TRIZ/USIT論文 | |
創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論を確立しよう |
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中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授) |
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第3回知識共創フォーラム、2013年 3月2−3日、 北陸先端科学技術大学院大学東京サテライトオフィス (東京都港区) |
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掲載:2013. 6.22 [同フォーラムの許可を得て掲載] |
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編集ノート (中川 徹、2013年 6月14日)
本稿は、3月に「第3回知識共創フォーラム」で発表したものです。このフォーラムは、北陸先端科学技術大学院大学の教授・研究者の人たちが中心になり、知識・考え方を「共に創る」ための、方法・実践・事例を、 発表・議論することを目指しています。「知識の創造」というのが同大学院大学の知識科学研究科の大きな目標です。フォーラムの一般発表は発表20分で討論20分という形式で、内容の濃い議論ができていました。
本稿に関連した内容は、今までTRIZコミュニティの中(本『TRIZホームページ』、日本TRIZシンポジウム、欧州TRIZ 学会)で発表し、議論してきました。今回はじめてもっと広い分野の人たちに話すことになりました。2頁の概要を投稿したときに、つぎのような査読意見をいただきました。
「筆者の目指す「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論」は既にあるのではないでしょうか。議論すべきは、本研究のア イディアの元になっている、USITなどの方法との違いや、従来の方法の問題点、および本研究の方法でどのように解決するのかといっ た点のように思います。この点から考えると、問題意識や背景の説明の観点が不適切ではないでしょうか。」
概要では私は本稿の趣旨を伝えきれなかったわけで、投稿論文と発表スライドは、このコメントにできるだけの対応を考えて、作りました。その要点は、
「一般的な方法論」はまだまだできていない。いろいろな方法やアプローチがあるけれども、しっかりと統合する枠組みが必要である。そのような、「一般的な方法論」は、いままでの一つ一つの方法 (個別の方法・技法・アプローチ)よりも、もっと上位にあって包括するものだ。そしてそのような枠組みとして、従来の科学技術(とTRIZ)で考えられてきた「4箱方式」から、(USIT で見いだされた)「6箱方式」に移行するとよい。それをベースにすると、「創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法論」を構築できるのだ。
といった主張です。本稿がどれだけその趣旨を表現できているか、どれだけの説得力と、独自性を持っているかは、今後の私自身の努力ももちろんですが、最終的には読者の皆様と歴史の評価に委ねるほかありません。
論文のHTML 版 と PDF版、および発表スライドのイメージ版とPDF 版を掲載します。(なお、知識共創フォーラムのWeb サイトに正式版が公表されましたら (7月ごろの予定)、論文PDF版をそちらと置き換えます。) 英文ページにはスライドのイメージ版とPDF版を掲載します。貴重な発表の機会を与えてくださいました、「第3回知識共創フォーラム」の実行委員会の皆様にお礼申し上げます。
目次
1.1 創造的な問題解決・課題達成のための従来の諸方法
1.2 本研究のアプローチと提唱2. 従来のパラダイム (「4箱方式」、類比思考、知識ベース) の問題点
2.1 従来の創造的な問題解決のパラダイム: 抽象化の「4箱方式」
2.2 類比思考の活用と 等価変換理論
2.3 TRIZにおける創造的問題解決:4箱方式の活用と技術の知識ベースの構築
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創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論を確立しよう
中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授)
第3回知識共創フォーラム、
2013年 3月2−3日、北陸先端科学技術大学院大学東京サテライトオフィス (東京都港区)
【要約】
問題解決および課題達成はあらゆるところで必要とされ実践されている。そのため、従来から多様なアプローチがあり、特に創造的な解決策を得るためのさまざまな方法が開発されてきた。しかし、それらの方法は個別的・部分的なものが多く、全体を統合する一般的な方法は不十分であった。創造的問題解決の従来のパラダイム (抽象化の「4箱方式」) は、各分野での理論・モデルを知識ベースに蓄積し、自分の問題をモデルの問題にあてはめ、モデルの解決策をヒントにして自分の解決策を考えることを薦める。TRIZは技術分野の垣根を越えた複数のモデル (知識ベースと技法) を作ったが、やはり類比思考に頼るものであった。筆者らはTRIZを統合化したUSITで、現在のシステムと理想のシステムの理解を深めることにより新しいシステムのためのアイデアを導出する一般的な技法を作り、新しいパラダイムとして「6箱方式」を導いた。本研究はそれをさらに発展させ、技術・非技術の両分野に適用可能な、「創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法」を構想し、提案する。
【キーワード】 問題解決、解決策創造、知識活用、TRIZ、6箱方式
1. はじめに
問題解決および課題達成というのは、われわれがなにか現状の問題点を克服し、よりよいものを求めようとする活動のすべてのことである。それらの問題あるいは課題 (すなわち達成すべき目標) が、従来使われてきた、あるいは従来知られてきた方法では、うまく解決できない、達成できないとき、われわれは新しい考え方を導入したり、自ら創りだしたりする必要がある。それが、創造的な問題解決あるいは課題達成である。人類の文化は、このような活動を営々と積み上げてきたものである。だから、ある意味では、創造的な問題解決・課題達成の実践事例は、あらゆる時代、あらゆる所、あらゆる分野に存在する。そして、その実践に使った方法が、意識され、記録され、繰り返し利用され、一般化と普及が図られてきた。個別のいろいろな方法があり、それを使える人やグループがあり、適用されて実績をあげた事例や適した領域がある。
しかし、そのような方法が、きちんと確立されているか、体系的に構築されているか、いろいろな問題・課題に適用して確実に解決・達成できる方法になっているか、だれでもが使えるものになっているか、広く理解が普及しているかというと、まったくそうではない。問題解決・課題達成の方法を身につけることは、われわれ個人にとっても、企業や組織にとっても、国や社会などにとっても、永遠のテーマであり、ましてや「創造的」に解決・達成するための方法となると、非常に難しい大きなテーマである。
1.1 創造的な問題解決・課題達成のための従来の諸方法
いままでにどのようなアプローチがあったかを列挙してみよう。
(a) 科学技術の基本的なアプローチ:分野ごとに現象を理解し、原理を求め、理論を作り、その適用法・設計法を創り上げてきた。分野ごとに膨大な体系を成し、知識体系として整備されている。また、分野ごとに、その体系の教育が行なわれている。
(b) 事例に学ぶアプローチ:多数の成功 (ときには失敗) 事例を集めて蓄積し、そのエッセンスを学ぼうとするとともに、自分の問題・課題に類似の事例を見つけて参考にし、 (修正) 適用する。事例ベース、知識ベースの構築・利用も広範に試みられている。技術の分野では、特許データベースが非常に有用であり、そのエッセンスを整理した知識ベースも多数ある。
(c) 問題・課題を整理・分析するアプローチ:一つのテーマについて、関連する情報・データを集め、それを整理・分析して、原因結果の関係、しくみ・メカニズム、対立する考えの相互関係などを明らかにする。その結果から、解決策や目標達成手段を考察する。
(d) アイデア発想を支援するアプローチ: 解決策や目標達成手段をできるだけ広く、自由に出して、その中に新しい可能性を見つけ出していくことを目指す。そのために、(個人あるいはグループで)考える/考え出す方法を整理して示し、それを実践していこうとする。
(e) 当事者のメンタル面を重視し、環境を整えるアプローチ:新しい発想をつくり出すには、リラックスした気持ち、何でも考えられる/言える雰囲気、精神を集中できる環境、自我・権益・過去の経緯などにとらわれない精神、理想やビジョンを考える心などが重要であるとし、それらを身につける、またその場で実現することを目指す。
(f) アイデアを具体的に実現していく方法のアプローチ:得られたいろいろなアイデアについて、その有効性、実現性などの観点から優れたものを選択し、さらに具体的な肉付け・設計をして、実際に適用・実行できる案にし、さらにそれを実施していくといった、諸段階のための方法を作る。これには問題・課題の分野に応じた、素養・見識・技術などが必要になることが多い。
(g) 将来のトレンドを予測し、方向性・ビジョンを提案する方法のアプローチ:過去から現在までの状況とその変化を理解した上で、将来に向かうトレンドを予測し、将来に予想される問題を考えてその解決策を提案し、また、望ましい方向を考えて、達成するとよい目標を明示し、その目標と実現プロセスをビジョンとして提示する。これらのための方法のアプローチ。
(h) 問題解決・課題達成の総合的な方法論のアプローチ:上記の(a) 〜(g)をすべて総合して、有効であり、かつ実践しやすい方法の体系 (すなわち、方法論) を作り上げようとするアプローチ。問題・課題の分野やタイプなどに応じた方法 (の体系) が適当・必要であるとともに、できるだけ広い分野、さまざまなタイプに適用可能な統一的・普遍的な方法の体系が求められる。
このように列挙してみると、いろいろなアプローチのいろいろな方法があり、実際に使われているものがあるとともに、まだ明確な方法が作られていなかったり、広く普及していなかったりするものがあることに気がつく。また、個別の方法がいろいろとあるが、それぞれに部分的であり、互いに融合するよりも競合している面が強いと感じられる。
1.2 本研究のアプローチと提唱
ちなみに、筆者自身のバックグラウンドは物理化学の研究、情報科学の研究、そして「創造的な問題解決の方法論」としての、TRIZ (トリーズ、「発明問題解決の理論」) [1, 2] およびそれを発展させた USIT (ユーシット、「統合的構造化発明思考法」) [3] の研究である。そのバックグラウンドから、上記の(a)〜(h) のそれぞれのアプローチを多かれ少なかれ、学び、実践し、研究してきた。
その上で、本論文において、改めて提唱したいことは、表題のように、「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論を確立しよう」ということであり、「そのような方法論を広く普及させて、さまざまな分野・領域で適用し、広く問題の解決と課題の達成に貢献できるようにしよう」ということである。
このような提唱の土台は、USITの研究から生まれた、「創造的な問題解決の新しいパラダイム」としての「6箱方式」という考え方である [4]。それは科学技術やTRIZで一般的に知られている、問題解決における (抽象化の)「4箱方式」[3] を大きく変えるものである。「4箱方式」が多くの場合に本当の抽象化になっていず、知識ベースに蓄えたモデルへのあてはめであり、モデルの解決策をヒントとして、自分の問題での具体化を考えるという、アナロジー (類比思考) になってしまっていることへの反省から生まれている。「6箱方式」と呼ぶ新しいパラダイムは、上記の(a)〜(g)の種々のアプローチを位置づける枠組みを与え、統合的な体系化 (上記の(h)のアプローチ) の土台になりうるものである。それは、技術分野を中心に発展したものであるが、大きな考え方としては、非技術の分野にも適用可能な方法論である。
本論文では、まず、従来の科学技術の「4箱方式」と対比して、この「6箱方式」が創造的な問題解決の「新しいパラダイム」であることを説明する。その上で、上記(a)〜(g)のアプローチを吸収・統合して、6箱方式のパラダイムを土台として、「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論」を構築するビジョンを示す。その方法論は、技術分野ではすでに随分明確になっており、非技術の分野でもほぼ同様に構築できるものである。
2. 従来のパラダイム (「4箱方式」、類比思考、知識ベース) の問題点
2.1 従来の創造的な問題解決のパラダイム: 抽象化の「4箱方式」
従来型の「創造的な問題解決」のパラダイムは、図1に示す「4箱方式」がその典型である。これは科学技術分野で広範に前提され、利用されているものであり、TRIZのベースにもなっている。
図1. 「創造的な問題解決」のための従来のパラダイム: 抽象化の「4箱方式」
この方式では、ユーザが抱えている (技術的/非技術的な)具体的な問題 (第1箱) について、その解決策を考えようとするときに、具体的な個別のレベルで考えようとするのでなく、問題を抽象化・一般化して考えることを推奨する。抽象化・一般化することは、問題の本質を取り出して、単純化して考えることであり、抽象化したレベルでは、いままでに多くの人たちが扱った問題と類似の (同じパターンの) 問題になるだろうからである。多くの分野で、それぞれの分野とその理論に依存して、問題がさまざまに一般化して整理・定式化されており、一般化した問題に応じた (既知の) 一般化した解決策がまとめられている。一般化したレベルでの、問題とその解決策の組は、分野ごとの理論を形成し、その適用事例をも含めて、分野ごとの知識ベースとして蓄積されていることが多い。そこで、自分の具体的な問題を抽象化して、(知識ベース中の) 適切な「一般化した問題」(第2箱) として理解し、それに対して与えられている「一般化した解決策」(第3箱) を知って、それを参考にして、自分の「具体的な解決策」(第4箱) を考え出そう (具体化しよう) とするものである。
分野ごとの典型的問題であるなら、この「4箱方式」はスムーズに働く。どのような理論 (知識ベース中のモデル) を適用するのがよいか、どのように抽象化し、どのように具体化するのがよいかが、分野の知識として蓄積されているからである。しかし、「創造的な解決策を要する問題」というのは、(その当事者が知っている) 分野や既知の理論・モデルをあてはめることが困難な問題である。どのようなモデルにあてはめるとよいのかがなかなか分からない。(解決した後で振り返って見ると) 当初分からなかった異なる分野の何らかの知見 (理論・モデル・事例など) が参考になったということが多い。
2.2 類比思考の活用と 等価変換理論
そこで、この「4箱方式」のパラダイムは、いろいろなヒントを積極的に探して (あるいはヒントになる可能性があるものをどんどん提示して)、類比思考を活用しようという方法に近づく。ヒントとなるのは、(理論・モデルのレベルの場合もあるが、) 多くの場合に別の (しばしば予想外の) 具体事例である。ヒントの具体事例に自分の問題との (ある意味での) 共通点を見出し (抽象化して初めて共通の意味になる)、そのヒントの解決策を参考にして自分の解決策として具体化を図る。この類比思考は、人間の脳の活動のしかたと親近性があるようで、多くの発明などの実績がある。ただし、何がヒントとして使えるのかは、分からない。人間の脳は、膨大な試行錯誤をして (そのためにしばしば長時間、長年月をかけて) 、あるときに思いがけないきっかけでヒントを見つけ、そのエッセンスを (ひらめきとして) 直感して、自分の解決策の明確な手がかりを掴む。
類比思考を積極的な方法として組み上げたものが、市川亀久彌の等価変換理論 [5] である。その方式は図2のように書ける [4]。
図2. 等価変換理論の構造
この図の右端の「解決したい問題 (の系)」が、4箱方式の第1箱にあたる。矢印のように、問題の観点を明確にし、目的とする機能を明確にする過程が第2箱への抽象化の過程である。ついで、4箱方式の第2箱「一般化した問題」を明確にするために、(試行錯誤の) 探索を行い、ヒントになる具体例を見出し、その具体例のもつ特殊条件を捨象している。その過程はまた、本質的条件と実現機能を明確にすることであり、その情報が第3箱の一般化した解決策に相当する。これを手がかりにして、(特殊条件を導入して) 具体化を行い、「構成された解決策」(すなわち、4箱方式の第4箱) を得ている。
このように対応づけて理解すると、等価変換理論の本質は、(技術的な) 問題を解決するために、「機能」の面を中心に抽象化し、(必ずしも一般化した知識ベースを用いずに) 別の具体例 (ヒント事例) の中に同じ機能の別の実現法を見出して、それを自分の問題の解決策として具体化していると言える。
2.3 TRIZにおける創造的問題解決:4箱方式の活用と技術の知識ベースの構築 [1, 2]
旧ソ連で ゲンリッヒ・アルトシュラーが樹立したTRIZは (多くの技法を持つがその主要部は)、図1の「4箱方式」を土台にしており、世界の特許データベースの内容的な分析から、技術分野の創造的問題解決のために有用な、種々の知識ベースを構築し、複数の技法として確立した。その代表的なものを図3に示す。
図3. TRIZにおける問題解決の基本方式 (「4箱方式」を土台に、各種の知識ベースを構築)
この図で表現しているのは、「4箱方式」を採用していること、「一般化した問題」と「一般化した解決策」の組が4種 ((a)〜(d)) あり、それぞれが大規模な知識ベースを持った理論と技法になっており、各組が別個に利用されることである。これらの知識ベースは、TRIZ教科書 [2] に印刷されているとともに、より大規模なものがソフトウェアツールとして利用可能になっている。この4種を簡単に説明する。
(a) 目標とする機能を知って、「物理的効果の知識ベース (Effects 知識ベース)」からその機能を実現するさまざまな原理とその応用法、具体的な適用事例を検索する。この知識ベースは、科学技術の原理と応用を網羅したもので、機能から実現手段を検索する形に整理ずみのものである。前述の等価変換理論が探し求めるヒントとして、良質で高度で網羅的な情報をTRIZの知識ベースは与える。
(b) 「進化のトレンド」というのは、さまざまな技術システムにおいて、その各種の側面が発展する主要な方向と段階を、(技術システムの種類に依存しない形で) 整理した知識ベースである。さまざまな側面での発展の方向と、各段階でのジャンプの指摘が、新鮮な (挑戦的な) 刺激を与える。
(c) 技術分野における典型的な問題は、あるシステムの一つの側面を改良したいのだが、既知の手段で改良しようとすると、別の側面が悪化して、うまくいかないことである (TRIZではこれを「技術的矛盾」と呼ぶ)。アルトシュラーは、39の側面 (パラメータと呼ぶ) を取り上げ、改良したい側面39 ×悪化する側面39 のマトリックスで問題領域を表現した。そして、膨大な数の特許を調べて、それぞれの特許が39×39のうちのどの問題を扱っており、どんな解決策を適用したのかを判断した。解決策を一般的に表現するためには、特許のアイデアのエッセンスとして予め抽出した「40の発明原理」を使った。これによりアルトシュラーは、39×39のマトリックスの各枡目に、従来最もよく使われてきた発明原理4種を表示した「矛盾マトリックス」を作成して、公開した。これを利用するには、自分の問題を、改良したい側面 対 悪化する側面として表現し、矛盾マトリックスからその種の問題によく使われてきた発明原理(4種) を知り、それをヒントとして自分の解決策を考えだせばよい。なお、近年Darrell Mann らが、1985年以後の米国特許を分析して、この矛盾マトリックスを大幅に刷新してきている [6]。
(d) 「物質-場モデル」というのは、システムの働きの中核部を、二つの物 (「物質」) の間に働く相互作用(「場」)として表現するモデルであり、機能の表現に近いものである。アルトシュラーはこの図式で表現したときの各種の問題を、76のケースに分類・整理し、それぞれの場合に推奨される一般的な解決策を提示し、それらを「76の発明標準解」と呼んだ。
これら (a)〜(d) で共通する考え方は、個別の産業/製品/技術などの分野に限定されず、(技術的な)広範な分野・領域に共通して使えるようにしていることである。創造的な問題解決にとって特定分野に限定されない考察が必須であることを考えると、このTRIZのアプローチは大きな進展をもたらせたと言える。
しかし、TRIZの上記の方法の弱点は、(a)〜(d) の各方法において、自分の問題を抽象化・一般化する観点が限定されていることである。各観点で、知識ベースにある一般化した問題の表現からあてはまるものを探す。そして、知識ベースが教えてくれる一般化した解決策をヒントとして用いて、自分の問題に具体化する。うまくいかなかったら (望ましい解決策が得られなかったら) 別の方法を試みる。このやり方では、個々の観点で深い分析をするが、自分の問題についての全体的な理解を得ることが難しく、それに対応して、解決策の視野が部分的になる恐れがある。また、方法ごとに大規模な知識ベースを必要とし、方法の習得を困難にしている。
3. 創造的問題解決の新しいパラダイム: USITの「6箱方式」 [4]
USITは、米国の Ed Sickafus が1990年代後半に開発したものである [3] が、それを1999年に日本に導入し、以後拡張・発展させてきた。日本での改良は、TRIZの解決策生成法のすべてを取り込んで再編成し、「USITオペレータ」の体系を作ったこと [7]。また、USITの全体プロセスの理解から、「6箱方式」という概念を得、それが創造的問題解決の「新しいパラダイム」であることを提唱したことである [4]。図4に、この「6箱方式」を図示する。
図4. 創造的な問題解決の新しいパラダイム:(USITの)「6箱方式」
この図は、問題解決の全プロセスを「データフロー図」の形式で表したものである(図1〜図3も同様)。フローチャートが処理プロセスを記述していくのに対して、データフロー図は入力・中間・出力の情報を記述していく。「6箱方式」で記述されている各箱の内容を以下に説明する。
(1) ユーザの具体的問題:現実世界における具体的な問題であり、社会・ビジネス・技術などの多くの側面が関連している。この中で、本当に解決したい問題を取り出して明確にする必要がある。
(2) 適切に定義された具体的問題: 問題解決の思考の世界に持ち込むにあたり、何に困っているのか (望ましくない効果)、何をしたいのか (課題宣言)、状況のスケッチ (概念的な図示)、考えられる根本原因、関係するオブジェクト (構成要素) の最小限の組、などを明確化したものである。
(3) 現在システムの理解 + 理想システムの理解: 現状と理想の両面から、分析して理解を作る。現在のシステムを理解するには、システムの構成要素 (オブジェクトという) 、構成要素の性質 (特にそのカテゴリとしての「属性」)、構成要素間の作用 (あるいは機能) という概念を使い、さらに空間と時間を常に考慮する。現在のシステムでは、構成要素たちが相互にどのように働いて、システムとしての機能を果たすように設計されているのか? その現在システムで起こっている問題 (困ったこと) に関与しているオブジェクトとその属性は何か? 問題をより大きく (深刻に) する属性は何か? 問題を小さくする (抑制する) 属性はなにか? また、このシステムの (機能のしかたや問題などの) 空間と時間変化に関する特徴を理解する。また一方、問題が解消された理想の状況をイメージして、理想のシステムの望ましい振る舞い、およびそのような振る舞いをするために考えられる望ましい性質を考える。この第3箱が、(4箱方式の場合の) 「一般化された問題」に対応する。
(4) 新しいシステムのためのアイデア: これは現在のシステムのどこをどのように変えればよいか、あるいはどこにどのような方式を導入すればよいかといった、基本的なアイデアである。このようなアイデアを得る方法はいろいろある。たとえば、USITオペレータ [7] は、(3) で (機能分析などの図式に表現して) 明確化した現システムの要素にいろいろな変換を施して、(4)のアイデアに導く (これは、TRIZで発明原理をヒントとして示すのと似ているが、より明示的である)。しかし、多くの場合に、(図4の点線のブロック矢印で示したように) われわれの脳は、(3) の理解を導く過程でごく自然に新しいシステムのアイデア(4)を生成してくる。なお、アイデアを多数生成することはツールなどで支援できるが、大事なのは、「どのアイデアが本当により優れた新しいシステムの核になりうるか」を判断することであり、それは(問題解決の方法の知識ではなく) 当該分野の素養を必要とする。
(5) 解決策のコンセプト: 上記(4)のアイデアの周りに肉付けをして、「これできっときちんと動くはずだ」という、概念レベルでの新しい解決策を構築する。科学技術の知識ベースなどからいろいろな事例を参考にすることもできるが、基本的には (新しいアイデアの) 当該分野の素養・技術が必要である。なお、(2)から(5)までが、問題解決の「思考の世界」である。
(6) ユーザの具体的解決策: 実際の製品やプロセスの中に組み込んで実現する具体的な解決策である。シミュレーション、試作、設計、生産などの現実世界での活動が必要であり、技術だけでなくビジネス的・社会的な判断・方針決定がなされる。
この「6箱方式」を「新しいパラダイム」であると主張するのは、つぎのような論拠である。
・ (技術の) 分野に依存せず、また概念的に一貫した標準の方法を使っている。
・ 自分の問題を筋道を追って分析し、(知識ベースからモデルを持って来るのでなく) 問題を一般化した理解に達している。
・ (4箱方式が含んでいる) 類比思考への依存がない。
・ 現実の世界での活動 (図4の下半分) と思考の世界での活動 (上半分) とを明確に位置づけた。
・ 活動の主たる担い手を明確にした。 (問題解決の方法論の習得者は、全体のファシリテータであり、(2)→(3)→(4) の段階で主要なリード役をするが、全体の主たる活動は当該テーマの技術者である。)
4. 創造的な問題解決・課題達成の一般的方法の必要性
問題解決・課題達成が広範に必要とされ実際に行なわれていること、特に「創造的」な解決と達成が必要であるが困難であることは広く認識されている。またそのための方法として種々のアプローチがあり、個別的な方法が作られていることも 1.節で述べた。しかし、それらを統合した「一般的な方法」という意味では、従来不十分であったことを2. 節に述べ、最近その手がかりが得られたことを 3. 節で述べた。
そのような一般的な方法の必要性を考えるには、それが得られたときの効用を考えるとよい。「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法」が出来たとすると、それを適用して実際に問題解決・課題達成を行うことが期待される領域は広範であり、そのような方法を普及させて、能力を教育・養成することの意義・効果は測り知れない。それらの領域を全体的に俯瞰すると、図5のようである [8, 9]。
図5. 「創造的な問題解決・課題達成の方法」の適用と教育・普及が求められている領域
イノベーションの必要が叫ばれ、創造的な問題解決の諸方法の導入が早くから試みられてきたのは、産業界である。TRIZの場合には、製造業の大企業を中心に普及が進んだが、中小企業でも、他産業でも同様に適用可能でその効果は大きいはずである。また、創造的な問題解決・課題達成の素養・能力を身につけることは、非常に有効なことであり、企業内研修だけでなく、大学においても教育されるとよい。さらにこのような創造的な能力は、子どもの教育 (家庭教育、小中高の学校教育) においても、大学・大学院・研究機関の研究・教育においても、広範に身につけさせるとよい。そのような能力を身につけ、方法を習得した人々が多く出てくれば、産業界だけでなく、国や地方の問題、社会の問題、身の回りの問題などにさまざまに適用することができる。そのためには、マスコミ・出版などによる啓蒙普及活動が必要・有効である。
筆者は上記の図を、当初は「TRIZ」あるいは「TRIZ/USIT」を中心に置いて作成した。TRIZ/USITには、これだけの適用範囲があり、普及が望まれると考えたからである。しかし、図5の俯瞰する領域は非常に大きく、この図が持つ社会的意義も非常に大きい。そして、この図に関与するさまざまな人たち (要するに国民全体) が欲しいのは、(TRIZ/USITその他の)個別の技法・方法ではない、と筆者は気がついた。もっと一般的な「創造的な問題解決・課題達成の方法」であり、それを教育・習得・適用・普及させることが望まれているのである。そこで筆者が認識した全体目標は、「 創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法を確立し、広範に普及させて、国全体 (おび世界) のさまざまな領域での問題解決・課題達成に適用する」ことである [8, 9]。
5. 創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法の構想 [9]
ここで掲げている一般的な方法は、1. 節の種々のアプローチ (a)〜(h) の良いもの (分かりやすく、使いやすく、有効であるもの) を取り入れつつ、全体を再構成したものである。再構成の枠組みには、3.節で説明した「創造的な問題解決の新しいパラダイム: 6箱方式」を土台にすることができる。このような再構成は、(広範な) 技術分野に対してTRIZ/USITがすでに随分行なってきている。そこで、技術分野に対する「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法」の構想は図6のようである [9, 10]。
図6. 「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法」の構想 (技術分野用)
図の中央部に、この方法論が持つべきプロセス (6箱方式の第(2)箱→第(5)箱が中心) とその各段階での (下位の) 方法を示す。左の部分はこの方法論を適用する前段階 (6箱方式の第(1)箱→第(2)箱が中心) に関係した要請を示し、右の部分はこの方法論を適用した後の段階 (6箱方式の 第(5)箱や第(6)箱が中心) に関係した要請を示す。中央下部は、この方法論が備えるべき外部要件 (特に、学習・普及のための資料・機会など) を示す。以下には中央部について説明する。
この一般的な方法 (方法論) は、明確な全体像を持っているべきであり、それは「全体プロセス」として明示される。その主要プロセスは、6箱方式をパラダイムとしており、図に太字で示しているように、問題を捉える (第(2)箱の導出)、現在システムを理解する と 理想をイメージする (第(3)箱の導出)、アイデアを生成する (第(4)箱の導出)、そして、解決策を構築する (第(5)箱の導出) である。
この各プロセス内で必要なこと/望ましいことをさらに列挙している。これらには、すでに十分明確で有効な方法が (種々のアプローチの成果として) できているものと、いろいろに提案されていてもまだ十分に明確でなく、有効性が限定されているものとがある。紙数が限られているので、本論文では詳細な議論ができないのは残念である。
つぎに、非技術の分野、特に人や組織や社会が関係する問題の分野を考えよう。「技術分野から進展した方法は、非技術の分野には使えない/使いものにならない」と考える人が (人文・社会系の人にも、理工系の人にも) 多い。非技術の分野では 人とか組織とかがシステムの構成要素であり、それらの間の関係 (相互作用) は、人間の内面や文化に関わり、自然法則のように単純ではない。そのため、問題の状況が複雑で、因果関係やしくみを明確にすることが難しい場合が多いからである。それでも、(TRIZ/USITなどでも)技術分野から非技術分野へと適用範囲の拡大が進められ、適用事例が作られ、適用方法が明らかになってきている。その結果、非技術分野に適用する「創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法」の構想は、図7に示すように得られた [8, 9]。
図7. 「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法」の構想 (「非」技術分野用)
この図で明確なように、「非」技術の分野に対しても、「6箱方式」のパラダイムは、ほぼそのままで適用できる。下位の方法にはいろいろな調整や、新しい考えの導入を必要とするだろう。「理想」という言葉に加えて「ビジョン」という言葉を取り入れているのも、そのような調整の一つである。従来から非技術の分野で作られ、使われてきたいろいろな方法も、図7の枠組みに取り入れることができる。なお、1.節に述べた、「(e) 当事者のメンタル面を重視し、環境を整えるアプローチ」は、(技術分野でもそうだが) 非技術の分野での適用において特に注意するべきことである (非技術分野で、当事者の利害と価値観が対立している場合には、相手を理解した上で新しい解決を求めるという心理的態度を双方が持つことが、成功への本当の鍵であることが知られている [例えば、10])。
6. おわりに
以上に述べたように、社会から求められているのは、(創造的な)「問題解決・課題達成」の方法であるが、互いに競合し批判し合う個別の方法ではなく、全体的に統合され、互いに適切に位置づけられあった (下位の) 方法を集めたものである。本研究はそのような一般的な方法についての構想を明確にし、提唱するものである。そのような一般的な方法の確立には、本フォーラムの提唱する「共創」の考え方が必要である。
参考文献 [注: 各文献のリンクを追加しておきます(2013. 6.14 中川)]
[1] G. Altshuller (1984) Creativity as an Exact Science、Gordon & Breach
[2] D. Mann (2004) 中川徹監訳『TRIZ 実践と効用 (1) 体系的技術革新』、創造開発イニシアチブ。
[3] E. Sickafus (1997) Unified Structured Inventive Thinking: How to Invent, Ntelleck
[4] 中川徹 (2005)「創造的問題解決の新しいパラダイム−類比思考に頼らないUSITの6箱方式−」、日本創造学会第27回研究大会; 『TRIZホームページ』再録(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2005Papers/NakaJCS-USIT6Box0510/NakaJCS-USIT6Box051129.html)[2013, Feb. 15]
[5] 市川亀久彌 (1970)『創造性の科学−図解・等価変換理論入門』、日本放送出版協会。[ 関連解説論文]
[6] D. Mann ら (2005) 中川徹訳『TRIZ 実践と効用 (2) 新版矛盾マトリックス (Matrix 2003)』、創造開発イニシアチブ..
[7] 中川徹・古謝秀明・三原祐治 (2002) 「TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの 5解法に単純化する」、ETRIA TRIZ Future 国際会議2002; 『TRIZホームページ』に和訳掲載 (http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2002NakaPapers/ETRIA02USIT0209/ETRIA02USIT020905.html)[2013, Feb. 15]
[8] 中川 徹 (2012) 「問題/課題を捉えるための複数モデルによる考察法:創造的な問題解決/課題達成の方法の確立と普及のために」第8回 日本TRIZシンポジウム 2012; 『TRIZホームページ』に再録 (http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2012Papers/Naka-TRIZSymp2012-Models/Naka-TRIZSymp2012-Models-121128.htm)[2013, Feb. 15]
[9] 中川 徹 (2012) 「創造的な問題解決・課題達成の方法の体系を確立し、普及させる−複数モデル構築法が導いた新しい目標の認識−」、『TRIZホームページ』(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jpapers/2012Papers/Naka-GeneralPSMethod/Naka-GeneralPSMethod-121130.htm)[2013, Feb. 15]
[10] S.R. コヴィー・B. England (2012) フランクリン コヴィー ジャパン訳 『第3の案』、キングベアー出版。
[注: 本件に関連した私の一連の発表物と半公式資料について、つぎの解題と詳細資料を参考にしていただけますと幸いです。
研究ノート (「解題」): 「若い人たちにTRIZを普及させるために」から、新しい目標「創造的問題解決・課題達成の一般的方法の確立へ」に至った過程 (2012年5月〜11月)、中川 徹、『TRIZホームページ』 2012年12月5日掲載。]
発表スライド : スライドPDF [注: 詳細を記述しているスライドは、PDF 版をも参照いただきたくお願いします。]
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最終更新日 : 2013. 6.22 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp