講義ノート: 創造的問題解決の方法論(10)
 問題の分析(3) 
   空間と時間の特性; 
   理想解からイメージする
  創造的問題解決の方法論
− 大阪学院大学情報学部 2年次「科学情報方法論」講義ノート (第10回講義)
  中川  徹 (大阪学院大学) , 2001年 12月13日
   [掲載: 2002. 6.20]   [ 注: 固定ピッチのフォントで読んで下さい]
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講義「科学情報方法論」(情報学部2年次)  第10回  講義資料
                                                      2001年12月13日   中川  徹

  問題の分析(3)  空間と時間の特性; 理想解からイメージする

目標:  問題の「空間」と「時間」の特性・特徴を明確にする。
       また, 目指すべき「理想解」を意識することの重要性を認識し, 「理想解」を手掛かりに
         問題解決する方法を学ぶ。
 
 
前回:問題の分析(2)  技術システムの機能と属性の分析

目標:   問題の「メカニズム」を分析するために, システムの「機能」 (働き) を分析すること, 
        そして, 「問題 (困ること)」 に直接関わる「属性」を明らかにする方法を学ぶ。

要点:  「メカニズム」の理解には, 通常, 各分野の専門知識が使われるが, 
         もっと大づかみに「システム一般」を理解して, ポイントを押さえることが有効。

       システムを「オブジェクト」 (構成要素) とその間の「機能」で表現し, 図示する。
          「機能分析」という。 
         同じシステムでも, 何が問題 (テーマ/困ること) かで, 表現すべき機能が異なる。

       システムを「オブジェクト - 属性 - 機能」 を使って記述すると, 理解が深まる。
         「属性」はオブジェクトのもつ諸性質のカテゴリ (種類) のこと。性質の値でない。

       シカフスの分析法 (USIT法の中の「閉世界法」による分析)
         「閉世界ダイアグラム」:  システムの本来の設計意図の簡潔な機能分析図
         「定性変化グラフ」:   問題 (困ること) を強める「問題因子」と弱める「抑制因子」を
                               「属性」として列挙する


 

1.  空間と時間による特性の分析

  前々回および前回の講義で, 問題 (困ること) を分析するために,
    「システム」一般について, つぎの面から考察してきた。

    ・ 何が「問題 (困ること)」 か?  ---  原因-結果の関係による 「影響」
    ・ 「問題 (困ること)」が起こる原因は何か?  --  原因-結果の関係での 「原因」

    ・ システムの本来の働き と 害や不足は?  -- オブジェクト間の「機能」
    ・ 「問題 (困ること)」 に直接関わる性質は何か?  -- オブジェクトの 「属性」

  今回の講義でまず取り上げるのは, 「空間」と「時間」という側面である。

    われわれの世界は, 物理的にはすべて, 空間 (3次元) と 時間 (1次元) の中にある。
      だから, すべての問題に空間と時間が関与してくるのは当然である。

      しかし, 広大無限の宇宙を単純に3次元(X, Y, Z)空間と捉えても,
              悠久無限の時間を単純に 第4次元の 1次元(T)と捉えても,
        実際の問題 (われわれが考えたい問題) には何の示唆も与えない。

  扱うべき問題ごとに適切に「空間」と「時間」を切り取って考えねばならない。
    切り取ったものが,  1箇所 --  1時間帯のこともあれば,
                     複数箇所 -- 複数時間帯 のこともある。 (分散システムなど)

    巨視的に見るべき場合もあり      km 単位    年 単位 など
    微視的に見るべき場合もある。    ナノメートル単位    マイクロ秒 単位 など

    また, 空間・時間の座標を直線的 (線形) でなく, 変形して考えるとよいこともある。

    空間と時間の両方が大事なこともあり, どちらか一方がより大事なこともある。

  演習:  問題:「自分はこの朝1時間目の授業に遅刻・欠席することが度々ある。」
          この問題について考えるとよい「空間」と「時間」はどんなものか?
          また, それをどのように図示するとよいか?
 
 

  演習:  つぎの状況の問題を考えるには, どんな「空間」と「時間」がよいか?
           「下宿生だが, 授業料・アパート代・基本的生活費の仕送りがある。
             コンビニで夜勤のバイトを週 3日している。
             授業には欠席することが多い。体が弱いので疲れがたまるから。」
 
 

  演習:  つぎの状況の問題を考えるには, どんな「空間」と「時間」がよいか?
          「パソコンが好きで, 夏休み中もほとんど外に出かけずにパソコンをしていた。
            インタネットとゲームとチャットを主にしている。
            昨夜も遅くまで友達とチャットをしていて, 今日は眠くてしかたがない。
            授業以外に家で勉強する時間はほとんどない。
            ゼミの英文講読もほとんど予習していかない。」
 
 

1.1  「空間」の特性の表現

  「空間」は具体的に目に見えることが多いから, 具体的な記述が適することが多い。
      地図, 路線図, 見取り図, 機械設計図, 配線図,
      断面図, 電子顕微鏡による拡大写真, その模式図, ...

  これらの具体的「空間」の中にいろいろな情報 (性質, 特性値, 役割など) を書き込み,
    「分布図」の形にするとよいことも多い。

  一方, 「空間」を大きく変形・簡略化して示した方がよく分かることがある。

    例:  通常の地図  ==>  地下鉄路線図
         ネットワークの学内配線図  ==>  学内ネットワークの模式図

    例:  学内LAN (インタネット) の概念図 (模式図)






1.2  「時間」の特性の表現

  「時間」は直接には目に見えない。
           われわれは「時間」をなんとなく「均一」なものと思っている。

  「時間」を表現する一つの形式は, 実際に時間をずらせて具体的に見せること。
      実験・デモでは実際に時間経過をやってみせる。
      複数の「静止画」を順次見せて「時間」の変化を見せるのが「動画」。
          映画, テレビ, アニメ など。

  もう一つの表現形式は, 「時間」を一つの「空間次元」に変換して見せること。

    具体的には, 時間経過に沿って  複数の図を並べて同時に見せる。
        マンガはこの形式。

    さらに, 「時間軸」を横または縦にとり, 連続的に変化するものとして表現した図。
        例:  年表, 時間割,
             経年変化のグラフ,

      この形式を習得すると,
        「時間」による変化, 特性 (特徴) を見せるのに, 最も明確になる。
              いろいろな図法が実用に使われている。

  例 (「バーチャート」の形式):  ソフトウェアシステム開発の計画

  例:  ソフトウェアシステム開発の計画と実際 (期間と工数の明示)
         出典: 『システムズエンジニア・ハンドブック』, 中原啓一, 加藤榮護共編,
                   オーム社, 1991年, p. 120

    このような図を作ると, 「時間」の変化による特徴が「目に見える」ようになる。

1.3  USIT法における空間・時間特性分析の例

  シカフスのUSIT法では,「空間」と「時間」の特性の分析を簡潔に行う。
    シカフスは, 「定性的」に (大雑把だが, 要点を捉えて) 適切なグラフを作れという。

  例:  「ゲートバルブからの漏水の検出の問題」 (中川  徹, 1999年3月)

  例:  「額縁掛けの問題」   (中川  徹, 2001年 7月)







  例:  「高層ビルの避難階段の問題」  (中川  徹, 2001年 3月)


 

2.  「理想」の認識と技術システムの「理想性」  (TRIZにおける概念)

2.1  問題解決の探索における「理想」の認識の役割

  いままで「問題 (テーマ/困ること)」を分析してきたやり方は,
    「現状」の「問題 (困ること)」があるシステムから考えることを基本にしてきた。

    まず「現状」を分析して,
      それを改良したり, 「問題 (困ること)」を解決するための「手掛かり」を得る
          ことを目的とする。
      この手掛かりを得ることにより, 単純な「試行錯誤」でなく,
        問題解決のための方向づけを得ようとすることである。

    これは, 模式的に「問題空間 (解決策空間)」ではつぎのように表現できる。

            単純な試行錯誤の場合           現状から分析する場合

                  .

      単純な試行錯誤では, 非常に多くの試行を必要とし, その方向が絞れない。
        一つ一つの試行は小規模にならざるを得ず, あまり遠くに行けない。

      現状から分析する場合には, 分析結果を手掛かりにして,
        試行・検討 (探索) すべき方向をある程度絞れる。
           (単純な試行錯誤では探索するだろう方向のうち, 無駄なものを削れる。)
        試行・検討 (探索)すべき新たな方向が見出せる。
        試行・検討を積み重ねることができ, 一層遠くまで行ける。

  しかし, これらの両方法が持っていない (少なくとも明示していない) のが,
    「何を目指すべきか?」,「理想は何か?」という観点である。

  いま, もし「理想」の解決策が分かるなら, 上記の探索はもっと違ったものにできる。

    ただし, 「理想」がすぐに実現できないことは多い。
        その「理想」が高度であればあるほど, 実現できないことが多くなる。

    しかし, 少なくとも, 「理想」への「方向」は分かる。
      それに近づくような, 実際的な種々の解決策を考えることができる。

      また, 必ずしも「現状のシステム」や「既存のシステム」から出発しなくてもよい。

  「理想」の解決策がイメージできる場合は, つぎのような模式図が描ける。

    この図で言おうとしているのは, 以下の点である。

      「理想解」の方向は, 従来の考え・分析では「盲点」になっていた可能性がある。

      「理想解」そのものが直接実現できなくてもやむをえない。

      「理想解」に近いもので「実現可能と思われる解決策」を考えることができる。
          それは, 「理想解」から現実の方に戻って考えるような考え方である。
          そのような案は単一ではなく, 複数考えることができる。
          そのような案は, 「現在のシステム」に頼らないで考えることもできる。

  また, 「理想」の方向を考えた上で, 「現状のシステム」の改良を考えることもできる。


 

2.2  「理想性」と「究極の理想解」 (TRIZの認識)

  TRIZ (「発明問題解決の理論」) :  アルトシュラー が樹立。
    その基本認識はつぎのようである。

    「技術システムは, 理想性の向上に向かって, 進化 (発展) する。」
        各個人の発想・発明よりも, ずっとずっと大きな歴史的潮流であるという。

  「理想性」 =  「主有用機能」/ (「質量」 + 「サイズ」 + 「エネルギー」)

    「主有用機能」: その技術システムが本来主要目的とする有用な機能
                      例:  自動車 = 人・ものを運ぶこと
                           コンピュータ = (広い意味で) 情報を処理すること

    「質量」:        必要とする (特に, 消費する) 「物質」とその量
    「サイズ」:      必要とする「空間」の大きさ
    「エネルギー」:  必要とする (特に, 消費する) 各種のエネルギーとその量

    なお, 上記の定義の式は, 非常に「定性的」なものである。
        (物理的な意味で上記の式を計算するとはできない。物理的な次元が合わない。)

    1980年頃から, 日本では, 「重厚長大」を良しとする重工業型基幹産業から,
                           「軽薄短小」を目指す情報技術産業への移行が唱えられた。
       コンピュータ関連技術では, この流れは特に急速で, 特に顕著である。

    TRIZの「理想性の向上」の概念は, この方向を非常に明確に捉えている。

  なお, 「理想性」の定義には, つぎのようなものもある。

    「理想性」 = 「有用機能」/ (「コスト」 + 「有害機能」)

        ここの「コスト」は 実質的に前記の式の分母と同じであるが, 明確でない。
        「有害機能」を分母に加えている点が, ある意味で分かりやすい。
        この定義の方が米国などでよく使われているが,
          「本質」を捉えて, インパクトがある点で, 中川は最初の定義が良いと思う。

  「究極の理想解」(TRIZ) とは, 上記の「理想性」が無限大になる解である。
      「主有用機能」(分子の式) が大きくなり, 同時に,
       分母の式がゼロになる (物質も空間もエネルギーも消費しない) 場合。

       いわば, 「何もないのに, 目的の機能を果たしている」場合である。
               「無から, 有を生む」場合。

     これは通常は「不可能」と思われているが, 「究極の理想」である。
         東洋の思想 (禅, 武道, ...) などには, このような思想の流れがある。

  「究極の理想解」の一つの表現は, 問題のシステムの一部を変容させることにより,
      「問題 (困ること)」が「ひとりでに解決する」ことである。

        [参考:  D.L. Mann, 「理想性と「セルフ-X」」 (中川訳), 『TRIZホームページ』, 2002年3月]


 

3.  理想をイメージして問題を解決する具体的な技法 (USITのParticles法)

  技術的問題 (テーマ) で, 「理想をまずイメージして, 問題解決を図る」という
    具体的な技法が開発されている。

    アルトシュラーの「小さな賢人たちのモデリング」の技法を,
    シカフスが改良・発展させて (USIT法の中の) 「Particles法」を作った。

  以下には, 「樹脂シートの発泡倍率の増大」の問題を取り上げて説明する。
             (中川  徹, 『TRIZホームページ』, 1999年 7月)

    USIT法で作ったこの問題の「問題定義」を再掲載する (第5回7頁参照)。







3.1  現状のスケッチと「理想」をイメージしたスケッチ

  Particles法では, まず最初に下図左のように, 現在の問題状況のスケッチを描く。

    このスケッチを描くときのポイントは,
      「問題 (困ること)」に焦点を合わせて, その「メカニズム」が分かるように描く。
      この例では, ノズルから樹脂を吹き出させる部分を拡大して描写している。

  つぎに, 「理想」の結果をイメージしてスケッチを描く。(上図右側参照)
    「理想」として「どうなってほしいのか」を図にする。
    「どうしたらそうなるか」(手段, メカニズム) を考えてはいけない。描いてはいけない。

    スケッチで描いたことの趣旨を簡単に言葉で説明しておくと良い。

3.2  「Particles」をスケッチに記入する

  ついで, 「問題状況」と「理想解」とのスケッチを見比べて,
    違いがあるところに x 印を記入する。(どちらの図に記入してもよい。)

    この X印 を「Particles」 (パーティクルズ; 「粒子」の意味) と呼ぶ。

  「Particles」は,
    「任意の性質を持ち, 任意の行動ができる, 魔法の物質/場である」と考える。

       (注: 「場」: TRIZの用語で, 物理的場 (電場,磁場など) だけでなく,
                     力, 相互作用, エネルギーなど を広く意味する。)

    「Particles」は何でもできる魔法のものです。
        そんなものがあったら, どうして貰いたいかを, 今から考えよう。
        はじめは「魔法」と考えて,自由に発想する。
        もちろん最終的には, 自然法則に従った方法でその発想を実現する。

      「Particles」は 心理的惰性 (固定観念) を打破するための心理的方法である。

3.3  「Particles」に託したい「行動」

  そこで, 魔法の「Particles」にしてほしい「行動」を考えなさい。
    それを, 日常の平易な言葉で, 思いつくままにどんどん言いなさい。

  まず, 「理想解」のスケッチの趣旨を, (複合) 文の形にして最上段に書く。
    ついでそれを個別の文にばらしていき, いろいろな「行動」の候補を書き出す。

    下図の上半分のような形式のダイアグラムにする。
      二つの行動を両方してほしいときはAND, どちらかでもよいときはOR。







    ここで, 技術的用語を使わず,日常の平易な言葉を使うのは,
      心理的惰性 (技術用語に伴う固定観念) を避けるためである。

3.4  「Particles」に持ってほしい「性質」を列挙する

  ついで, (図の末端にある) 各「行動」をすることができる「性質」を列挙する。

    できるだけ自由に考えて列挙すればよい。
    この段階では, 「本当に実現可能か?」という判断は入れない。
      広く, 自由に考えることを優先して, テンポを大事にする。

  この「性質」を列挙していると, 一つ一つ具体的な設定・やり方が頭に思い浮かぶ。
    それらを大事にして, 記憶し, できればメモやスケッチにしておく。
 

  本節3. に説明したUSITのParticles法は,
      実問題での問題解決に非常に使いやすく, 有効であった。
 
 
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最終更新日 : 2002. 7.15   連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp