USIT 解説・紹介
連載: USIT入門: 創造的な問題解決のやさしい方法
第5回 (最終回) USITの実践法
中川 徹 (大阪学院大学)
『機械設計』 (日刊工業新聞社発行), 2007年12月号, 89-97頁

[掲載:2007.12. 9]   許可を得て掲載。無断転載禁止。

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編集ノート (中川徹、2007年12月 7日)

本件は、日刊工業新聞社発行の月刊誌『機械設計』(Machine Design)に連載しました「USIT入門」の第5回です。当初からの計画で、2007年8月号から12月号までの全5回で完結しました。同社のご承認をいただき、本『TRIZホームページ』にHTML版で掲載しました。連載の全体構成については、第1回のページを参照下さい。USITのいろはからスタートし、身近な適用事例を示し、問題の定義と分析から解決策生成までの一連の方法を説明し、そしてこの最終回で実践法を詳しく説明しています。5回という比較的短い連載でしたが、かえってコンパクトに全体を説明できたと思っております。

この第5回の目次はつぎのようです。

1.  USITを何のために使うのか?

2.  どのようにして学ぶか?

3. USITのトレーニング

3.1  実問題の持ち込みと公募制での問題解決
3.2  USIT 2日間トレーニングのプログラム

4.  USITの習得のポイント

4.1  問題を捉える、定義する段階
4.2 問題を分析する段階
4.3 アイデアの生成と解決策の構築の段階
4.4 解決策を実現する段階
4.5 USIT中でのTRIZの役割

5. USITの実践と推進

5.1 組織の中川 徹での普及・実践・定着活動の進め方
5.2 USITの実践活動
5.3 短期集中の問題解決の実践法

6. TRIZ/USITの推進事例

7. まとめ

 

本ページの先頭 記事の先頭 1.  何のために使うのか? 2. どのように学ぶか? 3. USIT 2日間トレーニングプ 4. 習得のポイント 5. 実践と推進 6. TRIZ/USITの推進事例 7. まとめ 連載の親ページ

 


 

連載: USIT入門: 創造的な問題解決のやさしい方法

第5回 (最終回) USITの実践法

中川 徹 (大阪学院大学)

『機械設計』 (日刊工業新聞社発行)、2007年12月号、pp. 89-97

 

創造的な問題解決のためのやさしい方法であるUSIT(ユーシット)について,第1回に全貌をお話してから,第2回で身近な問題解決事例2件の一部始終を説明し,第3回第4回ではそれらの事例をベースに問題の分析法と解決策の生成法とを詳しく説明してきました。

今回はこの5回の連載の最終回であり,USITを実地に習得し,適用,推進していくための実践法を,できるだけ具体的に説明したいと思っています。なお,学習のための情報源や,普及・推進の状況,USITの「親」であるTRIZとの関係などについては,第1回の一問一答でもいろいろと説明していますので参考にしてください。

1.  USITを何のために使うのか?

USITでできることは,基本的には,技術的な問題(困っていること,望ましくないこと)に対して,それを技術一般のいくつもの観点から深く考えて,新しい創造的な解決策を創り出す(ための助けを得る)ことである。

ではそのような問題に遭遇し,創造的な解決策を必要とするのは,いつなのか?特定の業種なのか?特定の技術分野なのか?特定の職種なのか?

基本的には,どんな業種でも,どんな技術分野でも,どんな職種でも,その人が気を付けているなら,このような問題に遭遇し,それをしっかり解決する必要性,創造的な解決策を必要とする場面に出会うものである。

私のゼミで「身近な問題」での問題解決の事例を作ることに努力しているのは,創造的な問題解決があらゆる場で必要であり,有効であることを示したいからである。例題として使った「裁縫で針よりも短くなった糸を止める問題」は,このことをよく例示できていると思う。

「身近な問題」を考えていると,いつの間にか「技術的な問題」という限定を越えて,「非技術」の問題をTRIZ/USITで扱った経験を持った。それは,「オートロックドア方式のマンションで不審者の侵入を防止する問題」を扱ったときである。

これは,ドアの構造や開閉制御といった技術が中心課題ではなく,続いて入ってくる見知らぬ人をそのまま入れてしまう/咎め立てしない/咎め立てすることができない住人の心理と社会ルールの問題が中心課題であることがわかった。この問題も原因―結果の関係をきちんと分析し,問題の中のいくつかの矛盾を解決することにより,TRIZ/USITで解決できた(藤田新君の卒業研究をベースにして,今年の第3回TRIZシンポジウムで発表し,『TRIZホームページ』に掲載した)。

2.  どのようにして学ぶか?

USITに限らず,新しいことを学ぶときには,次のような段階があり,それに応じた方法がある。

(a) 初めて知り,興味を持つ

誰かの話を聞く,何かの文章を読むなどが,この段階の手がかりになる(いまこの文章を読んでいるあなたは少なくともこの段階以上にある)。この初期の段階で,生きいきした話,実践に裏打ちされた話や文章,しっかり書いた文章などに出会った人は幸いである。間接的な伝聞,過剰なキャッチフレーズ,生半可な批判などに惑わされないようにしたい。

(b)興味を持ち,積極的に調べる,学ぶ

いまや,TRIZもUSITもこの段階のための情報が豊富になった。まず,インターネットで「TRIZ」あるいは「USIT」をキーワードとして検索してみるとよい(日本でのTRIZの紹介は1996年以降,USITの紹介は1999年以降だから,大抵の情報はWeb上に手がかりがある)。特にUSITについては,中川の『TRIZホームページ』が,最も豊富で最新の情報発信源である。

教科書および単行本は,TRIZについては最近いろいろ出てきている(第1回参照)。

もう一つの方法は,講演会,セミナーなどに出席して,聴講することである。もっとよいのは,TRIZ/USIT関連の研究会,あるいはシンポジウムに参加することである。特に,日本TRIZ協議会(今後は,日本TRIZ協会)が毎年夏に開催している「TRIZシンポジウム」(2007年が第3回)が全国的(そしてある程度国際的)なイベントである。研究会/シンポジウムでは,多くの他社の動向がわかり,刺激を受け,仲間ができる。

(c)学んだものを,試用,試行する

この段階にできるだけ早く進むとよいが,この段階は多くの人にとって容易でない。もちろん,学んだものがどれだけ身に付いているのかに依存する。しかし,困難さの本質は,前述の段階の「学び」がどうしても,「畳の上の水練」に過ぎないためである。TRIZにしてもUSITにしても,学ぶべき本質は「考える方法」であるが,本を読んだり,人の話を聞いただけでは,自分の頭で考えることを訓練できていない。だから,この「試用,試行する」段階には忍耐が必要であり,自分で意図的に繰り返しやってみることが必要なのである。仲間あるいは先輩がいれば,ずっとやさしくなる。

(d)実習し,訓練を受ける

ここに,このような段階を設けることが望ましい。できるだけ実地の問題でTRIZ/USITを使った創造的問題解決を実際に少人数のグループで実施し,TRIZ/USITのリーダによる適切な実地指導(すなわち訓練)を受けることが望ましい。必要なら社外に出かけてそのような訓練を受けるとよい [USITのトレーニングは3節参照]。すでに社内にある程度普及している場合には,このような訓練を社内研修として,あるいは実地問題解決の場で体験することができるだろう。

(e)実践し,実地に使う,応用する

TRIZ/USITは,基本的には少人数のグループでの問題解決に使う。自分が直面する問題に対して,(最初は自分一人で,次に)自分とその仲間とで,実践してみる。あるいは,自分がいろいろな技術グループの所に出かけていって,グループメンバと共に実践する。この段階は苦しいが,だからこそ最も実りのある段階である。TRIZ/USITで最初から目を見張るような成果が出るわけでない。少しずつ,しかし確実に,TRIZ/USITらしい成果が得られるようになる。いくつもの問題について適用,実践している中で,本当に矛盾を解決した事例が生まれ,大幅な改善ができるようになるだろう。そのような解決策に至る時間もずっと短くなっていくことであろう。

(f)実践をリードする,教える

TRIZ/USITを実地に適用した問題解決の場あるいはプロジェクトを,TRIZ/USITの習得者/エキスパートとしてリードする。また,TRIZ/USITの使い方をほかの人に教える役割である(第3回TRIZシンポジウムで基調講演を行ったLarry Ballは,「学ぶための最善の方法は,教えることだ」といった。彼が作ったイラスト教材『階層化TRIZアルゴリズム』が『TRIZホームページ』に和訳掲載してある)。この段階では,自分の周りに仲間を形成していくことが大事である。

(g)実践を推進する

さらに多くの人たちの実践を助け,広める役割をする。このような自然な段階を経て成長した人を,社内での組織的活動の推進役に当てることができれば,確実に定着していくであろう [社内実践については5節を参照]

なお,ここに書いた各段階(a)〜(f)は,社内のパイオニアにとっては長期間かかるだろうけれども,その周りにはどんどんTRIZ/USITに親しむ環境が作られていくから,後続の人たちはずっと容易にこれらの段階を登ることができる。特に,核となる人たちが数名でき,連携して活動できると,強力な推進力ができる。

3.  USITのトレーニング

上記の(a)〜(g)の段階の中で,ネックになるのが(d)の段階である。すなわち,この前後の段階をもう一度書いてみると次のようである。

段階(c) 学んだものを,試用,試行する
段階(d) 実習し,訓練を受ける
段階(e) 実践し,実地に使う,応用する

すなわち,段階(c)と段階(e)は,一見同じように,学んだものを自分で実際に使ってみる,実践してみようとしている。大きな違いは,実際に(自分の頭を使って)USITを使ってみて,その使い方の指導を受けた体験を持っているかどうかである。

このようなトレーニングの機会はあまり多くない。USITについては,私自身が「USIT2日間実践活用トレーニングセミナー」を,企業内だけでなく,公募制で実施してきた。この公募制のトレーニングが,USITの研修および実践のモデルになるので,ここに説明しておきたい。

3.1  実問題の持ち込みと公募制での問題解決

このトレーニングでは,8〜24人程度の技術者を対象にする。TRIZやUSITに関して初心者でも,ある程度知っている人でもよい。技術的な素養としては,新人よりも,中堅あるいはより高いレベルの人の方が,USITの価値を認識しやすい。

実地の未解決の問題を3題持ち込んでもらうことが,このトレーニングの特長である。教科書問題を使わず,いつも真剣勝負で実施する理由は,「答えがわかっている」(と講師が思っている)所に誘導していくことは,「創造的問題解決」という技法の精神に反すると思っているからである。

公募制だから,いろいろな企業の人たち,場合によっては同業他社の技術者たちと一緒になる。そこに「実地の問題」を持ち込むには,守秘義務や成果の権利関係を明確にすることが前提になる。私たちは,2000年に公募制を開始して以来,「大岡越前守の三方一両損」の精神の誓約書を作って,この問題を解決してきた。すなわち,次のようである。

問題提案者(A)は,機密でない問題を持ち込む。トレーニング中に得られた成果は,すべて問題提案者(A)とその所属企業に帰属させ,2年間は専有して開発し,特許の出願などを行う権利を有する。しかし,2年後には,セミナーでの技術内容が公開されることを許容する。

他の参加者(B)は,提案された問題の解決を図ることを通じて技法習得を行い,トレーニング中での自分の寄与(発明アイデアなど)に対する権利を主張しない。習得した技法については社内・社外での報告が許され,セミナーの技術内容については社内に限定した報告が許される(ただし,2年間はその技術内容での開発をしても権利化できない)。

講師(C)および事務局(D)も,自己の寄与の権利を主張せず,2年間はほかに報告しない。2年経過後は,すべての参加者が,その技術内容を含めて一般に公表することができる(問題提案者(A)が2年以内に公表することは妨げられない)。

この誓約により,さまざまな企業の人たちが集まった場で,フランクにかつ真剣に問題解決ができている。また,順次,事例が公表できるようになっている。

3.2  USIT2日間トレーニングのプログラム

2日間のプログラムを図1に示す。初日の午前中にまず,TRIZについて1時間,USITについて1時間の講義を行い,全体的な考え方や事例を説明する。初日の午後に,全員が自己紹介をし,3件の持ち込み問題を各提案者が説明し,参加者の希望を聞いてグループ編成を行う。それから1日半が実地問題での演習である。演習は,USITのプロセスに従って,セッションが構成されている。各セッションは,小講義(その段階でのやり方と事例の説明),グループ演習(3グループ並行),発表と討論(3グループ順次)とから構成される。

図1. USIT 2日間トレーニングセミナーのプログラム例

グループは,4〜8人で構成し,いろいろな企業や分野の人たちが加わる。異分野の人,素人で素朴な質問をする人が加わっていることが,大事である。最初は問題提案者が説明などでリードしているが,徐々に別の人たちが議論に積極的に加わっていく。グループの発表は順次交替して行い,第2日になると,グループ内の誰でも発表できる状態になる。

各参加者は自分のグループのテーマの問題解決に責任を持つが,それと同時に他のテーマも理解するように求められる。3テーマを並行させる理由は,USITでは分析にも解決策の生成にも標準的な方法を使うのだけれども,問題によってはやはり少しずつの適応と臨機応変さが求められる。そのバリエーションを理解するために3テーマ並行で行う。また,他のグループのやり方を見ると随分と刺激になり,活性化する効果がある。

演習では,(電子式)ホワイトボードまたは模造紙と,ポストイットカードを併用する。みんなが並行してアイデアを書いたり,分類整理のために並べ替えたりするのにカードの利用が便利である。随時/事後に写真を撮り,事例報告のテキストの中に直接貼り付ける。

4.  USITの習得のポイント

USITによる問題解決のやり方は,第2回の適用事例をベースにして,第3回 [問題定義と問題分析の段階]第4回 [アイデア生成、解決策構築、解決策実現の段階] で詳しく説明した。

それらの方法を習得するうえでのポイントをここに補っておきたい。

そのために,「USITにおける問題解決の6箱方式」を図2に再度掲げよう。ただし,この図では,6箱方式がちょうど真中を境にして,下半分が現実の世界に属し,上半分がUSITの思考の世界に属していることを強調している。

図2. USITの6箱方式の一つの理解

4.1  問題を捉える,定義する段階 

図2に強調して示しているのは,問題を捉える,あるいは問題を定義する段階が(第3回でも説明したように),基本的には(USITの思考の世界でなく)現実の世界で行われるべきことである。

解決すべき問題を選択・抽出するのには,現実の世界で,社会・ビジネス・技術などの広範な観点から行うべきである。何が大事なことで,緊急に解決するべきことか,を判断する必要がある。

前節のUSITトレーニングでは,次のような性格の問題を持ってきてほしいといっている。

●重要で,解決すると大きな利益があること
●未解決で,新しい発想を必要とすること
●明確で,曖昧過ぎず,広がり過ぎないこと
●(担当者またはグループメンバに)技術的なバックグランドがあること
●その問題を解きたいという熱意が問題提案者にあること
●一方,その問題の解決が「やさしそうである」ことは必要ない

このような性格の問題に対して,USITの問題定義では,「望ましくない効果は何か?」と問うてそれを一つに絞り,「何をしたいのか?」と問うて課題を明確にし,問題状況を簡潔に図解し,考えられる根本原因(複数可)を考察しているのである。

4.2  問題を分析する段階 

USITでの問題分析は,いつも基本的に同じ考え方を使う。すなわち,「分析によって得たい情報」の性格が一定で,明示されている。

得たいのは,現在のシステムについて,その空間と時間に関する特性,および,オブジェクト―属性―機能という概念で見たときの,システムの機能的関係と望ましくない効果に関係する諸属性である(これらは要するに,現在のシステムで問題が生じている「メカニズム」を知ることだといえよう)。

また,もう一つ得たいのは,理想のシステムに関する理解であり,理想の結果,そして理想のシステムの持つ望ましい行動と望ましい性質である。これは要するに,問題を解決するための方向づけを知りたいのである。

第3回で詳述したように,USITはこれらの分析をするための具体的な技法,特に,図解の仕方を中心にした方法を持っている。これらの図は「わかっていることを描いている」のではなく,「図を描きながら,理解し,確認していっている」のである。頭の中にあるだけのときはまだもやもやしているが,図に描くとずっと明瞭になる(明瞭にしないと図に描けない)。

分析段階のいくつかの技法をどの順番で行うのがよいかは,あまりこだわらなくてもよい。以前は(USIT開発者Sickafusに従って),現在システムの機能分析と属性分析を最初に行い,Particles法で理想のシステムの分析をしてから,空間と時間の特性の分析をしていた。いまは,空間と時間の特性分析を最初にすることが多い。特に,時間的な変化やプロセスが関与している場合には,時間特性の分析を最初にすることを薦める。

4.3  アイデアの生成と解決策の構築の段階 

USITの6箱方式(図2)において,右上の箱にある「新システムのためのアイデア」というのが,後の新しい解決策の中核を成すアイデアのエッセンスを指し,極めて小さな概念であることを説明した。そのようなアイデアが生まれてくる過程は,創造的な問題解決の全体プロセスの中で,最もデリケートであり,人間の脳の意識下の活動に随分依存する。

実際には,問題を分析している段階で,われわれの脳が活発に活動して,いくつものアイデアの断片ができてくる。われわれはそれらを書き留め,吟味し,発展させることによって最もスムーズにこのアイデア生成の段階を進めることができる。

また,第4回に詳しく説明したように,USITオペレータを順次作用させることによって,アイデアをどんどん創り出すことができ,その中から新システムの核となりそうなものを見つけだすこともできる(ただし,それにはUSITオペレータの利用に馴染む/マスターする時間が必要であろう)。

さらに実際には,いろいろなアイデアのまわりに解決策を構築する作業をし,種々の解決策を階層的に体系化していく過程で,いままで考え落していたものに気がつき,新しく核となるアイデアを見出すことも多い。

これらの状況を踏まえて,USITの2日間トレーニングにおいては,解決策生成の段階を次のような3セッションで実施している

@これまでに得た解決策のアイデアをすべて書き出す。ポストイットカードに,アイデアのキーワードと図を書き出し,模造紙に貼り出して,発案者が説明する。それを参考にして,またアイデアを作る。

Aアイデアおよびそれを具体化した解決策の案を階層的に体系化する。(時間があれば)USITオペレータをいくつか意図的に使ってみる。

B全アイデアを簡単に評価し,「有望・重要」と思われるもの数件を選ぶ。そのアイデアを明確化・補強し,副次的問題の解決を考え,「解決策のコンセプト」(数件)を作り上げる。

このような過程を経ると,各テーマに対して,断片的なアイデアが数十件,少し形を整えた解決策のコンセプトが数件,確実に得られる。

このように,大抵の場合に,問題提案者の期待以上のアイデアを自分たちが創り出すのだけれども,トレーニングの参加者の中には,「まだUSITオペレータを使った気がしない」という人がいる。そのような人に対しては,USITオペレータを学ぶ/使うためには次の3側面が必要だと説明している。

(a) USITサブオペレータの一つひとつの意味を知る。そのためには,解法の説明資料(USITそしてTRIZ)を読んで学ぶ。いろいろな事例を学ぶ。また,各解決策がどのオペレータを使ったといえるかを考えるとよい。

(b) どのUSITサブオペレータを使うと有効なのかを知る。基本的にはどれでも有効であり,使う順序にこだわりすぎないのがよい。問題の分析内容に応じて自然に導かれるオペレータがある(時間による変化など)。また,しばしば使われるオペレータがあるから,それらを自然に習得していけばよい。

(c) 各USITサブオペレータを実地の問題に適用するコツを習得する。基本は,オペレータを対象に「無理矢理」適用して,そのうまい使い方(利用の仕方)を後で考える。見かけの常套的使い方でなく,原理・本質を適用するのだと考える。適用の仕方は一つではないから,多様に,柔軟に考える。

これら3種の側面の中で,最後まで残るのが(c)に掲げた側面の難しさであろうと私は思う。

4.4  解決策を実現する段階

図2に示すように,USITが創り出すのは,コンセプトレベルの解決策である。その解決策を,現実の世界で評価・選択し,設計し,実験し,ロバストにし,最適化し,コスト削減をし,生産,販売などをしていかなければならない。そのような技術とビジネスと社会の面での活動があって初めて,製品/プロセス部品として世の中に知られるものとして出ていくのである。

4.5  USIT中でのTRIZの役割

繰り返し述べてきたように,USITは問題解決のプロセス全体を一貫した考え方に従ってリードしている。それらの方法の中に伝統的なTRIZの方法そのもの(例えば,矛盾マトリックスや物質―場分析と発明標準解の方法)を割り込ませる必要もないし,余地もない。

しかし,TRIZが持っている豊富な知識(知識ベース)は,これらのUSITの方法のバックにあって貴重な役割を果たすものと考えられる。その使い方を考えておこう。

@根本は,TRIZのいろいろな考え方(物理的矛盾,システムオペレータ,など)が,USITのバックにあり,USITの理解を深め,補うことができる。この点でTRIZの学習はUSITを益する。

AUSITオペレータの内容や適用指針を理解するためのバックとなる(TRIZの知識があるとUSITオペレータが使いやすくなる)。

B分析を行い目的とする機能を明確にした段階で,その機能を実現する方法をTRIZの知識ベースから学ぶことができる。

C核となるアイデアを創り出そうとするときに,TRIZの知識ベース(特に,進化のトレンドや発明原理)が有効に助けてくれる。

D核となるアイデアを得て,それを解決策に組み立てようとするときに,さまざまの先行事例をTRIZの知識ベースが教えてくれる。

E上記で「TRIZの知識ベース」というとき,教科書などとともに,TRIZのソフトウェアツールを使うとずっと豊富でわかりやすい内容が便利に得られる。

5.  USITの実践と推進

USITは基本的にグループ作業に適した方法であり,個人で使うよりもグループで使う方がはるかによい結果が得られる。そこで,組織的な活動を行うための推進の仕方と,組織内でグループで行う実践活動の仕方について説明しよう。

5.1  組織の中での普及・実践・定着活動の進め方

前述の[2.節] 「どのように学ぶか?」では,一人の個人に焦点を当てて,学び,実践していく過程を考えた。ここには,(企業や企業部門などの)組織に焦点を当てて,TRIZ/USITの導入から普及までの過程を考えよう。典型的には,次のようである。

@先駆者たちの周りに,TRIZ/USIT研究会などを組織する。自分で言いだした人と職制上の適切な人を中心にする。ボランティアな会であっても,組織が承認してバックアップするとよい。

A社外講師,社外セミナー,社外研究会,シンポジウムなどを活用する。外部講師による社内講演・セミナーなどで全体的なレベルアップを図る。研究会メンバなどが社外で訓練を受け,社外活動でレベルアップする。

B社内で適切な実地問題を選び,共同で問題解決を実践する。TRIZ/USIT研究会メンバと各問題の関係技術グループで共同する。複数のプロジェクトでの実践を積み重ね,スキルアップを図る。

C社内ホームページで情報を流し,実践研究報告会などを実施する。

D社内技術者教育の一環として,TRIZ/USIT研修プログラムを実施する。

ETRIZ/USIT推進活動を,人的,予算的に正式に組織化していく。研究所,技術開発推進部門,知的財産権部門などに職制として活動させる。

5.2  USITの実践活動

前項のUSITを普及・実践・定着させていく組織活動の過程において,成否の鍵を握るのは,前項Bの実地問題での問題解決で,問題を確実に解決できるかどうかである。

これは,前述した個人についての記述で,(c)学んだものを試用,試行する段階から,(e)実践し,実地に使う,応用する段階へと進んでいけるかどうかが,重要であったことと対応している。そこでは,(d)実習し,訓練を受ける段階を設けることが有効であることを述べた。

組織活動でも同じことであり,実地問題での問題解決の実践において,誰かが指導者/リーダとしてその実践を適切にリードしていくことができれば,他のメンバたちは問題解決を実地に行いながら,USIT技法を習得していくことができる。そのようなリーダは,初期には外部のコンサルタントでもよいが,できるだけ早く社内メンバに移行できることが重要である。

韓国のサムソングループが,ロシア/ベラルーシ出身のTRIZエキスパートたちを社員として雇用し,上記のような実践の指導をさせ,顕著な解決事例を創り出した。これが,サムソンおよび韓国でTRIZが急激に受容され,普及した鍵になった [ロシア出身のTRIZエキスパート Valery Krasnoslobodtsevの報告 (2006年8月)が参考になる]。(これに対して,米国でのTRIZコンサルタントたちは,研究委託型が多く,TRIZによる成果だけを売ろうとしたために,企業内に定着しなかったといわれている)

日本は,ロシアなどからのTRIZエキスパートを雇用した企業がなかったから,TRIZの導入と普及は長期間を要した。しかし,導入10年を経ていまでは,日本独自に,TRIZやUSITの実践を指導できるコンサルタントが育ち,いくつもの企業内に実践のリーダが育っている。

企業内でUSITを使って実地問題解決を行う場合のやり方にはいくつかある。一つは,2日間トレーニングの要領で2〜3テーマを並行して行う方法,あるいは,同様の要領で1テーマだけを扱う方法,さらに,1テーマだけで,週1回3時間ずつ程度を4〜6回程度続ける方法,などである。目的が問題解決自身であるか,技法の伝達も意図するかで,やり方もやや違うであろう。

5.3  短期集中の問題解決の実践法

問題解決自身を主目的とし,技法の伝達を副目的として,一つのテーマを短期集中で行うやり方は以下のようである。

@ USITをマスターしたリーダと,これからUSITをマスターしようというサブリーダでチームを作る。

A リーダたちは,(要請に応じ,あるいは自ら)技術部門に出向き,マネジャ(部長/課長など)に会って,USITの概要を理解してもらい,その部門で解決したい問題/テーマについて尋ねる。4.1節に記した考え方で,USITで問題解決を行おうとするテーマ一つを明確にする。

B 技術部門マネジャの協力を得て,そのテーマの担当者,技術責任者,および関係者他からなるタスクフォースを作り,日程を確保する。関係者としては,対象技術システムの社内顧客,関連部門,特許担当者などがあり,また,少し広い立場からコメント/質問する「助っ人」を得るとよい。人数は5〜7人程度+USITチームがよい。

C 日常の場から離れて,2日間集中できる環境を作る(合宿できればなおよい)。

D プログラム全体の項目や順序はトレーニングの場合(図2)と同様であるが,問題解決が主目的であるから,USITの技法の説明はトレーニングの場合よりもずっと少なくし,エッセンスとわかりやすいいくつかの事例を示す程度がよい。

E USITリーダは,進行役を勤め,適切な「質問」をして,考える筋道を明確にする。「何に困っているのか?」「いくつか困ることが出ているが,そのうちどれを解決することが最も大事なのか?」「積極的ないい方でいうと,テーマの目標は何か?」など。これらの質問に答えて,議論し,回答するのは技術者たちの役割である。

F 機能分析の図や,属性分析のグラフなど,USIT技法固有の表現形式に関係する部分は,USITリーダがある程度主導して記述を進める方がよい。たとえば,機能分析で,関連するオブジェクトを書き出したり,最も重要なオブジェクトを選択して最上位に配置するのはUSITリーダが行い,その趣旨を説明すればよい。オブジェクト間の機能の表現はメンバに質問して,考えさせるのがよいだろう。これらの図式は,描くためにはルールを知っている必要があるが,適切に描かれたものを理解することは,一般の技術者にとって難しくない。

G 理想の結果の図などは,メンバ全員に個別に描かせると面白い。いくつかの観点が出てきて,後に有効になる。Particlesにしてほしい行動などはメンバにどんどん言わせて,カードに書かせるとよい。体系化するところは,USITリーダが素案を示し,みんなで議論しながら改良していくとよい。

H 解決策のアイデア出し以降は,メンバの発言や思考が急激に活発になる。USITリーダは少し後ろに引いて,体系的な観点,USITオペレータの観点,進化のトレンドの観点など,複数の観点を考慮しつつ,細部にこだわりすぎないように,全体の考察に抜けがないように,配慮するとよいであろう。

I 解決策をおおまかに評価する段階は,注意が必要である。技術部門マネジャと最初に打ち合せたときの目標を再確認して,その目標に合致した判断基準(有効性,実現性,新規/特許性など)のバランスになるようにすべきである。

J 選択したいくつかの有望/重要なアイデアについて,解決策のコンセプトを作る。この段階では完全に仕上げようとするのではなく,意図を図と簡単な説明とで明確にし,今後さらに検討・解決すべきことや,別の選択肢などをリストアップするとよい。

K 最終結果だけでなく,行った問題解決のすべての過程の生の記録をまとめて,事例研究報告を作る。また,技術部門マネジャに向けたより簡単な報告を作る。そこでは,有望そうなものの「新しいシステムのためのアイデア」(すなわち,解決策コンセプトのエッセンス)を明記することが大事である。

L 2日間の集中作業の後に,触発された考え方での解決策の模索を続け(TRIZ知識ベースの利用も有効),また得た解決策コンセプトを実現するべく 4.4節のような活動を行う。

なお,このような短期集中型でなく,週1回3時間程度ずつで分けてやるやり方の長所は,関係者の時間調整がしやすいこと,途中で各自が考え,宿題をする時間があること,それらの時間にTRIZ知識ベースなどを活用できること,などであろう。

6.  TRIZ/USITの推進事例

TRIZやUSITの推進事例については,「TRIZシンポジウム」 [中川のPersonal Report ] などで報告されているものを参照するとよい。

全社的なTRIZの推進活動として第一に注目されるのは,日立製作所である。「開発設計プロセス工学技術」という表現を使って,技術分野ごとの固有技術でなく,分野を横断する一般的な方法を推進している。その中には,開発戦略の策定,QFD,KT(ケプナー・トリゴー法),TRIZ,タグチメソッド,デジタルエンジニアリングなどを含めている。この約8年間ほどで顕著な効果を挙げている。TRIZのいろいろな方法を採用しており,USITもごく一部の部門で導入されている。

また,松下電器グループ,特に,パナソニック・コミュニケーションズ社での全社的な取り組みがめざましい。ここでも,QFD,TRIZ,タグチメソッドを総合して使うやり方をしている。新製品開発のために体系的,重層的にTRIZを活用し,多くの課題を同時に解決して一つの製品に仕上げていっているやり方は学ぶべきことが多い。

USITを導入している企業には,富士フイルム,富士ゼロックス,日産自動車,松下電工,積水化学,コニカミノルタなどがあり,それぞれ推進活動や適用事例を公表してきている。これらの企業では,どちらかというとボトムアップで推進グループができているものが多い。TRIZとUSITを併用しているところと,TRIZからUSITに乗り換えたところとがある。こつこつと実績を積み上げてUSITが定着していっている。ただ,このようなボトムアップの活動は,どうしてもそれを担う個人や比較的少数のグループの尽力に依存している面があり,できるだけ早期に正式の組織活動にすることが課題であろう。

7.  ま と め

USITの親であるTRIZ(「発明問題解決の理論」)は,世界の特許の分析をベースにして,「発明原理」や「技術進化のトレンド」などの多くの有用な知識を抽出して,便利な知識ベース/ソフトウェアツールにするとともに,矛盾を解決する方法などの思考技法を創り出した。それらは,明確な技術論/技術思想を与えるものであり,この半世紀続いてきた品質管理ベースの技術革新の運動にまったく新しい重要な側面を付加したといえる。今後,TRIZを基盤に持つ技術革新の運動が大きな発展を見せるものと期待される。

USIT(「統合的構造化発明思考法」)は,このTRIZをやさしく統合しなおしたものである。それは技術的な問題を創造的に解決するための思考プロセスを明確にし,実践しやすくした。また,その「6箱方式」は創造的問題解決の新しいパラダイムを示したものである。

読者の皆さんがTRIZ/USITをマスターして,自分の仕事や身の回りで,創造的な問題解決に使われることをお薦めする。

 

本ページの先頭 記事の先頭 1.  何のために使うのか? 2. どのように学ぶか? 3. USIT 2日間トレーニングプ 4. 習得のポイント 5. 実践と推進 6. TRIZ/USITの推進事例 7. まとめ 連載の親ページ

 

USIT連載親ページ 第1回 USITとは何か? FAQ 第2回 やさしい適用事例 第3回 問題定義と分析の方法 第4回 解決策の生成法 第5回 実践法 TRIZ連載親ページ 英文ページ

 

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最終更新日 : 2007.12. 9      連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp