TRIZ推進事例

マレーシアにおけるTRIZとその戦略

T.S. Yeoh (マレーシアTRIZ協会会長、インテル・マレーシア)
マレーシアTRIZ コンファレンス 2012 基調講演、
2012年11月 7-8日、Penang、マレーシア

和訳・解説: 中川 徹 (大阪学院大学)
掲載:2013. 4. 6       [著者の許可を得て掲載]

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編集ノート (中川 徹、2013年 3月27日)

昨年11月に開催されたマレーシアのTRIZ学会は、非常に活発なものでした。その全体的なことは、中川の参加報告を参照ください。

このたび、同学会の主催者に要請して、MyTRIZ 会長であり Intel マレーシアのTRIZリーダである Dr. TS Yeoh の基調講演のスライドを入手しました。本ホームページに、英文および 和文で掲載します。非常にしっかりした戦略構想を持ち、企業 (インテル) が、政府と大学を動かし、三者が協力して、TRIZの健全な普及を図っています。それはTRIZという技法の普及が目標というよりも、「マレーシアの国民にイノベーションのための方法を伝え・広めて、マレーシアの国としての発展に役立てる」という大きな目標になっているものです。2010年にスタートしたこの戦略の実践は、学会開催の2012年11月にはすでに確実な進捗を見せておりました。

アジアの国々における、TRIZのこのような力強い発展は、それらの国々のすべての面での発展の一部であり、またその原動力にもなりうるものでしょう (「TRIZ: 世界の潮流と現状」参照 )。このような記事を本『TRIZホームページ』に掲載し、日本と世界に知ってもらうようにできることは、実に嬉しいことです。マレーシアのTRIZ関係者、特に Dr. TS Yeoh と Mr.  Eng Hoo Tang に感謝し、さらに発展されることを祈っています。

本ページには、和訳しましたスライドのPDF版 と共に、HTML 版で中川が解説を加えたものを掲載しています。あとがきも参照下さい。
英文ページには、スライドのPDF版と、選択したスライド7枚で中川が簡単に解説したものを掲載しました。
日本の読者の皆さんにも、また世界の読者の方々にも、ぜひ知っていただきたい、貴重な実践報告です。

 

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  マレーシアにおけるTRIZとその戦略  (TS Yeoh)  (MyTRIZ Con 2012 基調講演)

[訳・解説: 中川 徹]

この基調講演を分かりやすくするために、ナレーション代わりの簡単な説明を中川がつけます。

まず、タイトルのスライドと、話の筋書きです。なお、インターネットのアドレスの国名で、マレーシアは my (日本は jp) です。これが MyTRIZ という略称に用いられています。

 

 

1. いままでの旅程の省察

 

上左のスライドで、イノベーションのための人材の育成を主要な課題と認識し、その解決を、(諸大学を管轄する、政府の)高等教育省と、(ICT推進のための政府外郭団体である) MDeCと、(社内で永年TRIZの適用・実践の実績を持っているマレーシアの) インテルとが、協力して立ち上がったことを述べている。

上右のスライドにその協力の動機を書いている。それは、動機というよりもむしろ、運動の普及段階のビジョンを書いているようである。運動の鍵は、初期の普及の対象として「ターゲットとする人たち」を明確にすることであったと思われる。それは、「イノベーションの方法 (具体的にはTRIZを核としたもの)」を早期に理解し、実践し、また影響力を持っている人たちである必要がある。そのターゲットが「大学の先生たちだ」と認識したのが、この2010年からスタートしたマレーシアでの活動である。(もちろん、その前に、インテルマレーシアの工場での、TRIZ導入・適用の経験と実績があり、TRIZの実践者・指導者がある程度の人数出来ており、それが、(世界の) インテルの社内でも、国内の諸分野でも認められていたことが、基盤になっている。)

 

この運動は2010年に正式に発足しているから、短期の目標 (2010-2011年) というのは、2年間での当面の目標である。まず、大学の先生たちを早期導入者・先導者として育て、その人たちの力によって多数の実践者たちを作る。そのための戦略が、上右のスライドに書かれた3つの「プラットフォーム」を作ることであった。これらの戦略と、その実践状況を、以後のスライドで記述している。

2. 変化の時期を画す(1)-- 戦略1: 国家的プラットフォームを創り上げる

マレーシアでの運動が成功したのは、この第1の戦略があり、それが実行されたからであろう。

まず、 マレーシアのTRIZ協会 (MyTRIZ) が、インテルマレーシアのTS Yeoh を会長として、企業、大学、政府機関に所属する有志で、結成されている。これが運動の担い手である。

そして、公的な三者覚書が締結された。高等教育省は大学を管轄しているから、政府としての参画であるとともに、諸大学が一致してこの運動に参画することを意味する。MDeCは ICT分野の政府外郭の半官半民の組織であり、この分野の政策の立案推進を担当し、産業界に大きな影響力をもつ。また、この運動の運営事務局の役割を果たしているようだ。そして、インテルは世界企業としてマレーシアのICT産業をリードし、今回の運動の方法論 (TRIZ) の内容面でリードし、さらに資金と人材をこの運動に提供している。

マレーシアTRIZ協会のこの2年半での成長の状況は、下の二つのスライドに示されている。

 

 

3. 変化の時期を画す(2)-- 戦略2: 学習プラットフォームを創り上げる

第2の戦略は、イノベーションの方法 (TRIZ) の学習 (研修・訓練) の場を作り、多数の人たちに教えることである。

   

この学習の場は、まず大学 (大学院を含む) が主体である。これらのスライドで、「実践者 (Practitioner)」と言っているのは、右図第4欄に示すように、(マレーシアTRIZ協会 (MyTRIZ) の基準による)「TRIZ レベル1認定者」のことである。これは、古典的TRIZを中心とした内容で、丸5日間の研修を受け (合格した) 人たちである。[注(中川、2013. 4.11): 国際TRIZ協会(MATRIZ)の基準でなく、MyTRIZの基準であることを明示、定性した。]

このような研修が多数実施可能になったのは、戦略1の三者覚書がその土台を作ったからである。すなわち、「高等教育省が全国の大学に指示して、各大学でその教員たちに対するTRIZ研修の場を設定させる。その研修には、インテルマレーシアが、TRIZの専門家を無償で派遣し、教育する。」このような方法論の意義が広く認識されたからであろう、左図の表のように全国の大学が競ってこの研修を実施している。
これらの大学の先生たちが、順次学内での院生・学生の教育を担っていっているのである。教育カリキュラムの中にどのように組み込むかの試行も始まっている。

高校以下の教員 (および生徒) に対しても、また、産業界の人たちに対しても、同様の訓練が開始されている (上左図参照)。

 

4. 変化の時期を画す(3)-- 戦略3: 共有プラットフォームを創り上げる

 第3の戦略は、活動の連携、成果の発表、成果の共有、相互刺激のための、すなわち「共有」のための、場を作り上げることである。

 

上の二つのスライドのように、コンファレンス (学会: 発表と学習の場)、ワークショップ (学習の場)、コンペティション (成果づくりとその発表の場) など、いろいろな場が作られてきた。これらのイベントには、政府からの援助があるだけでなく、インテル(など) も賞金や海外からの招聘などに多額の支援をしている。2012年11月の MyTRIZ のイベント (コンファレンス、ワークショップ、コンペティションを合同したもの) は、実に盛んであった (中川の参加報告 参照)。

左のスライドは、MyTRIZ が主催したコンペティション2012の状況である。募集の対象者は、マレーシアの全国の高等教育機関の教員と学生である。

各チームは「5人以下で、その中に教員を必ず1人以上含むこと」という規定になっている。これは、ロボコンなどを知っている私には、最初奇妙に思えた。この規定は、教員がチーム (学部生、院生、研究員などだれでもよい) を積極的に指導しなさいと奨励しているのである。それによって、チームとしてよりよい内容の成果を出すことをねらっている。(これは、「正解は一つ」というタイプの問題でないからできることである。)

コンペティションのテーマは 3題あり、理解を求めるものから、自由な課題での創造的問題解決まである。テーマや段階的な審査のやり方がよく準備されていた (左図)。予選 (27チーム) のあと、決勝大会 (8チーム) に出るチームに対して、MyTRIZ のリーダたちが分担して指導する。各チームが100頁程度のレポートを提出してくる。最終審査や優秀3チームの発表などは楽しいものであった。

 

5. 今後の課題に焦点をあてる

Yeoh はいままでの実績をベースにして、今後の課題について論じている。それらは基本的に、上記の 3つの戦略を発展させていったものである。

トレーナーを訓練する。大学 (および高校以下)での関心に火をつける、など。

産業界における理解者・実践者を拡大しようというのは、マレーシアという国のレベルで考えれば当然のことである。それは、インテルマレーシアというTRIZリーダ企業の枠を越えて、国内のいろいろな企業に浸透させたい、ということである。このような他企業への浸透は、全国の大学での普及、大学でTRIZを習得した人たちの入社といったことが、重要な契機になるのであろう。

 

左図は、この運動の成功の指標を明らかにし、短期 (発足より 2年間) 、および長期 (発足より6年、いまから3年) の具体的な数値目標を掲げている。 このような指標を国レベルで掲げているのは、世界でマレーシアだけ かもしれない (あるいは、中国も(?))。

まず、訓練を受けた人の数の拡大が大きな目標である。前述の意味での 実践者 (MyTRIZ レベル1習得者) を 1万人にしようとしている。この訓練のために、認定インストラクタ を100人養成する。

大学のカリキュラムに正規に組み込むことも目標である。

全国大会、発表・共有論文数なども目標を掲げている。全国大会の参加者数やMyTRIZの 会員数はあまり大きな増加を見込んでいない。精選したメンバだけの方がよいと、考えているのでないかと推測する。

全国的課題の解決、新製品/サービスの創出など、普及が自己目的でなく、具体的な成果を挙げることを目標にしているのも、意義深い。

 

左図には、いままでの実績と、今後の目標が一緒に示されている。

 

なお、「地域コンペティション」というのは、全国のコンペティションからさらに範囲を周辺の国々に拡張することを考えているものである。「地域」とは、初期には東南アジアが想定されているのであろうが、すぐに日本・韓国・台湾・中国などアジア地域への呼びかけがあるものと思われる。

 

6. 結論

 

ここには、マレーシアのTRIZリーダたち、大学、そして政府の関係者たちが、協力・共同作業のいままでの実績に自信を持ち、それをさらに発展させて行こうとしている決意が明確に述べられている。大きな発展が期待される!!!

 


   あとがき (中川 徹、2013年 4月 6日)

私自身がこのようなマレーシアでのTRIZの進展を実感したのは、昨年(2012年) 11月に MyTRIZ Con に招待されて、出席したときであった。その前には、実は以下のような経過があった。

(1) 2006年4月の TRIZCON (米国、ミルウォーキー) で、Dr. TS Yeoh が論文発表した。翌年 市川旦典さんがこの論文を和訳下さり、著者の了解を得て 本『TRIZホームページ』に和文と英文で掲載した。これ以後 TS Yeoh とのコミュニケーションが継続している。
「半導体デバイスとその製造時における静電気放電対策にTRIZを適用する」 (TS Yeoh)

(2) 日本でのTRIZシンポジウムに、インテル・マレーシアから継続して発表・参加があった。工場での生産技術とその保守に関連した問題解決のテーマで、問題とその解決を具体的に記述した事例研究であった。『TRIZホームページ』に掲載したものをリストアップする。
TRIZシンポ 2008 、 TRIZシンポ 2009 、 TRIZシンポ2011 (TJ Yeoh)

このように私は、インテル・マレーシアのTRIZの状況についてはいろいろ接していたけれども、本基調講演のような戦略的な推進が行なわれてきていることは昨年11月に初めて知った。

マレーシアを初め (韓国は言うに及ばず) アジア諸国のTRIZが、国際的にも国内的にも積極的な活動をしているのは非常に印象的で、先日の『標準化と品質管理』誌のTRIZ特集記事で書いた とおりである。

なお、Darrell Mann が早くからマレーシアに活動拠点 (の一つ) を置き、アジアと全世界で活動している。同氏は日本のTRIZシンポジウムに 2005年、2006年、2009年と来日・発表してくれている。彼は、2009年のシンポの後のアンケートで、日本のTRIZに対して (世界から見たときに) 「Losing ground  (その先進的な地歩を失ってきている)」と書いていたのを私は覚えている。たしかにそのとおりだと最近思う。

日本のTRIZ協会が、昨年末に、「活動を身の丈に合わす」という言い方で活動を (特に国際的な面と国内の体外的な面で) 縮小する新執行部になったことは、実に悔やまれることである。(私は、方針が合わないので、理事、運営委員、TRIZシンポジウムプログラム委員長などの役職をすべて辞任した。) 日本としての新しい戦略を模索しなければならない。

 

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最終更新日 : 2013. 4.11    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp