連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ |
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第8回 知識ベースを活用するTRIZ(2) |
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中川 徹 (大阪学院大学) |
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許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2006. 9. 6] |
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編集ノート (中川徹、2006年 9月 5日)
本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第8回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ
。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。この8月はTRIZシンポジウムの準備で超多忙であったため、1ヶ月遅れでここに掲載します。
同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい (PDF 295 KB)
。
また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。
なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ
その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。
目次:
1.1 専門分野ごとの知識の蓄積
1.2 文献検索による情報の収集
1.3 特許文献の検索
1.4 特許文献の人手による網羅分析
1.5 意味解析ツールによる自動分析2. 科学技術原理 (Effects) データベースの使い方
2.1 Effectsデータベースの構築
2.2 Effectsデータベースの使い方の基本
2.3 「S-A-O概念」によるEffects知識ベースの利用
2.4 「S-A-O」の連鎖と拡張による知識の検索
2.5 機能による整理
2.6 属性 (性質) による整理
2.7 いつEffects データベースを使うのか?
技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ 第8回
知識ベースを活用するTRIZ(2)
科学技術原理(Effects)のデータベースとその使い方
大阪学院大学 中川 徹
InterLab誌, 2006年 8月号 (No. 94), pp. 48-51
最先端で凌ぎを削っている技術競争で新しい技術を創り出していくためには、いままでに分かってきている科学技術の情報をよく知り、それを駆使していかなければならないのはもちろんのことです。そのためにTRIZは多くの知識を集め有用な知識ベースを作ってきました。
この連載では、前回にTRIZの知識ベースの全体像をまとめて、その位置づけを述べました。
それを一言でいうと、科学技術の世界での通常の情報の整理のしかた (すなわち、科学技術の原理の記述と、特許などでの個別の問題解決の記述) に対して、技術開発のための観点から新しい情報の整理のしかたをいくつか導入したことです。
これらのTRIZ知識ベースは (前回にも書きましたように) 教科書などで概要を学ぶことができますが、便利で詳細なソフトツールが作られていますから、それらを導入するとずっと効果が上がります。
そのTRIZの知識ベースを前回の2節では、つぎの5種として表現しています。
(a)科学技術の原理のデータベース
(b)技術の発展方向を示すデータベース
(c)機能目標から実現手段を探すデータベース
(d)発明原理とその事例集
(e)「矛盾マトリックス」これからの連載でこれらの項を各回一つずつ取り上げて、その考え方と使い方を説明していきます。
今回取り上げる(a)項は、科学技術の世界での情報の扱い方とも共通の面がありますので、まず一般的な方法を概観した上で、TRIZに関連して実現された知識ベースとその方法を記述しています。
1. 科学技術の情報を集める諸方法
まず最初に、知識ベースなどの素材である情報を集める方法を考えよう。
1.1 専門分野ごとの知識の蓄積
研究者や技術者たちは、自分の専門分野での知識を収集し、自分なりに体系化を試みている。その素材は、教科書・専門書などの比較的確立されたものから、最新の学術論文、学会発表、特許文献、(他社の) 製品情報、新聞・商業誌の情報、Web検索など多様であろう。
特定の狭い分野に絞っていても、その情報は複雑多様であり、なかなかすっきりとはしない。専門学会などで分野を概観する事典やハンドブックなどを編纂することも多いが、膨大な作業である。それでいて、事典やハンドブックには書き切れないことが一杯ある。
ともかく、これらの研究者たちがその専門分野の知識を吸収した上で新しい研究成果や発明を発表しているものが、一次資料としての文献である。
そして、彼らがまとめた専門知識が、科学技術の情報を知識ベース化していく際に最も重要な素材である。それらは、研究者たちが集め、その頭脳を経由してもたらされる。
1.2 文献検索による情報の収集
もっと広い範囲で科学技術に関する情報を集めようとするときに、文献検索を行なう。20年前までは、図書検索が精一杯、10年前までは文献のタイトルやアブストラクトでの検索が精一杯であったが、いまはディジタル化された文献の全文検索が当たり前である。
インターネットが普及し、広範で膨大な資料がディジタル化され、その全文を対象とした検索が容易にできるようになった。googleなどの(ソフトロボット型の)検索エンジンを使うと、適当なキーワードでの検索が1秒もかからずにできる。
特に、明確な技術用語や製品名などの個別名の場合には、このキーワード検索は強力で、得られる情報の質も随分高い(重要な記事のページやサイトが上位にランクされて表示される)。例えば、「TRIZ」というキーワードでは、日本語ページの検索で約5万件、世界では約113万件がヒットする。
しかし、機能を表す言葉や、性質の特徴を表す言葉などの、一般的な言葉を使って検索するのには適さない。
1.3 特許文献の検索
公開されている特許を検索することは、技術の調査としても、権利の確保/抵触回避のためにも大事である。日本の特許庁をはじめ、米国、EUなどの特許データベースが公開されていて、検索のツールも公的に提供されている(TRIZのソフトツールを使うと、公的な検索ツールを使うよりもはるかに高速に検索できる)。
特許文献の検索では、タイトルや概要の記述が、(不適切なほどに)広義で直接的でない用語を使っている場合が多いので、注意を要する。全文検索がずっと望ましい。
1.4 特許文献の人手による網羅分析
注目すべきはDarrell Mann たちがCREAX社で行なった、1985年以降の米国特許の全数調査である。インドで特許分析の専門家25人を雇い、2000〜2003年に15万件を分析した。ざっと読んで優れたもの約1割を残し、TRIZのいろいろな観点から詳しく分析記録した。
この分析結果は、Mann の教科書 (中川徹監訳:『TRIZ実践と効用(1)体系的技術革新』、2004年)に反映され、TRIZ知識ベースの中身を大幅に刷新した。
このやり方は、非常な労力を要するが、その知識の蓄積は驚くべきものがある。特許の全分野で、技術情報が質の高い形で詳細に記録されており、いろいろな角度から再整理して表現できる。TRIZ伝統のアプローチを現代に生かしたものである。
1.5 意味解析ツールによる自動分析
もう一つが、Invention Machine社が得意とする自然言語の意味解析ツールを用いた方法で、特許などの技術情報を自動分析し、要約、データベース化する。IM社を興したベラルーシ出身のValery Tsourikov によるAI技術を基礎にしている。
その基本的な考え方は、技術文献の分析に際して、各文の意味を「S-A-O構文」の組合せで理解していくことである。文法的にいえば、S(Subject) が主語、A(Action)が動詞、O (Object)が目的語であるが、これを技術的な文脈では、Sが手段(方法)、Aが作用、Oが対象物を表すと理解する。
例えば、「水を加熱すると、100℃で沸騰して、水蒸気になる」という文であれば、おそらくつぎのように解釈するだろう。
「S:熱−A:沸騰させる(100℃で) −O:水」&「S:熱−A:変換する (水蒸気に)−O:水」
このような解釈をいくつもの文に関して組み上げていき、最終的に一つの文書(例えば、20ページの特許文書) について、その文書全体で言っている「意味」のネットワークを作る。
その意味のネットワークから重要度が高い部分を取りだして通常の文章として再構成することができ、例えば、5行程度の「要約文」を作成できる。また、もっと細部まで出せば、2ぺージの要約文書を作ることもできる。
IM社の Goldfire Innovatorというソフトは、従来のTRIZソフトツール (TechOptimizer)にこの意味解析ツールを付け加えたものである。このツールでの特許文書の要約文は、非常に分かりやすい。一人の技術者が100件の (英文)特許を理解・要約するのは大変な作業であるが、このツールはそれを数分の時間でやってしまう。
IM社はこのツールを使って、多数の特許・技術文献を自動解析している。数年前までは、「250万件の特許を分析した」と言っていたが、本年の論文では「1500万件の技術文書を分析した」と述べている。
この自動分析結果をいろいろに再構成して、TRIZ知識ベースのソフトツールにしているのである。
2 科学技術原理 (Effects)データベースの使い方
2.1 Effectsデータベースの構築
TRIZの知識ベースの中で最も基本的なものは、上記のさまざまな方法で集めた科学技術の知識を比較的単純にまとめて、科学技術の原理とその応用例のデータベースとしたものである。
TRIZではまず、物理学的な諸分野でこれらの原理、現象、装置、応用例などを集め、ついで、化学の分野や、数学的(幾何学的)な分野での知識を集めた。それらをまとめて、「物理・化学・数学的な効果の事例集」、あるいは「物理的効果のデータベース」、「Effectsデータベース」などと呼んでいる。
この知識ベースの範囲を、生物関連諸分野や情報関連分野に拡張することは、必要であると同時に非常に有益な結果をもたらすであろう。徐々に進んでいる (ゆっくりしか進んでいない) という段階である。
2.2 Effectsデータベースの使い方の基本
この知識ベースを使う基本的な方法は、要するに科学技術の知識の百科事典として使うことである。
珍しい現象や原理、新しい機能素材など、自分の専門外でよく知らないことを調べるのに適している。応用事例などをつぎつぎに引き出せ、図解などがあって、大いに便利である。
さまざまな技術分野、産業分野で使われている原理・現象が、応用事例とともに掲載されているから、自分の専門分野、産業分野を越えて技術を広く学び、新しい発想を得ることができる。
2.3 「S-A-O概念」によるEffects知識ベースの利用
上記のIM社の「S-A-O概念」を用いると、このEffectsデータベースをさらに効果的に活用できる(そのためには、Effectsデータベースの各項目の内容がS-A-O概念を用いて記述されている必要がある)。
その方法は、S-A-Oのうちのどれか二つの要素を特定して、第3の要素に該当するすべての知識を引っ張り出すことである。
例えば、「S:熱−A:?−O:水」という図式は、「熱は、水に対して、どんな作用をするか?」という質問に対応している。温度を上げる、体積を膨張させる、蒸気圧を上げる、泡を生じる、沸騰させる、水蒸気にする、気体にする、(あるいは、マイナスの熱をも含んで考えると)氷にする、などがでてくるであろう。具体的な応用まで考えれば、溢れさせる、蒸気として飛び出させる、なども出てくるであろう。
また、「S:?−A:変換する (水蒸気に)−O:水」という図式は、「水を水蒸気に変換するのは、何か(どんな手段があるか)?」という質問に対応する。熱(加熱)という答えはすぐに思いつくが、減圧/真空でもよい。さらにこれを、「水を水蒸気にして乾かす」という文脈で見れば、高温の物体、乾燥した空気、熱風など、いろいろ出てくることが分かる。
2.4 「S-A-O」の連鎖と拡張による知識の検索
この「S-A-O概念」を用いたIM社の初期のしごとで印象に深いのは、「技術知識の連鎖」によって「発想を生み出せる」ことであった。
そこでは、各要素技術が、「入力状況 --> (自然法則)-->出力状況」の形式で表現される。すると、いま、二つの要素技術において、第1の出力状況=第2の入力状況となるものを見つければ、2段階の技術を逐次的に複合させて、「入力状況1 -->(自然法則1&2) -->出力状況2」という「複合技術」を「自動的に生成できる」のである。
この検索法が顕著な実地適用例を生み出したという話を聞いていないが、技術者たちがいつも考えている思考方法の一つを具体的なソフトツールとして実現した点で画期的なものであった。
また、IM社の今年のTRIZ国際会議での発表では、「S-A-O概念」を拡張して、「原因分析のための知識ベース」を作ったという。
それは上記の説明を少し言い換えて、さまざまな技術的知識を「原因状況-->(自然法則)-->結果状況」の形に理解すればよい。すると、具体的な問題の結果状況を作り出している可能性のある原因状況をすべて(知識べースから)網羅することができる。その中の関係しそうなものだけを抜き出して考察するのである。
例として、人工骨の表層を形成する多孔質材料を取り上げ、その多孔質材料が脆くなる原因をこの方法を使って (ミクロの観点で)考察している。
2.5 機能による整理
Effectsデータベースのさらに本質的な利用法は、その知識ベースの内容を新しい枠組みで整理し直して利用することである。
その第一で、最も大きな利用法は、各技術知識が、どんな機能や作用をもっているのかで分類する。その際に、さまざまな「機能」をまずリストアップし、それを階層的に体系化し、その上で、すべての技術知識をそれらの体系に仕分けてしまうのである。
このような階層的体系を作れば、その体系は普遍的、恒常的で、知識をどんどん蓄積することができる。これがTRIZの典型的な知識ベース構築法である。「機能」による知識ベースの活用法は、改めて第10回に説明しよう。
2.6 属性(性質)による整理
第二の有用な整理のしかたは、もの (システムまたはその構成要素)の「属性」(性質の種類・カテゴリのこと)に関連させて、いろいろな技術知識を整理することである。
そのためには、まず「属性」を分類しなければならない。このような分類にはいろいろな考え方がありうるから、確立することはなかなか難しい。例えば、Darrell Mannの教科書で採用している分類は以下のようである (改行は行数節約のために便宜的につけた。原著には階層的な表現はない)。
重量、体積、表面積、長さ、
表面仕上げ、密度、
速度、力、圧力、圧力勾配、
温度、温度勾配、強度、
輝度、エネルギー、仕事率、
均質性、潤滑性、
電気伝導性、熱伝導性、磁気特性、
多孔性、粘性、硬さ、
音/超音波、色そして、これらの「属性」に対する作用として、つぎの5種を考えている。
増大させる、減少させる、変化させる (増大&減少)、安定させる、測定する
このようにして、多様な「属性」とそれへの「作用」との組合せで26×5の表を作り、そこに関連する技術知識を仕分けているのである。
例えば、「表面積を増大させる方法」としてMannの教科書が挙げているのは、メービウスの帯、分割、楕円、渦巻き/螺旋、しわ、突起、フラクタル化である。
2.7 いつEffectsデータベースを使うのか?
さて、上記の2.1〜2.6節において、Effectsデータベースのいろいろな使い方を述べたが、「いつ使うのか?」をきちんと言及してこなかった。ここにまとめて考えてみよう。
まず一つは、一般的な技術の学習、素養の涵養のために使う場合であり、それは、「いつでも、折にふれて」ということになろう。
例えば、日常生活でふっと気になったことを調べるとよい。「消臭剤」がどんな原理でつくられているのだろう?「噴霧器」の霧をうんと細かくする方法は?「かび」の防止の方法は?など、折にふれて学んでおくとよい。
技術的なことで、詳しく知らないことがでてくるたびに、その関連項目を学ぶというのも大事なことであろう。
第二は具体的な問題に関して、問題解決の初期に、その背景となる知識、従来技術、関連情報を集める場合であろう。一般的な情報検索をするとよい場合もあるし、TRIZのEffectsデータベースを使って調べるとよいこともあろう。自分の知識よりもずっと広くを見渡すとよい。
第三は、具体的な問題で、解決策の方向を念頭におきながら、ヒントとなる技術を探す場合である。この場合には、2.3〜2.6節で述べたような、目的を明確にした知識ベースの検索方法を採用するとよい。
すなわち、実現したい機能が、「臭いを消す」ことであるなら、機能で分類したもの、あるいは属性に対する作用という表現で分類した知識ベースを使うとよい。あるいは、分類していないEffects知識ベースで、「S:?−A:なくす(臭いを)−O:?」といった図式の検索をするとよいであろう。
ともかくこの場合には、問題解決の段階に応じて、適切な形式の質問/情報検索のしかたをすることが大事である。逆にいうと、「質問のしかたが明確になってから、知識ベースを使え」ということである。
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最終更新日 : 2006. 9. 6. 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp