TRIZ解説

TRIZ適用事例4:
勝てる知財構築への TRIZ の戦略的適用

長谷川公彦 (アイディエーション・ジャパン株式会社)

日本規格協会『標準化と品質管理』、
Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 45-49
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
掲載:2013. 5.19  [許可を得て掲載]

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編集ノート (中川 徹、2013年 5月16日)

本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の 2013年2月号 (1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 8編 (全53ページ) 中の第7の記事です。総説の記事3編の後を受けて、TRIZの適用事例の第4のものです。TRIZ特集については親ページ を参照下さい。

旧ソ連でアルトシュラーがTRIZを開発したとき、膨大な数の特許を解析して、それらのアイデアのエッセンスとして発明原理や進化のトレンドなどの知識ベースを構築していきました。そのような背景もあって、TRIZは知的財産権の分野ではよく用いられます。本稿は知的財産権の分野におけるTRIZの使い方を全体的に解説しており、参考にしていただけるとよいと思います。

本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版 を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるように (著者から提供された Word原稿に基づき) HTML形式でも記述します。本件の掲載を許可いただきました、(財)日本規格協会と 著者の長谷川公彦氏に厚くお礼申し上げます。

本ページの先頭 PDF 目次 論文先頭(HTML) 1. 使われない特許 2. 知的財産戦略の転換 3.知的財産制御の方法論 4. 発明評価 5. その他の知的財産ツール 参考文献 特集親ページ 英文ページ

   『標準化と品質管理』掲載    PDF版  (1.0 MB)

目次

1.使われない特許

2.知的財産戦略の転換

3.知的財産制御の方法論

3.1 特許回避(迂回設計)
3.2 発明強化

4.発明評価

5.その他の知財ツール

参考文献


解説:

TRIZ 適用事例4

勝てる知財構築への TRIZ の戦略的適用

長谷川 公彦
(アイディエーション・ジャパン株式会社)

日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 45-49
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法

1.使われない特許

企業が取得した特許権がどれだけ企業経営に役立っているかを知る指標として、保有件数に占める自社製品に使われている件数の比率(自社実施率)と他社への実施許諾している件数の比率(他社実施許諾率)がある。

企業の日本国内の特許権の実施状況を見ると、利用率(自社実施率と他社実施許諾率の合計)が約48%であり(2006年知的財産活動調査結果の概要、特許庁編)、権利取得のために投入した費用が十分に生かされていないといえる。その一方で、自社が保有している特許権は、その保護される範囲よりはるかに多くの将来性の高い知的財産を開示していることが、大きな問題である。なぜなら、その特許発明が無償で競合他社に宝のありかを教え、かつ真似するように誘っているといえるからである。

2.知的財産戦略の転換

 特許群が自社の製品や技術に対する競合他社の攻撃を防ぎ撃退することを目的として、市場に出す製品を保護するだけの「特許フェンス」を築くことに注力してきた結果がこのような状況を招いている。この状況を打開するためには(重要発明の盤石な保護を求めるのであれば)、特許群が自社の市場を保護し、競合他社の成功から利益を受け取ることを可能にする(たとえば、ロイヤルティを徴収する)ために将来の市場で優位なポジションを確保するために相手を待ち構える「特許ブロック」を築くことを考えなければならない。これを「先回り知的財産戦略」と呼ぶ。

「先回り知的財産戦略」には、不連続な市場の進化を予測することと、発明・特許を回避または強化することが有効である。米国のIdeation International社(II社)では、これらを戦略的世代進化(DE:Directed Evolution)と、知的財産制御(CIP:Control of Intellectual Property)と呼んでいるが、以下、紙面の都合で知的財産制御(CIP)に絞って説明する。

3.知的財産制御の方法論

3.1 特許回避(迂回設計)

 特許回避とは、相手方の特許発明に対する侵害防止を目的としてその回避策を考えることをいい、発明のエッセンスを保持しつつクレーム中の特定の構成要素を除去できる可能性を探るために、次の手順で思考作業を行う。

まず、特許発明に関する因果関係モデルの各ボックスに記述された言葉(構成要素)を、意味ある語句に分解する。次に、一つひとつの語句について、それが除去できないか考える。また、その語句を除去すると、クレームの保護範囲から外れるか、その語句を除去しても、当該発明のエッセンスは維持できるか、その語句なしに、どのようにして発明の目的を達成するか、を考える。

 図1は、知的財産制御の事例として示した特許発明であり、内面に塗料が付着したナットに螺合するボルトに関する実施例の一つの説明図である。ボルト1には、ねじ山部1aに続いて案内部1bが形成されている。案内部1bの外径dは、固定ナットの内径とほぼ等しく、同じ外径で先端まで続いている。溝部6は、ねじ山部1aの数山、例えば、3山から案内部1bにかけて、断面形状が台形状の溝として、周上に5本が設けられている。案内部1bにより、ボルト1をナット内に確実に挿入でき、溝6により、ナット内の塗膜を剥離できるという効果を有する。

図1 特許発明のボルトの一実施例

図2は、図1に示した特許発明に関する特許の請求項について作成した因果関係モデルの事例を示す。

上向きの矢印で繋がっている部分が特許発明の構成要素群(請求項に対応部分)であり、下向きの矢印で繋がっている部分がその作用効果を示しており、特許発明の特徴が一目で見て取れる。

図2 特許発明の因果関係モデル

因果関係モデルから除去すべき構成要素を特定した後、特許回避のアイデアを考える場合には、「要素除去のオペレータ(注1)」(発明パターン)を使用する。「要素除去のオペレータ」はII社が開発した特許回避のためのチェックリストであって、@重複、冗長な要素を見つけて除去する、A補助的機能を見つけて除去する、B要素を統合する、C要素のダイナミゼーションを考える、D要素を除去するために資源を使用する、E物質的要素の代わりに場的要素を使用する、といった項目からなっている。

図2の例でいえば、構成要素「ねじ山部の先端部のナット内径とほぼ等しい外径の案内部」の場合、これを語句「ねじ山部」、「先端部」、「ナット内径とほぼ等しい外径の案内部」に分解し、各語句の除去可能性を検討する。語句「ナット内径とほぼ等しい外径の案内部」を検討したとき、ナット内径とほぼ等しくないテーパ状の案内部としたり、案内部以外の方法でナット内へ案内を容易にする方法を採用した場合には、請求項1の保護範囲外の優れた発明が創案できるであろう。

(注1)、「オペレータ」とはII社が古典的TRIZの発明原理、分離の原則、標準解、進化の法則、効果集等の知識データベースを一つの「オペレータ・システム」として体系づけた新しい概念を表す言葉である。「オペレータ・システム」は因果関係モデルと一緒に使用することで、そこに表された問題のパターンによって、それぞれ的確なオペレータ(約500種類)が提示される仕組みになっているものであり、単なるチェックリストとは一線を画するものである。

3.2 発明強化

発明強化とは、発明の技術的パラメータの向上、コスト低減、新しい特許の獲得、新市場や新応用の発見などを含む、発明の改良を目的として、発明の弱点を除去し様々な改良をするための創造的な解決策を探索することをいい、次のような思考作業を行う。

@発明の弱点を明らかにして除去する、信頼度を増加させる、コストを削減する、その発明に関連する予想される危険性や他の望ましくない事象を低減する。
A発明が関係するシステムの有用パラメータを改善する。
B新しい特徴、特性を加える。
C他の特許を侵害する危険なしに、すべての必要な機能の実行を保証する、といった条件を満足する新しい特許可能な設計を行う。

システムの再設計を行う場合に、II社が開発した不具合予測法を使って「当該発明にどんな不具合が生じる可能性があるか?」と考える代わりに、問題を逆転させる。すなわち、故意に不具合を起こす方法を「発明する」ことを考える。

図3に、前述した特許の請求項にかかる特許発明について不具合予測をした因果関係モデルを示す。図3では、図2の請求項の因果関係モデルに、予測した不具合に関係する有害な作用(角丸のボックス)を加えた因果関係モデルになっている。

図3 不具合予測分を追加した因果関係モデル

このモデルでは、「ナット内径とほぼ等しい外径の案内部」という構成要素では、ナットのねじ山から外部に飛び出している塗膜が存在する場合に、「ボルトのねじ山部がナットのねじ山に噛み合わない」という不具合が生じることを表している。また、「ねじ山部の一部から案内部にかけて軸方向に沿った少なくとも1本の溝部」では引き込まれる塗料の量が溝部の体積より多い場合には、「溝部に塗料が目詰まりしてねじ込み際の抵抗量が増大する」という不具合が生じることを表している。

この不具合を防止するため、前述した「要素除去のオペレータ」の他、「システムの理想性を高める」、「要素を革新的に改変する」ためのオペレータを使って考える。

実務的には、特許回避だけで終わることはなく、特許回避の後に特許回避案に関連した新たな特許権の獲得を目的として発明強化(特許回避案の強化)を行う。 

前述したボルトのねじ込の事例について、特許回避した後に発明強化を行った場合に創出した50個弱のアイデアを、構成要素(左端列)と解決原理(上端行)とからなるマトリックスに整理した例を表1に示す(図中の番号はアイデアの通し番号である)。

表1 構成要素と機能と関連付けたアイデア展開マトリックス

創出されたアイデアは、解決原理(注2)として、ボルトの姿勢矯正、ねじ込み易さの追求、塗料の排除、塗料の付着防止、新たなガイド手段の導入、締結方式の変更、新たな場の利用の8種類に分類でき、このうち塗料の排除を実現するアイデアが最も多く創出されたことがわかる。

(注2) 解決原理という用語は、権利侵害を判断する上で採用されている「均等論」の判例で使用される特許業界で使用されている用語であり、その異同の有無が侵害か否かを決定づけるとされる。ここでは、敢えて特許の世界と創造の世界を繋ぐキーワードとしてこの用語を採用している。

表1では、このアイデア展開マトリックスを使ってアイデアを整理する段階で、解決原理と構成要素(資源)との新しい組み合わせを探すことで、新たに、「ボルトのねじ山部に塗料を溶かす薬剤を塗布する」、「塗料の表面張力でナットの入口を塞ぐ塗膜を形成する」、「ナットのねじ山の全長に渡る軸方向の溝を形成する」というアイデア(文字で記載しているアイデアは整理段階で新しく追加したものである)が提案できたことを示している。

実務的には、このようなアイデアの体系的整理が済んだ資料を参考にして、具体的な特許出願発明を特定するとともに、相手を待ち構える「特許ブロック」を築くための特許群を形成する段階へと進む。つまり、「先回り知的財産戦略」の第2段階に移行するわけである。

4.発明評価

知財マネージメントの主たるゴールは、@企業のためのビジネスを保護する、A企業のビジネスに対する競合他社の攻撃を防ぎ撃退する、B市場占有率を増加する、C新市場でのポジションを確立する、ことである。そのためには、特許権を獲得するに値する発明を選択するために、創出された発明を評価しなければならない。ここでは、発明評価のためにII社が開発した発明評価ツールについて紹介する。

発明評価ツールが採用している発明の評価基準は、@価値のない発明の特許を取る不必要なコストの回避とマイナス要因の除去をするための「著しく発明の価値を低減するマイナス要因の検査」、A発明の技術パラメータを向上させるための「発明の技術的なレベルの評価」、B発明とその市場の将来の効果的な拡張と成長を確かなものにするための「発明の進化の可能性の評価 」、Cその発明についての更なる開発、実施、ライセンシングなどへの投資に関する意思決定プロセスを支援するための「発明の商業価値の決定」からなる。このうち、TRIZと関連性の高い項目は「発明の技術的なレベルの評価」と「発明の進化の可能性の評価 」である。

A 「発明の技術的なレベルの評価」では、a) 技術成熟度、b) 問題の斬新さ、c) 解決策の斬新さ、d) システム変更に対する制限、e) システム・デザインの変更、f) システム機能の変更、g) システムプロセスの変更、h) システム特性、パラメータあるいは特徴の変更、i) スーパーシステムの変更、j) 利用された情報、k) 解決された矛盾、を評価する。

B 「発明の進化の可能性の評価 」では、a) システムのS曲線上の位置、b) 有用機能の進化、c) 有用機能に関連した望まれない機能および副作用の除去、d) 人間関与の変化、e) システム適応性の進化、f) 資源適用の進化、g) 生成された資源の進化、h) 統合・構造化、i) 新しい可能技術の関与、を評価する。

具体的な評価方法は、対象となる発明に詳しい技術の専門家と特許の専門家が、それぞれの評価項目について5段階評価を行うことで評価点を決める。

発明評価ツールは、以上のような評価基準についての評価点をつけることが目的ではない。むしろ、発明評価ツールを採用することで、評価項目ごとの採点結果に基づいた今後の行動指針が得られることの方が重要である。

5.その他の知財ツール

TRIZと知財マネージメントに関するII社以外のソフトウェアとしては、米国のInvention Machine社(IM社)が開発したGoldfire Innovatorがある。

このソフトウェアは、本当に必要な情報の収集を、日本語・英語・ドイツ語・フランス語を跨いでクロス検索し、世界中の特許やウェブ上のデータから知りたい情報を的確に探し出すことができる意味検索エンジンを搭載した技術情報検索ツールを備えている。そして、@ 構成要素同士の機能関係を「要素Aが機能fによって要素Bを生成する」という形式で表す機能モデルによって独立クレームをモデル化し再設計するステップと、A 特許検索を使用して再設計したモデルと同様または類似の特許が存在するかを調査するステップと、からなる特許回避ツールがある。

なお、紙面の都合により、IM社のソフトウェアについてのより詳しい説明については、(株) アイデアのHP (http://www.idea-triz.com/index.html)を参照していただきたい。

参考文献

1) Ideation International社のソフトウェア「Design Around:迂回設計(特許回避)」

2) Ideation International社のソフトウェア「Invention Enhancement:発明強化」

3) Ideation International社のソフトウェア「Invention Evaluation:発明評価」

4) Invention Machine社のソフトウェア「Goldfire Innovator」

 


 

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最終更新日 : 2013. 5.19  連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp