TRIZフォーラム: 問題提起: 
TRIZのいままでの旅程とこれからの道

S. Saleem Arshad (Applied Innovations、オーストラリア)、
寄稿: 2010年 5月 6日

 

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学)、2010年 5月 8日

掲載:2010. 5. 9; 5.16

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編集ノート (中川 徹、2010年 5月 8日)

ここに掲載しますのは、オーストラリアの Arshad 氏からいただいた寄稿記事です。現在のTRIZの状況を厳しい目で見て、問題の主要因4項目を指摘し、それを踏まえて、将来のTRIZ (およびイノベーション科学) の歩むべき方向を11項目記述しています。非常に大事な、沢山の議論すべき項目を含んだ、貴重な記事です。英語で世界のTRIZリーダたちに読んでいただくと共に、和訳して皆さんに読んでいただき、考えていただきたいと思います。

著者のS. Saleem Arshad 氏からは、昨年5月にも重要な論文の寄稿をいただき、本ホームページに「TRIZ のためのSSAアプローチ と 航空安全問題への応用」 (和文の紹介 と英文の論文) を掲載しています。 そのとき、著者といろいろやりとりをして、著者のパーソナルな自己紹介を貰い、著者の了承を得て英文ページに掲載しました。今回、その部分を和訳して、本ページの末尾に掲載します。今回の寄稿のバックグランドを知るのに役立つでしょうから。この記事の後も折々のテーマに関して、10回程度のメールの往復をしていました。

本件の寄稿の先駆けになったメールをArshad氏から受けたのは、3月19日でした。「TRIZは完全ではなく、一つの科学でもない。」という文から始まる強烈な観察でした。私がそのメールの内容にきちんと応答ができたのは一月後の4月17日でした。「TRIZは帰納的な研究方法 (ボトムアップにエッセンスを抽出する方法) をベースにしており、それは科学的方法である」というものです。他にもいくつもの論点にコメントしました。

4月25日に本稿の初稿をいただきました。それは非常に厳しい眼と深い洞察を含んだものでした。私は、(『TRIZホームページ』での掲載準備として全文を和訳した後に) 4月29日に再び詳細なコメントをしました。ありがたいことに、このメールのやりとりも非常に実りの多いものになりました。5月1日にArshad 氏から大幅に推敲した第2稿が届いたからです。彼はまた、この記事のより短い形のものを、5月3日に 『Anti TRIZ-Journal 』 (Yevgeny B. Karsik 編集) に投稿し、すでに掲載されています。さらに、5月4日にArshad氏から改訂した第3稿 (最終版) が届きました。ここに掲載するのは、この第3稿です。

著者 (Arshad氏) から、掲載にあたっての短いコメントが来ていますので、ここに引用します。

ときには「違いを強調する」ことが必要であり、それが異なる観点をわれわれの視野にもたらし、違いが生じるキーポイントを照らし出すのに役立つ。
[本稿を寄稿する] ねらいは、だれの観点が正しく、だれの観点が間違っているかを議論することではない。むしろ、弁証法的思考の精神において、いろいろな観点をすべて等しく考察し、それらすべての考察の後にわれわれの心にどんな新しい可能性が生じて来るかを見ることを、ねらいとしているのである。
著名なTRIZの専門家たちがそれぞれの観点を寄稿してくれれば、関心をもっているコミュニティの利益になり、時宜を得たものになることだろう。

この寄稿は、TRIZの現状と将来とについて、沢山の重要な項目を取り上げ、真剣に議論しています。読者の皆さん、特にTRIZのリーダの皆さん (国内も、海外も) に、読んでいただき、応答いただけると幸いです。『TRIZホームページ』は、メーリングリストや掲示板のような迅速さはありませんが、きちんとした内容で議論を深かめていくことに、しっかり取り組みたいと考えております。

なお、私自身の応答については、本ページの末尾の「編集ノート追記」を参照ください。

[追記: 中川 徹 2010. 5.16]  本件に関するフォローアップの討論については、その目次ページ から参照下さい。特に、英文ページにだけ掲載している英語での寄稿、また他のサイトに掲載された関連する討論なども、できるだけリストアップしています。

本ページの先頭 論文の先頭 考えられる要因 これからの道 著者紹介 中川応答 論文PDF Arshad 論文 (航空機の安全性)(2009) フォローアップ討論目次 TRIZフォーラム読者の声 (親ページ) 英文ページ

 

TRIZのいままでの旅程とこれからの道

S. Saleem Arshad, Ph.D

Applied Innovations、シドニー、オーストラリア
Meemji@Gmail.com

2010年 5月 6日

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学) 2010年 5月 8日

概要:

イノベーションが変化と経済危機からの回復のための仲介者として世界的にますます強調されるに至って、技術革新のための進んだツールの開発が新しく要求されてきている。TRIZがその [技術革新の] 本流で使用されて成功したという例がないように見えることに対して、四つの寄与原因を特定し、吟味した。その結果から、TRIZおよびイノベーション科学の全体分野にとってのこれからの道を示すために、11項の観点を提示する。

 

はじめに:

イノベーションのための実際的で効率的な技術の必要が、いままで決してなかったほど、現在は大きい。逆説的に、TRIZの状況は、『TRIZジャーナル』に現れる記事を通じて分かるように、活気を失い、エネルギを欠いているように見える。

広く知られているように、「自由市場の状況では、一つの製品やサービスに対する需要が増大すると、その供給の増大が誘発される。あるいはそうでなければ、代替の製品やサービスが速やかに開発されてその欠落を埋める」。しかしイノベーションにおいては、この点で異常な状況にあることが分かる。

一方では、イノベーションは、経済と企業の再生の担い手として広く認められており、イノベーションのための効率的で適用可能な諸技術を開発するニーズが今ほど大きいことはなかった。それと同時に、われわれが観察するのは、これに対するいくらかの回答を提供すると期待されていたTRIZが、一般的にいって、本流での使用において顕著な吸引力を獲得するのに失敗したことである。

大部分の古典的なTRIZ専門家たちの [この点についての] 標準的な反応については、疑問の余地がない。彼らは一貫して、「TRIZ自身には悪い点は何もない。欠点はすべて、TRIZの学習者たちとユーザたちの限界にあるのだ」と主張してきた。彼らが処方する治療法は、「もっと沢山のセミナーやワークショップに出席し、もっと多くのTRIZコンサルタントを雇う」ことである。

私は、もっと客観的な分析が現時点で必要だと信じる。それは、内在している問題の原因を示すためだけでなく、イノベーション科学において今後するべきことについての有用な方向づけを発見するためでもある。

本流での成功事例の欠如を起こした考えられる原因

本稿の主要テーマは、[産業界・技術界における技術革新の] 本流においてTRIZが成功しているという事例が明らかに欠如していることの考えられる原因が四つあり、それらの原因が同定され、取り組まれれば、これからの前進すべき道を照らし出す助けになる、ということである。

その四つの原因はつぎのようである:

A. 産業界の成功を推論によるものだと主張する傾向
B. 古い賞味期限が過ぎた事例をくり返し使っていること
C. 論文や発表において、詳細よりも一般性を重視すること
D. 知識体系の不完全さ

A. 推論を通した成功の主張

TRIZの多くの著者や専門家たちが、新しく生れたイノベーションのどれに対しても、TRIZの原理やツールやヒューリスティックスの一つを事後に関連づけることで、それが [TRIZの] 成功を正当化する例だと考える傾向がある。この傾向が始まったのは、恐らく、Darrell Mann のよく読まれている著書『Hands On Systematic Innovation 』(CREAX出版、2002年) [和訳: 『TRIZ 実践と効用 (1) 体系的技術革新 』、中川 徹監訳、創造開発イニシアチブ、2004年) の出版以降で、それはまったく注意を払われないで起こった。その本は、TRIZに含まれるいくつかの発明原理の、実世界における応用を例示・説明するために、外部の [すなわち、TRIZ自身を使ったのではない] 特許を使った。

TRIZの専門家たちが書いた『TRIZジャーナル』の記事や著作の全体の中で、 オリジナルな [解決策] コンセプト (すなわち、まだパブリックドメインになっていないコンセプト) を提案し、イノベーションサイクルを通じて開発したという事例を見つけるのは非常に稀である。借りてきた事例についてさえ、その分析が十分になされていず、その結果どうなったのかに読者が最も興味を持つまさにその段階で、結論が示されないままで放置されている。多くの著者たちは、どんな発明についても、そのエッセンスをいくつかのTRIZの思考原理に結びつけるだけで十分だと考えている。それによって彼らは、自分自身によるオリジナルな発明の努力を実証する必要を避けているのである。

往年1930年代のIBMのモットーを考えてみるのが有用かもしれない。その頃、聡明なT. J. Watson が彼の従業員たちに「考えよ」と薦めた。理想主義的で抽象的な観点からは、このたった一つのヒューリスティックまたはツールで、人間界のどんな問題でも、過去のものも、現在のものも、将来のものも、すべてを解決するのに十分である。しかしながら、われわれは、無関係なイノベーションの直接の功績をIBMに帰属させられないのとまったく同じに、TRIZにも帰属できない。

ここで最近の事例を考えてみよう:

Wu Yulu は、北京郊外のMawu村の中国人農夫であるが、原始的なロボットたちをスクラップの部品から創作し、非常に興味深い働きをさせていることで、世界的に有名になった。われわれにとって大事なことは、この創意工夫の根底にあるプロセスを正しく認識することであり、この合成の過程をなんらかの形式的な構成概念で捉えることを試みることである。各ロボットがTRIZのさまざまな発明原理を使っている、と分析するのは非常にやさしいだろう。ダイナミック性 (発明原理P15)、コピー(P26)、分割 (P1)、周期的作用 (P19)、有用作用の継続 (P20)、非対称性 (P4)、機械的振動 (P18)、部分的または過剰な作用 (P16)、事前保護 (P11)、汎用性 (P6)、先取り反作用 (P9)、入れ子 (P7)、その他多くが使われている。

しかしながら、この分析だけではほとんど何の役にも立たない (もしも、TRIZ思考との直接の対応を見つけることだけが目的だというのでなければ)。もっともっと重要なのは、原始的な構成要素から出発して、新しい形を合成するための [彼の非凡な] 能力を捉え、イノベーションへの力を持ち続ける手段を考え出すことである。

B. 賞味期限が過ぎた事例をくり返し使っていること

G. S. Altshuller は、その著書において、1950年代と60年代のイノベーションから簡単な事例をいくつか取り上げている。そして、今日まで、TRIZに関するほとんどすべてのプレゼンテーションや本で、これらの事例が変更されずに繰り返し使われている。これらの事例の大部分は、[Altshuller の著作の] 当時においてさえ賞味期限を過ぎており、いまではそれらは完全に時代遅れである。私がいっているのは、凍らせる例、水圧を使う例、そしてキュリー点 (768oC以上、それ以下のものはない) を使って磁性を選択的に制御することで動作させる例、などである。

例えば、腐食性の酸 (フッ化水素酸?) の例で、テスト対象材料で [テスト用] 容器を作るという例題が、いままでに『TRIZジャーナル』の記事で一体どれだけ多くの回数引用されたことか、私は知らない。TRIZに関するほとんどすべての本にこの事例が含まれているように見える。驚くべきことに、TRIZの著者たちのだれも、その事例を取り上げて、彼らが支持している知識を使ってそれをさらに少しでも発展させることを試みなかった。例えば、STCのサイズオペレータを適用して、反応物 [酸] の量を[試験対象の金属の] 表面上の小さな1滴だけにすれば、液の表面張力によって容器を作る必要がなくなるだろう。あるいは、検討している反応の性質を決定して、他の活性だがよりよく制御できる物理現象を用いて検査を実施するとよいだろう。分光学的な分析法が、この何十年にも渡ってわれわれのまわりに多数明示されている。数理的モデルが化学反応性を正確に予測し、容易に評価を与える。それなのに、大部分のTRIZエキスパートたちはまだその古い「宝の石」で商売をしているのである。

C. 詳細よりも一般性を重視すること

TRIZ専門家の多くは、詳細に関する議論を避ける傾向がある。節度を越えた聴衆が [質問に] 固執すると、彼らは守秘義務条項の問題を言及して済ます。実生活から提示される事例は、非常に自明のものか、あるいは、期待される達成レベルまでにはまったく進んでなくて、それによってそれ以上の思考を聴衆と議論する必要を避けている。その代りに彼らが好んで強調するのは、非常に広く一般化したもの、興りつつあるメガトレンド、などであり、それらは重要であっても、やや補助的な課題である。

D. 知識体系の不完全さ

TRIZは、その現在の進化の段階において、一つの科学に分類することはできず、それはまた、完全でもない。

もしTRIZがイノベーションのための一つの完全なシステムであったなら、ユーザの側からその分野の知識や技術的・工学的な経験などをインプットすれば、うまく実行するはずである。そうすれば、簡単な日常のものに対して、そこでは商業的な守秘義務の条項に縛られないから、TRIZの専門家たちは有用な発明の事例をルーチンのように生産できることだろう。そして、そのプロセスを、『TRIZジャーナル』やその他の媒体に掲載する記事で、詳細に説明できることだろう。

他方、もしTRIZがまだ発展中の不完全なものであるなら、エキスパートたちには、そのギャップを特定し、そしてその欠けているツールや技法を開発するという責任があるだろう。これは、一つの単純な発明を作り出すよりもはるかに困難な課題である。

その進化の現段階において、TRIZは主として一組のヒューリスティックスであり、これらのツールの総体といえども、イノベーション能力を追求している組織で連鎖反応を維持するのに必要なクリティカルマスを実現するにはまだ十分でない。提供されているツール群は、(大部分のTRIZ文献で見られるように) 一つの発明を分析するというタスクにはよく適している。しかし、発明の仕事を合成していくというその後のフォローアップのタスクにはあまりよく適していない。

[解決策の] 合成指向の機能を提供するように、TRIZに、より大きなマクロレベルの計画立案と構造化のツールを開発していく必要がある。それらのツールは、既存のTRIZツールの適用をガイドし、何を、どんな順序でする必要があるかを扱うものである。システムレベルの考察が処理されるべきであり、例えば、最も大きな影響を与えるためにはイノベーションの努力を問題空間のどの方向に向けるべきか、をガイドするものである。

ここに「通行困難な谷」が存在して、その片側には産業界のユーザたちの専門領域の高く聳える山々があり、他の側には現在のイノベーションツールのあまり印象的でないいくつかの丘がある、といえる。イノベーションツールの高さを成長させる必要があるだけでなく、両側からこの乖離に橋を懸ける努力をする必要がある。

この乖離に橋を懸ける仕組みの一例は、イノベーションプロセスの最も初期の段階でユーザ側からサポートするメカニズムを開発することであろう。そのようなアプローチの一つが、著者 [S. Saleem Arshad] が開発している「CAR分析」である。それは、制約(Constraints)と仮定 (Assumptions) とリソース (Resources) とを効果的に捉えるものであり、それらを前処理して TRIZその他のイノベーションブロセスとよく両立するようにさせるものである。

TRIZとイノベーション科学のためのこれからの道

それがTRIZの勢力範囲に入るかどうかはともかく、またそれをイノベーション科学と呼ぶかイノベーション工学と呼ぶかはともかくとして、一つの知識体系を開発し、テストし、推敲し、洗練して、個人あるいは企業が技術的イノベーションのための信頼できる能力を追求するのを助ける必要がある。

このような現在の状況で、現在地からわれわれはどのようにして前進していくか?私は、つぎの11の観点を考慮することを示唆し、将来に向かってのわれわれの考えの方向づけをしたいと思う。

(1) 第一に、「TRIZは、その現在の進化段階において、科学の一つとして分類する (みなす) ことはできず、完全でもない」という事実を認識し、受容する必要がある。TRIZを構成するものは、その大部分が一組のヒューリスティックスであり、それらのツールの総体では、イノベーション能力を追求しているいかなる組織においても連鎖反応を維持していくのに必要な最小限のクリティカルマスを実現するのに不十分である。現在の形では、TRIZはまた、権威のある工学カリキュラムの中で特ダネ分野の地位を得ることはありそうにない。

(2) 第二に、「大抵の知的開発は分析サイクルとそれに続く合成サイクルとから構成されており、TRIZが持っているヒューリスティックス のセットは、分析を支援するものが多く、合成を支援するものが少ない」ことを自覚することである。分析は一つのものをその構成要素に分解することである。そして、『TRIZ ジャーナル』のいろいろな記事はこれをしばしば実演しており、一つのイノベーションを、それに寄与する役割を果たしたかもしれないいくつかのヒューリスティックスと関係づけることをしている。

解決策を網羅的に合成するツールが開発されれば、TRIZは完全さに近づくであろう。[イノベーションにおける] 合成とは、基本的な諸構成要素から一つのイノベーションを創り出すプロセスを指しており、[分析よりも] ずっと難しい。ここでは、イノベーションエキスパートは単なる表面的な連想では食べて行けず、イノベーションを一つのコンセプトから開発し、すくなくとも概念的には一つの完全な形、すぐに制作あるいはプロトタイピングできるもの、に仕上げねばならない。 合成段階の間に、イノベーション作者たちはその課題の詳細についての随分の知識を実証しなければならない。

(3) 第三に、「イノベーションの精神は、すべてのレベルのすべての可能性に対して、開かれているべきである」ことを理解すること。これは、既存のTRIZツールが完全ではなく、うまく統合されていないという、あり得る可能性を[認識すること] も含んでいる。TRIZを代替するアプローチの一例として、1997年にEd Sickafus は、Unified Structured Inventive Thinking (USIT)で、一つの異なるそしてよりコンパクトな観点を提示した (www.u-sit.net)。この仕事はさらに、日本で中川 徹とその協力者たちによって開発が続いている。

また、Yevgeny.B. Karasik は、既存のTRIZツールを修正する彼のいくつかの例の一つとして、「矛盾マトリックスの縦と横の両方に同じ広範囲のパラメータを使うことは意味がない」と主張した。彼はこの目的のために、パラメータの組を分解して直接制御可能要因と間接制御可能要因とに分解して、もっと論理的で正確な分析を実現するべきだ、と示唆している (Anti TRIZ-Journal, 2008年7月、Vol. 7, No. 6)。それらすべての寄与は随分の思考の結果を表しており、積極的に考慮する必要がある。

(4) 第四に、欠如しているイノベーションツール、すなわち合成を指向したツールを開発する必要がある。これらは、TRIZの諸ツールの適用をガイドし、何をどの順序でする必要があるかの問題に取り組むような、計画立案と構造化の機能を提供しなければならない。

われわれが開発する必要がある合成ツールは、[イノベーションの] スコープと利用可能なリソースからの発明努力の構成をマクロに計画するためのものである。これをどのように体系的に実現するかは、TRIZでは十分にカバーされていない。

著者 [S. Saleem Arshad] は一つのアプローチを開発中であり、それはイノベーションの勢い (運動量) を構築し維持しつつ、関心のあるシステムについてのいくつか別々の探索パスを並行して処理するものである。さまざまに異なる仮定をモデル化して、問題空間中を導く マクロレベルのエントリベクトルとして表現する。これらのそれぞれは分解して、ミクロレベルの詳細を提供できる。これらのミクロレベルの詳細を処理したものは、ソリューションベクトルにまで発展させるが、それは一つのイノベーション [あるいは発明(?)] を仕上げた形に概念的に近いものである。

解決策空間に複数の方向から入ることによって、[イノベーションの努力の] 勢いが一つの方向にだけ関わる問題によってトラップされてしまう危険性がより少なくなる。このアプローチはスーパーシステムレベルの解決策を見つけることを追求しており、その解決策が最も大きな影響力を持ち、局所的で低いレベルの解決策に焦点をあてたものよりも大きな範囲をカバーするだろうことを意図している。

このアプローチを私は、最初に『TRIZホームページ』2009年6月掲載の論文で部分的に提示した。その論文には航空機の安全問題のために開発した25の創造的なコンセプトを例示している。さらに推敲したバージョンが『TRIZジャーナル』の2009年11月号に掲載された。ただし、それは随分不幸な編集を受けたもので、鍵となるグラフィックスがより小さく低品質の図で置き換えられ、また『TRIZジャーナル』中の弱い諸記事へのハイパーリンクが過剰にかつ不必要に挿入されたものであった。

(5) 第五に、「弁証法的アプローチがTRIZの哲学的なエッセンスであり、それは議論の両側を等しく考慮することで行なわれる」ことを認識することである。新しい洞察が生れることができるのは、二つの対立する見方がより大きいコントラストで考慮され、いわば、その対立が強調されるときである。この分野の国際的なジャーナルは、鋭く異なる複数の見方が、横に並んで現れることを許容し、読者がそのやりとりから利益を得るように、しなければならない。

イノベーションは定量的でなく定性的な推論を扱うから、TRIZにおける知識の創造のモードは帰納法の論理を通している。帰納推論の基礎は観察と経験的なデータであり、われわれの確信のレベルは、収集したデータのサイズに応じ、偏りの除去によって向上する。この理由によって、われわれは、絶えざる問題提起や質問を、そのような知識体系を再生成するソースとして歓迎するように保証しなければならない。

(6) 第六は、「発明のプロセスはビジュアルなプロセスであり、そのため、論文の表現においてもできる限り一層ビジュアルなモードを使うことを強調する必要があること」を理解することである。ビジュアルな表現はしばしば、文章による記述よりも、明瞭性の要求をより大きく課する。読者はまた、その図的表現を自分独自のやり方で解釈することにより、追加の観点を得るかもしれない。

(7) 第七に、「TRIZエキスパートは、もっと多くの事例を作って、ツールの使い方を読者に説明すべきであり、また特に、抽象的ヒューリスティックスの まわりにあったギャップが、より具体的な解決策へと開発されていくに応じて、どのように埋められていくかを説明するべきである」ことが示唆される。インドや中国やその他世界のさまざまな所からの寄稿が、ローカルな創意工夫の多くのオリジナルな事例を開発していると考えられる。そのような事例はローテクの改善から、最も高水準の先進テクノロジの工業的適用にまで渡ることであろう。

イノベーションツールの最終ユーザたちは、専門家たちからさらに具体的でさらに詳細なことを要求することによって、[このTRIZの発展を] 助けることができる。すなわち、彼ら自身の特定の分野と課題において、実際にどのようにして独創的な成果を実現するのかを、尋ねるとよい。彼らはまた、[専門家たちの] 決まりきったプレゼンテーションや、一つのものをすべてに適用しようとするアプローチに対して、より不寛容でなければならない。

(8) 第八に、「企業実践者たちとの相互作用とフィードバックを、彼らの仕事をTRIZの用語に包んだり型にはめたりする必要を顧みずに、必須のこととして含めること」を保証することである。かれらの現場における実際の経験 (成功したものも不成功のものも) が客観的に報告されるべきであり、それらから新しいツール、特に [解決策の] 合成の領域でのツールを開発する助けとなる帰納的推論を引き出すべきである。この一つの例は日本の『TRIZホームページ』であり、その編集者 中川徹は企業からの参加を積極的に奨励しており、編集の仕事に例外的に高い水準を維持している。

(9) 第九に、「イノベーションヒューリスティックスと本流の設計および工学とを関連づける努力をしなければならない」。これをする一つの方法は、産業工学 (Industrial Engineering) の分野内にイノベーション科学の新しい学問分野 を樹立することを探求することであろう。もう一つの方法は、イノベーションヒューリスティックスを工学設計の一部として徐々に含めていくことであろう。工学設計のための先進のソフトウェアパッケージが開発されていくに応じて、イノベーションヒューリスティックスがバックグラウンドで 役割を果たし、ユーザをさまざまな予期しないあるいは自明でないオプションに透明な (目に見えない) やり方で導くことが、考えられる。

(10) 第十に、「もっと大きなインパクトを得るには、TRIZ (あるいはイノベーション科学) は、他のセミ-テクノロジ (例えば、シックスシグマ、制約理論、リーン工学 (トヨタ生産方式) など) に入り込む、あるいは併合するべきである、という考えを避けること」。

ここで私が「セミ-テクノロジ」という用語を使った理由は、それらのそれぞれが限定されたオリジナルな知識ベースを持っているが、[その知識ベースが] 時の経過とともに自然な進化と成長をする能力を大きく欠いていると見えるからである。それらは、市場での誇大宣伝という大きな点以外には、わずかの共通点しかもっていない。

それらはそれぞれ、本質的にはその内部から、それぞれの相対的な強みに沿って進化していくための方法、手段、そしてエネルギを見つけていかねばならないだろう。産業界のユーザたちは、経済的なストレスを受けていて、誇大宣伝にますます不寛容になってきているから、いくつかのセミ-テクノロジは、少なくともいまのままの形では、あまり長くは続かないだろう。疲労困憊の兆候を示している馬に自分の馬車を繋ぐのはあまり意味がない。

(11) 第十一に、「われわれはまだ、 (旅の終わりというよりも) 旅の始めにうんと近い所にいるのであり、この本質的な分野においてクリティカルマスを実現すること目指してまだ進化しつつあること」を理解することである。しかしながら、この進化のプロセスの方向もペースも、まだ確立されていず、保証されていない。著名なTRIZ専門家たちからの見解が、全体的な方向づけを確立するのを助けるために、現時点で必要である。TRIZとイノベーション科学に関する、国際的な学術的な雑誌がまた必要である。それは、専門家、実践者、学術研究者、そして特に産業界のユーザからの本質的な寄稿を得て、それらを蓄積し普及させるための、またこれらのエネルギを生産的に方向づけ連結するるための、フォーラムとして働くであろう。

 

参考文献:

特定の参考文献は本文中に示した。

謝辞:

著者は、中川 徹教授から多くのコメント、助言、編集入力を得たことに対して深く感謝する。それらによって本稿は非常に益するところがあった。


Arshad 寄稿論文 PDF  (9頁、31KB)

 


著者紹介 

   (『TRIZホームページ』英文ページ 2009. 6.16掲載) (和訳: 中川 徹、2010. 5. 8)

Shahid Saleem A. Arshad は、修士および PhD の学位を 米国Purdue大学 (産業工学/CIM専攻) から得た。彼の産業上のイノベーションは、その証明可能な記録が、1979年オクラホマ市 のMacklanburg Duncan Co. における上級デザインプロジェクトから始まっている。企業勤務経験を持ち、また研究の経歴も持っている。現在彼はオーストラリアのシドニー在住で、応用工業イノベーションの分野で活動している。

パーソナルな自己紹介 (中川への私信、2009年5月26日来信、本人の承諾を得て掲載)

私のバックグランドは、産業工学、特に製造・生産の分野です。工学の三つの学位を米国で得ました (学士 オクラホマ大学、修士 Purdue大学、PhD Purdue 大学) 。その間、イノベーション、創造性、あるいはもっと特定して「発明力の向上」といったトレーニングにはまったく出会いませんでした。しかしながら、私はいつも発明力に関して興味をもっており、自分の発明の才をある程度実証できるような仕事をするように試みていました。学部生のとき、長いシャフトにつけた固定領域陰電極を使う方法を見出し、それを大きなアルミ精錬タンク内に浸し、タンクの3次元電流密度分布をマニュアルでプロットするデータを得ることができました。そのメーカはこの種のデータをリアルタイムで得る方法をまったく知りませんでした。私のは非常に単純で実際に動く装置でした。(その後私は7年間アルミの押出成形と精錬工場で働きました。) 1980年代初期は、統合的製造、ロポティックス、およびフレクシブルマニュファクチャリングシステムなどの新しいブレークスルーの時代でした。Purdue大学はこの分野でのトップランクのスクールだったのです。私は金属加工を無人操作で行なうためのダイナミックチップブレーカを開発しました。PhDの研究としてしたのですが、それは非常に複雑な問題で、複雑でいろいろな形をとる加工物に対してCADのソリューションを自動的に生成し、さらに生成したコードからツールや治具を一緒にしたコンピュータ支援のロボット組み立て装置を設計するという問題でした。

この段階で私は、MIT の Nam Suh が開発した公理的設計(AD)原理を使いました。後に、2003年にTRIZに出会ったとき、私はTRIZツールのいくつかに強い感銘を受けました。私がそれまでに行なったり考えたりしていたことと、それらはまったく自然に当てはまっていたからです。

私自身の観察では、もちろんあなたと意見が違うかもしれませんが、TRIZにはそれを構造化しインタフェースをとるという課題に関して、まだやるべきことが残っていると思います。USITはもちろんその一つの良い可能性であると思います。

 


編集ノート、追記 (中川 徹、 2010年5月9日)

本稿の著者の指摘は重要なことを沢山含んでいます。私は、本ページの最初に書きましたように、いくつものコメントを著者に書きましたが、著者はその一部を原稿改訂の際に反映しています。さらに私自身が応答として書くべき、書きたいことがいくつもあります。多忙できちんと書けるのは 2週間ほど先になると思いますが、ポイントだけをここに書いておきます。

(1) TRIZは帰納的な研究方法 (ボトムアップにエッセンスを抽出する方法) をベースにしており、それは科学的方法である。帰納的な研究の結果 (例えば、40の発明原理) が、まだ (物理学的なセンスの) 原理になっていないとしても、それを非科学的というべきではない。

(2) 優れた特許・発明・研究事例を学び、どのような問題をどのように解決したのか、それにはどのような考え方が有効であったのかを (事後に) 分析することは、研究と学習のために大事で有効なことである。ただ、それを「TRIZの正当性を示すもの」と捉えるのは(本稿でいうように)誤りである。

(3) 実際の問題を解決するにあたって、問題を分析することは大事であり、TRIZ (USITも含めて) にはいろいろなツールがある。このような分析と、先例の事後分析とは異なることである。(Arshad氏の記述にはこの区別が明確でないところがあると思う。)

(4) TRIZのエキスパート (あるいは、イノベーション科学のエキスパート) が、理想としては「オールマイティの (あらゆる分野のあらゆるタイプの問題を解決して発明できる) 発明家」であるべきだという発想が、(恐らく本稿の著者を含めて)従来のTRIZの専門家たちに潜在するように思う。それは幻想であり、誤った目標であると私は考える。USITのエキスパートは (TRIZおよびイノベーション科学のエキスパートも同じで) 問題を持っている技術者たちと一緒になって、かれらの考えるプロセスをガイドすることによって、技術者たちだけではできず、自分一人ででもできなかったような多くの解決策を創り出すのである。

(5) 創造的な問題解決の全体方式については、USITが導出した「6箱方式」が非常に参考になる。詳しくは、中川のETRIA TFC 2006の論文 を参照されたい。

(6) イノベーションのための活動は、問題を持つ当事者・技術者のグループが、最初 (問題設定)、途中 (問題の分析)、途中 (アイデアの生成と選択)、途中 (アイデアから解決策コンセプトの構築)、最後 (実地解決策の実現) のすべてに渡って積極的に関与するべきである。USIT/TRIZ/イノベーション科学のエキスパートが最も寄与するのは、途中 (問題の分析)、途中 (アイデアの生成と選択) の段階である。最初から最後までの実際の事例を、TRIZ (など) の専門家から要求するのは、筋違いのことである。

(7) 問題解決の実地事例、成功事例を本当に創り出すのは、企業技術者たち、あるいは大学などの研究者たちである。そのような事例の発表は、いくつもの国際会議やWebサイトで行なわれている。企業でTRIZを学びたいと思う人たちが、学べる資料はすでにかなり揃ってきている。

(8) 本稿でいうように、アイデア(の断片) からひとまとまりの解決策コンセプトを組み立てる過程、すなわち、「合成の過程」については、TRIZ (およびUSIT) はあまり具体的なツールを持たない。この過程は、それぞれの技術分野が主として担当すべきものと考える。それがもやもやしているのは、具体的なやり方が技術分野の専門知識になっていて、分野を越えたような表現や指針がないからであろう。Arshad氏がいう、マクロレベルのガイドラインというのは、合成過程の各案の導出・組立のことではなく、諸案を管理するやり方を言っているように思う。

(9) 本稿がいうように、TRIZの教科書事例を根本的に見直し、現代化した事例にすることは大事なことと思う。日本でのTRIZ普及の初期に、『TRIZ入門』において畑村洋太郎教授らが指摘した批判を、まだ克服できていないことは、大いに反省すべきことである。

(10) 本稿が指摘しているように、TRIZが、産業界・技術界・学術界・教育界のどれにおいても、まだまったく「本流」の中に食い込めていないことは確かである。TRIZには、この本流になるに値する本来的な価値、潜在力が備わっていると、私は考える。そのために、沢山のことをして行かなければならないと思う。

(11) 今、私が (それぞれ協力者と一緒に) やっていること、例えば、(a) この『TRIZホームページ』を編集して、本稿を掲載し、同時に企業実践事例を掲載し、(b) 日本TRIZ協会主催のTRIZシンポジウムを推進し、イランのKarimi氏を基調講演に招き、(c) インドのMishra の著書 『Inventive Principles for IT』の和訳を進めていること、また、(d) USITの開発と普及の活動、(e) 大学における講義やゼミなどはすべて、このArshad氏の記事に対する私なりの返答です。もっともっと、皆さんと一緒にしていくとよいことがあるでしょう。

 

[追記: 中川 徹 2010. 5.16]  本件に関するフォローアップの討論については、その目次ページ から参照下さい。

 

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最終更新日 : 2010. 5.16    連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp