Darrell Mann : ICMM Book 1. はじめに |
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『イノベーション能力成熟度モデル (Innovation Capability Maturity Model (ICMM)) 入門編』 第1章 はじめに |
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編集ノート (中川 徹、2021年 2月 3日)
Darrelll Mann の本の第1章です。章の中の節や見出しの大部分は訳書でつけたものです。本ホームページでは、章内の詳細目次を初めに示して、それから導入のための簡単な解説をつけて、すぐに本文に入るように、配置します。もし、少し長い注釈や討論が必要と判断しましたら、本文の後の編集後記に記述いたします。
なお、訳文中の、( )は著者の挿入句など、[ ]は訳者の補足です。(意訳や直訳を避けて)文の論理に細部まで忠実で、読みやすい(わかりやすい)訳を心掛けています。節以下の見出しを付け、文中の重要語句を太字にし、ところどころに段落の区切りを追加して、全体の構成を分かりやすくしております。
本章の詳細目次
第1章 はじめに
(1) 製品/サービスにおける失敗 (2) 市場の需要における失敗 (3) 市場へのルートにおける失敗
(4) 生産手段における失敗 (5) 調整における失敗
本章への導入 (中川 徹、2021. 2. 4)
著者は、まず「イノベーション」を、「成功したステップチェンジ(階段状の変化)」 と定義します。「成功」とは、何らかの考えからスタートして、ものやサービスを創り、それがお客さん/世の中に受け入れられて、利益が得られないといけません。始めから終わりまでを測って、初めて成功が分かります。階段状の変化というのは、今までのもの(やその考え方)の線上での改良とは違って、非連続的な飛躍(ジャンプ)を意味します。
著者は、90年代後半以後、本書出版(2012年)までの、大規模な調査研究(特許・科学情報・マネジメント本など)とコンサルティング活動を通じて、企業等の問題解決を支援するとともに、イノベーションの失敗例も成功例も見てきています。そして、いま、組織にとってのイノベーション能力もまた、段階的に発展することを見出し、それをICMMモデルとして表現したのだと言います。
著者の膨大は調査データから、イノベーションが失敗した理由を、5つに分類し、その割合を示しています。ふつう私たちは「できた製品やサービスが十分良くなかったからだろう」と思いますが、それは第一の理由ではないと著者は言います。ぜひ読んでみてください。始めから終わりまでに、100の活動があるとしたら、そのうち一つの活動がうまく行かなくても、イノベーションは成功しない。それらをきちんとやるためには、組織全体の、特に経営陣とリーダーシップチームの責任が大きい、と言います。
階段状のジャンプをすることは、今まで常識と思っていた知識・方法・考え方の前提を破ることです。常識に反すること、直感に反すること、今までのルールを壊すことです。それは、適用技術の細部だけでなく、組織全体の考え方についても(順次)必要になります。だから、イノベーションは簡単には成功しない、イノベーションを起せる組織は簡単にはできないのです。それを、どのように考え、どのように活動を積み上げていくとよいのかを、本書で説明しているのです。「(常識の)ルールを破るためのルール(やり方)」を明らかにしたのが、本書のICMMモデルであると、著者は提示しています。
2012年(9年前)の出版です。もっと早くに学んでおくべきだったと、つくづく反省しています。
導入(中川) | 1.4 根底の問題 |
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英文ページ |
原著第1章の和訳
第1章 はじめに
「イノベーションについての多くの内情報告は矛盾しており、
さらに多くは事実ではなく、そして大部分は不確実です。」
Clausewitz (Redux)
1.1 イノベーションの定義
「イノベーション」。ビジネスの世界で、一つの単語がこれほど多くの心痛と混同を引き起こしたことは今までになかったように見えます。いま、地球上のビジネスや政府のリーダーのほとんど誰に尋ねても、彼らはそれが必要だとあなたに言うでしょう。しかし、つづいて、彼らが求めていると思っているものが何かと尋ねると、その結果はふつう唖然とした沈黙です。この言葉の定義は、その主題でのマネジメントの書物の数とほとんど同じくらい、多くの違ったものがあります。その数は現在、年に約1500冊です。
「イノベーション」の定義として、本書と「イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)」一般とで私たちが使うのは、次のような非常に単純なものです。
イノベーション = 成功した階段状の変化(Successful Step-Change)
3つの単語で、二つの重要な概念からなっています。その第一は、イノベーションがある成功した成果をもたらす、ということです。ビジネス用語では、それはプラスのROI(投資利益率)と利益を意味します。政府やNGOの用語では、投資された資本に対する正味のプラスのリターンを意味し、あるいはもっと軽いことばでは「[収支の] 差をプラスにすること」です。
私たちの定義のこの部分が要求しているのは、イノベーションは完全な初めから終わりまでの方法でしか正当に測れない、ということです。私たちは洞察のアイデアの最も小さな種から始め、資金を調達し、アイデアのプロトタイプを作り、それを守り、市場へのルートを構築し、お金を払ってくれるお客さんに届ける、というすべてのつらい経験を経て、そして、それまでに私たちが注ぎ込まねばならなかったより以上のものを、お客さんたちが私たちに与えてくれている、という地点まで到達しないといけないのです。
この定義では、「発明」、「創造性」、「新技術」、「ブレークスルー」、あるいはその他の同様な無数の単語の何ひとつ、「イノベーション」とは解釈できないのです。それらは必要な要素かもしれませんが、十分では絶対にないのです。イノベーションは、最初から最後までを測ってはじめて、正当に認められるのです。
第二の重要な概念は、イノベーションがステップチェンジ(階段状の変化)に関するものだ、ということです。すなわち、ある種の非連続なジャンプをすること、に関わるものです。私たちはこの定義を使って、革新する(イノベーションを起こす)行為と最適化する行為とを区別しようとしているのです。製品、プロセス、サービス、およびお客様に価値を提供するために私たちがやっているすべてのことを最適化することは、組織生活の重要な側面ですが、イノベーションとは何の関係もありません。最適化とは、既知のルールを適用して、最小限の入力から最大限の利益を引き出し、悪影響を最小限に抑えようとすることです。イノベーションとは、 [前提されている] それらのルールを破ることです。
この「成功した階段状の変化」という見方を、数十万件のイノベーションの試みすべてに適用したとき、それらの大多数が失敗する運命にあることが、私たちにはすぐにわかります。現在、累計で350万件をわずかに越える、全世界の全分野の案件の調査をしました。それは、新しい製品、サービス、広告キャンペーン、プロセス、詩、歌など、お客さんが欲しがるだろう有形/無形のすべてのものに関わっています。それらにおいて「成功した階段状の変化」を創り出す可能性は、ルーレットの回転台で正しい番号を当てるのと、おおよそ同じ程度です。
別の言い方をしましょう。現在、すべてのイノベーションの試みのちょうど98%弱が、失敗に終わるでしょう。繰り返しますが、これは初めから終わりまでで測ったものです。革新的なアイデアのうちの一定割合のものは、開発プロセスの最後まで到達することは決してありませんから、それらはお金を払うお客さんたちの目に触れることはありません。これはおそらくそれほど驚くべきことではありません。衝撃的な事実は、お客さんたちに見つめられるところまで行ったソリューション(製品やサービス)のちょうど95%弱が、それらのお客さんたちに、ポケットに手を入れるまでにさせなかった、ということです。
1.2 イノベーションが失敗する原因を求めて
過去16年間以上、私たちは、人間の努力のほぼすべての領域で、世界のほぼすべての地域で仕事をして、組織がイノベーションを起こすのを支援する試みをするという、特別な機会を得てきました。しかし、その中でより多くの場合に、[イノベーションを目指した] 果敢な努力のいかに多くが、なぜそのように僅かの成功確率で終わるのかを、彼らが理解するのを助けることを試みました。
「平均」を測るどんな場合でも同じですが、一部の組織は平均よりも優れており、他の一部の組織は平均より劣っています。繰り返しになりますが、私たちは広い範囲の諸組織と仕事をしなければなりませんでした。一方には、政府や大学のスピンアウトで、(極端な場合には)10年以上も試行して、「成功した階段状の変化」を実際上1回も持っていませんでした。他方、Apple、3M、Procter&Gamble、Intel、Virgin、WL Goreなどの業界スターたちは、失敗するよりも、成功することが多いように見えます。私たちは、そのような機会を与えられ、文字通り地球上で最も優れた頭脳の何人かの人々と一緒に仕事をしたことを、非常に光栄に思います。そして、イノベーションの世界の陰の部分の無数の紆余曲折を解きほぐし、いま私たちが16年の歳月を経て、イノベーションの成功の基礎を成しているDNAであると信ずるに至ったものを、解明するために尽力したのです。
「イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)」は、それらの新しい知見と、いくつかの明確に異なる段階をもつ「イノベーション能力の(成熟を目指した)旅」という話とを、一緒にしたものです。要するに、私たちの組織がイノベーションを起こす能力は、あなたの組織内に存在する、あるいは存在しない能力に完全に依存しているのです。
良いニュースは、どんな組織もイノベーションを起こすことができるということです。悪いニュースは、あなたの組織の現在の構造の能力を超えて何かをしようとすると、苦労して稼いだお金を捨ててしまうことになるだろう、ということです。あなたは成功しないでしょう。それでも、あなたができることは、あなたの現在の能力の上に、それらをその次のレベルに段階的に変化させる能力を作ることです。ICMMは、異なるステップを記述し、もしあなたがあなたの組織をその次のレベルに引き上げたいなら、どうしても実行する必要のある「旅」についても記述することです。それはまた、厳しい仕事と「近道のない」土地に関わっています。
しかし、いくつかの良いニュースがあります。誰かが、どこかで、あなたに代わって、すでに何マイル分かの厳しい仕事をしてくれたことです。近道はありませんが、非常に確実に普遍的で、再現性があり、反復可能で、構造化されたステップがあり、それはあなたの組織に組み込むことができ、また、あなたの利害関係者たちが要求するイノベーションの目標を、あなたが達成できるようにします。
そして、人々がそれを要求します。任意の会社の年次報告書や求人広告、あるいは政府の構想をごらんなさい。するとほぼ確実に、「イノベーション」という言葉がいたるところに掲げられているのを見るでしょう。「成功した階段状の変化」についていえば、錯綜した(complex) システムにおいては、(疑いもなく私たちはみんな、絡み合って錯綜したシステムのネズミの巣の中にいるようなものです)一つの所での階段状の変化は、不可避的にどこか他の場所での階段状の変化の必要を創り出します。すべてのイノベーションは波紋を創り出す。ときには津波を創り出す。進化生物学者たちは、過去40億年以上にわたるこの地球上の生命の進化をプロットするときに、「断続した平衡」という表現をしばしば使います。長い時間の期間、まったく何も起こらないように見え、そして、バンと(ときには、恐竜たちの絶滅のときのように、文字通りバンと)一つの階段状の変化が何百万という階段状の変化という連鎖反応を創り出します。
これは、惑星の生態系の場合のように、すべてのものが他のすべてのものと接続されているときに起こることです。産業革命以来ずっと、私たちはみんな、これらの断続した平衡の期間の一つに住んでいたと言っても過言ではありません。半導体の出現が別のステップチェンジの革命を引き起こしたとしたら、それは情報に関するステップチェンジです。ステップチェンジがもっと多くのステップチェンジの上に積み重なっており、私たちはいま、自分たちが津波の領域に存在しているのだと思われます。私たちの将来予測はすべて、このイノベーションの津波に含まれるエネルギーが、少なくとも今後15年間増加し続けるだろうことを示唆しています。その後、(天のみぞ知るですが、)ステップチェンジのドミノ効果が落ち着き始めるのでないかと、私たちは思っています。
15年というのは、長い時間でもあり、短い時間でもあります。進化論的には、もちろんそれは無視できる時間です。企業に関して言うと、おそらく5人以上の異なるCEOの在職期間であり、(組織の平均寿命が短くなっていることを考えると)大部分の企業の寿命ほぼ半分と言えるでしょう。これらの2つの考えを念頭に置いて、いまがICMMのストーリーを広めるのに適切な時期であると、私たちは信じています。
今日以前には、私たちは錯綜した(complex) ものについて、それを主題にして何かを言えるほどの十分な理解を持っていませんでした。今後の15年間では、組織が製品、サービス、プロセス、そしておそらくさらに精神や世界観を革新する能力といったものが、それらの組織が15年後も存続しているかどうかを決定するものになるでしょう。現在および将来の競合他社(なお、これから見ていくように、厄介なことには、私たちのレーダー画面の外の青空から現れてくる傾向があります)よりも、迅速かつ効果的にイノベーションを起こす能力が、ビジネスの成功の主な推進力になるでしょう。イノベーションの試みの98%という失敗率は、10年前は許容できた(「生き残り可能」という方がおそらく適切)かもしれませんが、今日の、不況後で(もうすぐ別の不況がやってくることを心配しないでください)、 光速でグローバル化された経済においては、もはや絶対に許されることではありません。イノベーションはいままでアート(技)でした。今こそ、私たちがそれを再現可能な科学に変えるべきときです。
錯綜(complexity) と錯綜した(complex) システムは、このICMMに関する話の全体でたびたび繰り返されるテーマになるでしょう。私たちが生きているいまの時代は(歴史的に見れば)、文字通りすべてのものが他のすべてのものにつながっています。このことが、イノベーションの試みがこれほど沢山(高い比率で)失敗する一つの理由です。私たちがシステムの一部に、それが [システム中の] まったく異なる部分となんらかのことで繋がっていることを知らないまま、一つの変更を加えてしまいます。
おそらく、他の何よりもイノベーションの試みを失敗をさせる唯一のことは、KISSの指針です。「Keep It Simple, Stupid (単純化して考えろ、馬鹿!)」は、多くの組織にまたがっていまなお受け入れられている教義です。それは錯綜した(complex) ものを扱う大いに論理的な試みです。ただし、うまく働きません。一つの問題を、不便にしていたり、あるいは人生を難しくしているように見える諸部分を、無視や消去するだけで単純化することは、絶対に不可能なのです。もし、意味のある成果を達成したいなら、不可能です。
「すべての錯綜した問題には、一つの単純な間違った答えがある」
Niels Bohr (物理学者)彼が言わなかったことは、単純な問題というのはもはや存在しないということでした。私たちがステップチェンジの領域で作業している場合には、存在しないのです。
1.3 イノベーションが失敗する5つの主な理由
図1.1は、98%の失敗したイノベーションの試みが、どこで失敗したのかを、比較的大まかに内訳として示したものです。大まかであるにもかかわらず、それらは(単純化せよという)KISSの指針が誤りであることを示しています。
図1.1: イノベーションが失敗する5つの主な理由
これらの5つの要素のそれぞれをもう少し詳しく調べて、イノベーションプロセスの明らかに生来の困難(と見えるもの)について、これらが何を語っているかを見てみましょう。
(1) 製品/サービスにおける失敗
まず、ほとんどの人が失敗カテゴリの中で最も驚くべきものであると考えるものから始めましょう。「より理想的な製品またはサービスがない」ことです。「驚くべき」と言いました理由は、ほとんどのリーダーの頭の中でまだ、イノベーションという言葉が、依然として、高価なR&D(研究・開発)チームと強い連想力を持っているからです。白い実験衣を着て、奇妙な実験をし、ずっと高価な研究施設で働いています。だから、間違いを起させるのは実験用のラットのせいだ、と仮定する強い傾向が出てきます。それは結局、大いに不正確な認識になります。適切なソリューションを提供できないという失敗は、5つのカテゴリのうちの3番目に大きいものであり、イノベーションの試みが失敗する全体的な理由の20%未満にすぎません。
(2) 市場の需要における失敗
2番目に大きな失敗原因は、事後に分かったことで、私たちが(可哀そうな)R&Dチームに「間違った問題を解決するように与えた」という事実であることが判明しました。これはパイ図(図1.1)の「市場の需要」の部分であり、(私たちが製品、サービス、プロセス、その他のビジネスのどれを扱っているかに関係なく、)イノベーションの種を蒔くのは通常イノベーションを開始する前だということを、私たちに教えてくれます。
したがって、このカテゴリは、お客さんたち(既存あるいは新規の)が実際に何を望んでいたかを、私たちが理解するのに失敗したことに関わるものです。確かに、彼らは私たちに言ったかもしれません。彼らが私たちに言ったと思いましょう。そして、私たちはおそらく彼らに尋ねたと思っていました。しかし、悲しいことに、「顧客の声」を聞く世界は、お客さんたちが、彼らが本当に何を望んでいるのかをあなたたちに言うことが、通常、できない、そしてたいてい、したくない、という事実に関連した問題に満ちています。
後にさまざまなICMMレベルを検討しているときに、この問題を解決するのになんらかの真剣な対処ができるのは、組織がICMMレベル4に達してからだ、ということを示しましょう。確かに、その前の段階から適用できる小道具やコツはありますが、[イノベーションのための] 一連のプロセスにおいて、市場の需要の部分を正しくするために何かできるかということになると、私たちはいまなお高いリスクを負っていることを見出すでしょう。
(3) 市場へのルートにおける失敗
パイ図での最大の部分は、「市場へのルート」の問題です。このカテゴリのサイズは、中小企業や学界からのスピンアウトたちによるイノベーションの試みによって、多少偏って [大きく見えて] います。どちらも古典的な罠に陥る傾向があります。すなわち、彼らは市場で入手可能なものよりも「優れた」アイデアを試み、開発しますが、既成(権力)のプロバイダーたちがこれらの新興企業の成功を許すような気持ちをまったく持っていないことを、思い知らされます。
ここでの恐ろしいパラドックスは、小さくて新しいプレーヤーが成功する可能性が最も高いのは、秩序破壊ゲームをやることです。それはつまり、「より劣った」ソリューションで登場することを意味します。ここでも、通常、ICMMストーリー全体のレベル3または4までならないと、これらの組織が、現在の「常識的な」方法の愚かさを学び、「すでに市場に出ているものよりも劣ったソリューションを作ることによって、「市場へのルート」についての評価基準にパスすることをしなければならない」という、非常に直感に反する考えを生きる方法を見つけることができません。[以上は] 真実の全体ではありませんが、ICMMレベルの説明の章で完全なストーリーに至る前に、考えを植え付けるには十分でしょう。
(4) 生産手段における失敗
イノベーション失敗メカニズムの上位5つの中でその次に来るのは、「生産手段」のカテゴリです。名前が示すように、これは古典的な発明者の問題(欠点)であり、美しくエレガントな実験室ソリューションを構成できるが、そのすべてのものがどんな経済的な意味でも十分安価に製造可能であるという見通しを、ほとんどあるいはまったく持っていない、という問題です。
(5) 調整における失敗
最後に、[イノベーション失敗メカニズム] のリストの第5位は、「調整」の問題です。これは、イノベーションプロジェクトチームに関わるカテゴリであり、経営陣とリーダーシップチームが、他の4つの重要な要素のそれぞれを互いに話し合うようにさせ、十分に調整して、適切なことが適切なときに適切な価格で行われるようにするということが、十分にできなかった場合です。
これは5つの [問題] グループの中で最小ですが、イノベーションゲームがいかに残酷であるかを、私たちに思い出させるものです。いま仮に、ある一つの手がかりあるいは洞察があって、お客さんの需要で満たされていない、または十分にサービスされていないものがあり、それを利益の上がる最終結果に作り上げるまでに、100の活動を実行する必要があったとしましょう。すると、そのうちのたった一つの活動がうまくできなかっただけで、私たちは無一文になってしまうのです。ある歌のことばがあります「99そして(いま)半ば [まだまだ険しい]」。だからこそ、KISS [「単純化して考えろ、馬鹿!」という指針] には、延び延びになっていた親しい別れのキスをする必要があるのです。ICMMレベル1であっても。
1.4 失敗要因の根底とイノベーションの基本的な性格
さて、KISSがするべきでない、間違ったことである、というこのすべての話は、もし私の組織がその事実から離れて先に進む準備ができていなければ、私の助けになりません。もし、私が知っているのがKISSだけなら、KISSは私ができるすべてです。ICMMフレームワークは、このメッセージおよびその他の関連する種類のメッセージを完全に理解しています。それが、多段階の「旅」というアイデアに基づいて構築されている理由です。もしあなたの組織がまだその「旅」の相対的な始まりにある場合には(私たちはすべての組織の約90%がこれにあてはまるようにレベルを定義しました)、あなた(私たち)はそれを基盤としてその上に構築しなければなりません。KISSはイノベーションの失敗につながる必要はありません。それは単に(ha!)、成功することが期待できるいくつかの段階的変化にわずかの違いがあり、私たちができないことが沢山あることを意味します。
しかし、それから、(私たちの話のもう1つの重要な部分ですが、) 何かについて成功できない [と書いてある] からといって、それを試すべきでないという意味ではありません。世界最高のイノベーターでさえ失敗することがあります。真に最高の人たちはその失敗を自分のプロセスに組み込みます。失敗(特に理にかなった失敗)は、実に、成功するイノベーション戦略の本来の側面と考えることができます。錯綜した(complex) システム(またまた出てきた言葉ですが)では、ある種のことは予測できません。そこに出かけて行き、実験を行い、システムを促してみない限り、あなたには決してわかりません。ある種の「失敗」は、データを取得するために意図的に設計された試みです。また他の「失敗」は、境界を探索するための意図的に設計された試みです。私たちのお気に入りのクライアントの一つの多国籍企業は、(彼らのイノベーション哲学の一部として)失敗率の目標値を持っており、「もし彼らがときには失敗していないなら、お客さんたちが何を欲し、何を欲しないかの境界を見つけられていない」という認識を持っています。
ああ、顧客。このICMM入門のほぼ最後の部分です。システムの錯綜度(complexity)がさらに1桁増加します。顧客はあなたの組織(の商売)を成り立たせる唯一の人ですが、(もう一つの大きなパラドックスとして)あなたが最も必要とする人は、しばしば、自分が何を欲しているかを伝える能力が最も低い人です。確かに、彼らはあなたに、「より速く、より軽く、あるいはより安く」と伝える仕事では素晴らしいです。しかしそれらの情報は、あなたのオプティマイザー(最適化を仕事とする人たち)が必要とするものであり、あなたのイノベーター(イノベーションを仕事とする人たち)が必要とするものではありません。顧客は、ステップチェンジ(階段状の変化)についてあなたに話すことは本来的に下手です。ここにもう一つの恐ろしいパラドックスがあります。「顧客の声」を聞くことは、ほとんどの組織で再び常識的な教義です(いったい、どのマネージャーが上司の所に行って、「顧客の声を聞かなかった」と言うでしょうか?)。しかし、もしあなたがステップチェンジを成功させようと熟考しようとしているならば、[顧客の声を聞くことは] ほとんどいつも、するべきではないことです。ICMMのあるレベルを超えると、この事実はビジネスをするやり方の中にしっかり組み込まれているようになります。しかし、そうなるまでは、あなたが徐々に理解し、最終的に解決して行かねばならない一つの問題であるでしょう。
これは私たちに、この「イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)」の文脈設定の導入部における最終のポイントをもたらせます。あなたがここまでに読んだ内容の多くが、おそらくあなたの「常識的な」世界観を揺るがせて不快にしたことでしょう。そして、さらに数ページをあえてめくると、きっともっと沢山読むことになるでしょう。この耳障りな(揺るがせる)効果が存在するのは、イノベーションの話の非常に多くが、直感に反するアイデアや概念を含んでいることが判明したためです。
常識というものは、通常良いものとして引用されます。実際、私たちの生活のほとんどにおいて、それは役に立っています。たとえば、交通量の激しい道路を安全に横断したり、アイロンをかけているときに電話が鳴っても耳にやけどをしなくて済んだり、を可能にしています。常識とは、ルールやヒューリスティックスとして機能しているものです。
しかし、イノベーションは、(この非難の議論の始まりを思い出してほしいのですが、)基本的に諸ルールを破ることです。それらを「壊すためにそれらを壊すのではなく、より良いルールを見つけるために壊す」のです。私たちの脳はルールとパターンが大好きです。ルールとパターンは、私たちが物事について考える必要がないことを意味し、私たちはみんな、考えないことがともかく大好きです。しかし、もし私たちがイノベーターになろうと思えば、イノベーションの言葉の定義「成功したステップチェンジ(階段状の変化)」からして、ルールを破ることが、私たちが身につけなければならない考え方(精神)です。幸いなことに、ここには、あなたがたが本書の後続の章(そして願わくはあなた自身のICMMの「旅」)に進むときに、持っていってほしいと私たちが願う一筋の希望があります。私たちは本書で、「ルールを破るためのルール」を明らかにしたのです。
導入(中川) | 1.4 根底の問題 |
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最終更新日 : 2021. 2. 6 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp