TRIZフォーラム

『下流老人』(藤田孝典著)へのカストマーレビュー(中川 徹)

中川 徹、2016年 3月30日、Amazonサイトに投稿

Amazonサイトの『下流老人』カストマーレビュー(82件)の考察

  中川 徹、2016年 3月25日

掲載:2016. 3.30; 4.21; 4.29

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  編集ノート (中川 徹、2016年 3月22日)

本ページの親ページは: 「日本社会の貧困」を可視化しながら考える [A] 高齢者の貧困化 [1] 藤田孝典著『下流老人』の可視化とまとめ (中川 徹) 

『下流老人』(藤田孝典著)に対するAmazonサイトでのカストマーレビューの評価は、賛否に大きく分かれている。

そこで、私自身もカストマーレビューを書いて、Amazonサイトに投稿することにした。それは、優れている(と私が判断する)カストマーレビュー8件を紹介し、また、議論するべきカストマーレビュー15件に簡単なコメントをつけたものにした。それを本ページの前半に収録した。

本ページの後半では、Aamzon サイトのカストマーレビューに寄せられた82件という多数の読者の皆さんの感想・意見を踏まえて、私が考えることをさらに説明しておきたい。

 


  『下流老人』(藤田孝典著)へのカストマーレビュー (中川 徹、2016. 3.25) (Amazon投稿: 2016. 3.30)

本書『下流老人』の論理を「見える化」した24頁の冊子を作りました

わたしは、昨年6月末の老人による新幹線焼身自殺放火事件にショックを受け、この藤田孝典さんの『下流老人』の本を読みました。二度精読して、この本を「見える化」しようと決めました。「見える化」は、問題解決のために問題をきちんと理解するという、QC運動以来の指導原理です。本書のテキストで言っていることを、その論理が明確になるように、札寄せ法(親和図法に近い方法、片平彰裕さん作成ツール)で、図に表現しました。各章ごとにまとめた図を、わたしが編集するホームページ(『TRIZホームページ』)に連載し、1月に完成しました。著者藤田さんのメッセージもいただいて、全24頁の冊子を作り、ホームページで公開しています。

また、このAmazonサイトでの皆さんのカストマーレビュー【82件)も精読させていただきました。高い評価と低い評価の両論があり、高齢者の貧困の問題のいろいろな論点を学びました。各レビューにわたしなりの感想・意見を書いたノートを作りました。ここにはその要点だけを書かせていただきます。

(A) 本書の紹介・レビューとして、わたしは、次の 8件をお薦めします。

各件は、[古い順の通し番号]、投稿者の評価、投稿日、投稿者、(参考になったという読者数/回答読者数)、およびわたしの判断での特徴を書いています。

[ 1] 星5 2015. 6.13   夢見る父さん (読者参考度 184/207) 分かりやすい紹介、積極的な評価
[31] 星4 2015. 8.22  まいペンらい  (読者参考度 12/17) 簡潔・的確な書評、困っている人へのアドバイス
[35] 星5 2015. 9. 5   荻原妙子    (読者参考度 8/16) 簡潔な書評、貧困の連鎖
[59] 星5 2015.11. 6   かっちー    (読者参考度 5/8)  分かりやすく優れた紹介
[78] 星4 2016. 2.12    小林隆    (読者参考度 3/3)  簡潔で本質的な受け止め方
[19] 星5  2015. 7. 29   仮面ライター   (読者参考度 25/35)  分かりやすく丁寧な紹介、内容・提案の重要性

[ 7]  星5 2015. 7. 5    小次郎   (読者参考度 174/180 (コメント26)) 地方における高齢者の状況
[49]  星5 2015.10.10    SFファン    (読者参考度  13/20)  高齢者の生活対策の必要性

(B) 以下のレビュー15件は、読者参考度が高いあるいは注目すべきものですが、その記述(の一部)に議論するべき点があると考えます

各件の後部には、投稿者の主要な主張と、(それに関するわたしの所感)を書きました。

[18]  星1 2015. 7.27  あたし持病があるんですけど  (読者参考度 46/80) 下流老人がどこにいるのかを示していない。(全国的な調査を国などにぜひしてほしい。)
[66]  星2 2015.11.29  見物人  (読者参考度 8/15) 老後もなんとか暮らせる人も多い (= 中流高齢者の現在の意識。今後は?若い人は?)

[10] 星3 2015. 7. 7   ロードクロサイト  (読者参考度 42/57)) 生活能力がない男性の例ばかり。(欠点・判断ミスがあったと、わたしも思う。しかし、だれもが貧困に陥らないで済むはずの世の中か?)
[26]  星2 2015. 8.10   ちゃむ  (読者参考度 53/73) 同情できる事例でない、男も生活技術を身につけよ。(女性の側から見た厳しい批判と思います。)

[25]  星1 2015. 8. 4    リサパパ    (読者参考度 84/121) 個人の責任を追及せず、社会が悪いと言っている。(沢山の人がこの感想を持っています。それは、競争社会で「勝つ」ことを教えられ、「負けた者が悪い」と考えるようになっているからです。競争社会の欠陥をどう補うのか?)
[22]  星1 2015. 8. 1   にこぷん  (読者参考度 143/188) 身勝手な人生を送って貧困になったような人も、当人の責任でなく、社会のせいにしている。(事例は身勝手な例ではないが、判断ミスはあったと、わたしは思う。人生にも社会にも沢山の落とし穴がある。)
[50]  星5 2015.10.14    バックスピン    (読者参考度 12/18) 労働せずにお金を貰えるのはよくない。地公体が仕事を作って職を与え、賃金として「現在の生活保護費」を支給するのが良い。(「猫の手も借りたいところは一杯ある」と投稿者は言う。いい考え方だと思う。)
[54]  星1 2015.10.21  正義の味方   (読者参考度 39/53) 社会保障へのタカリを薦めており、放置すれば(夕張市のように)国が破たんする。(基本的人権の精神をどのように実現するのか、政策の問題も。)
[82]  星4 2016. 2.25   萩乃子  (読者参考度 3/4) 福祉は性善説だけでなく、性悪説も考慮しないと、世間は納得しない。(たしかにこれが重要点。キリギリスのケースとタカリのケース。現在でも対処していること。)

 [24] 星2 2015. 8. 2   アマゾン太郎丸   (読者参考度 46/68) 「備えあれば憂いなし」の視点を欠いた甘えた論理だ。(本書で書いている、下流老人の特徴、下流化のパターン、生活保護制度の説明、自己防衛策はすべて、「備え」の説明です。)
[11] 星1 2015. 7. 9   殿(との)    (読者参考度 72/100) 問題は分かったが、対策がない。(<= 第7章(政策の提言)を読んでください。) 

[77] 星1 2016. 1.28  備前太郎   (読者参考度 12/16) 「誰でも平等なユートピア幻想」の好きな人の本。(一律の平等を目標にするのでなく、自由な競争の中で(他者の権利侵害を許さず)「最低限」を保障するのが目標。)
[ 9]   星2 2015. 7. 7   少子化問題に直面しようとしない日本  (読者参考度 36/40 (コメント1)) 「負担なきバラ撒き」を求めるモラルハザードの主張だ。(本書はそうはいっていない。税制を通じた富の再配分を、国民の議論で決めていくべきだと言っている。富の徴収法を明示していないが、配分法をきちんと書いている、とわたしは思う。)

[65]  星2 2015.11.27   えふぃーる    (読者参考度 12/16) 事例はリアルだが、解決策は市場経済と民主主義を否定するもので、非リアルである。(今の市場経済が本当に望ましいのか(修正するべきでないか)、きちんとした社会保障こそ民主主義を実現するものでないか、とわたしは思う。)
[76]  星4 2016. 1.24    Ravenclaw    (読者参考度 3/3) リアリティのある現場レポートだが、超高齢化社会の社会ビジョンを示せていない。(そのようなビジョンは「誰も知らない」と評者自身が言う。まず福祉の面でのできる限りの方向を本書は示している、とわたしは思う。)

文章を「見える化」した図は、論理が明確になり、自分で考えるにも、多数で議論するにも、役立ちます。


 

  『下流老人』(藤田孝典著)に対する多数のカストマーレビューを考察する

       中川 徹、2016年 3月25日         (『TRIZホームページ』掲載: 2016. 3.30)

(A) はじめに

『下流老人』(藤田孝典著)に対するAmazonカスタマーレビューの評価は、賛否に大きく分かれており、多数の、多面的な議論が、ときにはホットに行われている。これを分析することは、現状をさらに知り、多様な人々の受け取り方、考え方を知るのに、大きな、そして貴重な手掛かりになると考えた。

そこで、まずその全体を Amazon.co.jp サイトのこの本のカストマレビューの欄からダウンロードして(3月11日、82件)、今後の検討の素材にした。レビューを古いものから順に並べ、番号をつけた。それらを一つ一つ読みながら、私自身が感じる/考えることを、[注(中川):  ]の形で書いた。また、各レビューについて、その重要度・影響度および内容の適切度を評価して、◎○□△●■×のクラスに分けた。Amazonサイトに投稿した中川のカストマレビュー(3月30日付)で紹介したのは、このうちの◎または●の分類のものである。

本ページの考察では、各レビュー者の文を長文で引用することは(著作権の扱い上)適当でないと思われる。そこで、ここでは、特に議論になっている論点ごとに整理して考察し、各投稿者の主張や論理は比較的短い引用にとどめる。引用部分を濃青色で、中川の地の文を黒色フォントで示す。

 

(B) 下流老人がどこにどれほど存在するのか?

著者は「はじめに」で、「下流老人」がいま日本で大量に生まれているが、その実態は驚くほど知られていない、と書いている。第1章で下流老人の3つの特徴を記述し、下流老人が増えると社会にどのような影響が起きるかを書いている。

まず第一の論点は、ここで著者がいうような「下流老人」が、本当にそんなに多数(高齢者の22%とか、全国で6〜7百万人だとか)存在するのだろうか?いったいどこにどのような形で存在するのだろうか?という疑問であり、それが実感としてわかっていないことである。

[18] 星1 : 「下流老人が、どこにどれだけいるのか、著者は明示していない。総務省の家計調査や、所得統計から貧困ラインから範囲を推測しているだけだ。著者は自己のNPO活動の経験から例示はするが、どこにどれだけいるのか示さない。」

この批判を、著者に向けるべきものではないが、論点としては大事なことであろう。国自身がこれをきちんと把握できているのかどうか、わたしは知らない。国や各地方自治体が数や内容をきちんと把握し、どんな事情/要因で、どのような事態になっているのかを、明確にし公表してほしい。
なお、著者は第7章の提言で最初に、「国や政府が日本社会の貧困の進行・拡大を認めて本格的に取り組むべきだ」と言っている。現実の認識と共有が国民レベルで必要である。

[46] 星1: 引退した何百人にもなる先輩たちの現在の生活をみても、このような事態になった方は1人もいない。すべての方が、老後資金を十分に蓄 えていなたわけでもないのに。

この感想は意外と多くの人が持っているのだろうと思う。わたし自身の場合でも、高校の同期、大学の同期や先輩、会社での同期や先輩などの中に、生活に困窮している人があるかと聞かれたら、「そのような例を聞いたことがない」という返答になるだろう。名門の高校や大学に進み、大企業に勤めていたなら、中流以上の人たちばかりを知っており、すくなくともうわべはこのような回答になる。それぞれの人がどのような家族状況にあり、どのような悩みを持っているかは、よほど親しくないと関知していないから。 --- もちろんこのことは、それぞれの人の、生まれた環境、居住地、職業や職場環境、などで大きく違う。広い視野で見ておかなければならない。

[7] 星5:  私は西日本の地方都市に住んでいる。周辺は農地だが、若者はそこでは働いていない。 70歳を越えたような老人が、腰を曲げ、田畑を耕しているのだ。 しかしおそらく次世代は宅地になっているだろう。
ずっと農業でやって来た場合は、国民年金だけのことが多い。 いわゆる「厚生年金部分」は入らないことが多い。 私の両親は90歳近いが、二人合わせて月10万円少しの年金しかない
広大な田畑を持っていたのなら別だが、多くはそうではない。 となると、今後健康的にも衰え、収入もあまりなく、 蓄えがたんまりある人以外は、ここでいう「下流老人」になる。
何と言っても医療費負担が大きい。 いくら1割負担の後期高齢者だとしても、介護や入院などが多いと、けっこうバカにならない。 貯金を食いつぶすことになる。 なにより地方都市は「給料」が安いので、 住民の収入も低い。貯蓄も少ないのだ。 こういう人が将来「下流老人」になる。 本書はそういうケース、問題を指摘していく。

この記述は、今回の82件のカストマーレビューの中で、地方の、農家などの実状を踏まえて書いている「唯一」のものです。高齢化が地方でまず進行していることは、よく知られており、その高齢者がここに書かれているような状況にあることは、恐らく国民の多数がおおよそは知っている。しかし、それを実感し、高齢者の貧困として意識して、取り上げている人は多くない。
-- 「これは過疎化の問題だ、地方の問題だ」といった意識で、「別問題」として扱おうとすることに、わたしたちの落とし穴がある。

[19]星5: さて、子どもや若者、女性やシングルマザーなどの貧困問題と比べ、 議論の俎上に載りにくい高齢者の貧困問題であるけれども、その要因の一つに「見えにくさ」がある。つまり、藤田さんが指摘するように、「貧困状態にある高齢者は「静か」」であり、総じて彼らは自責の念と羞恥の気持も強い。

この「見えにくさ」があることを認識する、理解することが、大事な点であろう。それは、地方に限らず、都会でも、郊外でも、住宅地でも同じことである。

 

(C) 下流老人になった事例が特殊である、やはり自己責任ではないか

第2章の前半では、高齢(60代〜70代)で下流に陥った4人の事例を説明する。そして、第2章後半で、下流化する一般的な背景を説明して、そのリスクが「他人事ではない」ことを述べている。さらに、第3章では、現状での下流化のパターンを5つ挙げ、さらに現在の若年〜壮年層が老齢期に達するときにはもっと厳しい状況になっていることを述べる。本書の帯には、「年収400万(現在の平均年収)でも、将来、生活保護レベルの暮らしに!?」、「忍び寄る「老後崩壊」の足音・・・日本人の9割は、他人事ではない!」と書いている。

カストマーレビューでは、これらの下流化事例が特殊ではないのか、自己責任ではないのか、といった疑問・反論が多く出されている。各個人の判断ミスがあったにしても、そのバックに社会システムの問題があることを、どれだけ認識するかで各人の意見が違っている。 以下にいくつかのレビューを引用し簡単にコメントする。

[38] 星1: 3000万円の貯金のうち900万円を墓と永代供養料に使うようなバカモノを老後破産の例にだされても呆れてものが言えないだけ。自己責任を社会に転嫁するな。

これは第2章の第3事例である。建設会社で事務職員としてずっと働いた男性が、62歳で早期退職する。貯金1500万円、退職金1500万円。(会社が厚生年金に入っていなかったので)年金なし。安泰だと思った。生涯独身で身寄りがなかったので、(セールスに誘われ)900万円で自分の墓と永代供養を買った。-- 霊園ビジネスが人の弱みにつけこんできた。それに乗せられ、カモにされた。たしかにバカモノなのだろう。

[26] 星2: 少なくとも、「収入もないのに入院時個室に入る」という贅沢の結果困窮するような人間には同情しない。

これは、上記事例の人のその後。それまで全く健康であったが、退職後、心筋梗塞で倒れ緊急入院した(それも1年で2度倒れた)。手術費や入院費を後で請求され高額なのでびっくりした。個室だったし。-- 身寄りがなくて緊急入院し手術した老人に、病院はどう対応したのだろう?「もう危機を越えましたから6人部屋に移りませんか?」と薦めた人があるだろうか?

[10] 星3: やはりここに載っている老人の例を読むといささか疑問がわいてくる。 何千万もの預金があった人が、数年で生活苦になるというのはやはりおかしい。 高額な医療費が掛かるとはいっても、それなりに節約の方法や医療費補助はあったはず。 知らなかったで済ますのはあまりにも無知過ぎる。 また生活能力が無い男性が、それをなんら反省せずに生活するというのもなんだかおかしい。

この前半も同じ人のことを言っている。この人は退院後細々と生活を続けたが、(年金がないので)生活費と治療費で数年で貯金が底をついた。ネットカフェ生活から救済後、著者も本人に「高額療養費助成制度を申請しなかったのですか?」と尋ねている。本人は「知らなかった」という。-- こういった制度の申請は、病院などで指導があるはずだと、別の評者は書いている。

この後半は、第2章の第4の事例のことを言っているのだと思う。それは埼玉県内で銀行員としてずっと働いた男性の例である。50代半ばに変調が起き、(お札をうまく数えられなくなったなど)業務がうまくできなくなり、家庭でストレスを爆発させるようになった。早期勧奨退職したが、退職金・貯金・マイホームなどあり、年金24万円。退職後、それまでの料理屋などに行き、退職金を飲食代に湯水のごとく使った。協議離婚となり、資産分割、年金分割で月12万円。一人暮らしで、老後資金や年金を散財し、数年後に公園での路上生活になった。救済したとき、明らかに認知症。50代半ばで変調が起きたときに、若年性認知症を発症したのだと考えられるが、本人はもちろん、家族も職場もそのことに気が付かず、「そのままで生活を続けてしまった」ことが、問題だった、と著者は書いている。
-- この事例を読んで「なんだかおかしい」というのは、「若年性認知症」というのを知らない、あるいは稀有のことと考えているからであり、この人の周りでだれも気がつかなかったことと、同類である。こんなことが実際に起こったのだ、どこかの段階で周りの誰かが気づき対処すべきだったのだ、と受け止めることが望まれる。

[46] 星1: 例に挙げられているようなことが起これば、確かにこのようになることはわかるが、非常に特殊な例だと思う。こ こに書かれている人たちのほとんどは、働き稼げるときに何もせず、飲食やギャンブル、分不相応な買い物をした人たちだと考える。それこそ、国民年金さえ納 めていないのだろう。

この書評の後半の記述は、本書に例示したケースとは異なる。本をきちんと読まずに、批判・非難している。

[22] 星1: ひたすら貧困を社会のせいにする(当人には何の責任もない)内容で、びっくりし、かつ無性に腹が立ちました。

[28] 星4:下流老人になる原因を見れば、同情の余地が十分にある老人と、「そりゃあ当たり前だろう」という責めたくなる老人の二系統があるはずだ。 

 

以下の 7件は、本書の諸事例や「下流老人」になる状況についての記述を、積極的に評価しています。

[7] 星5:  何と言っても医療費負担が大きい。 いくら1割負担の後期高齢者だとしても、介護や入院などが多いと、けっこうバカにならない。 貯金を食いつぶすことになる。

この書評に対して、別の人から「後期高齢者で1割負担であれば、それほど高い医療費負担になるはずがない」という趣旨のコメントがあった。それに対して、自己負担になるのは、(タクシー代など)通院交通費、入院中の給食費や病衣費、など。その他に、いろいろな薬代。また、家族やヘルパー、施設などでの介護の費用などが、ある。

[49] 星5:  60歳で定年退職するまで、まじめに一生懸命働く。現役の時には、考えもしなかった現実が、年金生活者になって初めて、目の前に立ちはだかる。一時、退職金と年金をもらって、老後は安泰に何とかやっていけるだろうと思っていたのが、実に浅はかだったと思い知らされる。 退職金はあっという間に消え、再就職もなく、年金のみで生活していかざるを得ない。高齢者になれば、医者通いも多くなり、医療費もかかる。予想以外のことが起こる。 国民の9割は「下流老人」になるといっても過言ではないという著者の主張には、愕然とさせられる。年金で足りない分は自分で補いなさいと言われても、思ったようにはいかない。 著者の文章には説得力があり、うなずかされることが多い。

[64] 星3: 貧しい老人が現代日本には増えているという。所謂、貯蓄がなく仕事もないので収入もない。年金も満足な金額が貰えないため食うや食わずの生活。
そういった人たちは現役時代の浪費や放蕩の結果「自業自得」でそういった立場に追い込まれると思われていた。これまでは。確かに。
だが、今後は高齢化社会を背景にして誰もがそういった状況に陥る危険があると著者は説く。
ようするに寿命が延びて多くの人間は80歳を超えてもまだ10年以上生きることになり、生活費の貯蓄が底をついてしまうのだ。
昔は老人は少なかったからそういったことはあまり騒がれず表面にも出てこなかった。それが寿命の伸びで老人の絶対数は大幅に増加。多くの老人が路頭に迷う結果を招いた。

[76] 星4: 悲惨な老後を送る貧困高齢者への支援活動を実際に行っている著者だけあって、実態を描いた第1章から第3章はリアリティと迫力がある。
たしかに、老後の生活崩壊は、特殊な人に訪れる特別な事態ではなく、誰にでも起こりうる話である。他人ごとではない。われわれはそれを覚悟しておいた方が良い。

[1] 星5: ごく普通の人でも、このままの社会、経済情勢では老後はとんでもないことになってしまう恐れがあることが、よくわかります。

[65] 星2: 【本書の意義】: 老後の生活の厳しさを事例を通じてリアルに描いたこと。誰もが他人事と思えないだろう。

この評者は、本書の政策的な提言の内容に賛成でない部分があると言い、星2の低い評価にしていますが、本書の前半についてはこのように高く評価しています。

[35] 星5:  老人の貧困は若者の貧困からつながる。そこには自助努力が不足したからではなく、経済優先社会で当たり前のように起こりうることだ企業の利益を優先する非正規雇用が若者の貧困、老人の貧困をうみ、社会の崩壊につながる。

以下の3件は、もっと実際的な観点からの関連したレビューです。

[76] 星4: 小難しいことを書いたが、じつは、本書でもっとも印象に残ったのは以下の部分。
   
仕事一筋できたならば、夫は妻に逃げられてはいけない
    わたしが今まで見てきた経験上からも、妻は月15万円の生活費でも暮らしていける方が多いが、
    夫の場合はほとんど絶望的と言っていい。とくに団塊の世代よりも上の層の日常生活力の乏しさには驚くべきものがある。…  男は金さえ稼いでくればいいという昔ながらの考え方を捨て、家庭における男性の役割を変えていかなければならない。」

[26] 星2: 著者にやみくもに腹が立った。生活技術がない世代の男を「認めて」しまってる。なぜ生活技術を身に付けさせないのか? 「離婚されないようにする」という事は「身の回りの事は、今後も老いた妻にして貰う」のが下流にならないための一歩なの? 事例が男ばかり。侘しく哀れに見えるのが「男やもめ」という状況なのか?著者若いのに、結局そんなもんか。

[10] 星3: 家事なんて自分でやろうと思えば、年をとってからだっていくらでも身につけることができるはずです。
奥さん任せでいたから今さら出来ないなんて、甘えているとしか思えない。

 

(F) 下流老人にならないための自己防衛策は?生活保護は権利?甘え?タカリ?

[22] 星1: 福祉の現場にいるので、業務上参考になる内容かと思い購入して読んでみましたが、ひたすら貧困を社会のせいにする(当人には何の責任もない)内容で、びっくりし、かつ無性に腹が立ちました。… 不要な不安を煽るだけ煽って、貧困に陥ることを防ぐ方法を模索するわけでもなく、おなじみの生活保護を受けましょうという結論で、・・・

[25] 星1: まずは、自己防衛というか貧困に陥らないようにどうすべきかを個人のレベルで解決案を出してくれないと、読者はどういう対応をしていいのか困ってしまいます。なんか煽るだけ煽って、下流老人になるのは、国や社会が悪いんだというのは、いかがなものかと思ってしまいます。

[31] 星4: 一方、本書ではで困難に直面している具体的な事例とそれに対する相談方法や窓口なども取り上げられ、実際に困っている人の助けになるようなアドバイスも多く記載されている。

これは本書の第6章 自分でできる自己防衛策【149−175頁)を指しています。下流老人に陥ってしまった場合の対策として、生活保護や福祉の制度を正しく知っておくよう、具体的に説明しています。また、下流老人にならないための予防法としては、まず貯蓄、しかしそれよりも人間関係を持つことの方が大事で、そのための意識、心、場などを説明しています。著者はこの章のまとめで、「貧困高齢者にも、幸せな人は沢山いる。人とのつながり、人間関係を豊かに持っている人たちである」と書いています。

[58] 星1: つつましく生きても意味はなく、放蕩人生のあげく無一文になり国にたかることを当然の権利とする主張。まじめに節約する意味はないのか?恥ずかしくないのか?

この評者は、「つつましく生きる、まじめに節約して生きる」ことを信念とし、そのように努力してきている人だと思います。-- そして、同じように努力してきた人たちの中でも、生活が苦しい、「健康で文化的な最低限の生活」 などできていない、ということが起こります。そうなった理由にはいろいろあるでしょう(持病、結婚生活の破綻、低学歴・低収入、リストラ、過疎化、介護、など)。その中には、あの前に自分が もっとしっかりやっておけばよかった/事前に考えておけばよかったと、後悔することもある。自分ではそのときそのときで一生懸命にやってきたはずだったの だけど(世の中の流れには対抗できなくて)、高齢になったいま、このような苦しい生活になっていることは、恥ずかしい。--- このような人たちが「下流 老人」の多数を占めているのだと、私は思っています。

そのような人たちに、「生活保護を受けなさい。受けることは恥ずかしいことではないのですよ。社会保障を受けることは憲法が保証している権利なのですよ」と薦めているのが、本書でいっていることだと、私は思います。

問題は、その他に、「放蕩人生のあげく無一文になった人」、「派手で、贅沢な暮らしをして、散財した人」、「遊び暮ら して、定職に就かなかった人」などがいろいろ存在することです。そしてまだ、働こうとすれば、働けるはずの人たちです。そのような人たちをどう処遇するの か、というのが問題です。「そいう人にもなにもいわずに生活保護費を出したら、その人たち(とその予備軍の人たち)は、なにも反省せずに、生活保護費をたかるようになるだろう」、とこの評者は考えます。税金で用意した生活保護費がそれらの不道徳な人たちの、ゆすり・たかりの対象になるだろう」と考えられる わけです。この点は後続のレビューで取り上げましょう。

[54] 星1: この本は、国へのタカリを勧めているだけだ。1億総老後崩壊を防ぐどころか、逆に、1億総老後崩壊を招いてしまう。国民全員が老後の為に、等しく努力し、社会保障の費用を最小化させることが、公共の福祉にかなう事である。タカリを放置すれば、夕張のように破綻するのは必至だ。

[82] 星4:  ただ、生活保護は権利だと強調し過ぎているように思え、中高年の保守的な方々からは反発があるのではと考える。国民が最低限度の生活の保障を規定している憲法下にあって、勿論権利があることを否定する気はない。ただ、福祉は性善説だけでは、世間を納得出来ない。性悪説も考慮する必要がある。

この「性悪説をも考慮する」というのは、大事な論点と思います。そして、なかなか解決法が明確でない点でもあります。

「怠惰な、自堕落な生活を して、生活が苦しくなった」というキリギリス的なケースと、「生活保護がもらえるのなら、なにも働いたりする必要がないじゃないか」というタカリのケース があります。これらと、「一生懸命に働いて来たのだが、生活が苦しい」という本来救済するべきケースとを、どのように区別し、どのように扱うかが、問題です。

性悪説の二つのケースとも、現在の制度のもとでも日々生じており、対処しているはずのことです。それらの対処のしかたをもう少し広く知り、改良していくことが(単に弊害を論じているだけよりも)現実的だろうと思います。夕張市の財政破たんのケースももちろん参考になります。また、本ページの()で論じている生活保護の支給のしかたの改良案も参考になるでしょう。

根本的には、社会における倫理・道徳の問題です。社会が倫理的に健全なときには、(たとえ貧しく とも)福祉を適切に配分できる。しかし、社会が、不道徳、悪徳に走って、乱れているときには、福祉もやはり適切に適用することができない。福祉の不適切な 配分のリスクを強調して福祉の範囲を減少しようとすることは、社会の貧困を救済せず、社会の不道徳な動きを却って増大させる方向になるように思います。 -- 基本的に、「性善説を主とし、性悪説で補う」を福祉の方針として選択し、その逆「性悪説を主とし、性善説で補う」の方針を選択しないのが、現在の民主主義の基本で、国際的な認識だと思います。

 

(H) 将来の見通し: 不安を煽っているだけか?本当に老後崩壊が予想されるのか?

[22] 星1: この本では極端な事例をとりあげて、不安を煽っています。

[66] 星2:  しかし、一部の富裕老人以外は生活が破たんして「下流老人」になるという主張は、不安を煽るものと思われ、納得できなかった。年金+貯金+退職金(もらえる人の場合)+不動産(持ち家)のうちは複数のものがあれば、老後もなんとか暮らせる人が多いと思う。

現在の50代半ば以上の人たち、「一億総中流」といわれた時代に財産を形成できた人たち、の間では、評者がここで言っていることは、かなりの共感を待たれているだろうと思う。当時の「中の中」以上の人たちである。-- しかし、その場合でも、自分や家族が大きな病気になる・介護が必要になる、高齢者介護施設に入りたいが空きがない、子どもが非正規雇用やうつ病などでサポートしなければならない、離婚あるいは伴侶と死別した、自分や伴侶が認知症になった、などということを真剣には考慮していない。経済や国際関係などで社会が大きく変動しているのかもしれない。しかしなんとかなるだろうと思ってしまう。そして、20年先 を考えると、貯えを生活費に取り崩し、いろいろ想定以上の出費があり、自分の身体も頭も問題を抱えており、総じてずっと生活状況が厳しくなっているに違いない。いま「中の下」と思ってい る人たちのほとんどと、「中の中」と思っている人たちのかなりの割合の人たちが、恐らく「下流老人」に陥っていることだろう、とわたしは思う。(そしてわたしのこの記述も地方の状況などを考慮できていない。)

現在の50代半ば以下の若い人たち、特に日本経済のバブルが崩壊した後に社会に出ることになった人たちの経済状況は随分厳しくなっていることだろう。非正規雇用が拡大し、平均収入がずっと減っている。企業の福利厚生もずっと減っている。だから、本書で は、現在の平均収入である年収400万円の人でも、老後の段階では「下流老人」のレベルに陥るだろうことを示している。この辺の状況は、前項の「一億総中 流」の意識をもっている人々にはなかなか実感になっていないのではないかと思う。ここの評者も、このような若い年齢層のことは考慮していないと思われる。 このような若い人々に強く警告しているのが本書である。それは「煽りすぎ」ではない、とわたしは思う。

 

(I) 福祉の財源の問題、格差の是正のあり方、あるべき政策と将来ビジョン

下流老人に対する生活保護などの福祉政策は当然財源の問題を考えなければならない。それは、国全体として、どこかからなんらかの形で収入(税)を得て、それを必要な所に適切な形で使うことであり、「富の再配分」のやり方の問題である。さまざまな形で形成され、現在拡大しつつある貧富の格差をどのように是正するかの問題である。それは国全体の政治や経済の問題に関連し、また、企業活動や国民一人一人の生活のしかたに関わる。

本書は第5章で、制度や政策の問題点を検証している(家族制度の崩壊に伴う年金制度の崩壊、非正規雇用の増大による個人所得の減少、医療・介護の不備、住宅政策の問題、など)。そして、第7章では、著者自身の考えを、政策の検討と提案として、詳しく書いている(199−218頁)。その基本は、「貧困対策基本法」を制定し、貧困問題全般に積極的に取り組む、生活保護制度を扶助項目ごとに分解して受給しやすくする、賃貸家賃の一部補助を行う、将来的には国民年金制度をやめて生活保護制度の生活扶助に統合する。など。

これらの問題に関して、カストマーレビューの議論は非常に輻輳している。問題自身が多様であるだけでなく、個々の意見のなかに誤解による記述があること、否定形でのみ書いていて肯定的には何を言いたいのか何を目指したいのかが分かりにくいものがあること、既存の固定観念による議論がなされることがあること、などの理由で議論が輻輳する。それらを少しずつ解きほぐしながら、カストマーレビューを整理し、考察してみよう。

[77] 星1: 誰でも平等なユートピア幻想を抱き、全てを社会や政治のせいにしたい左寄りの人なら星5つの本でしょう。

「誰でも平等なユートピア幻想を抱き」という解釈は、ある種の固定観念であると思う。基本的人権を確保しようというのは、(この場合生活のレベルについ て)すべての人を同じに、平等にすることではない。あるレベルを設定し、そのレベル以下になる人がないようにすることであり、(それぞれの人の努力などに 応じて)それより以上のレベルを享受することを止めるものではない。ここで設定するレベルは、憲法では「健康で文化的な最低限の生活」である。「それ以下 では、健康が維持できない、文化的な(人間らしい)生活が維持できない」レベルのことである。この目標は「誰でも平等」とは異なるし、「ユートピア幻想」 とは異なる。「自由世界において、基本的人権をすべての人に保証する」ということの基本的な理解、社会における共通理解ができていないことは、非常に残念 なことである。

[28] 星4:  しかしこれを声高に叫んでも、社会福祉天国は無理だろう。法人税、所得税、消費税をどれだけ上げれば全て賄えるだろうか。自分の人生、何が起こるか分からない。それを思って若い時から少しでも自助努力することは必要だ。

「社会福祉天国」という言葉は目標を混乱させると思います。目指すべきことは、「地獄」を無くすことです。「健康で文化的な最低限の生活」ということは、その最低限よりも低くなると、人間的な世界でない、「地獄」の世界になることです。

財源として、「法人税、所得税、消費税」というのは、「富の再配分」のやり方として(どんなやり方をも含むので)あまり明確でないと思います。他の人が言及しているように、個人に対しては、相続税、資産課税、退職金課税 などが、富の再配分としては意味を持つでしょう。企業については、税制より以上に、雇用形態と賃金のあり方が大事なのだろうと、わたしは思います。

[18] 星1:  筆者のいうように、社会保障制度の重要な機能は所得再分配だが、世代内格差が解消できないので、世代間格差で穴埋め(現役世代の保険料で年金や老人健康保険制度の赤字補てん)している限り、筆者の提案は「空想的社会主義」でしかない

所得再分配(あるいは、「富の再配分」)とは、「国民や企業から(適当なやり方で、税として)富を国が徴収し、それを(適当なやり方で、予算として)国民や組織に配分すること」です。それが税制の基本機能であり、それによってよりよい社会の構築を目指すわけです。本書の著者は、社会福祉のために「富の再配分が必要である」と明確に主張しています。そして、配分するやり方を詳しく考察・提案しています。ただ、徴収のやり方については、おおよその方向に言及していますが、国民の合意を形成していくべきこととして突っ込んだ考察・提案を控えています。

本件レビューの後半で評者が何を言いたいのかがわたしにはよく分かりません。「現役世代の保険料で年金や老人健康保険の制度の赤字補てんをしている」という現状は、近い将来への深刻な影響を考えると、早急に改めるべきことでしょう。では、そのためにどうするのかというと、高齢者世代において「世代内格差を是正すること」がするべき方向でしょう。著者はそれを目指していると、わたしは理解しています。-- それで、この評者は何を否定し、何を目指したいのでしょうか、それがわたしにはわかりません。

[65] 星2: 著者が主張するような、生活保護を当然の権利と認識せよというのが実現した場合、経済や社会がどのようになるのか。リアルな経済バランスが欠落している。制度設計者も市場経済・民主主義の中、予算制約を受けながら最善を求めて行動している。
著者の目指す解決方法は市場経済、民主主義を否定し、社会主義的な制度によってのみ実現可能だろう。

「生活保護相当以下の人たちが生活保護を受ける権利がある」というのは、我が国においては憲法で保証してい ることである。憲法は、このような基本的人権を保証することを、国の政策に対する大きな方向付けとして規定している。それを保証するような制度設計 をしていくことが民主主義である。基本的人権を保証しようとしない(それよりも企業利益を優先する)企業活動が多くみられ、それを制度的に容認・助長する 政策が、市場経済の名で正当化されている。市場経済優先、企業利益 優先を前提とすること自体に問題があると、わたしは思う。

私は、経済や政治や歴史が専門でないし、新しい方向を具体的な政策として提案する力はない。それは、 評者が言うように、制度設計に関わる多くの人たちに考えてほしいことである。本書の著者が主張し、私自身も主張したいのは、「憲法で保証している「健康で 文化的な最低限度の生活」を当然の権利として保証するような、政治経済のあり方を考え、それを実現する政策を作り出してほしい」、ということである。それは、企業利益優先、市場経済絶対のものではないだろう。どのように修正すればよいのか、何をどう変えるように推進すればよいのか、を考えていただきたい。

[9] 星2: 著者の属する団体の活動について聞いていたので、期待して読んだが大きく失望させられた。
「負担なきバラ撒き」を求める典型的なモラルハザードの主張で、なぜ我が国が1000兆円を超える公的債務と1700兆円を超える家計金融資産という醜悪な状況に陥っているかを理解していない。数字は嘘をつかない。高齢層の貧困の最大の原因は、小金持ちにもバラ撒いているからだ。参考:  『低欲望社会』大前研一

慶大の駒村教授は高齢層向けの社会保障給付に既に30兆円以上の公費が投入されていることを示しており、これは税収の六割以上に達する巨額である。借金まみれの政府とは対照的に日本の金融資産の殆どは富裕高齢層が所有している。従って高齢層の貧困に最も有効な対処は「世代間扶助」であり、資産課税と退職金課税で得た財源を貧困緩和や軽度の就労支援に投入するのが理の当然である。
 『中間層消滅』駒村康平

付言すると、日本の家計金融資産が増加した原因は90年代後半に「景気対策」と称して行った減税である(上に挙げた大前研一氏の著書を参照)。また、一部 の層しか貰えず、しかも正規公務員や大企業の退職者と一般労働者とで大きな金額差のある退職金への税優遇も、高齢層の格差を拡大させる元凶である。

 『下流老人』の著者は、この評者が言う「負担なきバラ撒き」を主張・想定してはいない。高齢者の中の貧富の間の富の再配分を主張しており、ただその具体 的なことは、社会福祉士としての著者の領域を越え、また国民の議論と合意のもとに進められるべきこととして、明確に言及・議論していないのである。書評として誤解させる書き方であり残念である。

上記引用の中段・下段で評者は非常に明確な主張・提案をしている。ただ、中心となるキーワードの「世代間扶助」が、「世代内扶助」の誤りでないかと、わたしは思う。貧困高齢者に対して、第一義的に、余裕のある高齢者が(税制その他の方法で)援助する。ここで、「富裕」高齢者という言葉を使わない方がよいとわたしは思う。いわゆる富裕層(上流)が10%だとすると、「中の中」以上の高齢者は合せて60%程度はあり、経済的な余裕を持っているように、わたしは感じる。(このレビューの上段に出てくる「小金持ち」に対応しているのかもしれない。)「世代内扶助」と書きなおすと、それは著者が言っていることとあまり変わらない。この評者が、本書を星2と低く評価しているのは、誤解が重なっているのでないかとわたしは思う。

[1] 星5: ただ、内容で何カ所か同意できかねる部分もありました。たとえば、 「低所得者の若者には早い段階で年金保険料を払わなくて良いと伝える」というのは、国民年金が障害者年金や遺族年金も兼ねていることや、税金からの負担があり国民年金の場合(厚生年金ではなく)、掛け金よりもリターンが確実に得られる数少ない制度であるわけですから、違うと思います。

なお、ここで言っている著者の提案は、生活に困窮している若者たちに対して、国民年金を無理しても払うように勧誘するのでなく、また無届の未納でもなく、支払免除を申請することを勧めようとしているものです。著者のこの提案 は、問題を含んでいるでしょう。それは、年金制度を(いままでの想定以上に〉急速に崩壊させる効果を持つかもしれません。ただ、著者の提案には、年金制度及び生活保護の制度を早急に変革することが、その前提 にあるわけですが。

[76] 星4: だが、問題は、社会システムや社会福祉制度をどう変えれば、下流老人の出現を食い止め、一人ひとりが幸せな老後生活を送ることができるのか、それを誰も知らないということだ。
なぜならば、われわれが迎える超高齢社会は、従来とはまったく異なる人口構造を持つ社会だからだ
この社会に適合する社会の仕組みは、当然のことながら、これまで誰も構築したことがない。
これまでのさまざまな社会システム及びそれに関する議論は、所詮、労働者がたくさんいて、その余剰部分で老人を支えることが前提であって、圧倒的多数を高齢者が占めるようになった社会をどう維持していくかについては、だれも想定してこなかった。
資本主義とか社会主義とか共産主義をめぐる議論も、基本的には従来型の人口構造の上に成り立ってきた議論にすぎない。こういう根本的な視点を欠いたまま、従来型の社会システムの延長線上で貧困老人問題の解決を図ろうとしてもうまくいかないだろう。

評者は、「超高齢社会という人口構造は、世界中で今まで例がない。いままでの社会システムの議論は、資本主義とか社 会主義とか共産主義とかの議論も、すべて多数の若年労働力があることを前提にしている。この前提が覆ることに対応した社会システムの構想が必要なのだ」 と言う。たしかに大きな変動であり、大きなテーマである。

ただ、「その解決の方向を誰も知らない」というだけでは困ってしまう。人口構造のそのような変動は、 もう数十年も前から明らかだったことである。世界的には、(将来の日本ほど極端ではなくても)北欧などで高齢化社会が進行していた。いろいろな研究や試行を整理して、方向づけを提案する研究者や組織を切望する。本書の著者は、そのような大きなテーマの中の一側面において、できる限りの考察をして、方向づけを提案しているのである。

[49] 星5: 日本の4分の1を占める高齢者の生活対策をしていかなければ、日本全体が立ちいかなくなる。「一億総活躍」社会の実現というアドバルーンを上げるだけでなく、これまで社会を支えてきた高齢者、そしてまだ働ける高齢者をもっと大事にしていかなければ、日本は福祉や社会保障の面でますます劣等国になっていく。

この評者が、高齢者の「生活対策」と書いている点がポイントなのであろう。沢山の面を含んでいると思う。以下の数件の書評は、これをもう少し具体的に論じたものと言えよう。

[9] 星2: 高齢層の就労が健康状態を改善することは調査によって証明されており、「働かなくとも生活できるように」などと高齢層の健康を害するような主張を行う著者は正気とは思えない。生活習慣を改善させ平均寿命を伸ばした長野県の事例ぐらいは研究すべきである。(例えば村上医師の著書を参照)  『医療にたかるな』村上智彦

個人的には高齢層が医療施設でボランティアを行って地域通貨を貯め、自分の医療支出に充当するというスキームが非常に優秀と考えている。政策リテラシーに乏しい著者もぜひ下掲書を熟読されたい。  『「病院」がトヨタを超える日』北原茂実

高齢者の生活にとって、単に長生きできること(平均寿命が伸びること)ではなく、健康で長生きできること(健康寿命が伸びること)が望まれる。現在は、「平均寿命−健康寿命」が、男性約9年、女性約12年となっている。この差が長いと、本人にも辛い期間が続き、家族などの介護の負担が増え、医療費や介護費などで社会全体の負担が増える。老後を健康に過ごせるように、食事・運動・活動・睡眠などを適度にとり、生活習慣病に気をつけ、人や社会とのかかわりを維持することが、大事なことであろう。-- ただ、著者が「働かなくとも生活できるように」というのは、「(健康に無理をしてでも)働かないと生活できない」という状況を避けたい、ということである。

評者の後の提案は、いい案だと思う。それでも、ボランティアでの活動であって、「就労」ほどの強い拘束・負担でないことが、ポイントであろう。

[50] 星5: 評者は、「生活保護が当たり前 = 何もしなくてもお金が貰える」社会には違和感を覚えます。
「生活保護=本当に最後のセーフティーネット」であるべきで、「労働の対価ではなく、お金が貰えることの常態化」は良しとしません。
「労働 = 企業で働く」との固定観念ではなく、最終的には地公体自らが仕事を作り出し(当然、企業との連携でも可)、職を与え、賃金の形で「現在の生活保護費」を支給する方策を考え出すべきではないかと思います。 保育所、介護施設等、猫の手でも借りたいと思っている処はいっぱいありますよ。

この評者の意見は非常に貴重であると思います。中身を読んで、全体として星5の評価を与えているのだけれども、解決の方策案の中にある考え方(その考えを延長したときに目標とする社会の姿)について、違和感を感じ、「なんか違うよね!!」と言っているのです。

評者が中段および最終段で言っていることは、非常に明瞭です。基本的な考え方を中段で言い、その具体的な方策を最終段で提案しています。蛇足ですが、以下はその整理です。
   「労働の対価 = お金がもらえる」を基本とする。 (労働せずにお金がもらえることは、例外とする。)
   具体的には、地方公共団体が仕事を作り出し、職を与え、賃金の形で(現在の生活保護費に対応するものを)支給する。(保育所、介護施設など、猫の手も借りたいところはいっぱいある)
   「生活保護」 は「本当に最後のセーフティーネット」として使う。

この具体的な[仕事」の例を、あっちこっちで模索して、それが全国に広がるようにするとよいと思います。智慧の出しどころ、実践のしどころ、ですね。

[54] 星1: 一方、空き家が7軒に一軒もある事が、社会問題となっている。所有者は、解体費用も負担する余裕は無く、売ろうにも売れないで、固定資産税の支払いに苦しんでいる。 だが、この住宅を国に無償または、低額で譲渡すれば、固定資産税の支払いから免れる。この住宅を生保受給者に割り当てるのだ。月々の住宅扶助の軽減に繋がる。この政策により、空き家問題と生活保護問題の両方を解決する事ができる。

住宅の問題は課題が多い。著者も、ここで言っている空き家問題に触れており、また、賃貸住宅の家賃の一部補助を提案している。--- 地方だけでなく、私の周りの首都圏の住宅地でも、空き家は沢山ある。築20年とか30年とか、十分に快適に住めるものだ。しかし、空き家のままになっていて、すぐそ ばではいままでの一戸建てを壊して更地で売り出し、2分割して狭い一戸建てを2軒建てている。本当に無駄をしていると思う。

この評者が言うように、空き家になっている住宅、多くはかなりの程度家具・調度も揃っている住宅を、うまく生活保護など福祉目的に使えるとよい。(国)地方自治体への無償/低額譲渡がよいのか、民間組織がやるとよいのか、新しい居住者をどのように構成するとよいのか、だれがどのように管理するのか、など考えるべきことが多い。分散した戸建て住宅の場合には、管理が面倒になる。新しい居住者たち自身がきちんとやってくれるという体制にならなければならない。民間アパートや企業の古い社宅などでは、複数の部屋をまとめて管理すればよいから、もう少しやりやすいだろう。いろいろなところでもうすで に試行・実践されているに違いない。事例を学べるとよいと思う。

 

(K) 今後の政策

[11] 星1: 最終章で著者の提案する制度的防衛策とは、「生活保護の申請」と「貯金」と「地域社会へ積極的に参加する」こと(第6章。ママ)だという。   は?すごくすごく大問題として提起しておいて、結論はいつもの「生活保護」と「つながり」ですか?

ここの投稿者の記述は極めて不正確である。本書の第6章は「自分でできる自己防衛策」で、その要点を簡略に記すとすれば、ここの投稿者の記述は誤り ではない。しかし、本書の最終章は第7章「一億総老後崩壊を防ぐために」であり、そこで著者は、政策レベルの提案(投稿者のいう「制度的防衛策」と同じレ ベルの提案)をしている。投稿者のここの記述は、重大な誤りであり、その「星1つ」という評価は、多くの読者に誤解を与える恐れがある。

[19] 星5: いずれにしても、今の日本での最重要課題は「安全保障」ではなく、「社会保障」であり「生活保障」なのである。

わたしもそう思います。[ただし、いま政府が進めている「安全保障」を国民レベルで議論せずに、進めて行けばよいという意味ではありません。「安全保障」の問題が重要でないわけではありません。「社会保障」や「生活保障」のほうがもっと重要だ、という意味です。]

[78] 星4: 今さえよければ自分さえよければという思いを個人も企業も捨てなければこの国の未来に光はさしません。

この一文がやはり、今後を考えるうえで最も重要なのだろうと、わたしも思います。「今さえよければ」でなく、将来のことも考えて、方向づけを考え、行動しなければな らない。「自分さえよければ」でなく、他の人たち、社会全体のことを考えて、行動しなければならない。それは、個人の一人一人が、考え、行動すべきこと だ。そしてまた、一つ一つの企業が、同様に、今だけでなく将来をも考え、自分の(利益)だけでなく、社会全体のことを考えて、行動すべきだ。 -- 例えば、企業は、非正規雇用者に対する低賃金と使い捨ての方式を、根本から改めるべきだ、と私は思います。

[62] 星4: 台湾人ですけれども、少子高齢化に進めている台湾に対しては参考の価値があると思います。

台湾の人からの貴重な反響です。少子高齢化が、韓国・中国などでも急速に、大規模に進んでいると言われています。世界において日本がまず先行してこの大問題に直面しているのだと、言われています。日本がやはり良い解決策のモデルをつくらねばなりません。

 

(L) 読者対象

[1] 星5: 自分は中流だから、下流老人なんかにならないと信じている「普通の人」にこそおすすめです

[31] 星4: 40代後半から50代にかけて多くの人に読んでもらいたい必読の書である。

 

(M) 著者の活動・スタンス

[77] 星1: 汗水垂らして弱者救済に走っていらっしゃる著者のスタンスには感服します。

 


  編集後記(中川 徹、2016. 3.28)

上記のようにカストマーレビューにおける多くの人たちの議論を整理し、学んだことは有益であった。
その上で、今後の課題として、次のようなことを感じている。別途考察を進めるつもりです。

(1) 議論のもっと深くにある、社会的な思想、社会倫理、議論のしかたに関する問題点を明確化するべきこと。

 このテーマでの論考の掲載を開始しました (2016. 4. 21) ==>  

(2) 「下流老人」はどこにいるのか、どうしてそうなったのか、何に本当に困っているのか、などの実情を明らかにすること。

(3) 「下流化の(現在の)5つのパターン」などを踏まえて、解決の方向性を調べる・検討する。特別養護老人ホームの増設を阻んでいるものは何か?認知症の予防、早期判定、進行防止の方法など。

(4)  その他にもいろいろあるでしょう。

(5) 現役世代・若年世代の貧困について、調査・考察し、適当な文献を見つけて、「見える化」を進める。雇用形態の問題が大きい(?)
-- 良い参考文献を推薦いただければ幸いです。

 

総合目次  (A) Editorial (B) 参考文献・関連文献 リンク集 ニュース・活動 ソ フトツール (C) 論文・技術報告・解説 教材・講義ノート     (D) フォーラム Generla Index 
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『TRIZ 実践と効用』シリーズ

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最終更新日 : 2016. 4.21.    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp