシンポジウム特別講演(2007年9月)

4) 藤本隆宏:能力構築競争、中公新書 (2003年6月)

5) 林 利弘:革新手法の位置づけ(実践ものづくりイノベーション(日経BP社、2010年11月)第2章)

 


 

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最終更新日 : 2013. 2.20    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp