CrePS 解説論文 | |
札寄せ用具と図的思考: 札寄せ用具の開発の意図、操作法、使い方、使用実践例、図的思考の有効性 |
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掲載:2016. 9.29 |
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編集ノート (中川 徹、2016年 9月25日)
札寄せ用具と図的思考に関する、片平・中川の共同論文の第3部です。第1部では、「札寄せ用具」の開発者である片平が、その開発の意図、操作法、「札寄せ法」と総称する使い方の基本的考え方について、記述しました。また、第2部では、片平自身の実践事例について、個人用に行う場合の実践法と、会議などでその場で作っていく場合の実践事例を記述しました。この第3部では、中川の実践法として、自分または他の人の書いた文章/文書などの論旨を札寄せ図を作ってきちんと「見える化」する、自分が理解すると同時に人々の理解と議論のために提示するやり方を説明しました。
本稿の目次を下記に記します。実践例はすべて今まで本『TRIZホームページ』に掲載してきているものです。目次の主要項目の右に、元の掲載ページのリンクを記します。全体について、また各事例について、そのやり方と所感、今後発展させるべき実践の方向などを新しく書き下しています。
第3部目次:
第3部: 「札寄せ用具」の使用実践例: 中川が行っている「見える化」のための札寄せ法 中川 徹
5.1 はじめに
5.1.1 札寄せ法の基本的な考え方
5.1.2 「見える化」は図を仕上げることを重視する札寄せ法
5.1.3 図による表現の特徴と「見える化」図の目標
5.1.4 「札寄せ」と「見える化」をする場面5.2 ひとまとまりの文章を「見える化」する -- 具体的なプロセス
5.2.1 まず、読む/読み取る
5.2.2 要点を書き出す/抜き書きする
5.2.3 札化の準備 (各文を整える)
5.2.4 Excelファイルに全文をコピーし、A列セルに並べる
5.2.5 札寄せツールを開き、すべてのセルを「札」に一括変換する
5.2.6 札を記述順で、段落ごとに仮配置する
5.2.7 グループ化と主文の摘出/作成、枠づくり
5.2.8 グループ単位で再配置して、全体の構成を考える
5.2.9 全体構成と関係づけを明確にする
5.2.10 表現を図的要素を使って改良する
5.2.11 図を簡略化して、論旨を一層明確にし、全体を複数枚の図で階層的に構成する5.3 実践例1. 論文概要(Sickafus) の「見える化」
5.4 実践例 藤田孝典著『下流老人』の「見える化」
5.4.1 実践例2. 『下流老人』の「はじめに」の「見える化」
5.4.2 実践例3: 下流老人の現実 (模式図による表現)
5.4.3 実践例4: 誰もがなりうる下流老人(近い未来編)
5.4.4 実践例5: 下流老人に関する意識と理解の問題
5.4.5 実践例6: 下流老人問題への著者の提言 の「見える化」
5.5 実践例7: 「財政再建と日本経済」(吉川洋講演)の「見える化」
5.6 規模の大きい文書・資料を「見える化」するために
5.7 まとめと付記
論文
札寄せ用具と図的思考:
札寄せ用具の開発の意図、操作法、使い方、使用実践例、図的思考の有効性
片平 彰裕(第一考舎)、中川 徹 (大阪学院大学)
第3部: 「札寄せ用具」の使用実践例: 中川が行っている「見える化」のための札寄せ法
執筆: 中川 徹、2016年 9月24日
5.1.1 札寄せ法の基本的な考え方
札寄せツール(札寄せ用具)の開発の意図、基本的な使い方、そして札寄せツールを使って考えを進めるやり方(すなわち、札寄せ法)については、開発者片平彰裕が本シリーズの第1部で書いており、片平自身の使用実践法を第2部に書いている。その要点は、
いろいろな情報・考えを一件一葉に書いた「札」にして、それをExcelのシート上でいろいろに配置して考えを広げ・まとめていくのに使う。
札を自由に配置し、動かしている過程で、脳が刺激され、いろいろなアイデアが誘発される。
いろいろな観点で札の配置を選び、枠によってグループ化し、線・矢線で関係を示すなどをして、全体としての情報を明確にしていく。
図は2次元に配置できるから、1次元を基本とする文章よりも表現が豊かであり、分かりやすくできる。
自分一人で使い、自分の考えを書き出し、(全体的な)考えをより明確にするのに有効である。
また、会議の場で、全員の発言を札寄せに書き出して、全員に見せながら会議を進めると、共通認識の形成が促進され、議論が明確になる。
これらの使い方で、途中でいろいろな気づきを得ることが札寄せ法の大きな効果であり、目標である。
(そして片平は、図を仕上げることに必ずしも重点を置かない、という。)
5.1.2 「見える化」は図を仕上げることを重視する札寄せ法
中川は、上記の片平の思想と説明に共感するけれども、一点だけ強調点が違う。
すなわち、札寄せ法によって図を仕上げることを、私は重視する。
図を仕上げることによって自分(作者)自身が一層明確に内容を理解して表現し、多数の人たち(グループから、関係者、一般の人たちまで)に分かりやすく提示し、議論・考察の材料にして、共通認識を形成する助けになると考える。
札寄せ法を使っていろいろな気づき・アイデアを得たら、それをきちんと表現する(すなわち、図を仕上げる)ことによって、本当の成果になるからである。
この背景には、最終的な仕上げの表現として、文章がよいのか、図がよいのか、という問題がある。
その答えは明確であり、「文章にも長所・短所があり、図にも異なる長所・短所があるから、両者の長所を生かすように併用するべきである」ということである。
図の長所は、(適切に表現されていれば)札の情報の相互関係が分かり、全体の構造が「一目で見える」し、また部分ごとの詳細も見ることができる。全体の論旨を「見える化」できる。
ただし、図は、論旨の詳細やニュアンスなどを表現するのには適していない。微妙で含蓄のある表現、詳細で正確な論述などは、文章の方が適している。しかし、そのような場合ですら(あるいは、そのような場合こそ)、図を使って、文章の内容の全体構造・論旨を明確に「見える化」することが有益である。
5.1.3 図による表現の特徴と「見える化」図の目標
ここで、図の特徴を、文章と比較して、もう少し考えておきたい。
文章は、(基本的に)一次元の(長い)記述である。読者は初めから終わりまで順次読み進めることが基本である。その(長い)文章の構成を分かりやすくするためには、章・節・小見出しなどを付け、段落を区切り、(列挙する場合には)箇条書きを使い、重要な語句を太字にするなどの配慮・工夫をする。それらはいわば、部分的に二次元的・視覚的要素(すなわち図的要素)を導入して、必要なところに跳んでいけるようにしているといえる。
これに対して、図は、本来的に視覚的であり、二次元表示である。視覚的には、大きさ、形、色、位置関係(上下左右や遠近など)、接続・内包関係、などが使え、それぞれに標準的な暗黙の意味がある(例えば、大きな要素は小さなものよりも重要であるなど)。いろいろな要素を二次元に配置しておくと、読者はまず全体を見て大づかみに把握し、それから図的要素の誘導に従って部分部分をより詳しく理解していく。図的要素には一般的・暗黙的な意味(例えば、四角や円で表した一つの要素(札など)は一つの情報項目を示し、線や矢線が項目間の関係を示すなど)があると同時に、その図において付加した何らかの意味(だから、明示的な説明が望ましい意味)(例えば、矢線が因果関係を示すなど)がある。ただし、単なる図記号やキーワードだけでは情報を正確に伝えにくいから、札寄せ法の図では主要な図的要素である札に、ひとまとまりの情報として一つの文を書くようにしている。図に文章の良さを借りているのである。
「見える化」とは、複雑でもやもやした一つの状況・問題・事項などを、分かりやすく、特に(実際に、あるいは比喩的な意味で)「目に見えるように」する、表現することである。札寄せ法での「見える化」とは、札などに(文を使って)表現した情報要素の多数の集まりを、二次元の図的表現を活用して、その全体的構造を(「見えるように」)明瞭にすることである。
そのような「見える化」図を作ることにより、図の作成者の理解が明確になり、その理解が図を見るほかの(多数の)人たちに分かりやすく伝えられるようにできる。それができるように、「見える化」図を作ることが大事である。
5.1.4 「札寄せ」と「見える化」をする場面
どのような場面・状況で「札寄せ」や「見える化」をするのかを考えると、次の二つの場合がある。
(1) 扱う問題がまだもやもやしている段階:「札寄せ」を使う (片平の実践法)
自分自身の考えがまだ明確でなく、いろいろなことを書き出しながら、考えを拡張していくとき(片平4.1参照)。会議などで、いろいろな考えが出され、それを記録・調整していくとき(片平4.2参照)。多様な考えを記録した文章・文書・資料などがあり、その全体構成が(図の作者にとって)もやもやしている段階でまとめようとするとき。
-- これらのときには、片平の実践法で書いているような考え方で「札寄せ法」を使い、図の仕上げを強調しないことが多い。中川自身の経験でも、「札寄せ」である程度の図ができた段階で、その図を参考にしつつ、全体を新しく文章として書きだすことが多い。文章の方が考えをさらに発展させ、きちんと表現しやすいように思う。もちろん、ここで文章を経由せずに、「見える化」に進んで図を仕上げてもよい。
(2) 問題をある程度明確にした資料(文章)がある段階:「見える化」を使う (中川の実践法)
あるテーマ(問題)について考察し、考えをまとめた文章(たとえば、半頁〜20頁程度)がある場合。あるテーマについてきちんと記述した文書(例えば、20頁以上〜本1冊程度)がある場合。きちんと記述した一群の文書(例えば、複数/多数の本など)がある場合。これらの文章・文書は、自分が書いたものでも、他の人たちが書いたものでもよい。これらのものの論旨を明確にする、特に全体的な論理構成を明確にし、自分自身の理解を深めるとともに、他の多くの人たちにも分かるようにする。このために、「見える化」を行う。
-- これらの場合には、「見える化」を目標とした「札寄せ法」を使うとよい。ただし、情報の量に応じて、作成する図の枚数や、多数の図の階層的な構成法が違うであろう。「見える化」の図は、資料に用いた文章・文書をより簡潔に分かりやすくする効果がある。また、この「見える化」の図を参照しつつ、簡潔な文章にすると、資料の良い紹介・要約ができる。
まず、基本的な場面として、ひとまとまりの文章をベースにして、それを「見える化」するための札寄せ法の実際の進め方を説明する。分量でいえば、半頁(例えば、論文概要)〜20頁(例えば、論文1篇、本の1章)程度の文章である。
5.2.1 まず、読む/読み取る
まず、対象とする文章をよく読む。その文章の著者が言っていることをきちんと理解する。また、「見える化」の作業をする価値があり、作業をするのに適した記述であるかを判断する。感覚的な記述、不明確な論理のものは「見える化」の対象に適さないと考える。(論理が不明確であることを「見える化」することも一つの意義かもしれないが。)
5.2.2 要点を書き出す/抜き書きする
長い文章(例えば、3頁以上)の場合には、要点を読み取り、抜き書きあるいは自分の文にして書き出す。段落ごとにその論旨を書き出すのがよい。著者が例として書いている部分などは、簡略(あるいは省略)でよい。著者の論理構成を抜き書きに反映させておく必要がある。
短い文章(例えば、2頁以下)の場合には、上記の指針に従って、原文の主要部を残し、冗長な部分を削るとよい。
5.2.3 札化の準備 (各文を整える)
前項で得た要点の文を、札寄せ法の「札」にするための準備をする(例えば、Word文書で)。札は一文ずつで作るから、改行を使って、各文が行頭から始まるようにする(字下げを使ってもよい)。1行以上になる文(複文、重文など)は、区切りで改行して分割する。論理の(大きな)転換を示す言葉は、単独行にする。節見出しなどはそのまま単独行にしてもよい。節や段落の区切りなどに空白行を入れてもよい。
5.2.4 Excelファイルに全文をコピーし、A列セルに並べる
Excelのファイルを開き(新しく作り)、前項の(Word文書)全体をコピーして、新しいシートのA1セルに貼り付ける。すると、Word文書の各行が、ExcelのA列の各行に縦に整列して現れる。(途中に空行があってもよい。)
5.2.5 札寄せツールを開き、すべてのセルを「札」に一括変換する
ここで、札寄せツールのExcelファイルを開く。現在のバージョンは、fudayose500.xlsm である。これによって、前項のExcelファイルのデータに対して札寄せの操作ができる。
札寄せツールの主パネルで、[子画面呼び出し]、[ファイル変換]、さらにファイル変換の子画面で、[一括変換]、[セルを札に]をクリックする。
すると、「札化」という名前の新しいシートが作られ、そこに元のシートの各行が黄札に変換されて、縦に並んだ状態で現れる。この段階では、各札は横1行の細長い形で、文字数に応じて長さが調整されるオプションになっている。全札が選択された状態である。
なお私は、各札の横幅を(例えば、7cmに) 統一し、長い文は札内で自動的に折り返し、札の高さは行数に応じて自動的に調節されているのが、使いやすいと思う。このための変換は以下のように操作すると便利である。(注:Excel 2010を使って説明している。)
全札が選択されている状態で、Excelのメニューバーで[描画ツール 書式]タブを開き、ツールバーの[サイズ]の右下のボタンをクリックして [サイズとプロパティ] のダイアログボックスを開く。
すると、[図形の書式設定] のダイアログボックスが開く。そこでまず、[テキストボックス] タブを開き、[自動調整 テキストに合わせて図形のサイズを調整する] をオフ、[自動調整 テキストを図形からはみ出して表示する] をオフ、[内部の余白 図形内でテキストを折り返す] をオンにする。さらに、[サイズ] タブを開き、[幅] を「7 cm」と指定する。そしてこのダイアログボックスを一旦閉じると、札の横幅が7cmになり、テキストは折り返されているが、高さは元の1行のままの状態になる。
そこでもう一度、[サイズ]の右下のボタンをクリックして、[図形の書式設定] のダイアログボックスを開く。[テキストボックス] タブを開き、[自動調整 テキストに合わせて図形のサイズを調整する] をオンにし、[自動調整 テキストを図形からはみ出して表示する] をオフ、[内部の余白 図形内でテキストを折り返す] をオンにする。そして、ダイアログボックスを閉じる。すると、各札は高さ方向に適宜拡張され、少しずつ重なった形で表示される。
5.2.6 札を記述順で、段落ごとに仮配置する
[札化] シートをコピーして、新シートを「見える化」図の名前にするとよい。そして、札を一つずつ動かして、札が重ならないように、記述順のままで、段落ごとにひとまとまりになるように、(段落単位で横になってもよいから)仮配置をする。札の内容を一つずつ読みながら仮配置すると、全体の構成の概要を改めて確認できる。
(このとき、札寄せの画面の表示を縮小したり、Excelの行を挿入/削除したりという操作をするとやりやすいが、細部になるので省略する。)
5.2.7 グループ化と主文の摘出/作成、枠づくり
もう一度札を順番に読みながら、意味的なまとまりと、意味の展開の筋書きを確認する。(きちんと書かれた文章なら)段落や節などに対応した札群の意味のまとまりを明確にし、それらの札を代表する主文を含む札を見つける。主文が明確でないときには、新しくそのひとまとまりの中身を代表する文(主文)を作る。主文を表す札を、例えば赤札に変換する。また、そのひとまとまり内で、論旨が明確になるように内部の札の並べ替えを行ったり、札の分割、意味を補う札の作成、札内の文の修正などを、必要に応じて行う。
ひとまとまりの札を囲む「枠」を作る。多くの場合に、このひとまとまりの札の主文の札を枠に変換し、主文の表現(またはそれを調整したもの)を枠の文に採用し、ひとまとまりの札を囲むように枠の範囲を指定する。またこの枠と内部の札をまとめて、グループ化する。グループ化されたものは、ひとまとまりで移動させることができる。
5.2.8 グループ単位で再配置して、全体の構成を考える
グループ(枠)を主たる単位にしてシート上で動かし、全体の図の論旨が明確に表現できるように考える。なお、グループを固定的に扱うのではなく、適当と考えれば、グループを解除、再編成する。グループが分割される場合も、あるいはさらに大きなグループに階層的に統合される場合もある。
論旨の明確化にあたっては、図の全体に何らかの「座標」や「枠組み」といったものを導入する場合もある。
5.2.9 全体構成と関係づけを明確にする
全体の構成・配置を決め、枠や札の間の関係をより明確に表現する。特に、枠を階層的に(入れ子にして)使い、また線や矢線を使って、札の間や枠の間の関係を明示する。
5.2.10 表現を図的要素を使って改良する
札寄せツール自体は、構成要素として長方形、丸四角形、線/矢線だけを使い、札の色も黄・赤・青・透明の4種だけを使うなど、表現を限定的にしている。
Excelの図的表現の諸機能を使うと、「見える化」図をもっと、分かりやすく、印象的にすることができる。例えば、
新しい図形要素を使う: 楕円、吹き出し、雲形、菱形、ブロック矢印、など
札・枠などの色を変える: 緑色、橙色、紫色、その他任意の色
文字のフォントを変える: フォントの種類、フォントサイズ、太字、色などを変える。
5.2.11 図を簡略化して、論旨を一層明確にし、全体を複数枚の図で階層的に構成する
実際にしばしば経験したのは、このようにして「見える化」した図が詳細になり過ぎることである。詳細版の図とともに、簡略化して、論旨の骨子を示し、論旨を一層明確にした図を作る必要がある。
1枚の図として表現したものの大きさ・詳細さは、大雑把に次の3段階があろう。
(a) 簡潔な図: 1枚のスライドとして明瞭に読める程度。A4の半頁に印刷したとして、フォントサイズが14(あるいは16)程度以上で、図としてもゆとりを持っているもの。
(b) 標準的な図: A4 1頁の図で、最小フォントが11程度以上。やや詳細を書いているが、主要な項目(例えば枠の主文)は大きなフォント(例えば、サイズ16)で書き、全体の枠組みを示す部分(枠線、主要矢印など)は太く描いて、それらの主要部は(a) の簡潔な図に対応するようにしたもの。
(c) 詳細で大きな図: 全体を1枚の図に表現することを重視し、詳細をも含めた大きな全体図。大きさは、A3、A2など。最小フォントは、サイズ10など。この場合にも、フォントサイズや線の太さに大小を使い分けて、全体構成の骨格が明瞭に分かるように工夫する。
実際には、必要に応じてこれら(a)(b)(c)を使い分け、複数の図を、階層的に構成する。これによって、全体の概要も一目でわかり、同時に各部分の詳細な情報をも分かるように、「見える化」図の作成に努める。
以下に「見える化」図を作った実践例を示す。これらの詳細はすべて、本『TRIZホームページ』に掲載しており、ここでは実践上の要点を記述する。
最初の例は、次の論文の概要部分である。
「夢想ヒューリスティックスを用いた潜在意識問題解決」、Ed Sickafus著、高原・古謝・中川共訳、2015. 7.20 『TRIZホームページ』掲載。
(1) 最初に、片平が札寄せ図解(「見える化」図に対応)を作った。それは、原文(概要の訳文)の文単位で札にして、著者の論旨を表現したものである。-- その図では何かすっきりと表現できていないと、中川は感じた。論文概要のように圧縮した文では、各文がやや複雑な構文になり、文間の関係が入り組みやすいからであろうと考えた。
(2) そこで、もう一度「見える化」をやりなおすことにし、まず、各文を論理単位ごとに分解し、つなぎの言葉も分離した。その上で札の並べ替えを行い、新しくグループ化して上位レベルの札を作った。そして、グループを枠で囲み、札や枠の関係を線・矢線で表示する。これによって、A4 1頁のサイズの「見える化」図を得た。
(3) その図をさらに簡略化し、全体構成をより明確にした(下図)。
この図の結果を見ると、次のような観点でこの論文概要の論旨を辿ったといえる。
- 現在の標準的な方法:構造化された問題解決方法論
- 人々が悩む〈明示されない)問題点: 初心のときは煩わしい、慣れるとショートカットを使う
- 本稿で扱う焦点: ショートカットとは何か?どう評価するか?
- 本稿の新しい観点: われわれの意識が問題を解くのでなく、潜在意識が解いている。それがショートカットである。
- 本稿の判断: 構造化された問題解決方法論を習得した後に、ショートカットを積極的に使うのがよい
- 本稿の提案: ショートカットを利用する具体的な方法:わざと一般化/曖昧にしたキーワードやイメージを使う。
- 本稿の提案の実施例: USITでの問題解決の事例
Sickafusの原文は、説明がもっとダイナミックであり、問題点、焦点、観点、判断、提案、実施例を全体の2/5でさっと述べ、ついで補足説明と議論をしている。「見える化」の図では論理的に順を追って分かりやすく説明した構成になっている。著者以外の読者にとっては、やはり順次説明してもらわないと付いていけなかったからであろう。
私の主たる実践例は、次の本1冊を章(節)ごとに「見える化」したものである。
『下流老人−一億総老後崩壊の衝撃』、藤田孝典著、朝日新書520、朝日新聞出版、2015年 6月30日刊、222頁
2016年9月〜2016年1月にわたって、『TRIZホームページ』に連載した。
それらの中から、「見える化」の観点から特徴的な部分について、以下に示す。
5.4.1 実践例2. 『下流老人』の「はじめに」の「見える化」
原書の最初の6頁の部分である。つぎの各段階の記録をホームページに掲載しているので参照されたい。(なお、操作法は本稿5.2節の記述の方が詳しく、新しい。)
(1) 抜書き・要約のテキスト作り: 比較的短い 60の文を抜書き(要約)した。
(2) 札を作って、仮配置する: 各文を札にし、大きなまとまりごとに仮配置した。補助的な札は、字下げの要領で少し札を右にずらしていることが参考になろう。
(3) 見出し文とグループ構成: 論点を明確にするように調整した。各論点についてきちんと言っている札を選び(あるいは作って)赤札にした。グループ分けを調整した。
(4) 仕上げ(詳細版): 主文の札を枠に変換し、グループを枠で囲んだ。全体構成を整えた。A4 1枚の大きさの図ができた。文字ばかりになり、見やすくない面がある。
(5) 要約版の完成: 詳細版から、補助的な詳細記述の札を消し、枠と札の計17個だけで簡潔版を作った。原著の構成(目次概要)などは省略した。論理の関係を矢印で示して、明示した。A4半頁、スライド1枚に収まる程度になった(下図)。
-- この要約版で『下流老人』の著者の意図は簡潔に表現できており、以後(4)の詳細版を使う/人に見せることはなかった。
(6) 文章化: 要約版を参照して、簡潔に文章化した。次のようである。
日本に「下流老人」が大量に生まれており、「一億総老後崩壊」といった状況を生み出す危険性が今の日本にある。本書では、「生活保護基準相当で暮らす高齢者及びその恐れがある高齢者」を「下流老人」という。その実態や背景は驚くほど知られていない。本書でその全体像を伝え、多くの読者とともにその解決策を考えていきたい。
ここに要約した文章は、「見える化」の過程を経て作成しており、適切な表現になったと思う。
5.4.2 実践例3: 下流老人の現実 (模式図による表現)
『下流老人』の第2章では、下流老人の現実の姿を説明するために、4人の70代の人たちを取り上げ、どのような生涯で下流老人になるに至ったかを記述している。
それらを「見える化」するにあたって、札寄せ法よりも模式的な(グラフ的な)表現の方が適していると判断した。そこで、「札寄せ法」の実践例としては例外的だが、あえてその模式図による記述を掲載する。第1例の人の人生は下図のようであった。
ここで縦軸は、生活のレベル(老後を含めた生活の経済的な安定性の予想レベル)を定性的に表している。横軸は年代と年令である。人生の各年令での主要な出来事を記し、生活のレベルの変化を示す。この人の場合には、40才頃から両親の介護を11年行い、その間地方で職に就けなかった。このため、65歳で退職した時には年金が9万円であった。その後持病があり、500万円の貯金を取り崩して底をつき、生活が困窮した。
第2の人の例は下図のようである。町工場でずっと働いていた腕の良い金型工であるが、うつ病で働けない長女を支えており、困窮に向かっている。娘の将来が最大の心配事だという。
これらの事例では、年令(横軸)と生活レベル(縦軸)の座標を導入することにより、図中の文による説明(すなわち札)の意味をずっと分かりやすくしている。
5.4.3 実践例4: 誰もがなりうる下流老人(近い未来編)
ここでは『下流老人』の第3章の後半 105〜124頁を取り上げる。
下流老人になる恐れは他人事ではない。章の前半では現在の高齢者層でのリスクを説明したが、現在の現役層・若年層の人々が高齢になったときに下流化する危険はずっと大きい。いまのままでは、「一億総老後崩壊」といった状況になる危険がある、と著者はいう。
今までと同様にまず抜書きをしたが、図表3件などは省略せざるを得なかった。仕上げた「見える化」図(詳細版)はA4で2頁になった。
それを簡略にして、A4 1頁にしたもの(簡略版)を下図に掲載する。原著の中の大事な部分であり、著者の意図・論点をきちんと理解し伝えるためには、この程度の詳しさが必要であると考える。
ただ、何を言っているのかをスライドにしようとすると、上図では詳細すぎる。そこで、後日さらに簡略にしたのが、下図のスライド版(要点版)である。
-- 主張の骨格は分かるが、バックにある論拠までは表現できていないので、説得力が不足している。「見える化」としては、上図の簡略版の方がよいと、私は判断する。
なお、図中の矢印については、右上の凡例を参照されたい。論理的な順関係(青)、解決策の提示(赤)、矛盾・対立関係(両方向矢印)を区別して表現した。ただ、モノクロ印刷では色の区別がつかない、両方向矢印が意味的にしっくりしない、などの問題点があり、検討・改良の必要がある。
5.4.4 実践例5: 下流老人に関する意識と理解の問題
これは原著の第4章「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日、(125〜148頁)を扱っている。
ここの特徴は、下流老人に対する国民の意見にはさまざまあり、特に「努力が足りないのだ」「下流になったのは自己責任だ」という議論があることを取り上げている。著者は多様な議論の観点をまず整理し、そのうえでいろいろな関係者の立場・意見を述べ、著者の考えを書いている。
そこで、「見える化」にあたっては、論点ごとに図を分離し、さらに関係者の立場を区別して示した。図の凡例のように、立場を区分し、それらを横に並べ、同時に色で区別している。ここには一連の論点の図3つを掲載する。
このような論点の対立の整理が、後に私に強い印象を与えた。『下流老人』の本へのカストマーレビュー82件を読んで、読者間の強い意識対立を分析した。その結果、競争社会で「競争に勝つこと」と「助け合い」とが常に対立し、その根底に「自由 vs. 愛」という「人類文化の主要矛盾」がある、という大きな認識にまで発展した。
5.4.5 実践例6: 下流老人問題への著者の提言 の「見える化」
『下流老人』の本の最終章(199〜218頁)は、「一億総老後崩壊を防ぐために」という題で、著者が自分なりの提言をまとめている。
私はいつものやり方で「見える化」を試みた。注意したのは、
最終章での論理を (跳びがなく) 明確に表現することを心がけ、抜書きの密度を少し高くした。
札寄せの図では、「問題状況の認識・基本認識 → 検討・考察 → 提言(と補足)」という著者の考察の過程を左から右への流れで表現した。
また、提言自身の段階的な順番と内部構成の論理的順番(したがって、その提言のベースになった問題状況の認識と考察の対象項も)を上から下への流れとして、表現した。
このような二次元的な表現法は、やりながら作り上げた。
札寄せ図の詳細版(A4 3頁)を作った。
その後、もっと全体を一望できる必要があると考え要約版(1頁)を作った(下図)。
-- まだ全体に混み過ぎているが、論旨を明確にし、説得力を維持するために、この程度の詳しさをが必要であると考える。
最後に、この要約版を見ながら「まとめ」を文章化した。各項で、「状況・考察 ==> 提言」というスタイルを使った。この提言部分を読んだだけでも、結論として著者が何を主張しているのかを読み取ることができる。
『下流老人』の問題を解決するには、どうしても福祉の財源の問題、財政と経済政策の問題を考える必要がある。ただ、財政、経済、政治などの領域は、問題が輻輳しているだけでなく、多様な利害が関係し、そのためさまざまな立場からの異なる考えが主張されている。そのどれを取り上げるのがよいかは、難しい。私は次の資料を選んだ。
「財政再建と日本経済」 吉川洋、学士会夕食会(2015年11月10日)講演要旨、學士會会報 918号 p.6-15 (2016年5月)
いつものやり方で「見える化」を試み、5頁の詳細版を完成させた。きちんとした講演であり、基本的な構成は講演の流れのままとした。この際、各札の記述内容の性格を区別して色分けをした(事実・資料、著者の論点(判断・主張)、海外などの参考事項)。また、私自身のコメントを、別の色の札で追加した。
-- これは、いろいろな議論を整理する場合のやり方の一つのモデルになった。読者から「もっと簡潔に」という注文があった。そこで、最初に著者自身の講演要旨4行を入れ、全体をA4 2頁に圧縮した簡略版を作った(下図)。
以上 5.2〜5.5節では、「ひとまとまりの文章」として半頁(例:論文概要)〜20頁(例:一つの論文・記事、本の一つの章)を「見える化」する方法を考え、その実践例を示した。それが、通常のサイズであると同時に、札寄せ法で一つの図として扱うのに適したサイズだからである。
しかし、札寄せツールで扱うExcelのシートは、(通常のフォントサイズ11で記述しているとして)A4とかA3とかのサイズの上限があるわけでない。必要に応じてどんどん図を拡張していける。これが、WordやPowerPointでのページの扱いと異なる長所である。画面表示での拡大縮小やスクロール機能を使えば、A3よりもっと大きな図を作っても対応できる。
ただ、図が大きくなると、図上の配置を変えたり、札や線を追加したりするときに、周りで影響を受けるものが多くなり、作業が煩雑になる。また、全体構成と細部の記述を共にきちんとすることが困難になる。
その上、出来上がったものを、他の人に見せるときに、上記の実践例でたびたび言及したように、大きな図では煩雑すぎて、受け入れられない。実際に20頁程度の文章ですら、著者の意図・論旨を説得力を持って記述しようとすると、3〜5頁の図になり、それを1〜2頁の簡潔な図にするには大いに苦労する。
それでは、もっと規模の大きい文書(例えば、一冊の本)、さらには複数の資料を「見える化」するにはどうするとよいか?
基本は「分割」と「階層化」である。
本の場合には、当然、章・節などの区切りがあり、階層的に構成されている。だから、章・節などを5.4節の実践例で示したように、5.2節の要領で個別に「見える化」する。そのうえで、それらのものの簡潔な「見える化」図を集めて一つの大きな図を作り、改めて札寄せ法を行い、全体構成を考える。本の場合には、著者が全体構成を考えて、章・節などに分けて執筆してあるのだから、この「見える化」は著者の意図を明確にしたものになると期待される。
-- 私の実践においては、『下流老人』(藤田孝典著)のケースで、本(新書版)一冊全体の章(節)別の「見える化」図を作った。全体で24頁の冊子を作った。しかしまだ、本全体を表す「見える化」図は作っていない。一つの課題であると思っている。
複数の資料、特に関連するテーマでいろいろな人が論述し、さらには論争しているような場合の「見える化」は、ずっと困難になるが、大事な問題である。方針としては、論争の一つ一つの立場を(5.5節の実践例の要領で)まず「見える化」し、その後主要な論点について、異なる立場のものを集めて、総合的に札寄せ法を行い「見える化」図を作ることが期待される。
-- このような規模のものは、まだ実例を作れていない。社会で本当に必要なのはこのレベルのものであると思う。今後の大きな課題である。
以上、この第3部では、中川が札寄せツールを活用して行ってきた「見える化」を目的とする実践法について、掲載済みの例を用いて説明した。いくつかの点を付記したうえで、この第3部のまとめをしておきたい。
まず、考えを膨らませる、考え・アイデアを書き出す、それらを整理して分かりやすくする、きちんとまとめて表現する、などのプロセスは、われわれが日常的に必要とし、行っていることである。そのために、さまざまな道具を使い、さまざまな表現法・形式を使い分けながら、やってきている。目的に応じ、場面によって、使いやすいものが違う。札寄せ法も、札寄せツールもそういった多様な方法とツールの一例である。そのような意味で、これらを適切な目的に、適切な場面で使うとよい。そこで本稿の意義も、どんな目的に、どんな場面で使った結果有効であったかを例示し、そのときの使い方を説明することであった。
その目的・場面については、5.1.4 で言及している。扱う問題がまだもやもやしているときには、私も片平と同様に考えを膨らませることを主目的にした方法(第2部参照)を使う。問題をある程度明確にした(自分または他者作成の)資料(文章)がある段階では、考えをきちんとまとめ上げ、論旨を明確に「見える化」する、そして沢山の人に示すことを主目的とした本稿(第3部)のやり方を使う。
対象分野には何も限定がない。5.3で取り上げたSickafusの論文は、技術分野を主とした問題解決の方法を扱っている。技術そのものを扱った論文であっても、同様にその論旨を明確化するのに、札寄せツールでの「見える化」は有効であろう。
それでも、非技術系の、社会問題などの分野で、この札寄せ法や「見える化」が一層有効である。それは、技術分野と違って実験で真偽を見分けることが難しいので、いろいろな考えの論旨/論理を明確にして、どの考えを(実際の政策などに)採用するべきかの判断に用いたいからである。
実際、札寄せツールで「見える化」することは、私のような科学技術の分野の者が、非専門の社会問題に対して独自のアプローチをし、いくばくかの寄与をすることを可能にしてくれた。「日本社会の貧困」の問題をこつこつと「見える化」すること、そのような資料をきちんと積み上げることは、大事なことと思う。それは日本社会を良くする、平和で、(内面も含めて)豊かな国にするための、ほんのとっかかりにしか過ぎないのだけれども。
本稿の実践例では、他の人たちの著作を「見える化」した。それは、「独自のものでない」「中身の責任を誰が取るのだ?」「学術的に価値はない」などの批判がありうる。ただ、社会的な問題は、「学術的に価値がある、独自のもの」を創る人たちだけがリードできるわけでない。優れた人の優れた著作を、正しく理解して広めること、その一つの方法として「見える化」図を積み上げること、は多くの人の協力でできる。そのための方法やモデルを作ることを、私自身は努力していきたいと考えている。
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最終更新日: 2016. 9.29 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp