TRIZ 論文:

創造能力への回帰 - TRIZの効用を実績で実証した

Klaus-Jurgen Uhrner (KACO GmbH + Co.KG)

第5回欧州TRIZ協会主催 "TRIZ Future 2005" 国際会議、グラーツ、オーストリア、2005年11月16-18日、pp. 43-50

訳: 中川 徹 (大阪学院大学)、2006年3月27日

[掲載:2006. 4. 4]  許可を得て翻訳・掲載  無断転載禁止
英文ページ:  中川の紹介文、および論文原文を掲載 (掲載: 2006. 4.25)

English translation of this page is not ready yet. Press the button for going back to the English top page.

編集ノート (中川徹、2006年 4月 2日)

ここに翻訳・掲載しますのは、昨年11月の ETRIA国際会議で発表された、クラウス-ユルゲン ウルナーの論文です。原文のタイトルは単純に『Back to CREATABILITY』というのですが、この論文の意義を明確にするために表題のような和訳タイトルとしました。この論文が昨年の国際会議での最も優れたもので、私の学会報告概要 (和文) では以下のように紹介しました。

(4) TRIZの効果の実証に関して、Klaus-Juergen Uhrner (ドイツ、KACO社) の発表 [3] が目を見張らせるものであった。同社の30年間の発明 (特許など) 全164件の歴史を、アルトシュラーの「発明のレベル」の判断基準を用いて詳細に分析した。彼は1996年にTRIZを独自に学んで実践を始め、2000年から他の4人がTRIZ実践に加わった。導入前は、全社で年平均 3件の発明。このうち、彼自身を含め3名が新人時代にレベル4以上の発明をして、それが同社の事業 (自動車用のガスケットとシール) を世界レベルにした。ただ、その後はレベル3以下の発明が継続しただけだった。TRIZ導入以後、発明は年平均9件 (3倍) になり、それらはほとんどすべてレベル3以上で、レベル4以上の発明も続々出てきている。レベル3以上のものはTRIZで矛盾を克服した解決策である。彼自身を含めて、発明の創造力がTRIZの導入により格段に向上したことを、データで実証できた。--この実証データはすばらしいものである。日本の企業でも (後数年して) 同様の実証ができることだろう。

私の英文での学会報告では、この論文中の主要な 3つのグラフを (許可を得て) 掲載し、その説明を記述し、また、会議での討論についても記述しています。(この討論部分を本ページの最後に、和訳して再掲載します。)

著者の発表の直後に、私は著者に翻訳・掲載を願い出て、快諾をいただきました。著者とKACO社に厚く感謝いたします。
また、「発明のレベル」に関して、著者がアルトシュラーの評価基準を改良して本論文で用いたものを、送付してもらいましたので、「付表」として論文に添付しました。和文でこのHTMLページとPDF版を掲載します。英文も近日中に掲載の予定です。

この論文の意義を考えれば、本当はもっと早くに全訳掲載したかったのですが、いまようやくそれを果たせました。読者の皆さんがこの論文を真摯に受け止めて下さることを願います。

PDF版   (514KB, 9頁)    ここをクリック

目次

1. はじめに

2. 社内の状況の分析

2.1  一班事項
2.2 TRIZの量的な効果
2.3 TRIZの質的な効果

3. 結論とまとめ

付表: 技術革新のレベルの評価基準

 

追記 (中川 徹、2006年4月25日)

英文ページを作成しました。中川の紹介文論文原文のPDF版評価基準


 

創造能力への回帰

− TRIZの効用を実績で実証した −

クラウス-ユルゲン ウルナー
Klaus-Jurgen Uhrner
KACO GmbH + Co.KG
klaus.uhrner@kaco.de

要約

本研究のアイデアが生じたのは、地域の産業界からできるだけ多くの人々に公開のTRIZ研究会に参加して貰うことを意図した、一つの発表の計画からであった。
このイベントの参加者たちは、希望的観測ではなく事実に基づいて決定することが常であったから、TRIZの積極的な効果を計測可能にし、グラフに明瞭に示すことが求められた。そのような情報が入手できないことが明瞭であったので、著者は自分自身でそのようなデータをつくり出さねばならなかった。
本論文は、著者が自社内の状況を分析した結果を記述している。
「創造能力 (creatability)」という新語は、「創造的 (creative)」と「能力 (ability)」という二つの単語の組合せとして作ったもので、そのような人間的資質を簡潔に表現するためのものである。

キーワード: TRIZ、創造性、技術革新のレベル、矛盾、心理的惰性。

 

1. はじめに

KACO GmbH + Co. KG 社は、ブラジルのSabo-グループに属し、自動車産業向けを主としたシールの先進メーカであり、その結果グローバル化の影響を非常に大きく受けている。従って、急速な技術革新が不可欠であり、いままでに何回かTRIZがわれわれを困難な課題から救ってくれた。

著者は1996年にTRIZを独学で使い始めた。その4年後に、KACOではより広い基盤でTRIZを導入した。だから、TRIZの効果についてきちんとしたことをいうのに十分なデータがすでに存在しているはずである。

その分析は、以下の質問に答えることができるべきである。

  1. TRIZには量的な効果があるか?
  2. TRIZには質的な効果があるか?
  3. 多年の経験を経て創造性がブロックされた従業員を、「再活性化」できるか?

2. 社内の状況の分析

2.1 一般事項

課題の本質に取り組むために、われわれの社内のすべての発明/技術革新を1975年にまで逆上って分析した。すなわち、30年以上の期間に渡っている!

分析に加えるための前提条件としては、その発明が特許申請可能に見えかつわれわれの企業戦略に適合していること、あるいは、特許をすでに申請済みか許諾済みであることとした。

この分析に際して、特に多数の発明をし、また同時に、TRIZの導入前と導入後に渡って開発分野に携わってきた点で、3名の人物を選んで注目した。

技術革新のレベルの査定は、基本的には「アルトシュラーの発明の5段階」に従って行なった。しかしKACOの査定手順は、アルトシュラーのものの他に、ビジネス的、戦略的な側面をも含んでおり、その結果としてアルトシュラーのものとKACOのものとで結果に違いが生ずることがある。

以下の図でマークの中に記した数は、発明と発明者とを追跡するのに使った通し番号である

2.2 TRIZの量的な効果

TRIZの量的な効果を測定するために、年間に作られた発明/技術革新の数を使用した。

図1に示したのが、過去30年間に渡って作られたすべてのKACOの発明/技術革新を年ごとに記したものである。

図1. KACOの全発明/技術革新の毎年の数を時間に対して記したもの。またTRIZの開始時点。
(白のマークはTRIZに基づく発明であることを表す)

よりはっきり示すために、図1とは対照的に、図2、3、4では、従業員「赤」、「黄」、「緑」のそれぞれだけの寄与をグラフ化している。これらの3ケースすべてにおいて、「彼らが仕事を始めたすぐあと(「赤」のケース) またはウォーミングアップのあと (「黄」と「緑」のケース) に、年間の発明数が多くなり、その後は低下してしまう」という傾向があることがわかる。

この効果の理由は心理的惰性の影響であると思われる。この推測が裏付けられるのは、図6、7、8で、経験の増大が創造性をブロックしている影響をより明瞭に見ることができることによる。

図1に戻って、年間の発明/技術革新の平均数を、TRIZの影響がないときと、あるときとで比較すると、年間平均 3.0 から 9.7へと増大している。すなわち、年間の発明/技術革新の数は、TRIZの影響を受けているときが、受けていないときの3倍以上に増大している。 

図2. 従業員「赤」のTRIZ導入以前における、年間の発明/技術革新数の推移

図3. 従業員「黄」のTRIZ導入以前における、年間の発明/技術革新数の推移

図4. 従業員「緑」のTRIZ導入以前における、年間発明/技術革新数の推移

2.3 TRIZの質的な効果

TRIZの質的な効果を測定するのに、発明/技術革新について「技術革新のレベル」を使用した。

この30年間のKACOのすべての発明/技術革新について、その「技術革新のレベル」の全貌を図5に示した。

明瞭に分かることは、「技術革新のレベル」の (雲状の) 分布が、TRIZ導入以後に、有意に、より高いレベルに集中しているという事実である。

図5はまた「技術革新のレベル」の平均値も示している。見て分かるように、「技術革新のレベル」の平均値は、TRIZの導入後に、2.4 から 3.4に上昇した! これが意味しているのは、アルトシュラーによれば、「レベル2: 質的な変化だが、まだ十分大きくはない変化」から、「レベル3: 本質的な改良であり、根本的な変化」への移行である!

図5: KACOのすべての発明/技術革新について、「技術革新のレベル」の年代分布
(白色のマークはTRIZに基づく発明を表す)

図6、7、8は、選択した3人の従業員について、その典型的なふるまいをより明瞭なイメージとしてわれわれに見せてくれる。これらに共通した点は、典型的なトレーニング期間約1年半の後に、これらの従業員のそれぞれが、会社にとって最重要となったすばらしいアイデアを生んだことである。

従業員「赤」の場合には、ビッグバン (9番) がわが社の製品群の一つをもたらし、わが社をマーケットリーダに押し上げた。

従業員「黄」のすばらしいアイデア (23番) は、より科学的であり、弾性体シール (elastomere seals) の機能についてよりよく理解するのを大いに助けた。それによってわれわれは、自社製品の信頼性をさらに改良できた。

最後に (しかし最小ではない)、従業員「緑」の貴重な寄与 (73番) が、成長し続けている新しい製品セグメントへのわが社の参入を可能にした。その「環境へのやさしさ」によって、われわれはすでに受賞さえした。

図6、7、8を見ると、これらのすばらしいアイデアが出た後で、それぞれの場合に、「技術革新のレベル」が降下し、復帰していない。その理由は一体何なのだろうか?

その理由は、アイデアの数 (図2、3、4参照) についての場合と同じであると考えられる。すなわち、発明者がますます経験豊かになる (エキスパートになる) につれて、彼は「思考の無邪気さ」を失う、いいかえると、「心理的惰性」に陥ってしまうからである。

図5が明らかにしているのは、「一人の初心者 (すなわち、「赤」、「黄」または「緑」の従業員) がチームに入った (ときにはいつも) [訳注: ときにだけ]、ラジカルな発明が生まれる」ことである。そこで、アルトシュラーが言っているように、「革命的なアイデアが創られるのは、原則として、全く違った知識基盤を持った者たちがチームをリフレッシュするときだけである」。

図6: 「技術革新のレベル」の時間分布。TRIZ導入前の従業員「赤」の場合

図7: 「技術革新のレベル」の時間分布。TRIZ導入前の従業員「黄」の場合

図8: 「技術革新のレベル」の時間分布。従業員「緑」の場合

アルトシュラーはもう一つの法則として、「本当の技術革新の特性は、矛盾を解決することである」と言っている。そして、「技術革新のレベル2」と「レベル3」の間の決定的な特徴は、レベル3の場合にはじめて矛盾が解決していることである。KACOの場合にもこれが成り立っているかを確認するために、KACOのすべての発明/技術革新を吟味し、矛盾を解決したかどうかを調べた。 その後で、その結果を個々の「技術革新のレベル」と結びつけた。その分析結果を図9に示す。

図9: 「技術革新のレベル」と矛盾の解決
(白マーク=矛盾を解決した、黒マーク=矛盾を解決しなかった)

明瞭に分かるのは、「レベル2とレベル3の間に「灰色のゾーン」があるが、レベル3以上ではすべての場合に矛盾が解決されており、一方、レベル2以下では矛盾は特定されていず、解決されていない」ことである。

前記の場合と同じく、ここでもまたアルトシュラーが正しいことは100%確認された!

3. 結論とまとめ

TRIZの量的な効果が、「年間の発明/技術革新の数が3倍になった」ことで明瞭に見出された。

TRIZはその質的な効果を「「技術革新のレベル」が、レベル2からレベル3へと向上した」ことで、(量的な効果と同様に) 明瞭に示した。

さらに大きなことは、図1と図5で分かるように、「TRIZを導入した後に、技術革新の数とレベルの両方ともが、いわば「爆発的に」上昇した」のである。

非常に興味深い質問がある: 「TRIZによってこれらの専門家たちがその元の状態にまで戻ることができたのだとしたら、もはや、彼らは経験 (専門的技術) によってブロックされることがなく、心理的惰性から自由になったことを意味するだろうか?」

その答えは、「YES。彼らは再び活性化される」というだけではない。それ以上に、「彼らはもっと多くの創造性を獲得した」ことが明らかである。彼らは、それまでのどのときよりも、ずっと優れた発明家になっている。これが、まったく疑いなく、TRIZの量的かつ質的な効果である。

これらすべてのことをまとめて、本論文の題名をつけた。「創造能力への回帰 ("Back to CREATABILITY")」である。

 


付表:  「技術革新のレベル」の評価法    (アルトシュラー + K.J. Uhrner)      Uhrner  Nov., 2005

技術革
ベル
元の
アイデア
矛盾、
対立
妥協
究極の
理想解
との近さ
技術
技術
革新
必要
とした
知識
市場での
位置
Rate
of
Return
IV
劇的
変化
特定し、
劇的な
新しい
解決策で
解決
完全に
解消
明瞭に
近づい
現在
技術を
越える
現在技術
を越えた
ブレイク
スルー
工学の
通常の

パラダイムを

越える
市場の
リーダ
明瞭
改善
15%
III
明瞭
変化
特定し、
新しい

要素で
解決
実際

解消
近づい
or?
同様
現在
技術の
範囲内
現在技術
範囲内の
ブレイク
スルー
他の
学問
分野
から
改善
改善
10%
II
質的
変化、
基本的
でない
特定し、
減少
まだ
なお
存在
同様 or
離れて
いる
(複雑性
増大)
現在
技術の
範囲内
進歩は
明瞭だが、
革新的な

ブレイク
スルーなし
自分の専門
領域内 +
非常套的な
方法
少し
改善
改善
可能
I
そのまま
特定し、
減少
まだ
なお
存在
はるか
遠い
現在
技術の
範囲内
革新的な
解決策
なし
自分の専門
領域内
改善
なし
改善
なし

 


編集ノート、あとがき (中川 徹、2006年 4月 2日)

ETRIA 国際会議の学会報告 (英文) で書いた、最後の部分をここに和訳して再掲載しておきたい。

*** この発表は世界中のTRIZコミュニティにとって実に貴重なものである。それはTRIZの効果を示した実データであり、量的、質的、そして個人能力の側面からみたものである。TRIZをまだ学んでいない技術者や企業マネジャの人たちに、この事例を偏見を持たずに学んで貰いたいと、切に願う。同様な解析は、TRIZを使用した歴史をもっているさまざまな企業 (あるいは国) で、実施できることであろう。

*** 発表時に聴衆からいくつかの質問と討論があった。ある人が質問した。「それで、あなたのデータを見て、あなたの会社の人たちやあなたの周りの中小企業の経営者たちは、TRIZの効果を納得したことでしょうね?」 これに対する著者の答えは私には意外であった。「それが、あまりそうでないのです。この結果を私が話すと、ある人たちはなにかあまり愉快でないと感じるようです。」 -- 人間のそのような反応は大変悲しいことである。このような反応が引き起こされる原因の一部は、この分析をした著者が論文中の「赤」の技術者と実は同じだという事実 (論文に示されているデータから自然に出てくる結論) にあるかもしれない。そのような反応を克服し、Uhrnerの実証事例をTRIZコミュニティの共有財産とするためには、TRIZコミュニティとしてUhrnerの研究を検証することが有益であろう。しかしながら、著者とメールでやりとりしたところ、「最近数年の同社の発明 (すなわち、TRIZ導入後の大部分) は、その多くがまだ公表されていない」ことがわかった。このため、現時点でわれわれがUhrnerのデータを直接的に検証することはできない。それでも、分析のやり方は明快に示されているから、いろいろな組織で、自分たち自身の発明について歴史的に蓄積されているデータを客観的に分析することは可能なはずである。ともかく、Uhrnerの論文が本学会における非常に優れた成果であると、私は思う。

ともかく、ドイツの中堅企業で働いている一人の技術者 Uhrner氏 が、10年前から独学でTRIZを習得し、3年後に仲間4人がTRIZ実践に加わり、自分たちの業務にTRIZを適用してきた。その実績をまとめてみると、自分たちの発明が数で3倍になり、質的には確実にレベル3以上で、「矛盾を克服した発明」をどんどん出してきている。新人の時の新しい気持ちとその後の経験との相乗効果をいま実現できていて、その創造能力はいままでよりもはるかに高いレベルにある。--これが自分たち自身に起こったTRIZの効果であると、Uhrner氏はデータを示して証言している。

実にすばらしい実証事例だと思う。これを「信ずる者は救われるであろう。」

 

本ページの先頭 論文の先頭 2. 解析 TRIZの量的効果 TRIZの質的効果 評価基準 論文PDF ETRIA TFC2005 報告 ETRIA報告詳細 英文論文PDF 英文ページ

 

総合目次  新着情報 TRIZ紹介 参 考文献・関連文献 リンク集 ニュー ス・活動 ソ フトツール 論 文・技術報告集 教材・講義ノート
フォー ラム Generla Index 
ホー ムページ 新 着情報 TRIZ 紹介 参 考文献・関連文献 リ ンク集 ニュー ス・活動 ソ フトツール 論文・技 術報告集 教材・講義 ノート フォー ラム Home Page

最終更新日 : 2006. 4.25    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp