TRIZ/USIT論文: 教育実践 | |
「創造的な問題解決の思考法」の教育実践 | |
中川 徹 (大阪学院大学 情報学部)、 2006年11月27日 | |
大阪学院大学『人文自然論叢』掲載予定 (2007年 3月) | |
許可を得て掲載。無断転載禁止。 [掲載:2007. 1.11] [追記: 英語論文掲載: 2007. 5. 6] |
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編集ノート (中川徹、2007年 1月10日)
本稿は、表記のように私の大学の紀要の一つ『人文自然論叢』に投稿し、3月に掲載予定のものです。同誌編集委員会の許可を得て、同誌での発表に先立って、本『TRIZホームページ』に掲載させていただきます。また、表現の推敲の示唆をいただきました学内審査委員の先生に感謝いたします。
本稿は私の大阪学院大学情報学部での教育活動のほぼ全体 (特に、創造性教育に関する部分) を記述したものです。私は1998年に大阪学院大学に加わり、最初は情報学部準備室所属、2000年の発足以後情報学部所属で教えています。当大学の情報学部は、随分幅が広く、現在、コンピュータサイエンスコースとヒューマンサイエンスコースとからなっており、私のゼミは両方のコースの学生を受け入れています。本稿に書いたもの以外で現在教えているのには、全学部の1年次配当の一般教育科目「コンピュータ・サイエンス」がありますが、重点が大分違うので本稿ではとりあげませんでした。
大学教育に携わっておられる方々、企業や社会で活動しておられる方々、そして学生諸君など、いろいろな方に読んでいただき、ご参考にしていただきますとともに、ご助言・ご指導いただけますと幸いです。
[追記 (中川、2007. 5. 6) : この論文の主要部分を英語論文にして、TRIZCON2007で発表しました。"Classes of 'Creative Problem-Solving Thinking' -- Experiences at Osaka Gakuin University --", Toru Nakagawa, TRIZCON2007, Louisville, Kentuckey, on Apr. 23-25, 2007. HTMLのページ、論文PDF、スライド PDF.]
目次:
2. 大学1年生のゼミナールなど: 意欲と意識、書く力、発表、レポートの書き方
2.1 ゼミナールIB: 「読み、書き、発表」の訓練
2.2 総合科目I: 「創造的な問題解決の思考法 -- 大学生活で何をしようとするのか?」
2.3 「レポート (論文) の書き方」3. 情報科学の専門科目の中での教育: 数値計算とソフトウェア工学
3.1 「数値計算」: Full BASIC による自由課題のプログラミング
3.2 ソフトウェア工学: 自由課題によるソフトウェア計画・設計のグループ演習5. ゼミナールII と卒業研究: 創造的問題解決の思考法の演習
5.1 ゼミナールII: 創造的問題解決の思考法の共同演習
5.2 卒業研究: 創造的問題解決の共同演習から独自課題研究に
5.3 卒業研究の成果: 『学生による学生のためのTRIZホームページ』参考文献
「創造的な問題解決の思考法」の教育実践
中川 徹
大阪学院大学 情報学部
2006年11月25日
大阪学院大学『人文自然論叢』掲載予定 (2007年3月)
概要:
学生たちに、自分の身近な問題、技術的な問題について、創造的に考え、問題解決をする考え方を身につけさせるように教育し、また、自分の考えをきちんと話し、レポートなどの文書に書き、プレゼンテーションを行うなどの訓練をしている。情報学部におけるゼミナール、授業、卒業研究などを活用した筆者の取り組みを紹介する。ここで取り上げているのは、(a) 1年次のゼミナールでの発表と実務文書の書き方の訓練、レポート(論文) の書き方の教育、(b) 情報科学の専門科目における自由課題のプログラミング、およびソフトウェア計画・設計のグループ演習、(c) 2年次後期の、技術革新の技法TRIZ/USITを導入した「創造的問題解決の方法論」についての一学期間の講義、(d) 「創造的問題解決の思考法」を主題とする3年次ゼミナールでの共同演習および4年次での卒業研究、などである。その教育内容とやり方を詳しく述べ、学生たちの適用事例の一端を紹介する。
1. はじめに
「学生たちにどんなことを、どのように教えるのがよいのか?」は、私たち教員にとっての大きな問題である。新入生たちの基本的な学力が低下してきており、勉学の意欲が必ずしも高くない状態でスタートしなければならない。一方、社会は卒業生たちに、「即戦力」という表現で安易なスキルを求め、その一方で協調性やコミュニケーション力などの無形のものを求めている。一般教養としての広い範囲の理解、きちんと使える外国語能力、(情報学部でいえば) 自然科学の基礎的理解、本当に使える技術の力、そして深い人間性など、本来大学で教育すべきことのどれをとっても、本当に不十分にしか教育できていないのが現実である。
しかし、学生たちの学力や意欲の低下だけが主要な問題ではない。それだけなら、いわゆる「学校の優等生」が、もっと実力を持ち、社会に役立つ素養を備えているはずだろう。(会社でなく) 社会で本当に優れた仕事ができる人材を育てるには、学生たちに何をどのように教えるのか? このような問題意識でさまざまな試みが随所で行われているわけであり、本稿には私自身の一連の試みをまとめて、ご参考に供するとともに、ご教示をいただきたいと思う。
私が学生に伝えようとしている主要なテーマは、表題のように「創造的な問題解決の思考法」である。実社会での問題、将来実際に担当するであろう技術の問題について、自分の頭で (あるいは自分の全身全霊で) 創造的に解決していくための考え方を、身につけさせたいと考えている。(受験の意味での「問題」ではなく) 広い意味での「問題解決」のやり方のことであり、情報科学などの専門分野に限定しない一般的な方法のことである。また、問題解決にあたって、共同作業をし、きちんと考えを表現・発表する能力なども含んでいる。
具体的な内容に触れる前に、私自身のバックグランドと、このような一般論を教えるに至った基礎について、簡単に述べておきたい。私は、大学で物理化学を学び、大学助手として実験と解析の研究をした。その後、企業研究所で情報科学の研究をし、ソフトウェア開発の品質向上の運動に関わった。1998年に当大学に移ったが、その前年に「TRIZ」という技術革新の方法論を知り、以後大学での教育と並行して、TRIZの研究と産業界への普及に尽力している。これらのすべての経験が、本稿の主題の教育内容に反映している。
なお、本稿での大きな基礎になっているTRIZ (トゥリーズ、「発明問題解決の理論」) について少し補足しておく [1]。これは、旧ソ連でG.S.アルトシュラーが開発・樹立したもので、多数の特許の分析をベースにして、科学技術を整理した種々の知識ベースを作り、発明の技法 (創造的問題解決の思考法) を体系化した方法論である。冷戦終了後に、米・欧・日・韓に普及し、製造業を中心とした産業界、および技術関連の創造性教育に取り入れられてきている。私は、1998年に『TRIZホームページ』[2] と呼ぶWebサイトを創設し、編集者として、多数の記事を執筆・翻訳して和文・英文で発信している。私自身が推進しているのは、TRIZをすっきりと分かりやすくしたUSIT (ユーシット、「統合的構造化発明思考法」) という技法 [3] である。
私が教えている科目で本稿に関連しているものをまとめると、表1のようである。一部には過去に担当して現在は担当していないものもある。以下には、基本的にこれらの科目単位で記述する。
表1. 教えている科目とその内容
2. 大学1年生のゼミナールなど: 意欲と意識、書く力、発表、レポートの書き方
2.1 ゼミナールIB: 「読み、書き、発表」の訓練
大学1年生に対するゼミナールは必修であり、少人数による導入教育として位置づけられている。当情報学部の場合、2000年の学部開設当初は、通年の週1回 (90分授業) で、5人程度を対象にし、内容は各教員に任されていた。その後、新入生の基礎学力の低下を背景に、それを補うため学部全体で統一テーマとし、前期を「ゼミナールIA: 数学基礎演習」とし、後期を「ゼミナールIB: 読み・書き・発表の訓練」とした。教員はどちらかを担当することになり、私は後期を担当している。私の場合、当初通年で行っていた内容を、半年間に削減・圧縮した。対象人数は年度で変動して12〜5人である。
ゼミナールIBで最初に行うのは、NHK総合テレビの名番組『プロジェクトX 挑戦者たち』 [4] のビデオを鑑賞して、その感想を話し合うことである。その意図は、ゼミナールの学生たちがお互いに自分の感じたことを話す場をつくり、仲間作りとともに、自分の考えを話す・発表することに馴染ませることである。話す内容の共通基盤を作るためにビデオを使っているが、それ以上に、この番組が持つ挑戦者たちのさまざまな開発物語の感動を共有したいからである。この番組が2005年末に終了したのは残念だが、録画 (DVD) と出版物とを今後も利用できる。
多くのプロジェクトの中で愛用しているのは、「魚群探知機の開発」、「マイカー スバル360の開発」、「自動改札機の開発」、「広辞苑の編纂」、「VHSビデオの開発」の 5番組で、この順に鑑賞している。
まず、ビデオで番組を鑑賞し(45分)、各自に感想を受講カードに書かせ (5〜10分)、そして順番に感想を話させてその要点を私が模造紙に書きとめていく (30〜35分)。(白板に直接でなく) 模造紙に書くのは、各回分担してワープロ化させるための便宜である。感想は、「どういう点をどう感じた」というひとまとまりずつで話すように誘導する。どんどん話す学生もいるが、受講カードには書いているのに、なかなか話せない学生も少なくない。感想を述べることは、自分をさらけ出すことだから、それを躊躇するのであろう。家族の絆や愛情、逆境・窮地の中での努力、技術の壁とその克服、組織やチームでの協力、達成の喜び、いまの社会で当たり前の技術や製品がそのようにして開発されたのだという驚き、などが少しずつ具体的な例を挙げて話され書き並べられていく。私は、学生に話を促し、ときどき質問を加え、説明を敷衍させ、話の発展方向を誘導したりする。はじめの1、2回目のゼミナールではあまり話さなかった学生が、段々素直に話すようになるのが、うれしいことである。
4番組 (または 5番組) を見終わった段階で、鑑賞して思ったことを「感想文」としてレポートにまとめさせている。感じたことを定着させるのが主目的である。番組の印象が強いから、思い出すことはそれほど難しくない。ただ、このレポートをどう指導するかは難題である。表現が稚拙なところを直すことができても、書いている「感想」そのものを直すことはすべきでないと考えている。感受性そのものはもっと年少の段階で、もっと時間を掛けて指導すべきことであろう。
ゼミナールIBでつぎに行っているのは、「実務の文章を書く」訓練である。その教材に、倉島保美のWebサイト「日本語ライティングの世界」 [5] のテキストを使っている。同氏の主張、「文章には、大きく分けて、楽しみのための文章と実務のための文章とがあり、それらの書き方は基本的に違う」、「学校教育で、実務のための文章 (論文、レポート、提案書など) の書き方がまったく教えられていないのが問題である」という点に私は共感する。
私自身は、大学院生のときに、論文の書き方 (特に英文) を教授・助教授の先生から懇切丁寧に指導いただいた。真っ赤になるほどの推敲を5回から10回していただいて、ようやく論文になった。その後いくつもの論文や解説を和文・英文で書いた。しかし、39才で企業に移ったとき、私が書いた4〜5頁の簡単な提案書は、企業の実務のセンスではまったく使いものにならなかった。要点だけを、A4の1頁以内にもっと簡潔に、分かりやすく、あまり感情を入れずに書けというのである。その要領を習得するのに1〜2年掛かったように思う。
ゼミナールでは、倉島のテキストの各章 (1〜2頁) を順番に音読させ、簡単に討論した後、「その要点を全員黒板に書け」と指示する。「できるだけ簡潔に、分かりやすく、箇条書きなども使って、さっと読めるようにせよ」と注文する。学生たちに並んで私自身もその場で、書き出す。白板の幅1m程度、横書き10〜15行程度のスペースである。20分位で書かせて、全員で見比べる。書いた学生にポイントを説明させ、私が良いところや改良すべき点を指摘する。学生たちは、自分が書くのに苦労したから、仲間の苦労や工夫が理解できる。そして、最後に私自身の書いたものを説明する。これを90分の授業で 2ラウンドずつ行う。
実務の文章の書き方を説明している文章だから、テキスト自体が小見出しを立てて分かりやすく構成・記述してある。それでも学生たちは最初、いままでの国語教育を反映して、要約した「文章」を書こうとする。ところが、私の要約は、最初の章「日本語ライティングの重要性」の例では図1のようである。学生たちは、「なんだ、表を使ってもよいのか。原文の箇条書きの項目立てを、ほんの少し手直しして表にしただけじゃないか。」という顔をする。それでも、私のものを読んでみると、その簡潔さと分かりやすさが分かるようなって、「実務の文章」とはそういうものかと理解するようになっていく。
図1. 実務の文章としての要約例
ゼミナールIBの最後の3回ほどは、いままでに要約してきたものをスライドに作らせ、「実務の文章の書き方」といったタイトルで、プレゼンテーションの訓練をする。5〜10枚のスライド、5〜10分の発表である。「姿勢をしゃんとして、大きな声で」といった指示もする。順番に何回かやらせて、最後の方では、「もっと、例を使い、アドリブも入れて、興味深く、説得できるように」などと注文する。繰り返すうちに段々学生たちも本気になってくる。
2.2 総合科目I: 「創造的な問題解決の思考法 -- 大学生活で何をしようとするのか?」
この科目は、全学部の学生を対象とした共通科目 (選択) の一つで、「コンピュータとネットワーク社会」という全体テーマのもとに、通年週1回の授業を10人の教員で分担講義した。2000〜2003年に、私は 5月に 3回の講義を担当し、表記のテーマで話した。初年度に話した内容を文章にして、『TRIZホームページ』に掲載した [6]。
新入生たちにとって5月という時期は、大学におけるさまざまな初体験が一段落して、高校までの束縛や規律から解放されて、「なんでも自分でやってよいよ」といわれている時期である。いわゆる「五月病」は、「そういわれても何をやったらよいのかが分からない」という戸惑いと落ち込みの症状である。そのような時期に、大学生活全体、自分の将来全体を見渡して考えるための、考え方を伝えたいと思った。
その内容は表2のような構成である。
表2. 「創造的な問題解決の思考法 -- 大学生活で何をしようとするのか?」 内容構成
1. はじめに -- この話の趣旨
2. 人生の大事な問題には「正解」がない -- 自分で捉えて、考えることの必要性
3. 問題をとらえる -- 問題意識をもつ、問題の範囲を考え問題を設定する、問題の性格を知る
4. 問題を解く意欲と動機をもつ -- 「心」の問題: 自分の可能性を信じる、自分を客観的にみる、感動する心、きっかけをつかんで集中する、視野を広く、感情に関わる問題の克服、人に話す・人の話を聴く、積み重ね、転んでもまた起きる、ゴールは一つでない
5. 問題を分析する -- 現在の状況を図に描く、言葉で書き出す、KJ法流のまとめ方、原因を分析する、目的を考える、時間による変化と空間による変化を考える、問題点の核心をみつける
6. 問題の解決策を考える -- 解決策をできるだけ広く列挙する、原因に対応した解決策を考える、先人の解決策を参考にする、できることから書き出してみる、目標・理想から考える、解決策を整理・体系化して考える
7. 問題の解決策を具体的にする -- 解決策の方向を評価する、利用できる「資源」を考える、解決策の手順のアウトラインを書き出す
8. 解決策を試行・チャレンジし、フィードバックする -- 解決策を実際に試してみる、良いところを伸ばし悪いところを改良する、実行しながら考える、思い切って飛び込む
9. 実践を継続し、段階的に上昇する -- Plan-Do-Check-Actionのサイクルを回す、継続した活動と実践、段階的・らせん的な向上
10. おわりに
受講生の大部分は文科系の学生たちであるから、技術上の問題解決ではなく、もっと一般的な自分たち自身にとっての問題、すなわち、自分の大学生活と人生の問題を例にして話している。もちろん、このようなことは、「人生の智慧」として、「教室外」で体験を通して学びとるべきことが一杯ある。それでも、教室の中で話しておくとよい大事なこと (それでいて、いままで教室の中であまりきちんと話されなかったこと) をまとめて話したものである。受講生たちに、「大学生活で何をしようとするのか?」 というタイトルでレポートを提出させた。随分背伸びした講義内容ではあるが、やはり話しておきたかったことである。
2.3 「レポート (論文) の書き方」
この見出しのテーマを、2000年からゼミナールI (後期) で話し、2001年から2年次後期の「科学情報方法論」の授業の中でも話している。『TRIZホームページ』にその全文を掲載した [7]。
これを話す趣旨は、まず、授業の成績評価で学生に「レポート提出」を要求しても、「レポート」がどんなものかを学生が理解していず、「感想文」のレベルで提出されることが多いからである (受験教育での「小論文」も混乱の一因であり、評論家的なエッセイは「レポート」ではない)。正式の調査・研究のレポートや論文がどのようなものかを、できるだけ早くに教えておく必要がある。情報学部では卒業研究を必修にしており、そのためにも正式のレポート (論文) の書き方 (そして、作り方) を教える必要がある。
この講義資料 [7] は、「レポート (論文) の書き方」 という表題で、正式のレポートの形式に記述している。その構成の概要は表3のようである。
表3. 「レポート (論文) の書き方」の内容構成
表題部 -- 提出先、題名、日付、著者、著者所属、
要約
1. はじめに -- このレポートの趣旨、レポートをきちんと書くことの重要性
2. レポートの目的を明確にする -- 文書の性格、文書の目的、制約条件、課題の大枠を明確にする
3. 中身を作るための調査・研究を行う -- 講義「科学情報方法論」全体を参照
4. 執筆の準備と執筆活動 -- 構想メモ (アウトライン)の作成、執筆資料と基礎原稿を揃える、本文の執筆の開始、推敲
5. レポートの形式と記述すべき項目 -- 表紙部分、概要、序論、本論、結論、参考文献
6. レポートの記述の形式 (略)
7. 文章の書き方の要点 -- 段落と主文、事実の記述と意見の記述、他者の記述の引用と要約
8. おわりに -- レポートの作り方・書き方の要点
9. 参考文献
添付資料 -- メモ書きの例、推敲段階の例大学での自分の勉学の成果は、自分でまとめることが必要であり、他者に評価してもらうには書いたものが必須であること。実社会でなんらかの仕事をし、それを他者に伝えるには、正式の文書 (報告書、提案書、論文など) が必須であることを教え、そのようなレポートの書き方を具体的に教えている。この教育は、2.1節に書いた「実務の文書の書き方」の教育をより明確にしたものでもある。
3. 情報科学の専門科目の中での教育: 数値計算とソフトウェア工学
3.1 「数値計算」: Full BASIC による自由課題のプログラミング
情報科学の専門科目 (選択) として担当しているものに、「数値計算」がある (2004年までは、これに続けて「数理計画法」を教えていたが、いまは担当していない)。 コンピュータ内での数値表現の基本から、数値計算の誤差の概念、乱数の扱い、各種の数学関数とそのグラフ、ベクトルと行列、線形変換と図形の表示、連立一次方程式の数値解法などを扱っている。
数値計算を実際に扱うために、Full BASIC言語でのプログラミングを基本から並行して教えている。BASICは初心者に分かりやすい優れた教育用プログラミング言語であるが、情報のエキスパートの人たちの多くが、1980年代のBASIC (また現在、高校で教えているBASIC) を思い出して「使いものにならない」といい、またマイクロソフトのVisual BASIC のことと誤解する。1993年国際規格のFull BASIC は、高水準プログラミング言語として高い機能と表現力を持っており、数値計算 (の教育) に適している。インタプリタ言語だから学習とデバッグが容易で、グラフィック機能が簡便・豊富に使える (なお、実際に使用しているソフトウェアは商品名Ultra BASIC)。
この授業では、最初の5回の授業の約30分ずつを割いて、BASICプログラミングの講義とデモをし、またそれ以後も毎回20〜30分のパソコン上での自由演習をしている。期末試験をせず、5月末、6月下旬、期末の3回に、自由課題で作成したBASICプログラム各1件のレポートを提出させる。このようにして学生たちが作ったBASICプログラムが、代々の財産としてクラスに蓄積・公開されており、それらを参考にして新しいもの、改良したプログラムを作る。
一期生が乱数を使って花火を打ち上げるプログラムを作り、また、女子学生がクマさんの絵のプログラムを作った。これらがきっかけになって、プログラムはどんどん面白く、活発になっている。女子学生たちの中になんとなく伝統ができていて、「これまでの C言語やJava言語によるプログラミングはよく分からずに落ちこぼれかけていたけれども、BASICでこんな簡単に自分の思い通りの絵やプログラムができるのだ、プログラミングって楽しいものだ」と、開眼する人たちが続いている。乱数やいろいろな数学関数を自然に織り込み、サブルーチンなどの機能を組み込んで使っていることが貴重である。線形代数の深い理解にまで達していない点があるが、やむを得ない。
3.2 ソフトウェア工学: 自由課題によるソフトウェア計画・設計のグループ演習
情報科学の専門科目 (選択) でもう一つ担当しているのが、ソフトウェア工学である。1〜2年生のときにプログラミングを学ぶが、実際に扱うのは数十行〜数百行のプログラムにすぎない。実用のソフトウェアは、数万行〜数億行の規模であり、多人数の開発組織できちんとした計画・設計のもとに開発を進めていかなければならない。この講義では、大規模なソフトウェア開発のための、計画、要求仕様決定、基本設計、詳細設計、(プログラミングは省略)、単体テスト、システムテスト、運用・保守などの段階を、逐一講義している。その中で特に、上流工程の重要性を強調し、顧客の要求を速やかにプロトタイプにして改良していく「構造化プロトタイピング」の開発技法を (通常のウォータフォールモデルでの開発技法と並行して) 説明している。この技法でソフトウェアを計画・設計する演習も行う。
この科目でも定期試験を行わず、グループ演習でのレポート提出で成績を評価している。学籍簿で順に (あるいは飛び飛びに) 5名ずつのグループを指定する (なお、仲のよい者同士でグループを作りたいという要求が毎年あるが、採用しない)。各グループで協議させ、自由課題でソフトウェア開発の計画を立てさせ、共同で計画立案と基本設計をし、各種ドキュメントを提出させる。レポートの提出は、グループでの共同提出のドキュメントと、各人のレポートの両方である。成績はグループに一律ではない。個人レポートの他に、平常での出席と討論の状況、ドキュメントの寄与の状況を観察して加味し、個人単位で成績評価している。もちろん、共同成果が高ければ、グループ平均の評価は高くなる。
学生たちにとってテーマを決めるのがまず難題である。世の中には便利な情報システムやソフトウェアが一杯あるから、思いつくものの多くは既存のものの真似であったり、「そんなのすでにあるよ」といわれたりする。ただ、演習だから、独自に考える限り、厳密な新規性は要求しない。一方、「内部での処理のしかたを自分たち自身でまったく考えることができないようなものはだめ」と指示している。
テーマを決めたら、本当に役に立ちそうな、あると便利なソフトウェアになるように、計画立案させる。「自分でプログラムすればよい」という規模のものでなく、もっと夢のあるものに膨らませよと助言することがある。「誰が本当のユーザなのか、どんなときに使いたいのか、どんな機能があるとよいのか、どんなユーザインタフェースであるとよいのか?」などの、顧客の側からの要求をはっきりさせ、それをいくつかのモデル図式で表現させ、計画書・仕様書としてまとめさせる。ついで、その内部構造を考えさせ、基本設計を共同で作り上げる。
学生たちは同じ学科の3年生であるが、それまでに友達になっていないことが多い。はじめは、話が進まず、気心が分からず、欠席したりといった無責任な振る舞いが生じることがある。そのうちに、だれかがリード役をして引っ張っていき、それに協力してサポートするメンバが現れる。授業の最初の5分をグループの打合せとし、最後の15〜30分をグループ演習の時間にしているが、それでは足りなくて、互いに宿題をし、時間外にも打合せをするようになる。授業の各回最後にグループの進捗状況を簡単に報告させ、6月下旬に中間発表会、学期末の授業で最終発表会を行う。
ソフトウェア自身を開発することは時間的に不可能だが、その入り口までは誘導できている。期末のレポートを読むと、「グループ演習はいままでの授業でなかった新しい体験であり、チームで一つのことをする難しさとその必要性がよく分かった」と書いている学生が多くいる。
4. 「科学情報方法論」: 創造的な問題解決の方法論の授業
これは情報学部の開設のときに、私が希望して作ったまったく新しい科目である。情報科学の基礎科目 (選択) で2年生後期に割り当てている。科学的に情報を扱い、問題を解決するための方法論という意味の命名である。2001年から講義を始めたが、その初年度13回の講義資料の全文を『TRIZホームページ』に掲載した [8]。その後、TRIZ/USITの研究が進み、自分の認識が広がってくるにつれて、内容を少しずつ改訂して講義している。選択で、毎年、50〜70名の学生が履修登録している。2005年度の各回の授業内容を表4に示す。 [注 (2007. 1.10): 下記の表内にリンクしているのは 2001年度の資料であり、2005年度のものではない。その後いろいろな改良があることを留意いただきたい。]
表4. 「科学情報方法論」講義: 「創造的な問題解決の方法論」の内容の構成
この授業が私が伝えたい「創造的な問題解決の思考法」の内容を最もきちんと表しているので、以下にやや詳しく説明しよう。各回90分の講義である。
(1) やさしい導入: 技術革新に必要な柔軟な思考
まず、この科目の趣旨を述べる。「競争の時代にあって、創造的な技術革新が必要である。そのために柔軟に思考して問題を解決する体系的な方法を講義する」。そのような問題解決の考え方を例を挙げて示す。「アルキメデスの王冠の物語」の他に、「車のフロントガラスの縁でのきしみ音をなくす問題」、「ホッチキスの針をむしゃげなくする方法」、「発泡樹脂シートの発泡倍率を向上させる問題」、「水洗トイレの水の使用量を減らす方法」など、TRIZ/USITの適用例から分かりやすいものを選んで、その考え方のエッセンスを説明する。
(2) 科学・技術の研究と学習の方法: 「観察から」、「原理から」、「問題から」のアプローチ
3つの大きなアプローチ法がある。第1は、「観察から」スタートして、経験的知識から仮説を作り、それを検証していく。一見原始的に見えるが、科学を創った基本の帰納法のアプローチである。第2は、「原理 (すなわち、高度に検証された仮説) から」スタートして、科学的推論をベースに、各種の応用場面に適用していく演繹法のアプローチである。原理や適用過程での近似や限界に注意する必要がある。第3のアプローチは、「問題から」、それを分析して、解決策を見出し、適用していく。学校教育で、第1、第2のアプローチがよく教えられてきたが、実社会で必要なのは第3の問題解決のアプローチであり、それをこの講義で教える。
(3) 問題を見つけて絞り込む、情報を収集する
問題解決には、何よりもまず「問題」に気がつくことが大事であり、そのための問題意識が大事である。どうしても解く必要があり、解決すると利益が大きく、社会的ニーズが大きいものを捉えるとよい。問題を大きく考えた上で、問題の核心に絞り込むことが大事である。情報の収集には、インターネットの情報検索だけでなく、図書や学術雑誌などのより深く信頼できる情報を使うべきである。
(4) 「発想」とは何だろう?: 試行錯誤とひらめきと創造性
発想は、「あっ そうだ!そうすればよいんだ!」というような「ひらめき」としてやって来る。長い間考えていた後に、ふっとリラックスしたときにひらめくことが多いことが分かっている。しかし、いつひらめくかは保証がない。そこで、ブレインストーミングや、試行錯誤での実験や、ヒントの探索などが行なわれる。本講義は、そのような「発想」をもっと早く確実に起こせる、体系的なやり方について学ぶ。ひらめきは天才だけのものではない。
(5) 「システム」とは: 構成要素とその関係、階層性、技術システム
「システム」とは互いに関連する部分の一群で、一つの全体を形成して一緒に働くものをいう。物でも、組織でもよい。システムには、上位システム−システム−下位システムといった一連の階層性がある。入力と出力とを考える、ブラックボックスとしてのシステム機能の見方が大事である。技術システムには、エネルギー源、エンジン部、伝達部、作動部、制御部、作動対象が備わっていなければならない (技術システムの完全性の法則)。
(6) 問題の分析 (1) 問題 (困ること) の原因をつきとめる
問題 (テーマ) が決まっても、何が本当に問題 (困ること) なのかが明確でないことがある (例: 授業中の居眠りの問題は何が困ることか?)。それを明らかにするには、その影響を考えていく。ついで、問題(困ること) の原因を明らかにしなければならない。そのシステムのメカニズムを考え、因果関係を辿る。問題の核心を成す本当の原因を明らかにすることは、問題解決にとって非常に重要なことである。
(7) 問題の分析(2) 技術システムの機能と属性の分析
技術システムのメカニズムの理解には通常、各専門分野の知識が使われるが、もっと一般的に、「オブジェクト−属性−機能」の概念で捉えることも大事である。システムの構成要素である実体を「オブジェクト」といい、オブジェクトのもつ諸性質のカテゴリのことを「属性」という。オブジェクト間の作用・働きを「機能」というが、機能は作用されるオブジェクトのどれかの属性に働きかける。技術システムのメカニズムの理解には、「機能分析」が大事である (同じシステムを扱っても、問題の困ることに応じて、注目すべきオブジェクトや機能が異なることに要注意)。また、問題 (困ること) に関わるいろいろな属性を列挙すること (「属性分析」) は、原因の分析を補強することになる。
(8) 問題の分析(3) 空間と時間の特性、理想解からイメージする
すべての問題で、空間的な特性、そして時間的な特性 (例えば、時間変化やプロセス) を明確にすることが大事で、適切な図を描いてみるとよい。また、問題の状況に対して、「理想の状況」とは何かを明確にすることが大事である。理想を最初にイメージして、その望ましい振る舞いと、そのために望ましい性質とを考える方法 (USITのParticles法) がある。
(9) 解決策の生成法 (1) 知識ベースの活用
問題の解決策を見出すには、自分たちの既知の知識だけに頼らず、他分野や他産業を含む科学技術の知識ベースを大いに活用するとよい。科学技術原理のデータベースや特許事例のデータベースなどの他に、有用な知識ベースをTRIZは創り出した。技術システムの進化のトレンド、目標機能から実現手段を調べる技術知識ベース、TRIZの「40の発明原理」、TRIZの「アルトシュラーの矛盾マトリックス」などがある。これらの知識ベースが持つ基本的な考え方を学び取るとよい。
(10) 解決策の生成法 (2) 「壁」を破る方法 (ブレイクスルー)
問題解決の核心は、「壁」(困難・矛盾)を打ち破って、ブレイクスルーを達成することである。TRIZでは、壁のことを「矛盾」と呼び、敢えて矛盾を明確化する。その最も突き詰めた段階が「物理的矛盾」(システムの一つの側面に対して、正・逆の対立する要求が同時にある場合) である。TRIZは、「分離原理」という考え方を使って、この物理的矛盾が確実に解決できるのだといい、多くの適用事例がある。また、TRIZをずっと簡略化したASIT法での研究によれば、ある解決策が創造的解決策であるための条件は、「閉世界制約 (問題中に違う種類のオブジェクトを持ち込まない)」ことと、「質的変化 (困ることと属性の一つとの関係が質的に変化する)」とであるという。そのような考え方で、発明を生み出すことができる。
(11) 解決策の生成法 (3) 解決策を生成する方法の体系 (USIT)
TRIZをやさしく、使いやすくすることを目指したUSIT法では、TRIZの各種の解決策生成法をすべてばらして再整理し、5種32サブ解法からなる「USIT解決策生成法の体系 (USITオペレータ)」を構築した。「額縁掛けの問題」 (傾きにくい額縁掛けの仕組みを作れという問題) にさまざまにUSITオペレータを適用した例を示した。この考え方を使うと、一つの優れた解決策に至る複数の方法があり、アイデアの生成が確実になる。
(12) 創造的問題解決の方法論TRIZ/USIT および 講義のまとめ
いままでの講義で、創造的な問題解決の方法の一部始終を話してきた。その中でたびたび言及したように、TRIZ [1] とそれをやさしくしたUSIT法 [3] を私は薦める。特に、問題解決の一貫したやさしいプロセスとしてUSIT法を使うとよい。そのプロセスは (講義資料の各所に書いたとおりで)、問題定義、問題分析 (機能分析、属性分析、空間・時間特性分析、理想の分析 (Particles法))、解決策生成 (USITオペレータ) からなる。USIT法の全体構造は、「6箱方式」として表現され、創造的問題解決の新しいパラダイムを提唱している。その実践には中川の2日間トレーニングセミナーのやり方があり、企業導入が進みつつある。さらにTRIZは、より大きな体系であり、いままで講義で述べたよりも多くの知識ベースや解決策生成技法を持っているとともに、しっかりした技術思想を持っている。今後それらを学ぶとよい。また、いままで述べてきたような創造的問題解決を必要とする問題は、技術界・産業界にも、また実社会や皆さんの身の回りにも、沢山ある。創造的な問題解決の考え方を身につけて、それらの問題を皆さんがしっかり解決していくことを願っている。
講義には、毎回8〜12頁のプリント ([8] 参照) を配布し、Wordの文書をプロジェクタで投影しつつ話す。ときどき学生に問いかけをし、各自 (あるいは白板に) 図を描かせる。
この授業も成績評価は、レポートの提出による。その要領を初回に話す。感想文でない、正式のレポートを提出すること。A4で40字×40行で5頁以上 (表紙含まず)、ワープロ打ち。「レポート (論文) の書き方」を11月に詳しく説明する。12月初旬にアウトラインを提出し、学期末に本レポートを提出すること。
課題は「この講義に関連したテーマを自由に選択せよ」と指定している。授業中に取り上げたいろいろな例について、「こんな問題でもいいのだよ」といっている。例えば、「ひらめきの認知心理学」、「授業中の居眠りの問題」、「さまざまな釘 (釘の仲間) を集めて、それらの機能、用途、種々の属性の変化を示せ」、などである。学生たちには、テーマ選びが授業期間を通じての頭痛の種である。「どうしても適当なテーマがなければ、情報学部でのテーマ範囲なら何でもよい」と緩和してある。それでも、「感想文ではダメ」というので、おいそれとはテーマが決まらない。
このレポートを読むのは楽しい。「周りに迷惑をかけずにギターの練習をする方法」、「音が漏れないヘッドホンのしくみ」、「カップラーメンの汁を飲まずに具をすべて食べられるしくみ」など、問題解決の努力をしたものもある。また、「マルチプレーヤー型ロールプレイングゲームの危険性」、「ファイル共用ソフトの問題」、「ハッカーとインターネット犯罪」などの、コンピュータと社会に関するテーマも多い。学生たちの興味の方向をモニターしているような感もある。レポートにコメントを記入しているのだが、春休みが入るので、レポートをきちんと学生に返す態勢ができていないのが残念である。
5. ゼミナールII と卒業研究: 創造的問題解決の思考法の演習
5.1 ゼミナールU: 創造的問題解決の思考法の共同演習
当情報学部では、学生たちは3年次からゼミナールの研究室に配属になり、4年次の卒業研究も引き続いて行う。研究室配属は基本的に学生の希望によるが、定員があるから第二希望以下に回ることになる学生も多い。私のゼミナールの学生数は5名〜1名で学年変動が大きい。2年次後期の「科学情報方法論」の授業を受けて来ることを期待しているが、そうでないケースもある。また、本当の理科系の学生は多くなく、数学・理科があまり得意でないというケースもある。
このような状況だから、3年次のゼミナールUのスタートは学年によっていろいろであり、試行錯誤している。初期にはプロジェクトXのビデオ鑑賞から始めた。また、ものづくりの開発方法の教科書の輪講から始めた学年もある。ただ、この輪講は、学生たちの予備知識が少ない (専門技術の素養がなく、製品開発の知識はまったくない) ために頓挫した。さらに、TRIZの比較的やさしい教科書 (図解入りのもの) で輪講をしようとしたが、うまくいかなかった (他の人が書いたTRIZ教科書の記述に、私自身が大きな不満を感じた面が強い)。
これらに並行して、学生たちにいくつかのテキストを渡している。一つは、私自身が書いたTRIZ/USITの沢山の解説や論文で、『TRIZホームページ』 [2] に掲載・蓄積しているものの『選集』 (第1〜3集) である。また、USITの2日間トレーニングのスライドテキストも渡している。そして、Mannの新しいTRIZ教科書 (中川監訳) を半額で買わせている。これらすべては、「科学情報方法論」の講義資料をさらに詳しく補強するような位置づけにあり、ゼミナール生たちに随時読むようにいっている。
いろいろ試行した上で現在目処が立ってきているのは、ゼミナールの先輩たちの卒業研究、および論文や学会で発表されている適用事例を具体的に学んでいくことである。それらの事例を読んだ上で、その問題についてきちんとTRIZ/USITの方法を使って問題解決の一部始終を再試行してみる。これを共同演習として行う。その中で、個別の問題の物理的なメカニズムの説明をしたり、TRIZ/USITによる問題の分析や解決策生成の一般的な方法を再度説明したりする。
例えば、ゼミナールの一期卒業生がやった「自転車のバックミラーを改良する方法」 (野村武、2004年) という問題を改めて取り上げた。それは、「いま自転車にバックミラーを付けている人はほとんどいない。役に立たない、有効でないから付けてないのだ。そんなの改良する意味がない」という議論 (卒業研究の発表会での議論) をどう考えるか? が焦点である。いまの学生たちも自分の自転車にバックミラーを付けていないから、「ダサイ、後ろから事故に遭うことは少ない、後ろを振り返ればよい、道路交通法でも義務づけていない」などといって、この反対論に乗ってしまう。「自転車の被害事故が年間どれだけあるのか、そのうち後ろからの車による被害が何割あるのか、自転車が後ろの安全を確保しようとするとどんな手段があるのか、20〜30年前にはずっと普及率が高かったバックミラーがなぜ使われなくなったのか、現在も使っているごく少数の人たちはどのように考えているのか、バックミラーのどのような面 (機能や性質) を改良することが必要なのか、・・・」といった議論を、ゼミナールで行った (約 5回ほどを割いた)。これは「問題の捉え方」を考える重要な議論であった。
また、「ホッチキスの針をむしゃげなくする方法」という問題では、卒業生が一つのきれいな解決策を出しているが、それをUSITを使ってもっと体系的に考えようという共同演習をした。このような問題では、ホッチキスの構造やしくみを観察させて、図に描かせる。例えば、「ホッチキスで針を押す仕組み」が重要だとなると、「みんな、それぞれに白板に図を描きなさい」と指示する。あるいは、「むしゃげてしまったホッチキスの針の図を描きなさい」などと指示する。学生の多くはこのような図を描くのが苦手である。観察が不足している。あるいは、模式図でなく、いつも写実的に鳥瞰図を描こうとする学生がいる。学生たちが描いたいくつもの図と私が描く図とを見比べさせ、実物や事実の観察のポイント、図の描き方のポイントを説明する。このような指導は、技術の指導や、創造的問題解決の方法の指導としてはまったく入り口にしかすぎない。それでも必要なことであり、だから彼らにとって有用なことである。
また、「落としもの、忘れものをしたことをすぐに教えてくれるシステム」、「大規模遊園地で迷子を探すシステム」、「大規模遊園地で観客の混雑分布状態を知るシステム」などといった一連のシステムを構想する共同演習をした。ソフトウェア工学での演習と似ている部分もあるが、ハード技術を含めたより大きなスケールを考えており、また、技術の核心部分の問題解決を集中して考察するところに特徴がある。
5.2 卒業研究: 創造的問題解決の共同演習から独自課題研究に
情報学部では卒業研究が必修であり、1月25日頃に「卒業論文概要」 (A4で2頁、一定書式) を提出し、合格しなければならない。この「卒業論文概要」は情報学部の卒業生全員のものがCD-Rに焼かれて、卒業式の日に全員に渡される。テーマ設定のしかた、個人/グループ研究、卒業論文の形式、卒業研究発表会の有無などは、各研究室に任されている。私の研究室では、基本的に個人研究、卒業論文は20〜30頁目標で必ず提出、K教授のゼミナールと合同の卒業研究発表会開催、Webサイトで成果を公表する、というのが伝統であり、学生たちはそのつもりで4年次を迎える。
卒業研究では、「身近な問題で創造的な問題解決を行う」ことが各学生に課している共通課題である。学生ひとりひとりの甘えをなくし、「切羽詰まらせる」ことが必要と考えるので、個人でのテーマにしている。ただし、共同で考えることは大事だから、ゼミナールの時間にはそれぞれの問題をみんなで考えるやり方をとっている。
4年次の前期は、就職活動で学生たちのエネルギーが随分取られてしまい、卒業研究も欠席がちの状態になる。6月になって、ようやくある程度落ち着いてくる。この間、いろいろな問題解決事例の共同演習をし、すでに渡してあるいくつかのテキストでの学習を促している。6月末までに卒業研究テーマを提案し、夏休み中の研究計画を出すことを学生に要求している。学生がテーマ案を持ってくると、ゼミナールでみんなでその案を展開し、どのようなアプローチをするとよいだろうかを考える。2005年度の場合はスムーズに決まった。2006年度はすぐに決まった学生と、一旦決めたのにその後十分展開できなくて11月に入ってもテーマ設定に四苦八苦した学生がいる。
卒業研究のゼミナール生は、昨年4人、今年5人だから、ゼミナールの各時間に全員のテーマを十分に討論する時間はない。そこで、今年は、3年生と4年生を合同のゼミナールにし、全員が両方の時間参加することを原則にして、時間を拡大した。また、「何らかの宿題をして、討論して欲しい材料を持ってきた学生のテーマを優先して扱う」というルールにしている。
毎年、卒業研究の最後の時期は大変な状況になってしまっている。ひとりひとりの問題解決はなんとかある程度の分析と部分的解決策を得ているが、それをきちんとした論文にし、研究発表をするトレーニングが間に合わない。正月明けに論文概要の原稿を出させて、それを添削指導する。スライドを作らせて、発表会の準備を行う。「卒業研究発表会は一種の口頭試問だから、指導教員はその日は学生の擁護者ではなく、審査者である」と説明してある。発表会は64席の階段教室で行う。各人20〜30分の発表を行い、質疑応答を行う。合同発表会のK教授の質問は辛辣なことで有名である。学生はしばしば立ち往生するが、30〜40分の質疑応答を乗り切らねばならない。いままで結局全員が2月中旬に再度発表会を行って、それでようやく卒業研究の単位を取得した。
5.3 卒業研究の成果: 『学生による学生のためのTRIZホームページ』
学生たちの卒業研究での成果は、いままでにいくつか私の解説や論文の中で紹介してきている。つぎのようなものがある。(『TRIZホームページ』 [2] 参照)
- 「携帯電話の将来像の考察」 (笠原拓雄、2004年) -- TRIZの9画面法の適用事例
- 「ホッチキスの針をむしゃげなくする方法」 (神谷和明、2004年) -- 賢い小人たちの方法の例
- 「裁縫で針より短くなった糸を止める方法」 (下田翼、2006年) -- USIT法のやさしい適用事例
- 「書店で万引きをなくす方法」 (林尚也、2006年) -- 時間分析の活用、人が関わる問題の事例
この他にもいくつかあるが、紹介できていない。また、私の「ソフトウェア工学とTRIZ」という論文のシリーズは、2005年卒業の国見真、笠佐昴平の両名との討論にそのきっかけを負っている。
2006年卒業生たちによって、卒業研究成果の公表は新しい段階に入った。懸案であった『学生による学生のためのTRIZホームページ』 [9] のWebサイトが完成し、公表できたことである。大学の公式Webサーバ中にあり、私の『TRIZホームページ』の一部をなしているが、中身はすべて学生たち自身が作成・編集したものである。また、2006年 8月末から3日間開催された日本TRIZ協議会主催「第2回TRIZシンポジウム」において、肥田真幸ら卒業生たちがポスター発表を行った [10]。
このホームページの意義は、下記の図が最も雄弁に語っている。このような状況を克服して学生たちに分かるような、そしてまた、一般の人たちに分かるような「創造的問題解決の方法」のホームページを作ろうとしているのである。
図2. 『学生のための学生によるTRIZホームページ』の必要性 (肥田真幸ら [10])
このホームページには、学生たちの卒業研究の内容、特にTRIZ/USITを使った問題解決事例を掲載している。卒業論文概要をそのまま公表しており、スライドでの説明もある。
学生たちのホームページで最も興味深いのは、彼らが2006年2月1日に自然発生的に行った討論、「自分たちはTRIZ/USITで何を学んだのか?」という討論の記録である。表5のような記述がある。
表5. 学生たちの討論記録「自分たちはTRIZ/USITで何を学んだのか?」 (肥田真幸ら [10])
・ 最初から、関心があったのではない。何も知らないまま 、学び始めた。
・ 問題解決を実践的に経験していくことで、少しずつTRIZに惹かれてきた。
・ 普段の生活の中でも、問題にぶつかったときに、分析して、解決策を考えるようになった。
・ アイデアを出すのが苦手だったが、自然に身につき、自分にも「新しいものを考える」ことができるんだと感じた。
・ 自分ひとりで考えるよりも、卒業研究の仲間と協力することで、新しい発見・発想があり、ずっとよい解決策ができることを感じた。
・ 普段は意識していなかったような、分析のやり方や考える方法を意識してやることが、面白い。
・ TRIZが発明を科学しており、考える方法を体系化していることが面白い。
・ 問題をさまざまな角度から分析すると、解決策が見えてくる。空間や時間の分析など、以前は意識的に考えなかった。問題解決にはうまく分析することが大事だと気づいた。
・ ふっとアイデアが浮かぶことがある。いくつもの問題解決に触れることで、その経験が次の問題の解決策を導き出してくれる。
・ 「うまく○○する方法」などの情報・番組を見ると、「TRIZを使えば自分でも考え出せたのでは!?」と感じる。何を問題として捉えるかが大事だ。
・ 身近な問題解決を実践していく中で、力がついてきたことを実感できた。
・ バカらしいと思うようなアイデアや理想のイメージを、自分でも、チームでも大事にして温めることが、「金の卵」として生かすことだと知った
・ TRIZ/USITを使って身近な問題解決を実践し、身近にTRIZを感じることで、「TRIZ」の持つ「LIFE STYLE的影響」を受け、それを興味・関心と感じている。
・ 大学では、たくさんの問題事例にチャレンジできるが、それを実際に製作したり、試したりすることが技術的・実際的に不可能なことが多い。
6. おわりに
以上に述べたように、これらの授業やゼミナールで試みているのは、「自分の身の周りのことに問題意識を持ち、それを自分の頭で分析し、解決策を考え出していく。また、そのようにして得た考えや情報を、きちんとした実務の文書として、レポートなどに記述し、プレゼンテーションをしていく。同時に、グループや仲間と共同していく」といったことを、訓練しようとしているのである。創造的問題解決の考え方としては、TRIZ/USITが大きなバックボーンになっている。文書の書き方などは、学術的な素養をバックにしつつ、企業経験に基づく実務指向を土台にしている。このような教育実践は、「情報学部」といった特定の分野や部門に依存するものでも、限定するべきものでもない。科学・技術分野一般だけのことでもなく、人文・社会科学の諸分野、実業のための諸分野においても同様の考え方を生かせるものと考える。まだまた不十分で試行錯誤している点も多いので、多くの方のご批判、ご教示をいただきたい。
参考文献
[1] 中川徹: 「連載: 技術革新のための創造的問題解決技法!! TRIZ、第1回 TRIZとは何か? FAQ」、『インターラボ』、2006年1月号、48-51。『TRIZホームページ』、2006年1月。
[2] 中川徹編集: 『TRIZホームページ』(1998年11月〜 )、URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/ php/nakagawa/TRIZ/ 。
[3] 中川徹: 「創造的問題解決の新しいパラダイム (2) USITの「6箱方式」とやさしい事例による理解」、第3回知識創造支援システム・シンポジウム、2006年2月、北陸先端大。『TRIZホームページ』、2006年4月。
[4] NHK制作: 『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』、番組放映 2000年3月〜2005年12月。出版物シリーズ、NHK出版。DVDシリーズ、NHKエンタプライズ。
[5] 倉島保美: 「日本語ライティングの世界」、URL: http://www.logicalskill.co.jp/jwriting.html 。
[6] 中川徹: 「創造的な問題解決の思考法-- 大学生活で何をしようとするのか?」、『TRIZホームページ』、2000年 6月。
[7] 中川徹: 「レポートの書き方」、『TRIZホームページ』、2002年2月。
[8] 中川徹: 「創造的問題解決の方法論 (全13回) -- 大阪学院大学情報学部2年次「科学情報方法論」講義ノート」、『TRIZホームページ』、2002年2月〜 7月。
[9] 肥田真幸、下田翼、林尚也、大森瑞生: 『学生による学生のためのTRIZホームページ』、2006年 3月、URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/TRIZ-st/ 。
[10] 肥田真幸、下田翼、林尚也、大森瑞生、中川徹: 「『学生による学生のためのTRIZホームページ』 〜 身近な問題解決で学ぶTRIZ/USITの理解 〜」、 第2回TRIZシンポジウム、2006年 8月31日- 9月 2日、パナヒルズ大阪。『TRIZホームページ』、2006年11月。
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最終更新日 : 2007. 5. 6. 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp