TRIZ/USIT 適用事例ノート | |
図を描くことの意義 (1) 「二人の子どもを安全に乗せられる自転車」の事例から |
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中川 徹 (大阪学院大学) |
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掲載:2009. 2.22; 追記: 2009. 5. 6 |
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いまここに書き始めていますのは、TRIZやUSITでの問題解決において、図を描いたこと、その図を描き変えたことによって、考えが飛躍することがある、という経験を記録しておくことです。このような経験は多くの人が持っていることですが、どのような図によって、考えがどのように飛躍したのかは必ずしも十分に記録されないことが多いと思われます。
これを記録することを思い立ったのは、いまやっている、USIT適用事例の「二人の子どもを安全に乗せられる自転車」というテーマでの発表の推敲に関連しています。これは、つぎのような段階を経て来ました。
- 2008年3月6-7 日: USIT 2日間実践活用トレーニングセミナーを実施。5人のチームで適用事例を得る。
- 2008年4月〜7月: この適用事例を記録し、順次改良。須藤、中川、他。
- 2008年9月10-12日: 第4回TRIZシンポジウムでポスター発表。「USIT適用事例: 二人の子供を安全に乗せられる自転車」、須藤哲也、坂田寛、長谷川圭一、日野桂、加藤明、中川徹。
- 2008年10月: 上記の紹介。中川の「Personal Report of Japan TRIZ Symposium 2008」の一部として。
- 2009年1月: 『TRIZホームページ』に掲載、中川が追記。
- 2009年2月: TRIZCON2009 発表論文の執筆、推敲 (坂田、中川)。
このような発表の中で、どのような図を描いたことが鍵になったのかを、それぞれの中でいくつか記述しています。USITという方法は (TRIZより以上に) 図を描くことを重視していますから、ある意味で当然のことです。それでも、技法の指示・助言に従って描いた図がすべて良い図になるわけではありません。「ほんとうに良い図」が描けたときには、一段と考えが進みます。そのようなものを記録しておきたいと思ったしだいです。
(1) 子どもの座席の高さの影響について: 倒れそうな時を前から見た図
課題の状況: 「二人の子どもを安全に乗せられる自転車」にとって、子ども座席の高さをどうするのがよいのか、議論が分かれていた。「自転車は (竹馬と同様に) 重心が高い方が、ハンドル操作によって倒れにくくできるのだ」という議論があった。一方、「座席が低い方が、倒れたときにも安全だ」という議論があった。三人乗りの自転車にとって特に危険なのは、低速のとき、止まったとき、乗り降りのとき、などであることは、すでに確認できていた。
従来の図: 自転車を横から見た図、自転車で走行しているときの図、三人乗り自転車のさまざまな改良図。
新しい図 (その観点): 自転車が止まって、親が脚を着いて支えているところを、前 (後ろ) から見た図。こども座席が高いときと、低いときを比較。子どもの体重の掛かりかたを図示。また、子どもが危険な姿勢になることがあることを図示した。
図を描いて(飛躍的に)分かったこと: 「子ども座席を低い位置にすることが安全設計の基本である」ことに、しっかりした共通理解ができた。親の脚よりも外側に子どもの体重が掛かると危険であることを認識し、高い位置ではその危険が増大することを理解した。 教訓: (1) 問題において、クリティカルな時点を捉えることが大事。 (倒れそうになっているとき)
(2) 技術システムでは、それが使われている状態で関与するものをも含めて描くことが必要。(自転車だけでなく、親と子ども(二人) も描く)
(3) 図を描くときの見る角度を適切に取ることが大事。 (横からでなく、前(後ろ) から)
(2) 理想のイメージ: 具体的なものを描かない図
問題の状況: 「二人の子どもを安全に乗せられる自転車」 について、「理想のイメージを描け」というのが、ここでUSITが要求しいている課題。
注: 技法の指針 (USIT): USITの Particles法では、このように、「まず、理想のイメージを描け」と指示する。問題解決では、したいこと (課題) は設定できているのだから、その(究極の) 理想は分かっていなければならない、と考える。理想を実現する方法は (問題解決の初期には当然) 分かっていないのだけれども、理想そのものは、イメージできていなければならない。「そのイメージを図として描け」というのがこの課題である。
従来の図: 右図はトレーニングセミナでの実際の図を集めてグループ化したものである。各メンバーらは、いろいろな改良点を考えて、理想的な三人乗り自転車の図を描こうと試みている。大部分は、自転車そのものを描き、車輪、フレーム、ハンドル、座席、などを描こうとしている。これらは何らかの観点からの改良を描こうとしているが、それが本当に最も良い設計かどうかは分からない。どうしても「理想」を描いたということができない。
新しく描いた図 (原形): 上記の図中の右上端の図だけは特別である。これは基本的に、(自転車に乗っている) 親子3人を描いている。車輪を小さく描き、ペダルの回転の円を示している。チェーンや前輪のフォークまで描きかけて止めている。この図は作者 (中川) 自身が、当初は「未完成」だという意識を持っていた。ただ、その意図は明確である。「まず、乗っている人たちがどのような位置に、どのような姿勢でいればよいのかを考える。それから、自転車の構造をイメージしていけばよい。」 -- いまの段階で考えると、意図して未完成にするのがよい。車輪は点線で描くとよい。チェーンは描かず、フォークやハンドルは描かないのがよい。フレームの構造などすべてはいろいろな具体案があってよいのだから、理想のイメージとしてはぼやかしてしまう方がよい、と考えている。
新しく描いた図: 上図を原形として、その意図を活かして描き上げたのが右である (須藤)。車輪を小さくして子どもたちの位置 (重心) を低くするのだという意図を明確にしている。従来の構造からの違いを明示するために、従来の典型的なサイズの車輪を重書きしてい。この図の優れている点は、子どもたちの配置にさまざまなバリエーションが許されることを明示したことである。前後に一人ずつでももちろんよいが、後ろに二人でも、前に二人でもよいということを明示している。自転車のフレームやハンドルやチェーンなどは、一切描いていない。それらはいろいろにイメージしてよいということである。
図を描いて (飛躍的に) 分かったこと: 右図は、上図の意図を吹き出しの形で補足説明として書き込んだスライドである。「車輪を小さくして、重心位置を下げるのがよい」という基本意図が、(いままでのスライドで説明して分かっているという前提で) この図に記入されていないのはちょっと残念である。車輪を小さくしたので、全長を変えずにホィールベースを拡げることができる。子どもたちの配置にバリエーションがありうる。親の位置を前後に調整できる。ペダル操作のための脚のスペースを確保する。などが理想のイメージであることを示している。
教訓: (1) 「理想のイメージ」とは、抽象的なものだから、具体的なものを具体的な形や位置に描こうとしてはいけない。具体的なものは後からいろいろに工夫すべきものであり、特定のものを描いてはいけない。
(2) 技術システムは、多くの場合に「道具」 (ツール、作用するもの) であり、その目的物 (オブジェクト、作用対象) の方を明示することが、「理想のイメージ」としては必要・適当であることが多い。
(3) 「理想のイメージ」は、それを実現する手段 (具体的な物、構造、方法、製造法など) を描きこもうとしてはいけない。
(4) 上記(1)(2)(3) が共通していっているのは、「理想のイメージ」は一見「未完成な図」のように見えることである。それでよいのだ、それの方がよいのだ。
(3) 三人乗り自転車の機能分析の図: すっきりと表現した図の威力
問題の状況: 「子ども二人を安全に乗せられる自転車」というテーマで、現在のシステムの機能分析の図を描こうというのが、ここでの課題。現在の典型的な例である、一人の子どもは後ろに、もう一人は前のハンドルのところにイスを取り付けて乗せているやり方をイメージして、その機能分析の図を描こうとした。USITでは、機能分析の図を大事にしており、必ず作成するようにしている。USITの機能分析の図には明確な指針があるが、その指針を満たした図を描くには実際にいろいろな場合を描いてみて、習得することが必要である。
注: 技法の指針 (USITの機能分析図) : 現在のシステムでの設計の意図を明確にするように、構成要素 (オブジェクト) 間の機能の関係の図を描け (問題点を描くことが目的ではないことに、注意する必要がある)。システム中の最も大事なもの (このシステムの存在目的) を最上位に描け。その上位にあるものに対して、有益な機能を提供しようとしているもので、直接に作用を及ぼしているもの (通常は接触して作用する) を下位に描き、その機能を矢印で示せ。これをくり返して、問題に関わる必要最小限の構成要素により、問題を含むシステムを表現せよ。構成要素の名前、機能の名前などは、できるだけ総称的 (包括的) なものにせよ。
従来の図: セミナーの際に (他の課題に時間を割いたため) 短時間で作った図を右に示す。グループでの意見をまとめながら図にするために、ここでは各構成要素 (オブジェクト) の名称をポストイットカードに書き、それらを模造紙に貼り出している。その間の矢印も同様に紙を貼る形式で表現している。
この図では、「ふらつかないこと」という要求を最上位に置き、それに対応してハンドルを上位に置いている。[この点は、中川のUSITコーステキストの中に入れていた「額縁掛けの問題の機能分析図」が、セミナーでのメンバーをミスリードしたと思われる。このテキストの図は変更したい。後日あらためて記述する。] 自転車に乗っている親 (本人) が中程にあり、子どものイスは2箇所に出てくるが、子ども自身は描かれていない。「自転車というのはいろいろな部分を持っていて複雑で、なかなか機能分析の図を描けなかった」 というのが演習時のメンバの感想である。-- セミナーの中で、グループ発表と討論の時間に、講師がいくつかの注意を指摘した。次の図はそれらの注意を踏まえて、描き直した図である。
新しい図 (USITの指針に沿った機能分析の図): セミナーの後で、USITの指針に沿った形で描き直したのが、右図である (須藤)。いくつもの点でUSITの指針にそって改良されており、分かりやすくなっている。まず、親と子どもA (前座席)と子どもB (後ろ座席) とが並んで最上段に置かれている。三人ともが自転車に乗っていることが、このシステムでの目的だから、適切な表現である。フレームが中央に描かれ、二つの車輪がその下に、また地面が一番下に広く描かれ、この図は自然に実際の空間配置を連想させる。それは、主要な機能が「乗せる」、すなわち重さを支え、空間的に支持することだから、自然にそのような表現になったというべきであろう。親がペダルを漕いで、後輪を回し、駆動力を与えることを描いている。また、親がハンドルを操作し、フォークから前輪を動かして、自転車の進行方向を決めていることを表現している。--この図は、自転車の機能的関係を表現した図として、正しく表現している、といえる。右上に写真をあしらっているのも、スライドとしては優れた配慮である。
新しい図 の改良版: 右の図は、 上図をほんの少しだけ改良したものである(中川)。オブジェクトの位置関係はほとんどそのままであるし、矢印の連結のしかたも論理的にはなにも変わっていない。しかし、図としては、ずっと分かりやすくなった。
ここで図として配慮しているのは、つぎの点である。
(a) 矢印を描くときに使っていたコネクタ機能 (オブジェクトを動かすと矢印も連動する便利な機能) をやめて、矢印を適切な位置に個別に配置させることにした。
(b) 上下方向の矢印を垂直にして、その横位置を揃えた。
(c) 矢印に添える機能の言葉を、総称的、一般的にすることにより、多くの矢印が本質的に同じ機能であることを示した。
(d) 親の機能として、推進力を与えることと、向き (進行方向) を変える (すなわち操縦する) こととがあることを示した。それらの機能が伝達され実現される仕組みを表現している。新しい図によって (飛躍的に) 分かったこと: だれでもが知っているはずの自転車の仕組みが、非常に明確になった。すなわち、(a) まず主要な機能は、「支える」 (乗せる、固定する、荷重を支える、などを含む) ことであり、これが自転車全体に行き渡っている。(b) 次の主要な機能が、「推進力を与える」ことであり、親のペダル漕ぎが、後輪から地面に伝えられ、地面からの反力として自転車が進む。(c) 第三の機能が、自転車の進行方向 (向き) を変える (操縦する) ことであり、ハンドル、フォーク、前輪の向きを変える一連の操作であるが、その可変性を保証しているのは、フレームがフォークの軸を「回転を許して支えている」からである。 -- (d) この図を見て注目すべきことは、子どもA がハンドル (およびフォーク、前車輪) によって支えられていることである。ハンドルや前輪は、向きを変えることを主要な機能としており、子どもA を支えるのは異質な機能負担である。この負担が、自転車の操作性を妨げていることが、この形態の三人乗り自転車の大きな問題点である。この問題意識の発展を後述する。-- この図を作って初めて、機能分析がやはり非常に有効であることが分かった。
教訓: (a) 図は、論理関係の表現内容は同じであっても、その分かりやすさがずっと違ってくる。図を分かりやすく表現することの努力を重ね、それを習得することがやはり大事なことである。[実際、私が本稿を書こうと思い立ったのは、上記の改良図によって、同じことでもはるかに分かりやすくなる、だから、新しい理解が得られることを実感したからである。]
(b) 機能分析の図は、TRIZにおいても、TRIZ以外でも、いろいろな方法の一部として描かれ、いろいろな形式 (大抵はUSITよりももっと自由な形式) で描かれている。その多くで、「システム内の機能関係が、こんなに複雑であることを、図として表現できた」 といっている。「表現が複雑すぎるのは、まだ整理が足りない、理解が足りないからではないか?」という認識がやはり大事なことである。「すっきりした表現」こそ望ましいことである。
(c) USITの機能分析のガイドラインに従って適切に表現された図は、上記の例のように、非常に分かりやすい。このガイドラインに従った表現を得るには、良い事例をよく学習すること、いろいろな例で改良を試み習得していくこと、が必要であろう。
(4) 新しいシステム案を位置づける: 機能分析図での表現
問題の状況: 子どもを親の前に乗せるとき、従来の典型的な自転車では、子どもの座席をハンドルの水平部分に引っ掛ける方法を取っていた。それではハンドルが重くなり、不安定であった。つい最近になって、こども座席をハンドルではなく、フォーク軸の真上に取り付ける商品が開発、市販されている。子どもの重心がフォーク軸の延長上に来るので、慣性モーメントが小さくなり、大分楽になるが、まだハンドルが重く、操縦が不安定になり勝ちである。改善する方向を考えたい。-- 子ども座席を前部のフレームに固定し、ハンドル操作に連動しないようにすることが、改善の方向であると考えられる。これを機能分析の表現によってきちんと位置づけたいと思う。
注: 技法の指針 (機能分析): 機能分析は、システムの細部の構造などを表すのではなく、それぞれの構成要素の基本的な働きを表す。だから、本質的に新しいシステムというのは、機能分析において違いが明瞭に現れるはずである。また、機能分析で図式的に違うものは、本質的に新しい案であると主張することができる。
従来の図: 前項(3) の最も新しい図 (改良図) が、この問題での出発点である。
新しい図 (市販の改良システムに対する図): 右図は、前の子ども座席を、ハンドルではなくフォーク軸の真上に固定している最近の市販システムに対する機能分析の図である。図で、子A用のイスがフォークから直接に支えられて (固定されて)いる。ハンドルはフォークから支えられていることは変わらないが、もはやイスを支えることをしていない。-- この機能分析の図は、市販の新しいシステムの構造とその機能を明瞭に表現していて、従来システムからの違いが明確である。(このような違いがあれば特許などで基本的な権利を主張できる。)
新しい図 (予備段階) (新しい改良素案に対する図): では、ともかく、前部子ども座席をフレームで直接支える (固定する) 案を作り、その機能分析の図を描いてみよう。右図がそれである。前部のイスはフォークやハンドルからは切り離され、フレームによって支えられている。ハンドル自身は基本的にいままでと同様で、フォークに支えられて (固定されて) おり、向き (進行方向)を変える機能を担っている。
-- このアイデアは極めて単純である。ただ、実際には、親とハンドルの間の前後の距離は随分短いので、その間のフレームに子どもA用のイスを固定すると、親がペダルを漕ぐスペースがほとんどなくなってしまう。
新しい図 (新しい改良案に対する図): そこで考えたことは、ハンドルの軸とフォークの軸とを切り離して、60cm ほどずらせることであった。このアイデアについては次項で改めて説明するが、その概念を機能分析の図で表現するとすれば、右図のようになる。すなわち、ハンドル(の軸) は、もはやフォークから支えられている (固定されている) のではなく、フレームから支えられており、ハンドルが回転できるように、「回転を許して支えられている」。そして、親がハンドルを操作して回転させると、その回転が (なんらかの仕組みで) フォーク (の軸) に伝えられる。
図を描いて(飛躍的に)分かったこと: この図は、機能的関係がいままでとは異なるのだから、いままでのシステムとは違う基本構造をした新しいシステムであると、主張することができる。まだ、どのように実現するかを具体的には明示していないが、概念的にはしっかりとした案ができたのだといえる。
教訓: (1) 実は、このような機能分析の図が先にできて、上記のような新しい改良案ができてきたのではない。この項の図は、今日この原稿を書きながら初めて作った図である。しかし、このような図をきちんと描いてみると、いろいろなことを明確に理解でき、明確に主張できることが、改めて分かった。頭の中で分かっているはずのことでも、図に描き出し、さらにそれを正式に記録し、説明しておくことは大事なことだと思う。
(2) この項での主張は、現在のシステムの機能分析の図をきちんと描きだしておき、またその問題点を知れば、機能分析の図で考察し、修正していくことによっても、新しいシステムの案を提案できる (はずである) 、ということである。システムがあってから機能分析図を描いて理解するだけではなく、機能分析図での修正/変更を先行させて、新しいシステムを提案できる。このような使い方を身につけることは大事なことであろう。
(3) 特許の人たちがよく知っているように、機能分析図で新しい図式になるシステムは、本質的に新しいシステム、(もし他の人たちが先に特許を申請しているのでなければ) 新しく特許を申請できる可能性のあるシステムである。だから、このような使い方は大事である。また、提案するシステムの機能分析図を描いて、それが本質的に新しいのだと確認し、主張しておくことも大事である。
(5) 親と前輪の距離を大きくする: ハンドルとフォーク軸を分離する案、前に子ども二人の案
問題の状況: 「子ども二人を安全に乗せられる自転車」という課題を追求してきて、解きたい問題が段々明確になってきた。「子どもを親より前に乗せたい。子どものイスはフレームで支える(固定する) 。ただ、いまのままでは親の前にあまりスペースがなく、ペダルを漕ぐスペース、子どもにじゃまにならないでハンドルを操作できるスペースがない。これらのスペースを確保する方法を考えよ。」
従来の図 (セミナー終了時の解決策の図): 右図は、USITの2日間トレーニングセミナーの最終段階で、グループがまとめた 3つの解決策コンセプトのうちの一つである。いくつかのアイデアを盛りこんでいるが、その中の一つが前部座席をフレームに固定するという案である。しかし、この案をよく見ると、どうもうまくいかないだろうことが分かる。親がサドルに座ってハンドルを握ると、親の両手とハンドルバーとの間に空間ができるが、子ども座席がそこに入ってくると極めて窮屈である。特に子ども座席がフレームに固定されていると、ハンドルを回したときに子どもにぶつかりそうである。また、ペダルを漕ぐスペースの確保が難しいと思われる。
従来の図 (セミナー後の改良案): 右図は、セミナー後にいろいろな考察をしてまとめ直した改良案の図である。いま、本項で注目している、前部の子ども座席については、フレーム固定という案を取り下げて、最近の市販のフォーク軸の真上に取り付ける案を採用している。これだと、二股になったハンドルの中に子ども座席が設けられており、ハンドルと子ども座席とは一体となって動くので、互いにぶつからないですむのである。
さらに改良の方向: このような状況で、7月8日になって、中川が須藤さん他グループのメンバにつぎのようなメールを送った。
「3人乗り自転車の技術としては、前部座席をどう作れるかがポイントのように思います。
- 漕いでいる位置と、前輪のフォークとの間にスペースを作る。そのために、
- 操作しているハンドルの回転軸と、前輪のフォークの回転軸とを約 60cm ずらせる !!! (どのようにして??)
まだ解決策は出ませんが、これが解決できればよいのだと思い詰めています。」
新しい解決策の案: このメールの後で、7月14日に送ってきてもらった須藤さんのポスタースライドには、右図の解決策がきれいな図としてでき上がっていた。それは私にとって、目を見張るものであった。
(a) 要求通り、ハンドルの軸とフォークの軸とが分離され、約60cm離れた設計になっている。ハンドルの回転は、リンク機構によってフォーク軸を回転させるようになっている。須藤さんがどのよにしてこの機構を思いついたのかを私は知らない。このような機構を多数知っている特許の専門家にとっては、要求が明示されれば、それを実現する手段を思いつくのは、そんなに困難なことではなかったのかもしれない。
(b) 前部の子どもの座席はフレームにしっかりと固定されており、安定である。
(c) 前部に二人の子どもを配置した。それはびっくりするような案になった。それだけのスペースが容易に作れるのだということを明示した点で意義がある。また、それ以前に作っていた「理想のイメージ」の図で、「二人ともを前に乗せる」という選択があることを指摘していたのを実現させたのである。図を描いたことで (飛躍的に) 分かったこと: この図を見て、「この解決策はきっと実現できる」と確信した。また、いろいろなメリットがある、いろいろな解決策の広がりができる、と考えるようになった。解決策を要求するという段階から、この図一枚で、具体性を持った解決策が目に見える形になった、専門家ならどんどん設計し試作できる段階になった、のである。この案には、つぎのようなメリットがあるだろう。
(a) 前部座席をフレームに固定しているので、全体が安定であり、ハンドル操作が軽くなり、操縦しやすい。
(b) ハンドル軸とフレーム軸の距離を適切に調整できるから、座席の設定、ペダルを漕ぐ脚のスペースなどを確保しやすい。
(c) 前部座席は子ども一人として、後部にもう一人乗せることにしてもよい。
(d) 前部に子ども二人という案は、こどもたちにとって見晴らしがよい。親の目が常時行き届いてよい。教訓: (a) 要求を明示することは大事なことである。自分では解決できなくても、それをきっかけにして問題解決が展開することがある。
(b) いままで当然のこととして一体で考えていたこと (この例では、ハンドル軸とフォーク軸の一致) を、分離して考えるとおおきな展開が得られることがある。
(c) 頭の中で考えていた案を図として明示することは大事である。それが急激に膨らんで、実現に近づく/至ることがある。
(d) 一つの案があれば、その良さを最大限に活かすやり方を考えていくとよい。
編集ノート (2009年2月22日、中川 徹)
この記事は、昨夕 (2/21) に思いついて書き始め、ぶっつけで1日半で書き上げたものです。少し話がとびとびになっていると感じられるところがあるかもしれませんが、一つ一つの項である程度独立できるように書いたつもりです。書いているうちに記述のパターンを作りましたので、続編をおりにふれて書いていけるとよいと思っています。あるいは、読者の皆さんが書いてくださり、ご寄稿いただけますと幸いです。
数日前に、TRIZCON2009 で発表するための論文を書き上げました。「子ども二人を安全に乗せられる自転車」について、USITの事例報告として、できるだけ考えた経過、考えた方法をきちんと表現しようとしたものです。TRIZCON の後でまた和訳できるとよいと思っています。それを読んでいただけましたら、本項の記述ももっとよく分かるかもしれません。
USITは技法 (考える方法) そのものですし、TRIZの大きな部分も技法です。技法(考える方法) というは、理論だけで習得できるものではありません。本項のような、考えた過程をきちんと書いた事例報告を学ぶことが有効です。また、もっとよいのは、もちろんマンツーマンの訓練を受けること、そして自分で実践しつつ習得していくことです。3月11-12日にUSITの2日間トレーニングを東京で開催します (案内は「中川の活動カレンダー」のページを参照ください)。ご参加を歓迎いたします。
編集ノート追記 (2009年5月6日、中川 徹)
TRIZCON2009 での発表を別ページ に掲載しました (英文スライドPDF 、英文論文PDF ) 。ご参照下さい。和訳は時間が取れそうにありません、悪しからず。
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最終更新日 : 2009. 5. 7 連絡先: 中川 徹 nakagawa@ogu.ac.jp