解説論文

ビジネスとマネジメントのためのTRIZによるブレークスルー思考

Valeri Souchkov (ICG Training& Consulting、オランダ)、
ICG T&C ホームページ、2007年掲載、2014年更新

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学) 2016年11月21日

掲載:2016.11.23

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編集ノート (中川 徹、2016年11月21日)

本稿は、ヴァレリー・スーチコフさんのホームページから、許可を得て和訳・掲載しています。和訳の許可を得てから、1年半経ってしまいました。著者のプロフィールは、本稿末尾を参照ください。Souchkovさんは、ミンスク(ベラルーシ)の出身で、オランダを拠点に世界で活躍しています。TRIZを、現代化した理解で分かりやすく紹介することに努めておられ、本『TRIZホームページ』上では何回も和訳紹介させていただいています。参照リストを本ページ末尾の「編集ノート後記」にまとめました。

本稿は、TRIZを ビジネスとマネジメントの分野に適用していくための考え方を、きちんと書いています。分かりやすく説得力のあるものです。ビジネスマン、一般社会人の方々への優れた入門・解説記事(20頁)です。技術分野の人たちにも参考になります。

TRIZはもともと技術の分野で、多数の発明が実はより少数の考え方(「発明原理」)で説明でき、技術システムの発展がいくつかの「進化のトレンド」として理解できることを示し、また矛盾を解決する「ブレークスルー思考」の方法を創ってきました。ビジネスやマネジメントの分野で扱う社会システムでも、これらの(発明)原理や進化のトレンドは、少しの違い・調整で同様に使えることが分かってきました。さらに、問題解決のためのブレークスルー思考の方法は分野が違っても基本的に同様に使えるのです。本稿では特に、輻輳したビジネスの問題において問題状況を「根本矛盾分析(RCA+)」で図的に表現し、各矛盾を「プラスの効果 対 マイナスの効果」の対として捉えて、(発明)原理や進化のトレンドを参照して解決する方法が説明されています。また、進化のトレンドを手掛かりにして、将来を予測しつつ、その中に新しいアイデアを創り込んでいく「ロードマッピング」の方法を説明しています。同氏は、技術分野からビジネス分野に重点を移しつつ、実地のトレーニングとコンサルティングを行っており、RCA+を実用し成功したプロジェクトは1000件以上になったと言います。実践に裏打ちされた、素晴らしい解説です。

本ページの目次を作っておきます。また、本文中の重要キーワードを太字で示します。

本ページの目次:

論文 先頭

1. はじめに

2.  TRIZとは何か?

3.  TRIZがビジネスとマネジメントでもうまく働くのはなぜか?

4.  理想性を使う思考

5.  正しい問題を見つけることがまた一つの問題である

6.  「基本 xTRIZ」プロセス

7.  TRIZのその他の技法: 次にくるものを創る

8.  将来へのロードマップを描く

9.  ビジネスとマネジメントのためのTRIZ: 一つのロードマップ:

10.  ビジネスとマネジメントにTRIZを使用する応用分野

11.  結論

著者紹介

参考文献

 

 

本ページの先頭

論文先頭

はじめに

TRIZとは

ビジネスでなぜうまく?

理想性

問題を見つける

xTRIZ

トレンド

ロードマップ

ビジネスのためのTRIZ

適用テーマ

結論

著者紹介

参考文献

編集ノート後記

  Souchkov ホームページ 

 原文

英文ページ

 


 

                                  

 解説論文 

 

ビジネスとマネジメントのためのTRIZによるブレークスルー思考

Valeri Souchkov (ICG Training& Consulting、オランダ)

解説論文、ICG T&C ホームページ掲載 (2007年、更新 2014年)

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学) 2016年11月21日

 

矛盾を掘り下げ
発明原理を使って
問題が解決 !

Russell Sutcliffe、xTRIZ 実践者、ロンドン、イギリス

1.  はじめに

人類の文明を進歩させるためには、技術革新がいつもその最も重要な原動力であった。 今日においては、ビジネスの革新がまた、競争に勝つために同じほど重要であることが明確になり、必須のものになってきた。 現代のビジネス環境は極めてダイナミックで急速に変わっており、かつてはビジネスに快適ゾーンを保証していた境界を、情報技術とグローバルなネットワークが、取り除いた。 市場は絶えずよりよいサービスを要求し、小企業間の競争でさえ地球規模になりつつある。 それと同時に、ビジネスの革新を助ける確固として証明済みの方法というものがない。 その解決策を探して、ますます多くのビジネス関係者がTRIZに注目してきている。

TRIZは、「発明的問題解決の理論」を意味する。 TRIZは、20世紀の半ばに旧ソ連で創始されたものであり、発明的なアイデアや画期的な解決策を体系的に生成するプロセスを支援する方法を開発しようとしたものである。 前世紀の末までは、旧ソ連の外では比較的わずかしか知られていなかったが、今日ではTRIZはグローバルになりつつある。 世界中の会社や組織ますます多くが、TRIZをイノベーションのための最善の実践法であると認識し始めている。 その中には、ゼネラル・エレクトリック、プロクター&ギャンブル、インテル、サムスンがある。

現在のTRIZは技術と工学の分野で知られ使われているが、ビジネスとマネジメント領域でのTRIZの適用は実際上まだ知られていない。 これは驚くには当たらない。 TRIZは技術者のために技術者によって創られたのだから。 TRIZの専門家の大多数は、歴史的な理由からビジネスよりも技術領域で仕事をしている。 それに加えて、技術領域で仕事をしているTRIZ専門家の多くはビジネス環境の具体的なことに疎いから、ビジネス領域の問題に「技術的」TRIZを直接適用したのでは必ずしもうまくいかなかった。 ビジネスとマネジメントのための別バージョンのTRIZが必要になった。

比較的最近、この10‐15年の間に、何人かのTRIZ開発者たちがビジネスとマネジメント領域にTRIZの適用を拡張し始めている [3,10,13,14]。 結果はかなり有望に見えた。 一見解決できそうになかったビジネス・マネジメントの問題のいくつかが、随分効果的かつ効率的に解決した。 そのような状況がビジネスとマネジメント領域のためのTRIZの開発を一層刺激し、近年活発に進展している。 「ビジネスTRIZ」をさらに推進した大きなステップは、Darrell Mannの著書『Hands-On Systematic Innovation for Business and Management』[7]であった。

本稿は、ビジネスとマネジメント領域のためのTRIZについてその真髄の部分を簡単に展望するものであり、それはもうすでにビジネスの新しいアイデアや解決策の生成に使われて成功してきている。 また、TRIZを知っている人にも、TRIZのことをまったく聞いたことがない人たちにも、読んでもらうことを意図している。

 

2.  TRIZとは何か?

TRIZは、技術・工学分野での、言わば「普通でない」問題を解決するのを支援するための、理論と一組の応用ツールとして、開発された。 「普通でない問題」とは、既知の定式化された方法(例えば、数理的最適化や構成変更など)では解けないような問題を意味する。 そのような問題では、いままでに知られていなかった、新しい、既成概念からはみ出した、解決策を必要とする。 そのような解決策を通常「革新的」とか「発明的」とか言い、またそのような問題を「革新的」あるいは「発明的」と呼ぶ。

TRIZの開発にあたって、TRIZの創始者であるロシアの発明家ゲンリック・アルトシュラーとその共同研究者たちは、膨大な数の技術解決策、特許、発明を研究し、その中に存在した共通の解決策パターンを沢山抽出した[1,2]。 TRIZ研究のもう一つの重要な成果は、うまく定義されていない初期の問題状況を解決策に変換するのを支援するメカニズムを発見したことである。 それは、発明的問題を抽象化したレベルで解決し、それによって、最も関連のある解決策の領域に直接に誘導して、解決策の探索空間を劇的に減少させる。 そのようなアプローチは、以前の経験を高次の解決策パターン集として再利用可能にし、革新的な問題を解決するのに必要な時間や労力を減らしてくれる。

図1.  TRIZの基本原理の一つ:
TRIZは、解決策に直接に飛ぼうとするのでなく、問題を分析し、そのモデルを作り、
TRIZデータベースから関連する解決策パターンを適用して、可能性のある解決策の方向を指し示す。

何年もの開発の過程で、TRIZ開発者たちは、革新的問題を解決し革新的なロードマッピングをする過程のさまざまな段階を支援する多数の技法やツールを導入した。 古典的な「技術的」TRIZに関するより詳細な情報は、文献 [8, 15] を参照されたい。

一般的に言って、今日では、TRIZの方法と技法は、適用領域に関係なく、次のような状況で利用できる

1.  具体的な問題で、問題がマイナスのまたは望まない効果として定式化されている場合(例えば、製品があまりに早く劣化する、エンジンが壊れる、プロジェクトが失敗する、顧客が離れていく、売り上げが落ちる、など)、あるいは必要な性能や制御が得られないと定式化されている場合(例えば、速度が遅すぎる、売り上げが十分でない、サプライチェーンのマネジメントがうまくない、など)に、その問題を解決する。

2.  (ビジネス的あるいは技術的な)システムを探索して、存在しているボトルネックや障害を発見し、TRIZのツールや技法を用いて見つけた革新的な解決策を使って取り除く。

3.  技術的あるいはビジネス的システムの進化のポテンシャルを分析し、次世代のそのシステムを開発するための戦略を提案する。

4.  新しい製品やプロセスの潜在的な故障を予測し、それを防止することを助ける。

現代のTRIZは大きな知識体系であり[17]、発明的問題解決とシステム進化に関する理論、問題分析と問題解決のための分析的なツールと技法群、解決策のパターン集、具体的な効果と技術のデータベース、および、創造的イメージ開発の技法、などで構成されている。

図2. 現代のTRIZの適用領域、方法、および技法

 

3.  TRIZがビジネスとマネジメントでもうまく働くのはなぜか?

TRIZの役割を一文で定義する必要があるなら、「TRIZはイノベーションの創造的フェーズに知識ベースを用いた体系的な支援を提供する」といえる。 基本的なTRIZの原理の大部分は技術的発明の研究から引き出されたものであるが、われわれが問題を解決しアイデアを作り出すやりかたは、実際上すべての領域でほとんど同じである。 例えば、TRIZが前提としているのは、「ある技術を進化させる原動力の主要なものの一つは、現行の技術能力と絶えず成長するわれわれの需要との間に生じる矛盾の、段階的な解決である」という考えである。 矛盾の解決を通じて進化するという概念は、哲学分野ではTRIZよりずっと前から知られていたが、TRIZ研究者たちはこの概念をさらに発展させ、技術革新を支援するのに適用可能にしたのである。 矛盾の解決を通じて進化するという同じ考えが、社会、政治、ビジネス、経済など、他の多くの領域においても真実であるように見える。 例えば、古くからの確固として見えるビジネスモデルが、ビジネス環境が変化するときに生き残ることができないのは、そのモデルが矛盾に直面し始めるからである。 そして多くの場合に、ビジネスモデルを根本的に変えなければならない。なぜなら、妥協や最適化はモデルをほんの少し改良するのを助けるに過ぎないからである。

TRIZの最も重要な寄与の一つは、矛盾を解決するための戦略とパターンを特定したことである。 非常に一般的なもの(例えば、「時間と空間で矛盾を解決する」)、そしてずっと具体的なもの(例えば、「意図している動作の代わりに、その反対の動作を考えよ」)、の両方がある。 高度な抽象化によって、TRIZの主要な発見や原理は、創造的な問題解決を領域に依存しないものにした。 TRIZの総称的な原理やパターンの現体系は、何らかの価値を追加するために今後創造されるだろうほとんどすべての人工システム [技術システム、社会システムなど] にきっと適用できるであろう。 今日、TRIZは、ビジネス、ソフトウェア・アーキテクチャ、マーケティング、広告、教育学にも使用されている。 旧ソ連の多数の学校で、子どもたちはTRIZを使って考えることを学んでいる。そこでは、ゲームやパズルやおとぎ話が使われる。 もともとは工学的応用のために開発されたけれども、今日のTRIZは徐々に、(ブレークスルーのアイデアを生成するヒューリスティックなアプローチに基づいた)汎用の問題解決パラダイムへと発展している。

TRIZが他の領域でもうまく働くのはなぜか?」という質問に対する一つの答えは、「普通でない」問題を扱う場合のわれわれの思考の根底にあるメカニズムを理解することであろう。それは、解決策が未知であり、問題解決の方法が手に入らない場合である。 二つの見るからに異なる問題で、全く異なるように見える二つの矛盾を解決する必要がある場合に、われわれの脳は異なるメカニズムを使うのだろうか? 一見するとYESに見える、が本当にそうだろうか? 例えば、異なる領域のまったくさまざまな問題を解決するのに、われわれは同じブレインストーミングや類比思考の方法を使うことができる。それなら、さまざまな問題を体系的に解決するもっと厳密な方法があると考えてはいけないだろうか? そして、TRIZが証明しているように、そのような方法が存在するのである。

図3. TRIZが発見した事実

二つの問題を見てみよう。 第1の問題は技術分野から来ている。 宇宙船を発射して軌道に乗せるためには、地球の重力に打ち勝たなければならない。 それが意味するのは、重力のバリアを破るのに必要なスピードに達するために、宇宙船は多量の燃料を持っていかねばならない。 しかし、燃料の大部分を燃やした後に、残った燃料で宇宙船はその全体(非常に大きくて重い空の燃料タンクを含む)を運ばなければならない。 これは、宇宙船に積める有用な荷物の量をずっと減少させる。

では、2番目の問題を見よう。 新興企業が成長フェーズに入ったとき、経営陣はマーケティング活動に積極的に投資することを決定する。 しかし突然、期待していたマーケティング予算がカットされ、企業のマーケティングの取締役は問題に直面した。 彼はすでに、目標を達するのに必要と思う新しい営業チームのサイズを決め、人員採用まで始めていたのに、新しい予算枠では計画していた展示会すべてに出展することはできないだろう。 また逆に、営業チームのサイズが小さいままであれば、すべての展示会に出展したとしても、営業チームの翌年末までの総合成果は望むほどにはならないだろう。 予算の増加は不可能であった。

両方の問題にアプローチするのに、2つの方法がある。 第一の方法は、最適化を適用することである。 われわれは、燃料タンクの容量と宇宙船中の有用な積み荷の重さの最適な比率を見つけることができる。 第二の場合では、採用する専門家の数と出展する展示会の数とを最適化することができる。 最もありそうなことは、両方の解決策とも、トレードオフの関係にあり、満足できないものであろう。 われわれは第一の例では宇宙船の有用な積載量を犠牲にし、第二の例では営業チームの能力を犠牲にするであろう。 おそらく、最適解は働くだろうが、ある程度に限られる。 最適解がわれわれの増大する要求を満たさなくなったとき、われわれはブレークスルーを思いつく必要がある。 どのようにして? われわれは最適化を忘れて、ブレークスルー思考を適用する必要がある。

TRIZ以前では、この部分は謎のままであった。 問題解決プロセスを支援する体系的な方法は、ブレインストーミング以外には何もなかったが、それでさえまだ完全に試行錯誤に基づくものであった。 われわれの創造性を高める心理的方法で、問題を直接扱うものは何もなかった。それら [創造性諸技法] は、われわれの創造的な能力と想像とを扱い、「通常の」思考では思いもよらないような様々な方向に探索するようにわれわれの思考を発散させる。 しかし、どの方向に、そしていかに、探索するべきかは、これらの方法ではまったく不明のままであった。

実際、Genrich Altshullerが初めて、経験的な科学的アプローチを適用して、われわれがそのような問題(すなわち、創造的思考を必要とし、定式化された方法では扱えないような問題)をどのように解決しているのかを理解しようとした。 何年もの間、技術のさまざまな領域からの何十万件もの解決策を研究して、彼は、「一見すると非常にばらばらに見える発明的な解決策が、抽象化した解決策パターンの比較的小さなセットで構成されている」と結論づけた。 彼はまた、「ブレークスルー解決策」が何を意味するかを特定した。 ブレークスルー解決策は、一つの矛盾を解消した結果として生まれる。 それはわれわれが問題を解くのを妨げている主要な障害である。 われわれはかつて最適化とトレードオフの用語で考えていたのだが、ブレークスルー解決策はブレークスルー思考を必要とするのだ。

ブレークスルー思考は種々の理由で難しい。 まず最初に、われわれはみんな(あるいは、少なくともわれわれの大部分は)、すべての人に内在している「心理的惰性」の虜である。 われわれの思考を枠から外す(箱の外に出す)には、われわれが解決しようと試みている具体的な問題に関連する概念からわれわれ自身を引き離し、既存の解決策を忘れ(それらは所詮役に立たない)、問題を一つの新しい角度から、あるいは、沢山の新しい角度から見ることが必要である。 ブレインストーミングとその種々の変法が、このプロセスを支援するためにかつて導入された。 しかしながら、ブレインストーミングはわれわれを解決策の方向に導くことをしない。 比較的簡単な問題に対しては、ブレインストーミングはけっこううまく働く。 もっと複雑で困難な問題に対しては、われわれは何千という試行をする必要があり、それでいて、われわれが欲しい解決策を見つけることができるという保証がない。

上記の二つの問題をどのようにTRIZでモデル化できるかを見ることにしよう。 TRIZでの矛盾は、「プラスの効果 対 マイナスの効果」の対で表現され、それぞれの効果はある条件の結果として現れる。 例えば、もし燃料タンクを大容量にすると、宇宙船を軌道に乗せることができるだろうが、それと同時に有効な積載量は低くなるだろう(図の状況「A」)。 もし燃料タンクを小容量に設計すると、プラスの効果もマイナスの効果もともに互いに置き換えられるだろう(「A」の反対の状況。これを「-A」と表記する)。見て分かるように、両方の要求を満足するためには、燃料タンクは大容量であると同時に小容量である必要がある。 これは可能とは思えないから、両方の要求を何らかの他のやり方で満足する解決策を見つける必要がある。

   

図4. TRIZでの矛盾のモデル化 (「プラスの効果 対 マイナスの効果」の対): 宇宙船の問題の例

営業チームの問題に対しても、同様のモデル化の方法を適用できる。

   

図5.  TRIZでの矛盾のモデル化 (「プラスの効果 対 マイナスの効果」の対): マーケティングチームの問題の例

矛盾を特定した後の、次の段階はそれらの矛盾を解決することである。 妥協したり最適化したりするのではなく、「Win-Win」になるように各矛盾を解消するべきである。 それを支援するために、TRIZは、矛盾の複雑さに対応して適用できる一連のツールを提案している。 大多数の問題に使える最もよく知られている技法は、40の発明原理といわゆる「矛盾マトリックス」の組であり、矛盾のタイプに応じて最も関連のある発明原理のサブセットに、体系的にアクセスできるようにしたものである。 40の発明原理は、技術応用とビジネス応用の両方で似ているけれども、矛盾マトリックスは異なっている。 技術と工学用の矛盾マトリックスは、もともと1960年代にAltshullerによって創られたけれども、ビジネスとマネジメント用の矛盾マトリックスはDarrell Mannによって開発され、文献[6, 7]に紹介された。 矛盾マトリックスで矛盾が解決できなかった場合には、矛盾を扱うもっと高度な諸技法がある。例えば、ARIZ(発明的問題を解決するためのアルゴリズムを意味する)である。

上記の問題の両方に適用できる次のような解決策パターンをわれわれが特定したと仮定しよう。 発明原理#2: 「取り除く」(発明原理の「ビジネス用」の定義だけを記している)

図6.  TRIZの解決策パターンの例: 発明原理#2: 「取り除く」

見て分かるように、発明原理は厳密な解決策を提示するものではない。 代わりに、いくつかの随分一般的な戦略と推奨を提案しており、それをさらに翻訳しないと具体的な解決策にならない。 しかしながら、これらの戦略や推奨は過去に同様な矛盾をうまく解決している。だから、これらを再び利用すれば、必要とする解決策を見つけられるチャンスがずっと増えると期待される。 そこでわれわれがするべきことは、これらの推奨を適用して、われわれの問題の文脈で新しいアイデアを思いつくことである。 非技術のさまざまな領域で40の発明原理を使った事例は、文献[9] にある。

上記の発明原理に依れば、燃料タンクが大容量で重たすぎるなら、それらを単に宇宙船から「取り除けば」よい。 宇宙飛行の先駆者の一人、Robert Goddardが提案した解決策は、発射用ブースターを取り外し可能にし、その中の燃料を全部燃やし終わったらすぐに切り離して捨てることであった。 その結果、有効積載量は、数%だけでなく、桁が違うほどに増加した。  

図7.  宇宙船問題の解決策

それでは、第二の問題では何を「取り除く」べきか? 展示会は会社の製品を展示するのに必要である。 したがって、製品を取り除くべきである! マーケティング問題への一つの解決策は、営業チームを計画どおり作り上げ、会社自身のブースがある最重要の展示会にだけ、フルに参加することであった。 営業のプロが会社に入って来るやいなや、彼らに要求されたのは、ブースを共有して製品を一緒にプロモートしたいと思うような企業を探すことであった。それによって展示会の出展経費を大幅に削減できる。 矛盾はwin-winのやり方で解決されたか? 確かにそのとおり。会社は計画どおりに営業戦力を増強し、それと同時に、元の計画どおりにすべての展示会でその製品を出展したのだから。

もちろん、製品の共同プロモーションはマーケティングの成果を減少させるかもしれないという議論はあろう。しかし、それはまたブレークスルー思考を改めて必要とする新しい問題である。 製品の共同プロモーションをより効果的にするにはどうするか? 一つの製品をプロモートするより以上に、効果的にするには? この問題は解決できるか? もちろん、できる。 われわれはその解決策を見つけねばならないだけであり、見つけるためのツールを持っている。

共同プロモーションという解決策は、「取り除く」という推奨から随分離れているように見えるかもしれない。 もしあなたがTRIZを知っていれば、そうではない。 まず最初に、発明原理はわれわれの創造的な想像を活発化するトリガーとして働く。 そして第二にもしあなたがTRIZをよく知っていれば、システム進化の基本メカニズムの一つを知っているであろう。 二つ以上のシステムを結合させて、より複雑な構造に統合すること。 この知識は、最良のアイデアをずっと速くに思いつくのを助ける。 TRIZのシステム進化のトレンドについては、後に本稿中で議論するつもりである。  

図8. マーケティングチームの問題の解決策の例: 共同プロモーション 

もう一つの重要な論点は何を「ビジネス革新」と考えるかである。 技術においては、イノベーションとは、一つの発明(すなわち、特許になったあるいは特許になり得る解決策で、だから過去にはだれにも知られていないもの)を市場に出して成功させること、を意味する。 ビジネスにおいては、ある一つの解決策は、もしそれがその一つの組織で以前にまったく使われたことがなかったなら、「新しい」といえる。そして、それが一つの問題を解決している限りは、「革新的」とみなされてよい。 例えば、製品を共同プロモーションするというアイデアは、ビジネス世界ではよく知られている。それでも、共同プロモーションの個々の新しいケースは革新的として扱ってもよい。 ただ、解決策の「革新性」の程度は、異なっているだろう。 TRIZは革新的解決策の5つの異なるレベルを認識しており[1]、その記述はほとんどすべてのTRIZ入門書に見出すことができる。

まとめ:
困難で輻輳した問題にTRIZを使って取り組むと、可能性のあるすべてのアイデアを長時間非効率的に探索する代わりに、われわれはもっと直接に、いわゆる「強力な」解決策の領域に、そして究極的に、最高の理想性を持つ解決策の領域に、導かれる。

図9.  解決策の探し方: ランダムな探索法と体系的な探索法:
ランダムな(試行錯誤の)方法を使うのは、真っ暗な森で懐中電灯も持たずに、一匹の黒猫を探しているようなものだ。 森が大きければ大きいほど、その猫を見つけるチャンスは少なくなる。
TRIZを使うと、われわれの問題に最も関連性のある解決策の領域にまっすぐに導かれる。

 

4.  理想性を使う思考

理想性はTRIZの主要概念の一つである。 理想性の度合いは、あるシステム(製品あるいはサービス)が提供していると認識される価値を、その価値を作るのに必要なすべてのタイプの費用や投資の額で、割った比率を示す。 要するに、理想性の度合いは、システムの有用機能からその価値を減ずるすべてのマイナス要因を引き、それをコストで割ったもので定義される。

図10.  「理想性の度合い」の概念

例えば、私がノートPCを買う計画で、すごく高性能のものを見つけたが、それが重すぎて音がうるさかったとすると、私はたぶんそれを買わないだろう。 また、非常に軽量で静かでも、遅いノートPCなら、また買うのを避けるだろう。 実際、私が欲しいノートPC は、うんと性能が良くて、きわめて軽量で、バッテリの寿命が数時間ではなく数年で、決して壊れず、そして望むらくは無料のものである! それはわたしが、TRIZの用語でいえば、「理想の」ノートPCを欲しい、ということである。 TRIZでは、理想性の式は定性的なもので、ふつう、同じ問題に対する異なる解決策を比較するのに役立つ。

理想性は強力な概念である。なぜなら、それは、究極のシステム、「理想の」システムを定義することを要求するからである。 理想のシステムは、存在しないでいて、その機能を提供するシステムである。 理想性の度合いの増大が、ほとんどすべての技術システムの進化を支配するトレンドであることに、Altshuller は注目した。 同じことはビジネスシステムでも起こる: より少ない(コスト)で、より多くの(価値)を提供できれば、そのシステムはより効果的でより能率的であろう。 例えば、ITサポートの導入は、業務プロセスを自動化して、ビジネスが経費を大幅に削減することを助けるだろう。 ソーシャルネットワークを通してウェブベースのマーケティングを使えば、起業家は家から出なくても世界中の何百万人もの潜在顧客にアクセスすることができる。 もちろん、完全に理想的なシステムというのは、エネルギー保存の法則のために存在しない。しかし、問題を解くときや新しいシステムを設計するときに、理想性の概念を頭に入れておくことは、「正しい思考」のための土台を提供する。 「リーン工学」やシックスシグマなどの現代のマネジメント技法もまた理想性の度合いを向上させるけれども、それらはある限度内で向上させるに過ぎない。 他方TRIZ技法は、システムの理想性の度合いを劇的に増加させ、破壊的な変化を提供するのを助ける。 これが、多くのシックスシグマの専門家たちがTRIZトレーニングを受け、シックスシグマの実践にTRIZを統合する理由である。 例えば、[3]を参照。

 

5.  正しい問題を見つけることがまた一つの問題である

多くの状況で、単一の矛盾を見つけて取り組むだけでは不十分である。 困難な問題や輻輳したチャレンジは普通、多数の矛盾が組み合わさっているのが特徴である。 多くの場合に、一つの矛盾の解決では、われわれが期待する結果を与えてくれるとは限らない。 システムの一部分を変えると通常他の部分にも変化が生じる。だから、われわれはシステムの複雑性を認識して、それが正しい方向に進むように、できるだけその「全体像」を見るようにする必要がある。 一つの全体的な問題を構成しているサブ問題で、関係しているものや基盤にある問題をすべてできるだけきちんと定義できればできるほど、矛盾の根源を理解するのが容易になり、どのレベルで問題を解くのがよいのかを、よりきちんと見つけることができるだろう。

TRIZは、システム中の問題を認識し提示するためのいくつかのツールと技法を持っている。 問題を矛盾として定義するために、われわれ(ICG T&C 社)は、「根本矛盾分析(RCA+)」という技法を導入した。 その技法は、否定的なあるいは非効率な結果として定義された一般的な問題を、トップダウンに分解して、相互に関係した矛盾の木に表現する[16,18]。 得られたRCA+ダイアグラムは、問題に応じて、一つから20‐30あるいはもっと多数の矛盾を含むことができる。 RCA+はまた、問題を最も効果的・効率的に解くのに、どのように矛盾を選ぶとよいかの具体的な推奨をも含んでいる。

RCA+が導入されたのはわずか12年ばかり前であるが、すでに技術とビジネスの分野の両方で1000件以上の実プロジェクトに適用して成功している。 そのモデル化の能力に加えて、RCA+を利用すると、TRIZを用いた思考を随分と構造化し明確化して、TRIZをより早く習得することができる。

図11.  ビジネス領域の問題のRCA+ダイヤグラムの典型例

もう一つのTRIZツールは機能分析として知られている[20]。 この技法は、システム中の否定的、不十分、あるいはうまく制御できていない相互作用を特定するのを助け、さまざまなタイプのシステム中の弱点の場所を示すのを助ける。 その適用分野は、技術、サプライチェーン、組織、ビジネスサービス、などである。 重要なのは、機能的相互作用の分析が、「隠れている」望ましくない相互作用(すなわち、システムの性能を下げ、あるいは潜在的な故障の源となり得るもの)を明らかにすることであり、それによって、一層の改良をする可能性を明らかにすることである。

図12.  機能分析の典型的な図の一部。 点線、破線、および二重線は、相互作用が望ましくない効果を起こすことを示す。

[注(中川、2016.11.21): この図はより大きな図の一部とのことである。図の局部的な機能的関係はうまく表現されているが、
この図全体として何のために描いているのかが明確でない。機能分析は別資料でより深く学ばれるとよい。]

システムの機能性を探求することに基づくもう一つの技法で、問題を抽出し、因果関係のアプローチに基づくものが、「Problem Formulator」であり、Ideation International社が開発・紹介した。 この技法をビジネスプロセス改革に適用して成功させた報告がある[12,13]。

 

6.  「基本 xTRIZ」プロセス

ビジネスとマネジメントの領域でのTRIZによる問題解決プロセスを支援するために、われわれは「基本 xTRIZ」と呼ぶプロセスを開発した。

1.  状況分析:   問題と機会を定義する: どのような問題状況であるかを理解し、問題を記述し、解決策の判断基準、要求、制約、ゴールおよび目標を定義する。

2.  問題/課題を一望し分解する: RCA+または機能分析を適用して、一般的な問題を分解し、矛盾の用語で取り扱い可能なサブ問題の全体マップを作る。

3.  鍵となる論点または問題を選ぶ: 期待される成果を挙げるのに、どの重大な対立(矛盾)を解決するべきかを特定する。

4.  TRIZ技法とツールを用いて、解決策のアイデアを生成する: 選択した矛盾を解決するために矛盾マトリックスと発明原理を使うなど、TRIZ 技法を適用して、新しい解決策アイデアを生成する。

5.  アイデアのポートフォリオを作る: 生成したアイデアの木(階層図)を構成する。

6.  解決策を評価し、ベスト解決策候補を選ぶ: Multi-Criteria Decision Matrix(多基準判定法)、理想的解決策のTRIZ判断基準、およびアイデア修景法を適用して、アイデアポートフォリオを評価し、ベスト解決策の候補を特定する。

図13. 基本 xTRIZ : ビジネスとマネジメントの領域でのTRIZによる問題解決プロセス (ICG T&C社)

このプロセスは、問題から、革新的なアイデアのポートフォリオへの論理的な変換を支援する。 プロセスの各フェーズが提供する結果は、次のフェーズの入力データとして役立つ。 「基本 xTRIZ」を使った実地適用事例は[18]に提示されている。

 

7.  TRIZのその他の技法: 次にくるものを創る

本稿はここまで、TRIZの「問題解決」部分をビジネスの問題にどのように使えるかを検討してきた。 しかしながら、TRIZは問題解決だけに関するものでない。 実際、TRIZにおける問題解決はシステム進化のプロセスの一部であると認識されている。だから、現代TRIZの基礎の大きな部分は「技術システムの進化の理論」によって形成されている。 この理論は、技術世界の進化を支配するパターン、トレンド、および規則性を研究する[19]。 前述のように、技術システムもビジネスシステムも、人類が創造した人工システムの例である。 したがって、根底にあるシステム進化の原理は、たとえ同一でないとしても、すくなくとも似たものであると、仮定できる。 進化に際して、これらのシステムは同様なタイプの障害を経験する。そこで、われわれはこれらの障害を克服するのにまったく同様のパターンを使う。 TRIZの知識と経験を持っている多くの人々は、人間活動のほとんどすべての領域ですぐに、「古典的」TRIZのパターンを認識できる。

ブレークスルー解決策は、ときには「破壊的」イノベーションと呼ばれるが、何もないところから現れるのではない。 古い解決策に課せられている限界や制約を乗り越えていく必要性への対応として、それらは出現する。 デジタル写真がアナログのフィルム写真を置き換えて写真産業を破壊的に変革した。ちょうど同じように、Apple社のiPodとiTuneサービスを組み合わせた新しいビジネスモデルが、既存のデジタルミュージックプレーヤの市場を破壊した。 iPod自身は大きなイノベーションではなかった。市場にはすで何十ものブランドがあったが、Appleの革新的なビジネスモデルのおかげで勝利した。

疑問は: そのような変化は予測できるか? そして、答えはYESである。 これはTRIZが、ある特定のトレンドだけでなく、進化の一般的なラインを探索しているからである。システムあるいはシステム部品の構造が、最初にその必要な機能性を提供し始めたときから、最高度の理想性の機能を提供するときまで、絶えず変化していく進化過程を、それは指定している。 最初のフォード車と現代のフェラーリを比較してみよ。 あるいは新興企業と、それがやがてはなりたいと願っている世界市場の巨大企業とを、比較してみよ。 進化の間に両システムは、変化し成長する市場要求に対応するために、多くの質的な変換を経験する。品質、安全性、信頼性、快適さ、などなど。 たしかに、両システムは根本的に違う原理の上で動いている。 自動車は物理と化学の法則・原理に基づいているのに対して、会社はビジネス、心理、市場、社会の法則・原理で動いている。 しかし、両システムをより高い見地から見れば、自動車も会社も、(一般化した)構成要素のネットワーク(すなわちシステム)として表現できる。それは、なんらかの機能を提供し、物質または情報を処理し、(経済)活動に関わり、外部システムの他の構成要素と相互作用し、反応とフィードバックを行っている、など。 間違った油を車のエンジンに入れれば、車は壊れるだろう。 間違った情報を会社に入れれば、会社もまた壊れるだろう。

以前に、われわれは大胆な仮説を立てた。 「「技術の」TRIZが明らかにした一般的な進化のラインの多くは、ビジネスシステムとその環境の中でもうまく使えるだろう。」と。 ときを経て、それは本当であるように見えた。 例として、古典的TRIZの進化のトレンドの一つを見てみよう。 いわゆる「可動性の向上のトレンド」である。「システム中の一つの構成要素は、環境からの絶えず成長する需要を受けて、その可動性の程度(言い換えると、自由度)が増大するように進化する傾向がある」という。 技術的(物理的)なシステムにおけるこの進化のラインは下図のようである。

図14.   TRIZの進化トレンドの例: 「可動性の向上のトレンド」: 技術分野における一般的な説明とその事例

携帯電話の進化を駆動している矛盾の一つは、「サイズ vs 人間工学と機能性」である。 具体的な矛盾は、われわれは大きな画面を欲するが、携帯電話全体のサイズを大きくしたくない。 この矛盾は沢山の違った方法で解決されつつあるが、そのうちの一つが携帯電話の可動性の程度を増大させることである。 例えば、携帯電話を「折り畳む」設計は、大きな画面と大きなキーパッドの両方を可能にし、携帯電話を使っていないときの全体サイズを大きくすることを回避している。 最終的には、携帯電話の画面を無くすことができる。それには、投影システムを使って壁やその他の利用可能な面に画像を投影できればよい。

この進化のラインは、各段階で作られた製品が、その前の段階で作られたものを置き換えることを意味するものでない。なぜなら、すべては新しく提案された解決策の理想性と目的に依存するからである。 新製品がすべての点でいつも優れているわけではないから、新世代と旧世代の製品が共存して、市場でそれぞれ独自のニッチを占めることがある。

では、ビジネスのシステムとサービスのための、「可動性の向上」という同じトレンドを見てみよう。 その定式化は「技術用」のトレンドとは少し異なる。

図15.   TRIZの進化トレンドの例: 「可動性の向上のトレンド」: ビジネス分野における一般的な説明とその事例

例として、ニュースメディア会社の進化を見てみよう。 20世紀の初期には大きな会社が無数のスタッフを使ってニュースを集め、新聞を印刷・配布していた。その後、さまざまな機能を提供する複数の会社のネットワークとなった。 そして、近未来の一つの予想されるシナリオとして、完全にWebベースのメディア会社になる。それは高度なソフトウエアと無数のブロガーを使って最新のニュースを提供しコメントするだろう。 これがニュースを提供するマスメディアの進化の最終段階だろうか? そうではない。TRIZが教えるところによれば、一つのトレンドに沿って進化の最終フェーズに達したときでさえ、システムがさらに進化し続けることをわれわれは知っている。

「フラットな世界」[4]では、物理的な世界のさまざまな境界は速やかに取り除かれ、ダイナミックな(可動性のある)ビジネス構造だけが成功するだろう。 昨日には、単独でのコンサルタントビジネスにとって、潜在顧客のサークルが地理的な場所によって安全に保護されていたにしても、今日では、インターネットのおかげで、ボストンのコンサルタントがシンガポールのコンサルタントに負けるということが起こる。それにはGoogleやYahooが作る検索結果で、より高い位置を占めればよい。 しかし、このトレンドの適用は、いつもマクロとミクロの両方のスケールで考えなければならない。 システムの最初のフェーズ(可動性のないシステム)を見るときに、ある一つの大きな会社について語ると同時に、その会社内の一つの小さなグループについて語ることもできる。 それらの両方が、(最初は)可動性がなく、「可動性の向上」のトレンドで定義されている進化のルートに従って進んでいくと考えることができる。 同様に、大規模なビジネスプロセスとその中の任意のより小さなイベントについても、両方考えるべきである。

なぜiPodが他の音楽プレーヤに勝利したのか? デザインと音質の理由だけではない。 それと同時に、オンラインサービスと組み合わせて、非常なダイナミックさと柔軟性を提供したからである。 曲を素早く見つけてアプロードでき、好まない曲を削除し、多数の曲を並べ替え、演奏リストを創り、ビデオを見、接続できる、などなど。 ビジネスサービスもiPodと同様であるべきだろうか? そのとおり。 それらもすでに、ますますダイナミックになる傾向にある。 絶えず、サービスを更新し、既存のサービスに新しい部分を加え、不必要な部分を無くし、その構成をカストマイズし、サードパーティやユーザをプロセスに取り込んでいるような会社が、勝利する、あるいは少なくとも生き残るだろう。

だから、「可動性の向上のトレンド」が、(General Electricの前CEO)Jack Welchが定義したビジネス戦略の要諦の中の一つのルールを組み込んだのも、驚きではない。 「変化を敵であるかのように扱うビジネスリーダは、その仕事で失敗するだろう。 変化は恒常的なものである。成功するビジネスリーダは常に変わりつつあるビジネス環境を読み取ることができなければならない。」[11].

 

8.  将来へのロードマップを描く

TRIZのおかげで、いまやわれわれは人工のシステムの進化のメカニズムについてよりよく理解してきている。 TRIZの進化のトレンドを知って、われわれは、われわれのビジネスシステムやビジネス製品が現在どの位置にあるのか、どのように進化して来たのか、システムの進化を駆動してきたのがどんな矛盾かを評価することができ、その進化のポテンシャルを判定できる。

われわれのビジネスモデルあるいはわれわれの価値配分のどの部分を変えたいのかを決定するためには、「価値-矛盾マッピング(Value-Conflict Mapping, VCM)」というツールが使える。それは、われわれのビジネスモデル内に存在する障害で、現在および将来のクリティカルなビジネス需要に対応することを妨げているものを、抽出することを助けてくれる。[21] VCMは一つの表を完成させる形で実行する。その表は、顧客の需要と市場のトレンドを、システムの部分やその性質でそれらの需要やトレンドを充足する責任を持つものとを、対応させる。この方法は、鍵となる市場の需要やトレンドと、分析している現システムの構成要素との間の矛盾を確立することを助ける。

図16.  Value-Conflict Mapping (VCM) を使って、システムのクリティカルな矛盾を特定する

人工システムの進化の底流にあるメカニズムや進化のトレンドやパタ―ンの知識を理解することは、われわれのシステムや製品やサービスに次にどのようなことが起こるだろうかを予測するプロセスを組織・確立する助けになる。 ただ、これは厳密には予測のプロセスではない。 進化のパターンを適用することによって、その適用プロセスの間にわれわれは新しいアイデアや解決策を思いつく。 したがって、われわれは単に予測しているのではなく、そのプロセスの間に新しいアイデアを創出しているのであり、そのようなプロセスの出力は、われわれのシステムが将来どのようなものに変わるかについての沢山の新しいアイデアを持ったロードマップである。

 

9.  ビジネスとマネジメントのためのTRIZ: 一つのロードマップ:

TRIZは単一の技法あるいは単一の方法ではない。そこで、いろいろな状況を扱うのにTRIZのどの技法を使うべきか、また各状況において使うべき戦略を定義する助けになるロードマップを必要とする。 私のICG T&C社が作成した一つのロードマップは、すべての状況を4つのカテゴリに分割している。そして各カテゴリにおいて、使うべきプロセスと関与するツール・技法のセットを提案している。 このロードマップのいくつかの部分はすでによく練られており、他のいくつかはさらに研究し洗練する必要がある。

このロードマップはビジネスとマネジメントのための、TRIZの鍵となる技法を提示しただけのものである。各プロセスは、そのプロセス中で使ういくつかの追加のツールを含んでいることがある。例えば、多画面図(Multi-Screen Diagram)、比較ランキング(Comparative Ranking),、多基準決定法(Multi-Criteria Decision Matrix)、などがある。

図17.  「ビジネスとマネジメントのためのTRIZ」を目指したICG T&C社のロードマップ

 

10.  ビジネスとマネジメントにTRIZを使用する応用分野

1999年以来、私はますますTRIZをビジネスとマネジメントへの応用にむけて開発・使用することに関わってきている。以下のリストは実際の経験に基づいており、TRIZが使われた実プロジェクトのいくつかを取り上げたものである。[末尾の( )内は事例が行われた分野を示す。]

 

11.  結論

本稿の意図は、TRIZがビジネス世界に対して、ビジネスおよびマネジメントのイノベーションを強化・加速するために何をもたらし得るかを、非常に簡単に読者に全貌を見せることであった。 ごく最近に導入されたものだが、ビジネスとマネジメントのためのTRIZは、いくつもの適用事例の成功によって、その有効性が証明されてきた。 われわれはさらに、ビジネスシステムの進化に関するビジネス特有のトレンドやパターンを研究する必要があり、ビジネスに特化したデータベースを創る必要がある。

しかし、同じことはTRIZ自身についても当てはまるのではないか?TRIZは常に進化する科学である。 そして経験が示すように、ビジネスとマネジメントのためのTRIZの現在の知識体系でさえ、われわれは問題を解決し、新しい革新的な解決策を思いつくことに成功できている。 TRIZの分析ツールの力は、広い範囲の問題やチャレンジを特定するのに使うことができ、さらに、TRIZの進化パターンと問題解決技法はよりよいアイデアを生成することを助けることができる。 TRIZはまた、その他の方法論(例えば、QFD、FMEA、技術ロードマッピング、シックスシグマなど)と統合することができる。

しかし、本当に重要なのは、TRIZデータベース中の情報の量ではなく、TRIZが提案した新しいブレークスルー思考の方法である。 すなわち、矛盾を解消して理想性に向かうことにより、成功する革新的なアイデアを思いつくことである。 盲めっぽうに探してアイデアや結論に飛びつくのではなく、われわれは状況を十分に分析し、矛盾を明らかにし、それを「Win-Win」のやり方で解決する。 システムの進化のメカニズムを理解すると、ビジネスは、単なる推測や試行錯誤によるのではなく、科学的な基礎を持ったアプローチに基づいて、その開発戦略を定義することができる。 このような思考法は、イノベーションの最先端に居り続けようと望むすべての人を豊かにするだろう。 ビジネスとマネジメントのためのTRIZは、多国籍の大企業でも、起業家が経営する小企業でも、ともに使うことができる。

 

著者紹介

Valeri Souchkovは、公認TRIZマスターであり、1988年にベラルーシのミンスクでInvention Machine Labs を共同設立して以来ずっと、TRIZと体系的イノベーションに関わってきた。 そのとき以来、彼はいくつかの組織と提携し、世界中で顧客を訓練し、コンサルティングをした。その中には、いくつものフォーチュン500社がある。 彼はRCA+の作者であり、それはイノベーティブな状況を分析する支援ツールである。 2000年に彼は欧州TRIZ協会(ETRIA)を提唱し、共同設立者となった。 また、2003年からICG Training & Consultingを率いている。このオランダの会社は、Systematic Innovation(SI、体系的イノベーション)の技法およびツールの開発・適用・推進をしており、技術とビジネス領域で、商業組織・政府組織に向けている。 Valeri Souchkovはまた、TRIZとSystematic Innovationに関して、Twente大学とTIAS Business Schoolとで非常勤講師をしている。 彼の連絡先は valeri@xtriz.com 

 

参考文献

    1. Altshuller G., Creativity as an Exact Science, Gordon and Breach Publishers, 1994, ISBN: 978-0677212302

    2. Altshuller G, The Innovation Algorithm. TRIZ, Systematic Innovation, and Technical Creativity. Translated, edited and annotated by L. Shulyak and S. Rodman, First Edition. Technical Innovation Center, Inc., Worcester, 1999, ISBN: 978-0964074040

    3. Averboukh E. “I-TRIZ for Six Sigma Business Process Management”, The Online TRIZ Journal, December 2003.
      http://www.triz-journal.com/archives/2003/12/i/09.pdf

    4. Friedman T., The World Is Flat: A Brief History of the Twenty-first Century, Farrar, Straus and Giroux; Expanded and Updated edition, 2006, ISBN: 978-0374292799
      和訳版: 『フラット化する世界』〔普及版〕上・中・下、トーマス・フリードマン 著、伏見威蕃訳、日経出版(2010年)

    5. Kim Jung-Hyeon & Lee Jun-Young South, “The Acceleration of TRIZ Propagation in Samsung Electronics”, in Proc. ETRIA TRIZ Future 2005 Conference, Graz, Austria, November 16-18, 2005, Leykam Buchverlag, 2005.

    6. Mann D. & Domb E., “40 Inventive (Management) Principles With Examples”, The Online TRIZ Journal, September, 1999.
      http://www.triz-journal.com/archives/1999/09/a/index.htm

    7. Mann D., Hands-on Systematic Innovation for Business and Management, Lazarus Press, 2004.

    8. The Online TRIZ Jounal, http://www.triz-journal.com

    9. Contradiction Matrix and the 40 Principles for Innovative Problem Solving, The Online TRIZ Journal,
      http://www.triz-journal.com/archives/contradiction_matrix/

    10. Ruchti B. & Livotov P., “TRIZ-based Innovation Principles and a Process for Problem Solving in Business and Management”, The Online TRIZ Journal, December 1999. http://www.triz-journal.com/archives/2001/12/c/index.htm

    11. Slater R., 29 Leadership Secrets From Jack Welch, McGraw-Hill; 1 edition,  2002, ISBN-10: 0071409378

    12. Smith H., What Innovation Is - How Companies Develop Operating Systems For Innovation, SCS White Paper, 2004      http://www.csc.com/features/2004/uploads/innovation_update05.pdf

    13. Smith H., “P-TRIZ Formulation”, #2 in a series, BPTrends.com, March 2006.      http://www.aitriz.org/ai/articles/InsideTRIZ/0207.pdf

    14. Souchkov V., “M-TRIZ: Application of TRIZ to Solve Business Problem”, Insytec white paper, 1999.

    15. Souchkov V., Accelerate Innovation with TRIZ, ICG T&C White Paper, 2005, http://www.xtriz.com/publications/AccelerateInnovationWithTRIZ.pdf

    16. Souchkov V., “Root Conflict Analysis (RCA+): Structuring and Visualization of Contradictions”, in Proc. ETRIA TRIZ Future 2005 Conference, Graz, Austria, November 16-18, 2005, Leykam Buchverlag, 2005.

    17. Souchkov V. Annotated List of Key TRIZ Components. ICG T&C White Paper, 2006,
      http://www.xtriz.com/Annotated%20list%20of%20main%20TRIZ%20tools%20and%20techniques.pdf

    18. Souchkov V., Hoeboer R. & van Zutphen M., Application of RCA+ to Solve Business Problems, The Online TRIZ Journal, February 2007,      
      http://www.triz-journal.com/archives/2007/02/06/

    19. Zlotin B. & Zussman A., Directed Evolution: Philosophy, Theory and Practice, Ideation International Inc, 2001.

    20. Goldfire Innovator™, www.invention-machine.com

    21. Souchkov V., "Value-Conflict Mapping to Structure Innovation Strategy", in Proceedings of Int. Conference TRIZ Future 2008, University of Twente, Enschede, The Netherlands, 2008, p. 235-242.

 


 編集ノート後記(中川 徹、2016.12.21)

本『TRIZホームページ』上で紹介しています、Valeri Souchkovさんの著述、関連記事には次のものがあります

[1]  TRIZの四つの見方 (Valeri Souchkov、The TRIZ Journal, March 1999)、中川訳、『TRIZホームページ』 掲載 1999.3.29 

[2] SalamatovのTRIZ教科書 翻訳出版の案内と資料: (超発明術TRIZシリーズ5: 思想編「創造的問題解決の極意」)
    英語版: ”TRIZ: The Right Solution at the Right Time”  Valeri Souchkov 編、 1999年刊
   日本語版: 中川 徹監訳、三菱総合研究所知識創造研究チーム   訳、日経BP社刊 (2000年11月)
   日本語版翻訳出版の案内と資料、『TRIZホームページ』 掲載 2000.11.22 

この中に: 日本語版への英語版編集者の序文     (Valeri Souchkov, 2000年 9月11日)

[3]  TRIZの歴史の概要 (Valeri Souchkov、ICG Training & Consulting社ホームページ、2008年5月)、
          中川訳、『TRIZホームページ』 掲載 2008.11.16 

なお、私は彼のRCA+の考え方を次の適用事例の中で使い、大いに有用でした。

「オートロックドア方式のマンションで不審者の侵入を防ぐ方法−身近な社会&技術問題へのTRIZ/USITの適用事例」
   中川徹 ・ 藤田新、TRIZシンポジウム(2007年)、『TRIZホームページ』掲載:2007. 9.13 

 

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最終更新日:  2016.11.23     連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp