TRIZCON2001論文: TRIZ/USIT適用事例
中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造−TRIZ/USIT適用事例
中川  徹,大阪学院大学
TRIZCON2001: 第3回Altshuller Institute TRIZ国際会議, ウッドランドヒルズ(米国), 2001年 3月25-27日
  [和訳: 中川  徹, 2001年 3月14日, 掲載: 2001年 4月 4 日]
本研究の原形は, 最初に日本語で2000年8月24日に, またついで英訳で2001年2月28日に, 本ホームページに掲載した。
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編集ノート (中川  徹, 2001年 4月 4日)

  本稿は, 先週米国で開催されたTRIZ国際会議で小生が発表した論文を和訳したものです。オリジナルの英文は英文ページを参照下さい。
    "Staircase Design of High-rise Buildings Preparing against Fire - TRIZ/USIT Case Study -"  by Toru Nakagawa

また,  国際会議TRIZCON2001の参加報告を今日掲載しましたので, 参照下さい。本稿の掲載に当たって, この国際会議を主催し, また学会発表論文の著者による別途公表を許可している, Altshuller Institute for TRIZ Studies に感謝する。

  本稿は, 昨年 8月24日に掲載した「TRIZ/USIT適用事例:中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造: 火災時に窓を開放する階段室」を編集して論文の形にしたものです。8月のもののうち, まえがき, (A) きっかけと背景, (C) 思考の過程と TRIZ/USITの影響 の部分を本文とし, (B) 発明説明書 の部分を対象ドキュメントとして, 事例研究の論文にしています。TRIZ/USITを使った問題解決の思考の過程について, 8月の生の記録を生かしつつ, より分かりやすくなったつもりですので, 参考にして下さい。また, 10節に「その後の状況」について記述しています。

   なお, 国際会議の発表の際に, TRIZのエッセンスについて, つぎのような50語のスライドを見せました。

Essence of TRIZ:
 Recognition that 
    technical systems evolve 
    towards the increase of ideality 
    by overcoming contradictions 
    mostly with minimal introduction of resources. 
Thus, for creative problem solving, 
  TRIZ provides with dialectic way of thinking, i.e. 
     to understand the problem as a system, 
     to image the ideal solution first, and 
     to solve contradictions.
TRIZのエッセンス:
「技術システムが, 
  理想性の増大に向かって,
  大抵リソースの最小限の導入により
  矛盾を克服しつつ
  進化する」 ことの認識。
そこで, 創造的問題解決のために, 
  TRIZは弁証法的な思考, すなわち, 
     問題をシステムとして理解し, 
     理想解を最初にイメージし, 
     矛盾を解決すること
  を薦める。 

   この発表論文に対してJohn Terninkoが 一般の人や高校生にも分かるよい事例だと言ってくれました。ただ, まだアイデアの段階であり, 専門家に考えて貰い, 実験により検証して, 実際の防災に生かすために多くの問題解決をしていかなければならないと思っています。ご意見をおよせください。
 
 
本ページの先頭 2. きっかけ 3. 問題定義 4. 従来技術 5. 課題の明確化 6. 矛盾の導出と解決 7. 解決策 9. 今後 原記録
2000年8月
英文のページ



 
 

中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造

−TRIZ/USIT適用事例−
 

中川  徹

大阪学院大学

e-mail: nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp






要約:

本論文は, 日常的なトピックスについて, 実際に一つのアイデアを得, それを一つの発明として記述した事例について報告する。TRIZの演習問題で, 火事になった高層ビルから緊急避難するための設備を改良するよう求めている問題を読んだときに, 著者はその問題を違う角度から捉え, 火事の際に, 煙突効果を防いで階段を避難に使うことがもっと重要だと考えた。そして簡単なアイデアを思いついた。「火事のときに階段の窓を開ければよい。」 一週間後に, 著者はこの解決策を予備的な特許申請の書式に記述した。この作業には形式的なプロセスは何も使わなかったけれども, 著者はTRIZとUSITの考え方に導かれていることを意識していた。問題定義にはUSITがバックにあって有用であった。また, 問題の分析と解決策生成には, TRIZが有効であり, 特に技術的矛盾の導出, さらに物理的矛盾の導出とその分離原理による解決を用いた。本事例の教訓として, TRIZの本当のエッセンスは, 実問題に対して, 自由に, そして形式にこだわらないで, 適用可能であることがわかった。
1. はじめに

 「発明問題解決の理論」 (TRIZ) を工業的な実用のために導入することは, 日本においてもその他の諸国においても, まだ幼児期にある [1]。 TRIZの普及に時間がかかっているのは, TRIZが貧弱だからではなく, 逆にあまりにも豊かだからである。TRIZは, 創造的な技術開発に有用な, 方法論と知識ベースの厖大な体系を持っている [2]。 ロシアのTRIZエキスパートたちは, 多年の集中的な訓練によってはじめて, TRIZを使いこなす能力を習得したのである。

どのようにしたらTRIZのエッセンスをもっと簡単でもっと効果的に教え・学び・適用できるか? がTRIZを推進・学習・適用する上での現在の主要課題である [3]

TRIZの本当のエッセンスは何だろうか?」が最も基本的な問いである。TRIZの重要な原理や方法, 例えば, 「40の発明原理」, 「76の発明標準解」, 「技術システムの進化のトレンド」, 「アルトシュラーの矛盾マトリクス」, 「ARIZ (発明問題解決のアルゴリズム)」などは, すべてあまりにも厖大すぎて, 本当の核心と見なすことができない。筆者は, TRIZを独自に学んできて, 特にサラマトフのTRIZ教科書 [2] の英語から日本語への翻訳 [4] の作業を通じて, 徐々にTRIZの核心を理解できるようになってきた。著者の現在の理解はつぎのようである。 「技術システムの進化, 理想性, 矛盾, およびリソースの諸概念がTRIZの核心にある概念であり, そして, 弁証法的思考 (すなわち, 進化し矛盾を持つシステムとして問題を捉えて, 解決する思考法) が問題解決のエッセンスである。」

創造的問題解決のためにTRIZを簡略化したプロセスが, 1980年代にイスラエルで開発され [5], ついでフォード自動車社のエド・シカフスによって改良されて, USIT (「統合的構造化発明思考法」) [6] となった。USITのプロセスは 3段階から構成される。問題定義, 問題分析, および解決策生成である。USITはTRIZの知識ベースを一つも使わないが, 上記の意味でのTRIZの思考法のエッセンスにしっかりと基礎を置いている。著者はUSITの日本企業への導入を試行してきている [7]

TRIZを実問題に適用した事例研究の報告が非常に求められているけれども, 企業の秘密保持方針のためにほとんど発表されていない。著者はこの状況を「TRIZ事例研究の矛盾」と呼んでいる [1]

このような状況で, 本論文は, 日常的な問題について一つのアイデアを得て, それを発明として記述した実際の事例について報告する。この研究は, 2000年8月 1日と7日に行い, その思考過程を2000年8月15日と23-24日に記録し, そして, 2000年8月24日に日本語でWWWサイト『TRIZホームページ』[9] に公表・掲載した[8]。そのもともとの掲載記事はつぎの4部よりなる。(1) まえがき, (2) きっかけと背景, (3) 発明説明書, (4) 思考の過程とTRIZ/USITの影響, である。本論文は, このもとの掲載記事 [8] から少し編集して学術的発表の形にしたものであるが, 思考過程のもとの記録を保持している。

本件の着想は小さくて素朴なものであった。「火事の場合に緊急避難路として階段を確保するためには, 階段の窓を大きく開いて煙突効果を防げばよい。」しかし, それを特許申請の書式にきちんと記述した結果, そのアイデアは大きく強くなり, ビルの設計のコンセプトになったのである。アイデアの形成と記述のすべての過程は, 直観的に非形式的に行った。しかし, 著者は, 頭の中でTRIZとUSITの基本的な概念を使っていることを明瞭に意識していた。問題定義の段階にはUSITを暗黙のうちに使った。一方, 問題分析と解決策生成段階には, TRIZにおける技術的矛盾の導出, そして, 物理的矛盾の導出とその分離原理による解決が有効であった。本論文は, このような, 非形式的で直観的なやり方だが, その本質においてTRIZ/USITに真に基礎を置いて行った, 創造的問題解決の実際のケースを示すことをねらいとする。

 

2.  本問題のきっかけとアイデアの形成
 

2.1  サラマトフの演習問題

2000年 8月1日, 私はユーリ・サラマトフ著の好評のTRIZ教科書「TRIZ: The Right Solution at the Right Time」 [2] を英語から日本語に翻訳する作業をしていた。翻訳第 3稿を英語の原文と詳しく照合しつつ推敲する段階にあった。そして, 私は問題43にやってきた。以下にその問題の全文を示す[4] (なお, 英語版の編者との質疑応答を反映して, わずかに改訂されている)。
 

問題43.   新しいビルはどんどん高くなってきて、20階、30階、50階、100階建てのビルが出現している。しかし、救命技術は実質上何ら変化していない。今日利用可能な最長のはしご車でも12階までしか届かない。また、[火事のとき、]階段やエレベータは巨大な煙突と化してしまうので、窓を通してしか人を救出できない。火の手はたちどころに広まり、超高層ビルを燃え立つろうそくに変えてしまう。ロープ、はしご、自動エレベータ、そして現在日本で製造されているハイテクの“空飛ぶ円盤”と言える小型ヘリコプターまで装備している救出隊も、当てにするのはやめたほうがよい。火の付いた建物から緊急避難する簡単で信頼性の高い方法が必要である。

 “救命チューブ”というものが発明された。弾性のある布でできており、グラスファイバーで補強されている。不使用状態での直径は人間の平均幅よりやや小さい。肘を張り出したり両膝を動かしたりすることにより、降下速度を調整できる。残念ながら、誰もがこの名案を活用できるわけではなく、このシステムはいくら訓練したとしてもお年寄りや子供には勧めることができない。G. ビルチンスキーがこのシステムを改良した(ソビエト連邦特許第1 024 098号)。
 

      .
 
G. ビルチンスキーが発明した重力降下装置

[人が乗ると]弾性チェンバー(1)が凹み、パイプ(2)を通して過剰な圧力が蓄圧器(3)に送り込まれる。その結果、ピストン(4)が押しやられ、ばね(5)が圧縮される。受けとめチェンバー(6)から人が出ると、ばねが伸びてピストンが元の位置に戻り、つぶれたチェンバー(1)に空気が流れ込んでそれを膨らます。

 あなたにはさらに改良を加えてもらいたい。技術システムの発展過程には終わりがないのだから。このシステムでは何がまずいか? もっと効率を上げ、大きさと重さを減らし、新たな機能を付け加えることを試みなさい。火事になるとは限らず、その場合、システムが用いられないことになってしまうから。


火事の場合の生き残りと救助の方法の必要がここには生き生きと書かれている。何年も前にテレビで見た米国映画「タワーリング・インフェルノ」(1974年) [10] を思い出した。高層ビルの火災を扱ったもので, 世界中に衝撃を与えたものである。火事になって, エレベータが動かなくなり, 階段は煙突効果のために火と煙が入り, 人々は最上階のロビーに閉じ込められ, 火炎が迫ってくる。これを見て, 高層ビルの火災から安全に避難する方法がぜひ必要だと思ったのは私だけではなかっただろう。

しかし, 緊急避難のための装置, 特に上図に示されているものは, 説明を何度読み直しても, うまく働くようには見えない。「このアイデアは何か間違っている」という漠然とした印象を, これを最初に読んだ時以来一年以上私は持っていた。
 

2.2  最初のアイデアの着想

私がビルチンスキーの装置に関する説明と図を繰り返し読んだのは8月1日のことであった。繰り返し読んでもそのメカニズムがよく分からず, この装置はうまく動かないのでないかと私は思った。これが本研究の出発点であった。

 -   このようにまっすぐな筒にすると, 階段と同じように煙突になりそうだなぁ。--  [注: 自分はそのときそう思った。ただ, この装置を建物の外壁に付ければ, 煙突ではなくなると今は思う。]
  -   人が乗る部分は, いくつ設置してあるのだろう。乗りたい所にあって, 降りていくときに他のが邪魔になってはいけないのだから。
  -   一人が降りるとその後どうするのだろう。乗り物をつぎの人のために上に上げないといけないが。--  [注: もし,リング状にして多数設置すればいいのかもしれないと, 今は思う。]
  -   空気の圧力をリザーブして使うというのは, あまりうまくいきそうにない。


   ともかく, この図のアイデアは技巧に走りすぎている。実際に動くものができたとしても, 使わないようなものにしか なりそうにない。もっと, 本質のところに戻って考えなければいけない, と私は考えた。

また, 思い出したのは, 緊急避難用のスローダウンという装置で, 私の大学の研究室のエレベータホールの近くの窓の所に設置してある。8階建ての建物の4階である。ベルトを身体の周りに回して, ロープにぶら下がって降りる。ケースに書いてある説明書きを読んだことは何回かあるが, 実地に練習・体験したことはない。非常時以外触ってはいけないものであり, 練習 (訓練) の機会はほとんどない。本当に火事になったときで, やむを得ないときには「決死の覚悟で」使うのだろうと思う。

そこで, やはり通常の施設を使うことをもう一度考えなおしてみるべきだと思った。「 エレベータは途中で止まり閉じ込められる危険があって使えないとしたら, 人間が本当に自分で行動できるのは, やはり階段だな。階段をもっと使えるようにするのがよい。階段が煙突になって使えないということだが, ...」 そして, アイデアが閃いた。「そうだ, 煙突にならなくすればよいのだ!

この要求の解決策は自明で, ほとんど瞬間的に得られた。「火事のときには階段の窓を開けばよい。階段に大きな開口部を設ければ, 煙突を分断することができる。階段が地上から最上階まで繋がっていても, 階段のすべての階に大きな開口部をつけて, 各階で気流と煙を分断すればよい」。このアイデアは小学校や中学校の生徒達が学校で習うような簡単な知識に基づいている。

私はこのアイデアを, 手元にあった小さなメモ用紙に数語で走り書きして, 翻訳の作業を続けた。
 

2.3  解決策を詳細に記述する

メモ用紙に書いたアイデアが自分の中で次第に大きくなり, 「階段の各階に大きな窓をつけるというアイデアは, 単純だがこの問題に非常に有効な解決策になるに違いない」と考えるようになった。そこで, 1週間後の8月7日の朝, 大学の夏休みで家にいて, このアイデアを書き出し始めた。書き始めてすぐに, 「発明説明書」という書式を使いはじめた。これは, 前職の富士通研究所で, 新しい発明のアイデアを特許の専門家に見せて助力を得るために使っていた書式である。その書式に従って, いろいろ行きつ戻りつしながら, アイデアを書き下した。

「発明説明書」の書式の主要項目は以下のようである。

1.  発明の名称

2.  従来技術とその問題点

    2.1  発明の利用分野

    2.2  従来技術

    2.3  問題点

    2.4  課題

3.  従来技術の問題点を解決するための手段  (すなわち, 発明の基本アイデア)

4.  実施例

5.  効果

6.  特許請求の範囲 (案)
 

私は, 1週間前に走り書きしたアイデアの小さなメモ用紙をそばに置いて, パソコン上で直接文書を書き始めた。文書は上記の書式に従い, そのままの順序で書いていった。しかし, 実際の執筆のプロセスは, 何回も行ったり来たりした。数行の文, あるいは一つ二つの段落を書くと, その新しく書いたものの後半部分は, 現在の項目よりもむしろ次項に書くべきことだと, 気がつくことが多くあった。そこで, その後半部分を次項目に回し, 現在の項目についてさらに書き足した。このような推敲作業を途中で何回もする必要があった。文書の主要部, すなわち1節〜3節を書き上げるのに, 約 6時間かかった。

この執筆作業の間に私は問題とその解決策についていろいろな点を考え, それを原稿に書いて行った。そのため, 私の考えはメモ用紙に走り書きした段階よりもずっとはっきりしたものになった。もし, 「TRIZやUSITのプロセスを使ったのですか?」 と聞かれると, 少し答えるのが難しい。私はTRIZ/USITの形式的なプロセスは使わなかったけれども, 私は頭の中でTRIZとUSITの思考法の沢山の原理を使い, それらを私のいままでの多くの経験や蓄積した知識と一緒に使ったのである。考えたり書いたりする間に, 自分のすべての能力を使ったのであり, その書式以外には何か一つの方法論を明確な形にして使ったのではない。それでもなお, つぎの 2点ははっきりしていた。

第一に, 問題定義として, 「階段を火事の場合にも煙突状にならないようにして, 避難のために安全に確保する」というように選んだ。この問題定義が本研究の問題解決のすべてを決定した。この問題定義のプロセスでUSITの思考方法を使ったのだと, 今私は思う。

第二に, 私が得た最終的な解決策はつぎのようであった。「平常時には, 階段は便利で快適で, 屋内にあり, 一方, 火災時には, 階段の窓を大きく外部に開くことによって, 階段を, 煙突効果がなく安全な避難路として,また消火と救助活動の基地として機能させる」。この解決策は, TRIZの時間による分離原理を明確に反映している。問題解決にあたって, この問題の技術的矛盾 (便利さ快適さと防火対策との矛盾) および 物理的矛盾 (階段が屋内にあり, それが同時にまた, 屋外にある) を私は明確に意識していた。TRIZによる矛盾解決のやり方を使っているのだということもまた, はっきり意識していた。これらのことは, 記述作業を始めてからすぐに, 意識するようになった。

以下の節には, 8月7日に書いた「発明説明書」の原稿をそのまま記録し, また, 8月1日に着想したときおよび8月7日に執筆作業をしたときの私自身の思考プロセスを, 8月15日と8月23-24日に分析・記録したもの [8] に従って記述している。

 

3.  問題定義のプロセス

本研究での問題を最初に設定するプロセスは, 実際には, 頭の中だけで行い, 文やキーワードを書いたり口に出したりすることは全くなかった。その頭の中のプロセスを明確にして説明すると以下のようであった。
 

3.1  問題の体系

サラマトフの演習問題の文章を分析して, その論理をより明確にするように, 「問題の木」の形式に変換した。つぎの図のようである。
 

高層建築が増えている。(20階〜100階など)

    → 火災対策が必要

          → 避難および救命対策を取り上げる

                 →  通常の手段を用いた避難

                           →  エレベータによる避難       × 煙突になるから

                           →  階段による避難            × 煙突になるから

                 →  消防による救出活動

                           →  はしご車による救出           △ 12階までしか使えない

                           →  救助隊による救出 (ロープ, はしご, ヘリコプターなど)     △ あまり期待できない。

                           →  窓からの救出活動

                 →  緊急避難の手段

                           →  救命チューブによる緊急避難                                × 誰にでもは使えない。

                           →  ビルチンスキーの重力エレベータによる緊急避難      × 改良の余地が多い。

                           →     新しい緊急避難方法の提案
 


上記に示したような問題状況の理解に従って, この演習問題は緊急避難の手段を改良するようにわれわれに要求していることが理解される。「しかし, そのような装置の見通しはあまり明るそうにない」と私は考えた。

やはり, この問題の最初に戻って, 火災から避難し, 人々を救助するための方法を考え直す必要がある。火災の早い段階で避難でき, 救助できることが一番大事だろう。だから, '通常の手段を用いた避難'をベースにして何か良い方法を見つけるべきだ。実際的で広く使えるものでなければならない。そのような方法がだめだと言われた理由をもう一度考えよう。'[火事のとき、]階段やエレベータは巨大な煙突と化してしまうから' とテキストは言っている。この理由を考え直してみるべきだ。どうしても煙突のようになるのだろうか? 煙突のようになるのを防ぐ方法はないのだろうか? ...」 このような考え方が本研究の問題定義の鍵であった。

以上に記したように, 問題全体 (すなわち, この場合では, '火災時の避難および救命対策') を考え, 問題の全体的構造 (すなわち, 上記のような '問題の木') を, いろいろな従来のアプローチを含めて, 考えることが最も大事であった。当面要求されている具体的な問題 (すなわち, この例では, 'ビルチンスキーの緊急避難装置の改良') を, 問題の体系全体の視点から再吟味するべきである。
 

3.2  USITにおける問題定義

このような思考法は, 問題定義段階のUSIT法と良く対応している。USITは (TRIZのエッセンスも同様であるが) 問題をシステムとして考えることを推奨する (ただし, 上記の '問題の木' の表現法はUSITの中にはない)。シカフスは, それを解決すると大きな利益が得られるような問題を選択し, その問題の中の最も本質的な課題に焦点を当てるように, 推奨している。USITの問題定義段階では, 問題解決チームの中の討論とリーダーの指導を通してこれらの点を考える (注: USITの実施には, その問題の技術者たちとUSIT実践者たちとの共同チームで行うことが推奨されている)。そのような討論の結果として, 問題を持ち込んだ担当者が当初に定義していた問題とは違って, より本質的な問題定義にUSITがチームを導くことがしばしばある。

さらに, 問題定義段階で, USITはつぎの点をチームで考え・議論するように要請する。「何が問題なのか? 何が考えられる根本原因なのか? 問題の (物理的) メカニズムは何か?」 と。本ケースの場合には, 「どうして火災から避難し, 救助するのがそんなに難しいのか?」と, USITが考えさせる。そうして, 「火災の避難が難しいのは, エレベータも階段も使えなくなるからだ」 ということが明らかになる。ついで, 「どうして使えなくなるのか?」とまた尋ね, 「煙突のようになるからだ」という答えが得られる。そこでさらに自問する。「それでは, どうして煙突のようになるのか? どんな物理的メカニズムによるのか?」と。かくて, 煙突のような形をした階段の問題点を理解するようになる。背の高い空洞の筒で, 途中に開口部がない形である。このような一連の質問の結果, 本ケースの問題定義を全く自然にすることができた。すなわち, 「階段を火事の場合にも煙突状にならないようにして, 避難のために安全に確保する」。この問題定義を得て, 私がその解決策のアイデアを思いついたのはほとんど瞬間的であった。
 

3.3  定義された問題が発明のタイトルになる

「発明説明書」の書式の最初の部分は, 問題定義段階の考察とその結果にほぼ対応している。このケースでは, 私はつぎのように書いた。

1.発明の名称: 

      中高層建築物における火災時の煙突効果を防止した階段室の構造

2.従来技術とその問題点

2.1  発明の利用分野

       数階以上の高層建造物全般の設計に関わるもので, 火災や地震発生時の避難対策を予め考慮した設計および建築構造に関わり, とくにその階段室の構造に関わる。


 

4.  従来技術とその課題の分析プロセス

「発明説明書」の書式, すなわち実質的に「特許申請書」の書式, はそのつぎに, いままでに知られている従来技術とその課題を記述することを要求している。このステップは, 面倒に感じられるものであり, TRIZやUSITのような '創造的問題解決' のプロセスにおいてはスキップしたいと思うことも多いが, アイデアの創造性/新規性を主張するためのこの書式においては必須のものである。この節の執筆作業は, 新しいアイデアを吟味し, 強化するのに, 本ケースにとって非常に実りの多いものであったことが分かった。
 

4.1  全体的分析

ドキュメントの2.2節の最初の部分では, 火災における避難と救助のための従来のさまざまの技術の概要を書き, 階段を効果的に用いることの必要性を強調した。

2.2  従来技術

高層建築物において他の階への上り下りのためには, 通常, (a)エレベータ, (b)エスカレータ, および(c)階段が用いられる。しかし, 火災や地震が発生したときに緊急に避難するための階の上り下りに関しては, エレベータを使用禁止とするので, (エスカレータは一部利用可能な場合もあるが,) 階段がその主要な役割を担う必要がある。

... < 階段に関する記述は後に引用する > ...

   なお, 火災がひどくなってから, 高層建築の各階に取り残された人々の避難と救出のためには, 非常用降下装置, 梯子車, へリコプター, などがある。しかし, これらは, 火災発生の初期・中期における適切な避難が出来なかった場合の緊急処置であり, このような処置の必要をできるだけ少なくすることが, 本発明の意図である。

2.3  問題点

  高層建築はますます高く・大きくなり, 広範に利用されつつある。しかし, 火災が発生すると, 火は一つのフロアで広がるだけでなく, 非常に早く上層のフロアに広がり, 上層に取り残された人々を救助することが極めて困難になる。高層建築において, 火は空調や各種配線のためのダクトを通って上階に広がるだけでなく, エレベータやエスカレータや階段などが煙突の役割を果たして火が広がることが知られている。

  エレベータは火災や地震の発生時には, 使用禁止にするのが現在の基本である。駆動・制御系統の故障により閉じ込められるのを防ぐこと, また, エレベータ室が煙突となって熱・煙・有毒ガスなどに曝される危険があるからである。

  エスカレータは, 火災発生初期などには利用可能の可能性があるが, 被害が広がると停止すると考えられる。停止しても, 階段としての役割をすることは可能であるが, 滑りやすいという難点がある。

  そこで, 階段が使えるかどうかが, 非常に大きな意味を持つ。階段が使えれば, 人々は周りの状況を判断しつつ, 自分で行動できるからである。そこで, 前述の分類に従って, 階段の問題を検討すると以下のようである。

この節の記述は問題状況とその焦点に対応している。そこで, 問題定義段階における思考をここに論理的に説明しなければならない。問題の状況を十分説明することによって, 問題の意義とそれをうまく解決したときに得られる可能性のある利点をより一層説得力のあるものにできる。
 

4.2  従来の階段の分類

そのつぎに, 階段の従来の設計とそれらの問題点を体系的に書いていった。この部分の執筆作業が本ケースの執筆作業の中で最も重要であったことが後で分かった。私は自分の知識や体験を, できるだけ体系的に論理的に書き下すように努力した。私は建築の専門家でも, 消防の専門家でもないから, このテーマに関する私の知識や体験は常識レベルのものであり, この事例報告の大部分の読者と同程度であろう。

私は, 霞が関や新宿 (東京の都心部) , その他の地域や諸外国などの, 高層のオフィスビル, デパート, ホテル, 大学の建物, マンション, ショッピングセンターのビル, などの沢山のイメージを思い出すようにした。そして, それらの階段の設計の特徴を, 火災の非常時の観点から分類することを試みた。やがて, 私は, 階段の構造を二つのカテゴリ (すなわち, 建物内と建物外) に分け, さらに全部で四つのカテゴリに分類した。2.2節 (従来技術) において, 私は階段をつぎのように記述した。

   その階段に関しては, 建物内の階段では階段室自体が煙突になる場合があるため, 建物外壁に非常用階段を設けることが多い。ただし, 建物外部に階段をつけると, 日常的な盗難防止・侵入防止の問題が新たに発生し, その観点からも階段の構造を検討する必要がある。

  これらの観点から, 高層建築物における避難通路としての階段の構造は, つぎのように分類できる。

(A) 「内階段」:  建物内部に設置されている階段。
  (A1) 内階段非分離形式:
その階のフロアと階段とが火災対策としては分離されていないオープンな形式

  (A2) 内階段分離形式:
その階のフロアと階段とが火災対策として分離されており, 階段が明確な階段室を形成している形式。

(B) 「外階段」:  建物の外壁に設置されている階段
  (B1) 外階段非常用形式:
階段は完全に建物外部として扱い, 階段と建物との間に通常は鍵をかけて通行を禁止する。非常時のみ内部から鍵を自由に開けることができる。

  (B2) 外階段外部通路形式:
階段部分は, 盗難・侵入防止の観点からは, 建物外部と して扱い, 階段・踊り場・通路などは, 外部から自由に 利用できる。建物の内部への出入りは, 各階/各室で適当な鍵を用いて管理しているもの。低層および中層のアパート建築などでよく使われている形式。


階段をこのように分類することは自明のことに見えるかもしれないが, それは予め与えられているものではなく, 非常に重要なことである。分類のスキームを定義することは, 概念を定義するプロセスなのである。分類の体系は, さまざまの形と構造を持つ階段を, 適当なカテゴリにスムーズに仕分けていくことができなければならない。すなわち, 従来の階段はどれでも, どれか一つのカテゴリに受け入れられなければならない。しかしながら, そのような分類体系を構築するときに必須のことは, この発明で新たに提案する階段の設計が, その分類の枠組みの中で新しいカテゴリを必要とすることである。
 

4.3  従来の階段の課題の分析

「発明説明書」の2.3節において, 従来の階段の課題・問題点を説得力をもって書かねばならない。そこで, 階段の四つのカテゴリの一つ一つの問題の分析を行った。常識を用いて, また自分の科学/技術的バックグラウンドのなにがしかを用いて推論し, 私はこの部分を以下のように記述した。

 そこで, 階段が使えるかどうかが, 非常に大きな意味を持つ。階段が使えれば, 人々は周りの状況を判断しつつ, 自分で行動できるからである。そこで, 前述の分類に従って, 階段の問題を検討すると以下のようである。
(A1) 内階段非分離形式:
火災が発生した階で, 火および煙・有毒ガスがこの内階段に入ってしまう。このような階段では, 上階へ瞬く間に火が回ることになる。よって, 現在の中高層建築では, このような形式の階段は避けられている。高層建築内の店舗部分などでも, 階段やエスカレータを平常はオープンな感じにしておき, 火災時には防火シャッターで分離するのが普通である。

(A2) 内階段分離形式:

火災時を想定して, フロアからは耐火性の防壁で分離し, 建物内の通路に対 しても防火扉を設置する。フロアからは分離し, 階段室として独立させ, それを上下に連ねた構造をしているのが普通である。現在の高層建築の階段の基本的な構造である。しかし, 火災が起きている階で防火扉が閉じられなかったり,  壊れたり, 不完全であったりすると, そこから火・煙・有毒ガスが入り, 上層までずっと昇ってしまう。

現在の多くの高層建築では, このような階段室はエレベータ室の近くの目立たないところにあり, 外壁で覆われ, 窓もないことが多い。このように閉鎖した構造になっているのは, 平常時の空調などの配慮によるものであろう。 このように分離された階段室が閉鎖構造であることが, 煙突効果を引き起すことにもなる。

(B1) 外階段非常用形式:

この形式の階段は, 非常用にだけしか使わない。このため, ふつうは簡単な (粗末な) 構造が用いられており, 必ずしも点検・保守が行き届かないことになる。また, 盗難・侵入防止のための鍵の扱いが問題になる。内部からは非常時に備えていつでも誰でも開けられるようにしておき, 外部からは開かない仕組みにしてある。それで, たまたま内部から開けられ放置されていると不用心になる。

この形式は, 多くの場合に外壁にむき出しで取り付けられているので, 煙突効果がなく, 熱・煙・有毒ガスなどが充満することがないのが長所である。ただし, 本格的な高層建築では, 美観上の観点からあまり採用されない。

(B2) 外階段外部通路形式:      

この長所は(B1)と同様に, 閉鎖的ではないから, 煙突効果がなく, 熱・煙・有毒ガスなどが充満することがない点である。

問題は, 常時使う外階段があり, すくなくとも階段の各階の踊り場までは建物の外部と同じになるので, 建物の内部への出入りを規制するために, 鍵などの防犯設備を備えることが必要になる。各フロア単位またはフロア内の各室の単位で利用者の独立性が高いときには, それでよいが, 複数のフロアを一つの事業所として利用するような場合には, 不便である。また, 階段部分は基本的に屋外であり, 風雨に曝され, 空調などが利用できない。


 

5.  問題をさらに分析して, 解決すべき課題を明確にする

「発明説明書」の書式は, そのつぎに「解決すべき課題」を書くことを要求している。そこで, さまざまな従来技術の問題をまとめ, 解くべき課題, あるいは, 達成すべき目標を結論づけるようにわれわれは導かれる。

そこで私は四つのカテゴリの階段の問題点をまとめはじめた。「カテゴリ(A1)は火が容易に燃え広がる大きな欠陥がある。内階段分離形式のカテゴリ(A2)は延焼を防ぎ, 非常時の避難路として役立てることをねらっているが, 実際には, 煙突効果によって火や煙が一旦入ると, 使えなくなるという欠点をもっている。火災時の避難路としての安全性という観点からは, 建物の外壁に作られている(B1)と(B2)の階段がずっと優れている。

それなら, 外階段を採用すればそれでよいのだろうか? 残念ながら, そうではない。建物の外壁に作られた階段は, 日常における防犯安全性に関して問題をもっている。 非常時だけ使う階段(B1)は, 意図的あるいは意図せずに非常用ドアが開けたままにされる危険がある。フリーアクセスの外階段 (B2) は, 高層マンションなどでよく使われるが, そこでは, 居住者が各室の鍵を独立に管理している。そのような安全管理のやり方はいろいろな用途の大きなビルでは必ずしも便利ではない」。

そこで, 「発明説明書」の2.3節, 2.4節には, 私はつぎのように書いた。

   以上のような問題点をより大局的に見ると, 結局, 平常時の利用のしやすさ・快適さ・防犯安全性に対して, 火災や地震などが発生した非常時における利用の確実性・安全性・有効性などを, どのようにして両立させるかが問題であると言える。大まかにいうと, 内階段の方式(A1)(A2) は平常時を優先させて非常時に弱い。外階段の(B1)は平常時に使わないで, 非常時専用であるが, 付け足し的であり, 本格的な高層建築の主要設備というわけにいかない。外階段の(B2)は火災対策としては長所があるが,階段は外部として扱うので, 適切な建物の用途が限られる。

2.4   課題

  本格的な中層・高層建築に設けるべき階段で, 平常時にも利用しやすく, 快適で, 防犯の安全性が確保されており, また, 火災や地震が発生したときにも, 安全で確実・迅速に避難できるための避難路として, 設計・建造されているものが必要である。特に, 火災発生時に, 煙突効果を生じないで, 火災の火・煙・有毒ガスなどの充満がないことが大事である。

  また, 火災や地震が発生したときに, 階段が避難路だけでなく, 一時的な避難場所となりうること, 階段の任意の階から緊急救助が可能なこと, 建物の被害の様子を避難中の人が自分の目で判断できること, 建物の周りや外の状況を判断できることなどが, 副次的な機能として, 同時に望まれる。


従来技術の問題点を分析・記述する上記のプロセスは, TRIZの分析プロセスに近い。私は, 頭の中で, いくつものTRIZの方法をフルに使ってもっと深くこの分析作業を行ったと言える。解くべき課題を結論づけたり, 「発明説明書」のつぎの節の「従来技術の問題点を解決するための手段」を記述するには, そのような深い分析が必要なことは明白である。ドキュメントの記述はそのような分析の結果であるが, 分析過程そのものは明瞭に記録されることはほとんどない。

そこでこの事例研究の論文では, 「解くべき課題」の節を書き, そのつぎの「問題解決の手段」の節のための準備をしていた間の, 自分の実際の思考過程を記録しておくことが, 重要であるにちがいない。次節にTRIZの概念をおもてに出して, 私の思考プロセスを説明する。

 

6.  TRIZを使って矛盾を導出し解決する
 

6.1  技術的矛盾を明らかにする

前節に書いた分析により, つぎの点か明らかになった。火災の場合の緊急避難路として確保する目的には, 階段は建物の中 (すなわち, カテゴリ(A1)と(A2))ではなく, 建物の外の外壁に (すなわち, カテゴリ (B1)と (B2)) 設けるべきである。しかしながら, 通常の場合の防犯安全性や, 日常の使用の便利さ・快適さという観点からは, 建物内の階段のほうが, 建物外のものよりもずっと優れている。だから, 建物の外に設ける階段は, 限定された用途の建物でのみ採用できるだろう。

この記述は, TRIZ理論でいう「技術的矛盾」の定義にそのまま対応している。われわれはいま高層ビルをシステムとして捉え, 階段をそのサブシステムとして扱っている。階段のシステムにおいて, 非常用避難路としての機能を改良しようとすると (階段を外壁につけることになり), 便利さ, 快適性, 防犯安全性などのシステムの機能が許容できないほど悪化する。すなわち, われわれはここで, 「システムの一つの側面を改良しようとすると, 他の側面が許容できないほど悪化する」 という型の矛盾に直面している。この型の矛盾をTRIZでは「技術的矛盾」と呼んでいる。

このような矛盾に直面すると, 現場の技術者たちはしばしばトレードオフを探そうとする。しかしながら, このケースではあまりよい妥協策が見つかっていないので, 数階のビルではたいてい非常用に限定した外階段 (すなわち B1) を採用し, 一方, 高層ビルでは, 緊急避難路を確保しないままで分離型の内階段形式 (すなわち A2)を採用している。このため, この矛盾を破ることが, 本研究で解決すべき課題なのである。
 

6.2  物理的矛盾を明らかにする

上記の技術的矛盾をもっと注意深く考察すると, われわれはもう一つの見方に自然に気がつく。それは, 非常の場合の時間帯と, それよりもずっと長い日常の時間帯とを区別する見方である。 われわれは, 日常の使用のために, 階段は, 便利で, 雨・風が凌げ, 空調がきいており, 防犯に安全であることを望んでいる。火災による非常時というのは例外的な時間帯であり, 火災から安全に避難するためのルートとして階段を確保しておきたいと望む。火災時のこの特別な時間帯の間は, 雨・風が凌げるとか, 泥棒の用心がよいとかを, だれも問題にしない。

USITでは, 「空間・時間特性分析」の段階で, この種の特性を常に吟味する。日常生活の平常の時間帯が長く続き, そして突然に火災の非常時が起こるかもしれない。平常の間に, 予期できない非常時に備えて, 何をどうしておくべきかが, 災害対策の課題である。

このように考えると, 階段の設計に対する要求はつぎのように書ける。「平常時に, 便利で, 雨・風を凌げ, 空調がきいていて, 泥棒などから安全であるためには, 階段は建物内に設けるべきであり, 他方, 火災時に安全な避難路として確保するためには, 建物の外側に設けるべきである」。

上記の記述は, TRIZでいう「物理的矛盾」の記述とよく対応する。「技術システムの一つの側面について, 正方向と逆方向の要求が同時にある」という状況をTRIZでは「物理的矛盾」という。本ケースでは, 階段システムが, 平常時のさまざまの要求を満たすためには建物の中に設けることを要求され, 一方, 火災のときの要求のためには建物の外に設けることが要求されている。すなわち, 階段に対して矛盾する要求があり, 建物の中に設ける要求と建物の外に設ける要求が同時にある。
 

6.3  TRIZの分離原理が物理的矛盾を解決し, パズルを残す

TRIZは問題を解決するために, 問題を技術的矛盾に変換し, それをさらに物理的矛盾に変換することを推奨する。特に, 物理的矛盾を解決するための非常に明確で強力な原理をTRIZは提供している。それが「分離原理」である。システムの一つの側面に対して正の方向とその逆の方向への要求が同時にあるという矛盾に直面しているとき, TRIZはわれわれに問いかける。「その二つの反対の要求は本当に同時に実現しないといけないのか?」そして, もっと綿密に再考することを薦めるのである。「二つの要求を空間に関して分離できないか? 時間に関して分離できないか? あるいはその他の条件で分離できないか?」と。本ケースでは, 全く自明なほどに, 二つの要求 (すなわち, 建物の内/外に階段を作る) は時間帯で分離されている。つまり, 一方は平常のときに, 他方は火災の非常時の要求である。

物理的矛盾を分離原理で解決するためのTRIZのガイドラインは非常に明確であり, つぎのようである。「二つの要求が時間で分離できる場合なら, 要求が正方向である時間帯には, その正方向の要求を満たし, 他方, 要求が逆方向の時間帯には, 逆方向の要求を満たせばよい」。本ケースについて当てはめると, 「平常のときには, 階段を建物の中に設けて, 便利で, 雨・風を凌げ, 空調がきいており, 防犯上も安全にすればよく, 火災の非常時には, 階段を建物の外に設けて, 避難路として確保すればよい」。われわれはこのメッセージの本当の意味をよく考え, どうすればそれを実現できるかを, つぎのステップとして考えなければならない。
 

6.4  物理的原理を導入する必要

さて, 上記の要求を実現するステップにおいて, 何らかの物理的原理 (あるいは, 化学的, 生物学的, 社会的原理など) を導入する必要がある, とサラマトフのTRIZ教科書は言っている [2]。われわれのケースでは, 何らかの物理的原理を導入して, 上記のパズルのような要求を実現しなければならない。「平常時には階段を建物内に作り, 火災のときには, 建物外に作る」。

本ケースの場合には, そのような原理 (パズルのような要求を解く鍵) は, 普通の人の常識的な知識の中に容易に見つけることができる。「大きな窓 (開口部) を階段の各階に備え, 火災のときにはそれを大きく開け, それによって階段を建物外に建て替えたのと同じ効果を実現すればよい」。

この手がかりは常識的知識で得られたけれども, 事実それは煙突効果という物理的原理をベースにしているのである。建物の中にある階段は, 煙突効果のために火や煙が速く広がってしまい, 避難路として使えなくなるという欠点をもっている。この煙突効果を避けるねらいで, 外階段が設計されてきたのである。

煙突効果を少しばかり科学的にいえば, つぎのようである。「中空の筒が長く垂直に伸びており, その下部 (あるいは中程) により高温の空気があるなら, 筒内に下から上に強い気流が形成される。その筒の中程に開口部を設けると, '煙突' は有効的に二分割され, 気流を局所的にして, 全体として弱める」。われわれはこの物理的効果をよく知っているので, 階段の各階に窓をつけるという素朴なアイデアがいくらかの科学的基礎をもっていて, うまく働くだろうと分かるのである。

6.5  USITはもっと早い段階で物理的メカニズムを考察するように導く

上で説明したように, TRIZでは, (物理的) 矛盾を定式化した後に, その矛盾の解決策を見つけるために何らかの科学的/技術的原理を参照しようとする。しかしながら, 科学的/技術的原理による考察を問題解決のプロセスのそのように遅い段階でだけ使うべきものではない。事実, USITにおいては, 問題を定義する早い段階で, 問題の物理的メカニズムを検討し, 考えられる根本原因を探索する。

だから, USITのアプローチでは, 本ケースの問題を考える初期段階で, 問題のエッセンスをつぎのように捉える。「建物内に作られた階段は, 火災のときに煙突のようになり, 避難路として使えなくなる」。そしてその物理的メカニズムを考える。煙突効果についての (科学的/工学的) 考察から, 垂直方向の長い中空の構造がこの煙突効果を起こしているのだと分かる。「そういうことなら, 階段に窓を作って開き, 中空の筒を小さく分割すればよい」-- このアイデアは容易に出てくるであろう。

 

7.  解決策を構築し, それに工学を取り入れる

いまやわれわれは矛盾を解決し, 基本的なアイデアを明瞭に得た。そこでつぎのステップとして, この核になるアイデアを拡張し, さまざまの工学的考察をして統一的で実際に実現可能性のある解決策を作りあげよう。私はこの段階の作業を, 「発明説明書」の 3節「従来技術の問題点を解決するための手段」の執筆を通じて行った。私は, 微小の改訂を繰り返してこの節を書いた。さまざまのアイデアが出てきた順番は最終的な文書に書かれている順番とはもちろん異なっている。しかしながら, 思考の主要なプロセスは仕上がった文書とほとんど同じ順番であった。
 

7.1  解決策の記述

ドキュメントの 3節を引用するとつぎのようである。

3.  従来技術の問題点を解決するための手段

  上記のように問題を整理すると, つぎのような基本的な考え方ができる。

 (1) 平常時の便利さを考えると, 「内階段」の方式を基本とする。
 

その階段は常時使っているもので, 風雨に曝されることなく, 空調もできており, 防犯上も問題がない。  (2) 防火,延焼くい止め, 避難路の確保などのために, 「内階段」の中でも, 「分離方式」を基本として採用する。
各階のフロアからは, 耐火性の壁あるいは防火扉で分離する。
その階が燃えていても, 防火扉で仕切っており, 階段室は延焼しない。
また, 火・煙・有毒ガスなどを, 防火扉でできるだけくい止める。
階段室は, 不燃性材料を用い, 有毒ガスなどが発生しないように建築する。
防火扉の下部, 床から10〜30 cmの部分に耐火ガラスの窓を設けるとよい。
      真っ暗になった室内から, そこに非常口があることが分かる。
      外部から消防や救助隊が扉を開けずに中の状況を覗くことができる。
      下部にあるので, 炎の影響を受けにくい。室内の避難者を床の方に誘導できる。
 (3) 火災および地震の発生時には, 階段室の窓などを大きく外部に開放する。
 「内階段」の構造に, 非常時だけ「外階段」の構造を取り入れることである。
このためには, 階段室を外部に向いた窓を持つ位置に配置しておく。
これは, まず第一に, 煙突効果をなくす役割をする。高層建築の下から上への一本の筒 (煙突) であった「内階段」に対して, 各階すべてで穴が開いたことになり, 煙突は一階ごとに分断されてなくなる。
煙突効果がなくなると階段室が火の上階への延焼通路となるのを防げる。
階段室に入ってきた煙や有毒ガスは, 開口部から外部に逃げるので, その階および上下の階の階段室に充満することはなくなる。
階段室では新鮮な空気を吸える。このため, 火災の中でも一時的な避難場所となりうる。
  (4) 非常時に, 階段室で開放した窓を緊急救助の出入り口として利用する。
避難者・負傷者などと外部の消防・救助隊などとの連絡口
緊急降下装置の設置場所
消防隊・救助隊などの進入口 (梯子車, ヘリコプタなども使える)
また, ここから建物の外壁全体が見渡せるようにすると, 避難者が的確に安心 して避難できるようになる。
見渡せるためには,外壁からすこし張り出していることが一案であるが, そうでなくても凸面鏡が(火災時だけ)張り出して設置されるようにできていれば, それでもよい。
  (5) 非常時に, 階段室の開口部の開放を建物制御室から操作できるようにする。
階段室の現場でも操作可能とするが, 混乱している時に避難者が操作することは難しいと思われるので, 建物制御室から操作可能にしておく。
開ける方向には, 現場と制御室のどちらからでもできるようにする。(閉める方向は, 現場優先とする)
平常時に現場で開けた場合には, 制御室で警報が表示されるようにする。
開口部は, 平常も透明のガラスとし, そこが非常時の開口部であることを利用者が知っているようにする。
開口部のガラスは, 割れても怪我をしないように, 割れる時には,粉々になるようにする。
  本発明の要点は, 中層・高層建築の階段として最も一般的に採用されている「内階段分離形式」の階段に, 非常時には外部に開口する開口部を備え, 非常時にはこの開口部を開放して, 「外階段」と同様になるようにし, 階段が煙突の効果を持たず, 安全な避難通路として確保され, 同時にこの階段を避難・救助の基地としようとするものである。
7.2  解決策をトップダウンのやり方で設計する

これらのアイデアは, 設計の主要原理から詳細へと向かうトップダウンのやり方で書かれている。最初に, 階段の新しい設計は, 「建物内の階段」として規定し, ついで, 従来の設計の(A2)と同様に「分離形式」と規定している。そして (3)項において, さらに, 火災の場合に階段の窓を大きく開くことを規定している。この規定が本発明の解決策のエッセンスである。(1)(2)項は平常時における階段の基本的な設計を記述しており, (3)項と一緒になって一つの統合的な解決策を形成しているのである。

(4)項は, 階段の開口部とホール・踊り場が, 消火と救助活動のための入り口と行動基地として役立つように規定し, 付加的な利点としての機能を主張している。新しい解決策をシステムの一部分に導入した後には, その解決策の利点を最大限に生かすように, システムの他の部分を検討し, さらにまた上位システムを改良するようにと, TRIZは薦めている。火災のときには, 新しく設計した階段が, 避難のために下りるのに使えるだけでなく, 建物が燃えている間でさえしばらく安全に留まれる場所として使える。安全な空間としての階段は, 消火と人命救助のために積極的に使うべきである。大きく開かれた窓は, 消火と救助の消防隊が, 建物外のスタッフと連絡を取りながら活動するのに便利である。消防隊の指揮者が活動中の隊の様子を見ながら, 隊を誘導できることが利点である。

(5)項はこの窓の設備の制御のしかたを規定している。技術システムを設計するに当たって, それをどう制御するかを記述することは必須である。私は現代的な高層ビルをイメージしてその制御システムを書いた。また, 現場にいる人々が非常時に自分たちの判断で最善の行動が取れるようにこの制御システムを規定している。
 

7.3  USITにおける特性を捉えた時間軸

本解決策を執筆する過程で, USITの「空間・時間特性分析」の方法が, 自分には非常に有用で, 示唆に富んでいた。USITでは, そのシステムごとに特に選んだ「時間軸」 に応じてシステムの特性を分析することを推奨している。そこで, 火災の場合のさまざまの予想される状況をそのような時間軸で検討した。火災がない通常のとき, 小さな火事が起きた初期の段階 (そのときの階/建物からの避難), 一つの階で火が燃え出した第二の段階 (そのときの階/建物からの緊急避難), 複数階に延焼した第三の段階 (建物からの緊急避難と人命救助), 階段に火や煙が入ったさらに深刻な火災の段階 (そのときの緊急避難と人命救助), などである。このように火災の段階を分けて頭の中で考えることは, さまざまの段階での問題とそこで必要になる解決策を考えるのに有用であった。

本ケースでは, 上記の解決策は常識レベルの知識を使って得られた。違う問題であったら, もっと技術的専門知識を必要としたかもしれない。そうであっても, 解決策のエッセンスを非専門家が見つけることができる領域はかなり広いのだろうと思っている。
 
 

8.  「発明説明書」の記述の未完部分について

「発明説明書」のうちのつぎの三つの節を私は 8月7日の段階では未完のままにした。

 
4.実施例
                                        (未完)

5.効果
                                        (未完)

6.特許請求の範囲(案)
                                        (未完)

このケースについて特許申請としてこの文書を完成させたいと考えると, 階段の基本的な設計図を示すことが必要となるだろうが, そのような設計の階段をもった高層ビルを実際に建てることは要求されないであろう。図面を見せないでも, 大抵の読者が本アイデアの階段をイメージできることだろう。 このアイデアを実現し, 解決策をさらに改良するためには, 建築や消防の専門家の協力を得, 解決策を実際に確かめることが, もちろん望ましくまた必要である。

未完部分の第二は「効果」の記述である。新しい設計の効果と性能を少なくともモデル実験でテストし, 実際に確認する必要がある。期待どおりの効果を達成するための設計指針を作ることも望まれる。

ドキュメントの未完部分の最後は特許請求項の記述である。この部分を書くには, 従来技術といままでの特許を十分に調べて, 今回の特許申請の新規のオリジナルなアイデアとして何を主張するのかを明瞭に書く必要がある。できるだけ一般的な用語を使って書き, 請求範囲を不必要に狭めないように, また, できるだけ広い範囲をカバーするように書くことが薦められる。この部分を専門的に書くことはなかなか難しいから, 通常は案だけを書いて, 特許の専門家 (特許担当者や弁理士など) に仕上げてもらうとよい。

それで, 8月7日には, 私は「発明説明書」のこれら三つの節を空白のままに残した。私のアイデアや新しい解決策に対する私の経験はまだ具体的でなく, まだ実施していなかったから, それは自然なことであった。

 

9.  解決策を新しい技術に確立するために将来必要なこと

「発明説明書」の執筆を終わってすぐに, この解決策がもしかしたら特許になるかもしれないと私は思った。そこで, 日本の特許庁のデータベースをインタネットで検索した。「避難 AND 階段」というキーワードで調べると, 56件の日本の特許 (特許広報) がヒットした。特許の抄録をざっとレビューしたところ, 関係するものはみつからなかった。さらにまた, 本件のアイデアのような意図で設計された階段のあるビルを私はいままで見たことがなかった。

もしできるなら, このアイデアで特許を得ることももちろん私には魅力であった。しかし, 特許を申請するために適当な協力会社を見つけ, 特許からの利益を得るのに法廷で争うことの大変さを考えると, 二の足を踏んだ。その上, もし特許の可能性を追求するなら, このアイデアをしばらくの間秘密にする必要があり, 社会で実現されるのがずっと遅れ,限定されてしまうだろう。そこで一週間考えて, このアイデアでの特許申請はせず, できるだけ広く公表して, 日本と世界の厖大な数のビルで実現されるようにしようと, 決心した。幸いなことに, 誰の許可も取らずにこのアイデアを自由に公表できる立場にあった。

こうして8月15日に, この仕事をTRIZ/USIT適用事例としてホームページに公表するためのまえがきを書き, 三部作にすることにした。それから, 8月23-24日に, 最初のアイデアをいかにして得たかを説明した (a)部と, 問題分析と解決策を執筆する過程でどのように考えたかを説明した(c)部を書いた。そして, 8月24日に, 「発明説明書」を(b)部として含んだ三部作にして, 自分のWWWサイトに掲載した。この(c)部の最後に, 私はつぎのように書いた。
 

6.  技術の確立のために今後すべきこと

   まえがきに書いたように, 本件は解決策の基本を作り上げた今の段階で, 特許化をねらわず, 積極的に公表することに決めた。実際に模型で効果を確認し, 実際に設計し, 建築をしていくこと, さらに効果があるなら設計の指針を示していくことなどは, 建築関係の人達, 消防・防災関係の人達に委ねるのがよいと思うからである。

   多くの方が広く検討して下さって, よい防災対策にしていただけると幸いである。

ご覧になれば分かるように, 本論文は基本的に, 掲載した(a)部と(c)部とを結合して本文とし, (b)部を議論の対象として引用したものである。ホームページに掲載したまえがきの結びには, なぜこの適用事例を詳細に記述したのかを述べている。 これらの三部作により, TRIZやUSITを適用するということが, 小生のこのケースではどういうことであったかを明らかにしたいと考えます。

このアイデアが今後一層重要になる中高層建築の防災に役立つことを切に願っています。
 
 

10.  その後の情報

この適用事例を掲載してから 4回, 筆者はTRIZ/USITの紹介の講演の一部としてこの事例を詳しく話す機会があった。聴衆は, 総計で技術者約200人であったが, この事例を興味を持って聞いてくれた。建築が専門の技術者で, TRIZについては初心者だった人が, このアイデアをコロンブスの卵のようだという感想を述べた。ある製造メーカーの建設部長は, 「日本でこの新しいアイデアを実現するには, 官僚的な建築基準が最大の障害になるだろう。 日本の官僚は現在の内階段分離形式が火災に対しても安全だと信じているのだから」とメールに書いてきた。

私は最近また「タワーリング・インフェルノ」 [10] をビデオで見た。その映画はまた生き生きしたイメージと新しい観点を与えてくれた。映画のケースに対してこのアイデアがいくらかの解決策を提供していると思う。しかしまた, 火が爆発的に燃え広がるときの破壊的な力や, さまざまの人的なミスや失敗から来る困難について, 再認識した。

最近, このテーマを専門にして日本語で書かれた本を見つけて読んだ。森田武著, 『世界の高層・超高層・超々高層ビル火災 -- その実態と防火避難対策 --』 [11] である。消防の専門家として, この著者は世界中の高層ビルの悲惨な火災15件を詳細に報告し, 現代建築のさまざまな弱点を議論している。その記述は私が上記で言っている点の大部分に一致しており, そして, もっと強く, 分離形式の内階段に火や煙を入れないようにすることが困難であることを述べている。彼は, 高層ビルを火災に対してより安全にするための新しい設計原理を述べている。彼の設計は, 建物内部から垂直な空洞の構造物をすべて排除し, 縦に穴がない各階の床/天井を層状に積み重ね, 各階の建物外周に回廊を巡らし, そして, 垂直な構造のもの全部 (すなわち, エレベータ, 階段, 台所, トイレ, ダクト, パイプ, ケーブル, など) をまとめて外壁に取りつける。彼の設計は, 私のものよりもずっとドラスティックで原理的である。彼の解決策を, TRIZにおける分離原理をより精緻により広く適用するという観点から吟味してみるのは興味深いことであると思う。近い将来に森田氏に会って議論することを, 私は楽しみにしている。
 
 

11.  おわりに: 本適用事例からの教訓

結論として, 本適用事例からつぎのような教訓が得られた。

(1) 本当の問題を探求する問題意識と問題定義とが大事である。この段階にUSITが有用である。

(2) 問題解決の主要な概念と思考法を予め習得しておくことが必要である。技術システムの進化と矛盾の解決に関するTRIZの概念が大事である。

(3) 問題解決に形式的な手続きを踏むことは必ずしも必要でない。さまざまの技法や手続きのエッセンスを自由にときには形式を離れて使えばよい。簡略化TRIZ  (例えばUSIT) が有用である。

(4) 日常の問題解決の中でTRIZの概念や技法を使うことが有用である。TRIZの概念は, ノートや論文や特許などを書くときにも, その他のどんな研究開発の活動においても, 役に立つ。

(5) 科学/技術に対する一般的な素養と, メカニズムや根本原因についての洞察が基礎をなす。知識ベースが助けてくれるにしても, 自己鍛練が必須である。

この体験をした後に, サラマトフのTRIZ教科書の日本語版 [4] の序文に, 私はつぎのように書いた。
 

「このような [TRIZの] 深い認識でも, そのエッセンスは意外と簡明なものであり、一度理解すれば忘れないものです。私たちがそれを身につけると、TRIZの膨大な知識ベースや問題解決法の一々に頼らないで、もっと自由自在にTRIZの精神を使って創造的な技術開発が行えるものだと私は思います。」 参考文献 [1] Toru Nakagawa , "Approaches to Application of TRIZ in Japan", TRIZCON2000: The Second Annual AI TRIZ Conference, Apr. 30 - May 2, 2000, Nashua, NH, USA, pp. 21-35. ; TRIZ HP Japan, May 2000. (和訳: 日本におけるTRIZ適用のアプローチ」, TRIZホームページ, 中川  徹, 2001年 2月)。

[2] Yuri Salamatov, "TRIZ: The Right Solution at the Right Time", Insytec, 1999;  和訳: "超"発明術TRIZシリーズ5: 思想編「創造的問題解決の極意」 , 中川  徹監訳, 三菱総研訳, 日経BP社刊, 2000年11月。

[3] Kalevi Rantanen, "How to Learn/Teach TRIZ -- A Personal View on Savransky's Book", TRIZ Journal, Dec. 2000。和訳: TRIZの学び方/教え方 -- Savranskyの本に関する私見, 中川訳, TRIZホームページ, 2000年12月。

[4] Toru Nakagawa and Valeri Souchkov, "Salamatov's TRIZ Textbook: Japanese Edition and Q&A's on the English Edition", TRIZ HP Japan, Nov. 2000. (和文:  案内&資料: "超"発明術TRIZシリーズ5: 思想編「創造的問題解決の極意」 , TRIZホームページ, 2000年11月)。

[5] Roni Horowitz and Oded Maimon: "Creative Design Methodology and the SIT Method", 1997 ASME Design Engineering Technical Conference, Sacramento, California, Sept. 14-17, 1997; (和訳:  「創造的設計方法論とSIT法」, 中川訳, TRIZホームページ, 2000年3月。)
 

[6] Ed. N. Sickafus, "Unified Structured Inventive Thinking: How to Invent", NTELLECK, Grosse Ile, MI, 1997, 488p.

[7] 中川  徹,「USIT -- 簡易化TRIZによる創造的問題解決プロセス」, 設計工学 (日本設計工学会誌),  35巻 4月号 (2000年), 111-118頁。(TRIZホームページ, 2000年4月 (日本語と英語)。)

[8] 中川  徹, 「中高層建築物における火災対策を考えた階段の構造: 火災時に窓を開放する階段室」 (TRIZ/USIT事例研究), TRIZホームページ, 2000年8月 (日本語と英語)。

[9] 『TRIZホームページ』 (英文名: "TRIZ Home Page in Japan"), WWW サイト, 中川徹編。 URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/ (日本語),  http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/eTRIZ/ (英語)。

[10] "The Towering Inferno", American movie directed by Irwin Allen John Guillermin, 1974.

[11] 森田武著, 『世界の高層・超高層・超々高層ビル火災 -- その実態と防火避難対策 --』, 近代消防社, 1998年11月。
 
 
 

著者略歴
中川  徹:  現職: 大阪学院大学情報学部教授。1997年5月に初めてTRIZに接して以来, 当時在職中の富士通研究所においてTRIZの導入に努めた。1998年4月に現職の大学に移り, TRIZを日本の産業界と学界に導入することに努力している。1998年11月に公共的なWWWサイト『TRIZホームページ』を創設し, 編集者を勤めている。

1963年に東京大学理学部化学科を卒業後, 同大学院博士課程で学び (1969年理学博士), 1967年に東京大学理学部化学教室助手。物理化学の研究, 特に, 高分解能分子分光学の分野で実験と解析を行った。1980年に富士通株式会社に入社し, 国際情報社会科学研究所にて, 情報科学の研究者として, ソフトウェア開発の品質向上の研究などに従事した。その後, 同研究所, さらに富士通研究所企画調査室において研究管理スタッフとして仕事をした。
 

本ページの先頭 2. きっかけ 3. 問題定義 4. 従来技術 5. 課題の明確化 6. 矛盾の導出と解決 7. 解決策 9. 今後 原記録
2000年8月
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最終更新日 : 2001. 4. 4    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp