TRIZ/USIT事例: TRIZ シンポジウム2008 発表
世界初自動両面印刷機開発での TRIZとUSIT活用
菅野 比呂志 (東北リコー(株))
日本TRIZ協会主催 第4回TRIZシンポジウム、2008年9月10-12日、ラフォーレ琵琶湖、滋賀県守山市
紹介: 中川 徹 (大阪学院大学)、2008年10月26日(英文)、和訳: 2009年 4月18日

[掲載:2009.12.30]

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編集ノート (中川徹、2009年 4月18日、(*)12月27日)

本件は、昨年9月に日本TRIZ協会主催第4回日本TRIZシンポジウムにおいて発表されたもので、初日の午後のオーラルセッションで発表されました。これは、TRIZとUSITとを習得・適用したことによって、世界初の新製品である自動両面印刷機の開発の基本的なアイデアを得、困難な問題を克服していったという過程を、開発者自身が丁寧に事例報告としてまとめたものです。素晴らしい成果であり、非常に貴重な事例報告であると思います。

本発表は、シンポジウム参加者による「私にとって最もよかった発表」のオーラル発表第三位の表彰を受けたものです。おめでとうございます。この表彰制度は今回から始められたもので、オーラル発表とポスター発表の両部門で、国内参加者が日本人発表に対して投票した結果によるものです。日本TRIZ協会は、表彰された発表 (各第三位まで) を公式Webサイトに公開で掲載し、できるだけ広く皆さんに読んでいただけるようにしたいと考えております。(*)

(*) 発表スライドの全文を和文および英文で日本TRIZ協会公式サイトに掲載させていただけるように、日本TRIZ協会は予てより著者に要請しておりますが、まだ(株) リコー殿からの許可が得られておりません。

なお、詳細な技術報告がつぎのように発表されており、Webでもフルテキストが読めますので、ご参照下さい。
「デジタル孔版印刷方式で世界初の自動両面印刷装置の開発」、佐藤 光雄、菅野 比呂志、大川 英治、菅原 光弘 (東北リコー (株))、Ricoh Technical Report No.33、pp. 85-93 (2007年12月)。URL: http://www.ricoh.co.jp/technology/techreport/33/pdf/A3310.pdf ]

本ぺージには、この素晴らしい事例発表についての中川の紹介を掲載し、より多くの読者の皆さんにこの発表を知っていただきたいと思います。紹介文は、中川が英文で2008年10月26日に掲載しました、Personal Report 「第4回TRIZシンポジウム2008の紹介」 から抜粋したものです。このたびそれを和訳し、ここに掲載します。(*)

(*) 和訳は4月に完成し、著者に見ていただきました。引用を和文スライドでさせていただきたい旨、上記と同様に要請しておりますが、同社の正式許可がおりておりません。年末となり、懸案を処理しておきたく、変則ですが、昨年10月に正式許可を得ました英文スライドで引用させていただきます。

本ページの先頭 スライド PDF (未掲載) 紹介 (中川)   第4回TRIZシンポジウム TRIZシンポ2008 Personal Report 英文ページ

[1] 発表スライド:

日本TRIZ協会公式サイトに掲載許可を要請中。


[2] 発表の紹介 (中川): 

「Personal Report of The Fourth TRIZ Symposium in Japan, 2008」
中川 徹 (2008年10月26日) から抜粋、和訳。
和訳: 中川 徹、2009年4月16日。(掲載: 2009.12.30)

 

菅野 比呂志 (東北リコー(株)) [O-5 #08] が素晴らしいオーラル発表をした。題名は「世界初自動両面印刷機開発での TRIZとUSIT活用」である。デジタル孔版印刷機「リコー Satelio Duo 8」を、TRIZとUSITの助けによってこのプロジェクトで開発し、2007年3月に市場に出し、お客さんから「永年夢見ていた製品だ」という非常に高い評価を得たという。著者の32枚のスライドは内容が豊富である。私はそのうちの14枚のスライドを引用して、皆さんが著者の思考プロセスを追い、その意義を理解していただけるようにしようと思う。[全スライドをそのうちに本ホームページに掲載したい。] [注 (2009.12.27 中川):  上記の編集ノートを参照下さい。変則ですが、当面、英文スライドを引用させていただきます。]

最初のスライドにデジタル孔版印刷機の歴史を説明している。その起源は、1894年に日本で発明された「ガリ版」である。デジタル孔版印刷機はその現代版であり、装置内で元原稿から印刷用マスターを作成するのが特徴である。この20年来の夢であったのが、紙の両面に自動的に印刷できるデジタル孔版印刷機を発明することであった。これを東北リコー(株)が実現したと、本発表で報告しているのである。

このスライドで、なぜ孔版プロセスの方式で両面印刷が困難なのかを示している。孔版プロセスは画像定着の特別なプロセスを持っていない。印刷インキは単に紙に浸透して、時間が経って乾く (「疑似乾燥」) のにまかされている。そのため、紙の片面に印刷した直後に、その裏面に印刷しようとすると、ローラー (およびその他の部品) にインキが転写されて汚れるおそれがある。

スライドに示している第二の困難点は、二つの印刷ユニットを必要とするために、コスト高になることである。

著者の会社では、いままでに二度、両面印刷機の開発を試みたが、失敗したという。著者は本プロジェクトの開始をつぎのように記述している (紙面を節約するため、ここには図などを省略して、著者のテキストだけを引用する)。

 

ちょうどその頃、著者はリコー・グループ内のTRIZ研修を受講した。(リコーでは、1997年頃から、数人の先駆的な技術者たちがTRIZ (USITを含んださまざまなやり方のもの) の導入に努力していた。かれらは、TRIZ研究会を組織し、TRIZを研修セミナーで教え、またいろいろな実プロジェクトで技術者たちを支援する、などの活動をしてきた。)

TRIZの実に基本のアプローチが、著者に考える新しい方向を与えたようである。最小問題、空き空間と空き時間というリソース、分離原理などのTRIZの概念が、著者の考えを刺激した。

このスライドには、著者が考え始めた新しいシステムの基本コンセプトが示されている。左下の図が片面印刷のための既存のデジタル孔版印刷機を示す。一方、右下の図が新しいシステム内の配置イメージである。最小問題の考え方では、現行部品の大部分はいままでの位置にそのままあるべきである。ドラムは両面の印刷マスターを持っているとよい。紙を裏返したり、再給紙したりする機能はすべて、マシンの左下隅の空きスペースで実施されるのがよい。
TRIZの助けで基本コンセプトを得たことが、その次の大きなアイデアを見出す準備になった、と著者は書いている。以前に行なった調査で得た知識がまた、これを可能にした。スライドの左下部に示したのは、A面に印刷された用紙が、つぎの印刷サイクルでB面を印刷するようにドラムに送られるべきことである。右半分に描いた図は、著者がこのアイデアを得たときに創ったものだという。この時点で著者は、新しい自動両面印刷機を実現できると確信したと、記している。

そして、著者はつぎのように記している。

著者 (および東北リコーのTRIZ研究会) が「インキの転写汚れ問題」を解決したやり方は非常に興味深い。著者の数枚のスライドを辿ってみよう。(注 (2009.12.27): 英文の紹介では「リコーのTRIZ研究会」と書きましたが、その後著者より「東北リコーのTRIZ研究会」である旨のコメントがありましたので、訂正します。)

前掲のスライドに記述している基本コンセプトが仮定しているのは、二つの面の印刷マスターが一つのドラムに貼り付けられており、従って、二つの面を印刷するためにプレスローラーを二度時間的に前後して使わねばならない、ことである。そこで、インキの転写汚れ問題を、このローラーの周りのシステムで解決しなければならない。最初に行なった種々の試みを右のスライドに示す。著者たちはまず、汚れない表面を見つけようと研究したが、成功しなかった。第二に試みたアプローチは、主たるプレスローラーをクリーニングする副ローラーを使うことだったが、それも失敗した。このデッドロックに直面して、著者はこの問題を東北リコーの社内TRIZ研究会に持ち込んだ。
こうしてTRIZ研究会が、インキの転写汚れ問題にTRIZを使って取り組んだ。問題を最初に物質-場モデルで定式化した。B面を印刷するとき、すでにA面に印刷されているインキがローラーの表面に転写されて汚れる。これは有害な作用である。発明標準解のうちで、「間に第三のオブジェクトを供給する」が、なんらかの粉体を間に入れることを示唆した。そして、それは、プレスローラーの表面を粉体と同様にすることを示唆した。
ついで、この問題をさらに考えるために、彼らは賢い小人たちのモデリング (SLP法) を使った。ローラーの表面に賢い小人たちが多数いるとイメージし、その小人たちはインキで汚れたくないと思っているとイメージする。研究会では30件のアイデアを生成したという。ここに示すのはそのなかで彼らが最終的に選択したものである。沢山の小人たちの中に背が高い小人たちがいくらかいて、自分が汚れて他の小人たちを守る。すなわち、小人たち全員が汚れる代りに、ごく少数の小人たちが汚れる。この小人たちのアイデアは、ゴムローラーの表面にガラスビーズをつけるという形で実現された。その様子を右側の図に示している。
右のスライドはガラスビーズローラーの効果を示したものである。この実験では、ページの半分に黒いパターンを印刷する。両面を印刷した後、ページの半分の白い部分をチェックして、インキの転写汚れがないかを見る。左側 (フッ素コートローラーの場合) はインキ汚れがパターンとなって見えるのに対して、ガラスビーズローラーを使った右側にはパターンが見えない。後者の場合、実は多数の微小な点状のインキ転写があるのだが、われわれにはそれが見えないのである。
インキ転写汚れ問題のまとめとして、ここにTRIZの賢い小人たちのモデリング(SLP) の思考法を議論している。TRIZを使った (特にSLPの) 思考法は、問題を抽象化した世界で考えることである。固定観念に囚われた考え (すなわち、心理的慣性) を破ることが、TRIZにおける抽象的思考 (特に右脳型思考) の威力である。このスライドの最下部に示すように、このようにして得られた解決策は、ローラーの表面を (ミクロでの) 微細な凹凸構造を持たせたもの (ただし、マクロでは平坦な構造である) と見なすことができる。

その後、2005年4月に、著者 (およびその年長の共同研究者) が、中川 徹のUSIT2日間トレーニングセミナーに参加した。それ以来、彼らは、彼らのプロトタイプマシンを設計するにあたって、USITを用いて多数の問題を解決したという。

著者たちはUSITワークシートの一式を作った (発表ではそのスライドをアニメーションでぱっぱっと見せたけれども、このレビューでは引用しない)。この3年間で、東北リコーでは22件のUSIT実践活用事例があるという。

これらの開発努力の結果、著者のグループはその斬新なマシンを2007年3月に市場に出すことに成功した。その新型印刷機、リコー Saterio DUO 8は、両面印刷で A4サイズ 240頁/分のスピードでの印刷が可能である。右のスライドには、その新規な内部構造の4大メカニズムをまとめている。(1) 複合レイヤー構造を持つ新しいプリントマスター、(2) 両面のイメージを一つのドラムに持つこと、(3) 再給紙のためのフリップユニット、そして (4) ビーズローラーである。

フリップユニットのメカニズムを右のスライドに示す (発表では、スライドにアニメーションがあり、また動画がデモされた。このレビューに再現できないのが残念である)。

新しい用紙が右側から緑の点線矢印に沿って供給され、ドラムとローラーの間の印刷ゾーンに入ってくる。A面(おもて面) が印刷された用紙は、(赤色位置にある) スイッチャと (水色の矢印で示す)空気の吹きつけの助けで、緑色の実線矢印に沿って下方に送られる。用紙は (赤色で示した) トレイの縁で保持されて、バトンリレーのようなやり方でスムーズに下端まで導かれ、折り返して(フリップバックして) ピンク色の矢印方向に向かう。用紙はピンク色の矢印に沿って運ばれ、ローラーを回って印刷ゾーンに入り、そこでB面 (裏面) が印刷される。そして用紙はピンク色の点線矢印に沿って送り出される (このときスイッチャはピンク色の位置にある)。用紙をこのように鋭く折り返させる (逆向きにもどさせる) ことを、「燕返し」と命名した。

右のスライドが発表のまとめである。
著者らは自動両面印刷のマシンを開発した。それは20年来の夢だったものである。
TRIZの助けによって、著者はこのマシンの斬新な基本コンセプトを着想し、またUSITがその後に役立った。
著者らは (2007年3月までに) 100件余の特許を申請し、強力な特許バリアを作った。
新型機Satelio DUO 8 は2007年3月に発売された。このマシンは、A4サイズの印刷速度を、従来の片面 120頁/分から、両面 240頁/分に倍増させ、従来と同等のコンパクトなボディのままである。
このマシンは顧客から、「夢にまで見た、印刷機だ!」という、高い評価を受けた。

 

*** [中川所感] 本発表は、世界初の機能をもつ新規商品を開発した、非常に成功した実践事例の報告です。TRIZ (そして後にUSIT) が、新しい基本コンセプトを開発するのに貢献し、そして試作機開発における問題解決に貢献した。新製品は市場によく受容された。もちろんきっと会社のビジネスに貢献していくだろう。この発表の記述は詳細であり、情報が豊かである。特に、TRIZを用いた著者の思考プロセスをきちんと追うことができるのがよい。これは今回のTRIZシンポジウムでの非常に素晴らしい発表であった。発表スライドの全セットを近い将来に本Webサイトに掲載したいと思う。 [(*) 注 (2009.12.27 中川): 発表スライドの全セットは、日本TRIZ協会の公式サイトへの掲載を著者と所属企業に要請していますが、まだ許可が得られていません。]

 

本ページの先頭 スライド PDF (未掲載) 紹介 (中川)   第4回TRIZシンポジウム TRIZシンポ2008 Personal Report 英文ページ

 

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最終更新日 : 2009.12.30     連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp