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編集ノート (中川徹、2007年 7月 3日)
本論文は、昨年10月の ETRIA国際会議
で発表されたものです。IT (情報通信技術) の動向について、非常に大掴みに大きな論点を適切に整理し、主張しています。IT 分野あるいはソフトウェア分野には、TRIZは適さない/使えないと主張されていたのは (日本へのTRIZ導入直後から) 数年前まででした。この数年、使えるようになってきているというのが、TRIZを知り IT分野を知る多くの人たちが感じてきたことですが、その使い方を明確に示したものは必ずしも多くありませんでした。そのような中で、この論文は、IT分野の第一線で働いている若い技術者が、IT の動向をTRIZの言葉で整理し、確認したものです。そして、「自分たちがやっているITの方向が正しいことを、TRIZの発明原理や技術進化のトレンドが強く後押ししている」と確信し、その大きな方向の変換をここにきちんと説明しています。IT 分野でない読者には少し分かりにくいかもしれませんが、IT を知る多くの読者の皆さんには説得力がある論文のことと思います (あるいは、説得力が有り過ぎるために、抵抗を感じ、反発を感じるかもしれません)。
ETRIA 国際会議の参加報告 (「Personal Report of ETRIA TFC 2006」 (詳細英文)
) に書きました、私のこの論文のレビューを和訳して、下記に掲載いたします。
本論文を和訳したものを、本ページ下記
およびPDF ファイル
で掲載いたします。また、著者の許可を得て、英文ページ
にもPDF
で論文を掲載しました。本件の和訳と掲載を許可いただきました著者とETRIA に厚く感謝いたします。
原論文: "TRIZ Predicts Major Shift in Information Technology"
by Filip Verhaeghe (Self-Star Corporation) Email: filipv@self-star.comなお、今回の訳者、石野慈雨 (いしの じう) 君は、大阪学院大学情報学部の 4回生で、私のゼミの学生です。今年度の私のゼミの卒業研究生は、彼一人で、3年生から編入学で入ってきました。彼は明確な勉学意識を持ち、IT関連の実に豊富な知識を持ち、本件のようなしっかりした翻訳をすることができました。連休明けから 5回ばかりのゼミで、首っ引きで同君の和訳の推敲・改良を行いました。本件の和文PDF版は、石野君がLaTeXで作ったものです (私はMS Wordですが)。
読者の皆さんがご存じのように、TRIZでは海外の優れた教科書や論文を和訳・紹介するのは大事なことで、私は Yuri Salamatov の教科書、Darrell Mannの教科書、Larry Ball の教材、そして最近のいくつもの論文を、多数の人たちと協力しながら、和訳し発表してきました。これらの和訳の作業は、いつもやはり随分大変です。つぎの基本方針で努力しております。ご参考にして下さい。
著者が言おうとしていることを、できるだけ正確に適切に訳す。
- 著者が言っていることを削らない (削るのが適当と判断したら、削ったことを明示する)。
- 著者が言っていないことを追加しない (補うことが適当なら、明示して補う。 [ ] に入れて表現している)。
- 著者の言っている順番にできるだけ沿っていう。
(できるだけ頭から訳す。文を後ろから訳すことをできるだけ避ける。語句の順番をできるだけ保存する。)- 著者の論理を正確に訳す。
(原文の構文をまず正確に理解する。その論理を正しく表現する)著者が言おうとしていることを、できるだけ分かりやすく読みやすい日本語にする。
- 著者の語句の意味、ニュアンスを正しく解釈し、表現する。 単語の意味などを正しく取る。
- 日本語として、読みやすいことを心掛ける。できるだけ直訳体でないようにする。
- 文意を正しく理解しないまま「意訳」することを避ける。
(「意訳」は一見滑らかな和訳を与えるが、著者が言っていることとは違うことを言っている場合がある。 「意訳」が必要なら、適切な訳注をつけて補うことも考える。 多くの場合の「意訳」は著者の論理を正確に理解できていない場合である。(学術論文で、著者の論理が正確に取れないのは、自分が理解できていないか、あるいは著者の原文に誤り/舌足らずがある場合である。その時には著者に問い合わせるのがよい。)まとめると、正確さがすべて、読みやすさはその後で、 しかし全力で、といったところです。
本論文の目次を以下に示します。
4. TRIZによって予見されるビジネスインテリジェンスのトレンド
4.1 組織にとってのより優れたビジネスインテリジェンス
4.2 サプライヤにとっての意味
本ページの先頭 | 紹介(中川) | 論文の先頭 | 2. 二つのIT世界 | 3. オンデマンドのTRIZ原理 | 4. BI のトレンド | 5. 結論・文献 | 論文和訳PDF |
英文論文PDF |
ETRIA TFC2006 報告 (中川) |
英文ページ |
本論文の紹介 (中川 徹、2007年 7月 3日)
中川 徹: 「Personal Report of ETRIA TFC 2006」
(2007. 1. 7、『TRIZホームページ』掲載 (英文)) 中の関連部分を和訳して示す。
Filip Verhaeghe (Self-Star Corporation, ) [36] が、「TRIZは情報通信技術(IT)における大規模なシフトを予見する」という題で発表した。この発表は、IT (情報通信技術) の進化をTRIZを使って広い観点から予測することに関するものであり、IT における一つの大きな潮流が大規模なシフトを引き起こすだろうことを確認したものである。まずここに著者の論文概要を引用する。
本論文は、TRIZを用いて、ITがオンデマンドモデルへと劇的にシフトするだろうことを示す。われわれはそのモデルが既にSカーブの第一段階にあることを示し、そしてTRIZ原理のどれがオンデマンドアプローチを可能にしてきたのかを明らかにする。つぎに、われわれはTRIZのトレンドに焦点を合わせ、ITで現在最も活発な部分が、将来どのように変化すると考えられるかを示す。これらのトレンドを研究する中で、われわれはオンデマンドアプローチが、これらのトレンドを実現するのに最も適していることを見いだした。Self-StarはTRIZトレンドに沿ったオンデマンドのソリューションを創り出し、その予測の可能性を最大限実現するべく研究開発を行っている。
ビジネス IT のユーザは、今日、二つの非常に異なるIT世界に直面している、と著者はいう。それらは、「オンデマンド」世界と「オンプレミス」世界と略称される。
「オンデマンド」とは、ソフトウェアが顧客に提供されず、むしろサプライヤのサーバ上で実行されることを意味する。ユーザはブラウザを用いてこのソフトウェアにアクセスするのが普通だが、スマートクライアントを使うこともできる。最もよく知られたオンデマンド企業には、検索などのためのGoogle、顧客関係管理(CRM)のためのSalesforce.com、検索のためのマイクロソフト、などが挙げられる。
「オンプレミス」はわれわれみんながよく知っているITである。そのコンセプトは、サプライヤからソフトウェアを購入し、ハードウェアを購入し、自社のデータセンタを運営するものである。よく知られたオンプレミス製品としては、マイクロソフトの業務用製品、オラクル、SAP、そして大部分のSiebel CRMソフトウェアが挙げられる。
情報検索の場合でいうと、インターネット上では数億ページのオンライン情報を0.2秒以下で検索できる (Googleのオンデマンド) にも関わらず、企業内でなんらかの情報を見つけようとすると通常長い時間がかかる (オンプレミス)。顧客関係管理 (CRM) のソフトウェアは、かつては、オンプレミスで運用する必要がある、キーソフトウェアパッケージの一つであったが、いまや Salesforce.com 社がWeb上でオンデマンドCRM を提供している。同社がソフトウェアとサーバを運用し、企業ユーザがそのソリューションを使うことができるが、ユーザ側でのインストール、インテグレーション、セットアップなどはしないでよい。ユーザはインターネットに接続されたパソコンならどれからでもそのサービスを使うことができる。-- これが、現在のIT 状況に対する著者のイントロダクションである。
それから著者は、「オンデマンドIT はその基本的な方式を実現するのに、多数のTRIZの発明原理を使っている」と論じる。
- 発明原理2 分離: オンデマンドIT は (ユーザ企業のシステムから) ローカルサーバを分離し、その結果コスト削減をもたらせた。
- 発明原理6 汎用性: サプライヤのサーバソフトウェアは、すべての顧客に汎用に動くように設計されている。
- 発明原理13 逆発想: オンプレミスIT がソフトウェアをユーザサイトに送ったのとは逆に、オンデマンドIT はデータをベンダサイトに送る。
- 発明原理1 分割: (サプライヤの) セントラルサーバを大規模化して顧客全員にサービスする巨大なメインフレームにするのではなく、サーバを分割し、規模を小さくしたものを何回も複製して、巨大なデータ工場を作り、必要な性能を実現する。
- 発明原理27 安価な短寿命: 小規模化したサーバのそれぞれに、通常の安価なパソコンを使う。
- 発明原理10 先行作用: 迅速な検索サービスを可能にするために、サプライヤは先行処理として、データを迅速検索により適合した形式に変換して準備しておく。
著者はさらに議論を進め、ビジネスインテリジェンス (BI) の分野でのオンデマンドIT のトレンドを論じている。今日のBI は、巨大なデータテーブルから構成されていて、合計や平均などを計算する式を備えた多くの判断基準による情報検索を可能にしている。・・・
*** しかしながら、私はここでこの紹介を打ち切っておきたい。その理由の一つは、この論文が最後の方で著者の所属企業のポリシの宣伝をしているように聞こえるからである。もしIT とTRIZに興味があるなら、原論文を読んでいただきたい。ともかく、この発表は、TRIZの観点から IT を概観した、優れた論文である。
TRIZは情報通信技術(IT)における大規模なシフトを予見する
Filip Verhaeghe (Self-Star Corporation)
ETRIA主催 TRIZ Future 2006 国際会議、
コルトレイク、ベルギ、2006年10月 9-11日和訳: 石野慈雨 ・ 中川 徹 (大阪学院大学)
2007年 6月 22日概要
本論文は、TRIZを用いて、ITがオンデマンドモデルへと劇的にシフトするだろうことを示す。われわれはそのモデルが既にSカーブの第一段階にあることを示し、そしてTRIZ原理のどれがオンデマンドアプローチを可能にしてきたのかを明らかにする。つぎに、われわれはTRIZのトレンドに焦点を合わせ、ITで現在最も活発な部分が、将来どのように変化すると考えられるかを示す。これらのトレンドを研究する中で、われわれはオンデマンドアプローチが、これらのトレンドを実現するのに最も適していることを見いだした。Self-StarはTRIZトレンドに沿ったオンデマンドのソリューションを創り出し、その予測の可能性を最大限実現するべく研究開発を行っている。
Keywords: TRIZ, Information Technologies (IT), Business Intelligence (BI), Business Process Management (BPM), Business Activity Monitoring (BAM)
1. TRIZはITの変化を予期する
IT(情報通信技術)業界内で現在進行中の議論がある。それは、Nicholas Carrの著書『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』(``Does IT Matter?'' [Carr 2004])によって引き起こされたもので、その前身はHarvard Business Review [Carr 2003]に掲載された彼の記事「もはやITに戦略的価値はない」(``IT Doesn't Matter'')である。[訳注1]
Nicholas Carrは、「ITは競争に不可欠であるが、それはビジネス戦略にとって重要ではない」という。彼の見解では、ITは電気に譬えることができる。つまり、それなしにビジネスは立ち行かないが、電気の周りでビジネス戦略を構築している企業は少数でしかない。
業界の他の人たちはその逆が真実だと主張する。彼らによれば、「情報通信技術は競争優位性の基盤である。ITへの膨大な出費は、決算に対してITがもたらす巨大な影響と効用を反映したものである」という。Howard SmithとPeter Fingar [Smith 2003]が本を書き、「もはやITに戦略的価値はない」に対して批判的な分析を展開している。IT業界の誰もが、どちらの陣営に与するかを、ある時点で選ぶ必要がありそうである。
実際に、この議論は二つの観察に煮詰まっていくよう見える。
- 情報通信技術はビジネスに対する支援機能の一つであり、可能な限り低いコストで実施されるべきである。
- ビジネスプロセスはビジネスの主要な差別化要因であり、強力な競争優位性を提供することができる。ビジネスプロセスは情報に基づいて運営される。そのため、あなたがあなたの情報をどう扱うかが、競争優位性の鍵となる。
これらの見方は本当に矛盾しているのだろうか。情報を扱うのに、今日われわれが知っているような形の情報通信技術を必要とするのだろうか。TRIZはそうではないことを示唆している。ITに対する「究極の理想解」は、現在のITに伴っているコストや労力を要さずに、情報やプロセスを巧みに扱うことであろう。
Gartnerは当時Carrの意見に反論したが、その中で彼は、ハードウェアとネットワークのようなITは戦略的でない汎用品であるけれども、「ITの本質は情報である。成功する企業は新しい方法で情報を使い、ビジネスにおける問題を解決し、顧客の価値を創出するだろう」、といった。
議論が勢いを増す中で、ITのコストは年々増加してきた。今もなお増加しており、2005年だけで7〜8%増加している。IT業界全体が、TRIZの予期する「究極の理想解」から遠ざかりつつあるように見える。これが示唆するのは、現在の技術は顧客の期待を達成することができず、そして新たなS-カーブが現在のものを置き換える可能性がある、ことである。破壊的で新たなアプローチがITでは求められている。それは、ビジネスが、顧客の価値を創出するために情報を使用し、それでいて巨大な投資と維持費用を避けることを、可能にするものである。このITの破壊(的変革)は既に始まっている。
[訳注1: ここで青字の [ ] は巻末の文献を表す。一方、黒字または緑字の [ ]は訳者による補足、訳注などを表す。また、すでに和訳が公表されている文献 (巻末参照) の題名は、原題とは一致しないことがあるが、既発表和文題名に従うことにした。]
2. ITの二つの世界
現在、ビジネスユーザは、二つの非常に異なるITの世界に直面している。われわれはそれらを、「オンデマンド」世界および「オンプレミス」世界と略称しよう。
「オンデマンド」とは、ソフトウェアが顧客に提供されず、むしろサプライヤのサーバ上で実行されることを意味する。ユーザはブラウザを用いてこのソフトウェアにアクセスするのが普通だが、スマートクライアントを使うこともできる。最もよく知られたオンデマンド企業には、検索やブログ、メール、その他のツールのためのGoogle、顧客関係管理(CRM)のためのSalesforce.com、検索やブログのためのマイクロソフト、などが挙げられる。
「オンプレミス」はわれわれみんながよく知っているITである。そのコンセプトは、サプライヤからソフトウェアを購入し、ハードウェアを購入し、自社のデータセンタを運営するものである。よく知られたオンプレミス製品としては、マイクロソフトの業務用製品、オラクル、SAP、そして大部分のSiebel CRMソフトウェアが挙げられる。
企業内の情報の検索と、インターネット上の情報の検索とを見るとき、その差異は大きなものではないはずである。オンライン上で何億ものページを0.2秒以下で検索可能なのにもかかわらず、企業内で何らかの情報を見つけ出すには通常長い時間を要する。あるいはこれを論ずるのに、「これはオンデマンドモデルの内在的な利点によるものではない。企業内で検索が適切に実現されていなかったのが本当の原因だ(なぜなら、そのような製品はあったとしてもごくわずかだから)」ということもできよう。それでもなお、アプローチの差は、技術の現状についての議論でしばしば立ち戻ってくる論点である。オンデマンドアプローチは、物事をなす新しい方法を提供し、以前には考えることもできなかったサービス(と速度)を提供する。オンデマンドアプローチの本当の力は、サプライヤ側の自由がその一部にある。それは、サプライヤが急速に革新を行い、新しい機能を顧客に提供するが、その際にユーザ側には何の努力も要求しないでよい、という自由である。
それでは、業務用ソフトウェアの伝統的なラインはオンプレミスで栄え続けるだろうか。顧客関係管理(CRM)ソフトウェアはかつて、オンプレミスで運営する必要のあるキーソフトウェアパッケージの一つだった。Salesforce.comが立ち上げられ、ウェブ上でCRMをオンデマンドで提供を始めたとき、同社は多くの批判を浴びた。今日では、[同社の発展が] Siebelのようなオンプレミスのリーダにオンデマンドソリューションをも提供することを強いている。Salesforce.comがソフトウェアとサーバを運営し、ユーザ企業は、自分の所での導入、組み込み、セットアップをしないで、そのソリューションを使うことができる。顧客はそれをインターネット接続のいかなるPCからでも利用できる。
Salesforce.comは興味深い。なぜなら、それはソフトウェアのカスタマイズとインテグレイションというコンセプトを、オンプレミスのインストールから完全に切り離しているからだ。企業はオンデマンドソリューションを、オンプレミスソリューションでできたのと全く同じように、カスタマイズもしくはインテグレイトすることができる。Salesforce.comは実に、伝統的に必要だった労力を払わずに、情報とプロセスを巧みに操作することを提供している。現在、[ユーザ企業にとってのオンデマンドの]総所有コスト(TCO)は、オンプレミスソリューションに比べてごくわずか少ないだけである[Gartner 2005]。しかし、これは主として[Salesforce.comの]収益戦略に起因するものである。仮に価格競争に陥った場合、Salesforce.comはオンプレミスの競合他社よりも強い立場にある。なぜなら、同社がより多くのコスト要因を直接コントロールできるからである。
Salesforce.comがまた実証しているのは、「企業はデータを決して外に出すべきでない」という概念が覆り始めていることである。もし、オンデマンドとオンプレミスのソリューションが両方とも安全だと判断されるなら、顧客の購入基準は利便性とコストへと移行する。これが、TRIZの[進化の]トレンドが予想していることだ。
3. オンデマンド世界のTRIZ原理
かなりの多くのTRIZ [発明] 原理がオンデマンドITの実現に関わっている。オンデマンドITはローカルサーバを「分離する(2)」[訳注]。これは、全ての顧客のニーズにサービスするソフトウェアを開発することによって行われる。インテグレーションコストは劇的に削減される。それは、ソフトウェアが全ての顧客に対して「普遍的に(6)」[訳注]機能するよう設計されるからである(オンプレミス世界において、顧客特有のインテグレーションプロセスがコンサルタントによって繰り返し行われるのとは対照的である)。オンプレミスITがソフトウェアを顧客のサイトに供給するのに対して、オンデマンドITはデータをベンダのサイトに届ける(「逆に、13」[訳注])。
[訳注: 原文では、発明原理の名称 (またはそれに準じるキーワード) とその発明原理番号 ( )内とを斜体文字で表現して、文章中に埋め込んでいる。訳文では斜体の代わりに 「 」を使った。また、文を滑らかにする必要があり、ここに別途、参照している発明原理をリストアップすることにした。
TRIZの発明原理 2. 分離
発明原理 6. 汎用性
発明原理 13. 逆発想」]全ての処理のニーズをセントラルサーバに持ち込むことは、処理のボトルネックを生む。これはオンデマンドサプライヤにより、サーバを「分割(1)」[訳注]することで解決される。サーバの規模を拡大し、巨大なメインフレームにしてすべての顧客にサービスを提供しようとするよりも、むしろ「逆のことを行う(13)」[訳注]。すなわち、規模を縮小し、何度も「複製(26)」[訳注]することで巨大なデータ工場にして、必要な性能を達成する。それぞれの小さなサーバは、「安価な短寿命(27)」(訳注)であり、そこには最小限の資金を投資するだけで済む。実際には、本物のサーバを使用するのでなく、GoogleやSelf-Starのような企業はありふれた安価なPCを使用する。もちろん、それらの安価なPCは故障する率が高価なサーバよりも高い。この故障率を「事前保護(11)」[訳注]する手段として。3台以上の異なるPCに同じデータを送る。そのようにして、万一PCの一台が故障した時、そのPCのデータは単純に「廃棄され」、他のPCから「復旧される(34)」[訳注]。ローカルネットワーク上で、他のPCの一つが故障を検出し、損なわれたデータのコピーをもう一つのPCに送信する。データを複製することは、コンピュータを再フォーマットしたり、交換することを、必要に応じて容易に行うことを可能とする。しかし、このように頑健性を要求し、同じデータを3つ以上に複製して保つということは「災い転じて福となる(22)」[訳注]。システムは全てのコピーに対して同時に質問に対する回答を要求する。戻ってきた最初の回答を採用することで、システムは、なんらかの理由(重い負荷、故障モード等)で低速になったPCに妥協させられる(待たされる)ことがない。こうして、Googleはあの伝説的な0.2秒以下のレスポンスを実現しているのである。
[訳注: 発明原理 1. 分割
発明原理 13. 逆発想
発明原理 26. コピー
発明原理 27. 高価な長寿命より安価な短寿命
発明原理 11. 事前保護
発明原理 34. 排除と再生
発明原理 22. 災い転じて福となす]ふつう、オンデマンドITでは、サプライヤは特定のソリューションを提供する。Salesforce.comは顧客関係管理(CRM)を提供し、Self-Star.comはビジネスインテリジェンス(BI)を提供する。企業のデータは、様々なサプライヤのサーバ上に格納され、各サプライヤはそのアプリケーションのパフォーマンスを最適化する。これは「ダイナミクス(15)」[訳注]の実現であり、企業内データセンタは緩やかに結合されたサプライヤによって置き換えられる。ダイナミクスは大きくコストを節約する。なぜなら、システムの統合とメンテナンスのどちらもずっと容易になるからだ。大部分のサプライヤは、ユーザに「セルフサービス(25)」[訳注]ツールの権限を与えて、複雑さを取り除くことができるようにし、また、ユーザが彼らのニーズに合うようにオンデマンドソフトウェアを適応させることを許している。
[訳注: 発明原理 15. ダイナミクス
発明原理 25. セルフサービス]GoogleやSelf-Starのような企業は、巨大な量のデータを取り込み、彼らの顧客に素早くかつ正確に回答を届けたいと考えている。生のデータを十分早くサーチすることは、普通不可能である。これをするため、これらの企業は「事前処理(10)」[訳注]を行い、高速なサーチに一層適したフォーマットのデータを準備する。このような事前処理は膨大な量の処理資源を消費するから、事前処理は「周期的(19)」[訳注]に行う。このようにして、データプラントの既存のリソースを、それがあまり利用されていないときに使用することができる。顧客はサプライヤのサイトで動いているソフトウェアを使用しているから、サプライヤはソフトウェアの使用について、「フィードバック(23)」[訳注]を得ることができる。このランキングのフィードバックを、顧客がその経験をいっそう向上させるのに使うことができる。
[訳注: 発明原理 10. 先取り作用
発明原理 19. 周期的作用
発明原理 23. フィードバック]大多数のオブザーバが同意するのは、現在のビジネスソフトウェア業界が非常に成熟していることである。われわれが目にするのは、市場シェアの拡大を目的とした多くの合併(例えば、Oracle)や、新規参入者からの激しい価格競争(例えば、Microsoft)である。他方、オンデマンドITは発展の初期段階にある。しかし、かつての心理的障壁が緩和しつつあるのに応じて、われわれはオンデマンドのSカーブを登り始めている。そして、いまからの数年で急速な立ち上がりが見られるものと予期される。それは特にコストに敏感な業界で起こるだろう。
オンデマンドは、ITの最も活発に発展している領域で、どのように物事を根本的に変えていくのだろうか。
4 TRIZによって予見されるビジネスインテリジェンスのトレンド
現在のITがすでに成熟しているため、既存のアプリケーションの総所有コスト(TCO)は減少しつつある。それにも関わらず、既に言及したように、ITへの総支出はいまだに年々上昇している。その主な原因は、ビジネスインテリジェンス(BI)、ビジネスプロセス管理(BPM)、そしてビジネス活動監視(BAM)への支出が増加したためである。実際、Gartner [Gartner 2006b] によれば、ビジネスインテリジェンスが2006年のビジネスIT支出における最優先技術である。それは25億ドル(2005年から6%の増加)にも達している。2009年までに、ビジネスインテリジェンスのソフトウェア市場はさらに30億ドルへと登るだろう。
だが、ビジネスインテリジェンス(BI)とは何なのだろうか。今日、BIは巨大なデータテーブルから成る。それは総計や平均等を計算する式を持ち、多くの基準によって問い合わせすることができる。BIの利用は企業会計を大きく前進させる一歩であるが、ユーザの期待は時間と共に変化する。ユーザの期待は将来どのようなものになるのだろうか。それをTRIZで推測してみよう。30億ドルでどんなものを買うのだろうか。
4.1 組織にとってのより優れたビジネスインテリジェンス
多くの専門家は、多くの業界においてビジネスプロセスが競争優位性の中核にあることに同意する。われわれがここに示すトレンドの多くは、ビジネスプロセスに焦点を合わせるが、それらをより大きな枠組で捉え、それらをビジネスインテリジェンスの欠くことの出来ない部分とするだろう。
非線形性への適合[訳注]
大抵のビジネスプロセス監視ツールは、ビジネスプロセスが線形であると仮定している。最新鋭のツールは、条件付きの枝分かれで非線形性を一部取り入れている。本当は、現実のビジネスプロセス(BP)は、多くの人々の協調作業によって現れる。誰かもしくは何かがいつも何かをしており、それは予め決められたフローチャートで予期されたものとは、違ったことであったり、違った時間であったりする。経営幹部は彼らの業務が本当はどう動いていたのかを知ると、驚くことが多い。ビジネスプロセス解析ツールは、ビジネスプロセスを実際の運用から導くことによって非線形性を十分に取り入れるべきであり、その逆を行うべきではない。われわれの経験では、多数のサーバが定期的に極めて大規模な計算を実行して、データ中からビジネスプロセスを見つけ出すことが必要である。これは、非線形性への対応は、オンデマンドアプローチの方が適していることを示唆しているように見える。そこでは、計算資源が共有されて、リソースの有効活用を保証することができる。
[訳注: 技術進化のトレンド(Darrell Mann) 15. (外部条件に対応した)非線形性:?線形として考えたシステム → 非線形性の部分的考慮 → 非線形性の完全な考慮 ]
透明性の増加[訳注]
自動化が増してビジネスプロセスを視界から隠してしまった。業界固有のソリューションは多数のビルトインプロセスを含む。そして、これまでのコンサルタントはそれらをあなたの組織に合うようにカストマイズしてきて、ときにはそれが文書化もされていない。アプリケーションがブラックボックスであるとき、ビジネスプロセスを最適化することは非常に困難となる。今日、最新鋭のBIソリューションは、アプリケーションがセットしたステータスフィールドを見ることによって、部分的な透明性を得ようとしている。完全に透明なソリューションは、データベースにある情報の全てを用いて、ビジネスプロセスの実際の状態を検出するべきである(ステータスフィールドが間違っているときでさえも)。
[訳注: 技術進化のトレンド 22. 透明性の増大: 不透明な構造物 → 部分的に透明 → 透明 → 能動的な透明要素]
制御性[訳注]
人手によるビジネスプロセス監視(直接的な制御行動)は大きな企業にとって不十分である。ビジネスインテリジェンスシステムは、取るべき行動を積極的に知らせるべきである(仲介者を介した作用)。今後、ビジネスプロセスの制御性をさらに増大させるように進むべきであり、完全適応システムと自己学習システムに進むべきである。制御性の増加が、高度な技術上の専門知識を要求し、大量の計算リソースを消費することは明らかである。それはオンプレミスで維持するには非常に高価である。
[訳注: 技術進化のトレンド 28. 制御性:?直接的な制御作用 → 仲介を用いた制御作用 → フィードバックの導入 → 知的なフィードバック ]
設計方法論[訳注]
ビジネスインテリジェンスが始まったとき、それはさまざまなアプリケーションからのデータを集めて一緒にしただけだった。これは矛盾したデータのためにうまく機能しないことがすぐさま分かり、ビジネスレポートではただ一つの真実が必要であることが発見された。そこで、業界用語でデータ洗浄と呼ばれる中間処理が導入された。大量のリソースが、大組織においてデータ洗浄を実現するために使わている。その主な原因は、物事にはいつも過ちが生じ、新しいルールを定義することが必要だからである。「ゴミを入れれば、ゴミが出る」という諺は、BI業界において今やほとんど古典である。しかし、そうである必要はない。TRIZは予見する。「緩やかな劣化 [を考慮した設計]、クロスカップリング効果[を考慮した設計]、そしてついにはMurphy [の法則を考慮した]設計が、ビジネスインテリジェンスに対するわれわれの期待を劇的に変化させるだろう」と。優れたビジネスインテリジェンスは、たとえ、ゴミ(間違ったデータ)が入力されたとしても、洞察を取り出すべきである。
[訳注: 技術進化のトレンド 30. 設計方法論:? 試行錯誤 → 定常状態を考えた設計 → 過渡的効果を取り入れた設計 → ゆっくりした劣化効果を取り入れた設計 → クロスカップリングを取り入れた設計 → 「マーフィの法則」を取り入れた設計 ]
減衰の減少[訳注]
制御性と設計方法論が改良されるにつれ、われわれのモデルに適合しないデータをフィルタリングする必要性はより少なくなる。そのようなフィルタリングもしくはデータ洗浄は、実際のところ、その一つの真実を獲得するに際して、大変な悪材料である。フィルタリングは通常、技術基盤に基づいて行われるけれども、他方、その結果はビジネス上の洞察を得るために研究される。しかし、多くのビジネス上の洞察が、(特にプロセスが間違っている場所をそれらが指し示しているとき)データ洗浄により目に見えない形に変えられる。つまり、あなたはビジネスインテリジェンスの最も重要な結果を見逃すことになるかもしれない。目標は、データ減衰をさらに減少させ、最終的にフィルタリングされていないデータで処理することである。それでいて、上記の要因全てを実現し、統合され十分に要約された結果をビジネスインテリジェンスのユーザに提供することが必要である。
[訳注: 技術進化のトレンド 19. 減衰の減少:?大幅に減衰 → クリティカルな減衰 → 軽度の減衰 → 減衰なし ]
透明性の増加(II)
ビジネスインテリジェンスにおけるもう一つの最新の話題は、知見を財務的結果に翻訳する能力である。論点を財務的に表現し、それに従って[重要性を]ランクづけることができれば、それらを検討し、最も重要な側面にあなたのエネルギを向けることを、大いに容易にする。
4.2 サプライヤにとっての意味
もちろん、サプライヤにとっての論点もある。例えば、「市場の進化」[訳注]は、「ビジネスインテリジェンスが一つのサービスに向かい、さらに超える」ことを意味している。「境界の崩壊」[訳注]が示唆しているのは、さまざまなサプライヤが提供するサービスが、容易に一緒にされ、すりつぶしてしまうようにして、ちょうどよい混合物(マッシュアップ)を提供し、それでいて追加コストを必要としない、ことである。制御性は、サプライヤたちに、彼らのサービスがどのように使われるのか、だからそれらのどこを最初に改善するべきかを、よりよく理解できるようにする。「人間の関与の減少」[訳注]は、システムを拡大したいと考えているサプライヤにとって、緊急にすべきことである。「マクロからミクロへ」[訳注]のトレンドが示唆するのは、大規模顧客のためのソリューションを、小規模顧客たちのためにたやすく調整できるようにするべきことである。小規模顧客とは、中小企業と大組織内の小部門であり、自分たちのニーズにあわせたソリューションを望んでいる人たちである。
[訳注: 技術進化のトレンド 24. 市場の進化: 一次産品 → 製品 → サービス → 経験 → 移転
技術進化のトレンド 9. 境界の除去: 多数の境界 → 少数の境界 → 境界なし
技術進化のトレンド 29. 人間の関与の減少: 人間 → 人間+ツール → 人間+動力ツール → 人間+半自動ツール → 人間+自動化ツール → 自動化ツール
技術進化のトレンド 5. マクロからナノスケールへの進化(さらに微細に): キロ → 1 → ミリ → マイクロ → ナノ → ・・・ (連続的) ]Self-Starのようなサプライヤは、オンデマンドコンセプトを用いて、上記の事柄すべてを実装することを選択している。彼らが克服しなければならないのは、データが組織の中、ファイヤウォールの背後にあるという事実である。TRIZ原理24は仲介者を用いることを示唆している。この仲介者は[ユーザ組織の]内部で働き、様々なアプリケーション内での変更を検出し、そしてそれらを安全にデータセンタへと送信する。
5. 結論
オンデマンドモデルの創造は、TRIZ原理から多くのものを引き出して使用している。多くのTRIZのトレンドが、オンデマンドモデルがオンプレミスモデルを追い越すことを示している。しかしながら、ソフトウェア自身の本質もまた劇的に変化するだろう。専門化されたソフトウェアパッケージが、今までよりずっと深い内容の結果をエンドユーザに提供する。それでいて複雑さを隠し、カスタマが彼らのビジネスユニットに必要なサービスのマッシュアップを作り出す自由を残す。Self-Starはこのサービスを今日提供することに目標を定めている。そのR&DチームはTRIZのトレンドに沿って、その限界をさらに押し進めることを目標としている。
6. 参考文献
[Carr 2003] Carr N.G. (2003), ``IT Doesn't Matter'', Harvard Business Review, May 2003, p. 41-49. 日本語版: ニコラス・G・カー、``もはやITに戦略的価値はない''、ダイヤモンド社。DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュ、2004年03月号(ISBN: 4-478-01041-2)。
[Smith 2003] Smith H., Fingar P. (2003), ``IT Doesn't Matter − Business Processes Do: A Critical Analysis of Nicholas Carr's `IT' Article in the Harvard Business Review'', Meghan-Kiffer Press.
[Gartner 2003] Broadbent M., McGee K., McDonald M., ``IT Success Requires Discipline and Innovation'', Gartner, FT-20-0693, May 12, 2003.
[Carr 2004] Carr N.G. (2004), ``Does IT Matter? - Information Technology and the Corrosion of Competitive Advantage'', Harvard Business School Publishing Corporation, Massachusetts. 日本語版: ニコラス・G・カー、``ITにお金を使うのは、もうおやめなさい''、講談社。ISBN: 4-270-00062-7
[Gartner 2005] DeSisto R. (2005), ``CRM OnDemand: The Myth and Promise of No Software,'' Gartner CRM Summit, October 31, 2005.
[Gartner 2006] Correia J., Biscotti F. (2006), ``Market Share: AIM and Portal Software, Worldwide, 2005'', Data Quest, May 2006, www.gartner.com/DisplayDocument?ref=g_search&id=492790.
[Gartner 2006b] Garter Inc (2006), ``Gartner Says Business Intelligence Software Market to Reach $3 Billion in 2009'', February 7, 2006, http://www.gartner.com/press_releases/asset_144782_11.html
[訳注: 本論文は (上記に引用していないが) 下記のTRIZ教科書を多く参照している。
Darrell Mann (2002), "Hands-On Systematic Innovation", CREAX Press, Belgium: 日本語版: Darrell Mann 著、中川 徹 監訳、知識創造研究グループ訳、『TRIZ 実践と効用 (1) 体系的技術革新』、創造開発イニシアチブ刊、2004年。]
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最終更新日 : 2007. 7. 3. 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp