TRIZ/USIT/CrePS 論文

創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法論 (CrePS) −そのビジョン―

中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授)

日本創造学会 第35回研究大会、
2013年10月26-27日、 日本医療科学大学 (埼玉県入間郡毛呂山町)

General methodology for creative problem solving and task achieving (CrePS): Its vision

Toru Nakagawa (Osaka Gakuin Univ., Professor Emeritus)
13th ETRIA TRIZ Future Conference (TFC2013), to be held on Oct. 29-31, 2013, Ecole Nationale d'Arts et Metiers of Paris, Paris, France
掲載:2013.10. 3; 更新: 2013.10.25 (スライド追加); 2013.12. 9 (リンク訂正)  

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編集ノート (中川 徹、2013年 9月26日)

本ページは、私が提唱してきています「創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法論 (略称:CrePS)」について、その「ビジョン」を中心として、きちんとした文章にまとめたものです。和文論文を日本創造学会研究大会(10月26-27日)に提出し、ほぼ同内容の英文論文を欧州のETRIA TFC2013 (10月29-31日)に提出しました。発表スライドはまだ作っていません。

日本創造学会への和文論文は、創造性の教育や技法・実践などの専門家 (TRIZ専門家はごくわずか)を対象にして、創造的な問題解決の一般として話を導入しています。一方の、ETRIA TFCへの英文論文では、TRIZの研究者・実践者からなる聴衆に、TRIZを越えて、一般的な創造的問題解決の方法論を作ることの意義から話を導入しています。論文の本体部分は、これら二つのでほぼ同じです。新しい「6箱方式」というパラダイムを導入することにより、いままでのさまざまのアプローチ(TRIZを含む)を統合することができ、すっきりとして豊富な技法の体系ができることを論じています。その体系は大きく分けて3段階からなります。(a) 「初期部」:まず実世界で問題をとらえて適切に絞り込む段階、(b) 「主要部」: 思考の世界で、問題を分析して、現在のシステムの理解と、理想のシステムのイメージを作り、新しいシステムのためのアイデアを作って、それらを解決策のコンセプトに組み上げる段階、そして、(c) 「実装部」:現実の世界に戻って、解決策のコンセプトを実際の商品やサービス中の具体的な解決策として実現する段階、です。これらの中身の概要を、まとめて示しています。

これらの論文に書いていることですが、このような一般的な方法論の体系は、「創造的な問題解決・課題達成」のためのいろいろな方法に関わっている多くの人たち(研究者、教育者、実践者、推進者、学習者、…)の理解と協力があって、初めてできることです。その、理解と協力のためには、まず「ビジョン」の共有が最も大きなことであると思います。このビジョンをもう一度書いておきます。

「創造的な問題解決と課題達成のための、一般的な方法論を確立し、 それを広く普及させて、
国中の(そして世界中の)さまざまな領域での問題解決と課題達成の仕事に適用する」

こんな方法論ができるのだ、それを国中の(そして世界中の)いろいろな人々に伝えれば、国中の(世界中の)さまざまな領域での問題解決に適用でき、問題解決に貢献できるのだ。-- これが、本論文に掲げているビジョンです。

本ページには、学会投稿論文を学会の1か月前にWeb掲載させていただいています。これは異例のことですが、特許の優先権や学術情報の新規性などに関わらないことですので、事前公表にしました。できるだけ早くに、多くの人々に知っていただき、できればそのうえで学会の時にお会いして議論いただきたいと思うからです。

[追記 (2013.10.20 中川): CrePSの方法論を、体系的・階層的・蓄積的に記述した資料の掲載を始めました。]

[追記 (2013.10.25 中川): 発表スライドを掲載します。和文(日本創造学会研究大会)HTML、PDF。英文(ETRIA TFC2013)HTML、PDF ]
「追記(2013.12.9 中川): TRIZシンポジウムの発表スライドを掲載しました。]

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この方法論CrePSについて、いままで少しづつ発展させながら、複数の機会に発表してきました。それらは互いに重複する部分もありますが、聴衆の皆さんの背景や専門に応じて違う説明のしかたをし、重点が違ったりしています。また、本当は、分かりやすい紹介と、発表スライドと、しっかりした論文とが、日本語と英語の両方でそろっているとよいのですが、それぞれの機会にその一部しか作れていません。そこで、関連する発表の一覧を下記に示します。

学会発表など、年月日

タイトル略称と重点 和文ページ、論文、スライド 英文ページ、論文、スライド
日本 TRIZシンポジウム
2012. 9. 6-8
CrePS の確立のために。
問題をとらえる複数のモデル
 論文 - -  スライド   論文 −− スライド 
ETRIA TFC2012 
2012.10.24-26
CrePSを確立しよう。
TRIZを越えて
 

論文   スライド

『TRIZホームページ』
2012.12. 5
CrePSを確立し普及させる。
新しい目標の認識
 論文    
『TRIZホームページ』
2012.12. 5

CrePSに至った過程。
研究ノート(「解題」)

 文章資料  原図資料  
知識共創フォーラム 
2013. 3. 2-3
CrePSを確立しよう。
non-TRIZの読者への提唱
 論文  スライド     論文 −− スライド
韓国 GTC2013
2013. 7. 9-10

CrePSの確立のために。
TRIZ から CrePSへの進化

 論文 - -  スライド     論文 −− スライド
日本 TRIZシンポジウム
2013. 9. 5-6
CrePS の構想。
CrePS構築方法の方針
 論文 - -  スライド   論文 −− スライド
USTREAMビデオ放送
2013. 9.27
創造的な問題解決の考え方を身につけよう。
やさしい紹介の30分動画
 論文 - -  スライド   動画(30分)   
日本創造学会研究大会
2013.10.26-27

CrePSのビジョン。
non-TRIZ読者へ。全貌。

  論文  
スライド (2013.10.25)
 (下記ページに含める)
ETRIA TFC2013 
2013.10.29-31
CrePSのビジョン。
TRIZ読者へ。全貌。
 (上記ページに含める)

論文 
スライド (2013.10.25)  

『TRIZホームページ』

2013.10.20

CrePSドキュメント。
CrePS方法論の記述資料(蓄積型)

  骨子 詳細記述Excel (初期部 主要部 後続部 ) 骨子 詳細記述Excel (初期部 主要部 後続部 )

 

目次

概要

1. はじめに

2. 従来の種々のアプローチとその問題点

3. 創造的な問題解決・課題達成プロセスの「骨格」: 「6箱方式」というパラダイム

4. 「創造的な問題解決・課題達成の一般的方法論」の構築法

5. 「創造的な問題解決・課題達成の一般的方法論 (CrePS)」の初期部

6. CrePSの主要部

7. CrePSの実装部

8. 展望

参考文献

 

 

本ページの先頭 論文の先頭

はじめに

種々のアプローチ 6箱方式 CrePSの構築法 CrePSの初期部 CrePSの主要部 CrePSの実装部

展望

参考文献

論文PDF スライドの先頭 スライドPDF 関連ページの一覧 CrePS 体系資料   英文論文(ETRIA)PDF  英文スライド(ETRIA)PDF  英文ページ

 

 


 発表論文      発表論文PDF

 

創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法論 (CrePS) −そのビジョンー

中川  徹 (大阪学院大学 名誉教授)

日本創造学会 第35回研究大会、 2013年10月26-27日、 日本医療科学大学 (埼玉県入間郡毛呂山町)

 

概要 

「創造性技法」や「問題解決の方法」は、従来から多くの研究と実践が行われてきたが、それらがバラバラに部分的であり、望まれているほどの普及をしてこなかった。それは、全体を統合する「骨格」を欠いていたからである。本研究は、(USITの)「6箱方式」を骨格として導入することにより、旧来の研究を統合して、「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論」(略称 CrePS (クレプス))を構成できることを示した。

その方法論では、各段階で獲得すべき情報を規定する。CrePSの初期部では、現実の世界で問題を絞り込み、「適切に定義された具体的問題(第2箱)」とする。CrePSの主要部では、問題 (第2箱)を分析して「現在システムと理想システムの理解(第3箱)」を得、ついで「新システムのためのアイデア(第4箱)」を生成し、それから「解決策のコンセプト(第5箱)」を作り上げる。CrePSの実装部で、「ユーザの具体的解決策(第6箱)」にするのは、現実世界での企業活動である。この方法論の確立と普及のビジョンを示した。多くの研究者・実践者の協力をお願いしたい。

1. はじめに

問題(困っていること)を解決したい、課題(望ましいこと)を達成したいというのは、誰でもが願い、努力していることである。今まで知っている/知られている方法ではそれをうまく実現できないとき、人は自ら工夫し、新しいやり方を考えだす/創造することが必要になる。人類の文化は、技術にしても、社会にしても、数えきれない沢山の人たちが、何(百)万年、何(十)年というスケールで営々と努力して積み上げてきたものである。だから、われわれの身の回りのものすべてに、いつかの誰かの創造が沢山宿っている。

その意味では、創造的な問題解決・課題達成の事例は至る所にあり、だから、そのような事例を実現したときに使われた「創造的な問題解決・課題達成の方法」は至る所にあるといえる。ところが、そのような「方法」がはっきりと意識され、記録され、定式化されているかというと、まったく不十分である。

「頭を柔軟にする方法」、「アイデア発想法」、「創造性の教育」、「イノベーションの時代」などといったキャッチフレーズで、昔も今も、沢山の本が出版され、テレビ番組や講演会もたびたび行われる。わが日本創造学会の主題でもある。

しかしそれらのテーマが、いつまでも成功者(天才)の事例からの教訓、断片的なノウハウの集まり、諸技法の商業的競争などに止まり、なかなか(学問としても方法としても)体系をなしていかない。

 筆者自身は、物理化学の研究者、ソフトウエア関連の企業内研究者を経て、偶然のきっかけで「TRIZ (トリーズ、発明問題解決の理論)」[1]という技法を知り、1997年以来研究・教育・普及活動を続けている。その普及の困難を感じる中で、次第に、そして昨年来明確に、「創造的な問題解決・課題達成の方法」を「体系化する」こと、すなわち、「一般化した方法論」を作ることの必要性を認識した。

その体系のための「骨格」が(少なくとも筆者にとって)明確になったので、従来からのさまざまな「創造性の諸技法」をきちんと位置付けて、全体像を示すことができるようになった。

このような体系化を進めるための基本的な考え方を、本稿で示す。それは、(従来の科学技術やTRIZが教え・使っていた「抽象化の4箱方式」の代わりに) 「創造的問題解決の6箱方式」を新しいパラダイム (基本方式=骨格)として使うものである。

このような体系化された方法によって、「創造性技法」に関わる多くの研究者・指導者の共通理解ができ、多数の人々(企業技術者、学術研究者、ビジネスマン、教師、一般市民など) が「創造的な問題解決・課題達成」の実践経験を持つようになることを、加速できるものと考えている。

--なお、「問題解決・課題達成」と書き並べることが煩雑な場合に、単に「問題解決」とだけ書くことがある。両者を含意しているものと理解されたい。

 

2. 従来の種々のアプローチとその問題点

創造的な問題解決・課題達成のための従来からの種々のアプローチ [2] をまとめると、表1のようである。いまはこれらを個別に論ずることをせず、大きな流れとその問題点を考えてみよう。

表1. 創造的な問題解決・課題達成のための諸技法の例

アプローチ

従来技法の例

TRIZ/USIT での例

科学技術の
基本

分野ごとの理論・モデル、

知識ベースの構築

物理的効果の知識ベース

事例に学ぶ

類比思考、ヒント集、
等価変換理論

特許データベースの活用

問題・課題を整理・分析

マインドマッピング、KJ法 (親和図法)、
品質機能展開(QFD)、根本原因分析、
機能分析、VE、QCツール

問題定義、根本原因分析、機能・属性分析、矛盾の定式化、物質-場分析、

アイデア発想を支援

ブレインストーミング、
ブレインライティング、SCAMPER、

40の発明原理、76の発明標準解、
矛盾マトリクス、USITオペレータ

メンタル面の
重視

ブレインストーミング、ファシリテーション技法、シネクティクス、NM法、「第3の案」

STCオペレータ、賢い小人たちのモデリング、Particles法

アイデアを
具体化する

Pughの方法、分野ごとの設計法、
CAD/CAE、品質工学 (タグチメソッド)

技術データベース、

将来の予測、
方向の提示

各種統計データ、デルファイ法、
シナリオライティング

9画面法、技術進化のトレンド、
S-カーブ分析、DE

総合的な
方法論

抽象化の4箱方式、類比思考、
等価変換理論、

4箱方式、ARIZ、USITの6箱方式、

 (1) まず、創造的な問題解決の中核は「ひらめき」によるというのが通説である。問題意識を持ち、永く考え(試行錯誤しながら、考えを温めて)、あるリラックスしたときに突然ひらめくと、あとは一気呵成に解決できる、という。それが人間の脳の働き方だという。
-- (歴史上の)沢山の人たちの体験に基づいている。しかし、ここには問題解決の「方法」は明示されていない。

(2) 創造的な問題解決には、さまざまなアイデアを思いつくこと、「アイデアの発想」がカギであるというのも通説である。自由に、多様な、今まで誰も考えなかったような奇抜な、アイデアを多数出していくうちに、なにか良いアイデアを思いつく(ひらめく)だろうと期待する。そのために、自由な発想・発言の場を用意し、ブレインストーミングなどの方法を使う。そしてこの「発散的思考」の後で、得られた多数のアイデアを(何らかのやり方で)整理して、優れたアイデアを選択・構成する「収束的思考」をするとよいと考えている。
--発散的思考において、アイデアの質を高めることが難しい。「方向付け」(すなわち、方向の指定・限定)をするべきかどうかにジレンマがある。

(3) (自分の問題とは直接関係しない)なんらかのものに「ヒント」を得て、それからの連想・類比思考で問題を創造的に解決できる、というのも通説である。沢山の成功事例が知られている。
-- 「ヒント集」を作る試みもいろいろあるが、何が「ヒント」になるのかは、予測できない。類比思考では、何か「共通するもの」を見出すのが焦点であり、「機能の共通性」の認識がこの方法の中心だと理解されてきている。

(4) 「アイデアを作り出すための操作法」という考え方も、いろいろ発展している。例えば、「今一つのものを二つにして使ってみよ」、「固定しているものを可変にしてみよ」、「逆転して考えてみよ」、「二つのアイデアを組み合わせて使え」などの操作法を組み合わせたものである。
-- 操作法が少数だと不十分になり、多数過ぎると扱いづらくなる。使いやすく整理した操作法の体系を作ることが必要である。また、どんな場合に、どの操作法を使うとよいかのガイドラインを作ることも大事である。

(5) 具体的な問題から、「一般化した問題」に「抽象化」して考えるとよいことが、学問・技術の世界で知られてきている。一般化した問題には、いろいろな理論や経験に基づいた「一般化した解決策」が知られているから、それを「ヒント」として使うとよい、というのである。これは科学技術全般で(また、TRIZでも)抽象化による問題解決の「4箱方式」として知られている (図1参照)。科学技術での思考の基本方式の一つであり、科学技術の各分野で理論が作られ、どんな問題ならどんな答え(解決策)がよいかという「モデル」が、膨大な規模で蓄積されている。
-- しかしその大部分は分野固有のものである。TRIZは、技術分野を越えて使える複数の「モデル」 (とその大規模な知識ベース)を作った点で特筆される。しかし、多くの場合の実際の使い方は、まずなんらかの(タイプの)「モデル」を一つ選び、そのモデルの一般化した問題(の表現)に「あてはめる」。また、それに対して得た一般化した解決策を「ヒント」にして、自分の問題に具体化することを試みる。モデルへのあてはめは問題の部分的な考察に過ぎず、得られる解決策も「ヒント」としての示唆にしか過ぎない。

       図1. 抽象化の「4箱方式」

(6) 問題を深く「分析する」アプローチも進んできている。今のシステムはどのようなしくみ(メカニズム)で動いているのか、そして問題(困ったこと)が起こる根本の原因は何か、時間的・空間的な特性はどうか、システムのいろいろな構成要素の機能や性質がどう関係しているのか、などをきちんと考えていく。
-- この方法は、面倒で迂遠なようであるが、やはり科学技術の立場からの王道である。分析・理解した後に初めて本当のことが分かる。

(7) もう一つ大事なことは、問題を解決して、何を望むのか?目の前の課題ではなく、「理想の姿」をイメージすることである。このための方法も、いくつか考えられてきている。
-- これは、問題や現状の理解から、本当の解決を目指すための重要な過程である。

(8) 問題解決と課題達成のための一貫プロセス、全体プロセスを考えるアプローチも試みられてきた。多数の技法を段階的に組み合わせるものから、要点だけを選んで簡潔・単純を目指すものなどいろいろある。
-- 本研究もこのアプローチの延長上にある。


以上概観したように、研究の流れは、「ひらめき」や一段階での「アイデア発想」から、きちんとした「分析」をし、「理想」を考えたうえで、「アイデアを生成」していく方向に発展してきている。いま必要なことは、その全体プロセスに「骨格」を与えることである。

 

3. 創造的な問題解決・課題達成プロセスの「骨格」: 「6箱方式」というパラダイム

本研究は、「創造的な問題解決・課題達成」という 非常に一般的なプロセスについて、その「骨格」を明確にするのがよい、その骨格として、「6箱方式」を採用するのがよいと提唱するものである。

この「6箱方式」は、TRIZを学びやすく使いやすくした一貫プロセス「USIT (ユーシット、統合的構造化発明思考法)の骨格として認識されたものである [3]。それまでのフローチャートによるUSITプロセスの表現を、(4箱方式と同様に)各段階での情報を明示するデータフロー図で表現したときに明確になった。図2に示す。

図2. 創造的な問題解決の「6箱方式」

図2の下半分が、「現実の世界」であり、技術、ビジネス、社会などが関わり、その中で様々なプロセスが進行し、それに固有の判断基準が使われる。一方、上半分は、創造的問題解決の「思考の世界」であり、技法が主導する考える世界である。この二つの世界を区別し、段階と役割を切り分ける。

(左下の)最初の「ユーザの具体的問題」(第1箱)を、まず「現実の世界」で検討して、何を解決したいのかを「適切に定義された具体的問題」(第2箱)の形にして、「思考の世界」に引き渡す。

ついで「思考の世界」では、問題を分析して、「現在のシステムの理解」と「理想のシステムの理解」(第3箱)を作り上げる (ここでの「システム」という言葉は、問題の「対象」を指すものと理解されたい)。(問題がある)現在のシステムの理解には、システムの構成要素、その属性(性質)、機能的関係、空間と時間に関わる特性、動作のメカニズム、問題の根本原因や矛盾といった概念が使われる。理想のシステムの理解をも同時にここで作ることは大事なことである。

そのつぎに第4箱として得るのは、「新システムのためのアイデア(複数可)」である。これは、単なる思いつきではなく、「ヒント」の段階よりも進んだものであり、「従来のシステムのどこをどう変更すればよい」、「新しくxxのメカニズムを導入しよう」といったアイデアである。

第5箱は、上記のアイデアを中核にして作り上げた「解決策のコンセプト(複数可)」である。それは、「このようにすればきっと動き、問題を有効に解決するはずだ」という案であり、「思考の世界」での成果物である。

その案を、実際の商品やサービスの中に、「ユーザの具体的解決策」(第6箱)として実現するには、「現実の世界」でさらに多数の過程を必要とする。

以上に説明したように、「6箱方式」の第3箱と第4箱は、従来の「4箱方式」におけるモデルの問題とモデルの解決策とは根本的に違っている。「6箱方式」では、第3箱の情報としてどんなものが必要で、どのように考えれば得られるかを、分かりやすく、一般的かつ詳細に説明できる。そして、その結果を使って(第4箱の)アイデアを出す方法も導かれている。もっとよいことは、第3箱の情報を得る過程で、われわれの脳は活発に働き、いくつもの優れたアイデア(第4箱)を自然に(小さな「ひらめき」として)生成してくれることである。

また、「6箱方式」が、「現実の世界」での事前の活動(「問題を定義する」)と事後の活動(「解決策を実現する」)を明示していることも大事なことである。実際、創造的な問題解決で「何を扱うべきか」を決めることがまず大事であり、「得られた成果を商品などに実現して、ビジネスとして成功させること」がもっと大事なことである。それは、「現実の世界」で考え、実施すべきことだと、この「6箱方式」は教える。

 

4. 「創造的な問題解決・課題達成の一般的方法論」の構築法

それでは、上記の「6箱方式」を骨格として導入し、従来のいろいろな研究を吸収しつつ肉付けしていくことを試みよう [4、5]。本研究は、まだ始めたばかりであるが、以下のような方針が明確になってきた。(なお、「創造的な問題解決・課題達成の一般的方法論」の略称としてCrePS(クレプス)という語を使う。)

(a) CrePS の主要部は、「6箱方式」の第2箱から、第3箱、第4箱を通って、第5箱に至る、「思考の世界」での考える方法に関わるものである。それとともに、CrePSの初期部として第1箱から第2箱への問題定義の過程、さらに、CrePSの実装部として第5箱から第6箱への解決策の実現の過程をも整理・構築すべきである。

(b) データフローの考え方を基本にして、各段階で獲得・明確化すべき情報を記述していく。これにより、多くの技法を統一的な観点から記述でき、また、同様の情報を獲得するのにいろいろなやり方が試みられていることを理解できる。

(c) 技術分野用のものと、非技術分野(人間・組織・社会などが関わる分野)用を並行して作る。これらの骨格はほとんど同じであるが、非技術分野では人々の価値観の違いや意図などが関わり、問題がより大規模で、輻輳し、デリケートであることが多い。

(d) CrePSの主要部は、種々の「創造性技法」としての研究が蓄積されており、TRIZ/USITについてまず整理し、ついでその他の諸技法を整理・記述していくことで、目途が立っている。

(e) CrePS の初期部は、多様な研究課題を抱えている。「現実世界」の様々な活動で、なにかの困難にぶつかったときに、創造的な問題解決・課題達成が必要になり、CrePSの出番になるわけで、CrePSの初期部として何をすればよいのかを明らかにしなければならない。それは、どんな目的と状況の場合であるかを分類し、それぞれの場合に使うとよい方法を考え、その方法からCrePS主要部への連携を考える必要がある。従来からの多様な方法があるとともに、近年TRIZがこの初期部の研究に注力している。

(f) CrePSの実装部はまた別の状況にある。解決策の実現には、基本的には各分野ごとの工学的方法が確立されており、デジタル技術の活用や、パラメータ設計や最適化の方法などが使われている。しかし、CrePSに関連した研究課題は、解決策コンセプトをいかに確実に商品に実現し、いかにそれを商業的に成功させ、できればイノベーションにまで高められるかを明らかにすることである。それは単なる技術の問題ではない。

(g) これらの体系の整理は、最初は少数のメンバで構想を作り、その後は、多技法の多数の研究者が協力して、合意を形成していくことが望ましい。

 

5. 「創造的な問題解決・課題達成の一般的方法論 (CrePS)」の初期部

ここで言っている「初期部」とは、現実の世界で、なにか一つのテーマで「創造的な問題解決・課題達成」というしごとに本格的に取り組むまでにするべきことのすべてを意味している。その取り組みにわれわれの方法論CrePSを適用しようとしているわけだから、CrePS自体がその受け入れ態勢を整えていることも必要である。

表2に初期部の必要要件をまとめた。表の内容を繰り返す余裕はないので、要点あるいは注意点だけをテキストに説明する。

表2. 「創造的問題解決・課題達成の一般的方法論」(CrePS) (技術分野用) 初期部 要件

 

(0) CrePS (技術分野用) の基本目標

基本目標、

現実世界の(技術的)問題・課題に適用可能、

科学技術の全分野で適用可能

科学技術や特許情報を活用、

各分野の方法も利用

(4) 創造性教育、技術者教育、市民教育と関連づける

子どもに (自分で考える・工夫する楽しさ)、

中高生に(創造性教育、問題解決の教育)、

大学生に(創造的な問題解決の基本)、

技術者に(創造的な問題解決の習得)、

技術の職場で(創造的な問題解決の日常的実践)、

高度な研究開発で(創造的な問題解決を実践)、

市民に(問題解決に創造性技法を適用)、

出版・テレビ・インタネットを通じた普及、

政府・公的機関による認知と普及

(1) 現実世界で問題をとらえ、創造的解決を求める準備をする

問題意識と主体性がベース、

問題・課題をとらえて状況を調べる、

取り組むべき問題を明確化

(2) 技術開発などの各段階とCrePSを関係づける

将来の動向を考える、

新しいサービスや商品を企画する、

新しい技術開発が必要、

技術的な困難を解決する、

機能・性能面の問題解決、

品質面での問題解決、

コスト・納期面での問題解決、

S-カーブの成熟期・末期での問題解決、

大規模な新システムや新ビジネスを構想する

(5) CrePS自体の受け入れ態勢が整っている 

CrePSの概念と趣旨が明確、

構成のしかたを関係者が理解、

確立に多数の協力者、

中身ができている、

分かりやすい教科書、

教育方法と教育例、

企業内実践法が明確、

実践例、

学界・関係者が受容、

企業導入の成功事例

(3) 技術開発などの諸技法と関連づける

将来予測の諸方法、

顧客ニーズを考える諸方法、

問題状況の分析の諸方法、

ファシリテーションの諸技法、

特許作成・他社特許回避・特許網構築の諸技法、

障害予測・リスク管理の諸技法、

研究開発の方向付けの諸方法、

技術政策の編成の諸方法

(6) CrePS適用プロジェクトの開始のしかた

企業などでのCrePS適用プロジェクトの開始

大学でのCrePS教育のやり方

大学などでのCrePS演習プロジェクトのやり方

 

(0)項の「基本目標」では、CrePSの目標を、「創造的な問題解決と課題達成のための、一般的な方法論を確立し、それを広く普及させて、国中の(そして世界中の)さまざまな領域での問題解決と課題達成の仕事に適用する」と述べている。

(1)項は問題をとらえる心構え(精神的・心理的な準備)と実際のやり方を一般的に述べている。

(2)項では技術開発などの様々な段階でCrePSの使い方を述べ、(3)項でそれらの諸段階の各目的に使われているいろいろな技法と連携するやり方を述べている。

(4)項はさまざまな対象への教育・普及を考えており、子供から技術者まで、さらにアカデミックな研究開発の場でも、市民の活動の場でも使われるように普及させようとしている。

これらのためには、(5)項に記しているように、この方法論CrePS自体が確立され、教科書や実践事例を持っていることが必要で、それには多数の研究者・推進者の協力が必要である。

個別の問題解決プロジェクトの開始のしかたを (6)項に記述して、CrePS の主要部に繋げている。

 

6. CrePSの主要部

CrePS の主要部を、段階的、階層的に構成して、表3に示す。個々のプロセスの表現は、「〜を〜する」という言葉遣いにしているが、基本的に獲得すべき情報を記述したものである。

表3.「創造的問題解決・課題達成の一般的方法論」(CrePS)の主要部 (技術分野用)

(0) 全体プロセス 

複合一貫全体プロセス

簡易/特殊化プロセス

(3) 理想をイメージする  (第3箱)

理想のイメージを考える方法

望ましい振る舞いと望ましい性質を考える

進化の方向を考える

(1) 問題をとらえる (第2箱)

問題解決・課題達成のプロジェクトを立ち上げる

問題を体系的にとらえる

目的・課題を考える

広い視野で考える

焦点を絞る

リソースと制約を知る

(4) アイデアを生成する  (第4箱)

アイデアを生成する技法

ヒントやガイドラインを使ってアイデアを
生成する

矛盾を解決するアイデアを出す

アイデアを体系的に網羅する

優れたアイデアを識別する

(2) 現在システムを理解する  (第3箱)

問題点と根本原因を理解する

現在システムのメカニズムを理解する

機能と属性を理解する

空間特性と時間特性を理解する

困難・矛盾を明確化する

既知の諸方法を吟味する

他分野での類似課題とその解決法を知る

(5) 解決策を構築する  (第5箱)

アイデアを膨らませる

アイデアを取り込んだ改良案を作る

他分野の優れた方法を取り入れる

新しい解決策を設計する

二次的問題を解決する

優れた解決策を識別・評価する

問題解決・課題達成の報告と提案をまとめる

この表は、いろいろな場合を考慮して、するとよいことをほぼその手順に沿って書き並べている。(0)項の最初に書いている「複合一貫全体プロセス」のイメージである。実際には、問題の状況とプロジェクトの目標に応じて、実施すべき過程を取捨選択し、またもっと簡便に行うことも多い。それが「簡易/特殊化プロセス」である。

 (1)項の「問題をとらえる」のは、第一義的には、「現実の世界」で(CrePSの初期部として)行うべきことであるが、「思考の世界」を担当するCrePSの主要部のプロジェクトでも、改めて確認することが大事である。ここの確認が不十分だと、以後の問題解決の努力は徒労に終わる。

(2)項中の、「既知の諸方法を吟味する」や「他分野での類似課題とその解決法を知る」、さらに、(3)項の「進化の方向を考える」などは、自分の問題だけに集中せず、いろいろな外部情報を見回すべきことを具体的に示唆している。

(4)項のアイデアの生成では、後半に書いている「矛盾を解決するアイデアを出す」、「アイデアを体系的に網羅する」、「優れたアイデアを識別する」などにも注目されたい。

(5)項の解決策を構築する過程は、創造的な問題解決の技法よりも、当該分野の素養の方がずっと重要になる。最終段階できちんと報告書をまとめて、親プロジェクトや上司に報告・提案する。

詳細なやり方や各種技法の参照は、割愛した。

 

7. CrePSの実装部

「実装部」とは、「6箱方式」において、第5箱の「解決策のコンセプト」から、第6箱の「ユーザの具体的解決策」を実現するまでの全過程を意味する。「解決策のコンセプト」を作ったのは、「思考の世界」での作業を任された問題解決プロジェクトであるが、それを実現させるのはすべて「現実の世界」での活動であり、この問題解決を必要とした「親」プロジェクトとさらに上位の企業全体の活動を必要とする。

表4. 「創造的問題解決・課題達成の一般的方法論」(CrePS)  (技術分野用) 実装部 要件

 

(0) CrePSの基本出力

基本出力内容 (解決策コンセプトなど)

考察・説明資料

 

(3) 解決策コンセプトを実際の場で構築・設計して、新設計案を作る

新解決策コンセプトの技術の理解

新技術の導入を伴う構築・設計

新解決策コンセプトの実際の場での構築と設計

(1) 問題解決プロジェクトの成果報告とその受け入れ

CrePSプロジェクトの成果報告

成果報告を受ける責任者と評価・受け入れ

成果の処置

教育・研修を主目的とした成果報告

教育・研修を主目的とした場合の後処置

(4) 新設計案を実現していくための各種の方法と連携をとる

当該分野の基本技術による設計・試作・改良

デジタル技術の利用 (CAD/CAE/CAM、シミュレーションなど)

タグチ・メソッドによるパラメータ設計

(2) 「現実の世界」で、新解決策コンセプトを初期評価し、方向付けをする

新解決策コンセプトの初期評価

「現実の世界」のプロジェクトでの評価基準

 親プロジェクトと新解決策コンセプトの方向づけ

(5) 新しい解決法(設計)を「現実世界」において評価吟味し、実現に移す

新しい解決策(設計)を企業の正規ルートで判断、

自社の技術基盤、商品・ビジネス戦略などでの判断

(6) 設計・製造・販売など「現実世界」で実施する

設計の仕上げ、製造・販売などの実施

(0)項で、CrePSプロジェクトの基本出力は、第5箱の「解決策のコンセプト」だけでなく、CrePSの方法論に従って作成記録された、問題定義(第2箱)、現在システムと理想のシステムの理解(第3箱)、種々のアイデア(第4箱)のすべてを含むことを指摘している。

これらすべてをまとめて、CrePSプロジェクトから、「現実の世界」の責任者(親プロジェクトのマネジャなど)に報告する。報告を受ける責任者は、CrePSでの検討過程を理解したうえで、親プロジェクトとして判断し、その後の処置を取らなければならない。

新しい解決策コンセプトを最終的に商品やサービスなどに実現するまでには、(2)項〜(6)項の諸段階を必要とし、それはCrePS 主要部の技法とは別次元の、多大の企業活動を必要とする。

 

8. 展望

以上に記述したように、従来の「創造性技法」や「問題解決の方法」の諸研究は部分的なものが多く、それらの諸方法がバラバラに推進され、その実践・普及には多くの困難があった。その根本の問題点は、適切な「骨格」を欠いていたからだ、というのが本稿の指摘である。

本稿は、「6箱方式」(図2)を骨格とすることにより、「創造的な問題解決・課題達成」のための方法を、一般的で統一的なものにできることを示した (表2〜4)。

本稿は、多くの皆さんとともに、つぎの大きな目標に向かって進むことを提案している。

『創造的な問題解決と課題達成のための、一般的な方法論を確立し、

  それを広く普及させて、

  国中の(そして世界中の)さまざまな領域での問題解決と課題達成の仕事に適用する』

ご理解とご協力をお願いします。 

 

参考文献

[1] 例えば、Yuri Salamatov (1999) "TRIZ: The Right Solution at the Right Time", Insytec; 中川徹監訳、三菱総研訳 (2000), 『超発明術 TRIZ シリーズ 5: 思想編「創造的問題解決の極意」』, 日経 BP 社刊。

[2] 例えば、高橋誠編著 (2002) 『新編 創造力事典』 日科技連出版社。

[3] 中川徹 (2005)「創造的問題解決の新しいパラダイム−類比思考に頼らないUSITの6箱方式−」、日本創造学会第27回研究大会; 『TRIZホームページ』再録 (2005年11月)。

[4] 中川 徹 (2012) 「問題/課題を捉えるための複数モデルによる考察法:創造的な問題解決/課題達成の方法の確立と普及のために」 第8回 日本TRIZシンポジウム 2012; 『TRIZホームページ』再録(2012年11月)。

[5] 中川 徹 (2013) 「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論を確立しよう」 第3回知識共創フォーラム、2013年 3月2−3日、東京; 『TRIZホームページ』再録 (2013年6月)。

注:  『TRIZホームページ』:   http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/

 


  発表スライド   和文(日本創造学会研究大会)   スライドPDF

 

   

   

   

   

   

   

   

   

   

 


 

  英文論文      英文論文(ETRIA TFC2013)    同PDF

  英文スライド     英文発表スライド(ETRIA TFC2013)   同PDF

 

 

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はじめに

種々のアプローチ 6箱方式 CrePSの構築法 CrePSの初期部 CrePSの主要部 CrePSの実装部

展望

参考文献

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最終更新日 : 2013.10.25  連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp