TRIZ/USIT 解説・紹介
連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ
第18回  TRIZの基本概念(4)
理想性とその向上
中川 徹 (大阪学院大学)
InterLab (オプトロニクス社), 2007年 6月号 (No. 104), pp. 31-34
許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2007. 6.24]

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編集ノート (中川徹、2007年 6月14日)

本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第18回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。

同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい (PDF 300 KB)

また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。

なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。

目次:

導入

1.  TRIZにおける「理想性」の考え方

1.1 「理想性」を考える必要性
1.2 古典的TRIZにおける「理想性」の理解
1.3 最近のTRIZにおける理想性の理解
1.4 「究極の理想解」(IFR)

2. 理想性の向上と進化のSカーブ

2.1 進化のSカーブ
2.2 Sカーブと発明・ビジネスの焦点

3. 理想をイメージする思考法

3.1 理想をイメージする意義
3.2 理想の結果をイメージする
3.3 TRIZの「ひとりでに」の理想
3.4 「セルフ-X」特許群

 


 

第18回

TRIZの基本概念(4)

理想性とその向上

大阪学院大学 中川 徹

InterLab誌, 2007年 6月号 (No. 104), pp. 31-34

 

 この連載は、技術革新のもとになる創造的な問題解決のための方法について、TRIZ(トゥリーズ)というロシア生れの方法論を、分かりやすく説明することを目的にしています。

 もう第18回になりますから、継続して読んでいただいている方には、一部に繰り返しと感じられることもあるでしょうが、毎回新しい方が読み始められてもよいように、配慮して説明したいと思っております。

 第14回から、TRIZが創りあげた基本的な概念について説明をしています。TRIZは特許をはじめとする科学技術の情報を技術の立場から整理しなおし、発明のための思考の技法をしっかりした体系として創りあげたものです。

 それでも、そのエッセンスは意外とすっきりしたもので、英文50語で表すことができ(第15回参照)、噛み砕いていうとつぎのようです。

 「TRIZの真髄はその技術認識にある。あらゆる技術システムが進化 (進歩発展)していく、その進化の方向は理想性が向上する方向であり、何らかの矛盾を克服したときに初めて (歴史的な)小さな一歩を進める、またこのとき資源の利用は最小限であるのがよいと分かった。

 この技術認識に対応して、TRIZは創造的な問題解決の思考法を創りあげた。その思考法の特徴は、第一に技術をシステムとして理解すること、第二に(現状の改善からだけでなく)まず理想をイメージすること、そして第三に矛盾を解決する明確な技法を持つことである。」

 このTRIZのエッセンスに含まれています基本概念を順番に説明してきて、今回は「理想性」について説明します。上に書きましたエッセンスの説明でも分かりますように、「理想性」という考え方はTRIZの中でも非常に重要なものです。

 ここでは、まずTRIZでいう「理想性」の考え方を説明し、技術の進化と理想性の関係の理解をまとめます。その上で、具体的な技術システムでの理想(さらには「究極の理想」)の捉え方を説明して、その理想性を向上させていくための思考法について説明することにします。

1. TRIZにおける「理想性」の考え方

1.1 「理想性」を考える必要性

 いままで繰り返し説明してきたように、TRIZは具体的なものをまとめて分類・整理し、その中から何らかの一般的な概念や法則を見つけることを目指してきた。これは実際的、実証的な立場であり、概念定義を先行させてすべてを説明していくという理論的な立場とは異なる。

 だから、「理想性」という概念についても、その概念を最初に定義し、その上で「すべての技術システムが理想性の向上に向かって進化する」といった理論を証明しようとするのは、TRIZが意図していることではない。

 TRIZはもっと実際的に、さまざまな技術システムの発展の歴史を観察し、それが(小さなゆらぎを捨象すると)大きな方向性をもっていることを実感した。方向性をもっているなら、その方向を(個別の技術システムに対する個別の説明ではなく)一つの包括的な概念として表現したいと考える。

 TRIZでは技術システムの発展(ひいては人類の文化の発展)を肯定的なものとして捉え、その方向を「理想性が向上する方向」と表現しているのである。

 では、「理想性とは何か?」、そして、「技術システムの発展をすべて本当に理想性の向上といってよいのか?」という問題がつぎに出てくる。

1.2 古典的TRIZにおける「理想性」の理解

 TRIZの創始者アルトシュラーは、具体的な技術システムの「理想性」を、つぎの式で表現している。[例えば: Yuri Salamaovの教科書  を参照]

理想性 = 主有用機能/(使用物質量 + サイズ + エネルギ)

 ここで、主有用機能とは、その技術システムが提供しようとしている主たる有用な機能(働き)を意味する。例えば、自動車の場合には、人や物を運ぶこと、薬の場合には、病気を治すあるいは罹らなくすること。これらの機能の広がりとその有用な度合いを、この式の分子が表現している。

 分母になっているのは、この具体的な技術システムが使用している、物質量(物質の種類とその量)、空間的なサイズ、およびエネルギ量を、加算したものである。これらを分母にしているのは、これらの使用・消費量が小さいほどよいことを意味している。

 ただ、すぐに気が付くことは、この式の表現は定量的なものではありえないことである。物質量といっても、使う物質が複数種類あるなら、それらの質量を単純に加算するのでよいのだろうか? 空間的なサイズは長さで測るのか、体積で測るのか? 質量(kg) と空間体積(m3)とは次元が違うから、加算できないではないか、など。

 だからこの理想性の表現は、定性的なもの(おおまかな概念を述べたもの)である。

 それでも、使用する物質は少ないほどよいのだ、使用するエネルギも少ないほどよいのだ、という理解は大事である。ここには、東洋的なロシアの節約の思想があり、米国流の大量消費経済の思想とは根底において異なることが理解できる。

1.3 最近のTRIZにおける理想性の理解

 最近のTRIZの文献では、西側諸国での考え方を反映して、「理想性」の表現が変化していることが多い。例えばDarrell Mann の教科書 ではつぎの表現を使っている。

理想性 = 効用/(コスト + 害)

 ここでの「効用」は、上記の主有用機能と基本的に同じものである。また、ここの「コスト」はその技術システムが使用あるいは消費するすべてのものを(例えば金額換算で)表現したものである。この式は、バリューエジニアリング(VE)におけるバリュー(価値)の定義と実質的に同じである。

 この新しい表現は、「分子や分母のすべての項目を金額換算で表現できるから、より定量的である」とみなされることがある。しかし、金額換算で表現する過程での曖昧さ(恣意性)が解消されるわけではない。

 また、すべてを経済的な価値判断で置き換えて、「安い材料なら多く使ってもよい」、あるいは「廃棄物はその処理費用だけを計上すればよい」といった考えは、TRIZ本来の考え方ではないことに注意されたい。

 また別につぎのような表現もある。

理想性 = (効用 − 害)/コスト

 この表現は「害が効用を上回れば、まったくのマイナスである」といった考えを表現するのによい。

1.4 「究極の理想解」 (IFR)

 理想性の諸定義で、もし分子の値が有限で、分母が0となると、理想性の式の値は無限大となる。TRIZではそのような状況を想定して、それを「究極の理想解(Ideal Final Result、IFR)」と呼んでいる。

 究極の理想解という概念は、「質量も空間もエネルギも使わずに、やりたいことができる」ことを意味するから、必ずしもイメージしやすいものではない。しかし例えば、スライドを投影しようとしてスクリーンを探したが見つからないとき、壁面に投影してずっとよい結果を得たという経験はあるだろう。その時のスクリーンはコストが0であり、十分に機能しているから分子は一定の値を持つ。これも究極の理想解の一つの姿である。

2. 理想性の向上と進化のSカーブ

2.1 進化のSカーブ

 一つの技術システムの発展を歴史的に辿り、その「理想性」の値(あるいは「価値」の値)を時間的にプロットしていくと、大まかには図1のようなS字の曲線を描くことが分かる。

 これは、「成長曲線」と呼ばれ、さまざまな場面、例えば、生物個体の成長、生物群の個体数の拡大、社会における技術の普及度、人の学習習熟度などに共通に見られるものである。

 技術システムの着想から誕生までは、極めて少数の人たちしかその存在や良さを知らないから、その「理想性」の向上の度合いは遅々としている。それが、ある時期を迎えると、多数の人たちの関心を引き、開発に加わってくるようになって(幼児期)、技術が発展し、相乗効果で急速に技術システムの理想性が増大する(成長期)。

 やがてその技術が成熟して、理想性はある程度以上になかなか向上しなくなる(成熟期)。そしてしばらくすると、別の新しい技術システムに追い越され、使われなくなっていく(引退期)。

 なお、このようなSカーブは、いま考えている技術システムだけでなく、そのシステムの主要な構成要素(下位システム)についてもそれぞれ個別に描くことができる。そして、それらの発展が重ね合わさり、より大きなレベルでの技術システムの進化のSカーブを形成しているのである。

2.2 Sカーブと発明・ビジネスの焦点

 アルトシュラーは、このSカーブの時期区分と、特許の数や質などを結びつけて論じている。

 図1の右側に示したのは、Darrell Mannの記述によるもので、この技術システムに対する発明の焦点が、発展の時期に応じて変化していくことを示している。

 すなわち、着想と誕生の時期は、ともかくその技術システムを動くように(作動するように)することが課題である。幼児期には、きちんと作動させることが発明の焦点である。これができると、多くの人たちが注目するようになり、性能の最大化、効率の最大化が図られ、技術システムとしての急速な進歩と普及が進む(成長期)。成熟期の特徴は、信頼性の最大化から、コストの最小化に焦点が移っていくことである。

 進化のSカーブに関わるさまざまな特性を理解すること、例えば、競合技術のSカーブの認識、新規技術が既存技術を追い越していくときの現象、これらの諸段階でのビジネスのやり方などを理解することは、技術革新をマネジメントするためには非常に大事なことである。そのような理解は、世界のビジネス界のホットトピックスであり続けている。

3. 理想をイメージする思考法

3.1 理想をイメージする意義

 現実の問題を解決する必要に迫られたときに、われわれはしばしば、その現実問題を改善しようと努力しているのに、理想がどうあるべきかを明瞭に思い描かない/記述しないままでやっていることがある。それでは方向性を見失った努力になってしまう。

 TRIZでは、技術システムの発展が理想性の向上の方向にあることを知っているのだから、まずいまの問題での理想(の結果)を明確にすればよいと考える。理想の結果を知った上で、その実現を考えるのである。

 例えば、あみだ籤の当選者を知ろうとするとき、われわれはみんな当たりの方から線を辿っていくだろう。小学校1年生の頃、この方法をやるお兄ちゃんをみんなで「ずるい」といった。しかし、いま、パズルを解くのにこのような方法を使わない技術者などいないに違いない。

3.2 理想の結果をイメージする

 大事なことは、理想の「結果」をまずイメージすることである。それは、本当は、問題を設定し、その課題あるいは目標を設定するときに、ある程度しているべきことである。理想の結果を明確にするのは、目標設定そのものだから、解決法(目標への到達法) が分かっていない段階でできることなのである。

 ただ、そのイメージを図にすることは、往々にして、何か恥ずかしい (「馬鹿か!?」と思われる気がする)。

 例えば、「忘れものを防ぐシステム」 を考えたときの、「理想のイメージ」の二つを図2に示す。

図2. 理想のイメージの記述例 (出典: 中川 (2006))

 この「恥ずかしさ」の感覚は意外と大事なことなのであろう。それは、現実的な思考の枠からはみ出ていることの感覚であり、TRIZでいう「心理的惰性」から一歩越えていることを示すものである。だから、描くべき理想はこのような恥ずかしさがあって当然なのであろう。

3.3 TRIZの「ひとりでに」の理想

 TRIZでいう「究極の理想解」の一つの形は、「問題がひとりでに解決すること」である。ここでいう「ひとりでに」というのは、なんらかの仕組みがシステムに内在して、特別な操作を(外部から)起さないでも、問題が生じることがない、あるいは問題が自然にスムーズに解消されることを意味している。

 この概念は、従来の工学的な自動化の概念とは異なるものである。この点を明瞭に対比しているのが、「セルフクリーニングフィルタ」について論じているDarrell Mannの図である(図3)

 フィルタは、気体または液体の流れを濾過し、流れに含まれるゴミをトラップする。このゴミを定期的に取り除かないとフィルタが目詰まりして流れが悪くなる。

 図3の左は、いわゆる「自動洗浄フィルタ」の典型的な構成を示す。フィルタの洗浄のためには、通常の流れを一旦停止し、逆噴射ノズルで逆方向の流れを作り、ゴミをフィルタから外すようにする。この際、フィルタに振動を与えると効果的であり、また逆方向からの流れも漏れないように正逆両方向のシールにしておく必要がある。また、外れたゴミを収容する方法も必要である。これらの洗浄動作を、例えばスイッチ一つで自動的に起動できることが、工学的な「自動洗浄式」フィルタが目指す仕組みである。

 一方、TRIZでいう「ひとりでに」洗浄するフィルタは、図3右のようなイメージである。ゴミは「なんらかのしかたで、ひとりでに」フィルタから離れていく。

 ただMannは、最近20年間の米国特許をすべて調査して、現在まだこのTRIZ流の自己洗浄フィルタは報告されていないという。

 あるいは読者は、「そんな、ひとりでに離れるはずないじゃないか」と思われるかもしれない。しかし、人間の肺細胞は、生涯100年間近く空気を吸って取り入れ、目詰まりしないような仕組みをもっている。胃腸をはじめ、内蔵器官のほとんどすべては、フィルタ機能を持ち、その自己洗浄のしくみを持っているのである。

3.4 「セルフ-X」特許群

 さらに興味深いのは、Darrell Mann の報告 である。「1985〜2003年の米国特許のすべてを調査した結果、TRIZでいう「ひとりでに」の解決策を実現した特許を2000件以上見出した」という。彼はそれらを「セルフ-X」特許と呼んでいる。このXは機能を表す。

 これらで実現されている機能には、自動配置、自動調節、自動位置決め、自動開閉などの微小な移動に関するもの、自動検査、自動時間駆動、自動較正など、また自動バランス、自動修復などの機能もあるという。

MannがTRIZの国際会議でこの発表を行ったとき、聴衆には大きな衝撃があった。発表者は従来の自動化とTRIZの理想主導の「ひとりでに」の解決策との違いを説明し、その上で「セルフ-X」特許を2000件見つけたことを丁寧に話した。しかし、討論の最初に聴衆の一人が「本当にひとりでになのか?」と質問し、発表者が確認したのに、討論の最後でまたもう一人が「本当にひとりでになのか?」と質問したのである。

 これらの「セルフ-X」特許を実際に特定し、それらの技術をよく学習吟味することは、先端技術の本質を理解し、同時に「理想」というものを本当に理解するために大変有効なことであろう。日本でのTRIZの研究グループがそのような作業をきちんとやってみることは価値があることであろう。

 

 

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本ページの先頭 記事の最初 1. TRIZの「理想性」の考え方 2. 進化のSカーブ 3. 理想をイメージする思考法  

 

連載の親ページ 第13回 事例(3) ホッチキス 第14回 導入・適用・推進法 (マネジャのために) 第15回 TRIZの基本概念(1) TRIZのエッセンス 第16回 基本概念(2) 技術システム 第17回 基本概念(3) 「場」 第18回(今回)のPDF    

 

連載の親ページ 第1回FAQ 第2回歴史(1) 旧ソ連 第3回 歴史(2) 米殴 第4回 歴史(3) 日韓 第5回 事例(1) 裁縫 第6回 事例(2) 万引き防止 第7回 知識ベースとソフトツール
第8回 Effects DB 第9回 技術進化のトレンド 第10回 機能から手段を知る 第11回 40の発明原理 第12回 矛盾マトリックス   InterLabサイト TRIZ紹介のページ

 

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最終更新日 : 2007. 6.24     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp