総説論文: 「6箱方式」


科学技術の「抽象化の4箱方式」から、創造的問題解決の「6箱方式」へ

中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授) 

『TRIZホームページ』初出論文 2022年7月22日

受理:  2022. 2. 8;  掲載: 2022. 7.22 

Press the button for going back to the English page.

  編集ノート (中川 徹、2022年 7月21日)

本件は、昨年10月3日に日本創造学会研究大会で発表したもの (予稿集8頁)を、敷衍して総説論文(20頁)にしたものです。

研究大会段階での資料はすでに本『TRIZホームページ』で以下のように掲載しています。
和文(2021.12.10): 予稿集掲載論文(8頁) HTML/PDF)、 発表スライド PDF、発表(リハーサル)動画(MP4)
英文(2022. 2.19): 予稿集掲載論文の英訳 HTML/PDF、 発表スライドの英訳 HTML/PDF

私は本総説論文を仕上げて、2021年12月18日に日本創造学会論文誌に投稿しました。同学会は原著学術論文誌という立場を採っておりましたので、私は昨年8月に編集委員長に総説論文の受け入れ検討を依頼し、「検討を始める」との返答を得ておりました。しかし、2022年1月24日に届いた査読結果は、原著論文としての査読で、「不採録」の返答でした。私は、各査読意見に応答するとともに、総説論文としての意義を詳しく述べて、総説論文としての再査読を要請しました(1月30日)。しかし、「総説論文は不採録。本の出版を奨める」との通知でした。
--- このような経過で、やむなく本件を(昨年12月18日の原稿のままで)本『TRIZホームページ』初出論文として掲載いたします。なお、付属ページに、投稿と査読の主要経過(概要)と、私の再査読の申請書(1月30日)を掲載します。本総説論文の立場をきちんと説明しておりますので、この論文をよりよくご理解いただけるものと、思っております。

本論文の内容につきましては、(長い説明を省略し) 「要旨」(推敲版、2022. 1.30) および 5.まとめ をご覧ください。また、下図に、問題の焦点である、(従来の)「科学技術の抽象化の4箱方式」と、(本論文で提唱している)「創造的な問題解決のための6箱方式」とを、対比して示します。

論文目次:

科学技術の「抽象化の4箱方式」から、創造的問題解決の「6箱方式」へ (中川 徹、2021.12.18)

要旨 (推敲、2022. 1.30)  

1  科学技術の基本パラダイムの現状

1.1.  科学技術の基本パラダイムは「抽象化の4箱方式」
1.2.  多様な「創造性技法」の分立と模索

2. 展開:  創造的な問題解決の方法論を求めて

2.1. TRIZ(発明問題解決の理論)
2.2.  USIT(統合的構造化発明思考法)

3. 「6箱方式」:  創造的問題解決の新しいパラダイム

3.1  「6箱方式」の考え方・使い方
3.2  「6箱方式」の使用例・記述例
3.3. 「6箱方式」の位置づけ
3.4 「創造的な問題解決のための一般的な方法論」というビジョン

4. 各種「創造性技法」を「6箱方式」で理解し、統合する

4.1. 各種「創造性技法」を「6箱方式」に位置づける
4.2. 「6箱方式」を骨格にして、従来研究の諸方法で肉付けしたCrePS体系を構想する
4.3. 創造的な問題解決のための従来の統合的プロセスとの対比
4.4. 補足と討論
(1) 発散思考と収束思考   (2) 「思考の世界」でのグループ討論  (3) 諸方法の理解と選択  (4) 諸技法のWebサイトのカタログ作成  (5) 諸方法の得手/不得手  (6) 「6箱方式」の簡潔な実践法

5.  まとめ

参考文献


 

別紙: 日本創造学会論文誌への再査読申立て書: 査読意見についての応答と内容の補足 (中川 徹、2022. 1.30)  (2022. 7.22)

 

本ページの先頭

論文先頭

要旨

1 科学技術の基本パラダイム

2. 展開: TRIZ/USIT

3. 6箱方式

4. 各種創造性技法を6箱方式で理解する

5. まとめ

Ref.

論文PDF

付属:説明ページ

先行発表(研究大会予稿集)のページ

同左英文ページ

 

英文ページ 

 


 

 論文          ==>  論文PDF

 

科学技術の「抽象化の4箱方式」から、
創造的問題解決の「6箱方式」へ

From "Four-Box Scheme of Abstraction" in Science & Technology
To "Six-Box Scheme of Creative Problem Solving"

中川 徹 (大阪学院大学; クレプス研究所)

『TRIZホームページ』 初出論文    (受理: 2022年 2月 8日、 掲載: 2022年 7月22日)

 

[要旨]    (推敲版 2022. 1.30)

科学技術は「抽象化の4箱方式」を基本パラダイムとし、各分野で確立されたモデル(理論)に当てはめて問題を解く。それは新しい考え方(理論)自身を求める「創造的問題解決」には有効でない。このため、創造的問題解決を目指す「創造性技法」の諸研究は、基本パラダイムを持たずに乱立してきた。その中でTRIZとUSITが新しい展開を準備した。筆者は、両方を導入し、膨大なTRIZを簡潔なUSITに統合した上で、USITプロセスのデータフロー表現から、「6箱方式」を得た。TRIZ/USITの問題解決事例を「6箱方式」で表現し、これが新しい「創造的問題解決の基本パラダイム」であると提唱している。この方式で、「思考の世界」での問題解決プロセスが確立できたので、「現実の世界」での問題状況の多様性への対応が今後の研究課題である。「創造性技法」の一つ一つを理解し、「6箱方式」で位置づけ直し、統合することが有意義である。[脚注]

[Abstract]     (Revised, 2022. 1.30)

Science and technology have the "Four-Box Scheme of Abstraction" as the basic paradigm, and solve problems by applying them to models (theories) established in each field.  This is not effective for "Creative Problem Solving" where a new way of thinking (theory) itself is to be found.  Thus, various researches on "Creativity Methods" for Creative Problem Solving have different approaches without a basic paradigm.  Among them, TRIZ and USIT have prepared a new development.  The author introduced both, integrated the huge TRIZ into the concise USIT, and from the data-flow representation of the USIT process obtained the "Six-Box Scheme".   Having many TRIZ/USIT problem solving cases shown in the "Six-Box Scheme", he is advocating the Scheme as the new "Basic Paradigm of Creative Problem Solving".  Now that the Scheme has established the problem-solving process in the "Thinking World", the diversity of problem situations in the "Real World" is the focus of research in future. It would be meaningful to examine each of the Creativity Methods and reposition and integrate them in the "Six-Box Scheme".      

キーワード: 抽象化の4箱方式, 創造的問題解決の6箱方式, 基本パラダイム, 創造性技法, TRIZ/USIT

Keywords: Four-Box Scheme of Abstraction, Six-Box Scheme of Creative Problem Solving, Fundamental paradigm, Creativity Methods,  TRIZ/USIT

 

大阪学院大学 名誉教授  277-0086 千葉県柏市永楽台3-1-13
Osaka Gakuin University (Professor Emeritus)  3-1-13 Eirakudai, Kashiwa, Chiba 277-0086, Japan

[脚注] 本稿は、筆者の総説の講演[1]の中間部を簡略にし、日本創造学会研究大会で発表した予稿集論文[2] を、本論文として敷衍したものである。

 

1.  科学技術の基本パラダイムの現状

1.1.  科学技術の基本パラダイムは「抽象化の4箱方式」

 科学技術は人類文化のほぼ全てを支え、日夜膨大・広範な研究・開発・適用・教育が行われている。科学技術における(分野を問わず)最も基本的な思考の方式・指導原理(「パラダイム」)として、「抽象化の4箱方式」を挙げることができる。(図1)

図1:抽象化の4箱方式 [3]

 

 すなわち、具体的な問題を解く(解決する)のに、具体的なまま個別に解決しようとするのでなく、知られている一般化したモデル(理論)を使い、そのモデルが指示(示唆)するやり方で問題を抽象化する(あるいは当てはめる)。その一般化した問題をモデル(理論)のやり方に従って解答(解決策)を見出す。そのようにして得られた一般化した解決策はまだユーザ自身の問題の解決策ではないので、それを参考(ヒント)にして、自分の問題に立ち返って具体的な解決策を考え出す。この方式の簡単な典型例は、数学における、二次方程式と根の公式である。この方式は学校教育から、専門分野まであらゆる所で教育され、利用されている。

 この方式での抽象化したモデル(理論)は、あらゆる分野、あらゆる問題で個別に開発され、科学技術の知識体系として蓄積・利用されている。ただ、この方式の根幹である3つのプロセス(すなわち、「抽象化」、(解決策導出のための)「推論」、および「具体化」)はどれも、極めて抽象的な概念であり、個別のモデルを例にして説明はできても、分野やモデルを越えた一般的な説明をし、まったく新しい問題(モデルが未開発の問題)に対してこのプロセスを適用することは困難である。そのためこの「4箱方式」の利用の実態は、科学技術の分野に応じ、具体的な問題のタイプに応じて、まず一つの既知のモデルを選択し、(「抽象化」といっても)具体的問題をそのモデルに「当てはめる」ことになる。「推論」の段階も、(個別に一般化した)既知の問題から、規定の筋道を外れずに(個別に一般化した)「既知の」解を導出できるのが、モデル(理論)の役割と考えられている。そのようにして得られた解(一般化した解決策)は、ユーザの具体的問題に直接的に答えるものでないから、「当てはめ直す」ことがユーザにとっての「具体化」の最初の過程になる。

 要するに、科学技術の「4箱方式」は、既知の分野の解決済みの問題タイプを扱うための方式であり、新しい未解決のタイプの問題を扱うための方式ではない。科学技術は、常に新しい領域を開拓し、未解決の問題を解決して進んできたのであるが、それは解決済みの多数のモデル(理論)を「模範」として(「4箱方式」の形で)示すことを指針としてきた。「新しいモデル(理論)を作り上げるプロセス自身の指導原理」は、「4箱方式ではない」、ということをいま改めて確認することが重要である。

 だから、新しい領域や新しいタイプの問題を開拓しようとするときや、新しい発明や変革(イノベーション)を要するような問題を解決しようとするとき(すなわち「創造的な問題解決」のため)には、既存のモデル(理論)ではカバーされていなかったり、どのモデルを使うとよいかが不明で、「抽象化の4箱方式」が有効でない。

 

1.2.  多様な「創造性技法」の分立と模索

 「創造性」あるいは「創造的な問題解決」は、発見や発明をはじめとして、大小の成功した新しい試みの原動力であり、それが人類の文化を発展させてきたことは、古来から広く知られてきた。科学技術が急速に発展し、グローバルな競争がますます激しくなっている現代において、「創造性」の本質を解明し、「創造的な問題解決」の方法を創り・実践することは、(学術的だけでなく)現実の世界において、非常に重要である。そのための研究と実践は、多様で膨大に実施・蓄積されてきている [4, 5]

  その研究・実践のための一つの土台は、古来から現在までの多くの科学者・技術者・企業家たちの、成功の経験に学ぶことである。多くの成功事例の核心は「ひらめき」を得たと表現されており、それに至る過程は、ほぼ共通に次のように分かってきている。

(a) 基本的な知識を持ち、学習・研究しており,
(b) 強い問題意識を持って、長期間考えていた。あぁでもない、こうでもないと、考え、試していた。(この期間中に脳内で無意識下に考えが熟成されると考えられている。)
(c) リラックスした心理状態のときに、ちょっとしたできごとや夢がきっかけで、「ひらめいた」。
(d) 自分の問題に当てはめ、明確な解決策にした。

 長期間努力しないといけないことは分かっているが、いつ「ひらめき」が得られるかは分からない。ともかくこの知見をヒントに、さまざまなやり方が模索されてきた。

1.  ともかく、じっくり学習し、研究し、実験し、試行する。   
2.  アイデアを自由奔放に出して、試行する。
3.  想像力、空想力を豊かにする。擬人的に考える。
4.  頭を柔軟にする、いろいろな角度から考えるように訓練する。
5.  いろいろな例をヒントにして考える。ヒントを探す、集める。
6.  リラックスする時間・場所・環境を作る。
7.  いろいろな考え・経験・分野の人たちで、議論する。 
8.  文献や特許を調べて、それを参考にする。
9.  問題のこと、やりたいことを、分析・記述する。
10.  問題の把握から、状況の認識、アイデアの創出、実装・実践などまでの統合的な方法を創る。
・・・・・・

 これらの種々のアプローチで作られてきた諸技法(「創造性技法」[4, 5])の例を表1に示す。

 現在は、このような多数・多様な「創造性技法」がばらばらに提唱・実践されていて、混乱している。それぞれに「近道」を狙い、個別に有効でも、それぞれに部分的で、全体像が分からない。(統合した全体プロセスを提案している諸方法でもなお、この欠陥を持っている(後述 4.3節)。)

 

表1:創造的な問題解決のための諸技法の例 [6]

 

 

2. 展開: 創造的な問題解決の方法論を求めて

 上述の状況において、創造的な問題解決のための方法論を求めて、新しい大きな(知識と方法の)体系を独自に創り上げていったのが、Altshuller (旧ソ連)のTRIZである。その影響を受けつつ、創造的な問題解決の思考の簡潔な一貫プロセスを提示したのが、Sickafus (米国)のUSITである。筆者は、大きなTRIZの全体を小さなUSITに統合することを通じて、創造的な問題解決の新しいパラダイムとして「6箱方式」を見出した。本節ではその過程を述べる。

 

2.1. TRIZ(発明問題解決の理論)

 TRIZは、旧ソ連の民間でGenrich Altshullerが1946年以降開発・樹立し[7]、1990年代から全世界に広がって、使われてきている。特許の分析を初めとして、科学技術の原理や応用事例をいくつもの観点から使いやすく分類し直したデータベースの体系を作った。システム思考、および、矛盾を定式化して確実に解決する方法を作ったことも注目される[8]。図2にTRIZのエッセンス(英文で50語)を表す[9]

2:  TRIZのエッセンス(英文で50語の表現)[9]

 

図3に、TRIZが開発した主要技法の4種を示す。これらはそれぞれに、「4箱方式」をベースにし、科学技術情報を整理し直した大規模なデータベースを備えている。これらの方法一式の便利なソフトウェアも開発・販売されている[10]。

図3:TRIZの4つの主要技法 [6]

 

(a) は、目標とする機能を実現するような、多様な科学技術の諸原理とその技術事例を探索する。(機能を表現する階層的な体系を作り、その体系に応じて諸原理や事例を人が読める形で整理済みであることが特長。)

(b) は、システムの主要部の何らかの側面に注目し、さまざまな他システムにおけるその側面の発展方向(トレンド)を学んで、改良を検討する。(多数(例えば35種)のトレンドの図式的表現と、その事例が整理されている。)

(c) は、自分のシステムの「ある側面を改良しようとすると、別の側面が悪化する」という矛盾として捉え、そのような矛盾を解決した先例(特許)でよく使われた、解決策のアイデアのエッセンス(「40の発明原理」として整理されたもの)を知り、それをヒントとして使う。(Altshullerは1970年代初頭に、4万件の特許を分析して、39側面×39側面の「矛盾マトリックス」を作った。近年では、全世界の300万件余の特許分析から、50×50のマトリックスが開発・提供されている。「40の発明原理」(サブ原理は100余)は、特許のアイデアからAltshullerが帰納的に抽出したもので、現在に至るまで再確認・調整・拡充しつつ利用されている。)

(d) は、問題システムの中核部を(物質-場モデルと呼ぶ)一種の機能分析で表現し、問題のタイプに応じて、その(標準的)解決法を機能分析の言葉で示唆する。

 これらの4技法はすべて、問題のシステムの分野によらず(科学技術からビジネス・社会などまで)、技術の発展段階によらずに使えるという大きな特長がある [11]。しかし、各技法がそれぞれ個別の側面からアプローチしており、複数の方法が並立して、TRIZの全体プロセスが複雑で明確にならない(問題に応じて部分を使い分ける、流派によってが推奨プロセスが違う)という欠点がある。

 

2.2.  USIT(統合的構造化発明思考法)

 USITは、TRIZの解決策生成法を大幅に(単純な5解法に)単純化したイスラエルのSIT法を取り入れて、米国フォード社のEd Sickafusが1995年に開発した [12]。創造的問題解決のための簡潔で一貫したプロセス(図4)を作った。それは(TRIZとは逆に)ハンドブックやソフトツールに頼らず、技術者たちの思考プロセスをガイドする点に特長がある。[13]

図4:USITの創造的問題解決のプロセス [14]

 

筆者は、1997年にTRIZを導入、1999年にUSITを導入し、両者の思想と長所を統合したやり方を模索してきた。特に、TRIZの解決策生成法(図3他)を全てばらして、USITの5解法の中に再統合し、USITオペレータ体系(5解法、32サブ解法)を作った(図5) [15]。この結果、習得も適用もやさしく、有効性がある汎用の創造的な問題解決の方法ができた。

図5:  TRIZの解決策生成法をばらして、USITオペレータ体系に統合する [15]

 

そして次の発展は、この改良したUSITのプロセスを、フローチャート(図4)でなく、データフローで表現したときに、次章の「6箱方式」を見出し、それが「創造的な問題解決」の「基本パラダイム」であると認識したことである。[14, 3]

 

 

3. 「6箱方式」: 創造的問題解決の新しいパラダイム

3.1  「6箱方式」の考え方・使い方

「6箱方式」は、図6の「データフロー表現」で表わされ、かつ定義される[14, 3, 16]

図6: 「6箱方式」:創造的問題解決の新しい基本パラダイム [14]

 

 データフロー表現は、各段階で得るべき情報(データ)を(一種の仕様として)(図の箱内に)規定・記述し、一方その情報を得る各段階の(思考・処理)プロセスを(図の矢印と楕円で)示すが、その詳細を規定せず、多様性・任意性を許す(ユーザが習得しているいろいろな方法を使えばよい、また、箱を越えての戻りや繰り返しも許す)。(情報処理のプロセスを示す「フローチャート表現」は各段階の処理方法とその使用順序・論理を記述するもので、各段階で得る情報を記述しないことが多い。処理プロセスの基本方式を(一種の仕様として)記述するのに、フローチャートでなくデータフローの表現の方が適していることは、大事な認識である。)

 「6箱方式」では、図の(丸四角で示すように)上下半分ずつを「別の世界」に属すると考えるのが大きな特徴である。下半分が「現実の世界」であり、問題(あるいは達成したい課題)が存在し、その解決策を実施したい場である。そこでは、自分たちの状況に応じて、技術・ビジネス・社会などの面から、扱うべき問題や実施する解決策の価値判断・取捨選択を行う。一方、上半分は「思考の世界」であり、(問題解決の)技法が主導して、問題を(現実にとらわれず)できるだけ広く・自由に・深く考察して、解決策を作り、現実の世界に提示する。(このような「二つの世界」への分離は、後述のように、「現実の世界」の問題の多様性・複雑性に対応しつつ、「思考の世界」での創造的な問題解決の方法を普遍的・安定的にする効果がある。)

 問題の認識(左下、箱1)は「現実の世界」で行われ、問題の状況の情報を取得・把握したうえで、(例えば、企業や現場の責任者が)具体的な技術・ビジネス・社会の状況と価値判断で、取り上げるべき問題(箱2)を定義する。そして、適切なチームを組織して、その問題解決のための検討を託す。

 託されたチームは、「思考の世界」の立場から、問題(箱2)を再確認する。ついで、問題の分析・検討に進み、まず、問題を生じている現在のシステムを理解する(箱3内下)。それには、空間と時間の観点、構成要素、その属性(性質)、機能などの観点から考察して、現在のシステムのメカニズムを理解し、問題を生じている(根本)原因を理解する。また同時に、問題を解決している(持たない)理想のシステムのイメージを作り、目標・方向付けに使う(箱3内上)。

 次に、新しいシステムのための(基本的な)アイデアを得る(箱4)。箱3までの分析が、チームメンバーの素養を引き出し、(問題の根本原因を取り除くにはどうするか、主要部分がどのような性質を持つとよいのか、システムの主要機能を実現する他の方法があるか、などと考え・議論していくと、)アイデアが自然に出てくることが多い。またその他に、(TRIZの諸技法やUSITオペレータ体系の適用など)いろいろな解決策生成技法で、アイデア生成を強化できる。(この箱4で得るのは、「ヒント」ではなく、アイデアである。多数のアイデアを出し、組み合わせたり、選択したりして、複数の基本アイデアを選ぶ。)

 その次に、基本アイデア(箱4)を出発点にして、それを確実・効果的に実現できるであろう(できるはずの)解決策を作る(箱5)。これは概念レベルの解決策であり、短期的/長期的、現実的/野心的、改善的/根本的などの、複数の案を作ることがよい。いずれにしても、この具体的な分野での素養をチームメンバー(の一部)が持っていることが望まれる。

 解決策(箱5)は、「現実の世界」に戻され、提案・報告される。「現実の世界」では、実際の技術・ビジネス・社会などの状況から、これらの案の実現性・経済性・有効性・将来性などを判断し、採用案を考える。さらに、採用した解決策を、設計・試作・改良し、市場の可能性を調査し、商品/サービスなどとして、生産・実装する(箱6)。市場に投入した後の拡販、アフターサービス、改良なども継続して必要である。(ここには、製造業における商品/サービスの開発の場合を想定して説明しているが、「6箱方式」自身はずっと広い適用範囲を持っている。)

 

3.2  「6箱方式」の使用例・記述例

 「6箱方式」は、基本的なパラダイムであり、創造的問題解決の推奨される方法を大まかに示すことができ(例えば、簡潔な実践法としてUSITを推奨する)、また、さまざまな方法/技法で実施された具体事例をこの枠組みで理解・記述できる。

 筆者がUSITを使って実践した諸事例(および他者のTRIZ事例など)を、「6箱方式」で記述・公表している [6, 17]。その中から、2例をここに示す。

 

第1例は、「裁縫で針より短くなった糸を止める方法を作れ」という身近な問題で、情報学部生の卒業研究の事例(を整理したもの)である [13]。図7に4連のスライドで示す。

       

   

図7abcd:  USITによる問題解決の事例:「裁縫で針より短くなった糸を止める方法を作れ」[6]

 

 この図において、問題の定義(図7a)(箱2)、現在システムの理解(図7b, c) (箱3下)、理想のシステムの理解(図7c)(箱3上)のスライドで、青字の見出しはUSITが提示する質問であり、それに応答しながら考えをまとめている。図7dは、基本的なアイデアを得て(箱4)、それを順次改良して解決策のコンセプト(箱5)を得る過程で、考えた内容を記述している。

 このUSIT事例を「6箱方式」の枠組みで整理したのが、図8である。「6箱方式」というものを分かりやすく例示している。

図8:  USITによる問題解決事例(図7)を、「6箱方式」で記述した [6]

 

第2の例は、K.W. Leeらの「水洗トイレの節水化」の事例 [18]であり、TRIZを使い矛盾問題を解決した。Altshuller が開発した「矛盾を解決する方法」 [7, 11] の明快さを読み取られたい。

  

図9abc:TRIZによる問題解決事例:「水洗トイレの節水化」 [14]

 

ここで「物理的矛盾」というのは、システム内の一つの属性(ここでは「S字管の存在」)に関して、まったく対立する二つの要求(ここでは「存る」要求と「無い」要求)が同時にあるという形式の矛盾をいう。TRIZは、問題を突き詰めて、「物理的矛盾」を認識することができれば、その問題を確実に解決できると教えてくれている。

 この全プロセスを「6箱方式」で表現したのが図10である。この事例のエッセンスは、TRIZでいう「物理的矛盾の解決」が、問題の認識(箱2)、矛盾の定式化(現在システムの理解、箱3下)、分離原理による要求(理想のシステムの理解、箱3上)、それらから誘発されたアイデア(箱4)、そのアイデアを具体化した解決策(箱5)、という段階を経ており、「6箱方式」が適切に表現している。

図10:TRIZによる問題解決事例(図9)を、「6箱方式」で記述した [6]

 

3.3. 「6箱方式」の位置づけ

 「6箱方式」の上半分(箱2〜箱5)は、「思考の世界」でのプロセスであり、科学技術の「抽象化の4箱方式」(図1)に対応するが、根本的な違いがある。まず、「抽象化」のプロセスが「4箱方式」では既存のモデル(理論)への当てはめであったが、「6箱方式」では現在のシステムを理解するために複数の観点から分析し、それと同時に理想のシステムの理解を作ることである。さらに、「4箱方式」での「一般化した解決策」は既存のモデルの答えをヒントとして得ることであったが、「6箱方式」では、ヒントではなく、新しいシステムのためのアイデアそのもの(箱4)を得る。これが得られるのは、いろいろなアイデア生成技法(多様な「創造性技法」や、TRIZ/USITなどの技法)が使えるからというよりも、箱2・箱3の情報が自然にアイデアを誘発するからである。さらに、具体化の過程において、「4箱方式」ではヒントを手掛かりにして自分の問題へのアイデアを出すことに困難・不適切さなどがあったが、「6箱方式」の箱4ではその段階をすでに乗り越えており、(当該分野の素養を用いて)具体的な解決策(箱5)にスムーズに進める。

 前節の2例のように、「6箱方式」は明快な思考プロセスを提示しており、その問題分野の健全な素養(ある程度広い立場で、問題の本質を見る考え方)を持っている人たち(問題解決チームなど)の創造的な問題解決をリードすることができる。すなわち、問題の定義、現在のシステムと理想のシステムの理解、アイデアの生成、解決策の構築、というすべての段階で、当該分野の基本素養が問題解決の思考方法の土台を成している。創造的な問題解決のために、一般的な教育で強化するべき主なものは(この基本パラダイムの他には)、「創造」への意志と「システム」の概念であろう。「創造性技法」の多様なアプローチの個々の技法は、諸段階での思考法の選択肢を示しており、また、TRIZが提供した科学技術情報を活用する知識ベースは、当該分野(とその周辺)における素養・知識を大幅に拡充・強化するものである。これら両者とも、「6箱方式」の基本的な枠組みを変えるものではない。このように、「6箱方式」は「思考の世界」においては、「創造的問題解決の基本パラダイム」として明確な有効性と普遍性を持っている。

一方、「現実の世界」(図6の下半分)における「6箱方式」の位置づけは、大きな課題を抱えている。なぜなら、図1に例示するように、「現実の世界」が極めて多様だからである。

図11: 創造的問題解決の「6箱方式」の「現実の世界」における位置づけ [19]

 

 創造的問題解決を必要とする(だから「6箱方式」を適用しようとする)現実の世界は、各種の産業界やビジネス、社会・公共の場、教育・医療の場、学術研究の場など、実に多様であり、それぞれに複雑である。

 図11では一例として、製造業の場合を例示した。製造業における典型的なビジネスプロセスを下段に記述したが、そのあらゆる過程において、あらゆる商品や設備に関して、いろいろなタイプの問題が生じる。問題が生じるたびに(あるいは、数年先のビジネスを予想して)、問題を取り上げ(箱1)、問題状況を把握して、重要な問題(箱2)を「思考の世界」に渡して、解決策を模索する。そして、得られた(複数の)解決策の案(概念レベルの解決策、箱5)について、それらの実際的な有効性・実現性・経済性などを検討したうえで、採用・実現の方針を立てるのが、「現実の世界」での現場や企業の責任者の仕事である。実現のためには、詳細な設計・試作を繰り返し、製造・生産の体制を作り、販売・営業の活動をするなどの、さまざまな過程が必要である。付随した問題・課題の解決が必要となり、「6箱方式」の全過程を改めて回すことも度々あるに違いない。それぞれに大きな準備と全社的活動が必要である。イノベーションを成功させるには、個人やグループによる新しい発想や発明(箱5)だけではだめで、組織(企業など)の経営方針、組織体制、推進組織、技術レベル、企業文化などの総合力と全社活動が必要である [20]

 「現実の世界」で遭遇する問題のバリエーションを図11左下に記した。これらのバリエーションは、問題定義の段階(箱1、箱2)だけでなく、「思考の世界」での活動(箱2〜箱5)、および「現実の世界」での解決策の実現(箱5、箱6)にも影響を与える。また、問題の状況に応じて、「6箱方式」の「回し方」にも、当然、変化・適応が必要である。大きな重要な問題なら、今まで説明してきたような全プロセス(特に「思考の世界」でのプロセス)をきちんと辿るのがよい。ある程度定常的な活動の中で発生する問題なら、「思考の世界」のプロセスを簡略にして、分析やアイデア出しを少人数で簡略に行い、「現実の世界」へのフィードバックを迅速にし、改善・改良のサイクルを速く回すことが適当であろう。逆に、もっと大規模で複雑な問題であれば、いくつもの問題が複雑なネットワークを成しているので、それに対処する方法(論)が必要になる。(ネットワーク中の一つひとつの問題を「6箱方式」で扱うとともに、それら全体をシステムとして扱うことが必要になろう。)

 このような「現実の世界」の多様な状況に応じた「創造的問題解決の方法論」の確立は、(一部は検討されているが)まだまだ今後の課題である。それでも、「6箱方式」は、「思考の世界」における思考プロセスが安定しており、「現実の世界」の多様性に対応できる「創造的な問題解決のための基本パラダイム」であると言える。

 

3.4「創造的な問題解決のための一般的な方法論」というビジョン

 上記のように、TRIZ/USITの理解が進んできたにも関わらず、2010年代に入って、TRIZに対する産業界や学界での関心が、日本でも(韓国以外の)世界でも減衰していく状況が起こっていた。若い人たちをどのようにして引き込むのか、TRIZの普及活動をどうするとよいのかが、課題であった。筆者は2012年にTRIZの普及・適用が望まれる領域を図12のように描き、中心にTRIZを置いた [21] 。数か月して、中心にはもっと広範な「創造的な問題解決の一般的方法論」を置くべきであると気づき [22]、それにCrePS (General Methodology of Creative Problem Solving) という名前をつけた [25]

図12:  「創造的な問題解決の方法(一般)」の適用・普及が望まれる領域 [19]

 

 この図から気づいたことは、ずっと大きな意義を持っていた。それは、 TRIZ/USITとか、創造性の諸技法とかのレベルを越えて、もっと高い大きな目標・ビジョンを持ち、その普及・実現に尽力する任務があるという自覚である [21, 22, 19]。そのビジョンを図13のように表現した。

図13: より高い新しい目標:創造的な問題解決と課題達成のための一般的な方法論のビジョン [19]

 

ここで「問題解決」の語が狭義に「マイナスの状況からの克服」と解釈される場合も想定して、「通常の状況からずっとプラスにする」意味の「課題達成」という語を挿入している。ただ、本稿全体での「問題解決」の語は、両者を含んだ広義に使っている。また「方法論」は、個別の方法(群)ではなく、「諸方法の体系」を意図している。

 このビジョンに掲げる一般的な方法論は、本稿の「6箱方式」を基本パラダイムとすることにより実現できると確信している。その後、このビジョンの普及と実現をめざした発表をいろいろしてきた [23, 24, 19, 1]。最近は、CrePSという固有名詞でなく、「6箱方式」という一般名詞を前面に出すのがよいと考えている [16]

 

 

4. 各種「創造性技法」を「6箱方式」で理解し、統合する

4.1. 各種「創造性技法」を「6箱方式」に位置づける

  上述の「創造的な問題解決の一般的方法論(CrePS)」を実現するためには、従来の多様・膨大な「創造性技法」(表1)の研究・実践の実績を、「6箱方式」の基本パラダイム(枠組み)で位置づけ直すことが有効である。その位置づけ直しの概要を図14に示す。

図14:多様な「創造性技法」を、「6箱方式」の基本パラダイムに位置づけて理解する [19]

 

アプローチ (a) 科学技術の基本は、従来の「抽象化の4箱方式」に加えて、「創造的問題解決の6箱方式」(の全体)を基本パラダイムとして取り込むのが良い。これによって、科学技術全般の新しい研究・開発や、広範な領域での新しい変革(「イノベーション」)のための基本方式・指導原理が明示される。

 (b) 事例に学ぶアプローチは、「思考の世界」の活動の簡易方式であり、主としてアイデア生成(箱3→箱4)を扱っている。

 (c) 問題・課題を整理・分析するアプローチは、問題の分析(箱2→箱3)(および問題の定義(箱1→箱2))の段階での方法を扱っている。

 (d) アイデア発想を支援するアプローチは、アイデア生成(箱4)の段階を扱っているが、その準備段階(箱3まで)を (ほとんど実施しないで) 飛ばしていることがあるので注意が必要である。

 (e) メンタル面の重視のアプローチは、特に「思考の世界」全体での心構えを重視している。

 (f) アイデアを具体化するアプローチは、主として「現実の世界」での実現の過程(箱5→箱6)を扱い、一部はその上流の「思考の世界」での過程(箱4→箱5)を扱っている。より詳しくは「デザイン(設計)方法論」の分野である [5]

  (g) 将来の予測、方向の提示のアプローチは、主として「現実の世界」で扱われるが、「思考の世界」での考察法にも大きな影響を与える。問題(課題)の一つのタイプとして重要である。

 (h) 総合的な方法論のアプローチは、「6箱方式」全体の理解・構築に関わるものである。4.3節で簡単に取り上げる。

 

4.2.  「6箱方式」を骨格にして、従来研究の諸方法で肉付けしたCrePS体系を構想する

 前節の位置づけ直しをベースにして、「創造的な問題解決の一般的な方法論の体系(CrePS)」はどのような構成と要素を持っているべきかを考察した [21, 22, 23, 24]。技術分野を対象にした素案を図15に示す。中央の枠内は、方法の体系の中核部であり、「6箱方式」での「思考の世界」の方法(箱2〜箱5)に対応している。中央下部は、それらの方法の理解・実践・普及のために作成・整備するべき外部情報を示す。左部には、この方法を適用する前段階 (箱1, 箱2)での要件 (必要な考察や方法) を書き、右部には、この方法を適用した後段階 (箱5, 箱6)での要件を記している。これらの観点から従来の諸研究の資料を収集・整理しようとしている [25]が、まだまだ未完である。

図15:  創造的な問題解決の一般的な方法の体系 (CrePS)の構成(技術分野用) [21]

 

同様な体系を非技術の分野を対象にしても作っている [24]。その内容は比較的僅かの適応(例えば、「理想をイメージする」を、「理想とビジョンをイメージする」に修正、など)で構成可能である。

 

4.3. 創造的な問題解決のための従来の統合的プロセスとの対比

 従来の統合的プロセスの中で、近年注目されている方法として、次の二つを検討しておく。

 第一は、ロジカルシンキングである [26]。そのプロセスは、Step1. 本質的問題発見(1a. 情報を収集する、1b. 分析する、1c. 整理・統合しまとめ上げる)、Step2. 解決策の立案 (2a. 戦略的自由度を広げてアイデアを出す、2b. 解決策の仮説を作る、2c. 仮説を検証する)、Step3. 実行(3a. 結果と理論を明確にする、3b. キーパーソンを説得する、3c. 実行をモニターし必要に応じて修正する)である。ビジネス分野を主対象とし、Step1やStep3では、現実世界においても論理的に考える態度・方法が注目される。ただ、2aのアイデアを出す段階では、ブレーンストーミングを挙げているだけで、特別な方法を持っていない。

 第二はデザインシンキングである [27]。その基本プロセスは、スタンフォード大学のd.schoolでは、5つのモード(共感、問いを立てる、創造、プロトタイプ、テスト)を挙げ、それらを(必ずしも順序にこだわらずに)何回も回していくことを提案・推奨している。ユーザの立場になって、考察・発想・実践を、速く回していくことが特徴である。アイデア出しなどに特別な方法を持たない。この流れを汲む慶応技術大学SDMは、「システム思考×デザイン思考」がイノベーションの方法であると提唱している。新たに定義しなおした5つのモードは、「問いを立てる、価値を提案する、アイデアを創出する、実現方法を組み立てる、事業をデザインする」である。プロセスをマニュアル的に捉えず、実践の中で習得していくことを勧めている。本稿が目指す「基本パラダイム」を提案しているわけではない。

 

4.4.  補足と討論

(1) 発散思考と収束思考: 日本において「創造性技法」を発散思考と収束思考に分けて考察することがしばしば行われてきた [4]。しかし、多くの段階(例えば、問題分析段階、アイデア生成段階)で、発散思考だけで済むことはなく、その後に整理・編集・評価・選択・表現などの収束思考(収束過程)が必要である。発散と収束が(時間区切りが長いことも短いこともあるが)セットになって各段階が進んで行くと考えるのが良い。

(2) 「思考の世界」でのグループ討論: 創造的な問題解決の思考プロセスは、個人で行える部分もあるが、背景・専門・観点などの異なる複数メンバーのグループで行うのが、広く斬新な解決策を作るのに効果的である。この際に議論をリードする役は、職場のリーダ、社外コンサルタント、社内の技法習得者などいろいろであろうし、そのスタイルにはそれぞれ長短がある。「6箱方式」の実践プロセス(例えばUSIT)を習得した者がファシリテータの役をし、各分野・側面に見識がある諸メンバーの議論を基本のプロセスに従って調整していくというスタイルが、さまざまな領域の問題を解決しつつ、技法を広めていくのに有効である。(技法の習得だけで、任意の分野の問題を扱えるわけではないから。)

(3) 諸方法の理解と選択: 多様な「創造性技法」の中の適切な方法を選択し、習得・活用することは、ユーザ一般が望むことである。ただし、そのためには各方法の前提・目的・得意適用範囲・理論と事例などが明らかにされることが必要で、それを公表する責任は各方法の開発者・推進者の側にある。「6箱方式」という基本方式が明らかになった(図6、図11) 現段階で、諸方法の理解を「6箱方式」を参照しつつ説明することが有益であろう。特に、各方法での既発表の典型的な事例を、3.2節の要領で記述することが有効であろう。このような記述活動を諸方法の開発者・推進者と協力して進めたいと考えている。

(4) 諸技法のWebサイトのカタログ作成:  諸技法の各種資料には、学術論文・解説記事・適用事例など、そして学会・推進/研修組織の案内など多様なものがあり、インターネット検索では多量のノイズで信頼できる情報を得難い。個別の記事(Webページ)ではなく、Webサイトを情報資源の単位とすると、情報豊富で信頼できるものを選択しやすい。この観点から筆者らは、TRIZとその周辺(すなわち、創造的な問題解決の諸方法)の分野で、世界のWebサイトの精選カタログを編成する活動をしている。4年間の活動を通じ、成果(カタログ集)を公表している [28]

(5) 諸方法の得手/不得手: 各方法には、開発者・推進者の背景・経験などを反映して、得手/不得手があり、強調点が異なるのは当然である。筆者自身の背景は、物理化学の大学研究者、ソフトウェア関連の企業内研究者と研究支援スタッフ、そして大学教授として創造的問題解決の研究・教育・推進に従事した。だから、方法の理論的基礎付け、学部学生に分かる易しい適用事例、国際的な発表・推進活動などを強調しており、企業研修をするが、企業のコンサルティングはしていない。それとは違って、創造性の研究・教育者、技術の造詣と事業開発の実績を持つコンサルタント、ビジネス面を主体にイノベーションを指導するコンサルタントなど、さまざまな人たちがいる。多様な人々が開発・推進している諸方法の得手の部分を集めて、統合することが大事である。「6箱方式」を枠組みとしてそれらを統合することが可能であろうと考えている(4.2節)。

(6) 「6箱方式」の簡潔な実践法:上述のように「6箱方式」の枠組みに各種の方法を統合してくると、その体系が膨大になり、いままでの技法事典 [4, 5など] と変わらない状況になりかねない。「6箱方式」に則りつつ、分かりやすく簡潔で有効な一貫プロセスが、必要である。技術分野を主対象とすると、筆者はやはりUSIT (2.2節、3.2節)を推奨する。この観点から筆者は、USITの資料を体系的に整備・公開している [29]。そこには、USITのマニュアル、オペレータ体系、適用事例集、主要参考文献のリストを含む。また、USITの開発者Sickafus博士(2018年逝去)の遺志を受けて、同博士の記念アーカイブズを開設・公開している [30]

 

 

5.  まとめ

 本稿で述べた要点は以下のようである。

 

 

参考文献

[1] 中川徹 (2021) 「創造的な問題解決の方法論:TRIZとその発展〜イノベーションのための科学的方法〜」,アート思考研究会講演, 2021年6月27日;
THPJ/jpapers/2021Papers/jNaka-CrePSTalk-210627/jNaka-CrePSTalk-210627-VideoSlides-210705.html;
[ビデオ] https://www.youtube.com/channel/UCx_pLqJqSvZN3zv48bDhTYQ

[2] 中川徹 (2021) 「科学技術の「抽象化の4箱方式」から、創造的問題解決の「6箱方式」へ」『日本創造学会第43回研究大会論文集』pp. 38-45;
THPJ/jpapers/2021Papers/jNaka-JCS2021-6Box-211003/jNaka-JCS2021Conf-6Box-Paper-211003.html

[3] 中川徹(2006) 「創造的問題解決の新しいパラダイム: USITの「6箱方式」」, ETRIA TRIZ Future Conf., 2006.10.6-8; THPJ/jpapers/2006Papers/NakaETRIA-SixBox0610/NakaETRIA-SixBox061028.htm

[4] 高橋誠編著 (2002) 『新編創造力事典』日科技連.

[5] 日本デザイン学会 (松岡由幸) 編 (2019) 『デザイン科学事典』丸善出版

[6] 中川徹 (2014) 「創造的な問題解決・課題達成のための一般的な方法論(CrePS):いろいろな適用事例と技法を「6箱方式」で整理する」, 日本TRIZシンポジウム、2014. 9.11- 12;
日本創造学会第36回研究大会、2014.10.25-26;
ETRIA TRIZ Future Conf., 2014.10.29-31; 
THPJ/jpapers/2014Papers/Naka-CrePS-JTS-JCS-ETRIA-2014/Naka-CrePS-JTS-JCS-ETRIA-141105.html

[7] Genrich Altshuller (著)(1969, 1973) Lev Shulyak, Steven Rodman (英訳)(1999), "The Innovation Algorithm: TRIZ, systematic innovation and technical creativity", Technical Innovation Center.

[8] 中川徹 (2019) 「トリーズ(TRIZ) 」, 『デザイン科学事典』丸善出版、pp. 550-555;
THPJ/jpapers/2019Papers/Naka-DesignEncyclo-2019/Naka-Encyclo-TRIZ-191119.html

[9] 中川 徹 (2001) 「TRIZのエッセンス―50語による表現」, 『TRIZホームページ』、
THPJ/jpapers/Essence50W010518.html

[10] 例えば、Cybernet (年不明), 「Glodfireとは」, https://www.cybernet.co.jp/goldfire/products/  (最終閲覧日 2021年12月16日).

[11] Darrell Mann (著) 中川徹 (監訳) (2014))『TRIZ実践と効用(1A) 体系的技術革新(改訂版)新版矛盾マトリックスMatrix2010 採用』クレプス研究所

[12] Ed N. Sickafus (1997) "Unified Structured Inventive Thinking: How to Invent", NTELLECK

[13] 中川徹 (2007) 「USIT入門: 創造的な問題解決のやさしい方法(全5回)」,『機械設計』, 2007年
 8月〜12月号;
THPJ/jpapers/2007Papers/NakaMachineDesign-USIT07/NakaMD-USIT-1FAQ.htm

[14] 中川徹 (2005) 「新しい世代のやさしいTRIZ」、日本TRIZシンポジウム、2005年 9月 1-3日; THPJ/jpapers/2005Papers/2005TRIZSymp0509/1-1Nakagawa050915/1-1Nakagawa050915.htm

[15] 中川徹・古謝秀明・三原祐治 (2002) 「TRIZの解決策生成諸技法を整理してUSITの 5解法に単純化する」, ETRIA TRIZ Future Conf., 2002年9月4日;
THPJ/jpapers/2002NakaPapers/ETRIA02USIT0209/ETRIA02USIT020905.html

[16] 中川 徹 (2019) 「6箱方式 (Six-Box Scheme) 」, 『デザイン科学事典』丸善出版、pp. 274-277;
THPJ/jpapers/2019Papers/Naka-DesignEncyclo-2019/Naka-Encyclo-SixBox-191120.html

[17] 中川徹 (2015) 「USIT:6箱方式をパラダイムとする 創造的な問題解決のための簡潔なプロセス−USITマニュアルとUSIT適用事例−」, 『日本創造学会論文誌』Vol. 19, pp. 64- 84;
ETRIA TRIZ Future Conf., 2015年10月26-29日;
THPJ/jpapers/2016Papers/Naka-JCSJournal2015-USIT/Naka-JCSJournal2015-USIT-160608.html

[18] H.S. Lee, K.W. Lee (著)(2003) 福澤英司, 中川 徹 (和訳) (2004) 「物理的矛盾を解決したTRIZの実地適用事例:フレキシブル・チューブを使った超節水型トイレ・システム」,  "TRIZ Journal", 2003年11月;
THPJ/jpapers/2003Papers/LeeToilet0311/LeeToilet031127.htm

[19] 中川徹 (2016) 「創造的な問題解決のための一般的な方法論CrePS:TRIZを越えて:なに?なぜ?いかに?」, Altshuller Institute TRIZCON2016, 2016年 3月 3- 5日;
THPJ/jpapers/2016Papers/Naka-TRIZCON2016-CrePS/Naka-TRIZCON2016-CrePS-160613.html

[20] Darrell Mann (著) (2012) 中川徹 (訳)(2021) 『TRIZ実践と効用 (5) イノベーションを成功させる組織の力:ICMM入門』クレプス研究所;
THPJ/jlinksref/CrePS-Books/5-Mann-ICMM-2021/jMann-ICMM-Book-210416.html

[21] 中川 徹 (2012)「問題/課題を捉えるための複数モデルによる考察法:創造的な問題解決/課題達成の方法の確立と普及のために」、日本TRIZシンポジウム、2012年9月8日;
THPJ/jpapers/2012Papers/Naka-TRIZSymp2012-Models/Naka-TRIZSymp2012-Models-121128.htm

[22] 中川 徹 (2012)「創造的な問題解決・課題達成の方法の体系を確立し、普及させる−複数モデル構築法が導いた新しい目標の認識−」、『TRIZホームページ』、掲載: 2012年12月 5日、
THPJ/jpapers/2012Papers/Naka-GeneralPSMethod/Naka-GeneralPSMethod-121130.htm

[23] 中川 徹(2013) 「創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法論 (CrePS)−そのビジョン―」、日本創造学会第35回研究大会、2013年10月26‐27日;
THPJ/jpapers/2013Papers/Naka-ETRIA-JCS-CrePS-1310/Naka-ETRIA-JCS-CrePS-130923.html

[24] 中川 徹 (2013) 「創造的な問題解決/課題達成の一般的な方法論の確立のために」, Global TRIZ Conf. in Korea 2013、特別招待講演、ソウル、2013年7月9-10日;
THPJ/jpapers/2013Papers/Naka-KoreaGTC-1307/Naka-KoreaGTC2013-Invited-130824.html

[25] 中川 徹編(2013) 「創造的な問題解決・課題達成の一般的な方法論 (CrePS): 体系的な資料(技術分野用)」、『TRIZホームページ』、THPJ/jCrePS/jCrePS-Doc.html

[26] 例えば、大前研一 (2013)「大前流問題解決法」(BBT大学オープンカレッジ),
https://www.lt-empower.com/common/pdf/ebook_psa.pdf

[27] 例えば、白坂成功 (2021) 「システムxデザイン思考:慶應SDMの新価値創造アプローチ」、日本創造学会クリエイティブサロン講演, 2021.12. 4.

[28] 中川 徹, D. Mann, M. Orloff, S. Dewulf, S. Litvin, V. Souchkov (2021) 「世界TRIZ関連サイトプロジェクト(WTSP)(4) 世界TRIZサイト/TRIZ周辺サイトカタログ集の構築と拡張」、日本TRIZシンポジウム、2021年 9月 2 - 3日;
THPJ/WTSP/WTSP-B5-News2021/WTSP-TRIZSympo2021-Presentation-210925.html

[29] 中川 徹(編)(2015)「USIT:「6箱方式」による創造的な問題解決の一貫プロセス:全体資料」、『TRIZホームページ』THPJ/jCrePS/jCrePS-Doc.html#USIT

[30] 中川 徹(編)(2020) 「Ed Sickafus 博士 (1931-2018) 記念アーカイブズ」、『TRIZホームページ』THPJ/jSickafusMemorial/index-jSickafusMemorialArchives-top.html

 

注:THPJ:『TRIZホームページ』(編集者:中川徹)(1998年11月創設), (和文・英文併設)
URL: http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/  、最終閲覧日:2021年12月16日。

 

 

 


 

 発表スライド           ==>  スライドPDF

 

本ページの先頭

論文先頭

1 科学技術の基本パラダイム

2. 展開: TRIZ/USIT

3. 6箱方式

4.まとめ

Ref.

論文PDF

スライドPDF

動画MP4

   

英文ページ 

 

総合目次  (A) Editorial (B) 参考文献・関連文献 リンク集 TRIZ関連サイトカタログ(日本) ニュース・活動 ソ フトツール (C) 論文・技術報告・解説 教材・講義ノート (D) フォーラム   サイト内検索 Generla Index 
ホー ムページ 新着情報 子ども・中高生ページ 学生・社会人
ページ
技術者入門
ページ
実践者
ページ

出版案内『TRIZ 実践と効用』シリーズ

CrePS体系資料 USITマニュアル/適用事例集 Ed Sickafus博士記念アーカイブズ WTSP プロジェクト 世界TRIZ関連サイトカタログ集 Home Page

最終更新日 : 2022. 2.19    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp