編集ノート
(中川
徹, 2003年 4月 15日)
ここに掲載するのは, Darrell Mann と Simon DeWulf が 1ヶ月前のTRIZCON2003国際会議で発表した, 2編の卓越した論文を和訳したものものであり, 著者らの許可を得て翻訳・掲載できるのは非常にうれしいことである。彼らの第一論文 (原題: "Updating TRIZ: 1985-2002 Patent Research Findings") を別ページに掲載しており,, ここには 第二論文 ( 「TRIZ矛盾マトリックスの現代化」, 原題: "Updating the Cotradiction Matrix") を掲載する。小生は「TRIZCON2003学会参加報告」の和文概要において, これら2編の論文を以下のように紹介した。
(2) Darrell Mann & Simon DeWulf (CREAX社, ベルギー): 1985年〜2002年の米国特許を新たに完全に分析しなおした。インドで25人の研究者を雇い, すでに 3年間掛けた。アルトシュラーの研究をより組織化・現代化して, 新しい成果を多く体系化できた。教科書 (2002年5月) 刊行済み。矛盾マトリックスを全く新しく改訂した (今年4月に本として出版予定)。ソフト開発分野, ビジネス分野を対象に特化した矛盾マトリックスもつくった。ソフトウェアツールもすでに開発している。これらの成果の要点を今回の2編の論文に例示している。-- この論文2編を近日中に和訳掲載する予定。この学会報告の英文詳細で記述したものを, 和訳してこのページの最後の編集ノート追記に引用するので参照されたい (論文をまず読んでいただきたいと思い, 追記に回した)。本件の掲載に関して, 著者および Altshuller Institute に厚く感謝する。著者: Darrell Mann (Director, CREAX nv, ベルギー) Email: darrell.mann@creax.com
Simon DeWulf (CEO, CREAX nv, ベルギー) Email: simon.dewulf@creax.com
会社: CREAX nv (Ieper市, ベルギー) Web サイト: http://www.creax.com/
学会主催: The Altshuller Institute for TRIZ Studies. Web サイト: http://www.aitriz.org/
本ページの先頭 | 論文の先頭 | 1. はじめに | 2.矛盾マトリックス探索ツール | 3. 新矛盾マトリックスのパラメータ群 | 4. 矛盾マトリックスの内容の変化の例 | 4.1 強度対重量 | 4.2 形状対安定性 | 5.ソフト問題の矛盾マトリックス | 6. 理想の矛盾マトリックス | 参考文献 | 編集ノート追記 |
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TRIZの矛盾マトリックスの現代化
Darrell Mann (CREAX社, ベルギー, Director)要約
Simon DeWulf (CREAX社, ベルギー, CEO)
古典的な矛盾マトリックスはTRIZツールキットの中で概念的には非常に重要な要素として留まっているけれども, その年齢 (古さ) のために, ユーザが現代の問題状況の広い範囲に渡って成功裏に使うには困難が生じている。本論文は, 特許および科学に基礎を置き, ある範囲の新しいマトリックスを生成するに至った体系的な研究プログラムについて議論する。特に, 本論文は技術への適用をねらいにした新しい一般的なマトリックスの創出について論ずる。この新しいマトリックスは, 元のマトリックスを形式と内容の両面から改訂した。すなわち,
これらの中の第一の領域においては, ユーザコミュニティとの多くの議論に基づき, 元の39個のパラメータリストを, 新しい50個のパラメータリストにまで増強したやりかたについて, 記述している。まず, マトリックスに含まれるパラメータのリストを改訂・拡張した。 各矛盾に対する発明原理の推奨を改訂し, 増強した。 さらに, ユーザが自分たちの特定の問題をこの総称的 (一般的) な枠組みに結びつけるのをより容易にした。 本稿ではまた, 収集した大量の研究データに基づき, 企業あるいは産業分野に特化した多数のマトリックスを生成することを論じる。TRIZの諸原理をソフトウェア産業に適用したいという関心の急速な高まりに対応して, 本稿ではこの適用分野を特にねらいとした一つのマトリックスについて記述する。
本稿の最後には, いくつかの実地の事例研究例を記述して, 新しいマトリックスが, 生成する解決策指示の質という点での性能に関して, 古典的マトリックスとどのように対比されるかを示している。
1. はじめに
古典的なTRIZの矛盾マトリックスは, 今日のユーザたちに使えるようにするために特別な考慮が必要である。本論文は, [矛盾] マトリックスを現代化 (更新) し改良する, 一つの体系的な研究プログラムの成果について記述する。これに並行した論文 (文献 [1]) に, その研究プログラムの形式と内容の詳細を述べる。また, 単行本 (文献[2]) には, この研究の成果の全体を詳述し, 特に, 新しい [矛盾] マトリックスの全体をその最も詳しい形で掲載している。本論文のねらいは, 新しい [矛盾] マトリックスを構成したときの根底にある考え方を記述し, さらに, 「理想の矛盾マトリックス」の方向に向かう長期的な戦略にこのツールがいかに適合しているかを記述している。
本稿は4つの主要な節からなる。
2. [矛盾] マトリックス探索ツール (Matrix Explorer)
[矛盾] マトリックス探索ツール (Matrix Explorer) は, われわれが分析している各特許のファイル化を容易にするのに, われわれが使ってきたソフトウェアの枠組みである。それは社内支援ツールを主眼として開発されたものであるが, [これを公開して] 未解釈の生のTRIZデータをユーザに利用可能にするのが有意義であると考えるにいたった。特に要望があったのは, 問題とするある一対の対立パラメータに対して, 一連の発明原理を関連付けて解決策を示唆するだけでなく, 問題のパラメータ対を扱っている具体的な特許にも関連付ける [アクセス可能にする] ことであった。
図1にMatrix Explorer の基本構成を例示する。これはJava言語で記述されており, オンラインの形式で利用可能なように意図されている。
図1. ソフトウェアツール"Matrix Explorer" の画面の一例
基本構造としていくつかのハイパーリンクを持っており, まず最初にユーザが [矛盾] マトリックス中のある一つの枡目上でクリックすると, その矛盾を解決するのにどんな [発明] 原理が使われてきたかを表示する。このときの表示を図1に示す。この例では, 「自動化の程度」対「装置の複雑性」という対立対を開いている。古典的 [矛盾] マトリックスで示唆されていた発明原理 (10, 15, および 24) を使って解決した特許の事例があることを示しているのに加えて, その他の [発明] 原理を使ってこの対立対に挑戦して成功した特許がいろいろあることを示している。
図2には, 上記の「その他」のフォルダのハイパーリンクを開いた結果を示す。新しい画面が開いていることが分かる。この画面には, いま考えている対立対を扱った特許たちだけを示し, それらにハイパーリンクが張られている。ここにはスペースが足りないので現れていないけれども, 特許データベースへのハイパーリンクを含む画面はまた, これらの各特許が使った発明原理を記している。
図2. ソフトウェアツール "Matrix Explorer"。特許データベースへのハイパーリンク
これら二つの図に示した画面の例は, 古典的TRIZで記述している39のパラメータを使ったときの
[矛盾] マトリックスの形式を示している。次節には, 新しい
[矛盾] マトリックスの構造で, これら [39個]
にその他の新しいパラメータを加えて, 別に構成したものを述べる。
3. 新 [矛盾] マトリックスのパラメータ群
われわれが新しい [矛盾] マトリックスの構造の形式を決めるのに使った主要な指針はつぎの二つであった。
(a) 元の [矛盾] マトリックスには十分取り入れられていなかったパラメータを含める。(特に, 元の [矛盾] マトリックスが考案されたときには, 重要だと考えられていなかったパラメータ群を含める。)この最初のテーマに関して言うと, 元の [矛盾] マトリックスを見ると, [矛盾] マトリックスの成長は技術革新の世界が徐々に展開していく歴史であることが明らかになる。特に, 「情報の量」のパラメータに対して, 元の [矛盾] マトリックス中に多数の空白の枡目がある [ことを見るとよい]。この展開の歴史に応じて, 新しいパラメータが設計プロセスで重要になってくるのである。例えば, 安全, 雑音 (騒音), 環境因子などの課題は, 今日では, 1970年代に考えられていたよりもはるかに重要である。
(b) パラメータ全体をもっと論理的で意味のある順番に並べ替える。
第2のテーマに関して, われわれは [矛盾] マトリックスのパラメータ群を並べ直して, 「諸システムがその概念形成, 幼児期から, 成熟期, 引退期へと進化するのに対応した, 一般的な発展と焦点のシフトに沿った順序」に並べることを試みた (図3参照)。
図3. [矛盾] マトリックスのパラメータの並べ替え
新しい [矛盾] マトリックスのパラメータの一覧, および, われわれがさまざまの解決策をさまざまの [パラメータに] 分類するための基礎になる, パラメータの詳細定義の一部を, 図4に示す。
新しく色で識別したカテゴリは以下のようである。
|
新パラメータ | 旧パラメータ | 備考 |
|
|
動く物体の重量 | 動く物体の重量 | 幾何学的性質のためのグループ化を理解すること。 |
静止物体の重量 | 静止物体の重量 | ||
動く物体の長さ/角度 | 動く物体の長さ | ||
静止物体の長さ/角度 | 静止物体の長さ | ||
動く物体の面積 | 動く物体の面積 | ||
静止物体の面積 | 静止物体の面積 | ||
動く物体の体積 | 動く物体の体積 | ||
静止物体の体積 | 静止物体の体積 | ||
形状 | 形状 | ||
物質の量 | 物質/材料の量 | ||
情報の量 | 情報 | ||
| | | | | | | | | | | | | | 紫 |
動く物体の作用の持続時間 | 動く物体の作用の持続時間 | ここは明白に「時間」に関するパラメータである。--古典的矛盾マトリックスのいくつかの訳にある「耐久性」ではない。 |
静止物体の作用の持続時間 | 静止物体の作用の持続時間 | 同上 | |
速度 (スピード) | 速度 (スピード) | 速度および処理時間を含む | |
力/トルク | 力 (強さ) | ||
動く物体が使うエネルギー | 動く物体によるエネルギーの使用 | 性能(パフォーマンス) と「量」に関係し, 効率あるいは「ロス」に関するものでないことに注意 | |
静止物体が使うエネルギー | 静止物体によるエネルギーの使用 | 同上 | |
パワー | パワー | ||
応力/圧力 | 応力あるいは圧力 | ||
強度 | 強度 | ||
安定性 | 物体の組成の安定性 | 「組成」 (化学的性質を含意) よりももっと一般的なことを意図する。 | |
温度 | 温度 | ||
照射強度 | 照射強度 |
|
|
| | | | | | | | 黄 |
機能の効率 | あらゆるかたちの機能に焦点を当てるのを助けることを意図する。 | |
物質の損失 | 物質の損失 | ||
時間の損失 | 時間の損失 | ||
エネルギーの損失 | エネルギーの損失 | ||
情報の損失 | 情報の損失 | ||
ノイズ (雑音) | |||
有害な放出 | |||
システムが生成するその他の有害な効果 | 物体が生成する有害な因子 | 以上ノパラメータではうまくカバーされない有害なものの全て | |
| | | | | | | | | | | 青 |
適応性/融通性 | 適応性あるいは融通性 | |
両立性/連結性 | |||
可搬性 | |||
訓練可能性/操作性/制御性 | 操作の容易さ | ||
信頼性/頑健性 | 信頼性 | ||
修復可能性 | 修復の容易さ | ||
セキュリティ | セキュリティに関するものすべて | ||
安全性/傷つきやすさ | |||
美的/見栄え | 新しく興りつつあるパラメータ。まだあまり例が多くない。 | ||
システムに働くその他の有害な効果 | 物体が受けている有害な因子 | このカテゴリの中の上記のパラメータではうまくカバーされない有害なものすべて。 | |
| | | | | 灰 |
製造可能性 | 製造の容易性 | |
製造精度/一貫性 | 製造精度 | ||
自動化 | 自動化の度合い | ||
生産性 | 生産性 | ||
システムの複雑性 | 装置の複雑性 | ||
制御の複雑性 | |||
|
検出/測定の能力 | 検出と測定の困難さ | |
測定精度 | 測定の正確さ | 新しい見出しも「正確さ」を含む。 |
図4. [矛盾] マトリックスのパラメータの改訂版一覧表
4. [矛盾] マトリックスの内容の変化の例
元の [矛盾] マトリックスの作成と今回の作成との間の期間に起こった変化を例示することを意図して,
われわれは [矛盾] マトリックスからの二つの具体的なケースを示そう。第1のケースには,
最もよく使われる対立状況の一つ, すなわち, 強度と重量との間の永年の矛盾のケースを扱い,
新 [矛盾] マトリックスにおいて得られた知見が持つ潜在的な意義を例示しよう。第2のケースでは,
元の [矛盾] マトリックスと新しいものとの間に,
もっと極端な変化が起こったことが分かった例を記述する。
4.1 強度 対 重量
図5に示したのは, 古典的 [矛盾] マトリックスの形式での「(固定オブジェクトの) 強度 対 重量」の枡目に対して, より最近の特許の研究から得た知見を, 使う前と使った後との対比である。
図5. [矛盾] マトリックスの「強度 対 重量」の枡目の改訂
この対立に挑戦する手段として, 「(発明原理 40) 複合材料」 を引き続き使っていることは多くの特許から明白であり, 実際, この [発明] 原理を使った特許の数は, 次点の [発明] 原理を使ったものの約2倍であった。この現象は, 複合材料の効用がいまや広く知られていることと, 複合材料を製造する産業が新しい応用に積極的に売り込んでいることとによって, おそらく自己増強されている。
一方, 「発明原理 31. 多孔質材料」は, 古典的 [矛盾] マトリックスでは現れていなかったが, いまや, 強度/重量の比を改良するための戦略として, 2番目に広く使われている。対立を解決するのに空孔を加えることは, その考え方として非常にTRIZ的 (すなわち, 「より少ないものでより多くを成す」精神) である。しかし, われわれは, この戦略を発明に使うことが増えた理由として, これと同様の矛盾の解決に, 「自然」が「空孔を加える」という戦略をどのよう使っているかについての知識が [人々に] 増えて来たためであると考えている。なおまた, バース大学における「TRIZと生物学」の研究プロジェクトを参照すると, 強度/重量の比の改良に空孔を使った他の例を文献 [3] に見るであろう。
強度対重量の対立を解決するのに [発明] 原理31を使った例として, 米国特許6,162,962で使われた優れた解決策を, 図6に示そう。
この発明は医療用品に関するもので, 胃腸壁を閉じるのを助ける手術で使う, 埋め込みの面素材に関係する。[特許] 研究のカタログ化に際してのいつものやり方で, われわれは特許広報のテキストを読み, 発明が挑戦している矛盾に脚光を当てる。引用すると以下のようである。
胃腸領域の手術に際して, 埋め込みの面素材を挿入して胃腸壁を強化することがしばしば必要になる。そのような面素材として,網を使うことが知られており,その材料としては, 非分解性のプラスチックであるポリプロピレンまたはポリエステル, あるいは, ゆっくりと分解するポリグラクチン910 (グリコライドとラクタイドとの9:1の共重合物) が知られていた。金属性の埋め込み素材もまた使われていた。従来の埋め込みネットにはいくつかの欠点があった。例えば, それらは比較的重かった。すなわち, 単位面積あたりの重量は, すべて 50 g/m2 以上であり, 大部分は約 100 g/m2 であった。もしその埋め込み物が分解性でなければ, かなり大きな量の外部物質が体内に永久に残ることになる。このケースで明らかなことはまた, 発明家が扱った強度/重量の対立への実際の解決策の文脈の中で, 「多孔質」とか「空孔」といった単語が言及されてないことである。空孔が解決策の必須の部分を成すという認識は, 特許広報中の図から察知せねばならなかった (図6参照)。
図6. 強度/重量比の改善のために発明原理31 [多孔質材料] を使ったシステムの例。米国特許 6,162,962。
この事実は, 決して稀なことではなく, テキストをコンピュータで分析することに対する反例を示している。例えば,
意味解析プロセサは, この特許が発明原理31 を使ったものであるとは同定しなかったであろう。
4.2 形状 対 安定性
新 [矛盾] マトリックスの「形状 対 安定性」の枡目は最も衝撃的である。なぜなら, この対立に挑戦するのに使われた発明原理の中の最も多く使われたトップ4種についていうと, 近年のものは, 古典的 [矛盾] マトリックスで推奨されたものと全く共通点を持っていない (図7参照)。古典的 [矛盾] マトリックスが構成された [経緯] の詳細情報がないので, 新 [矛盾] マトリックスが元のものに比べて, 「より良い」か「より悪い」かを十分に理解することは難しい。われわれがなんらかの精密さで言えることは, 「発明原理のランキングをするに際してわれわれは発明のレベルを考慮しており, 新しく推奨されている原理を使っているとわれわれが考える諸発明の質は, 古い推奨を使っていると考える特許の質に比べてかなり高い」ということである。
図7. [矛盾] マトリックスの「形状 対 安定性」 の枡目の改訂
5. ソフトウェアの問題のための矛盾マトリックス
古典的 [矛盾] マトリックスでも,
新しいものでも, その縦横の座標を構成するのに使っているパラメータの多くが,
ソフトウェアの問題にあまり関係がない (例えば, 重量, 長さ, 面積, 形, 体積,
温度など)。このため, 多くのユーザがわれわれに, ソフトウェアの問題に特化した誂えの
[矛盾] マトリックスを欲しいと言ってきた。そのような [矛盾]
マトリックスの可能性を検討するのに,
われわれは特許だけでなく, 特許以外のものも分析しなければならなかった。(特に,
米国以外ではソフトウェアに関する特許が許可されていないので) 雑誌や商業文献からの諸例をも含めて,
対立の解消という概念が実践されているかどうかをチェックしなければならなかった。この研究を実際に始めてすぐに,
(特許の場合には発明のレベルは一般に非常に低かったが) 40の発明の原理がすべて対立を克服するのに使われていることが分かった。また,
ある種の新しく興りつつある使用パターンが存在して, 新しい [矛盾]
マトリックスを構築することが可能であると分かった。新しい
[矛盾] マトリックス (現在 22×22 のマトリックス)
は, 最終的に公開できる形になり, 別途 (文献 [4])
として公表する予定である。
6. 理想の矛盾マトリックス
最近われわれは, Ideation Internationnnal 社と共同して, 技術的矛盾のマトリックスを拡張・更新したバージョンを作成する予定であることを, 発表した。また, 上記に概要を述べたようなソフトウェアへの適用を特別にねらったマトリックスの作成が進行しており, さらに, ビジネスの問題に対してマトリックスの適用が拡張されている。これらのことは, われわれの長期的な戦略について, いくつかの質問をわれわれに投げかけている。
このような [矛盾] マトリックスの普及においてわれわれが実際に経験していることは, TRIZが記述している基本的なトレンドの一つである。 すなわち, 「複雑性が増大し, その後に複雑性が減少する」というトレンドである。あるいはむしろ, 「構成要素の数が増大し, その後に, 構成要素の数が減少する」と言ったほうがよい。(これら二つの違いがなぜ重要かについては, より詳細には文献 [5] を参照されたい。) そこで, [矛盾] マトリックスの数が増大しつつあるのは, このトレンドの前半段階にあるシステムであることを示している (図8参照)。
図8. 構成要素の数に関するトレンド。TRIZの矛盾解消ツールに関連して。
「この特性が矛盾マトリックスの進化と関連がある」と, われわれが思うのはなぜだろうか? この質問にはいくつかの答えがある。その第1は, [矛盾] マトリックスに対するユーザのニーズと要望である。長い間, 古典的矛盾マトリックスは「十分良い」ツール, あるいは「十分な」ツールであるとみなされてきた (ただし, いくらかのTRIZ研究者たちは, それ以後この概念から完全に離れて行ってしまった)。
しかしその後, ビジネスのコミュニティがTRIZに興味を持ちはじめたとき, すぐに明らかになったことは, 「 [矛盾] マトリックスの概念的なエレガントさに関わらず, それが典型的なビジネス状況には実際的な重要さを持たない」ということであった。この現象がわれわれがビジネス用 [矛盾] マトリックスを創るに至った主要なきっかけであった。その後, われわれはソフトウェア開発の分野でも同様な問題に出会った。ここにおいてもまた, 人々は [矛盾] マトリックスの概念の洗練さに引きつけられ, その後, 彼らの具体的な問題を [矛盾] マトリックス中の一般化されたパラメータに関係づけることの困難に遭遇して, 落胆してしまう。その結果, われわれはまた, ソフトウェア [開発] の分野のニーズに対して, 特化して誂えた [矛盾] マトリックスを (上記に概要を示したように) 構築することを, わが身に引き受けたのである。
上記と同じ意味で「新しい」とは言えないけれども, [矛盾] マトリックスの概念がさらに拡大するとわれわれが思うのは, その他の [産業] 分野 (そして, いくつかの例では, 個々の企業) が特定の分野向けにカストマイズした [矛盾] マトリックスを作って欲しいとわれわれに依頼してくるからである。大抵の場合に, これらの別誂えの [矛盾] マトリックスツールは, 技術用, ビジネス用, ソフトウェア用の [矛盾] マトリックスツールを微妙に変化させたものであり, パラメータのセットを顧客の用語や業界用語に合わせて枠組みを組み直したものである。その他の場合には, われわれは, 一つの [矛盾] マトリックスから単純にいくつかの行を削除し, 与えられたタイプの状況では無関係だと考えられるパラメータを取り除いた。(例えば, 法律関係のセクターでは一般に, 研究開発にはほとんど興味を示さず, 少なくともそのような用語を使わない。)
もちろんここで認識しておくことが重要なのは, われわれがこれらの専用化 [矛盾] マトリックスを用いて, 一つの分野から他の分野にアイデアを移転させるTRIZの能力を濾し去ろうとしているのではなく, 単にユーザが自分たちの特殊の問題を総称的な問題に翻訳するのをより簡単にしようとしているということである (図9参照)。それ以上に, すべての分野を見回して, 手元の特定の問題を解決するのに使って役立つような, 最良の一般解を見つけ出すことは, [矛盾] マトリックスがするべき仕事である。
図9. 複数の [矛盾] マトリックスが, 特定の問題から一般的問題への変換を容易にする
それではつぎに, 構成要素数のトレンドの曲線の後半の部分はどういうことだろうか? 理想の矛盾マトリックスとは何だろうか? 理想の [矛盾] マトリックスとは, ユーザに最良の一般解を提示し, それでいて実際に全く存在する必要がないものである。少なくとも, ユーザに関する限りは, それは存在するべきでない。実際, 理想の [矛盾] マトリックスは図10に示すような近道を提供するであろう。
図10. 理想の [矛盾] マトリックスは .... 存在しない [矛盾] マトリックスである。
われわれはこの「理想の [矛盾] マトリックス」の萌芽をわれわれのツール「Contradiction Finder」の中に見出し始めている。このツールの無償のバージョンをわれわれのCREAX社のWebサイト上で見ることができ, また, [われわれのソフトツール製品] CreaTRIZの最新版の中にも見ることができる。(図11参照)
図11. ソフトウェア「Contradiction Finder」
「Contradiction Finder」の背後にある基本的なアイデアは, 「窮極的には, どんなバックグランドを持ったユーザでも, 自分の問題の記述を, 自分の言葉と用語で簡単に入力できるであろう」ということである。するとその入力を, 適当なアルゴリズムが分析して, 最も適切な一般解を提供する。その一般解は, 発明原理, 発明標準解, 進化のトレンド, あるいは知識ベース/[物理的] 効果のどれであってもよい。
「それならどうして, この窮極の理想解にまっすぐに進まないのか?」と,
あなたは尋ねるかもしれない。その答えは, 「増加し, そして減少する」という複雑性のトレンドの基礎にある根本的な現象の中にある。それは単純で,
特定の問題から正しい一般解に至る「正しい」道筋を作り出してしまわなければ,
[矛盾] マトリックスを消去することは不可能だからである。言い換えると,
さまざまの異なる [矛盾] マトリックスを作り上げるためのデータを収集することによってはじめて,
われわれは, 「ユーザが自分の問題を入力したときに, われわれが効果的な推奨を提供できることを保証する」だけの十分なデータを獲得するであろう。さらに言い換えれば,
普及させることが, より理想的なシステムに進むための必要不可欠なことなのである。
参考文献
[1] D.L.
Mann, S. Dewulf, ‘Updating TRIZ: 1985-2002 Patent Research findings’,
paper presented at TRIZCON’03, Philadelphia, March 2003.
[「TRIZの現代化: 1985-2002年の米国特許分析からの知見」,
中川 徹 訳, 本ホームページに掲載]
[2] D.L. Mann, S. Dewulf, B. Zlotin, A. Zusman, ‘Matrix 2003: Updating the TRIZ Contradiction Matrix’, CREAX Press, February 2003.
[3] J.F.V. Vincent, D.L. Mann, ‘TRIZ and Biology : Naturally Smart TRIZ’, paper presented at TRIZ Future conference, Bath, November 2001.
[4] D.L. Mann, S. Dewulf, J. Hey, ‘Conflict and Trade-Off Elimination Tools for Software Developers’, paper to be published, destination unknown at this point in time.
[5] D.L. Mann, ‘Complexity Increases And Then…(Thoughts From Natural System Evolution)’, TRIZ Journal, January 2003
編集ノート追記 (中川
徹, 2003年 4月15日)
小生のTRIZCON2003学会参加報告の英文詳細において, Mann と DeWulf によるこの2編の論文を小生は以下のように紹介した。[和訳: 中川, 2003. 4.15]
Darrell Mann と Simon DeWulf (ベルギー, CREAX社) による 2編の論文 [27][28] が, 今回の国際会議における最も重要な成果である。論文 [27] は「TRIZの現代化: 1985-2002年米国特許分析からの知見」という表題。良く知られているように, アルトシュラーがTRIZの基礎を創り, 発展させたときには, 特許の集中的な研究を基礎にした。しかし, それらの特許分析が行われたのは大部分が1970年代から1985年までであった。そのため, TRIZを近年学び始めた人たちが, 「TRIZのさまざまな事例がなんだか古くさすぎる」 と不満を言うことが多かった。これを克服するために, CREAX社は大規模な研究プログラムを開始し, 1985年以来現在までに登録された米国特許の全部を分析して, TRIZの原理や知識ベースの全体を再確立することを目指した。同社はインドに研究所を作り, 25人の専任の特許アナリストを雇い, 2000年開始以来いままでに約15万件の特許の分析を行った。さまざまな専門分野の特許分析の専門家たちを集め, TRIZの概念と今回の分析の枠組みを訓練した。そして, 彼ら/彼女らは, 米国特許を一つ一つレビューして, まず (アルトシュラーの基準に従って) 特許のレベルを評価し, ついで (最も低いレベルの特許を除外してから) 下記の項目を並行して明確にしていった。
(1) 発明者が特定した/解決した矛盾, およびその問題を解決するのに使った発明原理。
(2) 問題の状況と解決策の状況を, 多次元の進化ポテンシャルを示す単一のレーダ図の形式にプロットした。
(3) 問題の解決に用いた物理的・化学的・生物学的効果。
(4) 解決策の生成に用いた発明標準解, あるいは発明標準解の新しい候補。これらのすべての知見は, 特許の識別情報および人手で抽出したアブストラクトと一緒にして, パソコン上で一定形式のファイルに記録した。この研究プログラムの品質は, TRIZの概念, プログラムの枠組み, および個々の特許の内容を, 分析者たちがどれだけ終始一貫して理解しているかに懸かっている。一人の分析者が1日に約10件の特許を処理することができた, と著者たちは報告している。
この研究プログラムで蓄積した知見は, その一部がすでにDarrell Mann著の新しい教科書『Hands-On Systematic Innovation』 (仮訳: 『実践 体系的技術革新』) (CREAX社, 2002年) に反映されており, また近い将来にさまさまな形で公表される予定である。
論文[28] は, 「TRIZ矛盾マトリックスの現代化」という表題で, 上記の研究プログラムで得た第一の側面を報告したものである。アルトシュラーの矛盾マトリックスを, 改良した枠組みと最新のデータで完全に再構築したものである! マトリックスのパラメータを定義し直し, 50個に拡張している (ユーザ・コミュニティとの密接な連携・議論の結果を反映したという)。上記[27]の論文で報告した特許分析の結果を, 良く知られたアルトシュラーの矛盾マトリックスの形式で (新しいデータを) 表示するとともに, Matrix Explorer と呼ぶ新しい形式でも表示している。新しい本『Matrix 2003: Updating the TRIZ Contradiction Matrix』 (仮訳: TRIZ矛盾マトリックス 2003年改訂版) (共著者: D. Mann, S. DeWulf, B. Zlotin, and A. Zusman) を 2003年 4月に出版予定であるという。なお, Darrell Mannの教科書『Hands-On Systematic Innovation』 (仮題: 『実践 体系的技術革新』) の和訳が現在進行中である。三菱総研の創造開発イニシアティブ (ITI) を中心とした20名近くの有志技術者の共同作業 (監訳者: 中川) により, すでに全章の第1稿が完成しており, 2003年10月の出版を目指している。乞うご期待。矛盾マトリックスの内容の変化を, 論文中にいくつかの例で示している。さらに, 矛盾マトリックスを適用分野に合わせて容易にカストマイズできることを例示している。そこで, 例えば, ソフトウェア開発の問題分野に適するように編集した矛盾マトリックスは, 22×22のマトリックスで構成され, 近く小冊子として出版する予定であるという。
これらの2編の論文 [27][28]は, 膨大な研究を基礎にしており, TRIZを現代化し, 普及させるために非常に重要である。これらの論文は, CREAX社のWebサイト およびTRIZ Journal に掲載される予定であるが, 本サイト『TRIZホームページ』においても著者の許可を得て英文および和訳の両方で近く掲載する予定である。
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最終更新日 : 2003. 4.16.
連絡先: 中川 徹 nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp