USIT 解説・紹介 | |
連載: USIT入門: 創造的な問題解決のやさしい方法 | |
第2回 USITのやさしい適用事例 | |
中川 徹 (大阪学院大学) 『機械設計』 (日刊工業新聞社発行), 2007年 9月号, 92-98頁 |
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[掲載:2007. 8.17] 許可を得て掲載。無断転載禁止。 |
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編集ノート (中川徹、2007年 8月17日)
本件は、日刊工業新聞社発行の月刊誌『機械設計』(Machine Design)に連載中の「USIT入門」の第2回です。2007年8月号 (7月10日発行) から連載開始し、12月号までの全5回の予定です。同社のご承認をいただきましたので、本『TRIZホームページ』には、同連載をHTML版で掲載します。連載の全体構成については、第1回のページを参照下さい。
この第2回の目次はつぎのようです。
2.1 問題の設定、
2.2 問題の分析、
2.3 問題の新しい理解、
2.4 新しいシステムのためのアイデア、
2.5 解決策のコンセプト作り−魔法の小人の方法、
2.6 解決策の実現3.1 問題の定義、
3.2 時間特性の分析と空間特性の分析、
3.3 機能の分析、
3.4 属性 (構成要素の性質)の分析、
3.5 既知のいろいろな解決法、
3.6 理想のイメージを作る、
3.7 解決策のアイデアを考える、
3.8 ストローの小道具、
3.9 玉止め専用の針の小道具、
3.10 本事例での解決策生成段階のまとめ
本ページの先頭 | 記事の先頭 | 1. 全体プロセス | 2. ホッチキスの針をつぶれなくする方法 | 3. 裁縫ではりより短くなった糸を止める方法 | 連載の親ページ |
連載: USIT入門: 創造的な問題解決のやさしい方法
第2回 USITのやさしい適用事例
中川 徹 (大阪学院大学)
『機械設計』 (日刊工業新聞社発行)、2007年 9月号、pp. 92-98
USIT(ユーシット,統合的構造化発明思考法)について,前回には一問一答の形でいろいろな面からその概要をお話ししました。技術革新のために必要な,技術的なさまざまな問題に対して,新しい観点から考える方法を提供していること。それをわかりやすいやり方で,かつ標準的な方法を使って,グループ作業で実施することを話しました。
今回は,USITを身近な問題に適用した事例を具体的に説明して,どのように考えるのかを説明しましょう。
取り上げる事例の第一は,「ホッチキスの針をつぶれなくする方法」,第二は,「裁縫で針よりも短くなった糸を結ぶ方法」です。
説明する前に,お断りしておきたいことがいくつかあります。
まず,これらの事例は両方とも,大阪学院大学情報学部の私のゼミでの卒業研究に基づいています。ホッチキスは神谷和明君(2004年3月卒業),裁縫の針は下田翼君(2006年3月卒業)のものです。彼らはUSIT(およびTRIZ)を使って考える訓練として,「身近な問題」であるこれらのテーマを(私の発案のもとに)選択したのです。機械学科の学生ではありませんから,設計図を描いたことも,本式の設計図を読み取ったことさえありません。
これらのテーマで卒業研究を行ったのは,実質的に4年生の10月〜2月の期間です。ゼミでは,考える手順を私がリードし,各テーマの担当者を中心にゼミ生4人が協力して問題の分析やアイデア出しを行うというやり方をしています。もちろん実際の過程では,考えが行ったり来たりし,アイデアから横道にそれたりしていますが,それを標準的な順序に直して説明しています。
この問題解決では,USITおよびそのバックにあるTRIZ(トリーズ,発明問題解決の理論)を使っていますが,マニュアル的な使い方ではありません。先生はいろいろ知った上で自由に使い,学生たちはよく知らないでやはり自由な形で使っています(それでよいのです)。
両事例とも,基本的な解決策のコンセプトを考え出すところまではできています。そこまでが,創造的な問題解決の技法(USITなど)の責任範囲です。それをきちんと設計し,テストし,製造して,売れる製品にすることが技術開発としては必要ですが,それは『機械設計』の読者の皆さんなどの専門の仕事です。技術革新のための「発想」は,必ずしも専門家でない人,素人でもできるのです。発想された多くの芽から,優れた素質のものを見出し,育て鍛えて,本当の技術革新に導くのは,読者の皆さんのような専門技術を持ち,またビジネスを指導する人たちの役割です。
1. USITの問題解決プロセスの全体像
まず最初に,USITによる問題解決の全体プロセスを概観しておこう。図1に,「USITの6箱方式」を示す。この図の形式は「フローチャート」(処理法を箱で示し,その処理の順番や論理を矢印で示す)ではなく,「データフロー図」(各段階での情報を箱で示し,それらの間の変換を矢印と処理法名で示す)である。
図1 USITによる創造的問題解決の6箱方式
左下の「ユーザーの具体的問題」からスタートして,問題をきちんと定義し,分析して,「現在のシステムと理想のシステムの理解」を作り上げる。そして,次に「新しいシステムのためのアイデア」を得るのだが,この段階で必要なのは実に小さなアイデアの核でよい。そして,この核のまわりに,概念レベルでの解決策を構成し,そしてそれを具体的な解決策として実現するのである。これらの各段階の情報をどのような考え方で表現するのか,また,それらの情報をどのようにして獲得していくのかは,事例を通じて説明する。
2. ホッチキスの針をつぶれなくする方法
2.1 問題の設定
ホッチキスは,2枚〜数十枚の資料を止めるのに最も普通に使われている。通常のNo.10という規格の針では,上質紙30枚程度ならすっと刺さるが,それを越すと,つぶれてしまい,止められなくなる。もう少し厚い資料(40枚とか50枚とか)も止められるように改良できないだろうか?というのが,ここに取り上げた問題である。
大きく太い針を使い,大きなホッチキスの道具を使うという既存の解決策はこの趣旨でない。また,針の脚が短いから40枚が止められないというなら,脚を長くしてもよい。
2.2 問題の分析
まず行ったのは,紙を厚くしながら,ホッチキスの針が刺さらなくなり,つぶれる様子を実験・観察した。針は必ず横につぶれる(前後方向につぶれることはない)。ホッチキスを持ったときの感触でガタを感じるのは弱く(少ない枚数で針がつぶれ),重くがっしりしているのは強く感じる(ただし,止められる枚数の違いは数枚以内)。ともかく,ホッチキスの道具の横方向のガタに問題があるに違いないと見当をつけた。
つぎに,そのガタが生じる仕組みと要因について考えた。実物を観察して,ホッチキスの構造を描き,針を押していく仕組み,針を前後や横から支えている仕組みを理解した。
このような理解は,各部品(部分)の機能の関係図にするとよい。(後日にまとめた)USIT流の機能分析の図を図2に示す。紙を針で止めることがこのシステムの目的だから,紙(多数枚)を最上部に,針をそのすぐ下に描く。下のものは上のものに機能として奉仕していると考える。
図2 ホッチキスの機能分析の図
2.3 問題の新しい理解
あるとき,再度実験していて,針が刺さらず,つぶれずに,動かなくなってしまった。やむを得ず,ホッチキスをはずしてみて,あれっと思った。針がM字形になり,中央部が紙にぶつかって止まっていた。どうしてだろう。針は図3のように上から平らに押しているから,真中だけを押しているはずはない。そこで,針がつぶれる直前に力を抜いて,針の様子を見る実験を繰り返した。それ以上刺さらなくなってつぶれる直前には必ず,針がM字形になることがわかった。
この理由を学生たちはすぐには上手く説明できなかった。針が刺さらなくなって,なお上から押されている。金属の針だから,針の体積が変わることはない,太さが変わるのも難しいし,長さが変わるのも難しい。同じ太さ,長さのまま形が変わる(すなわち曲がる)のならあまり力が要らない。どのように曲がればよいかというと,針の下側の空間が自由だから,図のように両側が倒れこんで,真中が凹み,M字形になるのが最も簡単である(変形の基本モードである)。
図3 つぶれる前後の針
われわれはここで初めて問題のメカニズムを理解した。ホッチキスの針は紙からの抵抗が強くなると,(自由な空間である)針の内側に曲がりこんで力を逃がそうとする。少しでも曲がり始めると,(曲がった釘と同じで)もはや力を下向きに働かせることができず,すぐに曲がり,つぶれてしまう。だから,針がつぶれやすい根本原因は,針の内側の空間(特に内側の横面)で針が支えられていないことである。
2.4 新しいシステムのためのアイデア
解決策のためのアイデアはたちまちに得られた。「ホッチキスの針の内側を横から支えればよい」(図4参照)。
図4 解決策のアイデア
2.5 解決策のコンセプト作り―魔法の小人の方法
しかし,図4の案は何かおかしい。針の下を内側から支えていると,それが邪魔になって,針がつっかえてしまう。この難点を克服して,このアイデアを実現性のある解決策コンセプトにしなければならない。
このような難題にぶつかったときに,アルトシュラーによる「魔法の小人たちによるモデリング」法(USITのParticles法の原形)が使える。いま,内側から支えている部品は,実は魔法の小人たちの群でできていると考える。彼らは賢く,なんでもできる。彼らならどうするだろうかと考えてみる(図5参照)。
小人たちが針を内側から支えていると,上から針が下りてくる。だが,その針を下から突っ張ってはいけないといわれている。ぎりぎりまで支えていて,窮屈になった小人はするりと逃げ出す。どっちに逃げるかと考えて,ホッチキスの前側を選ぶ。このようにして小人たちは上から順番に逃げ出していく。
図5 魔法の小人たちによる発想
この小人たちの行動のイメージをヒントに,解決策を構成してみる。ホッチキスの針の周りを横から見た図を,図6のようにすればよいとわかる。図の3角形(少し湾曲させた3角形)の板(左右2枚または1つのブロック)を考える。これは,ばねで中に入るようになっている。針を押し下げていくと,(図に描いていないが)ボール状のものが弓なりの部分を前に押し出していく。針が紙面に届くまでにこの部分は前方に出ていって邪魔をしない。そしてホッチキスを緩めて,次の針を使おうとすると,弓なりの三角形の板はばね仕掛けでもとの位置に戻り,次の準備ができている。 図6 解決策のコンセプト
2.6 解決策の実現
この解決策はまだ詳細が設計されていず,製品になっていない。『機械設計』の読者の専門家にとって,その実現は容易なことと思われる。小さなアイデアであるが,1つの問題に新しい観点からの技術を創りだしている。「製品化されていないから,TRIZ/USITの適用事例として価値がない」というのは,技術革新のエッセンスを理解しない言葉である。
3. 裁縫で針より短くなった糸を 止める方法
もう1つの身近な問題への適用事例を述べよう。簡単な問題であるが,前節の例よりも広い範囲で体系的にUSIT法を適用して考察している。
3.1 問題の定義
裁縫において,針で縫った最後は,標準的には玉止めをして糸を止める。ところがつい縫い過ぎると,最後に残った糸の長さが針よりも短くなって,玉止めができない。このような状況で糸を止める(解けないようにする)方法を考えたい。
このような問題提起を受けて,USITで最初にするべきことは,問題を明確にすること(問題の定義)である。グループで議論した上で,下記のような項目を明確にしていく。
(a)望ましくない効果は何か?―糸を縫い終わった段階で,糸の余長が針よりも短いことがわかり,標準的な玉止めで結べない。
(b)何をしたいのか?課題は?―糸の余長が針よりも短い状況で,糸を止める便利な方法を見出せ(創れ)。
(c)問題状況を簡潔に図解せよ。―図7の通り。糸は一重の場合と二重の場合とがあるが,二重の場合を主として考える。
(d)問題の根本原因は何か?―標準的な玉止めは図8のようであり,糸を針の後ろの穴に通したままで,針の先端に糸を巻き付けないといけない。ところが現在,糸の余長が針より短いのだから,玉止めを実施できない。
(e)問題を構成する最小限のオブジェクト(すなわち構成要素)を列挙せよ。―布,糸(すでに縫った部分),糸(余りの部分),針。
図7 問題状況の図解
図8 標準的方法:玉止め
3.2 時間特性の分析と空間特性の分析
問題の分析において,現在のシステムを理解するための重要な観点が,時間的特徴と空間的特徴である。これは広い適用範囲をもつ。
時間的特性としては,この問題では,裁縫の工程を考えることになる。そこで以下に標準的な工程を書き出してみる。
(1)縫うべきもの(布)と針や糸を用意する。
(2)針の穴に糸を通し,適当な長さに切って,(糸を二重または一重で)末端を結ぶ。
(3)順次縫っては,糸を引っ張る(運針)。
(4)最後に縫って,糸を引っ張る。
(5)(玉止めで)糸を止める。
(6)糸を切る。終了。現在の問題は,工程(4)を終了し,工程(5)を実行しようとして,困難にぶつかったのである。もちろん本来望ましいことは,(1)〜(4)の各工程において,十分な注意を払い,対処をして,現在のような困難を生じないようにすることである。また,工程を一部戻って,やり直すことも解決策の1つの方向である。それでも,現在の問題として,工程(5)だけで工夫する方法を中心に考えよう。
一方,空間的特性として,「結び」は随分とデリケートな面を持っている。そもそも糸を「止める」のに「結び」を使うのはどうしてなのだろう。
玉止めは1つの糸だけで結び目を作って,団子状にしている。糸の末端近くを「太く」しているには違いないが,それが徐々に太くなっていくのでは,糸が布に潜りこんでいくから役に立たない。急に太くなっていて,布に引っ張りこまれようとしたときに布の繊維に引っかかって止まる。
1つの考え方は,糸だけで「結び」を作るのではなく,布の繊維と糸とで「結び」を作るとよい。そのためには,工程(4)で結びができるように工夫した針の運び方があるだろう。工程(5)になると方法が制限されてしまう。
「結び」を作るために糸や針を空間的にどう扱うかは,後で図を描きながら考えよう。
3.3 機能の分析
機能の分析では,図2(ホッチキスの機能分析図)のような形式に描くのが普通である。しかし,いまの場合,あまり意味のある図が描けない。それよりも,「玉止め」において針がどのような役割(機能)をしているのかを考えよう。
「玉止め」の針は2つの機能を持っている(図8参照)。まず,糸の輪(一重〜三重の輪)を作る土台になる。そして,(針の穴に通した)糸の末端を導いてこの糸の輪の中をくぐり抜けさせる。玉止めが優れているのは,布の縫い終わりの位置に,コンパクトな(直径1mmの)糸の輪を作り,そこに糸を通して,まったく緩めないで(二重,三重の)結び目を作ることができるからである。
3.4 属性(構成要素の性質)の分析
USITでは,システムを理解するのに,システムの構成要素(オブジェクトという),その性質(属性という),および構成要素間の機能という3要素を基礎にしている。そこで,この問題での中心的構成要素である針と糸の属性について,さらに考察しよう。以下のものは,「当たり前の前提」として,われわれが仮定していることである。
針は,細い(太さ1mm程度),長い(3〜4cm程度),先が鋭く尖っている,後ろに穴がある,穴は細い(だから穴に糸の先を通すのは大変である),硬い,真っ直ぐ,曲がらない,伸び縮みしない,鋼鉄製,断面は円形,表面は滑らか…。
糸は,細い,しなやか,空間で自分自身では形を保持できない,長さは(ゴム紐でなければ)伸び縮みしない,糸の余長は長くならない,(はさみでなければ)切れない,切ったら元どおりに繋ぐことはできない,切ったものを結んでつなぐと結び目ができる,通常細い繊維を捩ってある…。
これらの性質を白板に列記して,下田君が「根本原因」と書いたので,私ははっとした。これらの属性すべてを根本原因というのは明らかに不適当である。前提とか,制約とかという言葉の方が適切である。しかし,これらの制約を外すと,意外な解決策が生まれてくる。だからこれらの制約の一つひとつが根本原因なのだと考えて,それを積極的に外すという考え方をすることは,大いに有効な考え方である。このことはまた後で示そう。
この問題での直接的な根本原因は,糸の余長が針の長さよりも短いこと,また,玉止めができないのでほかの方法で結ぼうとしても,よほど器用でないと指先では結びにくいことである。
3.5 既知のいろいろな解決法
この問題は身近な問題だし,昔からたくさんの人たちが裁縫をしてきたのだから,いろいろな人がいろいろなやり方で解決している。次のような例がある。
● いままで縫った糸の部分を引っ張り,臨時に糸の余長を長くして,玉止めをする(後で布を引っ張り,しわにならないようにする)。
● 同様に臨時に糸の余長を長くして,布の繊維と糸とで結びができるように針で縫い,最後に糸を切る。
● (粗い目の布のとき)縫った側の糸を引っ張り,針が引き戻されるようにして,最後の一つふたつの縫い目を戻し,糸の余長に余裕を持たせて,玉止めをする。
● 二重縫いのとき,針の穴近くで糸を切り,2本の糸を使って指先で結ぶ(短いので,器用でないとできない)。
● 針の先を持ち,図9のように操作して,空間に糸の輪を作り,針の後部を輪に入れてから糸を切る。糸の先端を引っ張って結ぶ(この方法はよく使われるが,糸の輪を安定に作るのが難しく,練習を要する)。
● 上記で糸の輪を作るのに,自分の指先に巻く。
● 針の穴が閉じた輪になっておらず,切欠きがある市販品がある(図10)。これを使うと,二重縫いの輪になった糸を切らずに穴から外すことができる。玉止めの準備の形にしてから,再度この針の穴に糸を通して,玉止めを行う(この市販品のアイデアはすばらしい)。
図9 既知の技:空中に輪を作る
図10 切欠きがある針の穴(市販品)
なお,本式の技術開発なら,ここで特許(および実用新案)の調査をきちんとするべきであろう。ゼミではそこまでできていない。
3.6 理想のイメージを作る
結び目を作るという目標を考えたときに,結局,理想として,糸をどのような配置にしたらよいのかを,イメージした(頭の中で描いた)。そして(実は後になってから)それを図に描くと,図11のようである。
これを描いてみると,糸をこのような輪の配置になるように,安定的に補助し,ガイドすることができればよいのだとわかる((3)節に書いたように,玉止めのやり方において,針は非常に上手くこの補助(輪の土台)とガイドの役をしている)。
図11 理想のイメージ
3.7 解決策のアイデアを考える
以上のような分析を土台にして(実際には分析の途中段階から並行して),解決策のアイデアをみんなでいろいろと考えた。一つひとつのアイデアを図に描き,それに刺激されて,類似アイデア,改良,発展などをどんどん書き出す。また,ある程度出揃ったところで,それらを分類し,階層的に体系化する作業をした。
学生たちが多く出したのは,糸で結ぶ代わりに何かの物を導入するアイデア(たとえば,釣りの鉛の重りのようなもの)であった。糸に工夫をしておく(たとえば,鱗状の表面にして,糸が逆向きに戻らないようにする)案もあった。しかし,これらは,裁縫を完了した後に,余計なものが残るから,望ましくないことがわかっていく。
ここには,ちょっとした小道具を使って,結びを作る方法2件のアイデアを紹介しよう。
3.8 ストローの小道具
既知の方法図9を理想のイメージの図11と比べてみると,糸の先端を針の穴に通した状態で操作して,理想の形状の糸配置を一生懸命空中に実現しようとしていることわかる。ここで,何か,輪の土台になるものを使って,糸の輪を安定的に作れるとよい。筒形のものだと,最後に真中に糸を導くのによさそうだと思われる。
そこで,ストローを持ってきて,いろいろとやってみた。最初は理想の図の画面奥の方向でストローを持つやり方を考えたがうまくいかない。輪を作るときの糸の配置が逆になってしまう。
ストローを理想の図の画面手前に(左手で)持つことを考えた。すると,輪の配置は正しい。しかし,ストローが邪魔で最後に輪の中に糸を通せない。ここでふっと気がついたのが,ストローを切り欠くことであった。糸の輪を保持するのにも,半周分支えれば十分である。
このようにしてでき上がった解決策が,図12に示すもので,ストローの先端を一部切り取った小道具である。樋状になっていて,まず糸の輪を作る土台となり(輪を二重にもできる),ついで,糸の先端を輪の中に通すときのガイドになる。この図の配置にしてから糸を針から切り離し,糸の先端を引っ張ってしっかりと結び目を作る。
図12 USITによる解決策:ストローの小道具
3.9 玉止め専用の針の小道具
この発端は,下田君の荒唐無稽なアイデアであった。「結ぼうとして針が長すぎるとわかったら,針の長さを半分にできるように,段ねじ込み式の針にしておけばよい」(図13)。この案を最初に聞いたとき,私は,「そんなの,作るのが大変だよ」といった。その後で,このアイデアが思いもかけずに発展していった。 図13 短くできる針:荒唐無稽なアイデア
ここで皆が気がついたのは,最後の結ぶ段階では,針はもはや(縫う必要はないから)先が尖ってなくてもよい,短くてよい。細い必要もないから,針の穴を普通より大きくでき,穴に糸を通しやすくできる。このようして,糸の余長が針よりも短いとわかったときに,「玉止め専用の針」に乗り換えればよいというアイデアが生まれた。
その当初の姿(図14)は,長さ15mm程度,太さ2―3mm,平たくて,大きな穴を持つものであった。 図14 玉止め専用の針の最初の案
ついで,穴の代わりに,後ろに開いたスリット状にして,糸を挟み込めばよいという案(図15)が得られた。
図15 穴をスリットにする
また,全体が小さいので,持ちにくく,なくなりやすいと気がつき,スリットの片側だけを後ろに長くする(非対称にする)案(図16)を得た。 図16 片方を長く
これがさらに発展して,ヘアピンのような形状にして,ばねで糸を抑える構造(図17)を得ている。これは,「前に穴がある針」という解釈もできる。材料は,金属製とプラスチック製の両方が考えられる。 図17 ヘアピン形,「玉止め専用の針の小道具」の現在形
3.10 本事例での解決策生成段階のまとめ
この裁縫の問題では,(ここに掲載した以外にも)多数の解決策の案を作っている。その一つひとつが,分析結果(の一部)をベースにして発想され,構想されていっている。
ストローの小道具では,「理想のイメージに対応して糸を空間で保持することを補助する」というのが,USITの6箱方式(図1)でのアイデア生成の段階であり,ストローで実験して図12を作ったのが解決策の構築の段階といえる。また,「もはや縫うことをしない,玉止め専用の針を作る」というのがアイデア生成であり,図14〜図17は解決策の構築(と改良)のやり方を示している。
なお,解決策の構築の過程では,ここには明示していないけれども,(USITの親である)TRIZの指導原理(発明原理や進化のトレンドなど)による方向付けが働いている。この過程は,「方向付けを持った思考の努力」を継続しているのである。
以上,2つの身近な事例を通して,USITによる問題解決の過程の概要を理解いただければ幸いである。やさしい標準的な方法を使って,図1に示した基本方式を一歩一歩進んでおり,小さなジャンプを多数生み出すことにより,全体として新しい発想の解決策を構築できているのである。
次回には,問題の定義と分析の段階をより詳しく説明する。
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最終更新日 : 2007. 8.17 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp