連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ | |
第14回 TRIZ/USITの導入・適用・推進のしかた (1) マネジャのための勘どころ |
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中川 徹 (大阪学院大学) InterLab (オプトロニクス社), 2007年 2月号 (No. 100), pp. 47-50 |
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許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2007. 2.15] |
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編集ノート (中川徹、2007年 2月10日)
本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第14回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ
。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。
同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい
(PDF 331 KB) 。
また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。
なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ
その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。
目次:
2.1 TRIZを何に使うのか?
2.2 TRIZを使わない種類の問題
2.3 TRIZ/USITの適用分野3.1 ビジネス的な効用の事例
3.2 TRIZが技術者の創造性を向上させたことの実証例4.1 TRIZの導入の具体的な方法
4.2 導入・普及の壁を突破するとき
4.3 トップダウンの役割
4.4 突破のためのポイント
第14回
TRIZ/USITの導入・適用・推進のしかた
(1) マネジャのための勘どころ
大阪学院大学 中川 徹
InterLab誌, 2007年 2月号 (No. 100), pp. 47-50
この連載の目標は、技術革新のための技法TRIZを実際に使えるように説明し、さらにTRIZの実践を普及させて、企業においても大学においても技術革新が一層盛んになるようにすることです。
このためにまずTRIZについて知ってもらうことが必要と考えて、第5回から前回まで、TRIZ(およびそれをやさしくしたUSIT)について、技術的な面から、やさしい事例と知識ベースの活用法を説明してきました。
しかし、TRIZ/USITは、個人で実践するというよりも、グループ作業として活用し、企業全体で技術的な研究・開発の体制に取り込んで推進することが、ずっと有効・有益です。
そこで今回は、企業などでTRIZ/USITの導入・適用を推進していくためのやり方について、簡単にまとめておきたいと思います。技術者の人たちだけでなく、マネジャの方々にも読んでいただけると幸いです。
なお、TRIZの全体的な説明は、第1回の「TRIZとは何か? FAQ」
に書きました。また、TRIZの発展と普及の状況につきましては、第2回(旧ソ連での成立と発展)
、第3回(米国と欧州での展開)
、第4回(日本と韓国での受容と普及)
を参照いただけるとよいと思います。
1. 転換期にあるTRIZの普及状況
第1回〜第4回に書いたことを簡単にまとめると、TRIZの理解と普及は、現在、世界でも日本でも一つの転換期にあるといえる。
一方で、「従来のTRIZ導入が順調に進んでいない」という面がある。特に米国でその傾向が強く、1990年代後半には大企業がこぞってTRIZソフトツールを導入したのに、それが必ずしも定着していず、国際会議などで企業からの適用事例があまり報告されていない。
他方で、「TRIZの導入を確実に定着させて実績をあげている企業」が出てきた。韓国のサムソンが最も華々しい
。日本でもパナソニックコミュニケーションズ
や日立製作所
などで全社的な普及が進み、他にもいくつもの企業でボトムアップに定着しつつある。
内容的にも、ロシアで樹立されたTRIZの原形(「古典的TRIZ」)だけでなく、Darrell Mann で代表されるような「西側の諸技法もとりいれた消化したTRIZ」あるいは、USITのような「やさしいTRIZ」が広がってきている。
このような世界の状況の中で、日本のTRIZは比較的着実・堅実な発展をしてきていると筆者は考えている。それでも、一部の人たちには、TRIZをよく知らないための(あるいは、普及の初期に生じた誤解のための)不信感があるから、今後のTRIZがそれを克服していく必要があろう。
TRIZの企業導入に関するマネジャ向けの講演で大いに参考になるのは、ロシア出身のTRIZ専門家 Valery Krasnoslobodtsev が、韓国サムソン電子を指導した経験
を語っているものである(2006年8月、アイデア社主催講演会、同社Webサイトに和訳スライド資料を公表
。www.idea-triz.com)。
2. TRIZを何に使うのか?
2.1 TRIZを何に使うのか?
Krasnoslobodtsev
はTRIZを使うとよい目的をつぎのように表現している。
- 既存の製品の設計に対して、新しいコンセプトの解決策を開発する。
- 将来の全く新しいコアテクノロジについて、予測し、実際に開発する。
- 品質を向上させつつコストを削減
- 製品とプロセスの改良
- 問題解決による廉価なエンジニアリング
- 競合他社特許を回避したコスト削減と、「特許の網」の形成
2.2 TRIZを使わない種類の問題
Krasnoslobodtsev
はつぎのものを挙げている。
- 統計解析とそれに関係する問題
- 数値および計算問題
- 矛盾を含まない自明の設計変更
- トレードオフの妥協した解決策を要求する問題
- 既知の材料、ディメンジョン、結合などの選択を伴う、最適化問題
2.3 TRIZ/USITの適用分野
技術関連分野のうち、機構系(機械系)、電気・電子系が得意であり、材料系、システム・ソフトウェア系にも十分適用でき、医学・農学などの生物系にも一部は適用できる。
要するに、問題の中の「メカニズム」、「原因-結果の関係」が分かっているほど適用しやすいということである。
だから、非技術分野でも、ビジネスやマネジメントの問題、人間関係の問題など、因果関係を表現できるような問題には、沢山の応用ができている。
ソフトウェア開発へのTRIZの応用は、公表されている適用事例が少ないが、すでによく研究されており、確実に適用できる段階になっている。(例えば、Darrell Mann は 2006年の日本TRIZシンポジウム
での発表で、500プロジェクトへの適用実績をもち、成功率100% だと述べた。)
3 TRIZを使った効用の事例
3.1 ビジネス的な効用の事例
TRIZを使って解決したことによる効用を、ビジネス面からコスト削減による推定利益として表現している例がいくつかある。
最も明確に述べているのは、サムソン電子である。例えば、DVDのピックアップ光学系で、2波長のために2個のLEDパッケージを使っていたものを、2波長用のLEDパッケージ1個にして途中のキュービック・ビームスプリッタを削除した。そのコスト削減効果は、3.7ドル/個 × 700万システム/年 × 3年 = 約1億 ドルと推定している
。
同社はプロジェクトごとにTRIZの成果をこのような金額で表現し、経営トップが主導して、ビジネス全体に大きな推進力を生んでいる
。
パナソニック・コミュニケーションズ
も製品レベルでの成功事例を公表している。電子記録式ホワイトボードを折り畳み可能にして梱包サイズを半減した事例、電話会議システムで周囲からのノイズをキャンセルした高い音質の製品開発の事例、などを発表している(TRIZシンポジウム、2006年)。
なお、注意すべきは、このようなビジネスとしての成功事例は、TRIZだけでなく、適切な問題把握、適切な設計手法、生産・販売、その他のビジネス努力があって初めて生れることである
。(また、同じ論点を逆に見ると、TRIZ自身を適用した優れた事例は、ビジネス成功事例以外にも多くある。)
3.2 TRIZが技術者の創造性を向上させたことの実証例
ドイツKACO社のKlaus-Jurgen Uhrner
が2005年11月に発表した論文は、TRIZが技術者の創造性、発明能力を格段に向上させたことを実証した、注目すべきものである(和訳
を『TRIZホームページ』に掲載、www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/)。
同社はブラジル企業のドイツ子会社であり、自動車用のガスケットとシールを製造し、世界的なシェアを持つという。Uhrnerは、自社の30年間の発明(特許およびノウハウ)全165件を具体的に検証した。
図1は、横軸に発明した年を取り、縦軸に発明の質を表す指標として「技術革新のレベル」を取って、165件の発明をプロットしたものである。3人の技術者に特に注目して、(原図では)色分け表示している。
図1. KACO社における165件の発明の「技術革新レベル」のプロット
まず、縦軸について説明する。アルトシュラーはTRIZで「発明のレベル」という概念を導入し、レベル1〜レベル5を規定した。レベル1はちょっとした改良、レベル2が同分野内の技術による発明、レベル3が同分野内で矛盾を解決した発明、レベル4が他分野の技術を導入してはじめて得られた大発明、レベル5は自然科学の発見を必要とするような偉大な発明である。Uhrnerはアルトシュラーの「発明のレベル」に市場への寄与を追加した尺度を用いている。
Uhrner は、1976年に入社(図の「Red」に当たる)、1997年にTRIZを独自に学んで実践を始めた。他に1982年に「Yellow」が入社、1996年に「Green」が入社している。2000年から、「Yellow」を含む4人が新たにTRIZの実践を始めた。
興味深いのは、「Red」が入社2年後にレベル4 の発明(#9)をし、「Yellow」が入社1年半でレベル4の発明(#23)、「Green」も入社1年半でレベル4.5の発明(#73)をしたことである。新しい分野に飛び込んだ若い技術者たちが、素晴らしい発明をしている。彼らはその後も引き続き発明をしているが、(TRIZ導入前は)発明のレベルでいうと、2.5〜3、2〜2.5、2〜3.5の範囲である。
1997年以後に白抜きマークで示している発明がTRIZを使った発明であるという。注目すべきは、まずその数の多さである。全社での発明件数が、TRIZ導入前は年平均約3件であったものが、導入した1997年以後では年平均9件余と、3倍になっている。
さらに、発明の質でいうと、TRIZを使わなかった発明の平均レベルが2.4であったのに対して、TRIZを使ったものの平均レベルは3.4となった。レベル3は矛盾を解決した段階であり、TRIZを使った解決策の質の高さを明瞭に示している。
さらにUhrnerが指摘しているのは、各技術者の個人履歴における変化である。「Red」にしろ、「Yellow」にしろ、若いときに良い発明をしたが、その後経験が増すのに、ほどほどの質の発明しかできなかった。それが、TRIZを導入してから、格段に高い質の発明を短期間にどんどんと出すようになったことである。彼ら自身が若かったときよりも一層創造的になったことをデータが示しており、彼らの実感であるという。
UhrnerたちのTRIZの理解内容の詳細は分からないが、伝統的なTRIZを独自に理解し、TRIZのソフトツールを使っているようである
4 TRIZ/USITの導入の方法
TRIZを企業に導入するに際しては、草の根的なボトムアップでするのか、トップダウンでするのか?誰が、どの部門が主導するのか?TRIZのどの手法を主体とするか?など、多くの選択肢があり、それに応じて議論もある。歴史的な状況は、本連載の第1回〜第4回でその概要を述べた。
ここではもう少し全体を俯瞰して、その「勘どころ」を説明しよう。
4.1 TRIZの導入の具体的な方法
いろいろなやり方があるにしても、TRIZの企業導入は、おおまかには図2のような過程を経るのが普通である。
図2. TRIZ/USIT導入の具体的方法とその「勘どころ」
(1) まず、TRIZを理解すること、そして社内にある程度の人数の共同理解を作ることが大事である。自分で言い出した人(ボトムアップの場合)や職制上の適切な人(トップダウンの場合)を中心に、TRIZ研究グループ、研究会などを作るとよい。組織としてそれを許容・奨励・承認することが大事である。
(2) 研究会メンバおよび組織の全体的なレベルアップを図るために、外部講師を招いたり、外部に出かけて活動するのがよい。
(3) 社内の実地問題に対して、実際にTRIZ/USITを適用して共同で問題解決を図る。最初は外部講師の助力を得てもよいが、自分たちだけで実践できることが大事である。
(4) 社内ホームページは非常に有効なPR法である。実践結果の報告会などをするとよい。
(5) 社内の技術教育としてTRIZ/USITの研修プログラムができるとよい。
(6) いままでの活動を土台にして、人的、予算的に正式な組織化を行う。
4.2 導入・普及の壁を突破するとき
さて、これらの諸過程のうち、(1)(2)の段階はまだ「学んでいる」段階である。そこではある程度「分かった」と思っていても、まだ何か釈然としていず、自分でTRIZ/USITを使った問題解決を実行できるような気がしない。
本当に「分かった!」、「使えた!!」、「成果が出た!!!」というのは、実は同じ時で、図2のように(3)の段階、実地問題を共同で解決したときである。要するに自分たちの力で実践してみて、それが成功したときである。その成功が何回か積み重なって、本当に「分かった!」「使える!!」という確信が得られるのであろう。
社内にそのような確信を持った人が出て来なければ、この図2のいろいろな活動をしても、結局はそのうちに立ち消えになると思われる。
サムソン電子を指導したKrasnoslobodtsev
もつぎのように述べている。「TRIZの展開の最大の障害は、TRIZが知られていないこと、そしてそのための不信感であった。その障害を克服したのは、TRIZを適用してプロジェクトですばらしい成果を出したことであり、サムソンでは経験のあるTRIZ専門家と一緒にそれを達成した。」
日本企業のやり方は韓国企業とは違う。ロシアからも欧米からもTRIZの専門家を雇ってきてはいない。だから、日本人が自前で上記の(3)の段階を突破しなければならない。自社社員の力で突破することも一つの方策である。最初は、外部(国内あるいは海外)のTRIZ専門家の力を借りて、突破の経験を作ることも一つの方策である。すでに日本国内には、それを指導できる力を持った人たちが出てきている。
4.3 トップダウンの役割
TRIZのような技法の導入には「トップダウンが大事だ」という人が多い。しかし、それは「旗振りをして、事務管理をする人」を作るだけではうまく行かない(そのような失敗例は日本にも海外にもいろいろある)。「分かった! 使える!!」という人をできるだけ早く作り、その人たちを中心にして、「成果が出た!!!」という実績を作ることがポイントである。
トップダウンのやり方は、このような突破をやりやすくするための方法である。突破ができてから段階(6)として本当に有効になる体制であると考える。段階(6)からは組織的なトップダウンの活動に移行していく。
企業の中でどんな部門が中心になるとよいのか?は一つの問題である。実際には、研究所、技術開発部門、事業部、特許部門、品質保証部門など、いろいろな例がある。結局は、誰が主体的に動き、中核になるのか?で決まるといってよい。言い出した人と部門が最初は中心になる。本格的な推進体制としては、全社部門が適当であろう。
4.4 突破のためのポイント
そこで、「社内の実地問題に自分たちが実際にTRIZを適用して問題を解決していくには、どんなTRIZの使い方をするとよいのか?」が、つぎの検討課題である。
「TRIZのエッセンスを理解し、やさしい適用法を使い、TRIZの知識ベースを活用するとよい」というのが、本連載で繰り返し述べていることである。これからも、この連載の主要部は、「TRIZをどのように理解し、どのように使えばよいのか」を議論していくだろう。USITはTRIZの使い方の一つであり、「やさしく統合したTRIZ」として筆者が薦めている方法である
。
次回からは、TRIZの基本概念とその活用法について、6回ばかり説明していきたい。
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最終更新日 : 2007. 2.15 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp