Darrell Mann : ICMM Book  第4章 S-カーブと非連続ジャンプ

『イノベーション能力成熟度モデル (Innovation Capability Maturity Model (ICMM)) 入門編』

   第4章  S-カーブと非連続ジャンプ

Darrell Mann (Systematic Innovation, 英) 著 (2012年、IFRプレス)

中川 徹 和訳(大阪学院大学&クレプス研究所) (2021年 2月 14日)

掲載:  2021. 2.16

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  編集ノート (中川 徹、2021年 2月14日)

 Darrelll Mann の本の第4章です。本ページの記述は第1章と同様で、詳細目次、導入のための簡単な解説、そして本文です。訳文中の、( )は著者の挿入句など、[ ]は訳者の補足です。

 


 

 本章の詳細目次

第4章  S-カーブと非連続ジャンプ

4.1 進化のS-カーブ、一つのS-カーブから新しいS-カーブへのシフト

4.1.1 進化のS-カーブとそのシフトはどこにでもある     

4.1.2 S-カーブの表現、つぎのS-カーブとの位置関係  

4.1.3 新しいS-カーブへのジャンプが困難な理由    

4.1.4 ジャンプをした先駆者・先例を求めて  

4.2 「英雄の(S-カーブの)旅」 -- 世界の神話・文学に共通の人類の知恵

4.2.1 Joseph Campbellの研究成果       

4.2.2 「英雄の旅」:全体構造とS-カーブの非連続ジャンプとの関係  

4.2.3 「英雄の旅」の12の段階、注意するべきこと

(1) 冒険への召命、  (2) 召命の拒否、 (3) 良き師に会う、 (4)閾を越える、
(5)テスト、敵と味方、 (6)内奥の洞窟への接近、 (7) 試練、 (8) 褒賞、 (9) 帰路、
(10) 再生、  (11)妙薬を携えての帰還、 (12)普通の世界

 


 

 本章への導入 (中川 徹、2021. 2.14)

本章では、イノベーションを「成功したステップチェンジ」というときに、私たちが「進化のS-カーブ」の概念をベースにして、一つの連続的なS字状の成長曲線で表されるシステム(もの、こと、など)から、(別のS-カーブで表される)質的に異なる別のシステムへの飛躍的な移行を問題にしています。

一つのシステムの特性(特に効用・価値)を誕生から、成長、成熟まで表すと、典型的なS字曲線で表されます。成熟段階では、改良しようとしても良くならない、頭打ちの状況になります。このとき、なんらかの大きな変更により、新しいシステムが創りだされて進歩します。このような飛躍的な進歩は、大きなスケールでも、小さなスケールでも、あらゆるところで起こっています。

ただ、新しいシステムが誕生した最初は、その効用・価値がまだ、従来システムに及ばないのが、ほとんどいつものことです。だから、多くの人、特に従来システムの開発・運用などに尽力してきた人(や組織)は、なかなか新システムに移行しようと思いません。新システムの推進者は、一旦の落ち込みがあり、旧システムからの抵抗があることを、想定しなければなりません。

新システムを推進するには、自分がギャップ(「割れ目」)に飛び込むことが必要です。そのような状況とプロセスの先駆者を求めると、次節のような意外なことが分かってきたのです。

それは、Joseph Campbell (1904 -1987) による、世界の諸民族の神話や文学の比較研究の成果でした。彼はそれらが、すべて同一の基本的・原型的な筋書きを持っていることを、見出したのです。

その基本構造は、英雄が従来の通常世界を離れて、冒険の「旅」に出、「特別な世界」で幾多の試練を経て、新しい何か(「妙薬」、宝、不思議な力など)を獲得して、通常世界に帰還し、その新しいものをもたらします。これは、従来システムのS-カーブから離脱し、不安定・困難な移行期間を経て、新しいS-カーブを開始・確立するという、プロセスに対応しています。

そのプロセスは、「英雄の旅」の言葉では次のようです。「英雄」は、冒険への召命を受け(自覚し)、周りからは拒否されますが、良き師に出会い、覚悟をきめて、閾(世界の境界)を越えます。「特別な世界」では、さまざまな敵がいて(味方は少なく)、内奥の洞窟での懐疑や、さまざまな試練(戦い、誘惑、呪縛など)を経て、ついに褒賞(「妙薬」など)を獲得し、「通常の世界」への帰路につきます。それでもまだ多くの困難があり、人々の理解、共感を得るプロセスがあって、「妙薬」を携えての帰還が達成され、その「妙薬」が「新しい通常の世界」をもたらします。--この「英雄の旅」のいろいろな場面・エピソードが、新しいS-カーブへの飛躍のプロセスに示唆を与えてくれます。

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本章の目次

導入(中川)

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4.1.1 進化のS-カーブ

4.1.3 S-カーブのジャンプ

4.2.1 Campbell の研究

4.2.2 英雄の旅

4.2.3 英雄の旅の12の段階

編集後記

英文ページ


 

 原著第4章の和訳

 

第4章  S-カーブと非連続ジャンプ

 

  「改善はまっすぐな道を作る。
しかし、曲がりくねって改善されていないのが
天才の道である。」
William Blak

 

私たちが「イノベーション」を「成功したステップチェンジ」と表現するとき、(その言葉のあらゆる意味において、)あるS-カーブからもうひとつ別のS-カーブへのシフトについて話しています。

   

4.1  進化のS-カーブ、一つのS-カーブから新しいS-カーブへのシフト

4.1.1  進化のS-カーブとそのシフトはどこにでもある

さて、本書を読んでいるすべての人が、「S-カーブ」という表現を使って私たちが何を話しているのかを分かっていることと願っていますが、私たちが[進化の] S-カーブについて考えるとき、それに付随しているモデルは、大規模な、業界を変えるようなパラダイムシフトを表している可能性が高いでしょう。デジタルカメラが最初に登場したとき、または携帯電話が最初に登場したとき、それらはある機能を提供する方法が、一つの方法から別の方法へと、非常に明瞭で、明確に区別されるステップチェンジ(階段状の変化)を表しています。S-カーブのアイデアをICMM(イノベーション能力成熟度モデル)の文脈で最大限に活用するためには、私たちにメンタルシフトが必要です。それは「S-カーブが文字どおりどこにでもあり、あるものから別のものへの非連続なステップチェンジのシフトがいつも発生している」というモデルへの移行です。

私たちはそれらの多くに気付かない傾向があります。なぜなら、そのうちのいくつかが他よりも大きいからです。最初の携帯電話は、コミュニケーションの世界を一変させました。それは大きなジャンプを表しています。最初のタッチスクリーン電話の到着は、それほど重要ではありませんでしたが、それでもジャンプとして数える必要があります。私たちは視点を変える必要があります。タッチスクリーンは、電気通信業界全体の観点からは比較的小さなジャンプでしたが、携帯電話の手持ち機のユーザーインターフェイスの設計に関しては、非常に明確な非連続なジャンプと新しいパラダイムを表しています。

私たちはこの考えをさらに拡張して、さらにズームインして細部を見ましょう。最初のタッチスクリーンでは、画面上であなたが押したところでだけ画面が機能するものでした。それから変化して現在のタッチスクリーンは、あなたが指を動かすと同じスピードで、なんと速く画面上で情報をスクロールできることでしょう。グローバルな規模ではさらに小さな「ジャンプ」ですが、もしあなたがタッチスクリーンの設計エンジニアであれば、この進化は非常に明瞭で明確なステップチェンジでありました。

私たちがS-カーブが普遍的であると話すとき、それが定義上意味しているのは、携帯電話のような物理的なものに適用できるのと同じように、方法やプロセスの進化にも適用できる、ということです。それはすなわち、イノベーション能力の進化にも適用できるということです。ICMMのさまざまなレベルは、それぞれ、諸ルール・諸プロセス、および諸動作のセットを持ち、それらが前のレベルとはステップチェンジをして異なっているということです。

 

4.1.2  S-カーブの表現、つぎのS-カーブとの位置関係

この関係の重要性は、あるカーブから次のカーブにジャンプしようとしているすべての人にとって、しばしば非常に残酷な一組の問題が存在することを意味します。その問題は図4.1に要約されています。

図4.1: 隣接する二つのS-カーブ

通常の慣例に従い、図に示されている縦軸は、私たちが私たちのシステムで改善しようとしている任意のメトリック(尺度)を示しています。それは、利益やROI(投資利益率)であり得ますが、(いま考えている)ICMM(イノベーション能力成熟度モデル)レベルの場合は、一つのチームまたは組織のイノベーション能力でよいでしょう。

各S-カーブが表しているのは、カーブの基本的な形状は同じであり、改善しようとしている対象は何であっても、(各カーブの左下のテール部から開始して)時間が経過するとともに、私たちが改善しようと試みている尺度の[状況変化を示しています]。最初は随分難しいですが、一つの転換点が来て、それ以降、かなりの改善をどんどんより短い期間で行うことができるようになります。しかし、その後、事態は厳しくなり始め、私たちが能力をもっと向上させたいと思っていても、私たちが望む [能力向上] を達成することが次第に難しくなり、ついにはとうとうカーブが平坦になるところまで来ます。私たちが何をしても、システムを最適化または再最適化しようと私たちがいかに試みても、[私たちがいま改善しようとしているICMMの] 能力は向上しません。

一つの [S-カーブの] カーブの特性については、以上に説明したとおりです。ここで議論したい重要なポイントは、ICMM(イノベーション能力成熟度モデル)の話の中核でもあるのですが、隣接する二つのS-カーブの相対的な位置関係のことです。

私たちが「ルールを変更」して、あるS-カーブから次のS-カーブにジャンプしようとする場合、理想は、新しいシステムが以前のカーブの頂上よりも高い位置から始まることです。それにも関わらず、この図の新しいカーブの開始点は、以前のカーブの頂上よりもいくらか低い位置から始まっているように見えます。新しいカーブの開始点が古いカーブの終点に対して相対的にどこにあるか、を示す絶対的な規則はありません。ただ、私たちの350万件のデータポイントが十分明瞭に示しているのは、ほとんどすべての場合に、新しいカーブは私たちが以前のカーブ上にいた位置よりも、明確に低い地点から出発しています。私たちの新しいシステムが実際には劣っていなかったという場合でさえ、それがより劣っているように [一般の人々には] 感じられるのです。

 

4.1.3  新しいS-カーブへのジャンプが困難な理由

忘れないでください。一つのシステムがその歴史においてこの平坦になった頂上部に到達するまでの期間に、私たちは随分多量の労力(エネルギー)と資源(リソース)をつぎ込んでここまでにしたのです。この山を登るのに費やした大変な努力を、捨て去るのが好きな人は誰もいません。特に、必然的に、この新しいシステムがこれまでよりも絶対に優れていることを示すデータが、[まだ] ないのですから。それで、結果は?ほとんどの組織は、一つのカーブから次のカーブへのジャンプに失敗します。重ねて言いますと、あなたがあるビジネスユニットのリーダーの立場にあり、「来年は売上が減少します」とCEOに伝えなければならない、と想定してください。悪い知らせが好きな人は誰もいません。このような状況では、メッセンジャーは撃たれがちです。

一つのICMMレベルから次のレベルへジャンプすることは簡単ではありません。繰り返しになりますが、私たちが「できたらよいなぁ」と望んでいることは、「私たちのシステムで働いているすべての人々にとって、[ICMMの] 能力がより良くなったと感じられるようなジャンプを [実行] することです。そして、安心してください、他の人たちが私たちより先にジャンプし、そして、できるだけ痛みを伴わずに私たちもジャンプできるように助けてくれることができる、という事実が私たちを助けてくれるでしょう。」と。-- しかし現実的に、もっとずっと賢明なのは、私たちが能力の新しい高みの台地に到達する前に、(実際ではなくても)認識される落ち込みがある、として計画を立てることです。

他の人たちが私たちより前に成功裏にジャンプしたという事実は、私たちをいくらか楽にしてくれるはずです。先駆者である彼らは、あらゆる種類の試行錯誤の実験を行わねばなりませんでした。そうしてようやく新しいシステムを正しく理解し、私たちのために何マイルも歩いて、彼らを妨げたすべての間違いや落とし穴を私たちが繰り返す必要を無くしてくれたのです。

そしてもし、それを冷たい慰めのように感じる (-- なぜなら、明らかに、あなたとあなたの会社はまったくユニークで、あなたの業界で最高のクラスにあり、したがって、助けて呉れられる者は誰もいないのだから)とすれば、私たちはいったいどうすればいいのだろう?

 

4.1.4  ジャンプをした先駆者・先例を求めて

あなたは間違っている。誰かが、世の中のどこかで、絶対に間違いなくあなたと同じ状況にありました。私たちの350万件のデータが明らかにしたもう一つのことは、この広大な世界で、異なる問題というのがいかに少ないかということです。「陽の下で新しいものは何もない」という古い格言を信じる人は、(私たちの調査によると)絶対に正しいのです。太陽の下で新しいものは本当に何もありません。確かに、私たちがまだ発見していないものは沢山あります(しかし、それらはすでにそこにあり、私たちがそれらをまだ見つけていないのです)。ここで本当のイノベーションの話というのは、私たちが、すべての「何も新しくないもの」を取り、それらのさまざまなものの何十億もの可能な組み合わせから、私たちの組合わせを見出すことです。そこでもし、「成功したステップチェンジ」 [すなわち、イノベーション] が、結局、正しい組み合わせを見つけることであるなら、ICMMの一つのレベルからその次のレベルにジャンプすることは、同様に、他の人々によってすでに証明されている何千もの成功したソリューション群から、その正しい組み合わせを見つけることでもあります。

これらの普遍的な「誰かが、どこかで、すでにあなたの問題を解決した」という要素群についての、最初にして最も重要なことの一つは、いくつかの基本的なステップに関わっており、それはあなたの新しいS-カーブに着陸するために、[あなた自身が] 「割れ目」に飛び込むというプロセスに関連しています。

ここで私たち [が得た] インスピレーションは、多くの人々には奇妙な出発点のように聞こえるものから来ています。それは、「文学」です。文学はまた、「誰かが、どこかで、すでにあなたの問題を解決した」ということの、さらにもう一つの例であることが [次節に述べるように] 判明しました。古い昔から語られてきた何百万もの物語のすべてに目を通し、それらをさらに抽出していくと、随分少数の異なる筋書きにまで絞り込まれます。そして、それらのほんの一握りのものは、さらに潰れてすべてが [一つになり] 、「システムたちが限界に達し、一つのシステムからもう一つのシステムへジャンプしなければならなかった」という物語群になる [ことが示されました]。言い換えれば、すべての文学は、解決できない [解決できなかった] 問題を解決するための、ルールを壊して新しいルールを作るための、成功した戦略(そしてまた、しばしば、成功しなかった戦略--すなわち悲劇の場合)について記述することに関わっているのです。

   

4.2  「英雄の(S-カーブの)旅」 -- 世界の神話・文学に共通の人類の知恵

4.2.1  Joseph Campbellの研究成果

Joseph Campbell [1904 -1987] の本『千の顔を持つ英雄(The Hero With A Thousand Faces)』(Ref. 2)は、20世紀の研究の一つの古典と呼ばれてきました。その本は、世界の文学に関するCampbellの分析を記録し、古代ギリシャから聖書、そしてスターウォーズまでの、冒険の旅の筋書きが、すべて同一の基本的原型的な筋書きのステップに従っているという発見を述べています(実際には、スターウォーズの脚本は逆の順で、Campbellの知見に基づいて書かれたのです)。Campbellのねらいは、作者たちがより成功した脚本を書くのを助けることでしたが、この仕事で最も印象的なことの一つは、それが普遍的に適用できることが分かったことです。図4.2は、「私たちが一つのS-カーブを離れて、なんとかうまく次のカーブに行こうとジャンプしたときに、何が起こるか」を解明したものです。それが、12の主要な段階から成るとわかった、というのです。

 

4.2.2  「英雄の旅」:全体構造とS-カーブの非連続ジャンプとの関係

それでは、その12の段階がどんなものかを、私たちのICMM(イノベーション能力成熟度モデル)レベルのジャンプの「旅」との関連性という文脈で見てみましょう。最初はマクロレベルで見て、その後で掘り下げて、12の各段階をさらに詳しく調べましょう。

「旅」の最初の4つの段階は、「現行の」S-カーブと私たちが考えてもよいだろうものの頂上部に直接対応しています。

第5の「閾を越える」ステップは、別のシステムへ移行することの必要性が受け入れられた時点を示します。それはまた「旅」が、確立されたシステムの「通常の世界」を出て、「特別な世界」に入る時点を記すものです。私たちのS-カーブの遷移の言葉で言えば、この「特別な世界」は、あるシステムから別のシステムへの移行中に起こる、しばしば居こごちの悪い遷移の期間とみなすことができるでしょう。さてこの「特別な世界」には、5つのステップが一般的にあり、(それらを私たちが正しく踏んでいく限り)私たちは私たちの新しいS-カーブの出発点に導かれ、私たちの新しい「通常の世界」になるだろうものへの帰路につきます。

    図4.2: 「英雄の旅」と「あるS-カーブから別のS-カーブへの非連続ジャンプ」との関係

この段階で「帰路」は、私たちが「正しい」解決策を持ったことを知り、新しいS-カーブを登っていくという困難な努力を開始することです。私たちは [新しいS-カーブの] 転換点(すなわち、「妙薬を携えての帰還」)を越え、新しい [ICMMレベルの] 能力(すなわち、「私たちのここでのものごとのやり方はこうだ」と明確に確立されたもの)に達します。...この時点で私たちがするべきことはただ、用心深く注意して、私たちの次の「冒険への召命」と次の「英雄の旅」の開始に備えることです。しかしそれについては後で考えましょう。

 

4.2.3  「英雄の旅」の12の段階、注意するべきこと

いまのところ、私たちは12の段階のそれぞれをもう少し詳しく調べて、私たち自身が来るべき実際のICMMの「旅」の進行に向けて最善の準備をすることが、価値があります。

それでは最初の「冒険への召命(Call To Adventure)」から始めましょう。

(1) 冒険への召命(Call To Adventure)

ここの時点では、私たちの周りのすべてはまさに本来のあるべき姿にあると感じられます。すべてが機能していて、人々は幸せで、ものごとは毎日良くなっていて、人生は気持ちよく感じられます。例外は。例外は、予期しない亀裂が現れたことに私たちが気が付いたことです。あるいは、自分自身が、何でもないはずの何かについての奇妙な議論の中にいることに気づいたり、チームのメンバーが姿を消したり、顧客からの予期しない苦情が届いたり、以前は機能していたものが突然あまりうまく機能しなくなったり、などです。それは異なる何百万ものもののどれか一つかもしれません。ここで大事なことは、私たちが用心深い必要があるということです。特に、私たちの急速に変化する世界では、この種の「何かが正しくない」という早期警告レーダーは、成功を起動するのに非常に重要である可能性があります。…

(2) 召命の拒否(Refusal Of The Call) 

…いまの唯一の問題は、何が起こったのかを、または何かが間違っているというこの奇妙な不可解な感覚を、私たちが他の人々に伝えようとすると、彼らは周りが(いつもどおり)すばらしいことを見て、私たちが狂っているに違いない、と言うことです。この召命の拒否 [私の召命(感)に対する人々の拒否/また私自身の逃避] は、イノベーション能力の「旅」において私たちが次に警戒すべき点です。典型的な彼らの反応は、「私たちはうまくやっている。この前のプロジェクトを納期どおりに実施したのを見たかい?」です。組織は私たちの現在の幸せな立場(状況)を達成するのに随分の資源を費やしているので、波風を立てる人を歓迎する人はほとんどいません。すばらしく、安全で、生産性の高い繭の中に留まる方を、未知の世界にあえて足を踏み入れるよりも、ずっと好むのが人の常です。したがって、もしあなたが「変化への召命」を呼び掛けているのなら、あまり多くの人に「声を上げてくれてありがとう」と感謝されることを期待しないでください。あなたの仕事は、とにかく進み続けることです。…

(3) 良き師に会う(Meeting The Mentor)

…そして心配しないで、きっと助けが手元にあります。あなたの仕事は彼ら(助け手)、あるいは、それを見つけに行くことです。この場合、それは単に本書かもしれません。あるいは、付随するICMMの「旅」の本の一つ。または私のようなイノベーションコンサルタント(実際、私じゃないことを祈りなさい!私はときどき、「英雄の旅」のこの段階に「怪物に会う」というラベルを付け直します)。スターウォーズでは、メンター(良き師)の役割は、あなたが年長ならアレックギネス卿、あなたが若ければヨーダが演じます。「旅」のこの段階であなたが探している人や情報は、前にそれ(「旅」)をしたことがあり、これからの諸ステップで落とし穴を避けることを助けてくれる人々 [あるいは、もの] です。ラッキールークスカイウォーカーは彼のメンターを「無料」で手に入れました(彼でさえすぐに、「無料のランチなどはない」と思い知りましたが)。(私たちの)イノベーション能力の世界のこの段階では、あなたはおそらくそう [無料の助けを求めるなどは] しないでしょう。ここでいくらかのお金を使うことを計画しなさい。また、あなたの投資が何倍にも、何倍にもなって戻ってくるように計画しなさい。まったく文字どおり(偏った言い方になり過ぎないように努力している、と彼 [イノベーションコンサルタントとしての私] は言います)、この段階が、あなたがあなたの「旅」の終わりまでずっと無傷でうまく到達するかどうかの、最大の決定要因になるでしょう。

(4) 閾を越える(Crossing The Threshold)

メンターがあなたの手をとっているかもしれませんが、究極的に、現行のシステムの安全性から飛び出さなければならないのは、あなたです。それが、この「閾を越える」段階のすべてです。それは古典的な、「小幅の歩みを繰り返して、割れ目を飛び越えることはできない」という領域です。あなたは、組織内の他の全員にあなたと一緒にジャンプするように勧めることはしない、と選択することもできますが(最初の4つのICMMレベルでは、絶対に勧めることはしないでしょう)、あなたと他の勇敢な仲間の一団は、ベルトを締めて、行動の準備をする必要があるでしょう。非常に多くの場合、実際にあなたが目的の閾を越えるための唯一の方法は、ある種の刺激(きっかけ)を受けることです。危機はあなたが受けることができる実に最善の刺激の一つです。多くの組織は、気が進まない人々をジャンプさせるための、もう一つの効果的な手段として、「作られた危機」または「燃えるプラットフォーム」について話し始めています。もしあなたの後ろのプラットフォームが燃えているなら、前進する道は全く文字どおり前方しかありません。イノベーションの「旅」の第一人者であるEdward Matchett(Ref. 3)は、かつて次のように述べています。

最適な状態に切り替えるには、態度全体を放棄しなければならない。
シフトを行うため、そして消極的に陥るたびにシフトを行うためには、
常に「ショック」とそれに続く新しいより高い挑戦への即時のコミットメントを必要とする

「態度全体を放棄する」ことは、彼の見解では、私たちの「通常の世界」から居心地の悪いめちゃくちゃに混乱した「特別な世界」への閾を上手く跳び越えるための鍵でした。…

(5) テスト、敵と味方(Tests, Allies & Enemies)

…次の段階はしばしば、「特別な世界」の諸段階の中で、最も長く、最も引き延ばされるものです。映画では、この「テスト、敵と味方」の時間がしばしば映画全体の3/4以上です。それはすべての行動が最後のクレッシェンドに至るところです。それは私たちが道を見つけ、新しい理論をテストし、私たちのために物事を行うのを助けることができる人々を見つける場所です(ほとんどの場合、この特別な世界では限られたリソースしかなく、私たちの周りのほとんどすべての人がまだ以前の通常の世界にいます)。

あなたはこの時間の間に、誰があなたの本当の友だちで、誰があなたの敵であるかを、見つけ出します。そして、安心ください、両方がいるでしょうから。あなたのアイデアが何らかの脚 [持続性] を持っていれば、現行の通常の世界を少しも好んでない人々があなたを助けようとしてくれるかもしれません。他方、現行の役割を最も好んでいる人々はあなたの「敵」になる可能性が最も高い人々です。たとえ彼らが、本当にあなたの友だちですよ、と言ったとしても。映画では、この部分で多くの二股をかけた者、本当には友だちでない友だちなどが明らかになるアクションがあります。

この段階でよく脚光を浴びるもう一つの登場人物は、いわゆる「誘惑する女」です(「女」といっても男であってもかまいません)。映画の世界では、誘惑する女は、優しい言葉やその他種々の宝物で、あなたが選んだ道からあなたをそらせることを探している人物です。名前が示すように、彼女らの申し出がどれほど魅惑的であっても、([ローレライの] 人魚たちのように)彼女らはあなたが岩に打ち上げられるのを見ることを第一の意図に持っているのです。

旅のこの段階で、もう一つ別の登場人物や頻繁な活動が現れるという可能性も高いです。いわゆる「父との贖罪」です。このステップでは、「主人公は、自分の人生で究極の力を持っているもの(それがなんであっても)に立ち向かい、秘伝を授けられねばなりません」。多くの神話や物語では、これは父親、または生と死の力を持つ父親の像です。存在するときには、これがたいてい「旅」の中心点です。これまでのすべてのステップはここに集まってきて、後続のすべてのステップはここから出て行きます。

このステップは男性的実体との出会いによって最もしばしば象徴されますが、男性である必要はありません。信じられないほどの力を持つ誰かまたは何かであればよいのです。変容が起こるためには、主人公(彼または彼女)は、新しい自己が出現するように、「殺される」必要があります。ときには、この殺害は文字どおりであり、その登場人物の地上の旅は終わったか、あるいは別の王国(世界)に移行します。(私たちの)イノベーションの「旅」では、この段階で誰も文字どおり死ぬ必要はないことを願っていますが、何らかの決定的な対立が、現状維持の立場にある主要な利害関係者と生じる可能性が高いです。

(6) 内奥の洞窟への接近(Approach The Innermost Cave)

この段階でしばしば、私たちの主人公は、いままで試みてきたジャンプについて大きな疑問と恐れに直面するのです。 「これは馬鹿げた動きだったか?」、 「私は自分のキャリアを危険にさらしただけか?」、 「これはいったい終わるのだろうか?」。それは心理的なプレッシャが必然的に醜い頭をもたげるのです。何事でも、事前に警告があれば事前に武装します。この時が来ることを出発前に知っていれば、その時が来る前にその時について反省し備える機会ができます。…

(7) 試練(The Ordeal)

…まるで「内奥の洞窟」の悪さが十分ではなかったかのように、(Joseph Campbellがいう)「深淵」に私たちが入ると、事態はさらにもっと悪化していきます。英雄にとって最も暗い時間です。彼らははるかに強力な敵と面と向かって対峙し、すべての希望が失われたように見える時点です。E.T. は手術台上で一瞬死に、ルーク、レイア、とその仲間は巨大なごみ粉砕機内に捉えられました。私たちにとっては、解決する必要のある根本的な矛盾との最後の対立です。これについては、次章で詳しく説明します。

伝統的に、私たちは矛盾について考えるときに、「矛盾を解消する」という観点で考えることにあまり慣れていません。むしろ、私たちの教育システムは、「矛盾はトレードオフ(バランスをとる)と妥協によって最もよく解決される」という信念を私たちに教え込んできました。イノベーションの観点からは、「誰かが、どこかで、あなたの根本的な矛盾を、あなたのためにすでに解決した」という事実以上に真実なものはありません。彼ら [先駆者たち] はあなたに強力な剣を与えました。この段階でのあなたの仕事は、その剣を使って、試練に耐え、打ち破った矛盾の首級(しるし)を携えて反対側に出てきて、みんなに見えるように高く掲げること (またはそれと同様のこと)です。あなたは [矛盾を解決する] アイデアを得るのです。いったん矛盾が解決されると、これからはずっと、すべてが順調な航海になるはずです。それとも、それは...?

(8) 褒賞(The Reward)

理論的には、私たちはいまや新しいS-カーブへの「正しい」開始点を見つけました。私たちの周りの人々は、頭を横に振るのをやめ、うなずき始めます。その解決策は勝った者のように見え、人々は変化が可能かもしれないと信じ始めます。新しい世界は、あたかも古い世界よりも良いものかもしれないように、見え始めます…。

(9) 帰路(The Road Back)

… (それは、)主人公がすべての注意を払って、新たに見つけた情熱を普通の世界の要求に合わせなければならない、ときです。これは、(私たちのイノベーションの場合では特にいつものことで)私たちの英雄にとって試練の時の可能性があります。イノベーションの試みの大部分が(特に学界から生まれたものが)、不注意にもこのハードルで転倒します。このハードルを構成しているのは主に、古い普通の世界とそこに生息する退屈な人々の、官僚主義とプロセスに対する [主人公の] 焦燥感です。言い換えれば、主人公はまだ [「混沌とした移行の世界」の] 森から出ていないのです。

最高の追跡シーンのいくつかがこの時点で来ます。主人公は、彼が妙薬や宝物を盗んだ相手の、復讐に燃える勢力によって追跡されるのです。これは、ルークと友人が、レイア姫を携え、ダースベイダーを倒す計画を持って、デススターから脱出するときの追跡です。英雄とその同盟者たちは、この時点で物事を行うための新しい方法を完全に「取得」しており、旧世界の住民たちみんながどうしてもろ手を挙げて走って来ないのか、その理由を理解できません。

彼らの多く(ほとんど?)が走ってやってこない理由は、あなたの新しい世界がまだ彼らの古い世界よりも良く見えないためか、あるいは、「くそっ、ここで快適にしていたのに、お前がやって来て俺を無理やり変えさせたんだ」といったことです。繰り返しになりますが、これは事前警告/事前防備の強力な事例として覚えておくべきことです。あなたは、するべきことの山を越したと思っていますが、実際にはすべての厳しくつらい仕事はまだあなたの前にあります。「帰路」は「詳細(Detail)」と呼ばれる悪魔が支配している道です。

(10) 再生(Resurrection)

以前の「試練」と同様に、ここには(私たちの)ICMMプロジェクトチームにとって、もう一つの(望むらくは、まだ比喩的に)生きるか死ぬかのときがあります。この重要な段階を「帰路」の試練や苦難と区別する良い方法は、あの段階では、周囲のみんなが変化の必要性とあなたの解決策の利点を明確に(形のあるレベルで)理解していることです。彼らはあなたの指示にはっきりとうなずきさえし、「分かった」とあなたに言い、物事を行うための新しい方法を実装するという明白な動きをすべて経験するかもしれません。[つまり一つ前の] 「帰路」ではあなたは彼らの考え(理性)を捉えました。

しかし、あなたがかれらの心(感情)をも捉えることに成功するか、それともあなたがつぶれる(完全に失敗する)かは、この「再生」の生か死かの場面の間だけです。私たちはここでまさに「人々は奇妙だ(わからないものだ)」という領域に戻っており、古いJ.P. Morganの言葉「人は2つの理由で決定を下します。正当な理由と、本当の理由です」。これまでにあなたが行ったことは、他の人々に変化するための「正当な理由」を与えたことですが、あなたがまだしなければならないのは、彼らに「彼らの本当の理由」を与えることです。言い換えれば、それぞれの外的な(外から見える)変化は、究極的に、すべての利害関係者の心の中での内的な(感情をも含んだ)移行を必要とします。…

(11) 妙薬を携えての帰還(Return With Elixir)

…私たち英雄(彼または彼女)が、その学んだことを、「普通の世界」の若い(将来の)英雄たち(の卵、ヒーローやヒロインたち)と共有するとき、です。私たちはいまや、私たちの「(S-カーブの)移行の旅」において、新しいS-カーブ上の転換点(Tipping point) に到達しました。文学の言葉でいえば、英雄が彼らの普通の世界に帰還したのです。しかし、もし、その特別な世界からの「妙薬」、宝物、あるいは何かの教訓が一緒に戻ってこなければ、彼の冒険は意味がないでしょう。

知識や経験だけの場合もありますが、彼が妙薬や何かの恩恵を人類に持って戻ってこない限り、彼はそうするまで冒険を繰り返す運命にあります。多くのコメディーはこのエンディングを使用し、愚かな登場人物が(その経験から)教訓を学ばず、最初に彼を困らせたのと同じ愚行に再び乗り出します。ときには、恩恵は、冒険旅行で獲得した財宝、あるいは愛、あるいは特別な世界が存在し、生き残ることができるという知識だけです。ときには、面白い話を持ち帰るだけです。(私たちの) ICMMの「旅」では、(恩恵は、イノベーション能力成熟度モデルの)新しいレベルの能力が、「私たちがここでものごとを行うやり方」になるということです。…

(12) 普通の世界(Ordinary World)

…このような次第で、私たちは新しい世界で幸福で、満足しています。ときおり、以前に馴染んでいた、いまや古く劣っているやり方を懐かし気に振り返り、新しく馴染んだシステムの利点を享受し、そして(望むらくは)次の「冒険への召命(CallToAdventure)」に備える覚悟を決めています。

 

 

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4.1.1 進化のS-カーブ

4.1.3 S-カーブのジャンプ

4.2.1 Campbell の研究

4.2.2 英雄の旅

4.2.3 英雄の旅の12の段階

編集後記

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最終更新日 : 2021. 2.16     連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp