USIT 解説・紹介 | |
連載: USIT入門: 創造的な問題解決のやさしい方法 | |
第4回 USITによる創造的な解決策の生成法 | |
中川 徹 (大阪学院大学) 『機械設計』 (日刊工業新聞社発行), 2007年11月号, 100-107頁 |
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[掲載:2007.11. 1] 許可を得て掲載。無断転載禁止。 |
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編集ノート (中川徹、2007年10月29日)
本件は、日刊工業新聞社発行の月刊誌『機械設計』(Machine Design)に連載中の「USIT入門」の第4回です。2007年8月号から12月号までの全5回の連載予定で、前月10日の発行です。同社のご承認をいただきましたので、本『TRIZホームページ』には、同連載をHTML版で掲載します。連載の全体構成については、第1回のページを参照下さい。
この第4回の目次はつぎのようです。
1.1 データフロー図という表現形式とその意味
1.2 「新システムのためのアイデア」とは
1.3 USITにおける「アイデア生成」の段階
1.4 USITにおける「解決策の構築」の段階
1.5 「解決策の実現」の段階2.1 USITオペレータの成立
2.2 USITオペレータの全体像
2.3 USITオペレータの例と使い方
2.4 思考の課程とUSITオペレータの指針3.1 理想のイメージからの思考の過程
3.2 矛盾の解決と解決策組合せ法
3.3 解決策の階層的な体系化
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連載: USIT入門: 創造的な問題解決のやさしい方法
第4回 USITによる創造的な解決策の生成法
中川 徹 (大阪学院大学)
『機械設計』 (日刊工業新聞社発行)、2007年11月号、pp. 100-107
さまざまな技術分野で共通に使える,創造的な問題解決の方法として,USIT(ユーシット)を説明してきました。その第1回は,一問一答の形式で,全貌をお話しました。
第2回には,「やさしい適用事例」として,私の大学のゼミでの卒業研究2例について,その一部始終を説明しました。「ホッチキスの針をつぶれなくする方法」と「裁縫で針よりも短くなった糸を止める方法」です。これらの身近な問題解決を例にして,USITを使って考える手順と,その具体的な事例を理解いただけたものと思います。
USITでの問題解決の全体プロセスは,「6箱方式」というきちんとしたモデルに従っています。その図式を図1に再掲します。その特徴は,どんな分野の問題でも,共通の考え方と方法を使って問題を分析し,また共通の基本的な考え方をバックに使って解決策の生成と構築をしていくことです。
図1 USITにおける問題解決の6箱方式
前回(第3回)に,USITのプロセスの前半,すなわち,問題を定義し,分析する段階について,上記2例を使いながら詳しく説明しました。
まず,もやもやした問題についてグループで討議して,問題を明確にする。それは,望ましくない効果,目標とする課題,簡潔な図解,考えられる根本原因,そして問題に関係する最小限のオブジェクトの組を明らかにすることでした。
ついで,問題の分析では,空間に関する特徴と時間に関する特徴を明確にしました。また,「オブジェクト−属性−機能」という概念を使って,現在のシステムについて,オブジェクト間の機能の関係,そして問題に関わっているさまざまな属性(性質の種類)について明らかにしました。
さらに,理想のシステムを理解すること,特に,「理想の結果」をイメージすることが,分析段階で大事なことを説明しました。さらに踏み込んで,理想のシステムにとっての,望ましい行動と望ましい性質をいろいろと考察する方法を示しました。具体的には「アルトシュラーの賢い小人たちによるモデリング法」,あるいは「SickafusのParticles法」を使うものです。
そして,今回は,USITの全体プロセスの後半を説明します。それは,新システムのための核となるアイデアを生成し,それを中心にして解決策のコンセプトを構築し,さらに実地に使える (製品に組み込んだ,あるいは製造プロセスなどに組み込んだ)具体的な解決策とすることです。
第2回に書いた2つの事例は,これらの段階を具体的な例で説明しています。それらをいま一度読んでみて下さい。
これらの解決策の生成・構築の段階を一般的に説明するのは,(問題解決プロセスの前半が論理的に説明すればよかったのとは異なり)いくつかデリケートなことがあり,誤解が生じることがあります。あまりせっかちに断定しようとせずに,今回の説明を読んでいただけますと幸いです。
1. 「USITの6箱方式」における解決策生成段階の概要
1.1 データフロー図という表現形式とその意味
誤解を防ぐために,まず図1を記述するのに使っている「データフロー図」という表現形式について,再度説明しておこう。
この形式の図では,箱の中には,それぞれの段階で必要とする/得られる/目標とする「情報」を書く。そしてその間の矢印で,2つの情報の間に必要とする/実施する,処理/考察/探求などの過程の名称あるいは方法を書く。
この表現で最も重要視しているのは,各段階の情報の性格/内容である。もちろん簡単な言葉で規定できることには限度があるが,どんな種類の情報がそこで必要なのかを表そうとしている。
データフロー図が表そうとするのは,箱に記述した情報が変換(処理)されていく論理的な関係である。実際の変換(処理)が,グループ作業や個人の頭の中の過程として,いろいろな順番をとり,さまざまな紆余曲折があったとしても構わない。それらの過程を論理的に整理したものをこの図が示している。
矢印の部分(過程)のキーワードは,ある程度包括的な言葉で表現されている。もちろん,ここに特定の方法を書き,詳細な順序を書いてもよいが,それは一例とみなされる。別の方法を使ってもよい。複数の方法を使っても,またそれら複数の方法を処理する順番に違いがあってもよい。それらを全部包括して1つの論理的過程として表せると,データフロー図では考える。
また,実際の問題解決では,問題あるいは解決策が枝分かれしていくことがしばしば起こる。複数の問題を扱う,あるいは,違うアイデアを得て,違う解決策を作るなどである。図1はそのような枝分かれの1つについて,全体図を描いている。
特に,今回の説明の「新システムのためのアイデア」は,多数出てくるのが普通である。その一つひとつにこの図式が適用され,優れたもの(だけ)が具体的な解決策として実現される。
1.2 「新システムのためのアイデア」とは
図1の右上の箱に書いているのは,新しい解決策を創り出す中核にあるアイデアのことであるが,それは,「小さなアイデア」でよい。そのアイデアが後で成長して,ひとまとまりの解決策になるのである。核になるアイデアが1つでなく,複数のアイデアが組み合さってひとまとまりの解決策になることも多い。
「6箱方式」の右上の箱は,通常の科学技術やTRIZの「4箱方式」の右上の箱(「一般化した解決策」)とは違う内容である。後者は抽象化したモデルの世界でのひとまとまりの解決策を意味している。分析者はその解決策をヒントとして得て,そのヒントのエッセンスを捉え直して,自分の問題にあてはめようとする。
一方,「6箱方式」でいう「アイデア」は,(もしヒントを使って導きだしたのなら)ヒントのエッセンスのことである。そのエッセンスを,言葉や概念として明確に意識したものが,6箱方式でのアイデアである。
例えば,裁縫の事例で,糸の余長が針より短くなったときに,「針を短くできればよい」というのは,ここでいう「核になるアイデア」である。そのために「2段ねじ込み式の針」を作るという案(第2回 図13)は,ひとまとまりの解決策の段階である。
さらにそれが発展して,縫う機能を放棄して「玉止め専用の針を創る」という発想が,ここでの「核になるアイデア」である。第2回の図14〜図17は,そのアイデアの周りに肉付けして,解決策のコンセプト(第5箱)として実現しようとしている。
1.3 USITにおける「アイデア生成」の段階
問題の分析結果から進んで,新しいシステムのためのアイデアを得る段階は,実際には,人々の頭の中で自然に行われることが多い。問題を分析している途中で,どんどんアイデアが出てくるのが普通である。
USITの開発者Ed Sickafusは,(特に最近,強く)「問題解決のすべての過程でアイデアが出てくるのが(人間の脳の活動として)当たり前であり,それを抑えてプロセスの順序を守ろうとするのはよくない」と主張している [例えば、第2回TRIZシンポジウム (2006. 8.31- 9.2) での基調講演 を参照されたい] (具体的に,グループ作業の場合には,出てくるアイデアを各人がポストイットカードなどに書き留め,後でそれを議論するようにするとよい)。
分析段階で,問題を時間や空間の特徴で分析し,現在のシステムの機能の関係を描き出し,関係する属性を考察して,問題の根本原因などを分析している過程で,次々と関連するアイデアが出てくる。さらに理想のイメージを描き,魔法の小人たちやParticlesを使って,望ましい行動や望ましい性質を考えている過程では,分析的な考察と解決のアイデアを探す考察とが,かなりの程度混ざって行われる。この意味で,USITの問題分析の過程は,分析する人間の頭の中での「アイデア生成」の過程を誘発しているといってもよい。
それではUSITは,「アイデア生成」を人間の脳の自然な活動だけに(曖昧な形で)任せているだけかというと,そうではない。USITにはこの段階の方法として,「USITオペレータ」というツールの体系を持っている。そしてこれは,膨大なTRIZの知識ベースと技法とをすべて含んで,使いやすく再整理したものである。後述のように,「USITオペレータ」は,大きくいうと5種,さらに詳しくいうと合計32サブ解法がある。
USITオペレータのサブ解法の1つは,オブジェクト(たとえば「針」)に対して,「それを2つに分割し,それぞれの性質を変えて,統合して用いよ」という。だから,下田君の「2段ねじ込み式の針」は,この応用そのものだといってもよい。
また,別のサブ解法では,「1つのオブジェクトが複数の機能を持っているなら,それらを分離して,別のオブジェクトに担わせよ」という。普通の針には縫う機能と,玉止めの機能とがある。これらの機能を分離して,「玉止め(機能)専用の針」を作ったのは,この典型的応用である。
ただ,このように「USITオペレータ」を意識して使うのはUSITの初心者には難しい。USITオペレータの中身を理解し,いろいろな応用例から自然に理解していくように学習するのがよい。
「アイデア生成」段階で,最も重要なのは,アイデアを「生成する」ことではない。生成するだけなら,上記の2例のように多数のUSITオペレータをどんどん作用させれば,形の上ではどんどん出てくる。大事なことは,得られた「小さなアイデア」の意義・重要性を認識する(見つけ出す) ことである。問題を分析したことが,この認識を助ける。
USITでは,新しいシステムのための「小さなアイデア」が孤立して生まれてくるのではない。問題を分析した結果,多面的な観点から問題のメカニズムを理解し,理想の方向を理解している。その中で,現在のシステムの一部を変える,新しい小さな要素を追加するといった「小さなアイデア」が出たときに,それが問題の根本を解決する可能性を持っていることを洞察できるようになるのである。この洞察力を一つひとつの問題で創り出していくことが,USITの最大の特徴であり,USITを使う要点であると思う。
1.4 USITにおける「解決策の構築」の段階
この段階は,上述の「小さなアイデア」を生かすように,いままでのシステムを修正して(あるいは真新しいシステムを構想して),ひとまとまりの解決策,「こうすればきっと動いて,問題を解決するのに有効だろう」という案を組み立てる段階である。
この段階には,いま扱っている問題の分野でのある程度の素養が必要である。私のゼミで身近な問題をテーマとして扱っている理由は,情報学部の学部生が扱える範囲で実際にうまくいきそうな解決策を創り出していきたいからである。裁縫の問題での,「ストローの小道具」や「玉止め専用の針」などは,学生たちが十分考え出せる範囲のものであった。
USITの問題解決のプロセスにおいて,その分野の技術知識の必要性は,段階によって変わる。最初の問題定義の段階では,その問題の技術知識/判断だけでなく,ビジネス知識/判断などをも必要とする。問題分析段階は,技術知識を持っている人をUSIT技法がリードする。
アイデア生成段階は,USIT技法のリードが最も大きい。そして解決策の構築段階は,技術的知識が優先し,USIT(あるいはTRIZ)の知識ベースが指針を与えて補助する。最後の解決策の実現段階では,再び,技術的・ビジネス的な知識と判断を必要とする。
この記述は,TRIZの知識ベース(あるいはソフトツール)などの役割について,大きな示唆を与える。従来は,「4箱モデル」をベースに,「一般化した問題に対する一般化した解決策を与える」のがその役割だと考えられていた。新しいUSITの6箱モデルでは,(TRIZなどの)知識ベースの役割は,「小さなアイデアの周りに解決策を構築する」際の,(他分野での)参考事例を与え,また考える指針(方向づけ)を与えるのだといえる。
このような参考/指針としては,USITオペレータも使えるが,USITオペレータの背後にあるたくさんの事例(すなわち,TRIZの発明原理や進化のトレンドなどの事例)を学んでおくことが有益であろう。
1.5 「解決策の実現」の段階
すでに述べたように,USITが創り出す解決策は,概念レベルのものである。それらを,評価・選択し,さらに実験,設計,製造,販売などして,実地の使用を始める。この過程は,USITの外のプロセスである。
「ビジネスとして成功したUSIT事例を知りたい」という人がときどきあるが,それは間違いである。USITの事例の良さは,USITの守備範囲内で判断し,優れた事例を学ぶのがよい。
2. USITオペレータ
2.1 USITオペレータの成立
Ed Sickafusが作ったUSITの解決策生成法を土台にしつつ,TRIZのすべての解決策生成法を再整理して,「USITオペレータ」の体系を作ったときのやり方を,図2に示す(中川徹・古謝秀明・三原祐治,2002年 )。左欄に示すTRIZの諸解法をすべてばらばらにして,右欄に示すUSITの5解法に仕分けていった。そしてさらに,USITの5解法の中を整理して合計32のサブ解法を構成した。
図2 TRIZからUSITへの再編成のやり方
2.2 USITオペレータの全体像
「USITオペレータ」は,大きく分けると5解法からなり,その使い方は(概念的には)図3に示すようである。すなわち,システムを理解したときの基礎概念である,オブジェクト,属性,機能のそれぞれに作用させるものがあり,さらに得られた解決策の対や解決策に作用させる2種とからなる。これらを(必ずしも順序にこだわらずに)繰り返し作用させることにより,前述のような「解決策の核となる小さなアイデア」を得るのである。
図3 USITオペレータの適用プロセス
5種の解法はおおよそ以下のようである。
(a)オブジェクト複数化法
オブジェクトに作用させて,それを「複数化」する。ただし,「1以外の数はすべて複数」(英語のセンス)と考える。すなわち,消去する(0),多数にする (2,3,…),分割する(1/2,1/3,…),変容させる(1.1,…),新たに導入する,など。
(b)属性次元法
属性に(次元的に変化するように)作用させる。すなわち,有害な属性を使わなくする,新しい属性を活性化する(機能的に使う),属性(または属性値)を空間的に変化させる,時間的に変化させる,内部構造を変える,など。
(c)機能配置法
機能をオブジェクト間で再配置する。すなわち,機能を別のオブジェクトに担わせる,複合機能を分割し分担する,新機能を導入する,機能を空間的に変化させる,機能を時間的に変化させる,検出・測定の機能を使う,適応・調整・制御の機能を使う,など。
(d)解決策組合せ法
2つの解決策の組に対して作用させ,それらを空間的に組み合せる,時間的に組み合せる,機能的に組み合せる,構造的に組み合せる,など。
(e)解決策一般化法
1つの解決策に対して作用させ,それを一般化あるいは具体化を繰り返して膨らませ,また得られたすべての解決策を階層的に体系化する。
2.3 USITオペレータの例と使い方
32種あるUSITオペレータのサブ解法のうちの1つの例を示して,その使い方を説明しよう。しばしば使う「(1c)オブジェクトの分割」のオペレータを取り上げよう。簡単なマニュアルには,図4のような1枚のスライドで説明されている。
図4 USITオペレータ(1c)の説明図
この図の左下に書いているのは,基礎になったTRIZの発明原理である。このUSITオペレータを使うときのポイントは,単に分割するだけでなく,分割した部分を修正して,もう一度統合して用いるのだと説明している。
このオペレータには,さらに次の図5のような詳細な説明が付けられている。
図5 USITオペレータ(1c)の詳細説明
たとえば,裁縫の問題の針にこのオペレータを作用させると,下田君が言った「2段ねじ込み式の針」という案は,意外に素直に出てくる。「いま,針が長くて困っているのだ。糸の余長が短くて,針の先の方にまで糸が行かない。そしたら,針の先の部分(すなわち,いま,望ましくない部分)だけ,なくしてしまえるようにすればよい。分離・組立てを容易にするには,真中でねじ込み式にすればよいだろう」
このように考えると,この案は荒唐無稽ではない。ただ,太さ1mmの針の途中を切って,そこにねじを作ることの製造上の困難さが,つい私に荒唐無稽と思わせたのだ。
2.4 思考の過程とUSITオペレータの指針
もうひとつの説明のしかたとして,裁縫の問題での「玉止め専用の針の小道具」のアイデアが洗練されていく過程を図6に再掲して,TRIZやUSITの考え方がどのようにガイドしたのかをやや詳しく説明してみよう。[ ]内が使った原理である。
図6 解決策の改良過程の例
下田君の案(a) がそのままではだめだとわかったとき,この案はそもそも何を狙っているのかと考えた[(5a)用語の一般化と具体化]。そして,「針(a)は縫うのを止めて,玉止めのために特化しようとしている」のだと気が付いた[(3b)複合機能の分割,分担]。それなら,「玉止め機能の専用の針」をもっと自由につくればよいと気付いた[(3a)機能を別オブジェクトに]。
そこで,案(b)では,玉止めに適したように,半分の長さにし,太く平たくし,穴を大きくし,穴の後ろ側に滑り止めスリットを付けた[(2c)有用属性を強調し,有害属性を抑制する]。
案(b)ではまだ「針の穴」という固定観念が残っていたが,これでは穴に糸を通すのが不便だと気づいた。ここは針の後部が糸を保持すればよいのだ[(5a)用語の一般化と具体化]と考え,(c)案では後部に開いたスリットに挟み込む形状にした [(2d)空間に関する属性を導入/拡張する]。
案(d)は,土台の片側だけを長くしている[(2d)空間に関する属性を導入(特に,TRIZの「非対称性」の発明原理)]。
案(d)のスリットが,クッション性を欠いていて糸を保持しにくいと考え,案(e)ではクッション機能/ばね機能を持つ構造を導入している[(2b)有用な属性を使う,(3d)新しい機能を導入する]。
なお,本節の記述では「USITオペレータ」の項目で示したが,私自身の頭の中では,TRIZの発明原理や進化のトレンドの学習から得た,「どちらの方向に進むのがよいのか」という理解のしかたが,より多く働いているように思う。
3. 解決策生成段階の方向づけ
いままで説明したのは,「USITオペレータ」という,個別技法を体系化したもの(すなわち,TRIZでいえば,40の発明原理や35の技術進化のトレンドなどの体系)の考え方と適用法であった。しかし,実際のUSIT(あるいはTRIZ)の適用においては,アイデアの生成でも解決策の構築でももっと基本的な大きな方向づけで進んでいる面が強いように思われる。ただ,それらの方向づけは,技術者として(あるいは問題解決者として)身に付けているものといった感じが強いであろう。そのような大きな方向づけに関係したUSIT(およびTRIZ)の指針をさらに説明しておこう。
3.1 理想のイメージからの思考の過程
まず1つは,理想のイメージに向かって考察することである。このやり方の準備は,前回に「問題分析(2)理想のシステムの理解」として説明した。USITではParticle法というのを持っており,まず「理想の結果」をイメージする。そして,現状との違いを見出し,「魔法のParticles」にその理想を実現してもらうことを考える。そして,理想を実現するのに「望ましい行動」,そしてその行動をするのに「望ましい性質」を,理想の側からできるだけ広い範囲で考えて行っている。
裁縫の問題で,このルートを非常に明確に辿った例は,「ストローの小道具」を導いたケースである。その過程をもう一度説明しておこう(図7)。
図7 理想のイメージから解決策を導く
図7の(a)は既知の技であり,人が針の先を持って針の穴に繋がったままの糸を操作し,空中に糸の輪を作ってその輪の中に針の頭を通す。この状態にして糸を針穴の近くで切り,手でひっぱると結びができる。この方法は練習しないと,輪が崩れてなかなかうまく針の頭を通せない。
図7(b)は,理想的な糸の動きを描いたものである。この図のように糸を空中で配置したい。(c) は×印で多数のParticlesを描いている。Particlesたちにしてほしいことは,このような位置にいて空中の輪を支え,また糸の先(すなわち針の頭)をガイドしてくれるとよい。
このようなイメージから,筒状のものとしてストローを持ち出し,いろいろと実験をしてみた。Particlesたちはストローの壁面を表しているのだと解釈したのである。やってみてわかったのは,この図は平面上に描いているが,世の中は3次元だということである。ストローの端を図の奥から差し出しているとすると,輪がこの形にできない。そこで,ストローの端を図の手前から突き出しているようにする。すると,糸の輪はうまくできるが,ストロー壁が邪魔で,糸の輪に針の頭を通せない。
そのときに,ストローの先端を図7(e)のように切り欠くことを思いついた。すると糸の輪は樋状になったストローで保持され,その樋が針の頭を導くガイドとして理想的な配置になるのである。その様子を模式的に描くと,図7(d)のようであり,完全な環状(筒状)になっていたPariclesたちの一部がどいて,半円状(樋状)になる。それでも十分に糸の輪を作ることができ,ガイドの役をも実現した。
この思考過程で,(c)から(d)への変化は,実験が先行しているから,必ずしもすべてがモデルで導かれているわけではない。しかし,糸の輪をどのように保持し,糸の頭をどのようにガイドすべきかは,理想のイメージが始終リードしたのである。
3.2 矛盾の解決と解決策組合せ法
もうひとつ,USIT(とTRIZ)で特徴的なのは,問題の根本にある「矛盾」を見つけて,それを解決しようという考え方である。アルトシュラーが開発したTRIZが,人類の科学技術と思想の歴史の中で高い評価を受けるに値するのは,「矛盾とその解決法」を明確にしたことである。
「1つの面に正・逆の相反する要求が同時にある」状況を,TRIZでは「(物理的)矛盾」と呼ぶ。このとき,アルトシュラーは「分離原理を使えば解決できる」ことを示した。それは,「(1)相反する要求を,時間・空間・その他の条件で分離せよ。(2)分離したら,それぞれの条件で要求を満たす解決策を作れ。そして(3)それらの解決策を組み合せて用いよ」という方法である。
第2回で例示した「ホッチキスの針をつぶれなくする方法」が,この種の矛盾を扱っている。つぶれる原因がわかって,「ホッチキスの針の脚を内側の横から支えればよい」という案(図8)を得たとき,われわれは「矛盾」に遭遇した。内側から支えるには,支える部品が必要だが,針を下まで刺し通すには,その部品は邪魔で,そこに存在してはならない。すなわち,支えの部品の「存在vs無」という矛盾である。
図8 ホッチキスの針の問題での矛盾
第2回の説明では,「アルトシュラーの賢い小人たちによるモデリングの方法(SLP)」(USITのParticles法の原形)を使った。その解決策は,「支えの部品は,支えているが,針が下りてくる(時間帯になる)と,邪魔にならない位置(前方)に少しずつ移動する」というものであった。
要するに,「時間により要求を分離して,解決した」のである。そのときの解決策は,当然,時間による変化を含むものである。あるいはもっと厳密にいうと,針を押し下げた度合い(位置)によって,変化させている。
TRIZの分離原理の適用で,なかなか難しくて四苦八苦するのは,(3)の解決策を組み合せる段階である。
そこでUSITでは,「USITオペレータ」の第4種を「解決策組合せ法」として,(TRIZほど「矛盾」という言葉を使わないが)矛盾の解決に使える方法を体系化している。上記の例は,「USITオペレータ(4c)時間的に組み合せる」を使ったものであり,その中の「条件に応じて,時間的にダイナミックに変化して,複数の解決策を行う」という指針に相当している。
3.3 解決策の階層的な体系化
USITでの解決策生成過程で大事な要素のもう1つは,得られた解決策をある段階から常に階層的に体系化して図示し,違う観点からの解決策がないだろうか?抜けがないだろうか?と考えていることである。これは,USITオペレータの第5種「解決策一般化法」を活用して行う。
前回の図3で,Particles法を使って,「望ましい行動」を階層的に図式化した例を示した。その図に示された項目は,「そういう行動/動作ができるとよい」という段階であり,「新しいシステムのためのアイデア(の核)」になることはあっても,まだ,解決策として具体化されたものではない。
それに対して,いまの解決策の生成の段階 (すなわち,「アイデアの生成」と「解決策の構築」の段階を含んで,ある程度並行して行っている段階)では,より明確に,解決策のアイデアとその実現法とを項目として,「解決策の体系図」を描き出していく。このためのUSITオペレータ(5b)の説明スライドを図9に示す。
図9 USITオペレータ(5b)の説明スライド
この体系化と同時並行で考え,作業するのが,個々の解決策についてそれを少しずつ一般的・包括的な概念で表現することである。これは,解決策の体系図を上方向に充実させる。すると,より広くなったアイデアでの別の具体例を得ることができ,体系図で下と横に広がるのである。また,一般的な言葉で表現すると,「アイデアの抜け」を見つけ出すのが容易になる。
以上のように,USITではいろいろな考え方を使って,創造的にかつ体系的に,解決策を創り出そうとしている。「技術の壁」をブレークスルーする方法を1カ月で習得できなくても,投げ出すことはない。しっかり学んで,自分が直面している技術の壁に立ち向かう力を蓄えていけばよい。
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最終更新日 : 2007.11. 1 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp