TRIZ/USIT 解説・紹介 | |
連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ | |
第22回 (最終回) TRIZ/USITの導入・適用・推進のしかた(2) 最新の適用事例に学ぶ |
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中川 徹 (大阪学院大学) InterLab (オプトロニクス社), 2007年10, 11月合併号 (No. 108), pp. 48-55 |
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許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2007.11.18] |
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編集ノート (中川徹、2007年11月16日)
本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載してきました長期連載の第22回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。
同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい (PDF 518 KB) 。
また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。
なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。また、本連載に並行して、連載: 「USIT入門」(全5回) を『機械設計』誌上で発表し、別ページに掲載しておりますので、ご覧下さい。
なお、今回の記事の最初に書きましたように、オプトロニクス社は『InterLab』誌をこのたび休刊とすることを決定し、この10月・11月合併号が休刊前の最終号となります。『インターラポ』誌は、いままで「産学官連携のための情報誌」、「研究・技術開発者のための情報誌」として、非常に有益な情報を、読者には無償で提供してきていただいておりました。このたびの休刊はまことに残念なことで、いままでの同誌の寄与に対し、オプトロニクス社に厚く感謝いたします。
今回は最終回として、表記のように最新のTRIZ適用事例 8件を紹介しています。連載全体としては、導入、発展の歴史、やさしい適用事例、知識ベースとその利用、基本的な概念とその利用、推進・導入の方法、そして最新適用事例を記述しました。それぞれの記事は、私が学び実践してきたさまざまなことを取り入れて書き下ろしたものです。この連載が一旦打ち切りとなりましたのは残念なことですが、全体としてちょうどよいまとまりになった段階であったことは幸いだったと思っております。
なお、長期連載としては、これから問題解決の具体的なプロセスに沿って、例を交えながら議論を進めて行こうと思っておりました。それはきっと (いままでのペースでいえば) 2年程度かかることかと思っておりました。また何かの機会を得て執筆したいと思っております。
ともかく今回の記事は、国際会議などで発表され、『TRIZホームページ』にも掲載しました、最新の優れた適用事例を集めております。TRIZはこのように実地に使われてきているのだ、と実感しただけましたら幸いです。
目次:
2.1 組み立て式ステンレス架台
2.2 船体の塗装の腐食防止
2.3 Pernaの斬新な原動機の発明
2.4 半導体デバイスの静電気放電防止
2.5 絶縁ワイヤボンディング技術3.1 IT/ソフトの大きな潮流、「オンデマンド」
3.2 Mishraの新しい本『IT/ソフトのためのTRIZ原理』
3.3 オートロックドアへの適用事例
本ページの先頭 | 記事の最初 | 1. TRIZの国際会議 | 2. 技術課題への適用事例 | 3. ソフト分野でのTRIZの適用 |
第22回
TRIZ/USITの導入・適用・推進のしかた(2)
最新の適用事例に学ぶ
大阪学院大学 中川 徹
『InterLab』誌 (オプトロニクス社), 2007年10, 11月合併号 (No. 108), pp. 48-55
このTRIZの連載が20回を越え、私自身初めての「長期連載」が軌道に乗って来てきておりましたときに、本誌『インターラボ』誌がこの号をもって休刊となるとのことを聞きました。残念なことですが、いままで沢山の読者の方に読んでいただける機会を作っていただきましたオプトロニクス社に厚く感謝しております。
「あと1回(この原稿)だけ可能です」との編集者の言葉で、さて何をまとめとして書くべきかと、考えました。
いままで書いてきましたことは、大まかにいいますと、TRIZの成立と普及の歴史(4回)、TRIZ/USITのやさしい適用事例(3回)、知識ベースを活用するTRIZの方法(6回)、TRIZ/USITの基本概念(7回)、そして導入・適用・推進のしかた(1回)でした。
できるだけ分かりやすく、親しみやすくすることを目標にして、身近な適用事例を使いながら、基礎的な考え方、基本の方法を、私自身の言葉で書いてきたつもりです。
そこで、この最終回に、TRIZ/USITの導入・適用・推進のしかたについて、補っておきたいと思います。特に、最近のTRIZの国際会議(日本のTRIZシンポジウムを含む)などで発表された優れた適用事例を紹介し、実際にあっちでもこっちでも実践が進んできていることを実感していただきたいと思う次第です。
1. TRIZの国際会議
主要なものは、つぎの4つです。
米国: TRIZCON: Altshuller Institute主催。毎年、春 3〜5月、9回実施。参加者は往時最大130名程度、現在80名程度。ベンダー/コンサルタント主導。
欧州:TRIZ Future Conference: 欧州TRIZ協会(ETRIA)主催。毎年、秋 10〜11月、6回実施。現在140名程度。大学/企業/コンサルタントがバランスよく協調。
ロシア:TRIZ Fest: 国際TRIZ協会 (MATRIZ)主催。最近毎年、夏7月〜10月、いろいろ歴史があり、実施回数算定しにくい。ロシアおよび世界に散らばっているロシア人TRIZマスター、専門家たちが集まる。
日本: TRIZシンポジウム: 日本TRIZ協議会主催。毎年8月末〜9月初め、3回実施。今年は参加202名(うち海外11名)、拡大中。ユーザ企業が中心、大学、コンサルタントが支援。
これらの状況や内容を調べるには、各組織のWebサイトがあります。しかし、私が編集しています『TRIZホームページ』(http://www.osaka-gu. ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/) には、米国TRIZCON、欧州ETRIA TFC、日本TRIZシンポジウムの全回 (ただし TRIZCON2002を除く) について、私の「Personal Report」を掲載しています。
これは、私が直接に会議に出席し、Proceedingsの論文の全件をレビュしたものです。最初は日本への紹介が目的で日本語で書きましたが、途中から海外の読者の要請があり英訳、いまは、英文の詳細版と和文の概要版にしています。
中川の理解と評価をベースに、個人の責任で書いており、毎回随分の時間を掛け、随分気を使って書いています。いまは、世界各国の著者たち、TRIZリーダたちが読んでくれており、面白い、よく分かるといってくれています。
私がこのPersonal Reportを書き続けていられるのは、これを書くことによって、学会発表の論文をきちんと理解するようになり、何が重要な論点か、何がTRIZにとって新しい寄与かを、自分で明確にできるからです。各学会の優れた論文で和訳するとよいもののリストを作り、「To Do List for TRIZ」というページに掲載してきました。
このような海外の優れた論文の和訳作業を、最近いろいろな方がボランティアで協力くださり、『TRIZホームページ』に和文と英文で掲載しています。今回紹介する事例の大部分も、そのようにして掲載してきたものです。
2. 技術課題への適用事例
最初に、日本の事例で、昨年の第2回TRIZシンポジウムで発表された事例を紹介しましょう。長野県松本市の臨空工業団地にある、潟^カノの若い社長横内稔氏の発表で、「溶接レス・パイプ構造体を実現するジョイント構造」という題名でした。
同社は従業員65名で、各種製造装置などの精密板金加工/組立の工場でした。受託型企業から提案型企業に生まれ変わりたい、何か世の中に役立つものを作りたい、という思いから、初めての製品開発に取り組んだといいます。
長野工業高専の先生たちと、地元のTRIZコンサルティング企業のサボートを受けて、「一体どんなものを作るとよいか?」という、まったく白紙のアイデア出しから出発しています。その中で考えたこととその技術内容を、詳しく、わかりやすく、一部始終の経過をスライドで発表しています。
「ステンレスパイプ製の枠(架台) の製造で、溶接作業を一切無くそう」というのを、基本目標として選びました。従来技術(特に特許)を調査し、市場調査をして、「溶接レス構造の実現」に的を絞っていきます。
そこで、このような構造を作るために、TRIZの考えを入れて機能分析をし、TRIZのソフトツールの「進化のトレンド」の事例を参考にして、6種の構造のアイデアを得ています。それらを比較・評価して選んだのが、「かしめ方式のジョイント構造」です。
それからさらに、生産性と製造の容易性の両方を満たすように、一体型のジョイントをやめて、分割した「サイコロジョイント」のアイデアを得ています (図1上参照)。また分割したものの数を減らすために、一部だけを予め一体にする方法を考え、「タカナット」というアイデアを得ています (図1下)。CAEで評価・改良し、5件の特許申請を行いました。
図1. 溶接レス・ジョイントの構造
本製品は、製造がクリーンで、高品質、30〜50%のコスト削減、80%以上の納期短縮を実現しました。顧客にとっても、クリーンで、現場で組み立て可能、多数回の分解リサイクルが可能というメリットが得られました。半導体や食品関連の製造装置の架台として多くの受注が得られているとのことです。
この事例は、製品開発のプロセスをきちんと辿り、各段階で考えたことを分かりやすく記載しています。読者に、「これなら、自分たちでもやれる」という希望を与えてくれる事例です。
つぎの例は、漁業と造船に優れたノルウェイの人たちが2006年のETRIA国際会議で発表した事例です。Jan. R. Weitzenbockら(Det Norske Veritas 社) の「造船における船体腐食防止のための新しいコンセプトの開発」という報告です。
これは、社内のTRIZトレーニングセミナーで得た成果の報告であり、Darrell Mann の教科書『TRIZ実践と効用(1)体系的技術革新』(中川徹監訳、創造開発イニシアチブ刊、2004年) のやり方を使っています。
検討すべき領域として、船体材料の開発、塗装の実施法、腐食の監視と検出の3領域を取り上げていますが、その中の「塗装の実施法」が興味深いものです。
まず、ここで何が問題なのか?を考え、Mannの「問題探索」の書式を使って図2のように記述しています。この書式では、中央に当初の問題を置き、書式の設問のしかたに応じて回答を考えることにより、より詳細な問題点とより広い問題の両方を考察します。
図2. 船体の塗装法の問題探索
彼らはさらに、機能分析を行い、塗装を実施する段階での問題点、そして塗装後x年経過後の問題点を考察しています。また、技術進化のトレンドを用いて、彼らの専門家としての知識を整理し、今後どのような技術がこの分野で使われるようになるだろうかを推定してロードマップを描きました。
この社内TRIZワークショップの結果、彼らの内部での議論と対話が容易になり、新しく「MarFilmプロジェクト」を起こしたといいます。これは高分子樹脂フィルムを船体や船の上部構造物表面に張って腐食を防止しようとするもので、残されているのはフィルムと船体との接着力の問題であるといいます。
著者たちはそのまとめで、「船体の腐食防止という古くからの問題に、TRIZが新しい観点を与えてくれた」と書いています。これと同じように、古くからの問題で十分に解決されていない問題は、あらゆる産業分野、あらゆる製品にあることでしょう。
そのつぎの事例は、チェコでVratislav Pernaという人が最近基本特許を取った、信じ難いほどの発明です。彼の発明を知ったチェコのTRIZ専門家2人(Bohuslav Busov とPavel Jirman) が協力して、この発明をTRIZの観点から評価し、発展させようとしています。2006年のETRIA国際会議で、この3人の連名で発表されたものです。
この基本特許は、「非線形のねじの形のロータ2本を噛み合わせた構造を特徴とする、原動機(モータ)あるいはポンプ、推進機(プロペラ)など多様な使用形態を持つ装置」です。
「非線形のネジ」といってもぴんと来ませんが、ネジの径やピッチなどが軸方向に非線形に変化するものです。そのようなネジを対にしてロータ (回転子)とし、筒状の外枠(ステータ)の中で回転させるものです。
この際に、回転のエネルギーを外から(例えばギアを通じて)与えるのがまず簡単な方式です。すると、ロータの間に空気や水を流すことができ、基本的に一種のポンプになります。このときに、ロータの径やピッチの変化のしかたをいろいろ変えて設計しますと、コンプレッサ、真空ボンプ、換気扇、舶用プロペラ(通常スクリュといっているもの)などいろいろの用途に使えます。
図3は、この新しい方式で作った舶用プロペラで、2004年5月に公開の実証実験をしたものです。左上が一つのロータを示し、左下に組立図を示します(組立図の丸の部分は、回転動力を伝えるシャフトです)。右下の写真は、新式スクリュをモータボートの舵の部分に設置し、上部の小型エンジンで回転力を作って駆動しています。
図3. Pernaの新しいスクリュの構造
この新式スクリュは、前から吸った水を高速にして後ろに吐き出し、それによって推進力を作ります。2本のロータが逆回転してバランスしていますから、通常のスクリュのようにローリングの反動を船に与えることはありません。この舵のシャフトは自由回転しますから、望みのときに、望みの方向に、望みの強さで推進力を出すことができ、モータボートの操縦に格段の制御性を生み出しました。
この発明の一層大きなねらいは、これ自身を原動機(発動機、Motor)にすることです。電気を使わず、中で燃料を燃焼させて、回転力を作ろうと考えています。その原理を図4に示します。
図4. Pernaの原動機の原理図
図4の中段は二つの非線形ネジのロータを横から見た図です。下段の図は、噛み合ったロータの断面図を示しており、入り口部、燃焼部、出口部の断面図です。二つのロータは逆回転します。
図4上段の実線が断面での空間面積の変化を示し、入り口から入った空気は圧縮され、最も絞った位置で(図4下段中央に示すように)横から注入された燃料に着火して、爆発的に体積を拡大しつつ出口から排出されます。上段の図の点線のグラフが圧力変化を示すものです。内部で燃焼した気体が高圧でネジを押していく過程でロータを回転させるトルクを発生します。
ガスの圧力は直接的にロータの回転トルクを与え、内燃機関(エンジン) のようなピストンの往復運動はありません。また、このPernaのモータ内の燃焼は連続的で、ロータの回転角度による変動があまり大きくありませんから、定常的でスムーズな回転力を発生させるのが特長です。
このPernaのモータはまた、ガスタービンとも比較されるべきものです。
このように、V. Pernaが開発した新しいアイデアのモータは、将来さらに開発が進めば、現在、内燃機関(エンジン)、ディーゼルエンジン、蒸気機関、電動モータ、ガスタービンなどが使われている非常に広範な分野で、より効率がよく、よりスムーズな原動機 (発電機、モータ)として置き換わる可能性があるものです。
なお、今後の技術開発の要点として、著者らはつぎのように書いています。「この(舶用)新プロペラが実現できるためには、洗練された計算および実験手法、デザインツール(CAD)、技術プロセス(ラピッドプロトタイプ、NCマシン加工、精密鋳造)、素材、その他が利用できる必要がある。」
原動機としての実現には、恐らくさらに、高温に耐え、耐久性のある素材の問題が大きいのではないでしょうか。しかし、これらのすべては日本の産業界が得意とするものであり、チャレンジングなものだと思います。
この新発明をTRIZの観点から分析すると、非常にさまざまなTRIZ原理がすでに使われており、さらに多様に発展させるアイデアをTRIZが与えています。
発明者Pernaは、「TRIZのことを聞いて素晴らしいと直感したが、TRIZの専門家たちと一緒に自分の発明を評価・検討していく中で、さらにつぎつぎに新しいアイデアが誘発されてきて、TRIZを使った考え方を身につけていっている」と証言しています。
ともかくこの発明は、将来ものすごく大きな影響を与えるだろうと思います。船のスクリュ、自動車、小型飛行機、ポンプ、素材メーカ、精密加工メーカなど、いろいろな分野の技術者がこの発明に注目され、さらに共同で開発されるとよいと、私は思います。『TRIZホームページ』に掲載しました和訳(ヤンマーの齋藤昌弘さんと中川の共訳)が、少しでも多くの方の(目だけでなく)心に止まればよいと思います。
つぎの例は、TRIZCON2006で、インテル・マレーシアのTeong-San Yeohが発表したものです。
半導体デバイスでは、その製造時や取り扱い時に、不注意に静電気放電が起こるとデバイスが損傷してしまいます。デバイスが微細になってくるにつれて、放電を防ぐ最大許容電圧が低くなってきており、ITRS(半導体技術国際ロードマップ) では、2005年100V、2007年50V、2010年25Vと設定しています。
著者のYeoh はこの分野の専門家であり、インテル・マレーシアのTRIZリーダです。彼はいままでのこの分野でのさまざまな特許やノウハウをTRIZの40の発明原理を使って整理しました。
その結果、デバイスの設計における静電気放電対策の基本は、「高速実行」 (少し帯電したときに安全な経路で逃がしてしまう)と「等ポテンシャル」 (電圧差を生じさせない)の発明原理であるといいます。さらに細部のセルの設計において、「曲面」、「事前保護」、「併合」、「非対称」、「分割」、「汎用性」、「分離」、「災いを転じて福となす」、および「仲介」などの発明原理の適用を見出しています。
一方、デバイス製造時の対策としては、「先取り作用」、「複合材料」、「柔軟な殻と薄膜」の発明原理の利用を指摘しています。
静電気放電対策がますます困難で重要になっていく中で、経験的な知識を発明原理の言葉できちんと整理し、理解したことが重要なことです。このように、一つの分野での経験や智恵をTRIZで整理し理解するというアプローチは、他にもいろいろな分野で利用できるでしょう。
つぎの事例は、TRIZCON2007での発表です。カナダのGunter Ladewige (TRIZコンサルタント)とRobert Lyn (Microbonds社、発明者)との論文です。
半導体デバイスの性能のネックの一つが、チップ間の配線の問題だといいます。
従来のチップと基板との配線は、金の細線によるワイヤボンディングでした。ワイヤは絶縁されていないので、チップの周辺部に一定間隔をおいて整然と並べる「周辺ポンディング」です。しかし、これでは性能が追いつかなくなって、ハンダのボールをチップの下に格子状に並べる「エリアアレイ・フリップチップ」技術が出てきましたが、高コストの技術です。
本論文の著者たちが開発したのは、「絶縁ワイヤボンディング X-Wire」という技術です。25μm径の金のワイヤに、厚さ1μmの樹脂コーティングをして絶縁しています。このワイヤは図5の写真のように柔軟性があり、相互に接触させても電気的に短絡しないものです。
また、著者たちは、従来のワイヤボンディング装置のごく一部の部品を取り替えることで、この絶縁ワイヤポンディングを実装することを可能にしました。そして、図5下に示すような稠密で複雑な配線を可能にしたのです。
図5. 絶縁ワイヤボンディング実施例
本論文の著者たちは、従来の技術発展が一つの矛盾を解決できずに進化の一段階をスキップしてしまっており、その段階をこの技術が実現したのだと位置づけます。
すなわち、TRIZの進化のトレンドで、「線の幾何学的進化のトレンド」では、「点−線−2次元の線/曲線−3次元の線/曲線−3次元の複雑な曲線」という段階を経ることを示しています。従来のワイヤボンディングは2次元の線/曲線の段階の中でも、比較的簡単な段階に止まり、より複雑な段階に進めなかった。その理由は、絶縁されていないために、線同士の交差/接触が禁止されたからだと、指摘しています。
従来法は、この交差/接触の問題を克服できず、3次元の方法(エリアアレイ)にジャンプしたが、全体の技術レベルがまだそこまで達していないために、少しの性能向上に高コストを払う結果になっていると、著者たちは考えています。著者たちの、絶縁ワイヤボンディングが、このスキップされた段階を埋める技術だと主張しているのです。
この絶縁ワイヤボンディング法により、半導体デバイスの設計はずっと容易になり、高性能、高信頼性、低コストのものになるといいます。従来のワイヤボンディング装置のインフラストクチャが、雪崩を打って絶縁方式に移行するだろう。それに伴って半導体デバイスの設計や製造の技術が、技術革新の連鎖反応を起こすだろうと、著者たちは考えています。
(著者たちに質問していますが) 実のところ、TRIZがこの発明のどの段階から関わったのかは不明です。初期、あるいは途中から、あるいはずっと後期からかもしれません。しかし、最も大事なことは、上記のようなTRIZの進化のトレンドによる意義づけが、現在この技術を確信をもって押し出していく大きな力になっていることです。
3 ソフト分野でのTRIZの適用
新しい重要な適用分野として、ソフトウェア技術/開発をとりあげましょう。最近、明確な適用事例が発表されてきています。
まず説明しますのは、ベルギーでSelf-Star Corp. というソフト会社を起業した Filip Verhaeghe という若い技術者の、ETRIA TFC2006 での発表です。そのタイトルは「TRIZは情報通信技術(IT)における大規模なシフトを予見する」というものです。
彼がいっているのは、Googleの検索エンジンで代表されるような、「オンデマンドのIT」が、今後のビジネス関係のITの主流になるということです。
従来のビジネスにおけるITの利用法は、サーバなどのハードウェアを購入し、ソフトウェアを購入し、自社内でデータセンタを運営するものでした。例えば、マイクロソフトのOfficeソフトなどの製品がその例です。著者はこれを「オンプレミス」(資産利用型) と呼びます。
一方の「オンデマンド」は、要求応答型です。サプライヤが、自分のサーバ上でソフトウェアを動かし、ユーザ (の企業)は、必要に応じて、自分のPCからブラウザを使ってサーバ上のソフトを動かして処理します。このときユーザが使うデータは、サプライヤのサーバに送られるのです。
現在起こっていることは、この「オンデマンド」の企業やソフトが急速に力をつけていることです。情報検索でいえば、インターネット上の膨大な情報から検索するのに、Googleでは0.2秒で結果を返してきます。ところが、(「オンプレミス」でやっている)社内の情報を検索しようとすると、もっともっと時間が掛かるでしょう。
この「オンデマンドのIT」が、例えば、顧客関係管理や、ビジネス・インテリジェンス(BI)の分野でもスタートしており、確実に主流になっていくだろうと、著者はいいます。
著者は、「オンデマンドのIT」技術に、TRIZの発明原理が多数活用されていることを示しました。ユーザからローカルサーバを分離して(「分離」原理)、ソフトのインテグレーションやメンテナンスのためのユーザ負担をずっと軽減しています。サーバ上のソフトはできるだけ汎用に作ってあり (「汎用性」原理)、必要に応じてユーザは適当なツールでカスタマイズすることが許されています(「セルフサービス」原理)。
「オンデマンド」のサプライヤにとっての最大のメリットは、自分のところにあるサーバやソフトを、自分でどんどん改良・革新していけることです。改良した最新のものを常時ユーザに提供でき、ユーザの利用状況を把握して、ユーザにフィードバックすることもできます。情報検索のための情報や、ビジネス・インテリジェンスのための情報などをサプライヤが自分の内部に蓄積していくと、それが非常に強力な武器に成長していき、他者の追随を許さなくできるのです。
著者は、Self-Star というソフト会社を自分で興し、BI の面で「オンデマンド」の覇者を目指しているのです。TRIZがこのような大きな方向づけを支援しているという認識が、この著者にとって非常に大きな原動力になっているのです。
3.2 Mishraの新しい本『IT/ソフトのためのTRIZ原理』
この本は、IT分野のありとあらゆる技術(その約3/4がソフト分野のもの) を、TRIZの40の発明原理で整理して、発明原理の体系で階層的に説明していったものです。全体で、1000の個別事例(各1〜3行の記述)、100の特許事例(各10〜20行)、および100の技術事例(10〜20行)を記述しています。
本の本体部分は、発明原理ごとに一つの章になっています。各章の先頭で発明原理の説明、その効用、適用するとよい状況、サブ原理をまず記述しています。そして、各サブ原理ごとにさらに階層的に、そのサブ原理を使った代表的な技術のキーワード(各2〜3行、10〜20キーワード)、そのキーワードで代表される個別適用事例(3〜10事例/キーワード)、特許事例、技術事例を記述しています。
例えば、発明原理10. 先取り作用では、「先取り作用は、(1)本来のしごとをする前に、必要な準備をすることを薦める。(2)必要になる前に、準備行為を部分的/完全に行う、必要となる前に使うだろうものを揃えておく、など」と説明しています。その効用は、「製品開発時間を短縮する、製造を容易にする、効率を上げる、時間ロスを少なくする、有害な副作用をなくす、など」です。
サブ原理(1)に対応するキーワードには、データをプレローディングする、プリプロセッシング(データの前処理)、ディスクのプレフォーマットなどが挙げられています。
サブ原理(2)では、計画と予算化、要求分析、設計とモデル化、プロトタイピング、ウォーミングアップ、変数の事前定義、データの事前整理、などを挙げています。
このように、私たちがIT技術として当たり前に知っている技術、そしてまた最新の技術が、どんどんこのリストに出てきます。ソフトウェア工学で行っていることの大部分が、このサブ原理(2)で示されるように「先取り作用」原理なのだというのは、いわれてみればそのとおりという感じです。
またこの本では、発明原理をIT向けに、特にソフト分野向けに、修正・拡張して説明しており、それが非常に適切であると思います。
例えば、「入れ子」原理に、サブ原理7.3 を追加し「入れ子の多重度を増す、あるいはスタック式やカスケード式の配置を使う」と説明しています。
また、発明原理36は元来は「相変化」と呼ばれていますが、これを「変換と移行」と呼び、つぎのように説明しています。「(1)古く両立しないデータ、ファイル、フォーマット、または技術を、新しく互換性があるものに変換する。(2)古く両立しないデータ、フォーマット、または技術から、互換性のあるものに移行する。」
私がこの本の原稿の最初の3章を読んだのは1年半前でした。素晴らしいと思い、著者とも連絡を取り、英語出版の支援をし、和訳出版の可能性を交渉してきました。この本の全体を見たのは今年のTRIZCON2007でTICのドラフト版を読んだのが初めてです。
表題が示しますように、著者が「TRIZの本」として序言を書いており、TRIZを知らない一般の出版社からの出版が難航しています。
私は、これをIT技術者のための本として出版するのがよいと思います。表題を『ITの革新/改良アイデア集−TRIZの発明原理による分類』とするとよいのでないかと思っています。
従来、「TRIZはソフト分野には使えない」という/思う人が多くいました。この本を読むと、「TRIZはソフト分野にとってちっとも新しくない。われわれはTRIZなしでこれらの技術を作ってきたんだ」という人が出るでしょう。しかし、この本をしっかり学んだIT技術者は、いままでよりもはるかにしっかりした(ITの)考え方をマスターするだろうと私は思います。
本書の和訳出版のプロジェクトをいま立ち上げているところです。
IT/ソフト分野にTRIZ/USITを適用した身近な事例を説明しましょう。これは私のゼミの藤田新君の卒業研究を発展させて、今年のTRIZシンポジウムで発表したものです。
いわゆるマンションでは、建物玄関をオートロックドア方式にして、セキュリティを確保しようとしています。外来者は、訪問先の住人と(ビデオ)インタフォンで話して、ドアを解錠してもらわないと入れないしくみです。
ところが、実際には(周知のように)、不審者が容易にこのドアを入れます。住人のような振りをして、先行する住人が開けたドアに、後からくっついて入ればよいのです。
この問題は、技術分野では「伴連れ問題」と呼ばれ、長年解決されずにきました。怪我に対する安全性に配慮する必要もありますが、それよりも住人の心理と振る舞いの問題が解決していないからです。
私のゼミでこの問題を取り上げました。(紙数が足りないので簡単にしか紹介できませんが)TRIZ/USITを用いて議論し、考察したのです。
まず、この問題の原因が、図6のような構造であることを明確にしました。「不審者がするりと入ることができる」のは、その下にある3項目の原因があるからです。これら3項目をすべて解決する必要があることが明確です。
図6. オートロックドア問題の原因
考察の結果、これらの原因を解決する方針をつぎのようにしました。
(1)住人が不審者を入れてしまうのは、別の(知らない)人のことを判断しようとして、判断できないからです。そこで、住人には自分と自分の連れだけを保証し、責任を取ってもらうようにします。
(2)いまは、ドアのところでたまたま2グループが一緒になったときのやり方が明示されていません。そこで、「自分 (のグループ) で解錠の認証を受ける責任があり、ドアが開いていても、この認証を受けなければならない」というルールを明確にします。
(3)重いドアを物理的に瞬時に開け閉めするのはやはり危険です。そこで、IT技術を使って「論理的なドア」を作り、人の出入りに対応して、入構の可/不可を瞬時に判断させます。不許可者が入ったときは、警告と写真撮影などIT技術での対抗手段を取ります。
これらの方針を基にして構想したシステムの概要は図7のようです。
図7. オートロックドア制御の新方式
住人も来訪者も、ドアの状態に関係なく、認証を受け、その時に自分のグループの人数を入力します。これで、入構承認済み人数(累計a)が分かります。一方、ビデオで常時ドア付近をモニターして入構者の人数(累計e) をリアルタイムに把握します。
これによりa−eで、入構承認済み残り人数(p)がリアルタイムで分かります。そこで、p>0 のとき、ドア開放を指示; p=0のとき、ドア閉鎖を指示; p<0 のとき、警告と写真撮影 (またドア閉鎖)指示のようにします。
ドアの開放/閉鎖の指示は瞬間的な指示ではなく、p の値に応じて継続的な指示にします。この指示は、従来の物理的なドア開閉装置に伝えられますが、ドアの開閉そのものは従来同様に安全サイドでゆっくりと動作するのです。
この解決策は、住人の心理の問題 (すなわち判断の責任の問題)を解決し、複数グループがたまたまドアのところで一緒になったときのルールも (従いやすいルールとして)確立しています。そしてこのような、心理 (判断責任)と社会的ルールとの実行を保証するように、ITとソフト技術とを駆使した新しいオートロックドア制御システムを構想しているのです。
この事例は、TRIZ/USITが人の心理や社会的なルールをきちんと扱ったことの適用事例としても新しいものです。また、人の心理や社会ルールを先行させて、それを技術で補ったという構造をしていることが大いに示唆に富むものになったと思っています。
以上、TRIZの最新適用事例8件を説明しました(詳細は『TRIZホームページ』を参照ください)。いままでの21回に渡る基礎的な説明をバックにして、これらの適用事例をご理解いただけますと幸いです。TRIZを試行・実践して、習得されることをお薦めいたします。
本ページの先頭 | 記事の最初 | 1. TRIZの国際会議 | 2. 技術課題への適用事例 | 3. ソフト分野でのTRIZの適用 |
連載の親ページ | 第13回 事例(3) ホッチキス | 第14回 導入・適用・推進法 (マネジャのために) | 第15回 TRIZの基本概念(1) TRIZのエッセンス | 第16回 基本概念(2) 技術システム | 第17回 基本概念(3) 「場」 | 第18回基本概念(4) 「理想性」 | 第19回基本概念(5) リソース | 第20回基本概念(6) 矛盾 | 第21回基本概念(7) 問題解決の方式 | 第22回(今回)のPDF |
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最終更新日 : 2007.11.18 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp