連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ | |
第13回 TRIZ/USITのやさしい適用事例(3) ホッチキスの針をむしゃげなくする方法 |
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中川 徹 (大阪学院大学) InterLab (オプトロニクス社), 2007年 1月号 (No. 99), pp. 31-34 |
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許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2007. 1. 7] |
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編集ノート (中川徹、2007年 1月 3日)
本件は、研究・技術開発者のための情報誌『InterLab』誌に掲載している長期連載の第13回で、いよいよ 2年目にはいりました。同誌のご好意によりここに掲載しています。連載の親ページ
。同誌の発行は前月15日で、本ホームページには当月1日以降の掲載を標準にしています。
同誌で発行された形のものは PDFファイルにしています。ここをクリック下さい
(PDF 311 KB) 。
また、ここにHTML形式のページを作り、いろいろなところへのリンクを張りましたので、ご活用下さい。
なお、このページはTRIZについて初心者の方のための、TRIZ紹介のページとしても位置づけております。TRIZ紹介の親ページ
その他の記事へも多数リンクしておりますので、ご活用下さい。
目次:
1.1 問題の設定
1.2 観察と原因の考察
1.3 アームのガタに関する考察2.1 意外な事実を観察
2.2 メカニズムの考察から根本原因へ
2.3 解決策の基本方向と矛盾の壁3.1 アルトシュラーの賢い小人たちによるモデリング (SLP法)
3.2 ホッチキスの針を支える小人たち
3.3 小人のアイデアを技術で解釈する4.1 基本的なしくみを考える
4.2 コンセプトを生かす設計をする
第13回
TRIZ/USITのやさしい適用事例(3)
ホッチキスの針をむしゃげなくする方法
大阪学院大学 中川 徹
InterLab誌, 2007年 1月号 (No. 99), pp. 31-34
この連載
も読者のみなさんの励ましを受けまして2年目に入りました。できるだけ分かりやすく、有用な記事を書いて行きたいと思っています。
いままで、第1回にTRIZのFAQ
を書き、ついでTRIZの発展の歴史を3回に渡って書きました。そして、第5回
、第6回
に身近な問題を取り上げ、TRIZ/USITの適用法の全体を具体的な例で示しました。その後、第7回〜第12回には、多様な観点から知識ベースを構築して活用するTRIZの側面について説明してきました。
当初の計画では、この後にTRIZの基本的な概念 (システムの概念、機能と属性、理想性、リソース、矛盾など)を順次説明する予定でした。編集部からの話によりますと、身近な問題での適用事例が好評であったとのことですので、今回もう一つの適用事例を説明しましょう。
ここに説明するのは、「ホッチキスの針をむしゃげないようにする方法」で、私のゼミの一期生、神谷和明君の卒業研究(2004年)をベースにしています。なかなか面白い考え方ができましたので、その後の私のTRIZ/USITの講演でしばしば話しています。
なお、Darrell Mannの教科書
p.365 -369に、ホッチキスの問題を取り上げていますが、私はその記述に不満で、前から感じていたこの問題を自分たちで考えることにしたものです。
情報学部のゼミでは、実地の設計や試作ができず、技術的には未完成の問題解決事例ですが、TRIZ/USITの考え方を伝えるのには適した事例です。
1. ホッチキスの針がむしゃげる問題:初期の問題設定
1.1 問題の設定
学校でも、企業のオフィスでも、数枚から数十枚の書類を止めるときに最もよく使われているのが、ホッチキスである。その中で No.10-1M(足長さ 5mm)と書いてある規格の、小さな針を最もよく使う。
この針で通常の上質コピー用紙20〜25枚程度までの厚さなら問題なくすっと止まる。しかし、30枚程度になると針がむしゃげてしまい、うまく止まらなくなる。
そこで、「ホッチキスの道具(あるいは針)を改良して、もう少し分厚い紙枚数まで、容易に止めることができるようにしたい」というのが、ここでの問題設定である。
もっと大きな規格の針を使い、それに対応して大きなホッチキスの道具を使うという方向の解決策は、この問題の趣旨ではない。
いまの規格の針でも、むしゃげさえしなければ、紙を35枚程度まで止める足の長さがある。また、もしもう少し多い枚数まで確実に止めることができるようになるのなら、足の長さを2〜3mm長くして、50枚まで止めるのを標準にしても良いわけである。
1.2 観察と原因の考察
この問題で神谷君がまずやったのは、いろいろな枚数の紙を止めて、針がむしゃげたときの様子を観察し、写真に撮ることであった。
むしゃげた時の針は、必ず(ホッチキスのアームに対して)横方向につぶれている。針がアームに対して前後方向につぶれることは決してない。
このことから、ホッチキスのアームの横方向の不安定さ、「横方向のガタ」が問題の原因だろうと考えられる。
このことは、複数のホッチキスを使ってみた経験とも合致している。アームの軸にガタを感じるホッチキスは、紙が厚くなってくるとすぐに止められなくなり、一方、どっしりとしてアームにガタがあまりないものは、(ほんの数枚の差だが)より分厚い紙枚数でも止められるように思う。
紙の枚数が増えると、針が途中まで刺さると抵抗が大きくなり、止まってしまう。それでも無理に力を加えていくと、縦にかかっていた力が、ホッチキスのアームのガタのために、横にかかり、ホッチキスの上部が左右にずれて、針を横にむしゃげさせてしまう。
このようにメカニズムを想定すると、この問題の根本原因は、ホッチキスのアームのガタであると考えられる。
1.3 アームのガタに関する考察
そこで、アームのガタの問題まで含めて、ホッチキスの各部分の機能分析をしたのが、図1である。
図1. ホッチキスの機能分析図 (USIT流の表現)
この図はUSIT流の機能分析としてはやや複雑だが、Mannの教科書の図よりもずっと簡潔である。
このような機能分析をしていくと、アームのガタを支配しているのは、結合軸の部分であり、軸の径、工作精度、遊びの問題ということになる。
2. 違うところに根本原因が
2.1 意外な事実を観察
当初からのねらいで上記のように考え、さらにいろいろと試していたところ、ある日思いがけないことを見つけた。
そのときも30数枚の紙を使って、手の力が横にかからないように気をつけながら、慎重にホッチキスを刺そうと試みていた。ところが、針が途中で止まってしまい、むしゃげもせずに動かなくなり、ひっかかってしまった。
ホッチキスの道具をなんとかはずしてみると、針はM字形になっていて、中央部が紙にぶつかり、それが柱のようになって、むしゃげることもなかったのだと分かった。
どうしてそんな形になったのだろうと思って、「針がむしゃげる直前」で手の力を抜き、針の形を調べるという実験を繰り返した。その結果、むしゃげる直前の針は、「針の上部中央が下に曲がり、左右の上部がやや中側に入ってきて、全体としてM字形になっている」ことが分かった。
2.2 メカニズムの考察から根本原因へ
一体どうしてだろう?
ホッチキスの針を押している部分を前から見た模式図を描くと図2右のようである。長方形で厚さ0.5mm程度の金属板(ドライバ)で針を上から均一に押している。上部中央を強く押すことはない。それなのにどうして中央部が下がってくるのか?
図2. むしゃげた後の針、むしゃげる直前の状況
そのメカニズムを考察するとつぎのように分かった。
上部から均一に押されていたホッチキスの針が、紙からの抵抗が大きくなり、強い応力が掛かる。金属の針だから、体積が変わることはなく、太さが太くなったり、長さが短くなったりするよりも、同じ太さと長さのままで形が変われば(要するに曲がれば)応力を逃せる。
針は、左右の外側、前後、そして上部からは、(曲がらないように)きちんと囲われている(図1、図2参照)。しかし、針の下側の、針と紙の間、そして針の内側側面は囲われていない。針の下側と紙との間は自由な空間になっている。
そこで針は、窮屈になるとこの空間に潜りこんでくる。そのときに最も取りやすい形(基準モード)、が観察されているM字形である。
金槌で釘を打つとき、真っ直ぐな釘は少し支えてやれば、確実に打ち込んでいける。しかし、なにかの拍子で少し曲がると、金槌で真上から叩いても釘はぐにゃっと曲がってしまう。
同様に、ホッチキスの針の足が真っ直ぐであるときは力が針先に掛かるけれども、足が一旦曲がり始めると非常に弱くて、くにゃっと曲がる。
結局、針の足が内側から支えられていないことが、針が曲がりやすい根本の原因であることが分かった。
2.3 解決策の基本方向と矛盾の壁
このように根本原因を理解すれば、解決策の基本方針は明確である。「針を内側の横からも支えて、針が曲がるのを防ぐ」。針を支えて曲がり始めるのを防げば、針にもっと強い力を掛けても針が曲がらずに紙に刺さっていくはずだと考えられる。
この方針を模式図で示すと、図3のようである。針の内側に支えの金属部品Aをつける。
図3. 解決策の基本方針: 針を内側の横から支える
しかし、この図を見るとなんだかおかしい。これではこの支えが邪魔になって、針がつっかえるではないか。ホッチキスの針の上部は紙面まで降りていかなければならないのだから。
「針の下に支えをつけるなどというのはできることではない。針が刺さるのに邪魔にならないように、そこだけは自由な空間にしてあるのだ。内側から支えられるくらいなら、とっくにやっているよ!」
いまここに問題の本当の壁が現れたのである。
3. TRIZ/USITによる解決策の着想
3.1 アルトシュラーの賢い小人たちによるモデリング(SLP法)
このような困難な問題に出会ったときに使うとよい方法を紹介しよう。TRIZの創始者アルトシュラーによるSLP(Smart Little People)法である。
その方法は、「問題の中核にある部分(部品)が、実は賢い、魔法の小人たちで構成されていると考えよ」という。そして、「やって欲しいことを小人たちに頼め」という。小人たちは賢くて、なんでもやってしまう。「さて、小人たちはどのようにやってくれているかな?と考えよ」という。
同様な方法は、シネクティックスでもあり、「自分自身」がそのシステムの内部にいるものと考えよ、あるいは自分の代わりに「一人の魔法の小人」がいて、問題に対処することを想像せよという。アルトシュラーがこれらを踏まえて、「小人たちの集団」に置き換えたことの利点はこのあとすぐに分かるだろう。(USITでは小人たちの代わりに、より抽象化して魔法の「Particles(粒子)」と呼ぶ。)
3.2 ホッチキスの針を支える小人たち
そこで、図3の針を支える部品Aが、実は沢山の小人たちでできていると考える。実際に図を描いてみると図4左のようである。彼らは、針を内側からしっかり支えてくれている。
この状態で、針が段々刺さっていくと、小人たちは頭の上から針が下りてくるのを知る。小人たちには「その針を下から突っ張ってはいけないよ」といってある。さて、小人たちはどうすればよいのだろう。
図4. 賢い小人たちによるモデリング (TRIZのSLP法)
窮屈になってきた小人は「逃げ出さなくちゃ」と考える。「どっちに逃げだすとよいのかな?」と考えて、「ホッチキスの前の方に逃げる」のを選ぶだろう。前に逃げ出せるように予め逃げ道を作っておくのも、小人たちの智慧である。
全員が一斉に逃げ出す必要はない。窮屈になって、居られなくなった小人から、順次逃げ出す。それより下の方にいる小人は、まだ余裕があるから、内側から支える仕事を続けている。そして、針が紙面に達する直前に全員が逃げ出していればよい。
3.3 小人のアイデアを技術で解釈する
以上の小人たちによる解決策を、技術の言葉で理解し直すと、図5のようになる。図のように(弓なりになった)三角形の金属部品Aを考える。ホッチキスの針を押し下げるのに応じて、この金属部品が前にせりだし、針の上部が紙面に接する直前に全体が前に出ているようにする。
図5. 解決策の基本アイデア
ここまでが、TRIZやUSITでの基本的な「アイデアの発想」の段階である。この後さらに、技術的な検討を加えなければならない。
4 解決策のコンセプトを組み立てる
4.1 基本的なしくみを考える
まず、上図の弓なり三角形の金属部品Aは、針の左右の足を内側から支えるようにする。左右の部分は薄い金属板を曲げて加工したものでもよいし、あるいは一体のブロックでもよい。
この部品Aをせりださせるのは、針の押し下げと連動させるのだから、(例えば)針を押す金属板にピン状の突起をつけ、それが弓なりになった部分を押していくとよいだろう(形状などはきちんと設計しなければならない)。
この部品Aの上部をバネでホッチキスのマガジン先端部に固定しておく。針の押し下げが終わってハンドルが上に上がると、部品Aは次の針の下の位置にバネで戻っているようにする。
この部品Aがホッチキスの先端部 (マガジンの先端部)で動作するためには、マガジンの先端形状を変える必要がある。針の足の前側を支えるのはマガジンの役目だから、マガジン前部は針の足の厚さだけは前をガードしている必要がある。
なお、「針の上部の下側も支えて針が曲がらないようにしてはどうか?」という案がある。これは一見矛盾しているようであるが、針の押し下げと連動させている限り可能である。上記の三角形の部品Aの弓なりにしてある部分が足の横幅一杯に繋がっていればよい。実験して効果を確かめるとよいであろう。
4.2 コンセプトを生かす設計をする
本件のコンセプトは、当初に考えていた「ホッチキスのアームの横方向のガタ」が実は根本問題でなかったという認識をベースにしている。この認識から現在の市販のホッチキスを見直し、考え直すことも価値があろう。
最も簡単には、建築現場などで使っているホッチキス針の打込み機を考えればよい。本件のアイデアを取り入れてより強力・確実にできるだろう。
現在のホッチキスは、横のガタを少なくするために、非常な努力をし、多くの材料を使っているように見える。「横のガタは大きな原因でない」と悟れば、材料をそぎ落とし、設計を変えて、もっと簡単にできると思われる。
横のガタをなくすということが必要なのは、土台部分のクリンチャ(針を折りたたむ機能部品)の位置決めの目的だけであろう。それにはもっと簡素な機構でよいだろうと思う。
これに関連して、紙を止めるとき「力をかけて針を止めるので、紙の下の土台部分が横にずれないようにしなければならない」というのは、きっと思い込みであろう。「針をむしゃげさせるのに力をかけているだけだ」と悟るとよい。むしゃげずに止まるなら、そんな大きな力は要らないに違いない。
そうすると、紙の下の土台が「紙の裏面に対して滑らない程度」であればよいと考えられる。それなら、土台部分にゴムなどの滑り止めを設けるとよいだろう。
この4節の記述には、機械設計についてのある程度の素養が本来必要である。私自身は旋盤などを扱えるが、機械設計は素人である。学生たちは製図も機械工作もしたことがない。このため、本稿の事例は、解決策コンセプトがまだやや抽象的である(それでも、機械設計の素養がある人なら、ここの記述をベースに基本的な設計をし、試作することは容易なはずである)。
これらの点は、TRIZ/USITの問題解決において、技術的素養がやはり必要であり、専門分野の技術者たちと共同して問題解決に当たることの重要性を示すものである。さらにこの後の「実現段階」(実地の製品などにしあげるまでの段階)は、TRIZ/USITの「思考の世界」ではなく、「実世界」での活動になる。
これらの補足を加えた上で、本事例は「TRIZ/USITの思考法の適用事例」として推奨しているものである。
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最終更新日 : 2007. 1. 7. 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp