TRIZ/USIT 解説 | |
連載: なるほどtheメソッド: 新しいTRIZ 第4回: TRIZで考える方法のエッセンス |
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中川 徹 (大阪学院大学) |
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許可を得て掲載。無断転載禁止。[掲載:2005. 7.29] |
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編集ノート (中川徹、2005年 7月28日)
ここに掲載しますのは、日経BP社の月刊誌『日経ものづくり』の2005年6月号の記事で、3月号〜8月号に6回に渡って連載された 「新しいTRIZ」の解説の第4回 (中川執筆の2回目) のものです。許可を得て同誌の記事をHTMLに変換して掲載します。連載の全体については、親ページを参照ください。
新しいTRIZ (第4回) TRIZで考える方法のエッセンス
本ページの先頭 | はじめに | システム | 9画面法 | 理想解をイメージ | 物理的矛盾の解決 | 参考文献 |
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連載親ぺージ | 第1回篠原 | 第3回知識ベース | 第4回考える方法 | 第5回全体プロセス | 第6回USIT実践 | 日経Tech-On | 日経ものづくり |
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第4回 TRIZで考える方法のエッセンス
中川 徹 大阪学院大学 情報学部 教授
筆者プロフィール 東京大学化学系大学院博士課程中退,理学博士。同大学理学部助手,富士通国際情報社会科学研究所,富士通研究所を経て,1998年より現職。同年11月にWebサイト「TRIZホームページ」を開設し,和文・英文で多数のTRIZ/USIT関連の論文・記事を発信している。Yuri Salamatov氏およびDarrell Mann氏のTRIZ教科書を監訳。
理想解を先にイメージし
矛盾を解決する膨大なデータベースや数々の手法から成るTRIZ。だが,そのエッセンスは実はそれほど複雑ではない。簡単に言えば「問題をシステムとして理解し,理想解を最初にイメージし,矛盾を解決すること」である。今回は,TRIZの基本にある思想と思考法について,新しい研究も踏まえて紹介してもらう。(本誌)
* 日本のTRIZ推進関係者が集まる「日本TRIZ協議会」が,2005年2月に発足した。2005年9月1〜3日には,同協議会主催の「第1回TRIZシンポジウム」がラフォーレ修善寺で開催される予定で,参加者を募集中。詳しくは「TRIZホームページ」(URLはhttp://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/)を参照。
前回,1970年代に旧ソ連で確立されたTRIZが,最近の西側諸国での研究によってその全貌が理解されるようになり,またその知識ベースが大幅に刷新されたことを述べた。Darrell Mann氏とベルギーCREAX社を中心とする研究成果がその中心にあり,同氏の新しい教科書がそれを反映したものである1)。
そこで今回は,これらの新しい研究を基盤として,TRIZにおける「考え方(基本にある思想と考える方法)」について説明しよう。
エッセンスは50語で示せる
図1は,筆者が2001年3月の「TRIZCON2001国際会議」で発表した英文のスライドを和訳したものである。Yuri Salamatov氏のTRIZ教科書を監訳した後のことで,同スライドでは「膨大な内容を持つTRIZも,そのエッセンスは実は簡単。英語なら50語で表現できる」と訴えた。
TRIZには「技術」に対する独自の認識があり,その骨子は「技術システムが進化・発展する」というものである。ここで,単に「技術が進化する」と言わずに「技術システム」という言葉を使っている点が一つのポイントである。技術を「システム」ととらえ,その技術システムが大きな時間の流れの中で,歴史的に進化・発展すると考えている。
その進化は「理想性」が増大する方向にあるとTRIZでは考える。理想性とは「効用/(コスト+害)」のことで,この点ではVE(価値工学)における見方と似ている。
ただTRIZでは,技術的ないろいろな「改良」がすぐに進化であるとはとらえず,技術的な「壁」(矛盾)が克服されたときに,初めて一歩進み,それがたくさん積み重なって技術システムが進化すると考える。この技術的な壁の克服に際して,TRIZでは利用できる可能性のあるもの(リソース)をあらゆるところから探そうとするが,半面,本当に優れた解決策は余分なリソースの導入を最小限にしたものととらえている。
このような認識をベースに,TRIZは「創造的な問題解決のための考える方法」の指針を与えている。それは,Genrich S. Altshuller氏が長年求めてきた「発明の方法」でもある。その特徴は@問題を「システム」として理解しA実現法より先に「理想解」をイメージしBそして「矛盾」を解決する―ことであり,TRIZはそうしたステップにおいて幾つかの有効な思考法を提供する。TRIZを身に付けるとは,そうした思考法を身に付けることである。以下にはこの観点からTRIZの思考法を説明しよう。
「システム」という考え方
「システム」は最も簡単な意味では「体系」と訳される。例えば,問題をシステムとしてとらえるというのは,問題の体系を理解する,問題を体系的にとらえることである。何か解決したい問題があるとして,その問題を大きく全体的に考察することから,その部分部分を考えてどこかに焦点を絞って考えることまで,いろいろなアプローチがある。状況を明確にし,目的をはっきりさせて,問題の範囲を特定することは,TRIZに限らずすべての問題解決のための基本である。
技術的な用語としてシステムというときには「複数の構成要素から成り,それらが相互に連携して働いて一つの働きを持つもの」を指す。この意味ではシステムの大きさは問題にならない。携帯電話機をシステムと考えることもあれば,番号キーの一つをシステムと考えてもよいし,携帯電話会社が構築している無線/有線のネットワーク全体を一つのシステムと考えてもよい。システム内の一つの構成要素を,また一つのシステムと考えることができるので,システムはいつも,大きなシステムから小さなシステムへと多数の入れ子状の階層を成していると理解できる。
システムにおける構成要素の関係を考えるとき,その「機能」(働き)に関する考察が最も大事である。またそれらの機能は,各構成要素の持つ性質(属性)によって特徴付けられ,それらの性質を変化させるなどの働きを持つ。
システム階層と歴史的変化に着目
問題を体系化してとらえるために,TRIZの思考法として身に付けるとよいのが,9画面法である。これは「システムの階層」と「歴史的変化」という視点を取り入れた思考法で,図2のような3×3の升目を用いる。
縦軸に「上位システム」「システム」「下位システム」という階層を考え,横軸に過去・現在・未来という時間的区分を考える。中央に配した「現在のシステム」に対して,その右横に位置する「将来のシステム」を考察するための道具である。企業においては,新商品や新サービスの開発で方向性を決める際などに役立つ。
図中の丸数字は,考察の基本的な順番を示している。もちろん,細部には多数回の戻りや飛躍がある。
この手法は,グループの知恵を出させて,共通認識をつくっていくのに役立つ。社会や技術の発展に関して見識が広いほど,その方向付けは正しくなり,中身が豊かになる。
さらに,TRIZの「技術進化のトレンド」の知識がこれを補強する。技術進化のトレンドについては,もっと具体的・積極的に使う方法もある。それは,改良・発展させようとする現在のシステムに対し,いろいろな側面からその知識を適用してトレンドに沿ったジャンプを予想することである。下の表は,Mann氏らが風力発電の羽根に適用した例の一部だが,その有効性はそこからも推測できるだろう*1。
*1 Mann氏は,技術進化の各トレンドでの未達成段階は「進化のポテンシャル」を示すものだと解釈している。また,関係する進化のトレンドを放射状の軸として描いた「レーダ図」を作成して,歴史的な技術の発展を明確にするという研究も行っている。
技術進化のトレンドは現在,35通り知られている。そのすべてが特定の問題に対して有効なわけではない。だが,この表に示した三つのトレンドの例と同様に,アイデアが次々と得られることは驚くべきものである。
実現法の前に理想解をイメージ
問題を理解したら,次に理想形を思い描く。TRIZにおいて「究極の理想」とは,前述の理想性の式で,効用が有限の値を持つのにコストも害もゼロになる場合である。その一つのイメージは,効用が「ひとりでに」達成されることである。
例えば,上記の風力発電において,風の向きがいろいろに変わっても風車がいつも風に真っ正面に向いているのであれば,それは一つの理想である。その方法は,風見鶏とか風力計でよく知られていて,一種の垂直尾翼を付ければよい。これで「ひとりでに」向きが調節される。自動制御装置などは不要なのである。
Mann氏は1985年以降の米国特許を調べ,TRIZの意味での「ひとりでに」の特許が既に2000件見つかったという。位置や向きの自動調整,開閉や小さな動きの調整,回転の自動バランスなど,多種多様な機能を「ひとりでに」実現する方法が知られているという*2。
*2 詳しくは「TRIZホームページ」(URLはhttp://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/)を参照。
TRIZでは,問題解決の典型的な思考法として「まず理想の結果をイメージして描け。ただし,その実現法を描こうとしてはいけない」という。実現の方法は後から考えることであり,後から分かることだというのである。これは簡単だが,結構訓練が必要な考え方である。
この考え方を使う方法の一つが,Altshuller氏の「小さな賢人たちのモデリング」である。
ここでは「ホチキスの針をひしゃげないようにする方法」の例で説明しよう*2。ホチキスは上質紙30枚程度以上の厚さになると,つぶれてしまうことが多い。つぶれたものは,図3左下のように,ほとんど必ず横につぶれている。筆者がこの問題を卒業研究の学生に与えた時,ホチキスの横のガタが問題とにらんでいた。
ある時,ホチキスの針が引っ掛かったので中を見てみると,針が図3左上のようにM字形になっていた。ホチキスは上から金属板で押しており,針の上部中央を押しているはずはないのにである。これがこの問題を解く鍵であった。紙からの抵抗が限度を超えると,針は行き場を失って,針と紙の間の狭い空間に倒れ込んでいく。M字形になるのは,針の長さを変えないで,この空間に入り込もうとするからである。 これが分かると,針を内側の側面から支えるとよいと分かる。「しかし,待てよ,何かおかしい(矛盾がある)。内側に金属部品を付けると,それが邪魔してホチキスの針を最後まで刺せなくなるではないか…」と考える。
この問題を解く考え方として,ここに「小さな賢人たちの群れ」を導入し,問題の部品が彼らで構成されていると考える。そして彼らに行動を託すのである。「針を横から支えてほしい。ただし,針が刺さる邪魔をするな」と。
そして,小人たちがうまくやっているイメージを思い描く。彼らは力を合わせて針を横から支えている。ところが,針が上から降りてくる。小人たちは,針を下から突っ張ってはいけない。彼らは窮屈になる。そこで,するりと逃げ出す。逃げる場所は,ホチキスの前の方向がよいだろう。
こうしたイメージから,図3右下のような斜面が滑らかにカーブした三角形の金属部品を発想する。針を押し下げると,この三角形の部分は少しずつ前に押し出される。すべてが前に押し出されて,針がかちんと留まる。次の針を留めるときには,ばね仕掛けで,三角形の部分は元の位置に戻っている。
3ステップで物理的矛盾を解決
TRIZの考え方の神髄は,矛盾を解決することにある。特に「物理的矛盾」と呼ばれ「システムの一つの側面に対して,正逆の対立する要求が同時にある矛盾」の解決法は,実に目を見張るものがある。通常なら「にっちもさっちも行かない」状況であるが,TRIZでは「物理的矛盾にまで問題を突き詰めなさい。そうするとほとんど確実に解決可能だから」という。
Altshuller氏は,ここにまで問題を突き詰める方法をつくり,それをARIZと呼んだ。しかし,筆者は必ずしもARIZの学習を薦めない。それよりも「物理的矛盾」の概念を理解し,出合ったときにそれを確実に認識して,解決する方法を身に付けておくことが重要と考える。その方法は「分離原理」と呼ばれている。
分かりやすい例が,韓国産業技術大学教授のKyeong-Won Lee氏が作った「超節水型水洗トイレ」である。水洗トイレで便を流すには,一度に13L(節水型で6L)の水を必要とし,その節水対策は世界の課題である。
水が多量に必要な理由は,便器の後ろの配管がS字状に上がっており,水を勢いよく流さねばならないためである。このS字管は,ここに水を張って臭気の逆流を防ぎ,また水がいったん流れ始めるとサイホン効果で全部の汚水を流しきってしまうという役割がある。だが一方で,便を流す際には「邪魔」な存在となっている部分でもあるのだ。
この「邪魔」という日常語を,TRIZではもっと明確に「矛盾」と表現する。「役に立っている,しかし,本当はない方がよい」「存在することが必要,しかし,同時に存在しないことが必要」というのである。このようにいうと,水洗トイレのS字管に対して「存在」と「消滅」という全く対立する二つの要求が同時にある「物理的矛盾」を認識したことになる*3。
*3 Lee氏の論文では,この問題の「物理的矛盾」を導き出すのに,品質機能展開(QFD)を使ったかのように説明しているが,実際に本人から聞いたところ,もっと直感的に問題をつかんでいる。ARIZを使ったわけでもない。
「物理的矛盾」を解決するTRIZの方法は明確であり,次の3ステップで考える。
@対立する要求を,空間/時間/その他の条件で分離できないか考える → S字管が存在すべきは通常の時間帯であり,消滅すべきは便を流すときだけ
A要求が分離できれば,それぞれ個別に要求を完全に満たす解決策をつくる → 通常はS字管を存在させ,便を流すときはS字管を消滅させる
B上記の二つの解決策を組み合わせて一つの解決策にする
ここで,はたと困る。TRIZのこの方法で,本当に工夫が要求されるのはこの第3ステップである。そこでは,問題の本質を柔軟にとらえて,TRIZの40の発明原理の幾つかを適用するとよい。
この例題では「S字管の存在/消滅」といっているが,その本質は「S字形状の存在/消滅」であり,もっとかみ砕くと「管の途中が部分的に高くなっているかどうか」ということである。そう考えれば「管を柔軟なもので作り,便を排出するときだけ下げればよい」と思い付く。
Lee氏らは,便器の後ろの配管(パイプ)を柔軟なプラスチックで作ることにより,滑車と重りで管の中央部を上げ下げできるようにする方式を考え出した。便を流すために少量の水を注入すると,パイプ中を水が流れ始め,その水の重さでプラスチックのパイプが水平に倒れ,汚水がスムーズに流れ出す。すべての汚水が流れてパイプ内が空になると,滑車と重りでパイプは自然に持ち上がり,また水を張ることができる*4。
*4 Lee氏らの特許に先んじて,松下電工が日本で類似の特許を取得している。ただ同社の特許は「硬い逆U字部を柔軟な管でつなぎ,汚水排出に際して逆U字部を倒して高い部分をなくす」と説明している。同社の発明者たちは,基本的に同じ解決策を先行して導き出したが「物理的矛盾」という概念を知らなかったので,本質の主張がやや弱くなってしまった。特許請求に際して,本質をとらえ,本質だけを強く主張することの重要さをあらためて認識させられる事例である。
参考文献
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最終更新日 : 2005.7.29 連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp