連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ | |
第10回 知識ベースを活用するTRIZ(4) 機能目標から実現手段を探すデータベース |
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中川 徹 (大阪学院大学) InterLab (オプトロニクス社), 2006年10月号 (No. 96), pp. 35-38 |
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許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2006.10. 4] |
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編集ノート (中川徹、2006年10月 4日)
本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第10回です。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ
。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。
同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい
(PDF 313 KB) 。
また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。
なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ
その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。
目次:
2.1 目標としての機能
2.2 IM社のTechOptimizer での機能の分類とデータベース
2.3 Mannの教科書での機能の分類
2.4 CREAX社のFunction DB3.1 目標機能が「分かっている」か?
3.2 機能データベースを活用した例
第10回
知識ベースを活用するTRIZ(4)
機能目標から実現手段を探すデータベース
大阪学院大学 中川 徹
InterLab誌, 2006年10月号 (No. 96), pp. 35-38
技術革新のための技法としてのTRIZの強みは、従来の科学技術の情報を知識ベースに構築し、それをフルに活用することです。本連載では、第7回から継続してTRIZのこの側面について述べてきています。
第7回
で、TRIZの知識ベースの全体像を述べ、科学技術の情報の使い方として、実際の技術開発で必要となる調べ方を考えて、それに合わせた知識ベースを数種作ったのだと説明しました。そしてこの連載ではそれらを順次説明してきています。
まず説明しましたのが、科学技術原理(Effects)のデータベース
です。百科事典のようなものですから、TRIZ固有のものではありません。しかし、これがまず基本になること、そして「S-A-O(Subject - Action - Object)概念」が、情報の的確な整理と検索の土台になることを説明しました。
そして前回説明しましたのが、「技術システムの進化のトレンド」の知識ベース
です。例えば、一つのトレンドとして、「システムの構成要素(例えば、カッターの刃)が、固体物から、段々、細分化された固体(ダイヤモンド粒)、液体(水のジェット)、気体(炎)、そして「場」(レーザ)というように、細分化される方向に進む」と考えています。いままでの科学技術の発展を分析・整理して、このような「技術進化のトレンド」を多数(Mannのものでは31種)見つけています。
そして、今回説明するのが、実現したい目標機能から、その実現手段をいろいろ調べるための知識ベースです。
技術開発や製品開発のさまざまな段階で、「やりたいこと」は分かっているのだけれども、「どうしたらそうできるか」が分からない、ということがよくあります。技術の開発は、その繰り返しといっても過言でありません。
ここで大事なのは、分かっているつもりの「やりたいこと」を、図に描いてみて、明確な言葉にしてみることです。それも、(解決策の手段はまだ分かってないのですから)具体的な手段を表す言葉でなく、もっと一般的な言葉(すなわち、「機能」を表す言葉)で表現することです。
簡単な例を日本の文献から引用し、その後TRIZでの知識ベースについて、例を挙げながら説明しましょう。
1. 同じ働きをするものからのヒント
「創造的方法」に関する研究で大きな仕事をした一人が、故市川亀久彌(1915〜2000年、元同志社大学教授)である。その理論は、「等価変換理論」と呼ばれている。ヒントをベースに発明する場合にも、そのヒントに含まれる本質(本質的な働き=機能)を理解することが必要なのだと考える。
市川はつぎのような例を挙げて説明している(いまの都会育ちの若い人たちにぴんと来るかどうか心もとないが)(出典:市川亀久彌(1966)、『TRIZホームページ』に復刻・掲載(2001)
。なお、下記の引用文中の[ ]内は引用者の補足)。
大正期まで、稲こき[刈り取った稲束から籾を外して集めること]のためには、櫛の目にした金属の刃の列に稲束を差し込んで、人手で引っ張るものであった。
「ある日、農業技術の改善に関心をもっていた岩田氏は、稲のよく稔ったあぜ道を、折りたたんだこうもり傘を振り廻しながら歩いていた。ところが、すこしのはずみで傘の先端がたれ下がった稲穂に激突した。すると、どうしたことかパラパラと、稲を離れた <もみ> が前方に飛散した。氏はこれだけの偶然の経験で、[回転ドラムに山型の針金を多数つけた]新型稲こき機の着想を得たという。」
この新型稲こき機は、昭和期によく使われた(筆者もよく記憶している)ものである。市川の解説は(言葉を一部省略しているが)つぎのように続く。
「方法論的にみると、これはまず経験的事実として、<衝撃を与えて稲こきをする> という、新しい稲こきの原理が発見されたことである。それがどのようにして実現してきたものであるかというと、<角のない、細い金属棒の素早い運動> によるのである。かようにみてくると、新型の稲こき機は、肝心の原理部分をすべて、経験的事実の中に見出すことが可能となる。」
「かくして、回転式稲こき機の発明は、経験を出発系として、いかにして、[「機能の原理」と「実現の基本的手段」 の]抽象をなし得るか。また、これらに、前述した[新型機のための]回転ドラム系の諸機能を, いかに組み込んでゆくかということの中に求められるものである。」
要するにこの例は、稲束から籾を取るのに、(櫛で)「こそぎ取る」のではなく、(こうもり傘でやったように)「素早くたたく」方法があるのだという気づきが本質だというのである。
なお、同じ「たたく」でも、「筵の上で杵でたたく」方法はずっと昔から使われていて、ここの方法と少し異なる。最も違うのは、たたく力の方向の違いであり、新しい方法は「空中でたたく」ことを実現しているのである。
2 機能の分類とデータベース
2.1 目標としての機能
上記の例のように、技術的な問題では、われわれは何らかの形で、われわれの道具やシステムがうまく動いて、その働きを実現するように、望ましい機能を達成するようにしたいのである。
そこでは、達成したい目標としての機能は「分かっている」が、それを実現する手段が分かっていない。 これがまず基礎になる(第一近似の)状況理解である。
それでは、その「機能」を表現することを考えよう。普通、簡単にはつぎのように教えられる。
「機能」とは働きを表すもので、言葉でいうと「何をどうする」(「〜を〜する」)というように、動詞で表される。
この考え方にそって、「機能」に関する概念を言葉として整理し、分類してみようというアプローチが、多くの所で試みられた。前述の市川亀久彌には「cε辞典法」
と呼ぶ方法があり、われわれのTRIZにも同様の分類がある。ただ、これらの分類が、(使用する国語の束縛を離れて)その論理性や実用性の面で、世界的に確立されているかというと、そうでない。
それでも、この「機能」を分類した体系を作り、その体系のもとに多数の科学技術原理を分類し、その適用事例を集めれば、産業分野や対象技術分野を越えた有用な知識ベースが得られるはずだと考えられる。これを実際に試みているのが、TRIZとそのソフトツールである。
2.2 IM社のTechOptimizer での機能の分類とデータベース
Invention Machine社のソフトツール TechOptimizer 3.5J(日本語版)には、知識ベースを「機能グループ」で検索できるようになっている。そのグループ化の階層構造は次のようである。
まず、「何を」を3種に分類している。「物質を」「パラメータを」「場を」の3種である。ただし、これらの順番はツール上では五十音順(すなわち、パラメータ、場、物質の順)である(もとの英語版は当然アルファベット順)。
そして、「物質を」では、移動する、形成する、結合する、検出する、生成する、相変化する、蓄積する、排除する、分離する、保持するの11種を挙げる(五十音順)。
「パラメータを」では、増大させる、減少させる、変化させる、安定させる、測定するの5種である。
「場を」では、生成する、検出する、蓄積する、防止するの4種が上がっている。
さらに、第3階層の分類として、例えば、「物質を生成する」の項では、この「物質」をさらにつぎのように分類している。プラズマ、液体物質、化合物、幾何学物体、気体、技術的な物体および物質、固体物質の要素、固体物質、構造化物質、多孔質物質、物質の流れ、分子状粒子および分子下粒子、粉体、粒子、という14種。
(この14種をもう少し分かりやすく並べ替えたいと、読者の皆さんも思うだろう。例えば、気体−液体−固体と並べればよい。しかし、「化合物」というのは、気体・液体・固体のどれにもあり、違う分類概念を使っている。その他のものも、それぞれ別の分類を主張するから、どうにも整理できなくて、やむをえず、五十音順という意味の少ない並べ方を使っているのである。)
そこで、TechOptimizer での機能分類を使うためには、このような分類のやり方に馴染んで使う必要がある。
あるいは、第3階層で表現した諸機能の全体を、フラットにして示すやり方も設けてある。それを使うと例えば、「液体物質を」に対しては、次の9 項目が出てくる。移動させる、検出する、除去する、浄化する、蒸発させる、生成する、抽出する、分離する、保持する。
TechOptimizer は、これらの一つ一つの項目に対して、10〜30件程度の科学技術の原理とその応用事例(実際の特許事例)を収録しており、各事例が簡単なアニメつきで、画面1〜2枚分の説明がある。原理と事例の相互参照があり、大いに便利である。
ただ、それがあまりにも膨大で、一つ一つの項目も(高度すぎて、また翻訳のため)分かりにくいことがある。
2.3 Mann の教科書での機能の分類
Darrell Mann の教科書(『TRIZ 実践と効用(1)体系的技術革新』、中川徹監訳、2004年)
でも、機能による分類を掲げ、科学技術の原理を分類して一覧表にしている。コンパクトで分かりやすい。
私がこの監訳をしたとき、アルファベット順の機能を、つぎのように並べなおした。
位置に関する機能:
位置する、動かす/振動する、向ける(配向する)、回転させる、曲げる集める機能:
保持する/結合する/組み立てる、混合する、吸収する/蓄積する、堆積する、埋め込む分ける機能:
抽出する、分離する/除去する/磨く、破損する/洗浄する/腐食する/分解する、破壊する/侵食する/腐食する熱的変化に関わる機能:
冷却する、加熱する、相変化する/融解する/凝固する/沸騰する/蒸発する/凝縮する、乾燥する生成・保持・検知などの機能:
作り出す、貯蔵する/保護する、防止する、検出する、安定させる。Mannの教科書では、これらの機能の対象を大きく「固体、液体、気体、場」の4種に分類した。そして、それぞれの項に、いままでに知られている科学技術原理の名称を列挙している。
2.4 CREAX 社のFunction DB
CREAX社では、Mann の教科書をベースにしたソフトツール Innovation Suite を販売していると同時に、「Function Database」をWebサイトで無償公開している(www.creax.com)。
これは、Mannの教科書(332-337頁)に掲げた、機能のデータベースに示した科学技術原理を、1画面ずつで解説したもので、アニメになっていて分かりやすい。
その一つの画面例を図1に示す(和文キーワードは図で上書きしたもの)。画面左で、機能名を選択し、対象の状態を指定してGoをクリックすると、この機能を実現する科学技術原理のリストがでてくる。それをひとつずつクリックすると、右側にアニメつきで説明が現れる。
図1. CREAX社のWeb サイトの機能データベース (無償) の画面例
私自身、CREAXがこのデータベースを1年以上前に掲載したことを知っていたが、多忙でその中身をよく知らなかった。今回、掲載されているものの体系とその一つ一つの説明を読んですばらしいと思った。技術的な原理の説明として、分かりやすいのがよい。
なお、すべての「機能」は、その働きかけの対象の特定の属性(性質)を変化させるという面がある。この観点からMannも、さまざまな「属性」を列挙し、それへの働きかけとして5種の作用(TechOptimizerと同じで、増大させる、減少させる、変化させる、安定させる、測定する)を考え、関連する科学技術原理を一覧表に示している。CREAXのWebサイトはこの属性データベースはまだ工事中である。
3. 機能データベースの活用法
3.1 目標機能が「分かっている」か?
前節で機能の分類のことをやや長々と書いた理由は、われわれが自分のシステムをうまく働かせるための目標機能を「分かっている」つもりでいても、実際にはそうでないことが多いからである。上記のように「機能」の体系を的確に示すことが世界の学術レベルにおいても難しいということは、われわれが本当に欲しい機能を適切に表現する概念と言葉をまだ十分持っていないことを意味するからである。
欲しい機能を、図示し、空間や時間的特徴を考え、いろいろ異なる観点から表現してみることが有用であろう。稲こきのために、稲の籾を「たたく」といっても、随分のバリエーションがあるのだから。
3.2 機能データベースを活用した例
機能データベースを活用して、適切なヒントを得て問題を一挙に解決するというやり方を、最も大規模で積極的に展開しているのは、米国のGEN3 Partnersというコンサルティング会社である。Simon Litvin のTRIZCON 2004での論文を以下に学ぼう。
彼らがコンサルタントとして研究委託を受けた問題は、花粉症のための鼻孔に入れるフィルターの改良であった。花粉を高能率で捉えるが、息苦しくないように改良したいというのである。
彼らはまず、必要機能を「吸い込んだ空気から花粉をトラップする」ことと定義した。さらにそれを一般化して、「気体流から微粒子を分離する、ただしフィルター媒体を使わないで」と定義しなおした。
そして当初の呼吸器や医療機器の分野を離れて、この一般化した定義の機能を使っている最先端分野を考えた結果、工業的な粉塵除去分野であると結論した。そして、彼らが旧ソ連圏を中心にもっている7000人の専門家ネットワークを通じてこの分野の専門家を探し、その一人をチームに加えた。
その専門家の知識では、最良の技術は「工業用サイクロン」だという。その原理は、フィルター媒体を使わず、遠心力で分離するのだという。これをどのように自分たちの問題解決に持ち込めばよいか?
そこで、新しい問題は、「サイクロンを鼻孔内に入れるものにするのに、どうすればよいか? 」、特に、「(扇風機を用いずに)どのようにして渦巻き状の空気の流れを作るか?」、「微粒子(花粉)をどのようにして捉えるか?」である。
解決策の結果は、図に示すものである。これを鼻孔に差し込む。
図2. 鼻孔に入れる花粉トラップ装置 (出典: Simon Litvin, TRIZCON2004)
空気の入り口が特別な形状に作ってあり、空洞内に渦巻き流ができる。息を吸う力が空気流を作る。内壁を粘着性にしておき、ここに花粉をトラップする。
この結果は、5ミクロン以上の粒子は95%の効率でトラップでき、息をするときの抵抗は軽度であった。12組一箱で2ドルの製造費であり、極めて低コストであったという。
Litvinらはこの方法をTRIZ++と名付け、機能指向の新しい方法だという。TRIZが一つ一つの問題を独自に解決しようとするのに対して、この方法は、「すでに存在する解決策をもってきて、それを自分の問題に適応させるだけだから、ずっと容易なのだ」と主張する。
彼らのやり方で真似できないのは、7000人の専門家ネットワークから智慧を集めることである。これは、社内ネットワークを活用し、さらに知識ベースソフトを活用することによって代替するしかしかたがない。それでも、分かりやすく、含蓄のあるやり方であると思う。
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最終更新日 : 2006.10. 4. 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp