CrePS 発表・論文

創造的な問題解決のための一般的な方法論CrePS:
TRIZを越えて: なに?なぜ?いかに?

中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授)

Altshuller Institute for TRIZ Studies主催、
TRIZCON2016、
2016年 3月 3- 5日、Tulane 大学 (米国、ルイジアナ州ニューオーリンズ市)

(A) 発表スライド (英文) (2016. 2.27 提出), (和文)(2016. 6.15 和訳)
(B) 論文 (英文)(2016. 1.27 提出、2016. 3.3 Proceedings 掲載)、(和文)(2016. 1.23 作成)
(C) ビデオ発表 (英文) (2016. 2.27 撮影・提出)

掲載:2016. 6.20

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編集ノート (中川 徹、2016年 6月17日)

これは、今年の3月3−5日に米国で開催されたTRIZの国際会議TRIZCON2016に提出したものです。英文の論文(Proceedings 掲載)とその和文版、および、英文の発表スライドとその和訳版、そして事前に撮影したビデオ発表(英語)とから構成しています。

米国でのTRIZCONの開催は、数年の中断があった後に再開された(実質上の再開最初の)もので、ニューオーリンズでの開催でした。私は、Altshuller Institute の 1998年以来の終身会員であり、同協会の活動の再活性化についても積極的に意見を述べて来ましたから、本発表を用意して、参加・発表するつもりでおりました。ところが、昨年11月半ばごろから、左脚にしびれを感じるようになり、今年2月半ばには少し歩いては立ち止まって休む状態になり、やむなく2週間前に学会出張を断念しました。同学会の許可を得て、事前に発表をビデオ撮りして、送付しました。ただ、学会当日には別の発表者の発表が優先され、私の発表ビデオは投影されなかったとのことです。-- 学会後に事務局に問い合わせましたところ、「本件はProceedings で公表されており、TRIZCON2016で既発表として扱ってよい」とのことでした。 -- なお、私自身は、リハビリの結果3月20日頃からしびれが全くなくなり、おかげさまで元気を回復しております。

本稿は、私がずっと提唱してきております「CrePS (創造的な問題解決の一般的方法論)」について、全体的な観点から述べたものです。昨年は(「中川の論文解題(2015)」 で説明していますように)、7月の香港での基調講演から始まって、TRIZシンポジウム(9月)、日本創造学会(10月初)、ETRIA国際会議(10月末)、日本創造学会論文誌(最終提出12月末)と引き続いて、「6箱方式を実行する簡潔なプロセスUSITを使って、諸方法を統合した一般的方法論CrePSの実現を例証する」ことに力点を置いてきました。今回、米国のTRIZ専門家/ユーザの人たちに(数年ぶりで)話すにあたって、もっと大局的に考え方を伝えたいと考えた次第です。

本稿の趣旨と構成は、その題目に明確に表現しております。私が、(CrePS という名で)何を樹立しようとしているのか。それはどのような意味でTRIZを超えるものであるのか。なぜ、それを樹立することが必要で、望ましいのか?いったい、どのようにして、それを実現しようとしているのか?それは、可能なことなのか?このような問を自問自答したのが、本稿です。私の答えの概要は、論文の Abstract に書きました。また、論文の目次を参照ください。

次の表に、本ページおよび英文ページの構成を示します。

    英文   和文
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本ページ 掲載 (2016. 6.20)     掲載 (2016. 6.20)  
(A) 発表スライド 学会提出(2016. 2.27)   和訳作成(2016. 6.16)
(B) 論文

学会提出(2016. 1.27)
予稿集発行 (2016. 3. 3)

 

和訳作成(2016. 1.23)

(C) 発表ビデオ 撮影・学会提出 (2016. 2.27)   (MP4 ビデオ)    

なお、英語でのビデオ発表(45分、801 MB、MP4形式) を、本サイト内に収録・公開いたしました
従来の『TRIZホームページ』の容量が、和文・英文すべて合計して約0.9 GBです。これに一つの動画だけで0.8 GBの追加収録となりました。許可いただきました大阪学院大学に厚く感謝いたします。

 

目次

論文 

概要 

 
発表スライド
1. はじめに   はじめに

2.  What ?  CrePS (創造的な問題解決のための一般的な方法論) とは何か?

2.1  CrePS (創造的な問題解決のための一般的な方法論): その要件による定義
2.2  CrePS の基本設計: 方法論の骨格として、「6箱方式」を創造的問題解決のパラダイムに採用する
      2.2.1  「6箱方式」の概念: データフロー表現による定義
      2.2.2  「6箱方式」による創造的な問題解決の過程の模式
2.3  現実の世界における CrePS の位置づけと実践
2.4  われわれの新しい大きな目標: CrePS を確立・普及・適用して役立てる

 
第1部: 何を 
樹立するべきか?

3.  Why ? なぜ、一般的な方法論CrePSが必要なのか?

3.1  現在システムの理解: 従来の創造的問題解決の諸方法 (TRIZ を含む) の欠陥・弱
      3.1.1  多数で、多様な諸方法が、統一的でなく、乱立している
      3.1.2  従来の問題解決の基本パラダイム (「4箱方式」) が、あまり有効でない
      3.1.3  TRIZ の寄与と弱点
      3.1.4  諸方法の統合の困難
3.2  理想システムの理解: 「創造的な問題解決のための方法」の理想のイメージ
      3.2.1  適用分野から見た理想のイメージ: TRIZの適用分野の考察
3.2.2  適用分野が要求する理想のイメージ: 個別の方法よりも統一された考え方を
3.2.3  理想システムの理解: 結局、求められているものは何か?

 
第2部:  なぜ 
それを樹立する必要があるか?

4.  How ? いかにして、一般的な方法論 CrePS を創り、CrePS を適用するか?

4.1  CrePS の構想に至るまでの筆者の開発経過
4.2  6箱方式によって諸方法を統合する可能性
4.3  6箱方式を実践する簡潔な一貫プロセス: USIT
      4.3.1  USIT プロセスの全体像
      4.3.2  USIT マニュアルと USIT 適用事例集
      4.3.3  USIT 適用事例: 額縁掛けの問題 (適用事例集(4))
      4.3.4  USIT 適用事例集(3):  水洗トイレの節水化の問題 ( TRIZ による物理的矛盾の解決)
4.4  諸方法を CrePS に統合する際の課題: 「現実の世界」での問題の認識・定義と解決策の実装

 
第3部: いかにして
 それを樹立するのか?

5.  おわりに

5.1  明確になったこと
5.2  今後の課題

 
まとめ
参考文献    

 

本ページの先頭 目次

発表スライド先頭 

発表スライド(PDF) 論文先頭 論文PDF 発表ビデオ(英文) 論文(2015)解題ページ 英文ページ

論文先頭

概要 1. はじめに 2.何を? 3. なぜ? 4. いかにして? 5.おわりに 参考文献  
 

 

  発表スライド (和文版)             ==>  PDF (発表スライド 和文版) 

 

はじめに

   

 

   

 

第1部: 何を 樹立するべきか?

   

 

   

第2部:  なぜ それを樹立する必要があるのか?

   

 

 

   

 

第3部:  いかにして それを樹立するのか?

   

 

   

 

   

 

 

   

 

 

 

 

 

 

まとめ

   

 


 

  予稿集論文 (和訳版)     ==>  PDF(和訳版) 

 

創造的な問題解決のための一般的な方法論CrePS:

TRIZを越えて: なに?なぜ?いかに?

中川  徹 (大阪学院大学 名誉教授)

 

概要 

本稿は、「創造的な問題解決のための一般的な方法論」(略称:CrePS)を確立することを提唱しており、3つの基本的な問いに答えている。

What?: CrePSは、創造的な問題解決/課題達成に関わる従来の諸方法を統合する一般的な方法論であり、技術/非技術の広範な分野と多様なテーマへの適用を目指す。「6箱方式」という問題解決の新しいパラダイムを基本枠組みとする。

Why? 従来の多数の関連諸方法 (TRIZを含む) が、有効な基本枠組みを見いだせなかったために、ばらばらで相互に競合し、社会全体からの大きなニーズ(さまざまな分野とテーマでの問題解決/課題達成を行う、そのための方法をつくる、そのような能力を育てる) に有効に応えられなかった。このニーズに応えることを可能にする。

How? 「6箱方式」では、「現実の世界」で問題を定義し、「思考の世界」でその問題の解決策を考え出し、「現実の世界」でその解決策を実現する、というやり方をする。この中心にある、問題を分析して解決策を考え出す過程に関しては、すでに (「6箱方式」を生み出した) USIT法 (統合的構造化発明思考法) が確立されており、諸方法をこの枠組みに吸収・統合できる。「現実の世界」での問題定義と解決策実現の過程については、従来の諸方法を適用分野とテーマについて分類・類型化することが、統合化の準備段階として必要である。今後諸方法の研究・推進者の協力により、CrePS を確立・普及・適用することを目指す。

 

1. はじめに

本稿で取り上げているのは、問題解決や課題達成のための考える方法一般であり、特に、創造的な問題解決・課題達成の方法、創造性を向上させ有効に発揮させる技法(創造性技法)、そしてそれらを実地に適用・実践する方法などに関わっている。それらの方法は、科学技術分野でのさまざまな研究開発を導くものであり、社会やビジネスでの問題の解決においても、あるいは日常の身近な問題の解決においても使われるものである。そのような方法は古来からいろいろに試みられ、非常に多様に存在するが、あまりよく体系化されていない [1]。そのため、学校や大学や技術者・社会人のレベルでも、標準的に教えられるような論理体系ができていない。多くの部分的な方法・技法が互いに競合しつつ、各分野、各所で教えられ、実践されている。

そのような中で、旧ソ連の民間で開発され、1990年代に西側に紹介されたTRIZ(発明問題解決の理論)[2-4]は、膨大な特許情報から抽出整理した多数の技法と科学技術知識ベースを備えたものであった。従来の科学技術が各専門分野ごとに理論体系を作り上げ、分野ごとの問題解決に向けたものになっていたのに対して、TRIZは科学技術の分野を広く跨って使える知識ベースと問題解決技法を提供したのである。しかし、最近では、TRIZもその先進性が産業界や学界で十分に認知されないままで、多数の創造性技法の一つに埋没しつつある。

創造的な問題解決の方法全般におけるこのような混沌とした状況は、それら方法の全体を包括して、明確な骨格を持ち、全体を体系的に位置づけることが、できていないからである。体系化するための概念、骨格・枠組みとなる方式がまず必要である。それらが見出されれば、従来の諸方法を体系的に位置づけ、体系的な形で教えることができ、さまざまに活用することができる。そのような新しい概念と方式と体系と実践法・実践例を見つけ、創って行こう、というのが、2012年以来筆者が問題提起していることである[5-8]

筆者はこの新しい概念を、CrePS (「創造的な問題解決のための一般的な方法論」、“General Methodology of Creative Problem Solving”) と名付けた。それは、多様な、創造的問題解決・課題達成の諸方法、創造性技法、技術開発技法などを体系的に位置づける、上位階層の、広く一般的に適用できる方法論である。その体系化の骨格として、創造的問題解決の「6箱方式」[9-10] を採用することを提案する。これは従来の科学技術やTRIZで使われてきた「4箱方式」の欠陥を解決し、考える方法としても、実地に適用する面でも、明快な指針を示している。さらに、「6箱方式」での創造的な問題解決を実践する、簡潔で汎用の一貫プロセスとして、USIT法(「統合的構造化発明思考法」)を開発ずみである。USITは、1985年にEd Sickafus が開発し[11]、1999年以後に筆者がさらに拡張したもので、TRIZの諸方法を再編成した技法を持ち、「6箱方式」を創り出し、理解しやすい多数の適用事例を持っている[12, 8]。このような構想であるが、従来の多数の諸技法をCrePS方法論の中に体系化することは、まだ緒についたばかりで、今後の大きな課題である。

本稿は、上記の問題提起と提案を、3つの大きな問いに沿って説明している。
   (1) CrePSとはなにか?
   (2)  なぜCrePSが必要なのか?(現在の問題状況の面からと、理想の方向の面から、応答している。)
       (3)  いかにしてCrePSを創り、使うのか?(創ることが可能なのか?実際に使える有効な方法があるのか?)。
そして最後に、今後の課題をまとめている。

 

2.  What?  CrePS (創造的な問題解決のための一般的な方法論) とは何か?

2.1  CrePS (創造的な問題解決のための一般的な方法論): その要件による定義

CrePSは、「創造的な問題解決のための一般的な方法論」であり、筆者が命名・構想し、構築中のものである[5-8]。つぎのような性質を「要件」としている。

 (a) 各種の、創造的に問題を解決する方法、創造的に課題を達成するための方法、創造的な技術開発や製品開発などのための方法、その他関連する方法を、体系的に統合するもの。これら諸方法の上位階層にある方法論(方法と考え方の体系)。

(b) 技術の諸分野はもちろん、社会、ビジネス、人間、生命などの諸分野・領域でも適用できるもの。

(c) 諸分野・領域のいろいろな目的やタイプの問題解決や課題達成に適用できるもの。

(d) 方法論としてしっかりした骨格を持つと同時に、いろいろな適用・実践において有効なもの。

(e) 方法論の考え方をやさしく(学校、大学、企業、社会などで)教えることができ、人々の問題解決の力を伸ばし、創造性を高めるもの。

2.2  CrePS の基本設計: 方法論の骨格として、「6箱方式」を創造的問題解決のパラダイムに採用する

一般的な方法論CrePSを構築するにあたって、筆者はその骨格として、「6箱方式」を問題解決の基本パラダイムとして採用する [8-10, 13]。この骨格がCrePSの基本設計を与える。以下に「6箱方式」を説明する。

2.2.1  「6箱方式」の概念: データフロー表現による定義

「6箱方式」[8-10]は、創造的に問題を解決し課題を達成するための一般的なプロセスの枠組みを表現した、一つの概念である。それは「データフロー表現」で定義され、図1に示すようである。

図1.  「6箱方式」:創造的な問題解決(CrePS)の基本パラダイム [10]

それは基本的に6つの「箱」によって特徴づけられ、各箱は手順中の指定された段階で得るべき情報を表す。矢印はその次の箱で要求されている情報を獲得するためのプロセスを表し、それまでの箱の情報をベースに、その他のさまざまな背景情報を使って行われる。矢印は主たる流れを示すもので、実践においては種々の副次的流れ(近道、複数経路、戻り、ループ、螺旋運動など)がある。

ここでの定義が、フローチャート(の考え方)によるものでないことが重要である。フローチャートでは、プロセス中の一つ一つの処理方法が焦点であり、どんな処理方法をどんな条件でどんな順番で使うかを規定しようとし、一方、各段階でどのような情報を得るかは(副次的にしか)示されない。

CrePSはデータフロー表現で定義しているので、(処理方法よりも)扱い・獲得する情報を主眼に規定しており、分かりやすく一般的に規定でき、いろいろな変化に対してロバストである。

「現実の世界」(すなわち、図の下半分に関わる4箱)と、「思考の世界」(すなわち、図の上半分に関わる4箱)とを区別することが、この方式で導入された重要な概念の一つである。

「現実の世界」とは、社会・ビジネス・商品・技術などを含む、実際の活動が行われている世界(のモデル)である。問題解決は「現実の世界」での問題認識から出発し(第1箱)、何を解決したいのかが明確にされる(第2箱)。そして、その解決策が明確になったら(第5箱)、その実現を目指す(第6箱)。これらの過程は、社会、ビジネス、技術、などの価値観と実際の状況に基づいて、判断され、実行される。

上記の記述で、「解決するべき問題」(第2箱)から「その解決策」(第5箱)に至るには、解決策を「考え出す」過程が必要である。この過程は、一人の個人の頭の中だけで行われることもあるが、(少し大きな問題になると)複数人が協力して考え、議論し、書き出していくという、共同での思考作業になる。そのような思考作業は、現実から少し離れて思考に集中できることが必要であり、広い視野で自由に創造的に考えることが望ましい。そのような創造的な思考作業の場(のモデル)を「思考の世界」と呼ぶ。「6箱方式」は、「思考の世界」で、「(解決するべき)適切に定義された具体的問題」(第2箱)を「現実の世界」から受け取り、問題を(現状からと、理想からの両面から)分析し(第3箱)、アイデアを生成し(第4箱)、解決策を構築して(第5箱)、「現実の世界」に戻すという過程をガイドする。

なお、「6箱方式」の問題解決の過程を、大づかみに3部分で考えることも有益である。

(1) 「現実の世界」で、問題を認識し(第1箱)、解決するべき問題を明確にする(第2箱)。[問題定義過程]
(2) 「思考の世界」で、問題(第2箱)を分析して(第3箱)、新しいアイデアを得(第4箱)、概念的解決策をつくる(第5箱)。[狭義の問題解決過程]
(3) 「現実の世界」で、概念的解決策(第5箱)を、実際の商品・サービスなどとして実現する(第6箱)。[解決策実現過程]

このように分けて考えると、「思考の世界」での狭義の問題解決過程とともに、その前後にある「現実の世界」での問題定義過程と解決策実現過程の重要性が明確になる。

2.2.2  「6箱方式」による創造的な問題解決の過程の模式

以下に「6箱方式」の過程を順に説明する。[10, 8]

「現実の世界」においては、実に様々な活動、仕事、関係者、製品、などが、並行して走っている。その中でなんらかの問題状況が認識され、いろいろな関連情報が集められる。この段階を「ユーザの具体的問題」(第1箱)と呼ぶ。ここで「ユーザ」とは問題解決をしようとする当事者を意味する。この問題状況を検討して、何が困難な問題なのか、何を本当に(創造的に)解決するべきかを明確にする。これが「適切に定義された具体的問題」(第2箱)である。その問題の解決を、「現実の世界」の親プロジェクトから、何人かの「問題解決プロジェクト」(子プロジェクト)に委任する。

「思考の世界」において、「問題解決プロジェクト」はまず最初に、問題の状況(第1箱)、「適切に定義された具体的問題」(第2箱)の内容、および親プロジェクトからの要求(制約、納期など)を再確認する。

ついで、問題を分析して、現在のシステムを理解し、理想のシステムを理解する(第3箱)。そのような理解はさまざまな側面から行い、時間・空間特性、オブジェクト-属性-機能、根本原因、メカニズム、などの側面を含む。分析にはそれぞれの問題解決技法を使うが、対象とする情報は実際の問題、実際の状況の知識である。この段階で理想のシステムのイメージを得ることが、後によい解決策を生成するために重要である。

ついで第4箱で、新しいシステムのためのさまざまなアイデアを獲得する。それらは、(他システムからの簡単なヒント示唆といったものを越えて)なんらかの基本的なアイデア(例えば、新しいシステムのためにコアになる構成要素や機能を導入/変更するなど)である。そのようなアイデアを生成するために、さまざまな方法(例えば、チェックリスト、ヒント、原理、オペレータ、など)が使われてもよい。しかしながら、前段階で現在システムと理想システムの十分な理解を獲得する間に、普通われわれの脳は活発に働き、さまざまなアイデアをスムーズに思いつく。このようにして得た多数のアイデアを列挙し、それらを階層的な体系に整理する。

ついで、いくつかの核となるアイデアの周りに、「概念的解決策」(第5箱)を構築する。ここで「概念的」と言っているのは、これが「創造的に考えた」結果としての解決策であり、十分に考察したにしてもまだ詳細の設計や実験が行われていないことを、明確にしている。この段階において、有効で創造的な解決策を作り上げるには、当該分野の素養や知識が、問題解決方法論の素養より以上に必要である。

「概念的解決策」(第5箱)が「思考の世界」での問題解決の最終成果として、親プロジェクトに提示され、「現実の世界」で、「ユーザの具体的な解決策」(第6箱)として、実際の製品/サービス/プロセスなどに実装するための出発点になる。実装のためには、(製造業などの企業活動の例でいえば)プロトタイピング、二次的問題の解決、実験、CAE、設計、製造、マーケッティング、などのプロセスが必要であり、企業などの全面的な活動が必要になる。

2.3  現実の世界におけるCrePSの位置づけと実践

2.1節のCrePSの要件(b)(c) などが示すように、われわれはさまざまな分野・領域のいろいろな目的・タイプの問題にCrePSを適用しようとしている。そのため、われわれが出会う問題が属している現実の世界は、それぞれの場合で大きく異なる。そのような現実世界を個別で異なるものだと考えると、個別の問題ごとに最初から考えないといけない。しかし、実際には、それぞれの領域や目的に応じて、いろいろな先行研究、問題解決事例があるに違いない。それらの事例を整理すれば、適用したい領域に応じて、いくつかの異なるタイプの「現実の世界」をモデルとして想定することができる。

例えば、製造業の企業活動での適用の場合なら、(図6のように)典型的な企業活動をモデル化して一つの「現実の世界」を考えることができる[13, 7]

図2.  「現実の世界」に置いた「6箱方式」: 例:企業活動の場合[13]

「現実の世界」での活動は、まず問題定義の過程である (2.2.1節の末尾参照)。さまざまな企業活動の中で問題を認識し(第1箱)、その重要性を判断したうえで、創造的に解決することが必要な問題(第2箱)として絞り込む。このとき、何が解決するべき重要な問題であるか判断することが、非常に大事なことである。取り上げる問題は、上図の企業活動の段階によっても、また問題の目的によっても、いろいろなタイプに分かれる。それらのタイプに応じて、「思考の世界」での活動は少しずつ異なり調整するべきであるが、「6箱方式」での基本的なやり方は変わらない。

「現実世界」での第2の活動は、「思考の世界」での活動成果を「概念的解決策」(複数)として受け取るところから始まる。その解決策(第5箱)を「現実の世界」の立場と価値判断で評価し、その実現を図る(第6箱)。その実現過程は図の企業活動の全体を必要とする場合もあろう。創造的な問題解決は、この実現過程が成功して初めて、実を結ぶことになる。

2.4  われわれの新しい大きな目標: CrePSを確立・普及・適用して役立てる

以上のような観点に基づき、筆者は2012年に次のような新しい目標/ビジョンを設定した [5-6]:

    「創造的な問題解決と課題達成のための、一般的な方法論(“CrePS”)を確立し、
       それを広く普及させて、
       国中の(そして世界中の)さまざまな領域での問題解決と課題達成の仕事に適用する。」

CrePSを開発することが最終目標ではなく、それを広く普及させて、広範囲の問題の解決に実地に寄与することを目指している。だから、CrePSは実地に有用な方法論でなければならない。

 

3.  Why? なぜ、一般的な方法論CrePSが必要なのか?

3.1  現在システムの理解: 従来の創造的問題解決の諸方法(TRIZを含む)の欠陥・弱点

3.1.1  多数で、多様な諸方法が、統一的でなく、乱立している

創造的な問題解決・課題達成の必要性は、もちろん古くから認識されていたから、その土台となる創造的な考え方や創造性を高める教育、創造的な考え方を支援する技法(創造性技法)、さらには発明をし特許を取る方法や、イノベーションとして成功させる方法などの研究は数多くある。

従来の研究をまとめたものには例えば、高橋誠編著の『新編創造力事典』がある[1]。そこでは、創造力に関して全般的に概説したうえで、創造性技法の主要88技法を取り上げ、発散技法、収束技法、統合技法、態度技法の4種に分類して、各方法を羅列的に概説している。これらの諸技法の習得は人から人への伝授が必要なことが多いから、実世界においても、多数の技法が互いに重なり合いながら、羅列的に存在し、競合している状況にある。

Darrell Mann [14] も関連する技法群を列挙して、図3を示している。

図3.  多様な創造性とイノベーション技法の例 (Darrell Mann[14])

本稿では、これらの諸技法を、技法のねらい、その研究の「アプローチ」(左欄)で整理して、表1に示す [6]。右欄にTRIZ/USITが持つサブ技法をこれらのアプローチに分けて示す。中央欄は従来の諸技法(の例)をその主たるアプローチで分類したものである。この分類にはまだ、全体を統合するような観点はない。

表1.  創造的な問題解決の諸方法をそのアプローチで分類したもの[6]

3.1.2  従来の問題解決の基本パラダイム(「4箱方式」)が、あまり有効でない

科学技術一般は、従来、その基本パラダイムとして、「4箱方式」を使ってきた(図4)[例えば、4]

図4.  従来の科学技術の「4箱方式」

これはわれわれが学んできた代表的な方式であり、特に、数学において(例えば、二次方程式の根の公式のように)学校時代から学んできた。この方式を基礎にして、さまざまな理論やモデルが、科学技術のあらゆる分野で作られ使われてきた。それらは各分野の典型的な問題に対しては有効に働く。しかし、新しい創造的な解決策を必要とするような問題の場合には、どのモデルを使うと有効かは明瞭でないことが多く、実際に有効なものが存在しないこともある。

この「4箱方式」の基本的な弱点の第一は、具体的な問題から一般化した問題に抽象化する方法が個別のモデルに依存し、大きく異なることである。抽象化する過程と抽象化の行き先を、一般的に(すなわち、モデルに依存せずに)説明する方法が存在しない。多くの場合に、一つのモデルを選んでから、そのモデルに収録されている一般化した問題に自分の問題を当てはめる。

基本的な弱点の第二は、具体化の過程の困難にある。モデル中に収録されている一般化した解決策(の一つ)がユーザに示されるが、それをユーザ自身の問題に解釈しなおして新しいアイデアを得、さらに具体的で有効な解決策を考え出す過程が明示されず、ユーザの経験や素養に委ねられている。

このように、抽象化と具体化の過程の両方に4箱方式の弱点がある。

3.1.3  TRIZの寄与と弱点

Altshuller とその弟子たちによって開発されたTRIZ [2-4] が、この状況に対して大きな寄与をもたらした。科学技術(およびもっと広く)のさまざまな分野を越えて適用でき、世界の特許と科学技術資料から編成した大規模でうまく構成された知識ベースを使った、数種の重要なモデルを確立したのである。TRIZの主要な4種の方法/ツールは、図5に示すようにそれぞれが「4箱方式」に基づく。

図5.  TRIZの主要ツール4種。
各ツール(a)〜(d) は「4箱方式」に基づいており、大規模な知識ベースを持つ [6]

これらのTRIZツールは共通の構造を持つ。ユーザはまず自分の具体的な問題を、左上の箱に示すようなツール指定の観点から抽象化する。そして、ツールに内臓された(大規模な)知識ベースを参照すると、事前にインストールされている多数の「一般化した解決策」中のいくつかが提示される。これが意味するのは、ユーザ(問題解決者)は各ツールの(大規模な)知識ベースを持つハンドブックやソフトウエアツールや専門家の助けを得る必要があること、そして、選択・提示される「一般化した解決策」はヒントとして示唆されるに過ぎないことである。

大規模な知識ベースを持つ複数のツールを持つことは、もちろんTRIZの強みである。しかし、各ツールの抽象化の観点が(上図のように)部分的であるため、(困難な)問題を十分に解決するには、複数のツールを組み合わせて使う必要があり、TRIZでの問題解決の全体プロセスは重く複雑である(例えば、ARIZ [3])。そして実際には、多数のTRIZ専門家たちが各自異なる全体プロセスを提案し実施している。

なお、TRIZには、いくつもの重要な概念(例えば、技術システムの概念、矛盾、資源、究極の理想、技術システムの進化、など)の導入があり、考える技法が創られ、技術の発展(進化)を中心とした思想体系を形成しているが、ここでは議論しない。

3.1.4  諸方法の統合の困難

TRIZは、1990年代以降西側諸国に伝えられ、この約20年間に日本でも世界でも随分浸透してきている。しかし、TRIZの先進的な意義 (2.3節参照)は必ずしも十分に理解されず、発明志向の「問題解決の技法の一つ」といった位置づけに埋没しつつある。

このような状況にあって、TRIZを西側諸国の多様な方法と融合させて用いることを推奨・実践してきたパイオニアがDarrell Mannである。彼は、TRIZを中核として、図3に示したような多様な方法を統合して用いることを提唱し、それを「体系的革新(Systematic Innovation)」と呼んだ[4]。しかし彼は、「TRIZには沢山のツール(例えば、教科書[4]の22の章)があるが、必要になった時に一つ一つ学んで使えばよい」という[4]。また同様に、「(図3の)さまざまな技法を、個々の問題の要求に応じてそれぞれが強みとするところに効果的に使い分ければよい」という [14]。しかし、多数の大きなツールを(単純化や統合をせずに)選択的に使い分けることは、実際の問題に直面している一般のユーザには明らかに過重な要求である。このように、骨格になる考え方が不明なために、諸方法のエッセンスをやさしく取り出し、統合して用いる方向付けが見つからなかったのが、従来の研究の困難点であった。

3.2  理想システムの理解: 「創造的な問題解決のための方法」の理想のイメージ

3.2.1  適用分野から見た理想のイメージ: TRIZの適用分野の考察

2012年に筆者は、TRIZの思想と方法を適用するとよい領域とテーマについて考察していた。図6のように、まずTRIZを中心に置いて、その特徴を描き、その周りに対象諸分野を大づかみに描いた。そして各分野でTRIZの寄与が期待される大きなテーマを書き並べた。

図6. 創造的な問題解決の方法論が目指す適用分野とテーマの例。
当初は中心にTRIZを置いて考えたが、より一般的な方法論CrePSに改めた [5, 6]

例えば、学界・大学では、先端研究の(TRIZ利用による) 推進、工学教育の基礎 (の改革)、創造的思考 (の教育) など。教育 (学校教育) の領域では、知能・知識偏重の教育から創造力の重視へ移行すること、創造性の教育、主体性の教育など。家庭では、幼児期の創造性教育がやはり大事なこと。社会においては、一般の社会人が問題解決の力と思考の柔軟性を身につけること。さらに同様に、マスコミ・出版においても、産業においても、国と地方においても、さまざまな大きなテーマがある。これらの多くの分野とテーマに適用されることが、TRIZが持つ意義から考えた理想である。ただその実践・実現は、一部が始まっている段階にすぎず、まさに前途遼遠である。

3.2.2  適用分野が要求する理想のイメージ: 個別の方法よりも統一された考え方を

上図のいろいろな分野やテーマへの浸透・適用は、TRIZだけでなく創造性技法のすべてがそれぞれに目指していることである。各方法がそれぞれある程度の実績を挙げてはいるが、総体としてもまだまだ不十分なことが多い項目ばかりである。

筆者は、その不十分さの原因を考えて、「個々の創造性技法が個別にこれらの目標を目指そうとしているからだ」と気がついた。それは個々の技法の立場からの、「シーズ指向」のアプローチである。

立場を替えて、「ニーズ指向」で、これらのいろいろな適用領域で人々が共通に欲している/必要としているのは何かと考えた。その結果、人々が必要としているのは、「個別の諸方法ではなく、さまざまな領域に適用できて有効な、創造的な問題解決のための一般的な方法論(考え方と方法の体系)である」と、筆者は認識した。すなわち、個別の種々の方法を包含、統合して、もっと上位の階層にある方法論が求められている[5]

3.2.3  理想システムの理解: 結局、求められているものは何か?

以上のような考察の過程を経て、「創造的な問題解決のための一般的な方法論」が求められていることを筆者は認識した。そして、この方法論の確立と普及と適用を目指す「目標」(2.4節)を設定した。また、この方法論の名称(略称)をCrePSと決めた[6]

なお、「問題解決/課題達成」と併記することがあるのは、問題解決がマイナスの事象としての問題を出発点にするのに対して、現状がある程度満足であっても、さらに達成すべき高い目標を定めて活動するという面をも含ませる意図である。ただ、両者をを包含して「問題解決」という語を使うことが多い。また、[5] および本発表の標題で「Beyond TRIZ」と書いているのは、TRIZ関係の読者を意識した補足である。この補足は次第に不必要になるだろう。さらに「創造的な」という語を外して、広い意味の「問題解決の方法」を扱おうという考えもある。それでもやはり、「創造的な」という語を目標として掲げることを選択した。

 

4.  How? いかにして、一般的な方法論CrePSを創り、CrePSを適用するか?

4.1  CrePSの構想に至るまでの筆者の開発経過

ここで、TRIZを学び始めてから、CrePSを構想するに至るまでの筆者の開発経過の概要を記述しておく。それは、4段階で説明できる。

 (1) 筆者は、日本におけるTRIZ導入の初期(1996年〜)の1997年にTRIZに接し、企業内(1年間)および大学(1998年〜)で、TRIZの研究・教育・普及活動に積極的に携わってきた。また、1999年からUSITをも積極的に導入した。日本におけるTRIZの導入普及は、企業における技術分野への適用が終始中心であり、(米国主導の)ベンダーや、大学人が方法の改良や指導を通じてそれをサポートしてきた。当時、TRIZの西側世界への導入に関して、「急激で革新的にTRIZを導入する戦略」が主流であったが、TRIZの文献が乏しく、その全体像を理解することが困難であった。そこで筆者は、TRIZの日本導入にあたって、「ゆっくり着実な導入戦略」を提唱した。TRIZ教科書の和訳やWebサイトでの情報発信をするとともに、USITを「やさしいTRIZ」と位置づけて、TRIZ普及の柱にした [15]。

 (2) 2002年に筆者らはTRIZとUSITのすべての解決策生成法を再編成した。すべてのTRIZのツールを、一旦その個々の示唆(サブ原理など)にばらし、USITオペレータ体系(主オペレータ5種、サブオペレータ計32種)に再構築した[12]。そして、USITを「やさしく、統合された、次世代のTRIZ」と位置づけた。

図7.  TRIZの解決策生成法をUSITオペレータ体系に再編成した[12]

 (3) 2004年に筆者は、USITプロセスの全体を(フローチャートではなく)データフロー図の形式で表現し、それが創造的な問題解決のための新しいパラダイムであると認識して、「6箱方式」と名付けた[9,10] (2.2節参照)。この知見はUSITに明確な基盤を与えた。

(4) 2012年に、TRIZを広く深く普及させていくための将来の方向付けを考察していて、筆者は「社会が本当に必要としているのは、TRIZとかUSITとかの個別の技法ではなく、もっと一般的な創造的問題解決の考え方とそれを支援する方法の体系である」と認識し、それをCrePSと呼んだ(3.2 節参照)[5, 6]。また、「6箱方式」が、この一般的な方法論CrePSのための基本パラダイムを構成し、問題解決のための多様な方法を体系的に統合し得ることを見出した[10](2.2節参照)。それに応じて、USITを「CrePS方法論を実践する簡潔でやさしい一貫プロセス」であると位置づけた[7, 8, 13]。

4.2  6箱方式によって諸方法を統合する可能性

「6箱方式」を基本骨格とするCrePSを用いると、多様な諸方法を、体系的に位置づけることができる。その概要は、表1でのアプローチの分類(a)〜(h)を用いて、以下のように説明できる [8]

ただし、ここに述べたのは概要的な方向であり、具体的な諸技法の統合は、今後の大きな課題である。

4.3  6箱方式を実践する簡潔な一貫プロセス: USIT

6箱方式を実践する簡潔で汎用的な一貫プロセス(の一例)が、既にできている。それがUSITである。

4.3.1  USITプロセスの全体像

USITの全体プロセスを図8に示す[6-8, 16]。図8の左欄には「6箱方式」の主たる流れに沿った6箱を示し、中央欄にはUSITプロセスにおいて各箱で獲得されるべき主たる情報を記述している。右欄は処理ステップとUSITで使われる主要な方法を列挙している。各箱の情報や各ステップについて、多様な問題に対してもUSITの標準的なやり方を普通使うが、問題に応じた(比較的わずかな)調整も行う。

図8.  USITの全体プロセス:6箱の基本概念、各箱の主たる情報、処理ステップ[16]

4.3.2  USITマニュアルとUSIT適用事例集

USITプロセスの詳細については、従来公表してきたものをまとめなおして、最近USITマニュアル[16] を作成した。また、創造的問題解決の適用事例で著者らの既発表のもの10件余を「6箱方式」に沿って詳細に記述し直し、「USIT適用事例集」を作った[17]。これらを含めてCrePS/USITの資料一式(CrePS/USITの文献リスト、USITマニュアル、USIT適用事例集、USITオペレータなど)をホームページに公開しているので、参照されたい[18]

図9は、今までに和文と英文の両方で記述したUSIT適用事例10編の一覧である。各適用事例は、約20枚のスライドからなり、USITマニュアルに従ったUSITでの手順の全体を記述している。

図9.  USIT適用事例10編(USITマニュアルに沿って記述したもの)[17]

4.3.3  USIT適用事例: 額縁掛けの問題 (適用事例集(4))

USIT適用事例の代表例は、額縁掛けの問題 (適用事例集(4))である。「額縁掛けで、掛けた後に額縁が傾かない/傾きにくい方法を作れ」という問題である。この事例は、もともとEd Sickafusが高校生に話した事例をUSIT教科書[11]で記述したもので、その後何回も筆者が推敲した[19]。この適用事例の焦点は、現在システムの属性分析と機能分析をどのように表現するのがよいか、また、さまざまな有効なアイデアをどのようにして生成するとよいか、であった。特にこの後者の課題への取り組みが、筆者らをUSITオペレータ体系の開発に導いた[12]。筆者らの最近の研究は、この問題を物理的矛盾の事例と理解することに重点を置くようになった。すなわち、調節している際中は紐が釘上で滑らかに動き、調節が完了した後は紐は釘上で動いてはいけない。これは物理的矛盾の例であり、その結果、概念的解決策を選択する評価基準も見直すことになった。

4.3.4  USIT適用事例集(3):  水洗トイレの節水化の問題 (TRIZによる物理的矛盾の解決)

図10に示した適用事例は、H.S. Lee & K.W. Lee [20]がTRIZで問題解決した事例を、筆者がUSIT事例に書きなおしたものである [17]。従来の水洗トイレは便を流すために多量の水を必要とする。原著者たちは、便器後部のS字管が問題の根本原因で、これを「物理的矛盾」として定式化し、Altshullerの時間による分離の方法で解決した。

USITでは、問題の時間特性の分析において、S字管が便を流すときに「邪魔」になり、それを存在させる/存在させないという対立する要求 (すなわち、「物理的矛盾」)が認識される(第3箱下部)。そして、理想のシステムとは、S字管が通常は存在し、便を流すときには存在しないことだと理解される(第3箱上部)。第4箱では、「時間に応じて(あるいは使用条件に応じて)パイプの形が変わればよい」というアイデアが容易に得られる。そして、概念的解決策が第5箱のように構築された。すなわち、原著者らは、S字管部分を柔軟な材質のパイプにし、その途中を鎖で吊り上げて滑車を介して重りをつけておく。通常時は途中が上がっていて便器に水が張られているが、便を流し始めるとこの柔軟パイプ部に水が入って(重りよりも)重くなりばたんと下に倒れる。便と水が流れ終わると柔軟パイプ部は軽くなり、ひとりでに吊り上げられる。このように、USITでは、物理的矛盾が早い段階でスムーズに認識でき、Altshullerの分離原理による方法を第3箱と第4箱で適切に反映できる。

図10.  USIT適用事例3: 水洗トイレを節水化する問題。全体像 [17]
物理的矛盾をTRIZで解決した事例(原著: H.S. Lee & K.W. Lee [20])

この適用事例の教訓は、他の著者たちが異なる諸方法を適用して問題解決した公表事例を選択して、それらをUSIT適用事例の形に書き直すことの有益さである。書き直しにより、いろいろな事例を「6箱方式」とUSITの考えできちんと表現でき、また、そこで使われた方法をよく理解できるようになる。これは、さまざまな方法をCrePSの体系に吸収・統合するために有効である。

4.4  諸方法をCrePSに統合する際の課題: 「現実の世界」での問題の認識・定義と解決策の実装

諸方法をCrePSの方法論に統合するにあたって、各方法の適用分野を考え、どのような「現実の世界」を想定し、その中のどのような活動過程の、どのような目的での問題解決を目指しているのか、によって類型化し、仕分けることが大事である。そのような類型に応じて、それぞれ適切な、問題定義の過程(「現実の世界」)、(狭義の) 問題解決の過程(「思考の世界」)、解決策実現の過程 (「現実の世界」) を創り出していかねばならない。

Darrell Mann [21] が指摘するように、創造的な問題解決の方法論に関する研究の最前線は、「現実の世界」での問題定義の過程、および「現実の世界」での解決策実現の過程にある、と言える。それらの過程において、まだ明らかにできていないこと、適切・有効な方法が創られていないことが多いからである。「現実の世界」でのこれら両過程を、創造的な問題解決の全体過程の中に位置づけ、また、両過程の間にある「思考の世界」での創造的な解決策の創出を保証していることが、本研究の「6箱方式」の意義である [21]

 

5.  おわりに

5.1  明確になったこと

本稿では、「創造的な問題解決のための一般的な方法論(CrePS)」を確立するにあたり、
その要件を明確にし、目標を明確にして、「6箱方式」を基本パラダイムとするその構想を示した。
また、CrePSをなぜ必要とするのかを論じ、従来の創造的な問題解決のための諸方法が明確な骨格を持たないためにばらばらに存在して、社会の要求に有効に答えられていない状況を指摘した。
さらに、CrePSを構築する具体的なやり方を論じて、「6箱方式」を簡潔に実践する一貫プロセスUSIT法を提示し、それを「思考の世界」での (狭義の) 問題解決過程のモデルとし、従来からの多様な問題解決の諸方法を類型化して「現実の世界」での問題定義と解決策実現の両過程を形成する構想を示した。

5.2  今後の課題

今後考えるべきもっと多くの問題と達成するべき課題がある。それらは:

 

参考文献

[1]  例えば、高橋誠編著、“新編創造力事典”、日科技連出版社 (2002)

[2] Genrikh S. Altshuller, “Creativity as an Exact Science: The Theory of the Solution of Inventive Problems”, Gordon and Breach Science Publishing, New York (1984)

[3] Yuri Salamatov, ed. Valeri Souchkov, “TRIZ: The Right Solution at the Right Time”, Insytec B.V., The Netherlands (1999); 和訳: 中川徹監訳、三菱総合研究所知識創造研究チーム訳:”超発明術TRIZシリーズ5 思想編「創造的問題解決の極意」”、日経BP社(2000)

[4] Darrell Mann, “Hands-On Systematic Innovation”, CREAX Press, Yeper, Belgium (2002); 和訳:中川徹監訳、知識創造研究グループ訳、 “TRIZ 実践と効用 (1) 体系的技術革新”、創造開発イニシアチブ社 (2004) 、同: “TRIZ 実践と効用 (1A) 体系的技術革新 改訂版 新版矛盾マトリックスMatrix 2010採用”、クレプス研究所(2014)

[5] 中川徹、”創造的な問題解決・課題達成の方法の体系を確立する−TRIZを越えて−”、ETRIA TRIZ Future Conf.、リスボン(ポルトガル)、(2012年10月);  TRIZホームページ掲載 (2012年12月)

[6] 中川徹、“創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法論 (CrePS)−そのビジョン”、日本創造学会第35回研究大会発表、日本医療科学大学(埼玉県) (2013年10月); 同、ETRIA TRIZ Future Conf. 2013 発表、パリ(2013年10月); TRIZホームページ掲載 (2013年10月)

[7] 中川 徹、“USIT: 6箱方式をパラダイムとする創造的な問題解決のための簡潔なプロセス−USITマニュアルとUSIT適用事例−”、日本創造学会第37回研究大会発表、大阪経済大学(吹田市) (2015年10月); 同、ETRIA TRIZ Future Conf. 2015 発表、ベルリン(2015年10月)

[8]  中川 徹、“USIT: 6箱方式をパラダイムとする創造的な問題解決のための簡潔なプロセス−USITマニュアルとUSIT適用事例−”、日本創造学会論文誌、第19号(2016年3月)

[9] 中川徹、“TRIZ/USIT における創造的問題解決のためのデータフローの全体構造”、Altshuller Institute TRIZCON 2005 発表、デトロイト(2005年4月); 和文掲載:TRIZホームページ (2005年3月)

[10] 中川徹、“創造的問題解決の新しいパラダイム: USITの「6箱方式」”、ETRIA TRIZ Future Conf. 2006 発表、コルトレイク(ベルギー)、(2006年10月); 中川徹、“創造的問題解決の新しいパラダイム (3)USITの「6箱方式」の使い方と意義”、日本TRIZ協会 TRIZシンポジウム発表、(2006年9月);TRIZホームページ掲載(2006年11月)

[11]  Ed N. Sickafus, “Unified Structured Inventive Thinking : How to Invent“, Ntelleck, Grosse Ile, MI, USA (1997).

[12] 中川徹・古謝秀明・三原祐治、“TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの5解法に単純化する”、 ETRIA TRIZ Future Conf. 2002 発表、ストラスブール(仏)、(2002年11月);和文掲載、TRIZホームページ、(2002年9月)

[13] 中川徹、“創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論(CrePS): いろいろな適用事例と技法を「6箱方式」で整理する”、第10回日本TRIZシンポジウム発表、早稲田大学(2014年9月); 同、日本創造学会第36回研究大会発表、産業能率大学(2014年10月); 同、ETRIA TRIZ Future Conf.  発表(2014年10月); 同、TRIZホームページ掲載 (2014年11月)

[14]  Darrell Mann, “Systematic Innovation: Past, Present and Future”, International Conf. on Systematic Innovation (ICSI 2015) 発表, 香港、(2015年7月)

[15] 中川徹、“日本におけTRIZ適用のアプローチ”、 Altshuller Institute TRIZCON 2000発表、ナシュア、NH、米国(2000年4月);和文掲載:TRIZホームページ、(2001年2月)

[16] 中川徹、“USITマニュアル-- USIT:「6箱方式」による創造的な問題解決の一貫プロセス”、TRIZホームページ掲載(2015年5月)、URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jCrePS/ jCrePS-USIT/jCrePS-USIT-Manual.html

[17] 中川徹、”USIT 適用事例集”、 TRIZホームページ掲載(2015年5月)、URL: http://www. osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jCrePS/jCrePS-USIT/jCrePS-USIT-CaseStudies.html

[18] 中川徹、“USIT プロセスの全体資料(索引): USIT: 「6箱方式」による創造的な問題解決の一貫プロセス”、TRIZホームページ掲載(2015年5月)、URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jCrePS/jCrePS-USIT/jCrePS-USIT-Doc.html

[19] 中川徹、“「額縁掛けの問題」への解説”、TRIZホームページ (2001年 7月)

[20]  Hong Suk Lee & Kyeong-Won Lee、“物理的矛盾を解決したTRIZの実地適用事例:フレキシブル・チューブを使った超節水型トイレ・システム”、TRIZ Journal (2003年11月); 和訳掲載:TRIZホームページ(2004年1月)

[21] Darrell Mann, 中川 徹、“問題解決よりも、問題定義と解決策実施が研究の焦点(Mann)/問題解決のための考える方法の確立が重要な土台(中川)”、TRIZホームページ (2013年 11月)

 


 

  発表ビデオ (英語版)

発表ビデオ: MP4形式、45分、801MB 2016年2月27日収録 英語版 

http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/Anime-Movies/TRIZCON2016/eTRIZCON2016-Nakagawa-CrePS-Video-160227.MP4   (MP4 ビデオ)

なお、スクリーンに投影していますのは、英文スライドです(PDF)。

 

 

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最終更新日:  2016. 6.27    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp