TRIZ解説 | |
TRIZとは:その考え方と主な技法・ツール |
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澤口 学 (早稲田大学理工学術院 教授) |
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日本規格協会『標準化と品質管理』、 Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 7-16 特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法 |
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掲載:2013. 3.22 [許可を得て掲載] |
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編集ノート (中川 徹、2013年 3月21日)
本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の 2013年2月号 (1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 8編(全53ページ) 中の第二の記事です。TRIZ特集については親ページ を参照下さい。
本稿では、第1編の「TRIZの位置づけ」(林利弘) の後を受けて、早稲田大学の澤口 学 教授が、「TRIZとは」というテーマで解説しています。TRIZは、1985年頃までにアルトシュラーが主導して確立した部分 (「古典的TRIZ」) が根幹をなし、その後、アルトシュラーの弟子たちがさまざまな方向に発展させるとともに、西側世界に紹介されてさらに発展・拡張されていきました (「現代のTRIZ」)。本稿は、このうちの「古典的TRIZ」を主体にして、そこで確立された考え方のその後の更新部分を含めた範囲を説明しています。(1990年代以後のさまざまな発展については、特集の第3編 「TRIZの潮流と現状」(中川 徹) を参照下さい。)
TRIZは多面的で、(「古典的TRIZ」においてさえ) 膨大な知識の集約と、技法の構築をしております。そのため、「TRIZとは」という解説で何をどのように扱うかは、多様な選択があります。澤口教授の解説はその一つの選択のしかたを示しています。一つ一つの技法に具体例が記述されていますので、(他の本を見ないでも) 分かりやすいことが、本編の特長であろうと思います。(中川は通常、少し違う整理と説明のしかたをしております。 )
本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版 を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるように (著者から提供された Word原稿に基づき) HTML形式でも記述します。本件の掲載を許可いただきました、(財) 日本企画協会と 著者の澤口教授に厚くお礼申し上げます。
本ページの先頭 | 目次 | 論文先頭(HTML) | 1. TRIZの生い立ち | 2. 全体構造 | 3. 種々のツール・技法 | 4.最後に | 参考文献 | 特集親ページ | 英文ページ |
目次
1) 技術的矛盾の解決アプローチ(技術矛盾マトリックスと40の発明原理)
2) 物理的矛盾の解決アプローチ(物理的矛盾と分離の法則)
3) 技術システム進化のパターン
4) 技術進化のポテンシャルレーダーチャート
5) マルチスクリーン法
6) 他の従来型TRIZ技法・ツール
@ Effects(エフェクツ)、
A 物質−場分析モデルと76の標準解、
B ARIZ (アリーズ:発明的問題解決のアルゴリズム)
解説:
TRIZとは:その考え方と主な技法・ツール
澤口 学 (早稲田大学理工学術院 教授)
日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 7-16
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
本稿ではTRIZの誕生経緯を簡単に述べながら、アルトシュラー(Altshuller)が提唱したTRIZの基本的思考に基づいて、実践の場でよく活用されている主なTRIZ技法・ツールを紹介する。
1. TRIZ の生い立ち
TRIZの創始者ゲンリック・アルトシュラー(Genrich Altshuller) は旧ソ連の特許審議官(その後解任)になったことをきっかけにして、数多くの特許事例(何十万単位)を分析し「個々の発明の根底には“ある種の法則性”が潜んでいる」ことを突き止めた。そして1946年以降に「技術問題に関わる革新的な解決案のほとんどは、過去の発明事例から導いた“発明原理や標準解あるいは技術進化のパターン等”から類比的発想で導くことが可能である」というTRIZの基本思考(一種の仮説)にたどり着いている。
TRIZとは「発明的問題解決理論」を意味するロシア語の頭文字ΤРИЗの英語表記文字である。詳細は下記に示す通りである。
約40年にわたって、彼自身がTRIZ研究のすべての展開を主導し、1980年代の半ばには彼自身によるTRIZ研究は終了している。1970年代には旧ソ連全土にTRIZスクールができ、非公式にTRIZは受け継がれ、1989年にはアルトシュラー)を会長としてロシアTRIZ協会が設立されている。その後、アルトシュラーは1998年に旧ソ連のペテロザボォツクで72年の生涯を終えている。
1980年代中盤以降は、アルトシュラーの仲間によってTRIZ研究は継続され、特許事例(ロシア以外に日・米・欧)の分析は今日までに約250万件に及んでいる。なお、時系列的観点からは、「アルトシュラー時代のTRIZ=従来型TRIZ(1946年〜1980年中盤)」と「それ以降に開発されたTRIZ=現代版TRIZ(1980年代中盤〜現在)」に分ける考え方もある。
2. TRIZの全体構造と基本的な考え方
本章では、アルトシュラーが開発した従来型TRIZ(“クラシカルTRIZ”との呼称も有)を中心に、一部現代版TRIZも含めて紹介する。その理由は、従来型TRIZは“活用上の制約(PC環境の設定やTRIZコンサルタントのノウハウ等)”がなく、その情報もほぼ書籍等で公開されており、いつでも導入が可能だからである。なお、TRIZはすでに60年以上の歴史があり、TRIZ技法・ツールも現代版TRIZを含めると多種多様なためすべての技法・ツールを理解するのは容易な事ではないが、TRIZの基本思考である「技術問題に関わる革新的な解決案のほとんどは、過去の発明事例から導いた“各種発明原理や標準解あるいは技術進化のパターン等”から類比的発想で導くことが可能である」という仮説に基づいて、TRIZの基本的な考え方を整理すると図1のようになる。この図では、TRIZの基本的アプローチは、“数学的問題(例えば2次方程式)を論理的に解いていくプロセス”に類似している点を示唆している。
図1. 「TRIZの基本的な考え方」
なお、図1の中の「特定の問題」とは、既存技術システムの“改善”だけでなく、次世代製品の“開発”も含まれる。しかし、従来型TRIZでは「現状の技術システムの改善問題」に対処する技法・ツールが多く、「将来のあるべき技術システムの開発」に対応した技法・ツールは「技術システム進化のパターン(アルトシュラーの初期発表版は8パターン)」だけである。この技術進化のパターンは、「世代技術システムの進化すべき方向」を整理するには有効ではあるが、次世代製品に関わる問題把握やアイデア発想に直接役立つ技法・ツールにはなっていない。そこで現代版TRIZでは、イノベーションと絡めて、次世代型製品に関するアイデア発想に役立つ「マルチスクリーン法」や、対象技術システム(製品)の“伸び代”を体系的に整理して、対象製品の改善や次世代製品の開発への“糸口”を与えてくれる「技術進化のポテンシャルチャート」などが提案されている。
3. 主な TRIZ技法・ツール
本節では従来型TRIZ手法を中心に、現代版TRIZ手法も一部紹介する。まずは、従来型TRIZ技法・ツールの中で最も認知度と活用頻度が高い「技術的矛盾の解決アプローチ(技術的矛盾マトリックスと40の発明原理)」や「物理的矛盾の解決アプローチ(物理的矛盾と分離の法則)」、「技術システム進化のパターン”」を紹介する。またTRIZ初学者の認知度は低いものの次世代製品の“開発への糸口”を与える「“技術進化のポテンシャルチャート”や未来予測の視点を与える「マルチスクリーン」も紹介する。なお、その他の従来型TRIZ技法・ツールであるEffects、物質−場分析モデル、ARIZに関しては、最後にその要点を簡潔に示す。
1) 技術的矛盾の解決アプローチ(技術矛盾マトリックスと40の発明原理)
TRIZでは、技術的問題を把握する一つの観点として「矛盾」の概念を導入しており、特に「技術的矛盾」といった場合には「ある技術システムのパラメータAを改善しようとすると、別のパラメータであるBが悪化する」状態を指す。このような技術的矛盾を妥協することなく解決するための有効なツールとして「矛盾マトリックス」が準備されている。なお、具体的な問題を一つの技術的矛盾として再定義(問題の抽象化)するために、アルトシュラーは多種多様なパラメータを「一般化された39のパラメータ」に集約化し、改善する特性も悪化する特性も39のいずれかで対応可能にした。したがって、「オリジナル版の矛盾マトリックス(1971年版)」は「39×39の正方行列」になっている。しかし、その後ダレル・マン(D. Mann)らが追加で行った米国特許15万件(1985〜2002年)の分析の結果、矛盾マトリックスは「新版矛盾マトリックス(Matrix2003)(図2参照)」として再構成されている。具体的には、従来の39のパラメータが48のパラメータに拡大され、それらのパラメータも6つのカテゴリで括られ「2階層パラメータ構造(図3参照)」になっている。いずれの矛盾マトリックスでも、その使い方に違いはないので、今回は実務的に再構成された新版矛盾マトリックスの方を前提に紹介する。
図2 「新版矛盾マトリックス:Matrix2003 (一部)」
図3. 「48のパラメータと6つのカテゴリ」
図2から明らかなように、行側が改善すべき特性(パラメータ)で列側が悪化する特性(パラメータ)に位置づけられる。そして、解決したい技術矛盾に対応した特性の行と列の交わったセルの中には、その矛盾を妥協なく解決するための発明原理が記入されている。この発明原理は全部で40項目あり、これらの項目自体は、新版矛盾マトリックスに再構築されても不変である。なお、各発明原理の詳細内容はTRIZの専門書に譲るが、各発明原理の項目名と主な特徴(サブ原理の一部)を表1に整理した。矛盾マトリックス表の各セルに配置されている番号が各発明原理の番号に対応しているので、40の発明原理は技術矛盾の克服に有効なアイデアを創出するためのガイド的役割(いわゆる抽象解)を担っていると言える。
表1. 「40の発明原理」
しかしその一方で、発明原理の不変性(汎用性)に着目し、我々の周辺でさまざまな発明原理が活用されていることを数多くの事例を通して認識できれば、矛盾マトリックスなしで、個々の発明原理をアイデア発想に活用することも可能である。そこで、ダレル・マンが主張するように40の発明原理を“様々な視点”から独自の再構成を試みる方法もある。例えば、「分割(数)、拡大(サイズ)、形状変更(外形)、修正(内部構造)、置き換え(内容)」と「空間、時間、インターフェース」の観点から(5×3)のマトリックスに再構成することも可能である。一部の発明原理に対応した簡単な事例を表2に示す。
表2. 「発明原理に対応した事例集(一部)」
表2で示した発明原理のうち、1,7,10の発明原理は「構成要素を増加させる発明原理(システムの複雑さの視点)」であることがわかるし、1と7はアイデアの発想ベクトルが外側か内側かの違いがあり、根底に「13.逆発想原理」が潜んでいることがわかる。また22と25の発想原理はより汎用性の高い発明原理なので、矛盾マトリックスとは関係なく(マトリックス上での出現頻度はむしろ低い)、活用の柔軟性が高いと言える。また最近では、40の発明原理の多様な視点に着目して、様々な改良版矛盾マトリックスの発表例)も多く、著者を含めたTRIZ研究グル−プでも「2つのタイプの新矛盾マトリックス」を発表していることに一言触れておきたい。
2) 物理的矛盾の解決アプローチ(物理的矛盾と分離の法則)
前節で紹介した矛盾マトリックスを活用して、ある技術的矛盾を解決することが”ある時点”では本質的な問題ではなく、むしろ、ある一つのパラメータに限定した「物理的矛盾」の視点で問題を捉える事こそが物事の本質を捉えている事に気づくケースもある。このような思考の変換プロセス、すなわち技術的矛盾から物理的矛盾への変換プロセスについて、簡単な事例に基づいて整理すると図4に示す通りになる。物理的矛盾は、技術的矛盾に比較して定義した時点での問題把握の抽象度が高いため、より本質的な問題の把握につながりやすい。
図4. 「技術的矛盾から物理的矛盾への変換プロセスの一例(タブレットPCの場合)」
「物理的矛盾とは同一パラメータが排他的状態(自己対立)にならなければならないとき」のことであり、「あるパラメータAは存在してほしくないが、同時に存在してほしい(図4参照)など」がこれにあたる。このような物理的矛盾を妥協なく解決するための基本的な観点は“分離”であり、概ね以下の4つの分離の観点(表3参照) が知られている。なお、物理的矛盾をある分離の原則を活用して解決していると思われる小事例を表4に示す。
表3. 「主な分離の法則」
表4. 「ある分離の法則に対応した事例」
なお、物理的矛盾では矛盾マトリックスは使用しないので、40の発明原理は一見無関係のようだが、分離の法則に関連する発明原理も多々存在する。例えば、時間による分離を活用してある物理的矛盾の解決を考える際には、「9.先取り反作用、10.先取り作用、11.事前保護など」の発明原理も視野に入れてアイデア発想を行うと、より一層充実した解決案が期待できる。
3) 技術システム進化のパターン
数多くの技術システム(製品)は、決して偶発的に進化(進歩)していくわけではなく、「ある一定のパターンに従って進化していくという“一種の法則”」を示したものである。これらの進化パターンは数多くの特許分析から帰納的に導かれたものであり、アルトシュラーが初期に発表した技術進化のパターンは8つ(図5参照)ある。
図5. 「アルトシュラーによる技術システム進化の8パターン」
この進化パターンの発表以降も、アルトシュラーの弟子やTRIZ専門家によって特許分析は継続したので、追加発表もあり現在までに30〜40程度の進化パターン(トレンドと呼ぶ場合もある)が知られている。しかし今回は紙面上の都合でこの8つに限定して紹介する。
@ 理想性増加の法則 (Law of Increasing Ideality)
技術システムは、「理想性(Ideality)」の程度を高める方向で進化する。理想性とはシステムの「有益機能(Useful Function)UFi」の合計を、そのシステムの「有害機能(Harmful Function)HFj」の合計で割った比率として定義される。理想性向上の概念式(表5参照)はVEの価値向上の概念式(V=F(機能)/C(コスト)と類似しているが、前者の方が分母・分子の項目ともにその包含する意味は広い。
表5 理想性向上のパターン
VEでの機能は有益機能の事であり、有害機能という捉え方はない。一方TRIZの方は、有害機能とはVEで対象とするコストも含めて、特性値(パラメータ)がゼロを目指す項目が包含される。また有益機能は、技術システムの特性値がプラスになる特性値が包含される。例えば、有害機能の特性値としては、技術システムのコスト、電力消費量、重量、サイズ、騒音、メンテナンス時間、騒音等が含まれる。また有益機能の特性値としては、主要性能などが含まれる。なお、この法則を限界まで追求することで、アルトシュラーは「理想的最終解(IFR : Ideal Final Result)」というUFiが無限的に大きく、HFj が限りなくゼロに近い状態のコンセプト(表5参照)を設定し、この理想達成を常に意識することを強調している。
A システムパーツ完全性の法則 (law of Completeness of Parts of a System)
技術システム(最終的な製品)は、個々に分離しているサブシステム(部品)を一体化することによって出来上がる。技術システムを実効性のあるものにするには、基本的には、エネルギー源としての「駆動系」、システム機能を実行する「作動器官系」、エンジンから作動器官にエネルギーを伝える「伝達系」、そして伝達系を通してシステムを制御したり操作したりする「制御器官系」の4系統の技術要素が必要である。これらの要素の一つでも欠損や達成不十分であると、競争で生き残こることは難しい。このような考え方は自動車に限らずほとんどの技術システムに当てはまる法則である。ただし、対象とする技術システムがすべてこの4系統に対応するわけでもないので、要は全体システムを構成するサブシステムがすべて「完全になる方向(機能達成度が十分な方向)」で進化するという、より本質的な観点で理解する必要がある。
B システムでのエネルギー伝導性の法則 (Law of Energy Conductivity in a system)
技術システムは、駆動系から作動器官系にエネルギーを伝達する効率を高める方向で進化する。例えば伝達方式はシャフトや歯車といった機械的方式が採用されたり、帯電粒子の流れといった方式で実施される場合もある。この伝達形式の選択は、多くの技術システムの重要な技術課題の一つであり、伝達方式のエネルギーの無駄が減少する方式に進化していくという事である。より一般的に言えば、ある機能(目的)の達成に使われるエネルギー(手段)は、ムダがなくなる方向で進化していくという意味である。
C リズム調和性の法則 (law of Harmonization of Rhythms)
システムはその要素(部品)のもつリズムや自然の周波数との調和を高める方向で進化する。一例として、Altshullerは、地質の薄層に掘削して穴をあけ、そこに水を満たして圧力による振動を伝達することによって石炭を粉砕するという新しい石炭採掘方法を取り上げている。この方法はその後に石炭の塊の自然周波数に対して等しい周波数の衝撃を与えることによって石炭を採掘するという画期的な方法(旧ソ連の特許)に結びついた。このようなリズム調和性の法則を意識した例は身近にもたくさんある。例えば、ダイヤモンドの切断は、ダイヤモンドの断層に合わせて圧力をかける方式で行われるので、この法則に従っていると解釈できる。
D システム要素の不規則な進化の法則 (Law of Uneven Development of Parts)
技術システム全体(製品)からみれば単調に改善されているようだが、技術システムを構成する個々の要素(部品)は全体に同期して改善されているわけではなく、不規則(別々)に行われているという意味である。つまり、各システム要素には独自の成長曲線(Sカーブ)が存在し、個々のシステム要素の進化も独自なのである。したがって、衰退期に最も早く達したシステム要素が技術システム全体の進化のブレーキになるので、このようなシステム要素の次の成長曲線を描く新システム要素の開発こそが、システム全体のさらなる進化を左右することになる。この法則に従った例も身近にある。例えば、パソコンのCPUの処理スピードやHDメモリの容量などは飛躍的な進歩であるが、入力方式は今でもキーボード方式が主流であり、最近ようやくタッチパネル式のタブレットPCが登場してきた段階である。
E上位(スーパー)システム移行の法則 (Law of Transition to a Super-system)
技術システム(製品)それ自身が発展の限界に到達すると、より上位(スーパー)システムのサブシステムになることによってさらに進化するケースがある。このように上位システムに移行することによって、対象システムは質的にも新しいレベルに高められていく。このような事例は我々の身近に結構存在する。 例えば電話機の主流が固定電話から携帯電話になった段階で、携帯電話は上位(スーパー)システムに移行して飛躍的な発展を遂げた。具体的に言えば、固定電話の時代までは、概して電話機単体としての開発が主流であったが、携帯電話に移行してからは、情報システムという上位システムの中のサブシステム(情報端末)といった位置づけで発展してきたからである。さらにスマートフォンはクラウド環境(上位システム)の中でのITツール(サブシステム)として、ますますその存在感が高まっている。
F マクロからミクロへの移行の法則 (Law of Transition from Macro to Micro Level)
対象システムの主要機能を実行する手段は、最初はマクロレベルで実現されるが、その後はミクロレベルへ移行していくという法則である。このような法則に沿って発展してきた例としてエレクトロニクスが挙げられるだろう。具体的な事例としては、真空管で構成されていた電化製品がトランジスタそしてLSIへと移行するにしたがって軽薄短小化してきたことを挙げることができる。なお、マクロからミクロへ移行する際には、対象システムの効率性や制御性を向上させる方向で、異なるエネルギー方式(機械的方式から電気的方式など)が採用される。
G 物質―場の完成度増加の法則 (law of increasing Substance−Field Involvement)
アルトシュラーは、一つの有益機能の達成を「あるエネルギー(機械的エネルギーや電気的エネルギーなど)」を通して相互作用する2つの「物質(構成要素)」との関わりから示す「物質―場モデル」を開発した。彼はこのモデルを基準にして、対象システムは、物質―場モデルの完成度が高まる方向へ進化していくことを示した。例えば、カメラの記録方法を考えてみると、「フィルムという物質1:S1」に対して、「光量という物質2:S2」を与えて、画像をフィルムに焼き付ける方法は、画像が化学的処理で再現されているから「化学的エネルギー:Fch」の作用ということになる。その後の進化過程で、エネルギーも化学方式から電気方式に移行し、光量(S2)が「電気エネルギー:Fe」を通して、磁気媒体(S1)に記録され、鮮明なデジタル画像として再現されるようになった。これが今のデジタルカメラである。有益機能(写真を撮る)の達成を示す「物質―場モデル」の完成度がデジカメで飛躍的に高まったわけである。
このような技術システム進化のパターンは、前述したように次世代の技術システムの進化すべき方向性を見出すのに有効である。
4) 技術進化のポテンシャルレーダーチャート
対象システム(製品)の“改善の余地”やイノベーションと絡めて次世代システムの“開発への糸口”を示唆してくれる「技術進化のポテンシャルレーダーチャート」は、現代版TRIZ技法・ツールの一つである。
レーダーチャートを作成する時は、前述した技術進化の8パターン(アルトシュラーの初期版)に限定するのではなく、ダレル・マンらがその後の特許分析等から整理した技術進化のトレンド(パターンより詳細)等の中から対象システムと関連性が高い技術進化のトレンドを選択(通常は10個程度が多い)することが多い。そして、選択した複数の進化トレンドの観点から、対象システムの現状の進化状況をレーダーチャート上で整理することになる。最終的には、現段階の進化状況から開発の余地がどの辺にあるのかをビジュアル的に判断し、進化の余地の高い技術要素(トレンド)に特化して効率的に開発予算を行使すべきである。また場合によっては、次世代システムの「開発の糸口=どの進化トレンドを次世代システムへの突破口にするか」に活用するアプローチもあり得る。図6は、ある技術システムの進化のポテンシャルレーダーチャートのイメージ図である。
図6 ある技術システムのポテンシャルレーダーチャート図
5) マルチスクリーン法
これも現代版TRIZ技法・ツールの一つであり、「対象システム(製品)」や、それに関連する「上位システム(対象製品の上位環境)」や「サブシステム(製品の構成要素)」に関連する過去から現在に至る発展経緯を把握し、その傾向に基づいて、近未来の製品関連の未来アイデアやシナリオを描く際に活用する。元々は「(過去-現在-未来)×(上位システム/システム/サブシステム)=9セル」から構成されるマトリックス上でマルチに観察するので、「9画面法)と呼称する場合もある。この技法・ツールを筆者は拡張して、「上位システムを、広く社会環境レベルで捉える「上位システム2(広義)」と「対象システムに隣接する他のシステムを“上位システム(狭義)”」として4段階に分類しているので、さしずめ「12画面法(図7参照)」になっている。なお、図7の内容は小学生向け学習塾を対象システムに設定したイメージ事例である。
図7. マルチスクリーン法(拡張版12画面法)
6) 他の従来型TRIZ技法・ツール
@ Effects(エフェクツ)
業界の固有知識に固執せずに心理的惰性を打破できる有効な手法である。各種固有技術の基本である物理学、化学そして幾何学に関する効果や法則を一種の問題解決の科学的・工学的効果集としてまとめた知識データベースである。活用の基本は、達成したい有益機能から検索し、その達成に有効な効用を見つけてそれらをアイデア発想のヒントとして使う“逆引き辞書”的な使い方が基本である。なお、アルトシュラーが体系化した初期版のEffects(効用集)を表5に示す。
表5. Effects効用集(初期版)
A物質−場分析モデルと76の標準解
すべての技術システムの問題は、ある(エネルギー発生の)場の中で、物質どうしの相互作用の発生という観点から「物質−場のトライアングルモデル」で示すことができる。このモデルの作成によって、有益機能の不十分さと有害機能の発生を明確にできるので、問題解決の重要な分析ルーツになる。またこのモデルの観点から、問題解決の方向を示した「標準解」も76タイプ用意されている。実際の解決案を導き出すためには、最適な標準解を選択してから、その標準解から現実の問題解決に有効なアイデアを類比発想することになる。
BARIZ(アリーズ:発明的問題解決のアルゴリズム)
解決すべき問題の本質(物理的矛盾や対立点)を適切に分析・把握して、革新的な解決案を導き出すための一種の「問題解決のための思考プロセスの詳細な手順」である。標準問題を解決するためのテクニック(40の発明原理や76の標準解)の単独活用だけでは解決できそうもない複雑な技術システムの問題解決に活用される。
4.最後に
最後に一つ付け加えておきたい重要事項がある。それはTRIZ手法を有効に活用するには、前段階として、対象システムに関する特定の問題(既存システムの改善すべき点)や課題(将来のあるべき姿・ビジョン)を正しく定義する必要があるという事である。そのためには本稿で紹介していないが「対象システムに関する機能分析(VE技法の一つでもある)」が有効である。機能分析によってサブシステム間で発生している有害機能や達成不十分な有益機能あるいは有益機能間の干渉(矛盾)等が体系的に把握でき、最適なTRIZ技法・ツールの選択が容易になるからである。そして、すべてのTRIZ技法・ツールは、「エネルギーや物質等の保有資源を有効に活用し、矛盾を回避・解消することで有益機能の強化と有害機能の低減」に寄与するために開発されているという事に留意してほしい。
参考文献
1) Darrell Mann (2002) Hands-On Systematic Innovation: CREAX Press. (中川徹監訳・知識創造研究グループ訳(2004)『TRIZ実践と効用体系的技術革新』,SKI)
2) Darrell Mann, Simon Dewulf, Boris Zlotin, Alla Zusman(2003) Matrix 2003: CREAX Press.
3) Ideation International Inc. (1999) Tools of Classical TRIZ: IDEATION.
4) Stan Kaplan(1996) An Introduction to TRIZ The Russian Theory of Inventive Problem Solving: IDEATION.
5)長田洋・澤口学・福嶋洋次郎・三原祐治(2011)『革新的課題解決法』,日科技連
6)澤口学(2002)『VEとTRIZ』,同友館
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最終更新日 : 2013. 3.22 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp