TRIZ/USIT 論文

創造的問題解決の新しいパラダイム (2)
USITの「6箱方式」とやさしい事例による理解

中川 徹 (大阪学院大学)

第3回知識創造支援システム・シンポジウム、
2006年 2月23-25日、北陸先端科学技術大学院大学 (石川県能美市)

[掲載:2006. 4. 4]

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編集ノート (中川徹、2006年 4月 1日)

本論文は、表記のシンポジウム (主催は、日本創造学会 と 北陸先端科学技術大学院大学知識科学教育研究センター) で 2月24日に発表したものです。発表は討論を入れて30分でしたから、簡潔にする必要があり、それでいて参加者の2/3はあまりTRIZを知らないと予想されました。このように、「あまり知らない人に、短く、分かりやすく話せ」という条件は、随分困難で、四苦八苦させられます。学会のシンポジウムなのですから、なにか新しいこと、価値のあることを話さねばなりません。読者の皆さんが本稿を読んで、新しいことが、すっきり分かったと感じて下されるとよいのですが。しかし、そんな条件の中で話すと、「贅肉が取れて」、後から見ると自分自身にとっても非常に有益だったと思います。

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目次

1.  創造的問題解決の従来のパラダイム

1.1  ヒントと類比思考
1.2 問題解決の基本の4箱方式
1.3 知識ベースと問題解決の4箱方式
1.4 TRIZにおける創造的問題解決

2. USIT法 (やさしいTRIZ)

2.1 USITの成立と発展
2.2 USITの全体プロセス
2.3 USITの問題定義段階
2.4 USITの問題分析段階
2.5 USITの解決策生成段階
2.6 USITの全体構造

3. 創造的問題解決の新しいパラダイム

3.1 創造的問題解決の「6箱方式」
3.2 「6箱方式」の基本的な意義

4. 適用事例: 裁縫で糸を止める問題

4.1 身近な問題への適用事例
4.2 問題定義 (問題の明確化)
4.3 問題の分析
4.4 解決策の生成
4.5 適用事例の考察

5. おわりに

参考文献

 


創造的問題解決の新しいパラダイム (2)
USITの「6箱方式」とやさしい事例による理解

中川 徹
大阪学院大学情報学部

要約:

従来、創造的な問題解決が行われた多くの事例に対して、(偶然の) ヒントとそれを手掛かりにした「類比思考」が、中心的な役割を果たしたと、(当事者も含めて) 多くの人々が理解してきた。そして、多くの事例を集めて整理し、「知識ベース」を作ることが、ヒントをより多く与える方法であると考えられ、追求されてきた。しかし、そこには「ヒントとして何を与えればよいのか?」の指針がない。一方、(TRIZをやさしくした) USIT (統合的構造化発明思考法) は、もっと着実に、現在のシステムを分析し、理想のシステムを考察する過程を踏んだ上で、さまざまなアイデアを得ようとする。また、できるだけ多くのアイデアを得て、その体系を作ろうと考える。その全体方式を「6箱方式」として理論化している。今回は、やさしい事例を紹介しつつ、その基本的な考え方を説明する。

 

1. 創造的問題解決の従来のパラダイム

1.1 ヒントと類比思考

従来、創造的な問題解決が行われた多くの事例に対して、(偶然の) ヒントとそれを手掛かりにした「類比思考」が、中心的な役割を果たしたと、(当事者も含めて) 多くの人々が理解してきた。多く語られてきた「ひらめきを得る過程」は、問題意識を持ち、長期間にわたってその問題を考えてきて、そして何かのリラックスした状態で偶然にヒントとなるものがひらめき、それを突き詰めていくことで新しい解決策を得たということである。

この説明には、問題をどのように考えて行けば最もよいのかは (ケースバイケースであるとして) 示されていず、どんなものがヒントになるのか、そのヒントをどのようにして得るのかも示されていない。ヒントを得る過程はすべて、直感的なレベルで、後からの体験談として語られるだけである。また、そのヒントを見せれば誰でもが適切な解決策に導けるわけでなく、その解決策を後から学ぶ多くの人たちにとっては、(そのようななんでもない) ヒントを活かせたことさえも不思議に思える。

それでも、このように「ヒント」が多くの創造的問題解決 (発明など) の核になったと信じられてきたから、多くの事例を集めて整理し、「知識ベース」を作ることが、ヒントをより多く与える方法であると考えられ、追求されてきた。

1.2 問題解決の基本の4箱方式

この「知識ベース」の利用を、理想化して基礎づけてきたものは、問題解決の基本の「4箱方式」と呼ばれる下図の図式である。そこでは、ユーザの具体的な問題を、一旦抽象化して「一般化した問題」とし、その抽象化されたレベルで知られている (あるいは得られる) 「一般化した解決策」を得、それをユーザの問題のレベルに引き戻す (具体化する) ことが薦められる。

図1. 問題解決の基本の4箱方式

この図式は、数学、物理、その他科学技術一般において、それぞれ特定の狭いテーマ、確立された領域の問題に対しては、よく理解されており、それぞれの専門領域での一般化した問題とその解決策の組 (あるいは一般化したレベルでの解決策の生成法) を「モデル」として備えている。

1.3 知識ベースと問題解決の4箱方式

しかし、本稿で扱いたい「創造的な問題解決」というのは、そのような確立されたモデルがない (あるいは、分からない) 場合である。そこでは、図2のように、多数の「モデル」が必要であり、それらが、膨大な「知識ベース」として蓄えられている。

図2. 知識ベースを使う問題解決の4箱方式

この場合には、「知識ベース」中に蓄えた一つ一つのモデルは、ユーザの具体的な問題の領域に対応するように作られたものでないから、最初に述べた「ヒント」として機能するにすぎない。知識ベースのどのモデルをヒントとして選んでくればよいのかがまず問題である。具体的な問題とモデルの一般化した問題との対応づけをするには、何らかの「抽象化」が必要であるが、その「抽象化」のやり方自体が、選んだモデルに依存するであろう。その対応づけをしてモデルから「一般化した解決策」を得た後にも、「具体化」の過程に対する指針がまたなにも明示されていない。

1.4 TRIZ における創造的問題解決

従来の「創造的問題解決」の方法は、基本的に、この図2の段階にあって、それ以上の指針を示せないでいた。このことは、旧ソ連でG.S.アルトシュラーによって樹立・発展された「TRIZ (発明問題解決の理論)」[1] においても同様であったといえる。

TRIZは、科学技術の情報を技術の立場から整理し直して、「発明の原理」、「発明標準解」、「技術進化のトレンド」などの膨大な知識ベースを持っている。また、「矛盾を定式化して解決する方法」などの、多数の技法を持っている。しかし、それらの多数の知識ベースも技法も、全体の枠組みを考えると図2で表現される状態にある。技法や知識ベースが多くなればなるほど、その全体プロセスをどのように構成するべきかが、百家争鳴の状態になり、混乱しているのが現状である。

2. USIT法 (やさしいTRIZ)

2.1 USITの成立と発展

USIT (統合的構造化発明思考法) [2] は、米国フォード社の Ed Sickafusが開発したものである。TRIZを簡易化したイスラエルのSIT法を導入し、新しい概念や枠組みを与えて、すっきりした問題解決のプロセスとして、構成した。

筆者は1999年以来USITを日本に導入して、さらに改良してきている。主要な改良点は、TRIZの知識ベースのうちの解決策生成に関わる部分を一旦すべてばらばらにして、USITの5種の解決策生成法の中に取り入れて、USITの解決策生成法を5種32サブ解法からなる「USITオペレータ」として体系化した[3] ことである。

また、フローチャートで表されていたUSITの全体プロセスを、データフロー図の形式に表現しなおすことにより、「USITの6箱方式」と呼ぶ問題解決の全体構造を明確にした[4]。そして、この「6箱方式」の意義を考察して、本稿の主題である「創造的問題解決の新しいパラダイム」であることを見出したのである[5]

2.2 USITの全体プロセス

USITの全体プロセスをフローチャートで表すと図3のようである。(このプロセスは、Sickafusのものをベースにして、筆者が少しずつ改良したものである。)

図3. USITの全体プロセス (フローチャート)

USITの全体プロセスは、問題定義、問題分析、そして解決策生成という3段階で構成されている。(なお、図3の最下部に記されている解決策の実現段階は、USITの枠外にある。) これらの各段階に簡潔な技法を備え、グループでの問題解決の思考をガイドするのがUSITである。TRIZの伝統であった知識ベースに依拠することを止めている。

2.3 USITの問題定義段階

USITの最初の段階は、問題を明確に定義し、絞り込むことである。具体的な問題状況から、望ましくない効果 (「困っていること」)、課題 (問題宣言文、「解決したいこと」)、スケッチ、根本原因、問題に関わるオブジェクト (構成要素) を明らかにする。

要するに、もやもやした実際の問題を整理して、何に焦点を当てるべきか、何を解決するべきなのかを明確にする。

2.4 USITの問題分析段階

USITでは、システムを分析するための基礎概念として、「オブジェクト−属性−機能」そして「空間と時間」を用いる。

「オブジェクト」とは、システムの構成要素を成す実体であり、これを必要十分な範囲に絞る。「属性」とはオブジェクトが持つ性質のカテゴリのことである。性質には多数の側面 (「次元」)があり、それらを定性的なレベルで (値そのものを扱わずに) 検討・活用する。「機能」はオブジェクト間の作用であるが、特に、どのオブジェクトのどの属性が作用して、どのオブジェクトのどの属性が変更を受けているのかをきちんと考える。

問題分析の最初には、現行システム (問題のあるシステム) の「機能の分析」をする。現行システムでのオブジェクト間の機能的関係を図示して、特に設計の意図を明確にする。

ついで、現行システムの「属性の分析」をする。これには、望ましくない効果に関与しているさまざまなオブジェクトのさまざまな属性をできる限り列挙する。そしてそれらを、望ましくない効果を増大させる属性 (「増大要因」) と減少させる属性 (「抑制要因」) とに分けて表示する。

さらに、問題状況あるいは現行システムの空間的な特性と時間的な特性を明確にすることが大事である。システムの特徴を捉えた空間的な座標 (線形である必要はない)を考え、望ましくない効果や鍵になる機能や属性の変化・分布などを考えるとよい。時間的な特徴も、いろいろなスケールで考えるのがよい。

USITの問題分析で大事なことは、さらにこの問題に対する「理想のイメージ」を検討することである。これには「Particles法」というものを使う。まず、「理想の結果」をイメージして図に描く。このときそれを実現するための「手段」を描こうとしてはいけない (それはまだ分かっていないのだから)。そして、Particlesと呼ぶ、任意の性質をもち任意の行動ができる「魔法の物質/場」があると考え、それにやって欲しいことを頼む。そしてParticlesがうまくやっているとイメージして、その「望ましい行動」をブレークダウンしていく。またその行動をするのに「望ましい性質」を列挙していく。この検討は、つぎの段階で解決策の体系化を考える際の基礎になるものである。

2.5 USITの解決策生成段階

USITの解決策生成段階は (理論的にいえば)、図3に示すように、5種の解決策生成法を繰り返し繰り返し適用する過程である。これら5種の中の最初の3種は、問題のシステムの「オブジェクト、属性、機能」のそれぞれに対して適用する。またその他の2種は、中間に得られるさまざまな解決策 (あるいは、アイデアの断片) に対して適用するものである。

「オブジェクト複数化法」は、任意のオブジェクトを、0にする (削除する)、2, 3, ...にする (多数化)、1/2, 1/3, ... にする (分割)、などの操作である。ここで、例えば、「分割」といっているのは、「現行システムの中のあるオブジェクトを取り上げ、それを1/2ずつにして、それぞれの属性を変化させて、再統合して用いる」といったガイドラインを持っている。

「属性次元法」は、任意の属性を「次元的に変化させる」ことを意味している。新しい属性を使う(「活性化させる」)、害のある属性を使わないようにする、属性を空間 (という「次元」)で変化させる、属性を時間で変化させる、などである。

「機能配置法」は、現行システムのいろいろなオブジェクトが持つ機能を、別のオブジェクトなどに再配置することを意味する。また、新しい機能を導入することも含む。

「解決策組合せ法」は、二つの解決策 (の断片)を、機能的に、構造的に、空間的に、時間的に、などさまざまなやり方で組み合わせて使うことである。これは、TRIZでいう「物理的矛盾を分離原理で解決する」過程に対応するものであり、適切に見出された解決策は非常に強力であることが多い。

「解決策一般化法」は、得られた解決策 (の断片) を一般化 (普遍化) することにより、より広い範囲で解決策を探そうとする。また、得られた多数の解決策を階層的に体系化して、解決策を全体的・網羅的に考察しようとする。

これらの解決策生成法 (「USITオペレータ」) を、考えられるすべての対象 (オブジェクトとか属性とか) に対して、あらゆる組合せで適用する (「演算する」) というのが、USITの理論的な説明である。しかし、5種 32サブ解法あり、演算対象も多数あることを考えると、網羅的に適用することは実際的ではない。実際には、分析段階のさまざまな知見に基づいて、適用するとよいUSITオペレータが自然に選択される (この部分はまだノウハウである)。

2.6 USITの全体構造

ここまでの説明では、「フローチャート」で表される「USITの全体プロセス」を説明してきた。ここで観点を変えて、各段階で必要とする「情報」の関連を、「データフロー図」の形式で表現して、「全体構造」として捉え直すことが重要である。

USITの「全体構造」をやや詳細に描いた図を図4に示す。図中の長方形は「情報」を示しており、楕円が「処理方法」を示している。

この図に表現している内容は、上記のUSITのプロセスの説明で分かるであろう。だから一見、図4は単なる書き換えのように見える。しかし、情報科学が教えてくれるのは、情報処理の方法を論じるにあたって、「処理方法のフロー」(図3)よりも、「必要情報のフロー」(図4) の方が安定性がある (だからより普遍的で重要である) ことである。

図4. USITによる創造的問題解決の6箱方式

3. 創造的問題解決の新しいパラダイム

3.1 創造的問題解決の「6箱方式」

図4での詳細を省いて、より本質的な骨格構造を図5に示す。筆者は、これが創造的問題解決の基本的な方式を示すものと考え、「創造的問題解決の6箱方式」と名付けた。

図5. 創造的問題解決の6箱方式

この図が持つさまざまな含蓄を文献 [5] に記した。以下にはその主要点だけを述べる。

3.2 「6箱方式」の基本的な意義

図5の下部の点線で囲んだ長方形に注目し、それぞれを一つの箱と考えてみると、全体は「4箱」で表現されることになる。左下の点線の箱は、本質的に「ユーザの具体的問題」を示すもので、「問題の定義」という処理段階はその箱内での明確化のプロセスであるといえる。また、右下の点線の箱は、本質的に「ユーザの具体的解決策」を示すもので、「実現」という処理段階はその箱内での詳細プロセスと解釈できる。

このようにまとめると、ここに「新しい4箱方式」が現れる。この方式の特長は、「問題の分析」の方法 (すなわち「抽象化」の方法) が標準的に用意されていて、獲得すべき「抽象化した問題の理解」の内容が明示されていることである。創造的問題解決のために獲得すべきものは、現在のシステムについて「オブジェクト、属性、機能、空間、時間」の観点から理解し、また、理想のシステムについて「望ましい行動と望ましい性質」の観点から理解すべきであるという。

そしてつぎに、「新システムのためのアイデア」を獲得せよという。それは「USITオペレータ」を作用させて得られるような、「アイデアの断片」でよく、新システム (すなわち、新しい解決策) の核になるアイデアなのだという。そのようなアイデアが、現在のシステムや理想のシステムの理解を母胎として生れることに意義がある。そのような母胎の中で生れたアイデアを技術的に肉付けして、解決策のコンセプトを形成していくのである。

このように、ユーザの具体的問題から、「一貫した標準的な方法」を使って、問題を分析し、アイデアを得、解決策のコンセプトを生成する方法が示されたのである。

それは、偶然的に思いつく「ヒント」(あるいは、「知識ベース」から検索した「モデル」という名の「ヒント」) を手がかりに、「類比思考」をしようとする従来の方法とは、まったく異なるパラダイムである。この認識に立って、筆者は、図5を「創造的問題解決の新しいパラダイム」と呼ぶのである。

4. 適用事例: 裁縫で糸を止める問題

4.1 身近な問題への適用事例

適切な適用事例を示すことはなかなか難しい。創造的問題解決の「すばらしい結果 (成果)」を示すことは、(手元に公表できる成果がない限り) もちろん難しい。しかしまた、「すばらしい結果」を示されても、それが「考える方法」、「問題解決の方法」の容易さ、確実さ、有効性を示すとはいえない。さらに、いろいろな事例は、「考える方法」のいろいろな側面を示してくれるが、必ずしも全体を示すわけではない。

そこでここでは、簡単な、身近な問題への適用事例を示し、できるだけ「考える方法」の全体像を示すようにしたい。取り上げたのは、今年度の筆者のゼミにおける、下田翼君の卒業研究 [6] の事例である。問題の状況はつぎのようである。

「裁縫で、縫い終わりには、糸を結んで止める。通常は「玉止め」(図6 (0)) で止める。さて、いま、縫い終わって止めようとしたら、余っている糸の長さが針の長さより短くて、玉止めができないことが分かった。短くなった糸を指先で結ぶのはなかなか大変である。なにか、糸を止めるよい方法を考えよ。」

4.2 問題定義 (問題の明確化)

問題は「裁縫で、針の長さよりも短くなった糸を止める方法」を見出すことである。

問題を生じている原因は、「糸の余長が針より短い」ことである。この問題に関係しているオブジェクトとしては、(縫おうとしている) 布、針、(余りの) 糸、(すでに縫い込んだ) 糸、の4つがある。

4.3 問題の分析

問題を構成している「原因」には、実は多くの「属性」が関係しており、「制約」になっていることが分かった。糸の長さ (余長) は変わらない/伸びない、針は形も長さも変わらない、二重縫いの糸は切らないと針の穴から抜けない、針は縫うために細いことが必要、針の穴は小さいから糸を通し直すのは大変、糸を結ばないと止められない、などである。これらは実はそう「思い込んでいる」だけであり、「創造的問題解決」とは、この「思い込みによる制約」を打破する (制約を外す) ことであることが分かった。

この問題の解決に使えるもの (TRIZでいう「リソース」) には、つぎの4階層がある。問題に直接関わる4つのオブジェクト、それらのオブジェクトを修正または追加したもの (形を変えた針、2本目の針など)、問題状況において通常すぐ周りにあるもの (はさみ、ボタン、アイロンなど)、その他のもの。これらの順で導入を考えるとよいとTRIZは薦める。

空間的特徴を考えると、まず「糸を結んで止める」のは、「糸の終端部を太くする」ことであり、それによって「糸が引っ張り戻されても、布に潜り込んで行かないようにする」ことであると分かる。「結び目」や「針の穴と糸」は、空間的特徴 (特にトポロジ) に関係しており、注意深く扱う必要がある。

時間的特徴として、縫い始めから、縫い終わりまでの全体のプロセスを考えることが重要である。

@縫うべき布と針と糸を用意する、
A 針に糸を通し、糸を切り、端を結ぶ (一重または二重縫い用)、
B布に縫い始める、
C縫っている途中、運針、糸を引っ張る、
D縫い終わり、糸を引っ張る、
E 玉止めをし、糸を切って、終了。

本問題では、Dを終了し、Eをしようとして困難に遭遇している。解決の方向として、このEの過程だけで工夫してもよいし、@〜Dのそれぞれで予め対策を講じておいてもよいし、あるいは、D、Cなどの過程に逆上ってやり直す方法もあることが分かる。

4.4 解決策の生成

既知の方法も含めて考えられる案をいろいろ書き出し、新しい (と思う) アイデアを作っていった。

まず、特別な物や道具を使わない方法には以下のものが考えられる。

(a) 布に縫い込んだ部分の糸を引っ張り出して、一時的に余りの糸を長くして、玉止めをする。

(b) 糸を (切って) 針から外し、いくつかの縫い目を解いて、余裕のある余長の位置で糸を結ぶ。

(c) 針の先端側を持ち、余長部の糸で輪を作り、(結び目ができるように) その輪に針の穴側から通し、途中で止め、糸を切ってから針を抜き戻し、糸の結び目を結ぶ。一般的に使われる方法だが、糸で輪を安定に作るのが難しく、練習を要する。(図6(c))

つぎに、「余分の物」を導入する方法がある。

(d) 釣りの鉛の重りのようなものを付ける。

(e) ホックのような形の紐止めを小型にしたもの。

(f) 複数の細いスリットを持つ小型のボタン状のものに糸を絡ませる。

(g) 余長の糸を丸めて接着剤で固める。など。

一般に、この「余分の物」の導入の方法は、出来上がりに余分の物が残り、望ましくない。

さらに、いままでとは違う糸や針を使う方法には、つぎのようなものが考えられる。

(h) 糸に鱗状の表面構造を持たせ、縫う方向には進むが、逆行しないしくみにする。(ただし、使用時に問題を生じる恐れがある。)

(i) 「長さを変えられる針」: 針を中央でねじ込み2段式にして、玉止めの必要が生じたときに取り外して、「短い針」として使う。(荒唐無稽なアイデア。しかし、後述の諸解決策の原形となった。)

(j) 「穴に切欠きがある針」: 針の頭が図6(j)のようになっていて、穴が完全に閉じていない。このような市販品を見つけた。糸の先を穴に通さなくても、糸の途中をこの切欠きに押し込むと穴に糸が入る。再度糸の途中を切欠きに押し込むと、(二重縫いの糸が輪になったまま) 糸が針から外れる。これを使うと糸を穴から外したり/通したりするのが楽だから、一旦糸を穴から外し、図6(j) のように糸を針に巻き付けてから、再度糸を穴に通し、通常のように針を前に引き抜くと、玉止めができる。

以上のような諸案をベースにして、「簡単な小道具を使う新しい案」をつぎのように生成することができた。

(k) 「ストローの小道具」: ストローの先端部を1〜2 cm 切り欠いた小道具 (図6 (k))。既知の方法(c)の要領で、この先端に糸を巻き、手前からストローの溝に沿わせて針の後部を入れる。その状態で糸を切り、糸を引っ張りながらストローを抜き取る。上記の(c)での糸の輪を安定に作る方法である。

 

(l) 「玉止め専用の針」という小道具 (図6 (l))。縫う必要がないので、先端は尖っている必要かなく、細い必要がなく、従って穴も少し大きくてよい。全体を2 cm弱と短くする。後部の穴は切欠きがあってもよく、スリット状で糸を抜けにくくするとよい。プラスチック製または金属製。

 

(m) 上記 (l) の改良版で、後部に穴はなく、スリットで糸を止める。より簡便に操作できる (図6 (m))。

 

(n) 上記(m)の改良版。持ちやすくするために、小道具の後部を長くする (非対称形)。糸を挟むスリットは先端より1 cm程度の所につける。

4.5 適用事例の考察

この適用事例は、USIT (およびTRIZ) を比較的自由な立場で使っているといえる。これらの方法を熟知した上でとらわれずに使える段階になっている筆者がリードして、これらの方法に比較的初心者である下田君ら5人のゼミ生との共同の適用事例である。夏休み前にスタートして、秋学期のゼミで4, 5回取り上げて議論/指導し、1月下旬に卒業論文として提出された。

実際の問題解決の過程は、いろいろな分析と解決策生成とが何回か行ったり来たりして進んだ。問題の分析が確実に行なわれ、それが解決策生成のバックになっていることが読み取れるであろう。この適用事例の大きな成果は、当たり前と思っている「制約」を取り外すことが、創造的な解決策を導く鍵であることを明確に示せたことであろう。

なお、「具体的な解決策がどのようにして得られたのか?」、また、「その過程でUSITの解決策生成法をどのように適用したのか? (適用すればよいのか?)」 という質問をよく受ける。それに対して明確に答えられる部分もある。例えば、

2段式の針(i) という案は、針の長さが固定であるという「制約を外すための苦肉の策」として出てきており、「半分にしてしまえ」というTRIZの分割原理 (USITのオブジェクト複数化法の中の分割サブ解法) にガイドされたものである。2段式ロケットだとか、ねじ込み式の棒だとかとの類似 (「ヒント」) はその後で出てきたように思う。

この短くした (縫うのには使えない) 針から、「玉止め専用の針」の発想がでてきている。縫うことをやめ、糸を絡めて通す (という「機能」) だけを考えると、長さ、太さ、穴の大きさ、穴の形状などの諸「属性」が自然に修正されていったのである。

「切欠きがある穴を持つ針」の市販品を、下田君がお父さんから見せてもらって持ってきたのは、大きな刺激になった。切欠きが左右対称になっていたのを、片側に寄せるという案は、「TRIZの非対称の原理」をベースにしている (片側にした方が製造が楽で、切欠きも大きくできる)。「完全な穴でなくてよい」というのが、(m)の「スリット」の発案の基礎になっている。またこのスリットの案は、ピンセットを連想させ、松葉を連想させるが、それらの連想はまだ解決策に具体化していない。

「ストローの小道具」(k) は、(c) の方法の改良の努力から生れている。最初は輪を作るための「筒」、「ラッパ状のもの」などが頭の中にあり、今の案とは逆の方に持ち手が想定されていた。(経過を思いだせないが) 「筒」でなくて、半分開いた「溝」でよいのだ、「溝」の方がよいのだと気がついて、ストローの切欠き案ができ、実際に作ってうまくいくことを確かめた。「筒」の発想は、「糸の輪を安定に支える」という「機能」を実現したいということから考えている。この「機能」を果たすための新しいオブジェクトを (小道具として) 導入したのである。その意味で、USITの機能配置法の適用といえる。(あるいは、後付けでいえば、USITのParticles法 (あるいはTRIZの「賢い小人たちのモデリング (SLP)法」で説明してもよい。)

要するに、解決策の生成においては、いくつもの「方向づけを持った思考の努力」が行なわれていて、 その中で小さな「アイデア」が生れている。考える方向づけを与えているのは、問題の分析の結果、および (筆者の場合には) TRIZの発明原理やUSITオペレータなどである。そして、多数の小さな「アイデア」が積み重なって、徐々に改良され、具体的な解決策のコンセプトとして形成されていくのだといえる。

本節の考察で述べていることは、基本的に「創造的問題解決の新しいパラダイム」が言おうとしていることを例示するものであると、筆者は考えている。

5. おわりに

技術分野における創造的な問題解決のパラダイムとして、従来の「知識ベース中のモデルをヒントにして、類比思考を行なう」という方式の代わりに、「USITの6箱方式」をベースにした新しい方式を創り、説明した。それは科学技術における問題解決の基本方式と考えられていた「4箱方式」に対して、その曖昧さを排して、はるかに明確な内容を与えた。

この新しい方式に則った問題解決のプロセスは、USITとして確立されている。そのUSITの適用法を、身近なやさしい問題に対する問題定義、問題分析、解決策生成法の一貫したプロセスとして、例示した。

この例題が示すように、「創造的問題解決」の核心には、「適切な方向づけを持った思考の努力」が存在するのであり、「ヒントを見出すこと」はその結果にすぎずない。この意味で、「USITの6箱方式」という新しいパラダイムは、「ヒントと知識ベースを用いた類比思考」という従来のパラダイムよりも、はるかに適切な思考の方向づけを与えているのである。

 

参考文献:

[1] 例えば、『TRIZ 実践と効用 (1) 体系的技術革新』、Darrell Mann著、中川徹監訳、創造開発イニシアチブ刊、2004年6月。

[2] "Unified Structured Inventive Thinking: An Overview", Ed Sickafus, eBook, URL: http://www.u-sit.net/; 川面恵司・越水重臣・中川 徹 訳: 『USIT の概要 (統合的構造化発明思考法): USIT eBook』、『TRIZホームページ』、2004年10月

[3] 「TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの5解法に単純化する」、中川徹・古謝秀明・三原祐治、ETRIA国際会議、ストラスブール、2002年11月; TRIZホームページ、2002年9月

[4] 「TRIZにおける解決策生成のためのUSITオペレータ: 問題解決のより明確な道案内」, 中川 徹, 「ETRIA国際会議"TRIZ Future 2004", フィレンツェ, イタリア, 2004年11月5-7日; 『TRIZホームページ』, 2004年10月 (和), 2004年11月 (英); TRIZ Journal, 2005年3月 (英)

[5] 「創造的問題解決の新しいパラダイム−類比思考に頼らないUSITの6箱方式−」、中川 徹、第27回日本創造学会研究大会、2005年10月29-30日、東京; 『TRIZホームページ』, 2005年11月

[6] 「創造的問題解決の技法〜「裁縫で短くなった糸を止める問題」を例として〜」、下田翼、大阪学院大学情報学部、卒業論文概要、2006年1月。

注: 『TRIZホームページ』, 中川徹 編集、URL:  http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/

 

 

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最終更新日 : 2006. 4. 4     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp