総説: 世界のTRIZ


世界のTRIZ: 歴史、現在の状況、今日の課題

Valeri Souchkov (ICGトレーニング&コンサルティング、オランダ)
第 8 回国際会議「TRIZ:適用実践と開発の課題」(2016年11月11-12日、モスクワ) 基調講演 

ICG T&C ホームページ掲載: https://www.xtriz.com/ 

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学) 2020年 8月 6日

掲載:  2020.8.10;  更新: 2020. 8.14

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  編集ノート (中川 徹、2020年 8月 8日)

本編は、Valeri Souchokov (オランダ)の2016年の論文を和訳したものです。同氏はTRIZマスターであり、ベラルーシの出身で、オランダに拠点を置き、全世界にわたってTRIZと体系的イノベーションの、コンサルティング・トレーニング・教育・普及活動をしています。同氏の経歴と活動の様子は、この論文の至るところに出てきます。1989年にベラルーシのミンスクでInvention Machine Lab. (後に Invention Machine Corp.) が設立されたときの、共同創設者の一人であったこと。1993年にオランダに来て、大学と共同研究をし、ヨーロッパのTRIZ研究ネットワークを作り、大学でのTRIZ教育にも携わってきたこと。TRIZのトレーニングとコンサルティングをする中で、さまざまな問題に出会い、TRIZの適応力を拡張するために、いろいろな方法の開発を進めてきたこと。とくに、技術以外のビジネスやマネジメント分野への適用を進めてきたこと、などなど。

私は、Valeri Souchokov 氏に学ぶことが多くあり、同氏の論文・編著などを和訳して本『TRIZホームページ』に以下の記事を掲載しています。[1] TRIZの四つの見方(1999)、[2] SlamatovのTRIZ教科書(英語版Souchkov編)の翻訳出版案内と資料 (2000)、[3] TRIZの歴史の概要 (2008)、[4] ビジネスとマネジメントのためのTRIZによるブレークスルー思考 (2014) [訳(2016)]。そして今回の[5] 世界のTRIZ (2016)[訳(2020)]。また、これらの縁があって、世界TRIZ関連サイトプロジェクト(WTSP)のGlobal Co-editorの一人として加わってもらっています 。同氏のWebサイトには、「A short introduction to TRIZ and xTRIZ by Valeri Souchkov」という15分のビデオが掲載されていて、TRIZ の基本と、その後に彼が発展させたもの(xTRIZ) のテーマを分かりやすく話しています。

本論文の内容は以下の目次のように、充実したものです。なお、私自身の観点からのコメントを、本ページの末尾に「編集ノート追記」として付記しました。ご参照下さい。

 

目次:  世界のTRIZ: 歴史、現在の状況、今日の課題 

はじめに

1.  旧ソ連の国々を越えたTRIZ普及の歴史

1.1. TRIZの拡大の諸段階

1.1.1.  第1段階: ソフトウェア製品
1.1.2.  第2段階:  学術環境での関心  
1.1.3.  第3段階:  専門家コミュニティの関心、企業の設立、TRIZサービスの提供 
1.1.4.  第4段階: TRIZネットワークと協会の発展 

1.2.  TRIZ拡張の地理

1991年: アメリカ、  1995年: 西ヨーロッパ、  1999年: 韓国、   2009年: 中南米・中東、  2010年: 中国

2.  現在の状況

2.1.  産業界のTRIZ

2.2.  TRIZと教育 (学術教育と専門(職業)教育)

2.2.1.   学術教育 
2.2.2.  専門(職業)教育
2.2.3.  遠隔学習

2.3.  TRIZと科学

2.4.  非技術分野のTRIZ 

3. 今日の主な課題

3.1 .  市場でのTRIZの位置付け、TRIZ市場、および市場セグメントに関連する理由:

3.2  TRIZに直接関連する、種々の理由:

3.3.  現代のビジネス環境へのTRIZの統合に関連する理由:

結論

謝辞

参考文献

 

(なお、本ページ末尾の、編集ノート追記(中川のコメント) も参照下さい。)

 

本ページの先頭

世界のTRIZ (先頭)

1.TRIZ普及の歴史

2.現在の状況

3.今日の課題

結論

参考文献

編集ノート追記(中川)

英文ページ 


 

 総説: 世界のTRIZ  

世界のTRIZ: 歴史、現在の状況、今日の課題

Valeri Souchkov (ICGトレーニング&コンサルティング、オランダ)   

第 8 回国際会議「TRIZ:適用実践と開発の課題」(2016年11月11-12日、モスクワ) 基調講演

ICG T&G ホームページ掲載:   

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学)、2020年 8月 6日

 

この論文はもともと、2016年11月11〜12日にロシアのモスクワで開催された第 8 回国際会議「TRIZ:適用実践と開発の課題」の基調講演として発表され、その会議録に掲載された。(Kudryavtsev A.編: ISBN 978-5-906845-80-8、ロシア語)

  

はじめに

2016年という年は、まず、TRIZの創立60周年の祝いの年です。1956年に、Genrich Altshuller がTRIZに関する最初の論文「発明的思考の心理学について」を発表しました [Altshuller 1956]。第二に、25年前に、TRIZはその創生の地、旧ソ連の国々を越えて、(世界に)その旅を始めました。

本論文で、私が試みたのは、この25年間のTRIZの世界的拡大の間にTRIZの進化に影響を与えた重要な諸要素と、その結果としてもたらされた、現在のTRIZとそのコミュニティについて、まとめることです。

一方で、それは随分と長い期間であり、多くのことが達成されました。他方では、TRIZは複雑な、知識集約、情報集約型の分野であり、その開発・理解・実装には多大の時間と努力を必要とします。

この論文では、TRIZの内部の詳細については議論せずTRIZがそのスーパーシステムとどのように相互作用してきたかに焦点を当てています。この点をはじめに注意下さい。

 

この記事の最初の部分では、この25年間の全貌について、私自身の体験を通して見ておこうと思います。本論文の書式は限られていますので、重要な事実のすべてに言及・説明することはできませんし、すべての名前を挙げることもできません。そこで私は、今日の状況を創り出した主要な諸事項とクリティカルな諸側面に大部分の焦点を当てました。

この論文の第2部では、TRIZをビジネス、科学、教育の中に統合することの、現状の分析に焦点を当てています。また、TRIZの開発・普及・採用に関連する事項についてもまとめていますが、それは私の同僚たち、ビジネスパートナーたち、そして顧客たちとの、TRIZの一層の改良と開発に関する多くの話し合いや議論の中で、明確になってきたものです。現在の課題を克服する方法についても、いくつかのアイデアに言及しています。

 

  

1.  ソ連の国々を越えたTRIZ普及の歴史

 

1.1. TRIZの拡大の諸段階

1991年から2016年までの間での、TRIZの国際的な普及に貢献したことを、便宜的に4つの段階に区別できます(図1)。これら4つの段階のそれぞれについて、以下で詳しく説明します。

 


図1. TRIZの世界への普及の4段階。プロセスに関与した主要な企業・組織の例を含む。

 

1.1.1.   第1段階: ソフトウェア製品

TRIZは1980年代にソビエト連邦の外で初めて提示されました。それは、Genrich Altshullerのいくつかの本で、英語とドイツ語で出版されたものです。当時は広く普及しませんでしたが、いくつかの国では、主に学術的環境にある人々が、Genrich Altshullerの仕事に興味を持つようになりました。

TRIZに関するメッセージを発した先駆者は、間違いなく Invention Machine Corporationでした。それは1991年にベラルーシのミンスクで、Invention Machines Labという会社によって設立されました。ミンスクに拠点を置くその企業が、Invention Machine ™ ソフトウェアをリリースしたのですが、それは、ソフトウェア開発者のチーム、Nikolai Khomenko が率いるミンスクを拠点とするTRIZスクール、および、サンクトペテルブルク、キシネフ、クラスノヤルスクからの何人かのTRIZ専門家たち、の共同の努力によって開発されたものでした。その会社は、ロシア語を話すTRIZコミュニティ全体を、その活動に積極的に引き付けました。会社の創設者はDr. Valery Tsourikovであり、私はその共同創設者の一人でした。

その会社の海外進出は、売上の拡大を狙ったからという以上に、歴史的(あるいは経済的)な周囲の状況によるものでした。ソ連邦の解体の後、CIS諸国の経済は急速に衰退し始め、産業への投資は劇的に削減され、Invention Machine社の売上が減少し、会社は生き残る必要がありました。1993年に、Invention Machines Labの本社を米国マサチューセッツ州ボストンに移転しました。

米国でのInvention Machineの販売は、しばらくの間、望んだようにはいきませんでした。事実として、そのソフトウェアは、古典的TRIZツール群の助けによって問題を解決するための、優れた支援ツールでした。しかしそれは、既に十分にTRIZを習熟しているユーザーの手によってだけ、効率的に機能するものでした。問題の一つは、TRIZトレーニングを満足できるレベルにできなかったことです。Invention Machineソフトウェアパッケージの使用方法に関するトレーニングの期間はたった2日でした。それは製品についていくらか理解し、どのボタンをいつ押すかを理解するだけしかできませんでした。私たちはより長いトレーニングを提案できませんでした。なぜなら、米国企業は、ソフトウェア製品のトレーニングにそんなに多くの時間を費やす習慣がなかったからです。

Invention Machineの開発と同時に、同社はコンサルティングサービスを提供しました。そのサービスを担当したのは、Dr. Simon Litvinが率いるサンクトペテルスブルグのTRIZスクールのリソースを引き入れて創られた部門でした。

しかし、出発時期のすべての困難にもかかわらず、Invention Machine 社は、その活動の最初の数年間で非常に有名な顧客を多数獲得しました。キャタピラー、イーストマンコダック、フォードモーターカンパニー、モトローラ、プロクター&ギャンブル、ゼロックスなどの会社を挙げれば十分でしょう。1997年、Invention Machine 社は日本の三菱総合研究所と、そのソフトウェアを日本の大手企業100社に提供するという1300万ドルの契約を締結しました。松下、リコー、東京電力、トヨタ、その他がこのコンソーシアムに参加しました。1998年、著名なビジネス誌「Fortune」が、Invention Machine 社を米国で最も革新的な12社のリストに加えました[Fortune 1998]。

市場の要求に適応して、Invention Machineはその歴史を通じて常に発展しており、その製品の名称もまた変ってきました。まず、Invention Machine ™がTechOptimizer ™に変わり、ついでCoBrain ™、そしてGoldfire™Innovatorへと進化しました。2012年以降、Invention Machine Corporationは、技術情報分析の世界のリーダー企業の一つである、アメリカの企業IHS Markitに買収されました。現在、このソフトウェアは、IHS Goldfire ™ として知られており、主に大企業クライアントの市場向けに設計されています。IHS Goldfire™は、いまも古典的TRIZツールをサポートしていますが、主として意味解析検索エンジンの開発に焦点を当てており、さまざまな技術分野で関連する解決策の概念やアイデアを見つけることを目的としています [IHS 2016]。

 

Invention Machine Corporationが米国で設立されたのとほぼ同時に、TRIZベースのソフトウェア製品とコンサルティングサービスを提供する会社がもう一つ、1992年に米国で設立されました。Boris Zlotin と Alla Zusmanが率いるキシネフTRIZスクールを基礎にして設立された Ideation International社です。

Invention Machine社と同様に、Ideation International社 が会社として発展しその製品とサービスを売り込むためには、 米国市場への参入の高い障壁に関連する問題と課題を克服しなければなりませんでした。同社は、Ideation / TRIZ I-TRIZと呼ぶ独自のフレームワークと、それを支援するTRIZSoft ™ と呼ぶソフトウェアをリリースしました。そのソフトウエアは、問題解決システム Innovation Workbench ™、予測システムDirected Evolution ™、予想される障害の事前分析Anticipatory Failure Evaluation ™、その他のソフトウェアを含むパッケージです。同社の顧客の中には、BP Amoco、Boeing、フォードモーターカンパニー、NASA、ゼロックスなどの企業や組織があります。Ideation International社はいまなお存続しており、そのサービスと製品を引き続き提供しています[Ideation 2016]。

同時に、多数のTRIZマスターたち(すなわち、G. Altshullerの共同開発者と弟子たち)が、米国にやってきました。Victor Fey, Isak Bukhman, Gregory Ezersky, その他の人々です。彼らはそれぞれ自分の会社を設立し、TRIZベースのトレーニングおよびコンサルティングサービスを提供していきました。

TRIZの発展の歴史のより詳細については、[Souchkov 2015] を参照ください。

もし、TRIZが、ソフトウェア製品として販促されていなかったとしたら、旧ソ連を越えて、先進的かつイノベーション重視の国々に拡大することに成功したでしょうか?そのチャンスはずっと低かったと、私は信じます。特に、企業環境では、人材育成に多くの時間を投資する機会がなく、成果を財務実績のみに基づいて可能な限り短い時間で評価する必要がありますから。それにもかかわらず、当時のリソースの一つは、製造業の企業が、生産性向上のためのソフトウェアツールの投資に、随分の予算を割り当てていたことです。そのために、ソフトウェア製品が企業に浸透するチャンスが、(トレーニングやコンサルティングサービスの形でのみ提供される、方法や実践に比べて)ずっと高かったのです。この市場では競争が非常に激しく、どんな新しい方法やツールでも、それを継続的に広告・宣伝・更新する大規模な投資がない場合には、すぐに市場の関心がなくなる可能性があります。ソフトウェアベースではないTRIZ製品は、そのような準備がまったくできていませんでした。

他方、産業界ではなく、学術コミュニティがTRIZ普及のチャネルであった可能性がありますが、その分野でもまた課題がありました。それを次節に説明します。

     

1.1.2.   2段階:  学術環境での関心

「大企業がTRIZベースのソフトウェア製品を購入し、いくつかの成功例を作りだした」という情報が、ある時点で広がり始めました。そしてTRIZへの関心の第二段階が始まったのです。学術機関や大学が、TRIZについてもっと学びたいと考えました。その中には、University of Twente(オランダ)、Technical University of Strasbourg(フランス)、Ecole Polytechnique of Paris (フランス)、Wayne State University (アメリカ)、MIT - Massachusetts Institute of Technology (米)、KTH Royal Institute of Technology in Stockholm(スウェーデン)、Brno University of Technology (チェコ)、Technical University of Bergamo (伊)、Technical University of Florence (伊)、Royal Melbourne Institute of Technology (豪)、などがあります。一般に、技術系大学は産業界と積極的に協力していますから、TRIZに関する情報が学術界のチャンネルを通じてもまた広まり始めたのです。

1993年に私は、Invention Machine プロジェクトのコーディネーターとして、オランダに来ました。そこで、トゥエンテ大学とInvention Machine社との共同プロジェクトとして、人工知能の最先端の手段を使って、基本的なプラットフォームをさらに開発することを始めました。5年後の1998年に、プロジェクトはInvention Machine社の戦略変更により打ち切りになりました。同社はTRIZに関する高度な研究への投資を削減して、製品販売の資金を強化しようとしたのです。しかしその5年の間に、私たちは、国際的な知識交換チャネルにアクセスすることにより、学術環境でTRIZに関する情報を広く広めることができていました。1996年に、私たちはTRIZ European Research Network を設立しました。これは後に、欧州TRIZ協会(ETRIA)の母体の一つになりました

その当時のもう一つの重要なマイルストーンは、Dr. Ellen Domb (米) によるTRIZ Online Journal プロジェクトです[Journal TRIZ 2016]。それは、今日に至るまで、英語圏のコミュニティにTRIZ情報を広める主な情報源です。ジャーナルに掲載された記事へのアクセスは、いままでずっといつも無料で、登録の必要もありません。それは科学的ではなく技術的なジャーナルであり、その記事の質はさまざまであることを私は認めなければなりません。しかし、ジャーナルのそのような「民主的性格」は、英語を話す人の誰にでも、TRIZに関する情報に無料でアクセスできる機会を与え、自分の研究結果やケーススタディを発表する機会を与えています。

 

1.1.3.  3段階:  専門家コミュニティの関心、企業の設立、TRIZサービスの提供

TRIZ拡大の次の段階は、エンジニアリング製品とプロセスの品質向上の問題に取り組んでいたコンサルタントや専門家たちの間での、TRIZへの関心の高まりに関連していました。彼らは、品質改善問題への解決策を見つけることを加速するために、TRIZを使用するという機会に惹きつけられました。さらに、必要とされる解決策はTRIZの観点からは最高レベルのものではありませんでしたが、そのことがまさに彼らを惹きつけたのでした。-- TRIZは理想性のかなり高い解決策を見つけるのに役立ちましたが、それは実生活においては迅速な実装を意味しました。さまざまな国で、ロシア語を話すTRIZ専門家を呼ばないで、自分たち独自でTRIZベースのサービスを提供する企業が出現してきました。

ここで注目すべきことは、品質関連の問題を解決するためにTRIZを使用する機会が、まさに、世界にTRIZを広く普及させる原動力になったことです。当時、この分野が、その他のエンジニアリングの創造性を必要とする分野(例えば、新製品の開発)に比べて、ずっと強くTRIZに関心を持ったように見えます。それは、すぐに実装できる、シンプルだが実用的な解決策を見つけることが、非常に改善されたおかげで起こったことです。品質管理は依然として、TRIZが必要とされる主要な領域の一つです。Samsung、POSCO、General Electricなどの、いくつかのグローバル企業は、シックスシグマとリーン工学に基づいて構築した、彼ら自身の品質管理プロセスにTRIZを実装しました。

それと同時に、TRIZの普及とその習得に関連する一つの問題、つまり、TRIZの理論とツールのトレーニングに多大の時間を投資する必要があるという問題が、TRIZの簡略化したバージョンを提供する何十という会社の設立を導きました。SIT、ASIT、CreaTRIZ、USIT、DreamTRIZなどです。それらの企業の共通の戦略はありきたりのものです。TRIZを可能な限り単純化し、誰もが簡単に理解できる単一のツールを市場に持ち込み、迅速に推進して、競争相手を置き去りにする、ことです。それらは大成功にはならなかった。なぜなら、それらのバージョンの問題解決とイノベーション能力には、特に、高レベルの解決策が必要になるような問題の場合に、疑問が残ったからです。今日、これらのうちのいくつかは話を聞きません。

他方、世界市場で、コンサルティングサービスを提供し、それと同時に、TRIZの開発を続けた、リーディングカンパニーの一つが、GEN3(米国マサチューセッツ州ボストン)でした。同社もまたTRIZの修正バージョンを使っていますが、そのバージョンは単純化したものではなく、継続的なイノベーションに従事している企業や組織の要求に応じて、適応と一層の開発をしたものでした。GEN3が開発し、うまく立ち上げた新しいツールには、機能指向探索(Function-Oriented Search)、価値の主パラメーターの発見(Main Parameters of Value Discovery) など, があります。今日、TRIZサービスは、GEN3のスピンオフの会社GEN TRIZが提供しており、(Altshullerの元学生であり同僚である)Dr. Simon Litvin が率いています [GEN TRIZ 2016]。

同じ時期に、TRIZの出版物の数は急速に増加し始めました。特に、英語その他の言語による書籍の出版が顕著です。それらの中にはもともとロシア語で書かれ以前に出版された本の翻訳があります。例えば、Genrich Altschuller著のいくつかの書籍 (「The Algorithm of Invention」が英語で「The Innovation Algorithms」として出版された、また「And Suddenly the Inventor Appeared」)、Dr. Yuri Salamatov による本(「How to Learn to Invent」、英語では「TRIZ: The Right Solution at the Right Time」として出版)があります。さらに、新しい書籍が、ロシア語を話す著者とロシア語を話さない著者の両方で書かれました。その当時のロシア語を話す著者のものには、Boris Zlotin、Alla Zusman 著「Tools of Classical TRIZ」、Dr. Dmitry Savransky (米)著「Engineering of Creativity」が言及に値します。Darrell Mann (英)著「Hands-on Systematic Innovation for Technology and Engineering」の本が2001年に出版され、TRIZの普及に随分大きな衝撃を与えました。現在、TRIZに関する本のリストは随分長くなりました。2012年に、私のリストには、TRIZに関する本が、40の異なる言語で書かれた200以上のタイトルがあります。最近では韓国語、日本語、中国語、アラビア語での本が、活発に出版されています。

 

1.1.4.  4段階: TRIZネットワークと協会の発展

次の第4段階は、TRIZのネットワークと協会が、地域で、国際的に、また、企業レベルで作られた時期です。1998年、非営利のAltshuller Instituteが米国で設立されました。2000年には欧州TRIZ協会(ETRIA)が設立され、学術界と産業界のTRIZコミュニティ間の協力関係を発展させるという目標が立てられました。それ以来、TRIZの協会がほとんど至るところで出現しはじめました。フランスのTRIZ協会、ApeironイタリアTRIZ協会、ドイツ-オーストリアのTRIZ-Kampus、台湾の体系的イノベーション協会、タイのTRIZ協会、日本TRIZ協会、韓国TRIZ協会、さらにTRIZ協会がインド、メキシコ、マレーシア、ポーランドでも作られています。

 

図2。 MyTRIZマレーシアTRIZ協会は、隔年でTRIZに関する会議を開催しています。
800人以上の参加者が会議に出席しました。

地域の協会に加えて、企業内のTRIZ協会も設立されました。例えば、General Electric、Intel、Philips、POSCO、Siemens、Samsungなどです。これらの企業のTRIZ協会のいくつかは、国際TRIZ協会(MATRIZ)のメンバーになり、いまもメンバーであり続けています。

国内および国際的なTRIZネットワークの創出と発展のおかげで、大規模な国際会議を毎年開催することが可能になってきました。それらの中の最も重要なものは次のとおりです。

•  MATRIZ TRIZfest 国際会議:メイン主催者: 国際TRIZ協会(MATRIZ)。

•  TRIZ Future Global Conference、メイン主催者:European TRIZ Association(ETRIA)。

•  日本TRIZシンポジウム、主な主催者:日本TRIZ協会。

•  Iberoamerican Innovation Congress: ラテンアメリカ諸国で毎年開催され、主にTRIZについて。

•  Systematic Innovation Conference: 主な主催者: Society of Systematic Innovation (台湾)

•  TRIZCONConference (米国)、メイン主催者:Altshuller Institute。

これらに加えて、全国会議やシンポジウムが毎年開かれているのは、アルゼンチン、ドイツ、中国、フランス、韓国、その他の国があります。

図3.  2015年の国際TRIZ会議で撮影された写真

  

1.2.  TRIZ拡張の地理

TRIZが世界中に均一に広がっているとは言えません。いつかどこかで人々はTRIZに興味を持ち、それから彼らの興味が薄れ、そして再び上昇するかもしれません。概括的に、次のような図が観察されます。

1.  1991年:

アメリカが、TRIZが海外に姿を現す「種まき地」になったのは、当然のことです。それにはいくつかの理由がありますが、主な理由はロシアのTRIZ専門家たちにとって米国に移住するのが(たとえば、西ヨーロッパに移住するよりも)やさしかったからです。第2の理由は、革新的な技術の開発と普及に関する限り、米国が最大で、潜在的に最も豊かな市場であったことです。TRIZは、ソフトウェア製品の販売と、ロシア語を話すTRIZの専門家たちによるトレーニングおよびコンサルティングサービスを通じて、広げられていきました。その専門家たちは、地元の英語を話す経営陣によってサポートされていました。

2. 1995年:

西ヨーロッパでTRIZの拡大が始まりましたが、それは主に学術的環境を通じてでした。当時ヨーロッパにはロシア人のTRIZ専門家はほとんど誰もいませんでしたが、各地の大学がTRIZを学習するプロセスに入りました。

3. 1999年:

TRIZが韓国に登場し、(その後)随分長い間、韓国はTRIZの利用に関して世界首位のセンターになります。それは、POSCO、Hyundai、Samsungなどの会社の方針で、TRIZを垂直・水平の両方向に実装することに焦点を絞ったおかげです。韓国の企業の一部の指導者たちは、TRIZを、日本の競合他社に追いつき追い抜くチャンスだと、見ていました 。そういう理由で(そういう観点から)、「TRIZが競争力のある製品を迅速に開発するチャンスであるだけでなく、彼らの永遠のライバルを追い抜くチャンスである」と分かったとき、彼らはTRIZを積極的に実装し始めたのです。やがてそれが現実に起こり、Samsung の成功の重要な要素の一つがTRIZであると認識されました [Forbes 2013]。ある時点で、「韓国のすべてのエンジニアは、仕事を得るためには、TRIZを知らなければならない」といった印象がありました。

4.  2009年:

中南米諸国がTRIZに関心を持ち始めています。ブラジル、チリ、コロンビアなどです。中東でも関心が高まっています。ヨルダン、サウジアラビア、イランなどです。2009年に私は、Princess Sumaya とPrince El Hassan の支援を受けて、ヨルダンに招待され、地元の専門家たちに、ビジネスと経営革新のためのTRIZの訓練をしました。そのプロジェクトはアンマンのQueen Rania Center for Entrepreneurship によってサポートされていました。数年の間に、私は150人以上の起業家と専門家たちにTRIZを教えました。彼らのうちの最も活動的な人たちは、アメリカと西ヨーロッパの国々に移住し、独自のビジネスを興すか、ヨルダンの革新的なスタートアップを国際的に振興する仕事をしています。

5.  2010年:

TRIZが中国にやってきました。(海外のTRIZ専門家たちにとって) 中国への参入は、言語の壁と著作権に対する姿勢の問題のために、当時もまた現在も、困難があります。しかしながら、最近、中国の諸大学が世界で最も多くの科学出版物を生み出しており、その結果、今日、TRIZに関する学術出版物のほとんどが中国から届きます。しかし、彼らの出版物の品質は、多くの場合、望ましいレベルに達していません。ただ、中国がTRIZを採用し始めたのはごく最近だということを、心に留めておく必要があります。

 

図4. 過去25年間のTRIZの世界普及の歴史

 

2.  現在の状況   

 

2.1.  産業界のTRIZ

前述したように、Samsung Electronicsがこれまでのところ、世界で最大のTRIZユーザーです。2015年9月の時点で、同社の従業員の32,881人が、社内でTRIZトレーニングを受けました(そのうち5,581人が第2レベル以上です)。2012年以降、同社の従業員6人が、国際TRIZ協会(MATRIZ)によってレベル5の TRIZスsがこれまでのところ、世界で最大のTRIZユーザーです。2015年9月の時点で、同社の従業員の32,881人が、社内でTRIZトレーニングをペシャリストとして認定され、TRIZマスターズになりました [MATRIZ 2016]。ちなみに、2012年から2017年までの間に、レベル5のTRIZスペシャリストの資格を認定された人の総数は23人でした。Samsungの従業員たちは、100件以上のTRIZを使用した革新的なプロジェクトに参加しました。やがて他の韓国企業がSamsungのイニシアチブに追いつき、同様にTRIZの実装を開始しました。そのような会社として、Hyundai、POSCO、LG Groupを上げることができます。

今日、TRIZを使用した、または使用している会社として、世界中で数千の企業の名前を挙げることができます。 そのリストは随分長い。その中には、グローバルな大企業もありますし、中・小規模の企業もあります。グローバル企業の中には、BMW、Bombardier、Boeing、Continental、Daimler Chrysler、European Space Agency、Ford Motor、Johnson & Johnson、General Electric、Exxon Mobile、Intel、Mars、Medtronic、Philips、Procter & Gamble、Shell、Unilever、Xeroxがあります。
しかしながら、「これらのすべての企業で、TRIZが継続的にあるいは体系的に使用されている」というにはほど遠いのが実状です。ほとんどの場合、使われたり、使われなかったりして、特別な時にだけ使われていました。その理由は、TRIZ自体にあるというよりも、企業内で革新的なプロジェクトを組織するしかたにある、と言えます。大多数の組織はまだ、革新的な活動を継続的にするべきプロセスだと見なしていない、あるいは、彼らの活動にどのようにTRIZを統合するとよいのかを理解していません。

往時、TRIZサービスに対する市場(特に地域/国内市場)での需要が高まり、TRIZベースのサービスを提供する企業が増加しました。そのような会社は、(2013年作成のリストで)全世界(CIS諸国を除く)で100を超える組織がありました [Souchkov 2013]。TRIZベースのサービスを提供する企業が最も多い国は、米国(27)、韓国(18)、イギリス(8)、日本(7)でした。ただし、それらの多くは、TRIZベースのサービスを、より大きなポートフォリオ(品質管理、ビジネスプロセス革新など)のコンサルティングサービスの一部として提供していることに注意してください。

TRIZが中小企業で特別な役割を果たすことに注意しなければなりません。グローバル企業は、大きな予算を持ち、複雑な問題を解決するために、必要に応じて割り当てることができる多くのリソースを持っています。ところが、中小企業は通常、そのようなリソースにアクセスできません。それでもなお、彼らも発明的な問題を解決する必要があります。特に、会社がハイレベルの革新的なアイデアを実装しようとしている場合です。今日、画期的なアイデアを提供するスタートアップ企業の数は常に増加しています。しかし、それらの大部分は生き残りません。主な理由の一つは、主要アイデアを実装し、それを市場にもたらすことを確実にするためには、取り組むべき多くの問題があり、それらを解決するための利用可能なリソースが不足していることです。そのような場合にTRIZがその答えになる可能性があります。それは、あまり多くの内部および外部リソースを使わないで、最も効果的で効率的な解決策を速やかに探すことを提供できるTRIZの能力のおかげです。

 

2.2.  TRIZと教育 (学術教育と専門(職業)教育)

教育におけるTRIZについて言うと、2つの教育レベルを区別する必要があり、それぞれに適した方法とアプローチが必要です。
      第1は、学術環境での教育で、大学(学部や大学院)でのものです。
      第2は、専門(職業)教育であり、もっと普通には「トレーニング」と呼ばれます。
大学での教育は、理論的基礎にまず焦点を当て、方法とツールについてはその後です。他方、専門(職業)教育では、理論的基礎は通常非常に簡単に説明されます。なぜなら、時間が不足しており、必要性がないためです。現代の専門(職業)教育では、一人の人に一つのツールの使用法を、できるだけ短時間で教えることを要求します。そのために、現代の専門(職業)教育では、理論と実践の比率は常に実践重視に向かって動き、今日ではおおよそ20対80です。

ここに矛盾が生じます。一方で、TRIZは単なるツール群のセットではありません。それはまた、思考のシステムであり、その理論的根拠を理解せずに習得することは困難です。他方、教育に与えられた時間は、TRIZツールをできるだけ効率的に使用するに十分なだけ、理論を学ぶ機会を与えません。このような矛盾は、例えば、相反する要求を分離することにより解決できます。学生は自分で理論を学び (例えば、ワークショップの前に本やビデオ講義を使って)、そしてはじめて実践的なトレーニングを受けに来ます。しかし経験は、そのような場合に下位の問題があることを示しています。多くの場合、学生はワークショップに来て、「十分な時間がなくて、その準備をできなかった」と正直に言います。そして彼らは、「今演習させてください。本は後で読みます」といいます。通常、それで専門(職業)訓練をします。問題は、「トレーニングワークショップの後で、ほとんど誰も本を読んでいない」ことです。この矛盾はまだ解消できていません。

 

2.2.1.   学術教育

西欧と米国の大学での最初のTRIZプログラムは、1994-1995年に導入されました。それらは、いくつかの大学では、姿を消しました。いくつかでは、存続しています。いくつかでは、さらに発展しています。

多くの大学がTRIZ入門コースを導入し、実施しました。2013年末時点で、全世界(CIS諸国を除く)で120以上の大学が私たちのデータベースに登録されており、TRIZがカリキュラムにある程度含まれています。ほとんどの場合、それは入門選択科目であるか、またはTRIZがもっと広いコースプログラム(例えば、イノベーション管理、新製品開発など)の一部でした。そのようなコースには、8〜32時間でTRIZのプログラムを含んでいました。もちろん、時間は短いですが、少なくとも学生たちに、TRIZというものが存在し、それが何についてのものかを理解する機会を与えます。

1998年に、私はトゥエンテ大学(オランダ)に招待され、16時間のTRIZ入門コースを年1回、産業工学デザインとテクノロジー管理を専攻する修士課程の学生向けに行いました。それ以来、状況はいろいろ変わりました。現在、私は毎年いくつかのコースを提供しています。すなわち、学部2年生と修士学生のための二つの入門コース(8〜16時間)、そして、修士学生向けの82時間コース「TRIZの基礎:理論と実践」で、これは最長134時間まで拡張可能です[Wits  2010]。さらに、このコースは部分的に専門家(職業人)に公開されています。これは「完全没入」の集中訓練の形式で行います。すなわち、学生たちはこのコースを1日最低8時間教えられ、それが2週間、翌日に続行します。そのような形式により、職業人のエンジニアたちや科学者たちもこのコースに参加できます。コースの約60%が演習であり、学生たちはTRIZを使って実生活の問題を解決し、発明的な解決策を開発します。このようなアプローチにより、学生たちと職業人たちを一緒にして混合グループを作ることができます。学生たちはしばしば、職業人たちが持ち込んだ実地の産業界の問題に取り組み、けっこう興味深い解決策を見つけます。大学卒業後に、学生たちが、このコースで一緒に学んだ職業人のいる会社の部門に職を得たという例がいろいろあります。

 

2.2.2.  専門(職業)教育

TRIZの専門(職業)教育の発展に関する限り、その導入はまた少し遅々としていました。市場の参入障壁は以下の理由により随分高いものでした。

1. 競争が極めて激しい

現代の世界では、専門(職業)教育が非常に活発に発展しており、そのために、多くの学習科目が市場に提供されています。企業は通常、一人の従業員(専門家)に年間20〜40時間のトレーニングを計画しています。非常に多くの専門コースが利用可能であることを考慮に入れると、これはあまり多くありません。そのため、TRIZ教育は、さまざまな発明・イノベーションの方法のトレーニングと競争する以上に、一般的なあらゆる種類のトレーニング提案(たとえば、「プレゼンテーションの作成方法」のコースなど)とさらに激しく競争しなければならないのです。

2. ソ連での伝統的なトレーニング方法が、西欧と米国では効率的でなかった。

往時に旧ソ連で使われていたトレーニング方法は、学術的な日課「昼間:理論、夕方:宿題」に基づいていました。すでに述べたように、現代の専門(職業)教育は、実践(演習)を主としています。そのために、すべてのトレーニング資料は、非常に正確かつ明快に、提示し、構造化する必要があります。すべてのツールはステップごとに説明し、プロセスはすべての入口と出口を記述し、焦点を明確にし、プロセス中で「ボトルネック」になる可能性がある場所に特別な注意を払う必要があります。トレーニングに使う事例は、あらかじめ先生が確認して一部始終回答しておく必要があります。さらに、先生自身の経験から来た事例があると、それは非常にお勧めです。今日、専門(職業)コースの教師は、学術的な環境の教師というより、一人のコーチのように振る舞います。彼/彼女の仕事は、学生たちが事例を学んでいるときに、そのプロセス、方法、およびツールの使用方法を学生に教えることです。目標は、(学生たちが)プロセスとツールを操作するスキルを短期間で習得することです

3. 学習した素材を将来どのように使うのか、また、新しいスキルと知識を彼らの組織での活動にどのように統合していくのか、についての理解の欠如:

訓練を受けた専門家が職場に戻ってきて、以前と同じやり方で仕事をはじめたときに、この欠如が表れます。新しい知識とスキルが消え、二度と使用されません。この障壁を克服するには、組織の既存のビジネスプロセスにTRIZをどのように統合できるかを理解する必要があります。

4. 企業研修に関して、経営陣からのサポートの欠如。

社内でTRIZトレーニングを開始するというアイデアが草の根のイニシアチブである場合には、将来最も可能性が高いシナリオは、(たとえ訓練を受けた専門家(従業員)が、そのコース(その内容とトレーナー)に高い評価を与えても)、何回かのコースの後、すべてが「凍結する」ことです。 TRIZを組織に垂直に実装するためには、トップマネジメントの強力なサポートが必要です。

5. 有能なTRIZ教師とトレーナーの不足。

残念ながら、私はときどき、すでに一再ならず訓練したことがある学生たちを「再訓練」しなければならないことがあります。古典的TRIZの教育にはライセンスを必要としないので、往時には、1-2冊の本を読み、1-2件の問題を解決した/解決を助けただけの経験を基にして、自分のプログラムを開発した教師たちが多数現れたことがあります。そのような教師たちは通常すぐに消えますが、ときには彼らがトラブルを起こすことがあります。

私はここに重要な理由のみを挙げるようにしましたが、他にも多くの小さな理由があります:
TRIZ教師とトレーナーのための統一されたベースの欠如、同じTRIZツールの異なるバージョン間の不整合、TRIZ教師間の調整の欠如、一般的なトレーニングプログラムの欠如、など。

問題の一つは、2007年以前には、訓練されたTRIZユーザーの信頼できる国際認証が利用できないことでした。しかし、Dr. Mark Barkan(当時の国際TRIZ協会(MATRIZ)の会長)のイニシアチブのおかげで、この問題は解決されました。国際資格の導入により、専門家資格認定TRIZトレーニングの需要が、特に企業環境において、高まりました。

図5. MATRIZデータに基づく、世界中のTRIZ認定ユーザーの成長
(B. Goldenseの同意あり)[Goldense 2015]

 

数百人、数千人の従業員を訓練した最も有名な企業の中には次のものがあります。Boeing, European Space Agency, Ford Motor Company, General Electric, Hyundai, Intel Corp., LG, Procter and Gamble, Siemens。

上述したように、Samsung Companyは、これまでに企業内TRIZトレーニングで最も強力な結果を達成しました。同社は企業内TRIZ大学を設立し、TRIZ Engineerという職位を導入しました。

図6.  Samsung ElectronicsにおけるTRIZトレーニングの歴史 (2001-2015)。このスライドは、
TRIZ フェスト 2015 でのSamsung Electronics副社長Dong Seob Jangの発表から撮影。

公共的(オープンな)資格認定トレーニングは、まだ企業内教育のレベルに達していません。主要な問題は、人々を訓練のためのグループに集めることです。懸念される主な問題は、次のとおりです。TRIZ自体に関して、また、TRIZの知識とスキルが専門家に何を与えるのかについて、公共的に得られる情報(主にマスメディア: 雑誌、テレビ、ウェブサイト)が十分にないこと、また、 市場セグメントが狭いこと。この点については、私たちはこの論文の後ろの方で少し議論しましょう。

 

2.2.3.  遠隔学習

2011年に、私はオンラインのTRIZ学習の実験を始めました。完全に自動化されたTRIZ学習を作ることは、現在では可能でないように見えます。その理由は、テクノロジーがないからではなく、TRIZは形式化が弱い分野だからです。数学や物理学の学習の場合には、問題には一つまたは少なくとも複数の答えがあり、(先生は)それらを予め計算することができ、さらに、学生たちの回答をそれらと突き合せればよかったのです。それに対してTRIZは、開放型の問題を扱い、一つの正しい(または、「最良の」)解答を予め予測することはできません。
そこで私は、混合アプローチを選択することにしました。学生たちは、ビデオ形式のすべての講義にアクセスでき、宿題を実行します。そして、すべてのディスカッションと宿題の評価は、オンラインでトレーナーと個別に (または学生たちの小グループで)行います。そのオンライントレーニングは、国際TRIZ協会(MATRIZ)によって承認されたトレーニングプログラムとカリキュラムに準拠しています。

このような方法の主な利点の一つは、学生がコースを受講するときの、時間の柔軟性です。オンラインセッションの時間を柔軟に計画できますから。そのような訓練方法の効率が非常に高く、教室で実施する伝統的なトレーニングよりも結果が優れていることが証明されました。理由は明白です。教室では、トレーナーは各学生と話したり、個別に作業したりする時間がありません。もう一つの利点は、学生たちが彼らの実生活の問題あるいは彼らの組織での問題をトレーニングの過程で分析し、そして見つかった解決策をしばしば後で特許取得します。2015年に、英国からの私の学生が、トレーニングコースの間に7つの特許を出願し、後に5つの解決策を実装しました。まとめると、この実験は大いに成功であることが証明されたと言え、今も進行しています。この4年間で、40か国から300人以上がトレーニングを受けました。

図7.   ICG T&C、での遠隔学習によって提供されるさまざまなコースの需要 (2012-2016)
(Technology TRIZレベル3コースは2016年に導入されました)。

図8. ICG T&Cから遠隔トレーニングを受けた国別の人数 (2011−2016)

 

 

2.3.  TRIZと科学

TRIZ専門家の大多数が知っているように、G. AltshullerはTRIZを「技術的創造性の科学」として位置づけました。しかし、科学についての現代の理解、および研究・方法・理論の科学的妥当性を確認するために使われている幅広い要求と要件という観点からTRIZを見ると、現時点でTRIZは、「a well-developed science only by a stretch of imagination (想像力を伸ばしただけで、よく発展させた科学)」と言えるでしょう。私はこのトピックについて自分自身で学術専門家たちと何時間も議論しました。その中には、往時、TRIZをよりよく知ろうという決定を下したいくつかの大学の教授たちも含まれています。それらの議論の総括的な結果は、今日のTRIZはまだ、西ヨーロッパの観点からは科学として認識することはできない、ということです(ただし、注記が必要です: 異なる文化および哲学システムにおいては、科学という概念はそれぞれのニュアンスと解釈を持っているでしょう。例えば、心理学はどこでも一つの科学と見なされているわけではありません。)

それにもかかわらず、大量の技術データと情報を使って、新しい、それまで知られていない、発明の諸パターンを発見することを目標とした、(TRIZの)大規模な研究は、真に科学的なアプローチでした。しかし不幸なことに、そのような研究の著者たちが、必ずしも分析した情報の量やカテゴリーおよび評価基準に関する(基礎)情報を公表しなかった、彼らの結論を既存の知識や方法と比較していない、しばしば引用を避け、彼らの方法やツールの境界条件を指定しなかった、など(の批判があります)。そして、たとえ私たちがその定式化された原理や方法は正しいと直感的に考えたとしても、その結果が科学的と見なされるためには、とにかくそれらの適用性と有効性が証明されなければなりません。これらの方法が実生活でしばしば使用されて成功しているという事実があったとしても、それはまだ、現代の西ヨーロッパの科学的知識のシステムの観点からは証明になりません。少なくとも、それらの適用性と有用性が統計によって証明されない限りは、(だめなのです)。

たとえば、Altshullerによって定式化された「技術システム進化の法則」の大部分はヒューリスティクス(経験則)です。ある一つまたは別のTRIZの法則が、どのような状況で出現するか/出現しないかを、TRIZは厳密に定義していません。しかし、厳密な科学における「法則」の概念は、「ある特定の条件下で必然的に現れる」ということを意味します。例えば、「技術システムの部分のダイナミクスの程度の増加」というTRIZの法則は通常、技術システムが需要の増加を満たさねばならないときに現れますが、それらはシステムの既存の物理的および工学的設計では満たされないかもしれません。[この文の後半、論理不明(中川)。] もし、「どんな厳密な条件の場合にこの法則は必然的に出現する」というように定義され記述されていたならば、「法則」という言葉を使った概念として適切だったでしょう。しかし、TRIZでは、それはまだされていず、一般的すぎる定義があるだけです。

現代の科学的アプローチは、形式化した方法を使うことが困難または不可能である場合には、情報の統計的分析に基づく正確な議論を必要とします。 TRIZの著者たちの仕事の大部分は、それに関連しては何もありません。これが一つの理由で、TRIZを科学として受け入れることに学術環境の態度は当初肯定的でしたが、一部にはある程度の懐疑論もあって、その態度は消えていきました。学術界は科学的な結果を記述・提示する現代のやり方に慣れているからです。

しかし、TRIZが科学分野としてどこまで開発されているかという問題についてさまざまな見方にもかかわらず、TRIZは学術界に存在し、研究されています。ヨーロッパの学術環境の中で、TRIZ関連の研究を調整しようとする最初の試みは、1996年に私によって行われました。欧州TRIZ研究ネットワーク(European TRIZ Research Network) が、以下の研究機関がメンバーになって創設されたのです。the University of Twente (オランダ), KTH Royal Institute of Technology in Stockholm (スウェーデン), Norwegian University of Science and Technology (Trondheim、ノルウェー), the University of Strasbourg (フランス), Technical University of Berlin (ドイツ)。後に新しいパートナーが加わりましたが、その発展は遅々としていました。財政的支援がなかったからです。助成金を配布する(いくつかの)科学基金は、TRIZに対して生ぬるいものでした。主として、TRIZが新しすぎ、未知でありすぎ、野心的すぎたためです。

現在、ヨーロッパのいくつかの大学でTRIZの研究が続けられており、成長傾向にあります。the Technical University of Strasbourg (フランス), Coburg University of Applied Sciences (ドイツ), the University of Bergamo (イタリア) and Polytechnic University of Milan (イタリア), Royal Melbourne Institute of Technology (オーストラリア)。たとえば、2012-2015年に、欧州連合の基金が、「FORMAT」プロジェクトの財政支援に使用されました。これは、Prof. Gaetano Casciniの下でミラノ工科大学のチームが調整したものです。プロジェクトは製造技術を予測する方法の開発を目標にかかげ、一つのコンソーシアムで実施しました。それには、the Wroclaw University of Science and Technology (ポーランド), Whirpool and Innovation Engineering (イタリア) and PNO (オランダ)も参加しています。プロジェクトの予算は総額169万ユーロでした。プロジェクトの成果は、www.format- project.eu で公開されています。[Format  2015]

今日、ほとんどの場合、学術界でのTRIZ関連の研究は、大学院生により彼らの学位論文の作成過程として行われています。最近、TRIZ研究に関連する科学出版物は、東南アジアからのものが増えています。研究のトピックは、ほとんどの場合、TRIZの理論的背景の開発と改善というよりも、TRIZを使った発明プロセスの自動化、またはTRIZと他の工学設計方法との統合に関するものです。

Prof. Leonid Chechurinによる論文「TRIZと科学:索引にリンクした出版物のレビュー 」[Chechurin 2015]は、現代のTRIZ科学出版物の全体像を示しています。

 

2.4.  非技術分野のTRIZ

2000年代の初め以来、ビジネスおよびマネジメントにTRIZを使用する試みが行われてきました。基本的なレベルで、「技術的」TRIZで発見され提示された主なパラダイムと概念が、ビジネスシステムとビジネスプロセスにも大いに適用可能であり、有効です。人間の脳が複雑な問題を解決するときには、抽象的なモデルを使いますが、抽象的なレベルでは、技術システムと組織システム、また、技術プロセスとビジネスプロセスは、ほとんど同じです。[それぞれのシステムやプロセスの中で] あちこちに矛盾があり、進化の発展のパターンはシステムの組織の原理が共通なために非常に似ているように見え、革新的なシステムの変化を通じた革新的な解決策のパターンは普遍的に適用可能なように見えます。

TRIZをビジネスとマネジメント用に開発することに関連する問題点で最も頻繁に現れるのは、エンジニアリング用に創出されたTRIZをそのままコピーして持ってくることです。多くの場合に観察される状況は、技術のTRIZの専門家が、技術的背景を持たないビジネスマンにTRIZツールを教えるとき、イラストや適用事例として技術用語や技術的発明を使用していることです。実際、技術のTRIZとまったく同じ40の発明原理を、同じ表現を使って、教えています。その内容は学生にとってけっこう明確かもしれませんが、そのような受動的な知識は認知ギャップのためにアクティブな知識に変わりません。その結果、ビジネスコミュニティに技術的TRIZを教えるというそのような試みは、しばしば失敗します。この問題の解決策は、TRIZをビジネス用語に適応させ、TRIZの原理を再考して書き直し、ビジネスとマネジメントの事例集を新しく作る、などです。この作業は現在進行中です。

TRIZが使えるだろうもう一つの未来志向の分野は、学校教育です。私が知って驚きましたのは、中東諸国、特にアラビア地域でのTRIZの普及についてです。そこではTRIZが使われているのは、エンジニアリングが主ではなく、学校や大学の教員のトレーニングが主で、教育学的問題を解決するのに使われています。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタールに、そのようなコースがいくつもあります。言語の壁のため、この活動の規模を推定することは困難ですが、教育学に適用させたTRIZの40の発明原理を教えることと、究極の理想解やシステムオペレーター(9画面法)などのTRIZの概念をツール化したもの、について主として言及しています。

西ヨーロッパでも、教育学にTRIZを使用することに大きな関心が寄せられています。しかし、いくつかの問題があります。第一に、十分な資格と認定を受けたTRIZ専門家がこの分野にはあまりにも少ないこと。 第二に、学校教育のローカルシステムに、根本的に新しいものを導入することは、国の機関からのサポートがなければ、非常に困難です。ところが、国の機関は、彼らが決定を下すためには、実施して成功したという多数の実例という形での証明を、必要とします。明らかに、そのような要求が負の循環を生み出しています。

 

 

3. 今日の主な課題

ソビエト連邦の「鉄のカーテン」の後ろに住んでいた多くの人々は(私を含めて)、「ヨーロッパ、アメリカ、日本などの先進国は、新しいアイデアを熱望していて、そのためならすべてを投資し、あらゆる手段でその新しいアイデアを開発・刺激・動機付けすることをいとわない」という印象を持っていました。しかし、「鉄のカーテン」が崩壊し、私たちが世界を旅する機会を得た後すぐに、それが正確ではないことがわかりました。

TRIZを創り出したとき、Altshullerは「創造性の民主化」を夢見ていました。その意味は、「すべての人に、その年齢や創造性・想像力の度合いに関係なく、発明する機会を与えること」でした。その願いが前提としている仮説は、「すべてのエンジニアは、発明すること、画期的なアイデアを創り出すことを望んでいる。それはエンジニアだけでなく、大学卒のバックグラウンドを持つ人なら、だれでもそうだ」というものです。

実際、TRIZが最も活発に開発された時代には、ソ連(の人々)はテクノロジーに関するロマン主義の雰囲気の中で暮らしていました。技術と科学は活況を呈しており、ほとんどすべての少年は、宇宙飛行士または宇宙船設計者になることを夢見ていました。人気があるテクノロジー関連の雑誌やサイエンスフィクションの本を買うことは、本当に難しいことでした。それらがあまりにも早く棚から姿を消した、しばしば、棚に届くことなく姿を消したからです。しかし、TRIZが「地下」から顔を出したとき、「世の中は正確にはそうではない」、あるいは「世界(もっと正確には世界のニーズ)が変わってしまったのだ」ということが、はっきりしてきました。

2007年以来私は、テクノロジーとエンジニアリングを専攻する学生たちに、意識調査を行ってきました。彼らが将来、発明に関連する仕事(職業)に興味があるかどうかを、尋ねたのです。それ以来、約2000人の学生にインタビューしましたが、それに興味を持つ学生たちの数は、毎年、悲しいことに減少しています。2007年には15%の学生が「はい」と答えましたが、2016年にはわずか6%でした。このような数字は、若い専門家たちの間に、発明する動機が欠けていることを特徴づけています。それが意味するのは、大多数の人々は技術的な創造性に興味を持っていない。だから、(発明的方法に関する)実際の市場規模は、TRIZが生まれ開発が開始された当時に、われわれが思っていたもの(あるいは当時の実際の規模)ほど大きくはない、ということです。

学生たちのそのような態度の理由の一つは、多くの学生たちがすでに、「何かを発明することは簡単であっても、その発明をタフな市場の状況の中でさらに推進し実現するには、発明者の主要な能力とは関係しない、あまりにも多くの努力を必要とする」ことを知っているからかもしれません。しかし、それはTRIZや同様の方法が必要でないという意味ではありません。

さらに、たとえ6%でもかなり大きなグループですが、現場で彼らをつかまえるのには、もっと複雑な事情があります。20年以上にわたって公募制の公開コースでTRIZを教えてきた私自身の経験から、言えることがあります。通常、そのようなコースを受講しに来る人々は、マズローのニーズの階層の最上位レベルを目指して努力しています。彼らは、さまざまな分野の大量の知識に興味を持っています。その結果、彼らには、新しい知識やスキルを十分に習得するための時間が、大幅に不足しています。

今日、私たちがよく耳にするのは、「TRIZが飽和点に達し、人気を失い始めた。その理由は、「TRIZはずっと前に市場に出てきており、最近のTRIZの開発はあまり印象的でない」と多くのひとびとに見えているからだ」という意見です。しかし、それはある程度までしか正しくありません。TRIZは、iPhoneでもiPadでもなく、一晩で市場を捉えるようなものではありません。TRIZは新しい思考のパラダイムであり、一週間で十分に学習し吸収できるというものではありません。そして、「今日、TRIZを使える人たちが、実際にTRIZを使っているとは到底言えない」という事実でさえも、「TRIZが成功していない」ことを意味するものではありません。

しかし、「TRIZが市場に出されてきたこれまでのやり方」が、おそらくその飽和点に達したのだ、と言えるでしょう。Oleg Abramov [Abramov 2016] と Len Kaplan [Kaplan 2016]が、この点を詳しく書いています。

TRIZの普及が遅くなってきている主要な理由がいくつかあることは間違いありません。私はそれらの理由を、以下に構造化して提示してみようと思います。

 

3.1.  市場でのTRIZの位置付け、TRIZ市場、および市場セグメントに関連する理由:

1. 狭い市場ニッチ。

TRIZが必要とされる市場ニッチは、われわれが当初に考えていたよりも、ずっと(有意に)狭いものでした。エンジニアたちの大部分は発明的な問題の解決を扱っていません。さらに、発明は日常のエンジニアリング活動の一部とは見なされていません。それでも、前述のように、このニッチは極端に狭いわけではありません。非技術分野でのTRIZの開発を忘れてはいけません、そこではTRIZの普及を有意に拡大することができるのです。

2. イノベーションプロセスに対する固定観念による、新しいアイデアを探索することへの関心の軽視:

今日まで、市場は「イノベーション」という言葉を、「すでに作られたアイデアを実現(実装)すること」と理解しています。そのため、新しいアイデアを見つけることには、非常にわずかの時間しか与えられていません。「ブレインストーミングの助けを借りれば、多数のアイデアを生成するのはまったく簡単に見える」ことから、起こることです。それは恐らく正しいでしょうが、それらのアイデアの価値はどうでしょうか?
私のキャリアの初期に、私が会ったさまざまな会社のトップマネージャーたちからしばしば聞いたことばがあります。「アイデア?なぜ新しいアイデアが必要なのですか?われわれはすでに何百ものアイデアを持っています。新しいアイデアを見つける方法が問題なのではなく、既存の(多数の)アイデアのうちのどれを選択し、実装するべきかが問題なのです。」そのような発言が通常意味しているのは、「ブレークスルーのアイデアはなくて、価値の低い、あるいは平均レベルのアイデアが沢山ある」ということです。しかし、重要な(クリティカルな)問題を解決することになると、状況は変わります。特に、組織がすでに多くのアイデアを生み出しているが、それらが役に立たないという場合です。アイデアの数よりも、アイデアの価値に、主要な注意が払われます。

3. TRIZベンダーから提示される価値提案が明確でないか、完全ではない。

潜在的なクライアントは、TRIZが短期的および長期的に彼らのビジネスにどのような影響を与えるかを、いつも分かっているわけではありません。多くの場合TRIZは、顧客の一つ/複数の問題に対する迅速な解決策として理解されています。しかし、TRIZを学習・実践することは、批判的思考、システム的見方、体系的な創造性といった個人的なスキルを発達させます。TRIZが組織の知的資本を随分強化できるという点は、しばしば見えないままです。

4. TRIZが何をするのかが、不正確かつ不完全にしか述べられていない。

人々に「あなたは何のためにTRIZを必要としているのですか?」と質問すれば、ほとんどの場合、「複雑な問題、解決不可能に見える問題を解決するため」といった返答を聞くでしょう。しかし、これは正しい答えの一部にしかすぎません。複雑な問題は過去にTRIZなしで解決されました。実際的な問題解決に関するTRIZの主な価値は、TRIZが、複雑な問題に対して解決策を見つけるプロセスを劇的にスピードアップさせ、システムの進化の予測の確度を高めることです。

5. TRIZの位置付け。

TRIZは、大規模で画期的なアイデアを得る手段と見なされることがよくあります。それ自身は何も間違っていませんが、そのような位置付けは潜在的な市場ニッチを狭めることにもなります。近年、大きな予算を持つ大企業は、画期的なアイデアを永続的に出し続けることにあまり楽観的ではありません。一般的に、そのような企業の多くは、高レベルのアイデアの開発に危険な投資をすることを避けることを好みます。彼らは、画期的なアイデアを持つ次のスタートアップ企業が市場に登場し、そのアイデアがうまく実装できることが証明されれば、その企業を獲得するという機会を待っているのです。

しかし、低レベルの発明的課題で、迅速かつ重要な経済効果をもたらすものに対しても、TRIZは完全にうまく働きます。そのようなタスクはたいてい、製造・生産工程の改善、工程あるいは製品関連のコストの削減、消費者体験の向上、などに関わっています。そのような発明は「改善型」と呼ばれますが、圧倒的な数の企業が特にそのような解決策を切実に必要としているのです。それに加えて、そのような問題を解決することは、TRIZの経済的効率をすぐに証明します。

6. TRIZを使用した結果。

現代世界では、コンサルティングサービスは解決策を探すだけではなく、最終的な解決策の実装をも意味します。しかし、TRIZコンサルタントの大部分は、サービスのこの部分を提供せず、顧客に解決策の実装についてのフォローアップも提供しません。この課題を解決することは、クライアントの要件と期待を最大限に満たすビジネスモデルを見つけることを意味します。たとえば、解決策を実装するサービスプロバイダーとパートナーシップを確立することです。

7. 広告の表現が正しくない。

広告で、「TRIZはあなたの問題を解決します」というフレーズを、よく耳にするでしょう。しかし、それは本当ではありません。人が問題を解決するのです。TRIZはプロセスを導くことを保証し、解決策探索の戦略を選択するにあたっての推奨を提供します。

8. TRIZという用語のさまざまに異なる解釈。

広告や出版物の中で、「TRIZは科学」、「TRIZは方法」、「TRIZは道具」などのフレーズに、しばしば出逢うでしょう。実際には、今日、TRIZはこれら3つのレベルすべてを結合したものです。TRIZは、発明問題解決と革新的な技術システムの発展(進化)の理論であり、この理論に基づく一組の方法であり、これらの諸方法を実現する実用的なツール群のセットでもあります。

9. TRIZの単純化。

多くの「簡略化されたTRIZ」バージョンが登場したため、TRIZはしばしばブレインストーミングのもう一つの変法として認識されることが多く、真剣に受け止められていません。一方、TRIZの参入障壁を低くするには、簡素化が必要です。どんな単純化でも、「赤ちゃんがお風呂に捨てられるのでない」限り、歓迎です。そして、今日、適切に簡素化したものは、わずかしかありません。

10. 異なる文化においては、TRIZは異なって認識される。

  文化と思考の体系が異なると、TRIZを異なったように認識します。TRIZはガイドラインの各ステップを単純に追っていくようなものではありません。それは、思考と創造的な想像との体系的なアプローチの相乗効果に基づいており、異なる文化では異なる基盤を持つでしょう。そのために、TRIZはある文化では完全に適合し、それと同時に、別のある文化では乏しくしか認識されないかもしれません。私はさまざまな国でTRIZを教えたときに、この問題に何度も自分自身で直面しました。それは研究するべき別の大きなトピックです。社会学教授のGert Hofstedeによる素晴らしい本があります。『文化と組織:心のソフトウェア』。文化と彼らの認識との違いに関するものです[Hofstede 2005]。

 

3.2.  TRIZに直接関連する、種々の理由:

1. (TRIZは)ビジネスプロセスに実装する準備ができていず、ビジネス実践を欠いている。

古典的TRIZは、組織のビジネスプロセスに実装する準備ができていませんでした。それは孤立したツールのセットから成っていました。そのような形で、TRIZはかつて、そして時にはいまもなお、市場に持ちこまれています。これに対応して、TRIZの実装の有効性は低かったのです。入口と出口を特定したプロセスは、明確に記述されていませんでした。それが原因で、長いトレーニングを受けなかったTRIZユーザーは、TRIZツール群の中ですぐに道に迷ってしまい、何をどこで使うべきかを理解できませんでした。

2. 分析の道具の不足。

古典的TRIZでは、問題分析や状況分析の道具は、(機能分析を除いては)まったくありませんでした。ところが、状況の分解、問題の同定、その構造化と宣言は、現代のイノベーションプロセスにとって最も重要な部分なのです。いままで永年にわたって、問題分析・状況分析のためのいくつもの新しい方法と道具を創り出すことによって、この課題は解決されてきました。たとえば、私のTRIZトレーニングコースでは、その50%の資料が、古典的TRIZの枠組みの中で開発されたもので、残りの50%は、過去10〜15年間に開発した(新しい)材料と道具でできています。

3. TRIZと市場需要の分析の間のつながりが弱い。

TRIZの道具の大部分は技術的な問題だけを扱い、市場にはほとんど注意を払っていません。疑いもなく、技術システムの進化の法則は次の大きな飛躍を「予測」するのに役立ちますが、発明の課題はシステムの進化のすべての段階で現れ、それは技術システムでも、ビジネス・社会システムでも同じことです。そのため、市場調査と道具との相互作用を確実にし、市場の変化と新しい要求に対して迅速かつ適切に反応できるようにしておくことが、非常に重要です

4. 複雑さ。

分析および解決策発見のための現代のTRIZの道具の複雑さと、その教育のために長期間を投資する必要性が、幅広い市場セグメントでのTRIZの可用性を低下させています。しかしながら、TRIZを大幅に簡略化する必要はなく、漸進的な開発と実装のほうが必要でしょう。それは今日すでに、さまざまな能力レベルに対するTRIZの教育プログラムの開発として、進められています。

5. 思考能力と創造的想像力を開発する動機づけの不十分さと、応用的および心理的なTRIZパーツの構造の欠如:

TRIZツールが機械的なものとしてだけ習得されたときに、(表題のことは)一つの状況を導きます。すなわち、ユーザーは、問題解決の過程で、自分で独自に考えること好まず、あれこれの方法の手順に従っていけば、答えがひとりでに出てくると期待します。TRIZの教師が、TRIZの諸概念 (例えば、究極の理想解、強力な思考のための多画面法(9画面法)(システムオペレータ)、など)を説明しない、あるいは簡単に言及するだけで演習をしない、といったことをよく目にします。その結果は、ユーザーが燃料なしで車を入手したようなものです。

6. 質の高いTRIZ教科書の欠如。

TRIZに関する本が多数出版されましたが、それらのほとんどは、TRIZのいくつかの部分のポピュラーな記述にすぎなかったり、著者のTRIZ解釈にすぎなかったりします。最近、適切な教科書(集)を書くために、著者グループが創られました。

7. ( TRIZに関する)科学的出版物の質が不十分である。

TRIZに関する科学的・研究出版物 (特に、非学術環境(の出身)の著者が書いたもの)の品質が低いことが、TRIZの発展過程において、科学者たちと実践家たちの間のギャップを拡大させています。ほとんどの場合、科学的経験のない著者たちは、科学的な出版物を書くためのルールを身につけることを、しようとしない、あるいはする時間がないために、この状況が起こっています。そのようなアプローチの結果、検討が不十分で、テストも不十分な方法や道具が、生まれて来ています。

 

3.3.  現代のビジネス環境へのTRIZの統合に関連する理由:

1. TRIZを使って得た結果を、財務的に評価する方法の欠如:

TRIZを使って新製品のコンセプトを開発するプロジェクト、および、イノベーションプロセスのまったく最初の段階でTRIZを使うプロジェクトに、とくに関連していることです。このようなプロジェクトでは、このフェーズで得られた結果は、その後の設計や実装の過程において(とくに長期間かかる場合には)「見えなくなる」可能性が可能性があります。

ここに例があります。1999年に、私は医療機器を生産している会社に、彼らの製品の将来の進化の予測に関するコンサルティングをしました。その仕事は、「No Cure No Pay」の原則で進んでいました。すなわち、「結果が受け入れられた場合にだけ、(コンサルティング料が)支払われる」のです。最終レポートの評価のときに、研究開発部門のマネージャーが、「提案された開発オプションは、遠い将来のためのものであり、このレポートは、会社の近い将来のニーズに対するドキュメントというより、サイエンスフィクションのように見える」と結論しました。それで支払いは行われませんでした。2006年に、わたしは、「その会社が、私がレポートで提案したアイデアに基づいて、特許を取り、製品のラインを立ち上げた」ことを見つけました。私が「正義を取り戻す」ことを試みてもよかったかもしれませんが、それは時間の無駄だったでしょう。「将来、このような状況を避けること」は、私にとって良い教訓でした。

2. イノベーションを支援する他の諸方法とTRIZを、統合するレベルが低いこと。

近年、さまざまに異なる補完的な方法を統合するやり方が、学術界を主体にして、探索されています。時には、企業が従業員へのTRIZ教育を導入し、そのような統合の機会を自分たち自身で見つけたいと、試みることがあります。しかし、その日の最後になって、彼らにはそれをする時間がありません。その結果、一つのプロジェクトが「フリーズ」します。もし、TRIZトレーニングと同時に、われわれが、既存のビジネスと会社の実践の中に、その特定のクライアントのためにTRIZを統合できるような、重要なポイントを見つけることができれば、この問題は解決できます。

3. TRIZユーザーの主なカテゴリーの年齢が高い。

毎年3つ4つの大規模なTRIZ国際会議に出席して、私はいつも若い人たちがいないことに注意を払います。TRIZは若い人たち、若い専門家たちをほとんど引き付けていません。残念なことです。もちろん、私たちは古い列車に乗り続けて新しい線路を進むことができますが、それでは遠くまで行くことはまずありません。私たちは、TRIZの内容の提示とその配布に関して、現代に適した新しいフォーマットを創る必要があります。

4. グローバルTRIZコミュニティのメンバー間の調整の欠如。

過去20年以上にわたって、非常に多くのさまざまなTRIZバージョンとTRIZベースのツールが創出されたため、提供される代替案の混乱を理解しようとすると、TRIZ初心者はしばしば迷子になってしまいます。私はそのような状況にいつも出くわしています。今日、国際TRIZ協会(MATRIZ)と欧州TRIZ協会(ETRIA)が、そのような調整をグローバルに提供しており、今後そのような調整を一層進めることが必要です。

 

結論

Genrich Altshullerは疑いなく20世紀の最も傑出した思想家の一人でした。彼は技術的創造性という新しい分野の基礎を築き、それは科学の新しい分野になる大きな可能性を持っています。またさらに、複雑な実際的問題に対する解決策を見出すプロセスにおいて、思考の可能性を大幅に強化できるツール群を作りだしました。さまざまな産業分野で成功したTRIZの無数の適用事例は、イノベーションの最前線の課題を支援し、新しい知識と新しい価値を創造するための、TRIZの有効性と効率とを証明しています。さらに、TRIZの基本が、技術分野を超えて成功していることは、一再ならず証明されています。TRIZの諸方法は、エンジニアリング、ビジネス、社会の分野で、未知の革新的な問題を効率的に解決するのに役立ちます。

しかしなお、Genrich Altshullerによって発見され創られた諸アイデアと諸結論の一部は、まだ十分に吸収されていず、まだその応用の場が見つかっていません。私はそれが将来起こると確信しています。彼は時代に先行した人です。理解の諸パターンと体系的な創造的思考のプロセスに関して彼が見出したことは、今後より大きなスケールで発展し実装されていくでしょう。

現代社会は、技術のイノベーションのための物理的手段の開発のために、随分の努力と資源を投資しています。しかし、わたしたちの問題解決と創造的思考のスキルの開発のためには、十分な支援を提供していません。それこそが、成功するイノベーションを創り出すためには恐らく最もクリティカルな要素であろうと考えます。このような不十分さの理由は、実用的な創造性思考を教え・開発するための、方法論的および科学的支援があまりないからです。同時に、TRIZにおいて開発された諸アイデアと諸概念は、イノベーティブな思考の新しいパラダイムを建設し教えるひとつの解決策となるでしょう。

2016年にダボスで開催された世界経済フォーラムで、2020年に最も要求されるだろうスキルのリストが発表されました [Davos 2016]。その上位3項を占めたのは、以下のものです。

1. 複雑な問題の解決。
2. 批判的思考。
3. 創造性。

TRIZは他の何よりもこのリストに合致しています。特に、これら3つのスキルのすべてと重なり合っているからです。TRIZが発達を支援できる思考のスキルに対して、これほど大きな需要がある時代に、もしTRIZが消えたとしたら、非常に奇妙なことです。

しかしながら、上記のような理由で、TRIZをその古典的なバージョンで使用することは限界があります。したがって、今日、TRIZがその新しい進化のS-カーブにどのように移行していくかをわれわれは観察できます。それは、新しい/更新されたツール、TRIZプロセスの組織と構造、非技術分野でのTRIZのより広範な使用、を反映したものです。

図9. TRIZの新しいS-カーブへの移行。
性能、汎用性、適用性、そして自動化、ビジネスおよび社会環境との統合、などの
重要な価値パラメータが、主要な役割を果たしている

「TRIZのような基本的な分野は、急速に発展したり受容されたりするものではない。なぜなら、それは長期の学習を必要とし、漸進的な改善に導くものだから。」ということを、心に留めておくのは非常に大事です。学術コミュニティ、教師たち、そして企業が、その新しいパラダイムを理解して受け入れ、そして既存の諸理論、諸方法、実践を考えなおしていくには、時間が必要です。

 

謝辞

Mark BarkanとSimon Litvinに、本論文の執筆中に有用なコメントを頂いたこと対し、心から感謝します。

 

参考文献

[Altshuller 1956]   Altshuller G.S. 「発明的創造性の心理学について」、”Questions of Psychology”, 1956)、Vol。6、pp 37-49(ロシア語)。http://www.altshuller.ru/triz/triz0.asp

[Souchkov 2015]  Souchkov V.. 「TRIZの簡単な歴史」、TRIZ Journal、2015年9月22日。https://triz-journal.com/a-brief-history-of-triz/

[Ideation 2016]   www.ideationtriz.com

[IHS 2016]   www.invention-machine.com  ==> https://goldfire.ai/   [参考: IDEA社 IHS Goldfire:  https://www.idea-triz.com/goldfire/ 

[Journal TRIZ 2016]   www.triz-journal.com  

[GEN TRIZ 2016]   www.gen-triz.com

[Fortune 1998]   Carol Vinzant, 「Invention Machine :天才のためのソフトウェア」, “Fortune” 、1998年7月6日 。 http://archive.fortune.com/magazines/fortune/fortune_archive/1998/07/06/244796/index.htm

[Souchkov 2013]   Souchkov V., 「世界中のTRIZ企業のリスト」、レポート、ICG T&C、(2013)。

[Wits et al. 2010]   Wits WW、Vaneker T.&Souchkov V.、「完全没入のTRIZ教育」、 TRIZ Future 2010 国際会議予稿集、(ベルガモ大学、ベルガモ(イタリア)) pp. 269-276 http://doc.utwente.nl/77483/1/full_immersion.pdf

[Goldense 2015]   Goldense Bradford, 「TRIZは現在50カ国で実践されている」、“Machine Design”, 2016年3月21日、http://machinedesign.com/contributing-technical-experts/triz-now-practiced-50-countries  。

[Abramov 2016]   O.Y. Abramov, 「警告:TRIZはその人気を失う」、“TRIZ in Development.  Collected research and development works.  Library of TRIZ Developers Summit”, Issue 8, St. Petersburg, Russia. (2016) pp.232-240.

[Chechurin 2015]   L. Chechurin, 「TRIZと科学」、TRIZ Developers Summit発表、(2015)、https://youtu.be/alOrjFpA05g

[Kaplan  2016]    Kaplan L. 「模倣文化のTRIZ」, 第12回 MATRI TRIZfest-2016 国際会議予稿集、(2016年 7月28-30日。北京、中華人民共和国)、pp. 356-368。

[Forbes 2013]  Haydn Shaughnessy, 「何がサムスンをそれほど革新的な企業にしたか」、Forbes.com(2013), http://www.forbes.com/sites/haydnshaughnessy/2013/03/07/why-is-samsung-such-an-innovative-company

[MATRIZ]  MATRIZ Webページ: 認定ユーザーと専門家のリスト。http://www.matriz.org

[Chechurin 2015]  Chechurin L.S.、「科学におけるTRIZ。索引付けされた出版物のレビュー」、“ProcediaCIRP”、vol. 39、(2016)、pp.156–165, http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2212827116001979

[Hofstede at al 2005]   Hofstede, Geert&Hofstede、Gert Jan, “文化と組織:心のソフトウェア“、 ニューヨーク:McGraw-Hill、(2005)。

[FORMAT 2015]   FORMATプロジェクト。 http://www.format-project.eu

[Davos  2016]  「仕事の未来」、レポート、世界経済フォーラム、ダボス、2016。 http://reports.weforum.org/future-of-jobs-2016/shareable-infographics/

 

著者について

Valeri Souchkov、TRIZマスター、1989年にInvention Machine Lab (後のInvention Machine Corporation)を共同設立、2001年に欧州TRIZ協会(ETRIA)を共同設立。2003年にICG Training & Consultingを設立。総計すると、彼はTRIZを60か国以上からの6000人以上の専門家と学生に訓練し、100以上の革新的なプロジェクトに参画した。彼の顧客リストは、300以上の組織で構成されている。次のような企業を含む:3M、ASML、ABB、BASF、Canon、Danone、Fujifilm、LG Electronics、Microsoft、Orange、Philips、Pepsico、Siemens、Shell、TNT、Uniliever。彼はTRIZと体系的革新に関して、いくつかの最新のTRIZツールと100以上の出版物の著者である。現在、彼はまた、トゥエンテ大学とTIAS Business SchoolでTRIZを教えています。Valeriは、ヨーロッパTRIZ協会の理事会メンバーであり、国際TRIZ協会(MATRIZ)の副会長である。。

 


 

  編集ノート追記 (中川 徹 2020.8.9)

このValeri Souchkov の総説から学ぶことは本当に沢山あります。私は2018年3月にじっくり読んで、その後最近(たまたま)読み返してみて、和訳をしました。今回特に感じたことは以下の点です。

(1) TRIZの世界普及の4段階のくくりは、良く理解できる。日本のTRIZは90年代後半に主として米国経由で入ってきたから、第1段階のソフトウエア製品の導入(三菱総研と日本企業100社のコンソーシアムによる導入が紹介されている)とその後の第3段階(TRIZ企業の勃興と大企業でのTRIZ利用)とが中心になった。ヨーロッパを中心にした第2段階(科学的・学術的な関心・研究)が日本では弱かった。日本TRIZ協会の設立と活動は、第4段階としている世界の流れの中でも、きちんと位置づけることができ、全国的な一体性という点では世界の他の国々よりもしっかりしていたと思う。

(2)  韓国のTRIZ導入の姿勢、大きな戦略が特記されている。それは本論文発表時(2016年、そして現在も)において、韓国の大企業の世界経済での発展が大きな実績を作り、また、それのバックにTRIZをトップダウンで全社展開し完全に定着させたことの貢献が大きいことが明白になっていたからである。このよう韓国でのTRIZの導入・普及状況は、折にふれて日本でも知る機会がいろいろあった。ただ、日本はその韓国の動きを十分に理解せず、「追い抜かれてしまった」。このあたりの経過は私のTRIZ解説の連載「第4回 TRIZの成立と普及(3) 日本と韓国での受容と普及」(2006年4月)に(一部)記述している。その後、日本TRIZシンポジウムに韓国から毎年複数の発表があり、多数の参加者が来日する状況が2012年まで続き、日本は多くの刺激をうけた。いま、両国を対比してつぎのように思う。

韓国のTRIZ導入成功の最初の要因は、1998−99年から複数の韓国企業がロシア・ベラルーシなどのTRIZ専門家たち(TRIZマスターを含む複数)を直接招き、社員として雇用し、韓国人社員たちと組にして実問題の解決に当たらせたことである。米欧はロシア人TRIZ専門家たちの社外コンサルティングおよび研修が主体。日本はロシア人・アメリカ人専門家による研修が主体、できるだけ日本人の中で習得していこうとした。外国人の専門家を正社員として雇用していくという文化が日本に(ほとんど)ない。

韓国の成功の第2の要因は、初期の成果が出た段階で、研究所トップ(後日社長昇任)がTRIZの効用を確信し、全社導入の号令を掛け、終始経営トップの支援(指導)のもとに、TRIZの実践・普及が進められた。日本では、シニアの技術者(中間管理職)が主導するケースがほとんどであり、ある程度上層部が支援したのは日立とPCCだけであったと思われる。経営トップへの説得、経営トップの理解・判断が(TRIZに限らず、他の方法論でも)弱体である。

韓国の成功の第3の要因は、(ロシア人などの専門家の指導のもとに)TRIZの推進室を作り、オンライン教材を作り、大規模な社内トレーニングを行い、実地問題に適用し、人材を大規模に育てながら、プロジェクトでイノベーティブな解決策を積み上げていったことである。このような体系的な、全社アプローチは、日本では(TRIZに関して)まったくできていない。

(3)  Souchkovのこの論文では、(最初の断り書きのように)「TRIZの内部の詳細については議論せず、TRIZがそのスーパーシステムとどのように相互作用してきたかに焦点を当てている」。また、(ロシアでの講演であり)ロシア圏内部でのことは論じていない、また(著者の活動の場ではないので)米国での動きはあまり述べられていない。古典的TRIZの問題点や、MATRIZに関する批判などに関して、言及されていない。

(4) 前項(3)に関連して、本当はぜひ議論しておくべきことは、「TRIZがそのスーパーシステムと相互作用する中で、TRIZそのもの(その中核である古典的TRIZ)にどのような要請があり、どのような変化(の契機)が生まれているか、どのように進化しようとしているか」である。本論文では、このような変化として、「外部の諸方法の取り込み、TRIZの応用範囲と適用法の拡張」を論じている。しかし、それとともに、「TRIZの内部にも見直しがあり、古典的TRIZの扱っているテーマの中での修正と新しい発展がある」点を論じておく必要があると、私は思う。

この後者の論点での最も大事な寄与は、(当時のCREAXと)Darrell Mannによる、米国特許の全件分析研究を基にしたTRIZの知識ベースの全面刷新である。具体的には、1960年代、70年代初めのAltshuller の矛盾マトリックスを全面刷新した「新版矛盾マトリックスMatrix2003/2010」が作られた。その使いやすさと推奨発明原理の適切性は明確である。ところが、TRIZ専門家に大きな影響力をもつ「TRIZの伝統主義」のために、現在もなお大部分のTRIZ教科書はAltshuller版の矛盾マトリックスを掲載している。「技術システムの進化の法則」を提唱するTRIZ専門家たちが、「TRIZの進化」を受け入れようとしていない。

TRIZを普及させる上での最大の問題は、本論文でたびたび言及されているように、「TRIZの考え方」を(短い時間の中でも)できるだけ伝えることであった。それには、膨大な知識ベースや、沢山の道具(諸方法)や、ソフトウエアの操作法ではなく、「TRIZの考え方」、「TRIZのエッセンス」を伝える必要がある。そしてそれには、「TRIZのエッセンス」自身を予め明確にしなければならない。理論のレベルでのエッセンスの表現、方法のレベルでのエッセンスの表現が必要である。

このSouchkov論文で私が最も残念に思うのは、「TRIZ のエッセンス」を捉えて表現し直そうとするアプローチを、「TRIZの簡略化」として、「単一の道具(方法)に簡略化し、それを通そうとするもの」という極論をしていることである。TRIZの(膨大な知識ベースを持つ)多数の理論のエッセンスを表現し説明することが必要であり、さらに約20件ほどにもなるTRIZの諸方法のエッセンスは、それらの諸方法をすっきりと位置付けて統合する新しい枠組み(パラダイム)が必要である。私はこれらのことを日本で模索・体系化してきたつもりである。

私の最初のTRIZ理解は、TRIZの知識ベースの役割の理解であった。ついで、Dr. Sickafus のUSITを学んで、創造的問題解決のすっきりした(簡潔にした)方法のアウトラインを理解した。さらに、TRIZの主要な解決策生成技法をすべてばらして、USITの観点から再統合し、「USITオペレータ体系」を作った。また、USITのプロセスをデータフロー図で表すことにより、「6箱方式」を得、これがTRIZだけでなく、「すべての創造的問題解決の新しいパラダイム」であることを、提唱した。これらは、「TRIZの考え方」を、さらに明確にし、発展させたものであり、「簡略化」に留まったものではない。

なお、「USITがどこまで確立され、受容され、実績を挙げたか、いまも活用されているか?」という問題がある。これはSouchkovだけでなく、Darrell Mannからも尋ねられたことがある。これに答えられる客観データは、Ed Sickafus博士記念アーカイブズ中の、「(2) 年表形式の詳細索引: USITとその発展に関する論文、事例研究、通信等: Ed Sickafus 博士および(特に日本での)その追随者たちによるもの」を参照されたい。Sickafus博士自身は、USIT教科書の出版、Ford社での実績の学会発表の後、2000年にFord社を退職し、USITのホームページとNewsLetterで活動、著作1篇と国際会議発表数件がある。Ford社からの発表や海外の研究者による発表はほとんどない。日本では、中川の発表・活動が継続的に多数あり、その他に企業ユーザによる適用事例の学会発表も1999年〜2011年にかけて十数件ある。

中川はUSITの全体資料を2015年にまとめて掲載しており、USITマニュアル、USITオペレータ体系、適用事例集、USIT主要参考文献から成る。適用事例集に載せたものは、大学での授業や卒業研究などをまとめたもの、企業技術者との研修等で作ったものであり、分かりやすい日常的なテーマを扱い、事例当初のプロセスを軸に、マニュアルに沿って基本方法の全段階を例示している。なお、私は企業の開発現場での経験をもたないので、企業でのTRIZ/USIT研修だけを行い、企業コンサルティングをしなかった。2001〜2011年に企業から発表された十数件のUSIT適用事例は、中川の研修を受けた企業の実践者たちが自ら適用・実施したものである。私は、2012年に大学を退職し、また2012年末で日本TRIZ協会の理事を辞めたので、その後は日本でのTRIZ/USIT研修を行っていない。USITの発表が最近少なくなっていることを心配している。

 

 

本ページの先頭

世界のTRIZ (先頭)

1.TRIZ普及の歴史

2.現在の状況

3.今日の課題

結論

参考文献

編集ノート追記(中川)

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最終更新日 : 2020. 8.14     連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp