TRIZ/USIT 解説

連載: なるほどtheメソッド: 新しいTRIZ

第5回: TRIZ/USITにおける問題解決の全体プロセス

中川 徹 (大阪学院大学)
日経ものづくり (日経BP社), 2005年 7月号, 100-103頁

許可を得て掲載。無断転載禁止。[掲載:2005. 8.28]

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編集ノート (中川徹、2005年 8月28日)

ここに掲載しますのは、日経BP社の月刊誌『日経ものづくり』の2005年7月号の記事で、3月号〜8月号に6回に渡って連載された 「新しいTRIZ」の解説の第5回 (中川執筆の3回目) のものです。許可を得て同誌の記事をHTMLに変換して掲載します。連載の全体については、親ページを参照ください。

今回はTRIZの全体プロセス (すなわち、処理方法の使用順序) と全体構造 (すなわち、各段階での入力と出力情報の関連性) の議論をします。TRIZは多数の処理方法 (問題解決技法) を持っているけども (持っているために)、この二つの意味での全体の体系が明確でないことが、大きな問題なのだと分かってきました。このことは、私が前から紹介してきたUSITで、全体プロセスだけでなく、全体構造をも明確にできたから、はじめて分かったことです。この全体構造が分かったことで、一気に視野が広がりました。いまや、「USITは新しい世代のやさしいTRIZである」というだけでなく、「USITの6箱方式は、創造的問題解決の新しいパラダイムである」とまでいっています。この2点とも大それた主張ですが、何を言っているのかは、この簡単な紹介をよんでいただければ分かると思います。(9月1-3日に修善寺で開催します「第1回TRIZシンポジウム」の基調講演においても、この話をいたします。)

新しいTRIZ (第5回)  TRIZ/USITにおける問題解決の全体プロセス

はじめに

4箱方式と類比思考の落し穴

不十分な (TRIZ)全体プロセスの統一

全体プロセスが明確なUSIT

問題の重要性を現実世界で判断

参考文献

 

本ページの先頭 はじめに 4箱方式と類比思考 TRIZ全体プロセス USIT全体プロセス 現実世界 参考文献

 

連載親ぺージ 第1回篠原 第3回知識ベース 第4回考える方法 第5回全体プロセス 第6回USIT実践 日経Tech-On 日経ものづくり

 


 

第4回 TRIZ/USITにおける問題解決の全体プロセス

中川 徹 大阪学院大学 情報学部 教授

筆者プロフィール  東京大学化学系大学院博士課程中退,理学博士。同大学理学部助手,富士通国際情報社会科学研究所,富士通研究所を経て,1998年より現職。同年11月にWebサイト「TRIZホームページ」を開設し,和文・英文で多数のTRIZ/USIT関連の論文・記事を発信している。Yuri Salamatov氏およびDarrell Mann氏のTRIZ教科書を監訳。

全体プロセスを明確化したUSIT
やさしく確実な「6箱方式」

問題解決のための方法論としてロシアで確立された伝統的なTRIZ。多様な手法と膨大な知識ベースを持つ優れた方法論だ。だが一方で,そうした手法や知識ベースをどう使いこなすべきかという全体プロセスが錯綜さくそうしているため,その習得には長期間を要する。今回は,そうした点を改善したUSITの基本的な考え方について解説してもらう。(本誌)

* 「第1回TRIZシンポジウム」が2005年9月1〜3日,ラフォーレ修善寺で開催される。日本TRIZ協議会が主催するもので,参加者を募集中。日本におけるTRIZの導入/推進/適用の仕方を主テーマに,発表/討論/交流を行う。基調講演はDarrell Mann氏と中川徹氏。公募に基づく発表は約20件。プログラムなどの詳しい情報は「TRIZホームページ」(http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/)を参照。

 

 前回はTRIZの考え方(思想)のエッセンスを1枚の図で示し,また,その考え方(考える方法)の特徴を「問題をシステムとしてとらえ,最初に理想をイメージし,矛盾を解決する」ことであると説明した。

  そのような考える方法として,9画面法,進化のトレンドの利用法,「ひとりでに」の理想,「小さな賢人たちによるモデリング」,そして物理的矛盾を解決するための分離原理などを説明した。それぞれ分かりやすく有効なものである。

  しかし,TRIZを学んだことがある読者なら,通常の教科書で説明していることと力点が違うと感じたことだろう。伝統的なTRIZでは,次の四つを核となる方法として重視している。

@ 技術的矛盾の表現 → 矛盾マトリックス → 40の発明原理
A 物質−場モデルの表現 → 76の発明標準解
B ARIZによる物理的矛盾の定式化 → 分離原理
C 進化のトレンド

  これらの伝統的TRIZの方法のうち,物質−場モデル,発明標準解,ARIZについては,本連載ではほとんど説明しない。これらを使わないで,もっと的確に問題を分析して解決策を生成する方法,より易しく有効な方法が研究されてきているためである。

  その方法の代表は,TRIZを易しく使いやすくした「USIT(統合的構造化発明思考法)」である。USITの研究は,創造的問題解決のための全体的なプロセスに対して,反省と新しい理解を生んだ。今回はその全体的なプロセスを中心に説明しよう。

4箱方式と類比思考の落とし穴

  科学や技術は,問題解決のための基本的な方式として図1(a)の「4箱方式」を作り上げ,TRIZもそれを基礎としてきた。すなわち,自分の具体的な問題をゴリゴリ解決しようとするのではなく,より抽象化した普遍的な問題としてとらえて,その解決策を探り,その上で自分の問題への具体的な解決策を得ることを推奨する。

  また科学技術やTRIZは,多くの「モデル」(あるいは「理論,手本」)を作り,図1(b)に示すように「一般化した問題」とその「一般化した解決策」のペアの形で膨大な知識ベースを作り上げてきた。それらは,科学技術の教科書,百科事典,特許データベースなどとして,あらゆるところで見ることができる。

  図1(b)は,図1(a)の上部の2箱を組にして一つのモデルとして示したものであり,これらが組を成すのは全く当然のように見える。しかし,このモデルが多数になってくると,そこには本質的な問題が生じる。具体的な一つの問題に対しても,異なるモデルは異なるやり方での抽象化を要求するからである。

  図1(b)の状況で多数の異なるモデルがあるとき,まず適切と考える一つのモデルを選び,そのモデルが要求するやり方で具体的な問題を分析(抽象化)して,一般化した問題とする。問題を分析する前にモデルを選択する理由は,分析する方法がモデルによって異なるから,無駄な作業をしないためである。

  従来,問題解決,特に発明におけるひらめきの核心に「類比思考」を置いていたのは,まさにこの図1(b)の方式である。そこでは,自分の問題にヒントを与えるもの,すなわち図1(b)の上部のモデルを見いだすことが,最初で最大の課題であり,そのヒントへのマッピングができれば,問題解決の山を越したも同然である。ただ,そのヒントを確実に見いだすための具体的な方法は知られていない。

不十分な (TRIZ)全体プロセスの統一

  これまでにも説明してきたように,TRIZは創造的問題解決のために多様な方法(モデル)を作り上げてきた。しかし,そこでクローズアップされてきたのが「それら全体をどのように組み合わせて使えばよいのか」という全体プロセスの問題である。

  TRIZの創始者であるGenrich S. Altshuller氏は,より強力な方法を求めて個別の方法を開発するとともに,全体プロセスを次々と改良した*1。個別の諸方法は明確に確立されていったが,より有効・強力な方法を模索する過程で古い方法に対する自己批判が生まれ,全体プロセスは必ずしも安定しなかった。その結果として,現在のTRIZ専門家たちは,個別の方法に関してはほぼ共通の理解を持つが,全体プロセスに関してはさまざまに異なる見解を示している。

*1 Altshuller氏は,それをARIZと呼んだ。

  図2は,Darrell Mann氏が記したTRIZの教科書『TRIZ 実践と効用(1)体系的技術革新』において整理し直したTRIZの全体プロセスである1)。特筆すべきは,多数の「解決ツール(方法)」があり,それらを使い分けるために「ツール選択」の段階を必要としたことである。


  Mann氏の提唱する全体プロセスをはじめとして,伝統的なTRIZにおける全体プロセスには,共通の大きな問題点がある。すなわち,

@問題分析と解決策生成のための主要な方法が,組(ペア)を成して分立している
A問題分析の各方法は,問題に対する部分的な理解しか与えない

  このため,TRIZ教科書の多くでは,一つの問題に対して一つの方法(モデル)を適用した模範例を示しているが,他の方法も使って体系的に解決したという説明をしていない。ある問題に対して,どの方法(モデル)を選択するとよいのかは,いろいろと試行してみるか,学習により直観的に習得すべきことだと考えているのである。このため,初心者にとっては優れた例を示されても,その方法をいつも使えるとは限らないのではないかという疑念が残ってしまう。

  このようにTRIZでは,全体プロセス(通常,フローチャートで表される)が十分に統一されていない。筆者は最近,そこには根本的な原因があることを見いだした。その根本原因とは,どの段階でどのような情報を得る/つくるべきかという「全体構造」が不明確だったということである*2

*2 ここでいう全体構造とは,各段階で求められる情報/獲得される情報を明示して,情報科学でいう「データフロー図」の形式で表現されるものであり,図1はその最も簡単な表現といえる。

  確かに,TRIZにおける各種のモデルは,個別に4箱方式の形で表現できる。しかしTRIZ全体としては,4箱方式において多数の主要なモデルが独立に重なり合っている状況である。一般化した問題としてどのような情報を得ればよいのかが,TRIZ全体としては明確でないのである。

全体プロセスが明確なUSIT

  そうした問題解決のための全体プロセスを,簡潔で明確なフローチャートとして表現しているのがUSITである*3

*3 「TRIZホームページ」(URL:http://www.osaka-gu.ac.jp/php/nakagawa/TRIZ/)では『USITの概要』(Sickafus, Ed.著,川面・越水・中川訳),『TRIZ/USITにおける創造的問題解決の全体構造』(中川著)などの参考文献を掲載中。

USITでは,その基本的な流れを以下のように定めている。

@ 問題定義段階:具体的な問題を検討して焦点を絞り,「適切に定義した問題」として表現する。
A 問題分析段階:現行のシステムを「オブジェクト−属性−機能」の概念で分析し,空間と時間に関する特徴を明確にし,また理想のシステムに関するイメージをつくる。
B 解決策生成段階:USITの5種の解決策生成法を繰り返し適用して,多数の解決策をつくり出す。

  これらの具体的な進め方については次回に譲るが,ここでは各段階でどのような情報を得ようとするのかを,簡潔に説明しよう。

  USITの全体構造は,図3に示す「6箱方式」で表現される。図中の点線は,6箱方式が図1(a)の基本の4箱方式を詳細化したものであることを示している。そして,それぞれの箱では具体的に次のような情報を求める。


(a)ユーザーの具体的問題:現実の世界において,ユーザーが問題の所在を意識し,その問題に関連して知っている/集めた情報の総体。詳細だが,もやもやした情報。

(b)適切に定義した問題:一つの問題点(望ましくない効果)に絞り,問題定義(何を解決すべきなのか),簡潔なスケッチ,考えられる根本原因(1個以上),問題にかかわる最小限のオブジェクト群,を記述したもの。

(c)現在のシステムの理解と理想のシステムの理解:問題を持つ現在のシステムについて,「オブジェクト−属性−機能」の概念による分析結果(特に,元の設計に対する機能分析と根本原因にかかわる属性の分析),問題とシステムの空間および時間に関する特徴,理想のシステムについてのイメージ(特に,望ましい行動/振る舞いと望ましい性質についての理解)。

(d)新システムのためのアイデア:解決策としての新しいシステムを作るための中核になるアイデア(1個以上)。これらは(c)の情報と一緒になり,現システムに対する変更部分を示す。

(e)解決策のコンセプト:解決策としての新しいシステムを概念レベルで構想/設計したもの。

(f)ユーザーの具体的解決策:現実世界での当初の問題に対する具体的な解決策で,製品の改良版/新製品/改良装置/新装置などとして実現/実用化されるもの。

  これらのうち,(a)(b)が図1(a)のユーザーの具体的問題に対応し,(c)が一般化した問題の内容を示し,(d)が一般化した解決策に対応し,(e)(f)がユーザーの具体的解決策に対応している。すなわち,図1(a)で漠然と表現されていたものが,図3では明確な言葉で説明されているのである。

  図3で楕円で示しているのは「6箱」の情報を変換していくためのプロセスである。このうちで特に注目すべきは,一般化した問題(c)から一般化した解決策(d)に変換する「USITオペレーター」である。USITオペレーターは,TRIZの知識ベース(諸方法)を再編して構成したものだが,その一つひとつは実に簡単なものである。例えば「現存の部品を複数化してみたら?」「部分に分けて性質を変えてみたら?」といったものである。

  「6箱方式」の本質は,一般化した問題が教科書のモデルなどから与えられるのではなく,ユーザーの具体的な問題から個別に導出されることであり,その導出が一般的・普遍的で体系的なやり方で行われることである。そこで導出する情報は,現在のシステムと理想のシステムに対する総合的な理解である。その導出法を学べば,どんな具体的な問題にも共通して適用できるのである。

問題の重要性を現実の世界で判断

  このUSITの6箱方式の理解を深めるには,図4のように描き替えることも重要である。これは図3を上下に分けて「現実の世界」と「思考の世界」を明示したものである。

  最初のもやもやした「ユーザーの具体的問題」を「適切に定義した問題」に絞り込むのは,社会/ビジネス/技術などを含む現実の世界で判断すべきことである。特に問題の重要性の判断については,そうすべきである。ただ,往々にして絞り込みが不十分のままに問題が持ち込まれるから,USITでは必ず「問題定義」の段階を実施する。

  創造的問題解決のための思考法としてUSITが活躍するのは,(b)→(c)→(d)→(e)の過程である。USITでは,自由で活発な発想を生むために,この過程でビジネス的/技術的な制約をいったん横に置けという。ただ,技法(USIT)を知っているだけでこの過程を実施できるというのではない。(b)→(c)の分析の段階では,システムの技術的理解が重要であり,(d)→(e)の段階では,新しいアイデアを解決策コンセプトに組み上げるための技術的素養が必要である。結局,技術者たちをこのUSIT技法でうまくガイドすることが重要なことである。技術者たちとUSIT習得者との共同作業が最も有効なやり方である。

  技法の生成物である「解決策コンセプト」は,論文や特許になることはあっても,そのままでは「具体的な解決策」としての製品などにはまだならない。実際にさまざまな実験を行い,設計・製作を進め,技術的/ビジネス的な活動を経て初めて,現実の解決策になるのである。TRIZの初心者の多くが「成功事例」を知りたがるが,それは往々にしてこの(f)の成功例を求めている。しかし,「問題解決のための技法」の本来の成果物は(e)である。「技法」の事例を学ぶには,(b)→(c)→(d)→(e)のプロセスの思考過程を,幾つかの学会発表や教科書から学ぶのがよい。

  このようにUSITの6箱方式では,ヒントを探して「類比思考」に頼るという不確実さやあいまいさがなくなっている。また,従来の諸方法が想定していた「大きな飛躍」がなくなっている。基本的に,普遍的な方法を使い,確実なステップを踏んで,論理的でありながら,創造的な解決策を導くものである。これがUSITが照らし出した「創造的問題解決の新しいパラダイム」である。

参考文献

1) Mann, D.著,中川監訳『TRIZ 実践と効用(1)体系的技術革新』,創造開発イニシアチブ,2004年

 
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最終更新日 : 2005.8.28    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp