講義ノート: 創造的問題解決の方法論(9) |
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問題の分析(2)
技術システムの機能と属性の分析 |
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創造的問題解決の方法論
− 大阪学院大学情報学部 2年次「科学情報方法論」講義ノート (第9回講義) |
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中川
徹 (大阪学院大学) , 2001年 12月 6日
[掲載: 2002. 6. 6] [ 注: 固定ピッチのフォントで読んで下さい] |
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講義「科学情報方法論」(情報学部2年次) 第9回 講義資料
2001年12月 6日 中川 徹
問題の分析(2)
技術システムの機能と属性の分析
目標: 問題の「メカニズム」を分析するために,
システムの「機能」 (働き) を分析すること,
そして, 「問題 (困ること)」
に直接関わる「属性」を明らかにする方法を学ぶ。
前回: 問題の分析(1)
問題 (困ること) の「原因」をつきとめる
目標: 問題 (テーマ) の分析に当たって, まず何が「問題 (困ること)」なのかを明確にし,
要点: 問題(テーマ) の中で, 何が本当に「問題(困ること)」なのかを明確にするには,
また, 「問題 (困ること)」の「原因」をつきとめることが大事であり,
それには,
技術システムについて, 「原因」をつきとめるには,
観察や実験が必要であり,
原因・結果の関係をネットワークで表現し, 考察する方法がある。 |
1. はじめに:
「メカニズム」の理解のための各専門領域の知識と
その限界
前回に, 「問題 (困ること)」の影響を考え, またその原因を考えるときに,
その問題のシステムの「メカニズム」 (因果関係)
の理解が大事であることを述べた。
では, そのような「メカニズム」については, どこで (どんな学問として) 学ぶのか?
通常は, さまざまの学問分野の専門領域として学ぶ。
大雑把に言えば:
例: 発泡樹脂シートの製造法
-- 化学工学
トラックの燃料タンクの固定法 -- 機械工学
パソコンのハードウェア -- 電子工学, 情報工学
それぞれの学問分野では, それぞれの専門の観点から「メカニズム」が教えられる。
例:
物理学: 古典力学, 電磁気学, 熱力学, 光学, 物性物理学, ....
情報科学: コンピュータアーキテクチャ, プログラミング,
オペーティングシステム, データベース, ソフトウェア工学, ...
しかし, 実際の問題は, 教科書にそのまま書いてあるわけでなく,
個別にはさらに細かく分かれる。
例: パソコンのハードディスクの読み取り部の機械的構造
-- 機械工学
〃 〃
磁気媒体の材料に関する部分 -- 材料工学
〃 〃
読み書きのファームウェア -- 情報工学, 情報科学
また, 実際にやるべきプロジェクトは沢山の問題を抱えた総合的な課題である。
例: 通信衛星のロケットによる打ち上げの場合:
ロケットの設計
--- 航空工学
ロケットのエンジン内の燃料の燃焼の問題 --- 応用化学
ロケットのエンジン内面の耐熱材料の問題 --- 金属工学, 無機化学,
ロケットの軌道投入と制御 --- 航空工学, 制御工学
通信衛星の信号処理
--- 情報科学, 通信工学,
....
このように, 実際の問題では, 専門領域だけの知識では役立たなくなる。
各専門領域で教える個別の「メカニズム」の理解のしかたが使えない。
また, 専門領域ごとにそれぞれの専門家を持つことも容易でない。
さらに分野が異なる専門家の間ではコミュニケーションをすることが難しい。
そこで, 個別専門分野の理解のしかたでない, 一般的な理解のしかたが有用になる。
それは, 「システム一般」に対する理解のしかたである。
今回は, 技術的システムを主分野として,
「システム」の「メカニズム」を理解する方法を学ぶ。
「システム」の構成要素とその性質,
および構成要素間の関係を一般的に捉える。
2. システムの機能分析 (その1: 記述ルールが簡単な表現法)
「システム」の「メカニズム」を一般的に分析するためによく使われるのが,
「機能分析」である。
「機能分析」では, システム中のつぎの二つの要素 (側面) を考える。
・「オブジェクト」 = システムの構成要素
技術システムでは, 部品などの実体
(非技術的なシステムでは, 人, 組織, なども含む)
・「機能」 = ある「オブジェクト」からもう一つの「オブジェクト」への作用
(自分自身の「オブジェクト」に作用することもある。)
「機能分析」の基本的な表現法:
・ 問題とするシステム中の構成要素を「オブジェクト」として書き出す。
・ 問題の周辺にある (「スーパーシステム」の)
構成要素も
「オブジェクト」として書き出す。
・ これらの「オブジェクト」たちの間の「機能」のさまざまの関係を書き出す。
・ 「オブジェクト」をノードとし, 「機能」をエッジとするグラフを作る。
ネットワーク型
(網図型) のグラフが描かれる。
例: 「額縁掛け」システムに対する機能分析図
質問: 「額縁掛け」システムについて, この他に書くべき「機能」はあるだろうか?
質問: ところで, 上記の図は, 「何に答えるために」描いているのだろうか?
質問: 「額縁掛けの問題」は, どんな「問題(テーマ)」であったのか?
釘, ひも, フックなどが弱くて, 額縁が落ちてしまう (?)
→ それなら, 「荷重を支える」機能が重要である。
「傾かない (傾きにくい)
額縁掛け (の方法) を作れ」
上記の図は, 額縁の傾きの問題や, その調節機能をほとんど記していない。
☆ 「機能分析」では,
「何を問題にしているか」を明確にしておく必要がある。
問題にしていることに対応して, 焦点を当てるべき「機能」が異なる。
「額縁掛けの問題」の機能分析については
(USIT法の例を) 後述する。
3. システムの機能分析 (その2: 有益/有害な機能を区別する表現法)
機能分析において, さらに表現・区別する項目を増やして, 工夫した方法がある。
例えば, つぎのような項目を区別する。
[Invention Machine社のTRIZソフトツール
TechOptimizer の場合]
「オブジェクト」たちを区分する。
システム内のオブジェクト
[四角形で表現]
環境 (「スーパーシステム」)
の中のオブジェクト [六角形で表現]
「機能」たちを区別する。
有用機能
[実線の矢印で表現]
有害機能
[二重線の矢印で表現]
例: ノートパソコンの熱を逃がす問題 (空冷法)
[出典: 中川 徹, 1997年12月]
[参照:
『TRIZホームページ』, 「TechOptimizerの使い方・学び方」,
1998.11]
問題の説明:
現在のノートパソコンでは, CPUの高性能化に伴い,
その発熱量の増大が著しい。
その熱を効率的に外部に逃がす方法が重要な問題
(テーマ) である。
基本的には, 周りの空気に逃がす。
ノートパソコンの本体側だけでなく,
ふた側からも放熱しようとの案が考えられた。
それを実現するのにどうすればよいかを考える。
予備的な案:
本体内での発熱部からちょうつがい部まで,
およびふた側の内部では,
熱の伝達効率が高い「ヒートパイプ」を使う。
[注: 「ヒートパイプ」とは,
内部に液体と多孔質繊維を入れ真空にした金属の
簡単な筒状のもの。非常に高性能の熱伝導体として知られている。]
予備的な案のシステムでの機能分析の図:
問題点 (困ること): ちょうつがい部での熱の伝達がよくないから,
全体としての放熱の効率を高くしにくい。
改良案 (中川): 二つのヒートパイプをちょうつがいの中で直接に接触させる構造。
この改良案は, 現システムの機能分析の図を描いた結果,
すぐに発想できた。
具体的な構造の設計はその後で
(やや時間がかかって) 行った。
4. 「オブジェクト - 属性 - 機能」による分析 (シカフスのUSIT法)
システムの機能を分析するにあたって, さらによく考えた分析法がある。
「オブジェクト」と「機能」だけでなく, 「属性」の概念を入れる。
Ed Sickafus の方法 (USIT法: 統合的構造化発明思考法)
参考文献: 中川 徹: USIT
-- 簡易化TRIZによる創造的問題解決プロセス,
設計工学, 2000年4月; 『TRIZホームページ』 (2000年4月)。
シカフスのUSIT法では, 問題を分析する段階につぎの 3種の方法を持っている。
(1) 現在のシステムを, 「オブジェクト - 属性 -
機能」の概念で分析する。
(2) 理想のシステムをまず考え, それを実現するための行動ともつべき性質を考える。
(3) システムの空間的・時間的特徴を考える。
上記の(1) の分析のためには, つぎの二つの図的方法を使う。
(1-a) 現在のシステムの設計意図を,
「オブジェクト」と「機能」で表現する。
問題があるシステムではあるが, 本来働いてほしいメカニズムを示す。
(1-b) 現在のシステムの「問題
(困ること)」に関係する「属性」を明確にする。
問題(困ること) を増大させる属性と, 減少させる属性を列挙する。
4.1 「オブジェクト - 属性 - 機能」の概念
「オブジェクト」: 名詞で表わされ, それ自体で存在し,
空間を占める実体。
例:
水, パイプ, 電子, 光子。
注: 「インフォメーション」は特別にオブジェクトとみなす。
オブジェクトでない例:
穴, 熱, 電流など。
「属性」: 形容詞で表わされる概念で, オブジェクトのもつ性質のカテゴリのこと。
例:
色, 重さ, 膨張率など。
属性でない例:
赤色, 30kgなど (これらは属性の値である) 。
「機能」: 動詞で表わされる概念で,オブジェクトとオブジェクトとの間の作用を示し,
その結果としてオブジェクトの属性を変化させる(または変化を防止する)。
例:色を変える,加速する,容れる(contain)
。
演習: 「水」が持っている「属性」をできるだけ多く挙げよ。
いろいろな場面の「水」を思い浮かべてみるのも一つの方法。
谷川の水, 湖の水, 海水,
いろいろな働きをしている「水」を思い浮かべるのももう一つの方法。
冷却水,
演習: 一本の「釘」が持っている「属性」をできるだけ多く挙げよ。
演習: 一本の「釘」はいろいろな用途に使える。
いろいろな用途における「釘」の働きを「機能」として列挙せよ。
4.2 シカフスによる機能分析の表現 (「閉世界ダイアグラム」) と適用例
シカフスのUSIT法では, 非常に簡潔な機能分析のグラフを描く。
何を問題としているのかに応じて, それに焦点をあてた機能分析のグラフにする。
とりあげる「オブジェクト」も必要最小限にする。
副次的なものは冗長になるので,
書かない。
現在のシステムの本来の設計意図 (うまく働く働き方)
を記述する。
シカフスの機能分析のグラフの記述のルール:
(1) 問題を記述するのに必要な「最小限のオブジェクトたち」を選ぶ。
(2) 選んだ「オブジェクト」たちの中で「最も重要なオブジェクト」Aを選び,
それをグラフの最上位に描く。
(3) 他のオブジェクトのうち, 上位のオブジェクトに「機能的に好ましい関係」にある
オブジェクトを選び,
順番に下に書いていく。
(この関係については, つぎの段落で説明する。)
(4) (3)で直接の上下関係にあるオブジェクトの間に,
上向き矢印を書き,
その「機能」(すなわち,
上記の「機能的に好ましい関係」) を一つ書く。
(5) 一つのオブジェクトを複数箇所に書いてはいけない。
(6) 選んだ「最小限のオブジェクトたち」のすべてを記述する。
もし, 「機能的に好ましい関係」にないなら,
それを傍系の図にする。
(あるいは, 冗長である (なくてよい) として, 削除する。)
なお, 「機能的に好ましい関係」にあるとは, つぎの条件をすべて満たすことである。
A (上位) ← B (下位)
: オブジェクトBが, オブジェクトAに
「機能的に好ましい関係」にある。
(a) BはAに (設計の意図として) 好ましい関係にある。
BがAを生成する, BがAの属性を変化させる, BがAを取り除く, など。
(b) BはAと物理的に接触しており,そうでないと作用できない。
(c) 設計者の意図として, AがBより先にきた。AがBより重要である。
(d) もし Aが除かれると Bは不要 (冗長)
になる。
Bの主要な存在理由が Aである。
適用例: 「ノートパソコンの冷却法の問題」 (中川)
現状, 予備的な案,
新しい案の3種について, 横に書き並べた。
このように, 問題の焦点を絞って記述することで,
非常に明快になる。
この問題では, ノートパソコン本体の放熱が考察の焦点であり,
それは,
機能としては「熱を逃がす」という語ですべて表現できた。
新しい案は, 「ちょうつがい」を経由せずに「熱を逃がす」ことである。
それは, ちょうつがい部の熱の伝導が悪いことを克服しようとするものである。
これを実現するには, さらにいろいろな技術的な方法が考えられる。
また, それらの詳細な設計と検討が必要である。
適用例: 「ゲートバルブからの漏水の検査法」 (中川,
1999年3月)
[出典: 『TRIZホームページ』,
中川, 1999. 7. 2.]
この問題では, ゲートバルブの形状や詳しい設計は一切必要でなく,
ともかく漏れてきた
(しみだした) 水を検出することができればよい。
USIT法では 「インフォメーション」を「オブジェクト」の一種と見なす。
これにより, 検出, 測定, 通信, 制御などのシステムを的確に表現できる。
適用例: 「額縁掛けの問題」 (Sickafus, 1997年)
[参照: 『TRIZホームページ』,
Sickafus & 中川, 2001. 8.23.]
この問題の焦点は 「額縁を傾かない (傾きにくい)
ように掛ける方法」である。
だから, 額縁が「傾いているかどうか」の情報が最も大事である。
シカフスは, つぎような機能分析図 (「閉世界ダイアグラム」) を描いた。
[注 (中川 2002. 6.1): 上の図で, 二つのフックの機能は 「傾きを決める」と表現するとよい。]
上記の図は, 非常に簡潔であるがやや分かりにくい。
中川は, つぎのように補足すると,
この問題の考察に便利であると思った。
[注 (中川 2002. 6.1): 上の図で, 二つのフックの機能は, 「傾きを決める」がこの問題での主要機能
(青字),
「荷重を分散して担う」がこの問題での副次機能 (緑字) と表現するとよい。]
4.3 問題 (困ること) に関わる「属性」の分析: 「問題因子」と「抑制因子」
USIT法では, つぎに, 問題 (困ること) に直接関係する「属性」を分析する。
この方法と前節の機能分析とは, つぎのように相補的である。
. | 分析の目的 | 分析の対象 |
機能分析
(閉世界ダイアグラム) |
本来の設計の意図
(うまく働く働き方) |
オブジェクトと機能 |
属性分析
(定性変化グラフ) |
問題 (困ること) が
起こる (強まる) 要因 防ぐ(抑制する) 要因 |
オブジェクトと属性 |
問題 (困ること) に関わる「属性」には, つぎの2種類がある。
「問題因子」: その「属性」の値 (量, 程度など)を増すと,
「問題 (困ること)」の程度も増大する。 (増大関係, 相関関係)
「抑制因子」: その「属性」の値 (量, 程度など)を増すと,
「問題 (困ること)」の程度は減少する。 (減少関係, 逆相関関係)
(注: 「問題 (困ること)」が増大も減少もしない属性は, 考えなくてよい。)
このような関係にあるいろいろな「属性」をできるだけ列挙して, 考察する。
この列挙をしやすくする方法として, 下記のような二つのグラフの書式を使う。
二つのグラフは「作りつけ」で, 増大・減少関係を大雑把に表わしたもの
(定性的)。
(注: グラフの点線と下向き矢印は後日に説明する。)
適用例: 「額縁掛けの問題」
このようにして, 問題に関係する「属性」を非常に明確にできた。
「問題 (困ること)」を起こす (強める)
要素 -- 「問題因子」
「問題 (困ること)」を防ぐ (弱める)
要素 -- 「抑制因子」
これらは, 「問題 (困ること)」を分析した非常に大事な結果である。
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最終更新日 : 2002. 7.15
連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp