EQP: 地震予知研究の発展方向 | |
地震予知研究の発展方向を考える |
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掲載: 2023.12.10; 更新: 2023.12.25 |
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編集ノート (中川 徹、2023年12月10日)
12月22-23日に開催予定の日本地震予知学会の学術講演会で私が発表予定のものですが、その要旨とスライドのタイトルページとをここに掲載いたします。予稿全文およびスライド全ページは、学会発表後にここに掲載するつもりです。
地震予知の研究の重要性を感じておられる読者の方が、地震予知学会の学術講演会を聴講し、さらに学会に入会くださることを願って、ここに要旨を掲載する次第です。
編集ノート (中川 徹、2023年12月24日)
12月22日に、地震予知学会で発表しました。コロナ禍が過ぎ、4年ぶりに会場で旧知の学会員の人たちと会い、直接に話し合えて有意義でした。
今回、発表資料の全体を以下のように掲載します。
発表論文(全文): HTML ; PDF (学会予稿集)(6頁)
発表スライド(全文、12スライド): HTML ; PDF (1スライド/頁)、 PDF (4スライド/頁)
発表ビデオ (前日のリハーサルの録画): MP4 (15分56秒、48.5 MB)
*** ビデオをまず見ていただくのが、分かりやすいでしょう。[地震予知学会の会員向けに、16分に圧縮した発表です。] ***
2.1 地震学の研究
2.2 地震の短期/直前予知の研究3.1 地震学からの知識/情報の利用と限界
3.2 地震の物理的モデルからのアプローチ
3.3 何らかの「前兆現象」(の候補)を観測して、地震の短期/直前予知を試みるアプローチ
3.4 「前兆現象」と確認され、かつ予知に有効であるための諸条件4.1 観測実験を積み上げて実証的に「前兆現象」を捉える
4.2 電磁気学的な現象の中に「前兆現象」を見つける
4.3 地震予知研究の方向(1) 地中の電場の変動の観測
4.4 地中電場の変動の観測を「前兆現象」として確立するための考察
4.5 地震予知研究の方向(2) 人工衛星による成層圏/電離層の観測発表スライド(12枚)と発表ビデオ(16分)の目次は次のようです。
1. 地震予知研究の位置づけ (#2)、従来の地震研究 (#3)
2. 地震予知研究のあり方
地震予知システム確立の3段階 (#4)、 「前兆現象」を実証するには (#5)、 有望な「前兆現象」(候補)を選択する観点 (#6)3. 注目する地震予知の2方法とその研究推進
(1) 「地中の(直流)電場変動の観測」 (筒井稔(京都産業大学 名誉教授)、2022):
観測装置 (#7)、 実測事例 ( 形態1: 激しい±の変動 (#8)、 形態2: 平均電場の上昇と持続 (#9))
==> (中川) 複数サイトによる実証プロジェクトの提案 (#10)
(2) 人工衛星による全球観測: 巨大地震の予知のために (#11)
参考文献 |
発表スライド | スライドPDF | スライドPDF(4スライド/頁) | 発表ビデオ |
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発表論文(予稿集掲載) ==> 予稿集 PDF
地震予知研究の発展方向を考える
中川 徹(大阪学院大学 名誉教授)
日本地震予知学会2023年度学術講演会 予稿集23-12 (2023.12.22)
要旨:
近年の地震学は、プレートテクトニクス理論を土台にして、地震計のネットワークによる地震動解析と測地衛星による地殻移動測定などを使い、地震の長期/中期の確率論的予測を可能にしてきたが、短期/直前予知は不可能として忌避している。
しかし、「地震の減災のために、短期/直前予知をぜひ可能にしたい」というのが、国民の願いであり、われわれ日本地震予知学会の目標である。本編はその目標実現の方法論を考察する。
基本は「前兆現象を捉える」こと。第一の方針は、(理論先行でなく)観測実験を基にして実証する「実験科学」のアプローチであり、第二の方針は、(力学的現象よりも)電磁気学的現象に注目する。
特に、「地中電場の変動現象」で顕著な実測データが得られた [筒井稔(2022)] ことに注目し、「複数サイトで同時観測し、これが前兆現象の一つであることを実証するプロジェクト」を提案する。
1.はじめに: 本発表の趣旨
私は、地震(予知)研究の専門家ではありません。物理化学、情報科学、創造的問題解決の方法論(特にTRIZ)を研究してきました。2015年2月に日本地震予知学会の会員となり、当学会の学術研究発表をずっと聴いてきました。国民の一人として、専門外の研究者の目から、地震予知研究の重要性と進め方について、考えるところを述べます。
2.地震研究・地震予知研究・地震減災(防災)対策
日本は全国各地で、ずっと昔からつい最近も度々、大きな地震の災害を受けてきた。その地震の被害をなんとか減らしたい(減災)というのが、全国民の願いである。そのためには、まず、いままでどんな地震が起ったのか、なぜ起こるのか、今後どんな地震が起こりそうか、などを科学的に知ること(地震学の研究)が大事である。さらに、近い将来(短い時間の後に)、どこでどんな地震が起こりそうかを、知ること(短期地震予知)ができれば、減災に役立つ。これらの広域的/地域的な、地震の長期予測と短期予知をベースにして、どうすれば人的/物的/社会的な地震被害を減少できるかを考え、実施する(減災対策)ことが必要である。
予測/予知の研究と減災対策は車の両輪である。予測/予知ができないでも、減災対策はある程度可能だが効率が悪い。予測/予知ができても、減災対策が整っていなければ、効果がない。予測/予知ができ、減災対策の備えがあれば、初めて効果的に減災ができる。
2.1 地震学の研究
地震学は、すでに起こった地震の解析をベースにして、地震のしくみの物理学的解明を目指す。プレートテクトニクス理論の出現により、地震の世界的分布と、地震の機構の理解がずっと明確になった。
地震計により、3軸方向の地震波が常時連続的に観測されている。多数配置された地震計ネットワークのデータから、一つひとつの地震の震央/滑り方向/滑りの性質/エネルギー/津波の可能性などを知ることができる。同時進行の分析と、後からの分析が行われている。地層/断層/堆積物などの分析や、古文書の解析によリ過去の地震に関する知識も集積されてきている。また、地震前後の異常現象の(事後)収集と解析も一部に行われている。さらに、人工衛星による(GNSSなどの)観測により、(全世界の)地殻の変動が精密かつ定期的に測定できるようになった。この結果、プレート間やプレート内断層における地殻の相対的移動が分かり、地殻内の歪、ストレスの蓄積が明確になってきた。
これらの研究と観測から、どの地域のどの断層において、歪のエネルギーが蓄積しており、過去の地震の記録と勘案して、大/中規模の地震が(近い)将来に起こる可能性がある/高いといった指摘(地域を指定した地震の長期/中期予測)が(ある程度)できるようになった。ただし、地震を起こす断層間のエネルギー蓄積の時間(数千年〜数十年)に比べて、断層間の破壊である地震の時間(数秒〜数分)は極めて短いから、その破壊がいつ起こるかを予測することが、極めて困難である。このため、従来の地震学では、長期/中期の地震の確率論的予測をもたらすが、短期/直前の地震予知は不可能であり、実際、いままで失敗してきた。
阪神大震災(1995年)および東日本大震災(2011年)以後、日本地震学会および政府は、「地震の短期/直前予知は現在不可能であり、当面、地震予知の研究に注力しない(忌避する)」と表明した。
一つの大きな救いは、現行の「緊急地震速報」である。「緊急地震速報」は、地震が発生したことを、震央に近い位置の地震計で観測し、その情報を電信によって広域に伝えて警告し、地震波(揺れ)の到来までのわずかの時間差を利用して、社会に減災の備えをさせる。地震が起こってからの速報だから、情報は確実であり、震源、マグニチュード、揺れの強度と地域、津波の可能性などを、比較的高い信頼性で警告できるのが長所である。交通機関をはじめ、人々が防備する(身構える)時間がえられ、安心に大きな寄与をしている。警告から、地震の揺れが襲うまでの時間は、震源からの距離に依存し、距離が近いと、極めて短時間(数秒)しかない(避難の間に合わないこともある)のが短所である。
従来の地震学が、基本的に「力学的」な観点の情報を、観測/解明/利用してきたことに留意したい。
2.2 地震の短期/直前予知の研究
地震の数秒前ではなく、数日前とか数分前とかに、(確実な)地震予知の注意報/警報が出れば、緊急の防備をし、避難できてきっと有効だ、というのが人々の期待である。どんな大きさの地震が、どこで、いつ頃起こるかを、その地震の起こる数ヶ月〜数分程度前に、予知し、減災/避難のために(適切なプロセスとタイミングで社会に)広報することが期待される。しかし、(大きな)地震が今から起こるだろうという「地震予知注意報/警報」は、地震が起こった事実を観測して緊急に伝える「地震緊急速報」よりも、はるかに困難でデリケートな課題である。
それでも、地震の短期/直前予知は、減災のためには大いに有効であり、国民の期待/願望は大きい。「地震予知」は、実用のために、科学として追求するべき研究課題である。この認識から、「地震の短期/直前予知」の科学的研究(とその実用化)を目指して設立されたのが日本地震予知学会である。
2.3 地震の減災の研究と対策
日本全国で、また世界各地で、歴史時代以来たびたび、人々は地震で大きな被害を受けてきた。地震を起こさなくすることはできないから、その被害を減らすこと(「防災」でなく「減災」)がわれわれの目標である。地震の減災のためには、今までの無数の地震の被害を調査/分析し、いろいろなタイプの被害を無くす/減らす方策を取る必要がある。
地震被害のタイプは、国や地域や時代によってさまざまである。地形/地質に関わるものでは、断層のずれ、山崩れ、土石流、地盤の液状化、などがあり、土木工事/植林などの対策が必要である。また、津波も大きな問題で、地域ごとに被害の歴史を知り、集落や設備の高台移転、防潮堤、緊急避難などの対策を取る。住居/建築に関わるものでは、揺れによる倒壊/損壊、その後の火災、生活インフラの停止などの被害がある。耐震設計が必要であり、都市計画などの地域的な減災対策が必要である。社会/インフラに関わるものでは、交通と通信の寸断、電気/水道/ガスなどの停止、生産や物流の混乱、社会の諸機能の混乱などが起こり、経済的損害が甚大になることがあり、影響が長引く。人々の意識は、事前の地震減災対策のすべてに関わっており、直前の緊急避難、地震時と直後の行動などが、人的被害の大小にも関わる。事前の全般的な防災意識の社会的普及が大事な対策である。これらのすべての被害タイプに対する対策は、全社会での長期間の政策/対策/実施/活動が必要な大事業である。
地震研究/地震予知研究は、これら全ての防災/減災活動に適切な基礎と方向づけを与える使命を持つ。
3. 地震予知のアプローチ:「前兆現象」が満たすべき条件
地震予知の基本的なアプローチは、地震が起こる少し前(数ヶ月〜数分程度前)に起こる何らかの特徴的な現象(「前兆現象」)を捉えて、地震が起こることを予知しようとするものである。
しかしその前に、地震学からの一般的知識と個別的な情報を得ておくことは、必須で有用である。まずこれらを整理しておく(3.1, 3.2)。
3.1 地震学からの知識/情報の利用と限界
日本全国(と周辺)の、地震に関わる地殻の構造(プレートの配置や沈み込み、各地の断層構造など)、過去の地震の履歴(年代、大きさ、被害など)の基本情報がベースになる。地震には、プレート間で起こるもの、プレート内で起こるものの違いだけでなく、さまざまな違いがあり、同一地域でも異なる型の地震が起こり、その間隔も多様で周期性が認められないことが多い。日本全国に地震計(強震計および高感度の地震計)が設置されており、ネットワークを構成し、その常時観測データが蓄積/公開されている。複数の地震計データの(リアルタイムの)解析から、(ある程度大きい(M≥4))地震の、震央/震源域/マグニチュード/震度分布予想/津波発生予想が推定され、速報として広報されている。測地衛星(GNSS)などにより、地殻の移動が(全国的に)地域的に随分精密に観測/公表されてきており、断層間の歪の蓄積と、地震が起こる長期/中期の予想がはっきりしてきている。以上のような知識と情報にもかかわらず、短期/直前の前兆現象の認定と、地震の短期予知の方法は未解明である。
3.2 地震の物理的モデルからのアプローチ
地震研究から期待されるもう一つのアプローチは、地震の起こる具体的な物理モデルから、地震の過程(準備段階、前段階、破壊段階、後段階)を解明して、地震予知に利用することである。地下の断層の種々の性質に関して、何らかのモデル(仮説)をつくり、(室内実験やコンピュータシミュレーションで)その挙動を知り、実地状況に対応させようとする。
特に直前の段階でどのような現象が起こりうるのか、を解明することが期待される。この前段階の現象は、第一義的には、力学的現象であり、(高感度地震計や歪計などで)どのような特徴的な事象が観測されるのかを、見つけられるとよい。さらに大事なのは、力学的な事象からの二次効果として、どのような電磁気学的な事象が発生しうるのかを解明することである。このような二次効果は力学的効果に比べて数桁小さいであろうが、震源域の広大さと、電磁気学的な現象の観測の感度の高さが、はるかに有効に働くと期待される。電磁気学的な現象が、周辺/遠隔地の地中、近傍/周辺/遠隔地の地上や、大気圏や電離層/成層圏などに、どのように伝播して、観測されうるのかが、解明されるとよい。
地震の多様性は、地震断層の物理的モデルの多様さを必要とし、地下数〜百数十kmに対応するモデルの構築と実験/実証は容易でない。まだまだ未解明である。
3.3 何らかの「前兆現象」(の候補)を観測して、地震の短期/直前予知を試みるアプローチ
このような状況の中で、地震予知の試みは、何らかの「前兆現象」(と思われるもの)を観測して、経験的/帰納的/実証的に、地震予知を実現していこうとしている。
まずするべきことは、古来より(民間で)語られているいろいろな「異常現象」や、最近に(科学的手段で)観測されているいろいろな現象を収集して、「前兆現象」(の候補)として検討に値するものを(優先順位を付けて)選び出すことであろう。「異常現象」といわれるものには、諸動物の異常行動、特異な雲や発光現象、地下水位の変化、などさまざまのものがある。(科学的手段による)観測では、(「前震」や微小震動の一時的鎮静などの力学的なものの他に)、地中や地上の電場/磁場/電磁波の観測、電波の電離層反射の観測、人工衛星を使った成層圏の電子密度の観測、などさまざまに研究されている。
3.4 「前兆現象」と確認され、かつ予知に有効であるための諸条件
基本条件は、「その現象Xが明確に観測(測定)でき、種々の人工/自然起因の類似現象(ノイズ)から区別でき、そのいくらかの後(数週〜数分後)に地震が起こるという(相関)関係がある」こと。具体的には、一つの地震に対して、現象Xが複数の場所や装置で、ほぼ同時/同様に観測され、震源に近いほど強いこと。また、多数の別の地震に対して同様に観測され、その後に地震が起こった割合が高い(「空振り」の率が低い)こと。さらに実用上望ましいのは、自動的で安定した連続測定が可能で、地震が発生するだろう時、所、規模などに関する手がかりを含むことである。だから、現象Xを「前兆現象」として確立するには、多数の地震について観測しなければならず、当然長い年月を要する。
ここで注意するべきことは、地震は多様だから、地震に付随する「前兆現象」も多様(でありうる)ことである。(ほぼ)同一地域の地震、(一見)繰り返す地震に対してさえ、研究が進むに連れて「地震の多様性」の認識が進んでいる。だから、すべての地震が現象Xを起こすと仮定してはいけない。現象Xの出現確率が高いことが望ましいが、(それがすべてのタイプの地震で前兆として現れるという)万能性を前提にしてはいけない。
(前兆現象)と認められ、実用に耐えるためのこれらの条件は、随分厳しい。「前震」でさえ、これらの条件を満たしていない。今起こった一つの地震(とその後の小さい余震)の後に、もっと大きい「本震」がいつ来るのかどうかを、現状ではよく判断できないのだから。この判断には、今起こった地震と、その地域(と周辺)で起こる可能性がある(ストレスの蓄積がある)地震との、関係(大小、震源域など)の理解が必要である。ただそれでも、それらの情報は次に起こる地震を(短期的に)予知できるとは言えない。結局、「本震」が起こった後で初めて、先行した「前震」があったと理解される。
1989年と1997年に、国際地震学・地球内部物理学連合(IASPI)の地震予知小委員会が行った世界的レビューでは、40件の申請のうち5件が、「有意の前兆現象」のリストに採択されたが、どれも広範囲/多数の検証を欠いており、(地震のタイプに応じた)実証と実地適用法を示すものではなかった[1]。
ある現象Xが「前兆現象」であると本当に明確にできるのは、曖昧性の残る「相関関係」だけでなく、(ある種の)地震のメカニズムが明確になり、現象Xとの因果関係が明らかにされたときであろう。
4.観測/実験を先行させる地震予知研究の方法論
上記のように、従来の地震学は、力学的観点の観測と解析に頼ってきて、長期/中期の地震予測はできても、短期/直前の地震予知の手がかりが得られず、地震予知の研究を忌避する立場をとっている。また、地震のメカニズムを解明する研究はまだ充分発達していず、「前兆現象」を明示するまでに至っていない。この状況において、「地震予知研究」を行うのに、われわれはどんな方法論を採用するべきか?
4.1 観測実験を積み上げて実証的に「前兆現象」を捉える
われわれの「地震予知研究」の方法論の第一の側面は、「(理論的推測を主にするのでなく)観測実験を積み上げて、実証的に「前兆現象」を捉えることである。観測実験のためには、ある種の仮説/推測が必要であるが、その仮説の正否や根源のメカニズムの理解は、観測実験の後に初めて次第に明らかになるものと考える。これは「実験科学」の基本的な方法論である。すでに起こった地震の解析・研究から地震予知の方法が出てくるのを待つ(だけ)でなく、予知する方法の研究を進めることが、地震予知の方法を確立するために必要である。
4.2 電磁気学的な現象の中に「前兆現象」を見つける
われわれの「地震予知研究」の方法論の第二の側面は、「「前兆現象」を(力学的現象よりも)電磁気学的な現象の中に見出そうとする」ことである。その趣旨の一つは、力学的な現象による短期/直前予知の研究が行き詰まっており、電磁気学的な現象による研究はまだ未開拓な部分が多く新しい可能性があるからである。また、地震においては、電磁気学的な現象は二次的な現象であることを承知のうえで、電磁気学的な現象の多様性、普遍性、観測の容易性や高感度性などの長所が大きいことを認識しているからである。科学や技術の全般において、力学的方法から電磁気学的方法への移行が、科学技術の発展の最重要の方向であるとの認識が、我々の方法論を後押ししてくれる。
これら二つの側面を持つ方法論は、日本地震予知学会が設立当初から掲げてきたものである。
4.3 地震予知研究の方向(1) 地中の電場の変動の観測[2]
日本地震予知学会の学術発表の中で、特に明確なデータを観測し、地震予知研究の将来性を示している(と私が思う)のは、筒井稔京都産業大学名誉教授の地中電場の変動の観測である[2]。狙いは、地中の垂直電場を高感度で連続観測し、震源域での電場の地震前後の変動を、地殻内の電気信号として遠隔で捉える。そのデータの解析から、地震の前兆現象を見出すことである。岩盤内の圧電効果によって、電場の発生が期待され、二次効果としては(磁場や電磁波よりも)直接的で、伝搬過程も直接的である。また、その電場の変動は、震源域で平均したものを観測するので、直流成分の測定が適している。
著者が最大限に努力しているのは、地震源からの信号のS/N比を上げるために、測定装置の感度をあげ、ノイズを減らすことである。測定の素子には、長さ100mの線形ダイポール型DC電場センサーを自作し、差動増幅器やAD変換器等を介して、PCに記録している。ノイズの低減のためには、(これまでの多年の実験から)電車はもちろん、人家を避け、地形をも考慮して、紀伊半島南端近くの小さな島の神社の一隅を選んだ。さらに、人工的な雑音や雷などの自然の雑音の影響を避けるために、地中設置を選択し、内径10cm深さ150mのボアホールを作って設置した。前述の差動増幅器は(温度変化の小さい)地下20mに設置し、電源周波数を除去する60Hzノッチフィルタとローパスフィルターも備えている。信号は1秒間隔でサンプリングして、PCに記録しており、ノイズは0.5μV/m で定常的である。
また、同じ敷地の地上8mに、東西・南北各方向5mの水平電場観測センサーを設置し、地中センサーと同時並行で観測している。
装置が稼働した2021年4月〜7月の2ヶ月半の実測データから、2形態の貴重な情報が得られた。
形態1は、2021年5月1日のもので、08:50から46分間、そして19:00から68分間、10μV/mp-p 以上の顕著で激しい±の変動が観測された。10:27に宮城県沖深さ50kmでM6.8の地震が発生しており、本件データには同時刻に鋭いスパークが観測されていた。他方、19:00からの変動に対応するような地震発生の情報はない。地上の水平電場センサーでは、東西・南北の両方向で、上記二つの時間帯で同様の変動が観測されたが、電離層電場の日周変化による緩やかな変動と重なっている。
形態2は、2021年5月6日のもので、05:25から平均電場が+2μV/m まで上がって約5時間持続し、一旦ほぼ0電位に下がって約3時間持続、13:30に瞬間的に+2μV/mに跳ね上がり、その後(少々の変動を伴い)約6時間かけて0電位に戻っていった。13:30には、紀伊水道の深さ50kmでM3.7の地震が発生していた。
これら2形態の顕著な観測データが、地震の発生と関係しており、前兆現象であり、かつ地震の挙動を考察する手がかりを与えている、と考えられる。
4.4 地中電場の変動の観測を「前兆現象」として確立するための考察
今回の学術研究会で、著者筒井稔名誉教授から素晴らしい続報が発表されるものと期待している。
ここには、「前兆現象と認められるための条件」(3.4)に照らして、今後(筒井教授に協力して)展開するとよいと考えることを記述する。
本方法は、「地中電場の変動という現象」を、(極めて)明確に、人工/自然のノイズを(大いに)低減して、高いS/N比で、1秒間隔で連続して、観測している。極めて高度な実測方法である。今後の課題は、地震との相関関係を実証することと、観測データから、起こるだろう地震の、時・所・大きさ・挙動などを予め推定する方法を創り出すことである。
これらの目的のために、第一にするべきことは、複数(5-6程度)の同種(または改良版)の装置を、ある程度(200〜500km)離して設置し、同時観測することである。それらのデータを解析すれば、ほぼ同時刻に同様の変動事例が観測されるであろう。それらは、局地的なノイズではないことを示し、信号の到達時間の差と、信号の大小関係から、信号源(震源)の(大まかな)地域と信号の大きさを推定することができる。もし一部の装置だけで(同様の)変動が観測された場合には、信号源が比較的近く局所的であるか、信号源からの信号に異方性があるか、信号経路の一部に減衰領域があるか、などが推定されよう。もし、一つの装置だけで変動が見つかった場合には、その近辺での人為的/自然的原因のノイズ、あるいは装置の不備が推定されるかもしれない。同時観測している、地上の東西・南北2方向の水平電場のデータも、信号源の位置と大きさの推定に大いに役立つ。
これらの複数装置から推定された信号源の位置と(信号の)大きさと、その後に観測された地震とが対応すれば、相関の可能性を示す一つの有力なデータになる。あるいは、データから推定されたものに対応するような地震が見当たらない場合もあろう。それは非相関の一データである。
これらの相関/非相関のデータを多数積み上げることによって、この「地中電場の変動現象」と地震の相関関係が次第に明確になる。特に、電場変動の挙動の違いと、(地震動解析から知られる)地震の性格との対応関係、また、現象観測の(地震からの)先行時間も重要な情報である。非相関のデータは、地震の多様性との関係で、注目/検討するべきである。あるタイプの地震でこの現象が観測されないと分かれば、その理由を考えると同時に、別の現象を使った地震予知の方法が必要になる。
要するに、一つの装置/サイトでN年掛けて明確になることよりも、N個の装置/サイトで1年間で明確になることの方が、はるかに多く、説得力があることである。
4.5 地震予知研究の方向(2) 人工衛星による成層圏/電離層の観測
第二に注目するのは、人工衛星を使って、成層圏や電離層の電磁気的性質を(全球規模で)観測し、その変動から(大規模)地震を予知しようとする方法である。甚大な被害をもたらす大規模(M≥7)地震は、日本全体でわずかしか起こらないから、局所的な方法(例:4.3)を適用して検証できる機会は少ない。しかし、全世界では発生数が一桁多く、新しい方法を創り、実証・適用を速やかに発展させられる。
圧電効果により地震が地中に電場をつくり、それが大気圏から成層圏へと伝わるとともに、地殻の微小な上下変化が大気圏・電離層・成層圏などの電気的性質に影響を与えると考えられている。そこで、世界各国(米・仏・中など)のプロジェクトと協力しつつ、人工衛星を用いて全世界的な観測を行おうとする。日本では、JAXAをはじめ産総研などが推進して、国のプロジェクトが準備されつつある。注目しておくべきことと思うが、当学会が独自に進められる規模でないから本発表の計画には含めない。
5. おわりに: 今後の課題
上記(4.3)の「地中電場の変動現象」は、地震の「前兆現象」として最有望で発展性のある事例だと考える。このような研究を確実にかつ速やかに推進していくことが、近い将来の減災のために重要である。そのために、日本地震予知学会として、テーマや方針を討論・判断し、研究プロジェクトを立ち上げるとよい。当面の目標は、複数の観測サイトを作り、観測装置を設置し、それらの観測データをリアルタイムで総合的に記録・監視できるネットワークを備えること。研究プロジェクトは、複数年の研究計画を立て、研究協力者/協力グループを集め、研究資金を得る必要がある。一足跳びの計画ではなく、成果を実証しつつ、資金についても人についても、地道に着実に獲得・拡大していくやり方を採用する。日本地震学会と政府が、地震予知研究を忌避している困難な状況であるが、「減災のために、地震予知をぜひ実現してほしい」という多数の国民の願いが、われわれを支援してくれる。この国民の願いが、「地震予知研究」の基盤であり、それを推進するのがわれわれの責務であると思う。
参考文献
[1] Max Wyss: Second Round of Evaluation of Proposed Earthquake Precursors, Pure appl.geophys.149 (1997) 3-16.
[2] 筒井稔「地中における電場観測による地震予知の可能性」(日本地震予知学会2022年度学術講演会)
発表スライド ==> PDF (1スライド/頁)、 PDF (4スライド/頁)
スライド タイトルと目次
1. 地震予知研究の位置づけ、従来の地震研究
2. 地震予知研究のあり方
3. 注目する地震予知の2方法とその研究推進
4. 今後の課題
発表動画 (前日のリハーサルの録画): MP4 (15分56秒、48.5 MB)
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参考文献 |
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最終更新日 : 2023.12.25 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp