連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ |
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第7回 知識ベースを活用するTRIZ(1) |
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中川 徹 (大阪学院大学) |
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許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2006. 7. 4] |
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編集ノート (中川徹、2006年 6月26日)
本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第7回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ
。なお、同誌の編集とレイアウトがこの5月号から刷新されました。
同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい (PDF 311 KB)
。
また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。
なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ
その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。
目次:
(a) 科学技術原理のデータベース
(b) 技術の発展の方向を示すデータベース
(c) 機能目標から実現手段を探すデータベース
(d) 発明原理とその事例集
(e) 「矛盾マトリックス」4.1 出版物とWeb情報の利用
4.2 TRIZソフトウェアツール
(a) Invention Machine 社のTechOptimizer
(b) Ideation International社のInnovation Workbench
(c) CREAX社 (ベルギー)のInnovation Suite
(d) IM社のGoldfire Innovator
4.3 TRIZのe-Leraning ツール
技術革新のための創造的問題解決の技法!! TRIZ
第7回 知識ベースを活用するTRIZ(1)
TRIZの知識ベースとソフトツールの概要
大阪学院大学 中川 徹
InterLab誌, 2006年 7月号 (No. 93), pp. 37-40
この連載では、技術革新のための体系的な方法として作り上げられてきたTRIZを紹介しています。最初のQ&Aの後で、成立と発展の歴史を3回紹介し、さらにやさしい適用事例を2件紹介しました。これらの適用事例は、私のゼミでの卒業研究に基づいたものですから、最先端で凌ぎを削っておられる読者のみなさんには、あるいは不満足だったかもしれません。
最先端の技術情報を活用することが最も重要なことだと考えておられる読者の方々に、今回からのテーマはTRIZが構築した考え方、その知識ベースの内容、そのソフトツールの有効性を理解いただけるものと思います。
それでも敢えてやさしい適用事例を先に掲載しましたのは、技術革新において、「問題を定義し、分析し、そして解決策を生成していく」という全体の流れが大事であり、その中で適切な段階ごとに必要に応じて、かつ観点を明確にしてから、(特許、学術論文、およびTRIZなどの)知識ベースを検索し参考にするのがよいと考えるからです。
以下に説明しますように、TRIZは膨大な知識ベースを構築しており、それが便利なソフトツールになり、また教科書にも記述されています。その基本的な考え方を理解し、自分たちの問題解決に適時に適切に使っていくとよいのです。
1. TRIZにおける知識ベースの位置
アルトシュラーは、多数の特許を調査していく中でそのエッセンスを抽出して(いまTRIZと呼ばれている)体系を作りあげて行った。特許などの生の情報から抽出した、より濃縮され普遍性のある知識にまとめて、さまざまな形式に記録・蓄積していったものが、ここでいう「TRIZの知識ベース」である。
それらの知識ベースからさらに、基本的な概念が形成されて行き、TRIZは一つの技術思想をも作り上げた。また、知識ベースの情報を活用し、そのような情報と同等の成果を創り出していくための方法、すなわち、新しい技術を考え出す方法を実践的に構築して、発明のための技法を多数作っていった。さらに1990年代以降、これらの知識ベースがパソコンに載せられ、便利で使いやすいTRIZソフトツールが発展した。
だから、現在のTRIZが、思想、思考技法、知識ベース、ソフトツールなどを含んだ大きな体系を成す中で、知識ベースはTRIZの実体を支える土台なのである。
2. TRIZ知識ベースの意義
TRIZ知識ベースの意義は、TRIZ中での役割より以上に、科学技術全体の中で、科学技術の情報を活用する方法を的確に示した点にある。図1はこの位置付けを表している。
技術的問題にぶつかったときに、われわれが頼りにするのは「科学技術」である。それは高度に抽象化された理論体系を持ち、膨大な応用知識を持ち、基本的には(論文・特許・出版物などで)公開されている。しかし、われわれが「科学技術」の知識を実際に活用できるように取り出して来ることは大変なことである。分野の細分化と情報の膨大さが前に立ちはだかる。この状況で「科学技術の情報をどのような形態に整理・濃縮すれば、技術課題の創造的な解決に役立つのか?」が非常に大きな課題である。
図1の下段が、われわれの具体的な問題の世界であり、解くべき技術課題が当初はもやもやした状態にある。
図1の上段は、科学技術の情報の世界である。そこには基本的に二つの形態で情報が蓄積されている。第一は、科学技術原理であり、非常に大掴みにいって、「どのような設定にすれば、自然法則によって、どのような効果が得られるか」を述べたものである。第二は、特許事例のデータベースで代表されるもので、「個別の問題設定に対して、どのような解決方法を作りだしたか」を記述している。
科学技術が高度に発展するほど、その情報は細分化されて膨大になり、異なる技術分野、異なる産業分野などの情報を活用することが難しくなる。
この状況に対してTRIZは、科学技術の原理を整理したデータベースを作ると同時に、中段に示したようないくつかの新しい枠組みで科学技術情報を整理し直した。いままでにも何回か触れたが、これらを簡単に説明すると以下のようである。
(a) 科学技術の原理のデータベース
科学技術の広い範囲に渡って、その原理や現象を整理し、工学・農学などを含むさまざまな応用分野での装置や方法を網羅的に集めたもので、「物理的効果のデータベース(Effectsデータベース)」と呼んでいる。
(b) 技術の発展の方向を示すデータベース
TRIZでは技術の進化・発展が、さまざまな要素・側面から見ると、時代や分野や対象システムの違いを越えて、共通の点があると認識している。これを「技術進化のトレンド」と呼ぶ。(この「トレンド」が一時期の「流行」や「潮流」を指すのでないことに注意されたい。)
(c) 機能目標から実現手段を探すデータベース
技術分野の課題では普通、まず実現したい機能的な目標があり、そのための手段を見つけたいのである。科学技術の原理や方法は、「条件設定→効果」のように記述され、要求とは逆方向になっていることが問題解決に困難を生じている。そこで、問題解決の要求に沿って、機能目標から直接に実現手段を探すことができるデータベースを作成した。「技術の逆引き」データベースといわれる所以である。
(d) 発明原理とその事例集
多数の特許のアイデアのエッセンスを抽出して、アルトシュラーが「40の発明原理」をまとめ、またその代表的な応用事例を収集した。TRIZで最もしばしば使われるデータベースである。
(e) 「矛盾マトリックス」
技術的な問題を、「ある側面を改良しようとすると別の側面が悪化する」という矛盾であるとして定式化し、39×39の各場合に対応して、4つの発明原理を推奨するもの。アルトシュラーが1973年に作成した。その後、CREAX社がデータを刷新し、48×48の場合に分けた新版Matrix 2003を作成した。
これら (a)〜(e) はすべて、技術課題を解決したいと考えるときに、自然に必要になる枠組みであるといえる。また、技術や産業の分野を越えて共通の言葉で記述していることがTRIZの特長である。
このように整理した情報(「TRIZ知識ベース群」)を活用して、図1に示すように、自分の具体的な問題に対する新しい解決策を得ようとするのが、TRIZの基本的な方針である。
すなわち、TRIZの最も基本的な方針は、「自分の問題解決に対して、科学技術の情報をフルに活用すること」であり、そのための一般的な方法をつくり上げてきたのである。
図2は、筆者が創設し編集している『TRIZホームページ』のシンボルマークである。図1をベースに自分でデザインしたものである。カラーで見ていただければ、その意図がより明確に分かるだろう。(http://www.osaka-gu. ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/)
3. TRIZ知識ベースの構築
TRIZ知識ベースの構築は、まず旧ソ連において、特許情報その他の科学技術情報を基に、こつこつと「紙と鉛筆」で行なわれた(連載第2回参照)。その多くは物理・電気・化学などの高い素養を持つ研究者・技術者たちによって、後期には組織的に、行なわれたようである。旧ソ連でのTRIZ開発のマンパワーは延べ1500人年と見積もられており、その中の何割かが知識ベース開発に割かれている。
1990年代以後、これらの知識ベースがパソコンで動くソフトウェアツールに実装されると同時に、知識ベースの構築作業自身がコンピュータベースに移行していった。
特にInvention Machine社は、自然言語の意味解析ツールを開発し、それを使って膨大な数の特許情報を解析してTRIZ知識ベースを構築したので、同社のソフトウェアツールは非常に強力で新しい情報を含むTRIZ知識ベースを備えている。
また、2000年以降にCREAX社が行なった特許分析(1985年以降の米国特許全件の分析)によるTRIZ知識ベースの刷新も注目すべきものである。
4. TRIZ知識ベースの利用
4.1 出版物とWeb情報の利用
TRIZ知識ベースを要約した形式のものは、いろいろなTRIZ教科書に収録されているから、手軽に参照できる (教科書については、連載第4回を参照)。その他に収録しきれない未出版のロシア語資料も多いという。
特に「矛盾マトリックス」は、アルトシュラー作成の古典版がほとんどすべてのTRIZ教科書に掲載されており、CREAX社の新版『矛盾マトリックス2003』も単行本で出版・和訳されているから、参照するとよい。
また、例えば、「40の発明原理」をいろいろな分野(化学分野、ソフトウェア分野、生物分野、ビジネス分野など)に適用した事例を集めたものが、『TRIZ Journal』(http://www. triz-journal.com/)などのWebサイトで発表されている。
だから、TRIZ知識ベースの基本的な考え方を習得し、自分の問題解決に適用していくには、これらの教科書とWebサイトを活用することでも十分可能である。
4.2 TRIZソフトウェアツール
それでもやはり、TRIZ知識べースを利用する際に、TRIZソフトウェアツールの便利さと強力さ、そして今後の発展の可能性は言を待たない。
TRIZのソフトウェアツールには、1990年代に米国で開発された第一世代のもの(とその後継)、および2000年代になってから欧州で開発された第二世代のものがあるといえる。
これらのソフトウェアをユーザの立場で選択しようとすると、つぎのような観点が必要であろう。
- 問題解決のプロセスをどのようにサポートするか?
- 知識ベースとしてどのような枠組みのもの(検索入力と出力情報、および結果の表示形式)を提供しているか?
- 知識ベースの内容の充実度・適切度と内容の表現の分かりやすさ
- 特許などの技術資料の検索および解析(要約出力など)の機能
- 自社収集の情報も含めた知識管理のための全体的機能
- 日本語表示か、英語表示か?
- 利用可能人数、ネットワーク構成
- 価格、保守・更新費用も
ただし、これらの何を重視するかは、よく考える必要がある。筆者は、(先頭に記述したが)「問題解決のプロセスをリードする機能」をあまりソフトウェアツールに期待しない。問題解決のやり方は(USITなどを使って)人 (リーダあるいは自分自身)がリードするのがよいと考える。一方、知識ベースの内容および特許/技術資料の検索・解析能力はやはり重要な機能だと考える。
主要なソフトウェアツールには以下のものがある。詳しくは各社のWebサイトを参照されたい。
(a) Invention Machine社のTech Optimizer
第一世代TRIZソフトツールの代表であり、1999年に日本語版が作られた。知識ベースの内容および機能が充実している。機能分析など問題解決をリードする機能も組み込まれている。(http://www. invention-machine. com/)
(b) Ideation International社のInno-vation Workbench
第一世代ツール。原因-結果のネットワック図を描き、そこから問題解決の観点を出力することに特長がある。問題解決のプロセスをリードしていくのが基本の考えである。知識ベースは旧ソ連時代からの蓄積による。2000年に日本語版作成。(http://www.ideationtriz. com/)
(c) CREAX社(ベルギー)のInnovation Suite
第二世代ツールの代表。1985年以後の米国特許を分析した結果を盛り込んでいて、知識ベースの内容が新しく充実している。技術進化のトレンドおよびMatrix 2003に特色がある。まだ英語版だけだが、Mannの教科書 (日本語訳あり)と主要部が対応している。(http://www.creax. com/)
(d) IM社のGoldfire Innovator
Tech Optimizerの拡張版である。特許など任意の技術文書を意味解析し、その要約文(長さは1段落〜2頁の5段階指定)を自動的に出力する機能を持ち、強力。問題解決プロセスをリードする部分も強化されている。
なお、この他に、ドイツやオランダで、簡便な形のTRIZソフトツールが開発されている。日本独自に開発したものはまだない。
4.3 TRIZのe-Learningツール
世界各地の大企業が本格的にTRIZを導入しようとするときにすぐに直面するのは、TRIZの研修と実践を効率化する必要である。例えば、韓国のサムスン電子では、2005年の技術系新入社員4000人に対して、1週間相当のTRIZトレーニングを実施した。講義形式では講師が足りないから、トレーニングの教材を独自に創り、イントラネットによる自主学習を行なわせる。その中で意欲があり成績のよい者に絞って、順次高度な訓練を施したという。
このような社内e-LearningのTRIZ教材で、最も早くに作られ、かつある程度公表されているのは、韓国サムスンのSAIT(Samsung Advanced Institute of Technologies)のものである。同社に招聘されていたベラルーシのTRIZ専門家Nikolai Schpakovsky らが開発した TRIZtrainerである。簡便な市販ソフトに匹敵するTRIZ知識ベースを備え、問題解決のプロセスに従って解説している。自社の適用事例を詳細に掲載している(外部非公表)のも強みである。
Honeywell社のLarry Ballは、独自に作ったTRIZ教材を(e-Learningではないが)『階層化TRIZアルゴリズム』と名付けて公開している(和訳を『TRIZホームページ』に連載中)。
日本でもいくつかの企業で社内教材が開発され、e-Learningも始まっているようであるが、あまり公表されていない。
5. 問題解決のプロセスと知識ベースの利用
知識ベースの活用に関しての大きな問題は、問題解決の全体プロセスと知識ベースの利用をどのように組み合わせていくかという点である。図1では、科学技術の情報といくつかのTRIZ知識ベースとを用いて、自分の問題の解決策を得るのだということを、イメージとして漠然と (虹のような矢印で)示しているにすぎない。
実はここには、TRIZにとって (そして科学技術一般にとって) 大きな問題が潜んでいる。
一つは、既存の情報を調べて分析することが、研究や問題解決の独自性・創造性を増すこともあれば、それに頼りすぎてかえって減ずる弊害を持つことである。
また、他の一つは、多様な知識ベースがあると、それらを使った研究や問題解決のプロセスが随分多様になり、かえってその一部しか使われないことである。「TRIZの問題解決の全体プロセス」を統一することの難しさはここに起因している。
紙数が尽きたので、ここで切り上げ、次回からTRIZ知識ベースの具体的な利用法を説明しよう。
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最終更新日 : 2006. 7. 4. 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp