『TRIZ 実践と効用 (5) イノベーションを成功させる組織の力』 出版案内 |
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『TRIZ 実践と効用 (5) イノベーションを成功させる組織の力―ICMM入門』 出版案内 |
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編集ノート (中川 徹、2021年 4月16日)
今年の2月来紹介してきましたDarrell Mann の著作を以下のように出版いたします。
原書
書名:
著者:
出版社:
ISBN:
入手法:
装丁等:
Innovation Maturity Capability Model - An Introduction
Darrell Mann (Sysgtematic InnovationNetwork, 英国)
IFR Press (2012年)
978-1-906769-41-3
http://store.systematic-innovation.com/books/
ソフトカバー、A5版、(iv)+168頁
日本語版
書名:
訳者:
出版社:
ISBN:
入手法:
装丁等:
TRIZ 実践と効用 (5) イノベーションを成功させる組織の力―ICMM入門
中川 徹 (大阪学院大学 & クレプス研究所)
クレプス研究所 (2021年4月)
978-4-907861-11-7
Amazon.co.jpサイト 定価(1800円+税)
ソフトカバー、B5版、(xiv)+114頁
本『TRIZホームページ』内での紹介について:
本書の訳出の重要性・緊急性を考慮し、著者の特別な許可を得て、出版前に訳出した和訳の全文を逐次このサイトで掲載してきました。親ページ(索引ページ)と各章のページがあり、章ごとに説明を加えています。(目次参照 )
また英文ページには、訳書で新しく作った「節以下の見出し」で詳細目次を掲載しています。
これらのページは、正式出版以後も無料公開を継続します。どうぞ、いろいろな方にご紹介ください。出版案内(概要紹介を含む)の他に、次の資料を掲載いたします。
原書の序文、日本語版への訳者の前書き、日本語版への著者の前書き、目次、日本語版への著者の後書き、著者・訳者紹介。
英文ページにはこれらの英文版を掲載いたします。C. 『TRIZ 実践と効用』シリーズ(クレプス研究所刊)の出版案内ページ
(1A) 『体系的技術革新 改訂版』(Darrell Mann著、中川 監訳)、
(2A) 『新版矛盾マトリックス Matrix 2010』 (Darrell Mann著、中川 訳)、
(3) 『階層化TRIZアルゴリズム』 (Larry Ball 著、高原・中川訳)、
(4) 『IT とソフトウエアにおける問題解決アイデア集』 (Umakant Mishra著、中川監訳)
今回の本は、この(5)になります。それぞれ、内容面の紹介ページと販売体制の説明を記載しています。D. クレプス研究所のサイトの販売案内ページ (http://crepsinst.jp/)
販売案内のための外部サイトです。http://crepsinst.jp/
クレプス研究所サイト |
注: 以下は出版前の各章ごとの和訳全文と紹介です。出版時に微小修正しておりますが、本サイトではそのままにしております。
概要紹介
『TRIZ 実践と効用』シリーズ(クレプス研究所刊)の第5巻として、イノベーションを成功させるための教科書を和訳出版いたします。著者は、90年代半ば以来、TRIZの現代化とSystematic Innovationの研究・普及をリードしてきた、Darrell Mannです。彼の最初の著書『Hands-On Systematic Innovation (Technical)』(2002年)を監訳して本シリーズの第1巻を発行したとき、私は外来語を避けて『体系的技術革新』を表題にしました。その後彼は、情報解析を武器に、ソフト開発分野、ビジネス分野、社会予測など多方面の研究とコンサルティングを行い、「体系的イノベーション」を理論と実践の両面で確立してきました。本書は「イノベーションを成功させるための方策」について、2012年に著者がまとめたもので、以後の著者の活動の一つの総合的な土台になっています。著者の近年の広範な著作と実践を理解する基盤として、私はまず本書の訳出に当たりました。
「イノベーション」の必要は、近年至るところで叫ばれていますが、その定義も方策も不明確です。著者はイノベーションを「成功したステップチェンジ(階段状の変化)」と定義します。変化(進展)が従来の延長上の漸進ではなく、従来の常識を破り、階段状に飛躍したもの、それにはいままでの問題の矛盾を解決することが必要です。それを実現させて、市場に出し、社会に受け入れられて成功するには、個人や小グループの力ではなく、全社的な活動が必要です。イノベーションを目指した多数の試み/プロジェクトの2%程度しか成功しないと言います。「イノベーションを成功させるのには、組織の力が必要だ」というのが、第一段のメッセージであり、その「組織の力」を構築して行く方法を詳しく論じているのが本書です。その構築には特徴的な5つの段階(レベル)があり、各段階で典型的な問題点(矛盾)の解決が必要であり、そのためのツール、考え方、組織のしかた、などを述べています。
原著の出版から10年弱を経て、その後の状況を著者は新しい前書きと後書きで述べています。組織のイノベーションの能力を表す5つのレベルの概念(特徴)は不変で、当初は25の質問(選択肢5つ)に対する自己回答でレベルを判定していましたが、現在では、企業の公表情報(特許、報告書、インタビューなど)をソフトで意味解析し、外部から客観的にレベルを判定できている、と言います。また、各レベルを一段ずつ上がっていくためのノウハウの蓄積が進み、順次出版する計画だといいます。特に、イノベーションの抱負を持つスタートアップ(レベル0)が、基本的な企業(レベル1)を作り上げるためのノウハウについて、2020年6月に出版済みです。
現在のコロナ禍の危機の時代に、この日本語版が、皆さま個人のそして皆さまの組織の、イノベーション能力の向上と、イノベーションの実現・成功の糧になることを祈ります。
訳書内の表記について
訳文中の、( )は著者の挿入句など、[ ]は訳者の補足です。
直訳を避け、(ごまかしの)意訳でもなく、文の論理に細部まで忠実な、そして読みやすい訳を心掛けています。ただ、著者の文章の構文が複雑で、口語的な慣用表現もいろいろありますので、もし、お気づきの改良点がありましたら、ご連絡ください。
節以下の見出しを付け、文中の重要語句を太字にし、ところどころに段落の区切りを追加して、全体の構成を分かりやすくしております。
原著の序文
序文:
形態は機能に従い、機能は意味に従う
「知恵は、固定にも変化にも存在しない。
両者の弁証法に存在する」
Octavio Paz振り返りますと、私の人生は創造性とイノベーションを中心に廻っていたように見えます。私は10歳のときに最初の創造性の本(Edward DeBono)を読みました。私はキャリアの最初の15年間を研究開発に従事し、その後現在までの15年間、イノベーション研究者のチームを率いてイノベーションコンサルタントとして働いてきました。
私がすぐに知ったのは、私の属する世界がパラドックス、対立、矛盾に満ちた世界になるだろうということでした。私が出会うビジネスリーダーたちは、自分の組織内でもっとi-word [語頭にインテリジェンスの'i-'をつけたキャッチフレーズ] が欲しいと言うのですが、実際にはそのようなものを望んでいないのです。世界中の最も賢く、最も発明的な知能を持った何人かの人々と一緒に仕事をして、その人たちがその経歴を通じて、ときにはその全生涯で、何一つイノベーションを成功させなかったことに気が付きました。また、この地球上で最も効率的で、構造化され、プロセス主導の運用をしている組織のいくつかで働いて、それらのプロセスがベストのアイデアのすべてを殺してしまうのを繰り返し観察しました。政府機関が何十億ドルもの資金を「イノベーション」に費やし、その結果、イノベーションの成功の実際の尺度で測ると、まったく何も、文字通り何も、得なかったのを、いろいろ見ました。
この16年余の間、私は、自分が見つけることができた最善の、全体像をきちんと考え、パターンを見つける精神を持っていると思われる人々を雇って、コンサルタント会社(研究所)を運営してきました。その目的は、非常に良い意図を持ち、多くの時間とお金を使ったものが、なぜ有用な成果をこんなに僅かしか実現できないのかを、理解することでした。本書はいままでに私たちが見出した成果をまとめたものです。この研究は継続中ですが、私たちはいま、ようやくついに、イノベーションの世界について、そのミクロ、マクロ、そしてメタレベルの状況を十分に見ることができました。そして、私たちの疑問に関して、初めて、整合性のある、実行可能な答えをまとめることができるようになった、と私は思っています。
本書は、イノベーションを本当に起こしたいリーダーの皆さんのためのものです。資金提供者で、そのリスク管理のためのよりよい方法を探すのに、困惑している皆さんのためのものです。また、科学者や技術者の皆さんで、[自分たちのアイデアや仕事が] 毎回ブロックされてしまうように見えることに欲求不満を持っている人々のためのものです。そして、差別化をしたいと望みながら有効なことができないでいる政府関係者の皆さんのためのものです。
シートベルトを締めてください。この「旅」は沢山の困難があるでしょうから。
Darrell Mann
上海にて、2012年1月
訳者の 前書き
訳者の 前書き
いま世界中で、「イノベーション」が注目され、求められています。成功すれば、製品が売れ、ビジネスが急拡大し、産業構造が変わり、社会が変わり、人々の生活が大きく変わり、世界情勢さえ左右するものになるからです。各国の政府も、数多の大企業や中小の企業も、そして何億人かの科学者・技術者・事業家・ビジネスマン・農業者さまざまな人々が、あらゆる分野でそれを夢みて、また真剣に取り組んでいます。しかし、イノベーションを目指したプロジェクトのほとんどが失敗・不成功で、成功するのは2%程度だと(著者は)言います。「どうすれば、イノベーションを成功させる能力を作り上げることができるのだろうか?」というのが本書のテーマです。
イノベーションは、「品質管理」、「生産性向上」、「継続的改善」、「最適化」などの目標設定とは、本質的に違う、と著者は言います。いままでのものを改良していく延長線上にあるのではなく、いままで想定していたこと(常識の前提)を破って、新しい観点・発想・概念・技術などが必要なのです。
では、「発明」とか、「創造的問題解決」とは違うのかと、疑問になります。これらにはいろいろなレベルのものがありますから一概には言えませんが、「矛盾を解決したアイデア」であるなら、イノベーションの種にはなるでしょう。しかし、それが、実地に実現され、社会に受け入れられないと、イノベーションにはなりません。
著者の「イノベーション」の定義は簡潔であり、「成功したステップチェンジ(階段状の変化)」です。この定義の後半は、該当のもの(製品、サービス、技術など)の価値の変化をグラフにしたときに、非連続にジャンプしていることを意味し、上記の「矛盾の解決」による飛躍に対応しています。定義の前半は、その成果が社会(国民一般、市場)に受け入れられたこと、最も端的には、得られた利益が投入した全コストを上回ったこと、を意味します。成功したかどうかは、アイデアの段階や製品の市場投入の段階ではなく、投入後すくなくとも数年しないとわからないことです。
この定義のポイントの一つは、イノベーションのための方法や手段については何も限定していない(「発明」などの言葉がない)ことです。また、対象の分野・領域も限定していません。2000年頃には、技術分野に焦点がありましたから、私はイノベーションという外来語を避けて「技術革新」と訳したことがあります。いまは領域を限定しないで、イノベーションというのが一般的です。
上記の「成功した」という実績は、発明とか創造的問題解決による「アイデア」「解決策」の良さだけでは得られません。全体状況の分析とニーズ(需要)の把握、問題分析の矛盾の解決によるアイデア獲得、詳細な設計と改良、製造・物流、市場投入と販売・アフターサービス、などすべての過程を確実に実施していかなければできません。それは全社的な組織活動が、すべての段階で的確・迅速・果敢に行われて初めてできることです。技術・人材・設備・販売網・経営などの状況が整っており、経済環境・社会環境にも恵まれる必要があるでしょう。「アイデア・解決策」の段階では「常識の前提を破る」個人の創造性が求められ、その他のすべての段階でそれを実現する全社活動が求められるところに、イノベーションの成功の難しさがあります。(主として)「アイデア」から出発するイノベーションプロジェクトの2%程度しか成功しないのは、「常識破りのもの」を実現させねばならない全社活動のウエイトが大きいからでしょう。この意味で、「イノベーションを成功させるのは、組織の力だ」と本書は言うのです。では、「そのためには組織はどのような考え方で、どのように運営されるべきか?」というのが、その次の、本書の中心テーマです。
さて、ここで、本書訳出の経過を記しておきます。私は1997年に、TRIZ(発明問題解決の理論)を知り、以後、「創造的問題解決の方法」の研究・教育・普及に努力してきました。その中で、TRIZを現代化して、研究・著作・実践・指導している Darrell Mann の仕事に傾倒しました。彼の発表「TRIZ の現代化: 1985-2002年米国特許分析からの知見」(2003)を私の『TRIZホームページ』に掲載し、彼の著書2編を和訳出版しました(『体系的技術革新』(2004, 2014)、『矛盾マトリックス』(2004, 2014))。さらに、第1回TRIZシンポジウム (2005)でも基調講演をしてもらっています。その後Darrell Mannは、「Systematic Innovation」を標語にして、ソフト開発分野、ビジネス・マネジメント分野、イノベーション方法論一般、などに矢継ぎ早に論文・著作を出して行きました。私はそれらを到底追いきれませんでした。
昨年秋に、コロナ禍でのオンライン開催の国際会議で、久しぶりにDarrell Mann の講演を聞き、その研究の進展の凄さと重要さを改めて認識しました。自分の学習不足を反省し、彼の助言を受けつつ取り掛かったのが(ビジネス関連は一旦横に置いて)、本書『Innovaton Capability Maturity Model』(2012) の和訳です。著者の了解のもとに、和訳原稿全文を4回に分けて『TRIZホームページ』に掲載しました。その掲載後、著者から改めて、日本語版への前書き(「ICMMの10年」)と、後書き(「ICMMの未来」)を書いて貰いましたので、本書の現在の進展状況と意義が非常によくわかるようになりました。
本書の概要を、章ごとに書くと、以下のようです。
第1章: イノベーションの定義、イノベーションが失敗する主な理由
第2章: 「イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)」の作成の意図と経過、考え方
第3章: イノベーションの中核プロセス: 6ステップサイクル(感知・解釈・設計・決定・調整・応答)
第4章: 進化のS-カーブ、現行S-カーブから次のS-カーブへの飛躍、飛躍のための「英雄の「旅」」
第5章: 矛盾、「A or B」でなく「A and B」を探求する、矛盾の定義のテンプレートと解決策の考察法
第6章: ハイプサイクル: 技術のトリガー、ハイプ(誇大広告、過大評価)、幻滅、啓蒙、定着
第7章: (組織の)イノベーション能力の自己評価、25の質問表(5選択回答)、スコアリングの方法
第8章: ICMMの5つの能力レベル(種を蒔く、チャンピオンを作る、管理する、戦略化する、挑戦する)、
イノベーションの成果の5タイプ、能力→成果の関連、各レベルの特徴(一覧表)(組織の特徴、
次のレベルへの試練、該当する教科書や方法など)第9章: FAQ; 第10章: これからするべきこと; 第11章: 参考文献; 第12章: 連絡先
この構成で、7章までが準備、8章が本体で、(組織の)イノベーション能力の向上の段階に明確な区切りがあること、その各段階の特徴、次の段階に進むために克服するべき矛盾などを述べています。そのうちのレベル3までは、日本の大企業などで技術開発の体制として積み上げて行っているのに近いのですが、レベル4になると組織運営がずっと柔軟になり、課題と目標に応じて戦略的な再編が繰り返されていきます。詳しくは、本文を参照ください。
日本語版への前書きでは、2012年の出版以後の動きを述べています。特に2014〜2018年頃に、イノベーションの領域に進出してきたビッグファイブを中心としたコンサルタントたちが、継続的改善・生産性向上などをかかげ、矛盾の解決によるステップチェンジの重要性を理解しなかったので、イノベーションの世界は混乱し地に落ちたと論じます。ICMMモデルこそ、実地に使われ、その機能が実証されてきていると言います。
一方後書きでは、ICMMのレベル判定は、7章の記述から格段に進んで、どんな企業のICMMレベルも、外から客観的に測定できるようになったと言います。その方法は、公開の特許情報から、その「質」を自動的に解析できること、またその企業自身のあるいは周囲の各種の発話データを大量に集めて分析すると、組織内の士気・信頼関係・価値観などの質的情報を測定できると言います。そして、年間2000冊のビジネス教科書の内容を系統的に調査して、ICMMの各レベルと関連づける整理を行っています。これにより、ICMMのレベル間の飛躍の「旅」のための資料の蓄積が進んでおり、『英雄の旅』の本を2021‐2022年に2冊ほどを出版する予定と言います。
またすでに、昨年6月には『Hero's Start-Up Journey (英雄の起業の旅)』の本を出版しました。コロナ禍で沢山の人たちが解雇され、独自の起業を余儀なくされている。それをICMMのレベル0だと捉え、その人たちの起業が成功してビジネスとして成立する(すなわち、レベル1になる)ように、リードする本だと言います。[出版直後から、大変好評とのこと。私は日本語版の作成・出版を引き続き計画しております。]
このような中で、著者は今回の日本語版の出版を、喜び、期待してくれています。ありがたいことです。
今回の翻訳は私が単独で行いました。構文が複雑なこと、口語的慣用表現があることなどで、翻訳には苦労しました。(硬い)直訳でないように、(ごまかしの)意訳でないように、できるだけ著者の論述・論理に忠実に、そして読みやすく分かりやすいように、心掛けております。本文中の( )は著者の注釈的表現、[ ]は訳者の注です。章内の、節や見出しはすべて訳者が独自判断で付けたものです。強調のための太字も訳者がつけました。段落の区切りも少し増やしています。これらの編集作業を原著者が許容してくれていることは、ありがたいことです。もし、お気づきの改良点がありましたら、ご連絡ください。
表紙のアートワークは、著者自身の作成です(12章末尾を参照ください)。本件は、『TRIZ 実践と効用』シリーズの第5巻として、クレプス研究所から刊行します。書名は趣旨が分かりやすいように、『イノベーションを成功させる組織の力: ICMM入門』を選びました。 原書はA6サイズですが、訳書はB5サイズにしました。Amazonのサイトで販売(クレジットカード支払い)の予定です。『TRIZホームページ』で和訳の全文を先行掲載しましたが、製本出版の後もホームページ上では無料公開を続ける計画です。
コロナ禍の危機の時代、大きな変動の時代の最中にあって、著者Darrell Mann教授のこの素晴らしい著作が、日本の皆さんに読まれ、日本発の多くのイノベーションが成功し、新しい時代・新しい世界の構築に寄与することを願います。特にその新しい時代が、平和で、格差が狭まり、豊かで、民主的で、明るく、創造的な活気のあるものであるようにと、祈ります。
2021年4月9日 千葉・柏の自宅で 中川 徹
参照: 『TRIZホームページ』 (中川徹編集): http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/
『TRIZ 実践と効用』シリーズ出版案内: https://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/jlinksref/CrePS-Books/CrePS-Books.html
日本語版への 著者の前書き
日本語版への 著者の前書き
イノベーション能力成熟度モデル(ICMM) − 10年の歩み
モデルの立ち上げの意図
私たちが「イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)」を最初に立ち上げたときから、早くも10年になろうとしているとは、信じがたい思いです。最初のアイデアは、「カーネギーメロン大学がIT(情報処理)分野の世界のために、能力成熟度モデルを導入した」という成功を、私たちは [イノベーションの世界で] 再現しようということでした。彼らはITの世界を専門職として確立する必要性を認識し、そのマーケットに非常に速く、また非常に上手く参入することに成功して、他の人たちが何が起こっているのかを理解する前に、クリティカルマスを越える人々の賛同を得たのです。
歴史が教えてくれるのは、私たちがICMMの仕事を十分に上手くやったけれども、そのスピードが私たちの味方でなかったことです。一つの原因は、私たちの学術面のパートナーたち(デューク大学、インド工科大学、清華大学、シドニー工科大学、ロンドンスクールオブエコノミクス)から、各校のロゴを資料に付けることに同意を得るのに時間がかかりすぎたことです。ただ、主たる原因は、「イノベーションが、単にあるとよいではなく、みんなに必要なものになる」歴史的な時代に関して、私たち自身の予測に耳を傾けることに私たちが失敗したから、と言うべきでしょう。
ずっと前の2009年に、私たちは「世界がいま、一つの危機の時代の第一段階にある」ことを見ていました。それは、「2020年から2025年の間にクライマックスに達するだろう危機の時代」をいったものです。私たちのTrenDNA研究 [TRIZの(システムの)進化トレンドに基づく社会の予測研究] では、(どんな未来になるかの予測を社会から任されているはずの人々、すなわち)未来学者、経済学者、政治家たちの予測が悲惨な失敗に終わるだろうことを示す、いくつもの洞察を明らかにしていました。
第一に、世界は錯綜 (complex) しており、したがって突発的に変化します。これが意味するのは、将来の確実な予測は、ボトムアップの、第一原理ベースの方法を使用してしかできないということです。そのような [原理の] 一つは、いろいろな出来事(津波、株式市場の暴落、パンデミック [感染症の大流行] など)はランダムに発生するのに対して、それらの出来事に対する社会の反応は、繰り返し可能な世代パターンによって条件付けられている、ということです。
第二に、(ICMMモデルを確立するのに不可欠なことですが)「トレンドの情報の外挿によっては将来を予測できない」という、「目も眩むほど鮮烈で明白な」認識でした。遅かれ早かれ、一つのトレンドの方向が別のトレンドの方向と衝突するでしょう。その衝突は、経済学者や政治家たちは都合よく無視しようとしますが、実際には、予測の能力をステップチェンジ(階段状の変化)で向上させる秘訣であることがわかりました。未来がどのように出現するかを決定するのは、トレンドそのものではなく、複数のトレンド間の関係です。具体的には、トレンド間の対立です。そして、「イノベータたちがやって来てこれらの対立を解決したときに、本当の、乱雑で、非連続な、(一つのS-カーブから次のS-カーブへの)産業と社会の進化が起こる」という理解 [を得たの] です。
私たち自身の予測に耳を傾けるなら、おそらくICMMの立ち上げを2020年近くまで遅らせたはずです。2020年には、新型コロナウイルス(Covid-19)の世界的感染が、全世界を現行のSカーブから突き落とし、現在地球上のほぼすべての機関に影響を及ぼしている混沌の海に陥れたのです。しかし、私たちはそれ [遅らせること] をしませんでした。そしてすぐに私たちが気が付いたのは、私たち自身が、文字どおり何百もの他の(後にわかったところの)「イノベーション能力に焦点を当てた未成熟な諸モデル」の中で、溺れていることでした。
しかしながら、それらの大部分は、「モデル」と呼ぶのは言い過ぎでしょう。ほとんどはナイーブなアンケートから少し出ているかどうかに過ぎませんでした。イノベーションの基盤としての対立(矛盾)解決の重要性を、見逃したり、誤解したりしたアンケートがほとんどでした。そして彼らはしばしば、この根本的な間違いを、更なる仮定と結合させて、一層悪化させました。その仮定とは、「組織の能力の構築が、(「継続的改善」の並行世界と同様に)単純で連続的な黄色いレンガの道の旅であり、バラ色の未来に導く」という仮定です。
不幸なことに、(人生では他のすべても同様ですが)イノベーション能力の構築は、対立や矛盾の出現とその解決に関わることです。今回は、それが私たちの企業や機関内での、人々の組織に関する矛盾であるに過ぎません。また、イノベーション能力のドメインに参入したプレーヤーたちの大部分が、イノベーションの誤った定義を使用して、彼らの運命を早期に閉じたことも、結局はしかたなかったことです(参考文献1)。
ただし、何かについて誤っているからといって、必ずしも失敗するわけではありません。特に、何が「正しい」かを市場自身が知らない市場に参入するとき、がそうです。短期間(主に2014年から2018年にかけて)、ビッグファイブのコンサルティング組織のどれかが、独自の必然的なイノベーション能力モデルを立ち上げたときはいつでも、彼らが持っていた有名なロゴによって、無数のクライアント組織が恐ろしい罠に引き込まれました。盲人たちがいまや盲人たちをリードしていたのです。
そして2018年までに、イノベーションの世界はほとんどどん底に落ちました。シニアリーダたち(その中のほとんど誰一人として、イノベーションに関連することをしてその高い地位に達した人いないのです)は、「継続的改善」のコンサルタントたちからアドバイスを受けていました。実践レベルの人たちはほとんど誰も、イノベーションの方法の基本さえ教えられていませんでした。そして何よりも悪いことに、中間管理職(イノベーションに関しては真の「ブロブ」)は、KPI(重要業績評価指標)と、イノベーションの試みが成功するチャンスがほとんどないことを無意識のうちに確認する手段を、利用していました。
イノベーションの方法の中核は、矛盾を解決すること
矛盾の解決はイノベーションの中核ですから、この事実を認識しないツール、方法、あるいは仕事関連の哲学は、どれも必ず失敗する運命にあります。よく知らないマネージャたちが利用できる、無数の問題解決ツールと「創造性」ツールのうちで、矛盾が極めて重要な役割を持つことを理解しているのは、一つか二つだけです。私たちは、ICMMの「旅」を始めたときに、幸運にも、その主要な三つのもの(すなわち、TRIZと制約理論とEdward De Bonoの仕事)に、精通していました。
この知識により私たちは、組織内でイノベーション能力を構築することは、(後でわかったことですが)非常に限られた数の [タイプの]、さまざまな対立や矛盾の出現とその解決に関わることだと、すぐに認識することができました。それはTRIZを創出した研究を、もう一度再現するかのようでした。(TRIZは)世界中の技術者や科学者たちが基本的に同じ [タイプの諸] 問題に取り組んでおり、まったく同じ少数の戦略を使ってそれらを解決するに至っているのだ、と理解したのでした。ビジネスの世界では、その外に、イノベーション能力を妨げる異なる問題の [タイプの] 数が一桁少ないことが分かりました。言い換えると、地球上でイノベーションを求める企業はすべて、他の企業とほとんどまったく同じ [タイプの] 矛盾を経験することでしょう。
今日、パンデミック後の「新しい世界」では、すべての企業がステップチェンジ(一部にとってはより良い方向へ、大部分にとってはより悪い方向への [階段状の変化])を余儀なくされており、その未来は最も早く適応し再学習できる企業のものになります。過去20年以上にわたって、TRIZ、制約理論、およびDe Bonoの教育者たちの最善の努力にもかかわらず、イノベーションが起こったところでは、それは相も変わらず、惜しみない量の、偶発的出来事、幸運、試行錯誤が支配する忍耐の結果として起こりました。
今日、これらの特性に依存することに決めた組織は、実に「勇敢な」組織です。推測によるイノベーションは、イノベーションへのニーズが比較的低かった時代には、通用しました。しかし、[イノベーションの] ニーズが必須の命令になってきている現在では、それは絶対に通用しません。企業や組織は、「成功したステップチェンジ(階段状の変化)」を達成できる、もっと優れた、反復可能な方法を必要としています。そして、私は誇りを持って「実際に役立つと証明されているのは、私たちの「イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)」だけだ」と言えます。
ICMMモデルはすでに実践の場で機能している
私たちはビッグファイブのコンサルティング会社の助力やロゴは持ってはいませんが、ICMMの登場以来の過去10年の過程で、多数の大小の企業と協力して仕事をする幸運に恵まれました。そしていまや、私たちの理論は完全に実践に翻訳されていることを知っています。
確かに、それ [ICMM] は難しいことでしょう。確かに、「世界の教育システムが、イノベーションの仕事にとってはあまりにも貧弱である」ことは、私たちに欲求不満やときには怒りを引き起こすことでしょう。そして確かに、直感に反する、思い切った決断を必要とするでしょう。しかし、それ [ICMM] は機能します。体系的で、スケーラブルで [小さい問題にも大きい問題にも使え]、迅速に [機能します]。いまから5年の後の未来は、今後の5年間に最も優勢であるものたちに、属することになるでしょう。そして、最終的に勝つ可能性が高いのは、きっとICMMレベルが最も高いものたちでしょう。
このICMM入門書の日本語版が、この歴史的な危機の時代を捉えて、まさにタイミングよく出版されることを知り、私は非常にうれしく思います。
Darrell Mann
ロックダウンの中で、ノースデボン、英国。参考文献:
1) 体系的イノベーション E-Zine、「イノベーションの定義について(40年もの遅れの現実)」、第221号、2020年8月、http://systematic-innovation.com/assets/iss-221-aug-20.pdf。
[著者のホームページ: Systematic Innovation: http://systematic-innovation.com/
著者のメルマガ: Systematic Innovation E-Zine 。 無料登録で定期購読可。月1回、30頁程度。]
日本語版 目次
目次
原著の序文 --------------------------------------------------------- (i)
訳者のまえがき ------------------------------------------------------ (ii)
本書のテーマについて、 本書を訳出した背景と経過、 本書の構成と概要、
原書出版(2012年)以後の状況と発展、 日本語版の訳出と出版について日本語版への原著者前書き: イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)−10年の歩み ------- (v)
ICMM モデルの立ち上げの意図、 時代の変化を予測する、 イノベーションの(他社)諸モデルの混乱、
イノベーションの方法の中核は矛盾を解決すること、 ICMMモデルはすでに実践の場で機能している目次 ----------------------------------------------------------------- (x)
第1章 はじめに ---------------------------------------------------- 1
1.1 イノベーションの定義
1.2 イノベーションが失敗する原因を求めて
1.3 イノベーションが失敗する5つの主な理由
(1) 製品/サービスにおける失敗、 (2) 市場の需要における失敗,
(3) 市場へのルートにおける失敗、 (4) 生産手段における失敗、 (5) 調整における失敗
1.4 失敗要因の根底とイノベーションの基本的な性格第2章 イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)の哲学 -------------------- 9
2.1 ソフトウエア開発の世界: 1980年代の状況とプロセス改善のための標準化
2.2 ソフトウエア開発分野での能力成熟度モデル(CMMI)
2.3 ソフトウェア開発の世界からイノベーションの世界へ: 新しいモデル
2.4 本書の構成: ICMMの5つのレベルと向上の「旅」第3章 イノベーション総論 -------------------------------------------- 15
3.1 イノベーションの中核プロセス: 6ステップのサイクル型プロセス
ステップ1: 感知する(Sense)、 ステップ2: 解釈する(Interpret)、 ステップ3: 設計する(Design)、
ステップ4: 決定する(Decide)、 ステップ5: 調整する(Align)、 ステップ6: 応答する(Response)、
ステップ1: 感知する(Sense)
3.2 サイクルを回す第4章 S-カーブと非連続ジャンプ -------------------------------------- 21
4.1 進化のS-カーブ、一つのS-カーブから新しいS-カーブへのシフト
進化のS-カーブとそのシフトはどこにでもある S-カーブの表現、つぎのS-カーブとの位置関係
新しいS-カーブへのジャンプが困難な理由 ジャンプをした先駆者・先例を求めて
4.2 「英雄の(S-カーブの)旅」 -- 世界の神話・文学に共通の人類の知恵
Joseph Campbellの研究成果 「英雄の旅」:全体構造とS-カーブの非連続ジャンプとの関係
「英雄の旅」の12の段階、注意するべきこと第5章 (休憩1) 矛盾 --------------------------------------------- 31
5.1 問題を定義する方法: 「A or B」 でなく 「A and B」を考える
「A or B」の議論は、問題定義が間違っている
イノベーションを起す二つの方法: 新しい機能・属性の提供 と 矛盾の解決
「A or B」でなく、「A and B」の問題定義へ 「イノベーション能力の旅」における矛盾
5.2 矛盾の課題を策定し、矛盾を解決する方法: 普遍的テンプレートの利用
テンプレートによる記述法とその意味
矛盾を解決する方法(1) 「A and not A」の問題を「分離」によって解決する
矛盾を解決する方法(2) (「B or C」でなく) 「B and C」の問題を「12の戦略」で解決する
矛盾を解決する方法(3) 問題中の前提(理由付け)を「なぜ?本当に?」と挑戦する
矛盾を解決するための心構え第6章 (休憩2) ハイプサイクル ------------------------------------- 39
6.1 ガートナーの「ハイプサイクル」
6.2 ハイプサイクルから見たTRIZとイノベーションの諸方法
6.3 進化のS-カーブ、ハイプサイクル、競合企業数の関係
6.4 ICMMの「英雄の旅」とハイプサイクルの関連第7章 私はいま、どこにいるのか? --------------------------------- --- 45
7.1 イノベーション能力(ICMMレベル)の自己判定のための25の質問表
質問概要: リーダーの役割、 成功する変化、 激動する市場の成功要因、
安定した市場の成功要因、 価値(Value)、 戦略の役割、 顧客ニーズの決定、
顧客以外のニーズの決定、 イノベーションの必要の決定、 イノベーションのタイミング、
目標と方向付け、 変化を現行ビジネスに統合、 顧客への正しい質問、
事業変更のための買い付け、 事業計画活動、 無駄(なもの)は?、 破壊的脅威に対する戦略、
厳しい状況でやる気にさせる、 錯綜したものを管理する、 未来の見方、 未来を予測する、
リソース(資源)、 学習、 成長、 リーダーシップ
7.2 質問表のスコアリングとICMMレベルの判定
レベル判定のやり方、 世界の事例、 スコア判定の作業表、 回答のスコア表第8章 ICMM (イノベーション能力成熟度モデル)の5つのレベル ----------- 63
8.1 ICMMの5つのレベル
8.1.1 ICMM レベル1: 種を蒔く(Seeding)
8.1.2 ICMM レベル2: チャンピオンを作る (Championing)
8.1.3 ICMM レベル3: 管理する (Managing)
8.1.4 ICMM レベル4: 戦略化する (Strategising)
8.1.5 ICMM レベル5: ベンチャー (Venturing)
8.2 一歩下がってもう一度全体を見る
8.2.1 イノベーションプロジェクトのスケールの異なる5つのタイプ
プロセスのイノベーション、 製品・サービスのイノベーション、 ビジネスユニットのイノベーション、
組織経営のイノベーション、 社会のイノベーション、
ICMMの能力レベルで扱うとよいイノベーションのタイプが異なる
8.2.2 複雑なもの(Complicated) 対 錯綜したもの(Complex)
8.2.3 いくつかの書籍と諸方法
8.3 ICMM(イノベーション能力成熟度モデル)の5つのレベルを要約する
8.3.1 ICMM レベル1: 種を蒔く(Seedomg) 要約表
8.3.2 ICMM レベル2: チャンピオンを作る(Championing) 要約表
8.3.3 ICMM レベル3: 管理する(Managing) 要約表
8.3.4 ICMM レベル4 戦略化する(Strategising) 要約表
8.3.5 ICMM レベル5 挑戦する (Venturing) 要約表第9章 FAQ: よくある質問 ------------------------------------------ 93
9.1 組織はこれらのレベルを「飛び越える」ことができますか?
9.2 レベル5は「最終レベル」ですか?
9.3 なぜあなたは、現在のイノベーションの急増が(「断続平衡説」で)今後15年間続く、と言うのですか?
9.4 15年間が経過するとどうなりますか?
9.5 私の組織はレベル5にまで到達する必要がありますか?
9.6 あなたの言っていることが真実だと、どのようにして知ることができますか?
9.7 上司を説得するにはどうすればよいですか?
9.8 他にもすでに、イノベーション能力を測定するツールや方法が、多く存在していませんか?
9.9 これは私自身にはどれくらいの費用がかかりますか?
9.10 これにはどのくらい時間がかかりますか?第10章 さて、いまから何を? ---------------------------------------- 103
第11章 参考文献、文献目録、読書案内 ------------------------------- 104
11.1 一般的な参考文献
11.2 本書に引用した参考文献第12章 グローバルな連絡先 --------------------------------------- 107
カバーアートについて日本語版への著者後書き: イノベーション能力成熟度モデル(ICMM) − 未来へ --- 109
イノベーション能力(ICMMレベル)を客観的に測定する (1) 特許の質を知る、
(2) 発話データを分析する、 (3) 世界の諸組織のレベル、
すべてのビジネス教科書(年間約2000冊)の内容をICMMレベルに関連付ける、
ICMMの「旅」の本、 おわりに: 今がイノベーションの好機著者紹介・訳者紹介 --------------------------------------------------- 113
日本語版への 著者の後書き
日本語版への 著者の後書き
イノベーション能力成熟度モデル(ICMM) − 未来へ
ICMMはまだ私たちが望んでいるグローバルスタンダードにはなっていないかもしれませんが、過去10年間で、研究と開発の継続を正当化するのに十分なクライアント組織がやってきて、本書『ICMM 入門』(2012年)に出版した内容に対してさらに大幅な発展をいくつも実現させました。
イノベーション能力(ICMMレベル)を客観的に測定する (1) 特許の質を知る
たとえば、本書に [イノベーション能力の自己] 評価のアンケート [7章]を含めたとき、私たちは、「この種の調査ツールは回答者によるゲーム扱いや歪みが発生しやすい」ことを知っており、そのため、「イノベーション能力を測定するための、より優れた、より自動化された方法で、少なくとも補完する必要がある」ことを認識していました。
この願望が強固になったのは、クライアントたちが彼ら自身のレベルを知るための調査をしているとき、「競合他社の対応するレベルも知る必要がある」とすぐに明らかになったからでした。ICMMモデルの大部分は、組織が「現在居る場所から、居る必要がある場所に」到達するのを支援することです。そして、彼らがどこに居る必要があるかを知ることは、「彼らの競争相手がそれぞれの「旅」のどこに居るのか」によって、大部分が決まります。
競合他社に調査票を記入してもらうことは不可能ですから、私たちは「外から覗く(Outside-in)」ツールを創る必要がありました。それは、一つの企業を取り巻く一般公開の情報(たとえば、特許、年次報告書、スピーチ、経営陣へのインタビューなど)を利用して、その企業の [イノベーション] 能力レベルについて、信頼でき、意味のある評価を行うものです。この課題には、私たちがすでに開発していた、より一般的なイノベーション要件のための、いくつもの分析ツールがうまく適合しました。それらは、単にいま必要なものでなく、重要なものを、測定しようとするものです。たとえば、一つの組織が所有する特許の数を測定するのは簡単ですが、そのような測定が役立つのは、それらの特許の「質」も測定できる場合だけです [「質」こそ重要な測定対象なのです]。
特許の質を測定することは、私たちのTRIZの知識、特に「進化のトレンド」ツールのおかげで、私たちができることでした。結果として得られた「ApolloSigma」ツールは、私たちの「体系的イノベーション (Systematic Innovation)」手法の中核ツールになりました。このツールは、私たちが過去10年間一貫して、すべての新しい特許を分析するために使用してきたものであり、その結果、私たちが [永年] 継続している研究、「誰かがどこかですでにあなたの問題を解決した」というTRIZ [のテーゼを実証する] 研究に、活力を与え続けてくれているのです。
イノベーション能力(ICMMレベル)を客観的に測定する (2) 発話データを分析する
同様の方法で、私たちはスピンアウト会社PanSensicを共同設立し、クライアントたちが他の重要な測定を行うのを支援するためのプラットフォームを創りました。[調査・測定しようとするのは次のような質問です。]
- スタッフの士気はどのくらいですか?
- 組織内にはどのくらいの信頼がありますか?
- そこで働く人々の価値観は何ですか?
- 顧客はどのような欲求不満を経験していますか?
- 彼らの矛盾は何ですか?これらすべてのことは、通常は、勇敢なクライアントとの苦痛で時間のかかる実験を通して、はじめてわかることです。しかし私たちは、組織の内外に漂っている構造化されていない発話データを大量に利用できさえすれば、[これらすべての質問に関する調査を] まったく計算可能であることを、見出しました。
イノベーション能力(ICMMレベル)を客観的に測定する (3) 世界の諸組織のレベル
私たちがPanSensicの進化の「旅」を始めて10年になりますが、やらなければならないことがまだ沢山あります。確かに、私たちはすでに、一つの企業のICMMレベルの正確な評価を行うことができます。確かに、私たちは彼らのレベルだけでなく、彼らが次のレベルへの「旅」のどこまで進んでいるかを計算できます。つまり、その組織が「レベル2」であるというだけでなく、今では「レベル2.4」であると言えるようになっています。
この「外から覗く」能力はいまや、さまざまな業界の、何千ものさまざまな組織のICMMレベルを評価できることも、意味します。これが示す [イノベーションの世界の] 全体像の一つは、[世界の] イノベーション能力が継続的な機能不全の状態にあることです。 [訳注: 本書7.2節の分布(推測)数値と比較ください。]
上図で明らかになったことは、世界中の組織のほぼ90%が、非常に低いレベルのイノベーション能力 [レベル1とレベル2] にあることです。それが意味することの一つは、イノベーションツールの大部分(最も注目するべきはTRIZ)が、多くの点でゲーム [市場の競争の舞台] の遥か前方にいるということです。TRIZのツールの大部分は、それらを有効に活用するにはICMMのレベル4の能力を必要としますから。
このオーバーシュートの問題は、イノベーションをより上手にやることを求めている機関にとって、鶏が先か卵が先かという問題の重要なセットを提示します。
すべてのビジネス教科書(年間約2000冊)の内容を、ICMMのレベルに関連付ける
この矛盾を解決するための一つの方法は、私たちのSystematic Innovation Network内で進行中のもう一つ別の研究です。それは、イノベーションに関する諸文献(たとえば、ビジネス教科書では、最近10年間の平均で、年間約2000件弱あります)を体系的に調査して、それぞれの寄与をICMMの各レベルに関して関連付けようとするものです。一つの有用な比喩は、私がテニスの個人レッスンを [世界ランク1位だった] Roger Federer選手から受けるのが、よいアイデアかどうかを、考えることです。私のテニスのプレー能力は最近随分低いことを考えると、おそらく、よいアイデアではないでしょう。私よりも1-2段上手なだれかからコーチを受ける方が、4段も5段も上手な人から受けるよりも、上達する可能性が高いだろうと思われます。
私たちは、ICMMの各レベルに適したイノベーションの教科書を特定する仕事を、元のICMM入門書 [本書] で始めました。私たちはその仕事をこの10年間、主として手作業で、しばしば苦痛を伴いながら、年間2000冊の本を読んで、継続してきました。そしていま、ずっと進んでおり、疑いなく今後も同じ仕事を続けて行きます。しかしいまでは、前述の発話分析のソフトウェアツールに支援されており、そのツールは、たとえば、「この本はレベル2のイノベータに適している」などと特定する能力が、長期に働いているICMM研究者と同程度の能力になっています。
ICMMの「旅」の本
これらの知識のすべては、ICMMジグソーパズルの最終ピース、すなわち、しばしば言及しました「「旅」の本」のシリーズに注入されます。これらの本は、マネージメントチームが、困難なステップチェンジの「旅」を、レベル1からレベル2に進むのを助けるように設計されています。同様に、レベル2から3へ、またレベル3から4へもあります。そして、レベル4から5への「旅」の本もありますが、(レベル5だと主張できる企業が6社に満たない現実を考えると)これがおそらくこのシリーズの最後のものになるでしょう。
これらの「旅」の本の、少なくとも最初の3冊に関しては、その素材の多くが、ずっと以前からすでに存在しています。さまざまな段階を通じてその「旅」で一緒に仕事をすることを許可してくれました勇敢なクライアントの皆さんに、改めてお礼を申し上げます。レベル2からレベル3への「旅」の本は、もうすでに最終段階にあり、(すべての i の文字にドットを付け、すべての t の文字に横棒をつけて)2021年の末までに出版する準備をしています。レベル1からレベル2への「旅」の本は、2022年に出版予定になっています。ただ、レベル1にある組織の割合が高いので、おそらくこれが最も需要のあるものと思われ、私たちがこの本を先に出版することがより望ましいのかもしれません。
問題は、体系的イノベーションのクライアントたちの仕事のスイートスポット [最高の成果をもたらす領域] が、非常に明確に、世界のレベル3およびレベル4の組織だったことです。[これらの高いICMMレベルの組織の] 矛盾とは何かを理解している人々と矛盾について話すのは、[矛盾を理解していない人々と話すよりも] ずっと易しいことを、私たちは知りました。ここでもまた、鶏と卵の問題状況があります。
それから、もちろん、パンデミックが引き起こした危機の避けがたい他の諸結果の一つとして、多くの人々が、すでに職を失っているか、あるいは今後数年のうちに職を失う可能性があります。私たちがICMM入門書 [本書] を出版してすぐに、ICMMのスケールに「レベル 0」が必要だったことを、私たちは理解しました。レベル0というのは、すべての新興企業が見出す自分の位置です。かれらの第一義的な仕事は、自分たちの新しい(イノベーティブな)アイデアを、お金を生み出すビジネスにすることです。それは本質的に、彼らがイノベーションの試みを開始し、もしそれが成功すれば、彼らはオペレーションエクセレントな、ICMMレベル1の企業に成り上がる、ことを意味しています。
このスタートアップ(起業)の挑戦に奉仕することの緊急性を考え、私たちは2020年に『Hero's Start-Up Journey(英雄の起業の旅)』の本を出版しました。それは、ICMMレベル0からレベル1への、能力構築の「旅」を記述したものです。変化しつつある現在の時代を反映して、出版から最初の4か月間で、私たちのベストセラーの本の一つになりました。
本件の日本語版の出版が、「イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)」のより広い認識を創りだすのを助けるものと、期待しています。
おわりに: 今がイノベーションの好機
新興企業にとっても、確立したビジネスにとっても、イノベーションの時計が時を刻んでいます。イノベーションの好機は、現在であり、そして今後の4,5年です。その後、世界はその新しいS-カーブを見出し、おそらく、私たちみんなの注目は、「継続的改善」の世界に再び焦点を当てるという時代になることでしょう。その世界は、私たちが言える限りでは、ほとんどそのOECMMのレベル1にとどまっているでしょう。(「オペレーショナルエクセレンス能力成熟度モデル(OECMM)」、Darrell Mann、SI ezine、第228号、2021年3月)。
2021年4月5日 Darrell Mann
著者・訳者紹介
著者紹介
Darrell Mann (ダレル・マン)
過去25年間で、Darrell は60億ドルを超える新しい価値を世界中のクライアントに提供するのを支援し、12のスピンアウト企業の背後の火付け役の役割を果たしてきました。 ICMMの本のおかげで、彼は、さまざまな多国籍企業、NGO、政府機関、および新興企業促進プログラムの多数の役員室で、人気のイノベーション戦略アドバイザーになりました。 彼はまた、1000を超えるイノベーション関連の論文や記事、その他12のTRIZ関連の教科書の著者でもあります。最新の二つの著作では、新興企業におけるイノベーションと、イノベーションのソフトサイドに焦点を当てています。 彼は長年にわたり、世界中のさまざまな大学で客員教授職を歴任してきました。 彼は現在、英国のバッキンガム大学の教授です。
訳者紹介:
中川 徹 (大阪学院大学 名誉教授、『TRIZホームページ』編集者)
1963年東京大学理学部卒、同化学系大学院博士課程中退、理学博士。1967年東京大学理学部化学教室助手として物理化学の研究に携わる。1980年富士通株式会社入社、国際情報社会科学研究所にてソフトウエア品質管理などの研究、また株式会社富士通研究所にて研究管理支援の仕事をした。1998年大阪学院大学情報学部教授、2012年定年退職し、同大学名誉教授。
1997年以来TRIZの研究・適用・教育・普及に尽力している。1998年に『TRIZホームページ』を創設し、TRIZに関連した国内外の多数の著者の記事や論文を和文・英文で紹介・発信する公共サイトとして、その編集・運営に携わっている。日本TRIZ協会の設立・活動に参画し、2005〜2012年の日本TRIZシンポジウムのプログラム委員長を務めた。2013年クレプス研究所(個人事業)を設立し、『TRIZ 実践と効用』シリーズとしてTRIZ関連の教科書の翻訳出版をしている。2017年「世界TRIZ関連サイトプロジェクト(WTSP)」を提唱、世界的な有志プロジェクトのリーダとして、世界WTSPカタログ集の構築の活動中。TRIZ関連では、古典的TRIZから発展した現代化TRIZと簡潔なUSITプロセスの導入・発展を図り、新しく6箱方式をパラダイムとする「創造的な問題解決の一般的方法論(CrePS)」を提唱している。適用領域を広く考え、特に、「人類文化の第1指導原理(自由)と第2指導原理(愛)間の矛盾を、第0主要原理(倫理)で調整・解決する」という考えを提唱している。
『TRIZ 実践と効用』シリーズ紹介 と 奥書き
『TRIZ 実践と効用』シリーズ (発行: クレプス研究所)
販売サイト: http://www.amazon.co.jp/ クレプス研究所 ホームページ: http://crepsinst.jp/
内容紹介: 『TRIZホームページ』 http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/
(1A)
体系的技術革新(改訂版)
新版矛盾マトリックス Matrix 2010 採用Darrell Mann 著
中川 徹 監訳
知識創造研究グループ訳B5版502頁
2014年 2月刊
製本版 7000円+税
(2A)
新版矛盾マトリックス Matrix 2010
Darrell Mann 著
中川 徹 訳B5版 150頁
2014年 4月刊
製本版 2600円+税
(3)
階層化TRIZアルゴリズム
- 初心者から上級者まで の図で学ぶ教材Larry Ball 著
高原利生・中川徹 共訳B5版 カラー 208頁
2014年 6月刊
製本版 4200円+税
(3S)
階層化TRIZアルゴリズム (入門編)
- 初心者のための図で学ぶ教材Larry Ball 著
高原利生・中川徹 共訳B5版 カラー 56頁
2014年 7月刊
製本版 1200円+税
(4)
ITとソフトウェアにおける問題解決アイデア集
- TRIZの発明原理で分類整理Umakant Mishra 著
中川 徹 監訳B5版 424頁
2014年 8月刊
製本版 4000円+税
(5)
Darrell Mann 著
中川 徹 訳B5版 128頁
2021年 4月刊
製本版 1800円+税
TRIZ 実践と効用 (5) イノベーションを成功させる組織の力 - ICMM入門
2021年 4 月 18日 初版発行
原著 Innovaton Capability Maturity Model: An Introduction
原著者 Darrell Mann
原著発行 2012年12月31日
翻訳 中川 徹
表紙デザイン Darrell Mann ・ 中川 徹
発行者 中川 徹
発行所 クレプス研究所
〒277-0086 千葉県柏市永楽台3-1-13
電話&FAX: 04-7167-7403 ホームページ: http://crepsinst.jp/
販売サイト Amazon サイト 定価 (1800円+税)
体裁 (製本版) ソフトカバー、B5版、 128頁
印刷/製本 (製本版) 製本直送.com (http://www.seichoku.com/ )
ISBN (製本版) ISBN978-4-907861-11-7
クレプス研究所サイト |
注: 以下は出版前の各章ごとの和訳全文と紹介です。出版時に微小修正しておりますが、本サイトではそのままにしております。
最終更新日 : 2021. 4.18 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp