TRIZフォーラム: 通信: USIT研修セミナー開催事例
USIT法企業内研修セミナー(3日間)の試行報告
 中川  徹 (大阪学院大学) 
  1999年 9月 1日 
  [掲載: 99. 9. 6]  [英文掲載: 99. 9.10]

はじめに

7月下旬に, 小生が講師をして, USIT法の企業内研修セミナー(3日間) を開催し,
技法の理解を深め・広めるとともに, 有益な成果を得た。テーマ内容を記すことはでき
ないが, 技法の進め方や研修方法について, 広く参考になると考えることを報告して,
読者の参考に供したい。本セミナーを開催し, 本報告の公表を許された国内某企業に感謝す
るとともに,USIT法の開発者Ed Sickafus 博士 (Ford社) の協力に感謝する。

1. セミナー開催の経過

本年 3月末に, 本ホームページの読者で以前から面識のあったA氏から,電子メール
が来た。同氏の勤務する国内某企業B社の研究開発部門で, TRIZの導入を始めてお
り, TRIZの紹介と導入法について講演してほしいとのことであった。 5月下旬に,
同社の研究開発部門の管理職・技術者35人に, 3時間の講演 (討論含む) をし, TRIZ
の基本的な理解, 発展方向, 適用事例, 導入法などを説明し, TRIZを簡略化した
USITの適用事例をも紹介した。この講演の後, 実地の導入のために, まず, USIT
法の研修をしてほしいとの希望があり, 今回のセミナーの企画が始まった。

小生は本年 3月にSickafus博士の (Ford社外) 第 1回USIT研修セミナーに参加[1]して
USITを習得し,それを広めたいと考えていたので, このセミナー開催に大いに期待した。
3日間コースで, 講義を半日にし, 残りを実地問題での共同演習とすることを提案した。
A氏が事務局となり,参加者の選任と演習テーマの調整など,社内準備を行い,
7月下旬の開催が実現した。

2. セミナーの性格: 演習テーマの選定と機密保持

当初の案は, 実地問題の演習テーマ 6件, 参加者12人程度であった。しかし, 社外コ
ンサルタントに対して, 守秘契約をしても, 企業機密を含む実地問題を扱うことに, 知
的財産権部門から難色が出された。これに関連して検討した基本的な形式は, つぎの 4
種である。

 形式 (1)   講義と質疑応答での一方向的伝授 → 半日〜 1日程度で十分
 形式 (2)   (1) + 教科書的問題での演習
 形式 (3)    (1) + 参加者が非機密の適当な問題を持ち込み, 共同演習
 形式 (4)   (1) + 機密を含む実地の問題を持ち込み, 共同での演習・問題解決

調整の結果, 今回は形式(3) で行うこととなり, 非機密に限定したテーマを同社が選定
した。テーマ数を 4件に縮小し, 参加者 8人 (常時参加は 6人) で行った。

3. セミナーの目標

USIT法 (Unified Structured Inventive Thinking)による問題分析とコンセプト生
成の技法を習得する。講義だけでなく, 実地(に近い)問題への適用を共同で試行し,
その討論を通じて, 技法を体得するとともに,創造的なコンセプト作りのための手がか
りを得る。

4. プログラムの概要

実施したセミナーのプログラム時間割は以下のようであった。

第 1日:
  午前:   講義:     USIT法の概要 (歴史, 概要, 適用事例 2件説明, 概念の定義)
  午後:   共同演習:  実地問題の問題定義 (問題 4件)

第 2日:
  午前:   小講義:   USIT事例 (Sickafusの事例 1件)
        共同演習:  実地問題の問題分析: 閉世界法による (問題群A 2件)
  午後:   共同演習:  実地問題の問題分析: Particles 法による (問題群B 2件)

第 3日:
  午前:   小講義:    USITの解決策生成法
         共同演習:  実地問題の解決策生成: (問題群B 2件)
  午後:   共同演習:   実地問題の解決策生成: (問題群A 2件)
           まとめ:        USIT法の社内導入法, 総合討論, アンケート記入

この時間割は, Sickafus博士のセミナー[1]を参考にしつつ, 自分なりに改良したものであ
る。講義の時間が短いのは, 講師である小生の蓄積がまだ少ないことを自覚し, 共同演
習で実際に問題を解きつつ考えることを重視したからである。 4件の問題を最初から並
行して扱い, 演習参加者が各問題を丸 2日半考えるようにしたところがミソである。共
同演習の各セッションは, Sickafus方式を採用して, 「短い説明, 各問題の分担演習,
全体での発表と討論」からなる。各参加者は, 自分が提案した問題での分析・解決を考
えるだけでなく, 必ず 2件の問題に直接に参加し, また, 全体の 4件の問題での扱い方
を同時並行的に学ぶしくみになっている。自分の問題を直接に考えている時間と, (他
の問題を扱いつつ) 間接的に考えている時間と, 休憩時間や夜・朝の自由時間とを, 組
み合わせているともいえる。

時間的には,午前 9時から, 午後 5時まで (途中, 昼食 1時間) 。初日の午後が時間的
にきついが, 他の日は各問題にじっくり時間を掛ける余裕があった。

共同演習の際のグループ討議では, 2〜4人での討議となった。討議の内容をOAボード
(電子記録式の白板) にできるだけきちんと書いていき, その自動コピーをOHPシートに
焼き付けて,全体討論に用いた。この方式は, スペースを気にせずに議論を展開・記録
でき, 清書の手間と時間が不要で, 大いに便利であった。セミナー終了後, これらの記録
をまとめて各テーマごとに問題提案者が報告/提案書をまとめた。

4. Introductionと講義のポイント

USIT法の考え方については,本ホームページで順次紹介してきている。
 ・  USITの概要とSickafus博士のUSIT研修セミナーの報告[1]
 ・  Sickafus博士の 2編の論文 (Ford社におけるUSIT導入の論理[7], 活動状況[6])
 ・  中川によるUSIT適用事例 2件 (閉世界法[4]と, Particles 法による事例[5])

また, Sickafus博士の教科書[2]やセミナー資料[3]を参考にして, 今回つぎのものを補って説
明した。
 ・  USITにおける主要概念の定義 (Sickafusセミナー資料[3], 1999年 3月)
 ・  USIT適用事例 1件 (Sickafusセミナー資料[3], 1999年 3月)

5. USITの各ステップの共同演習の状況

5.1 問題定義のステップ

上記のSickafusセミナー資料[3]において, 「問題定義」の段階を掘り下げる例が示されて
おり, 大変参考になった。「問題」を順次絞り込んでいった数段階の記述例を見せられ
ると, それぞれで考える方向が変わることが分かる。また, 「問題定義」は「根本原因」
の認識とも密接に関係する。「根本原因」の指摘は, 問題の焦点を絞り, 意味のある
解決策を能率的に探すのに寄与するが, 一方で, 問題を限定して, 問題状況を解釈する
バイアスとしても働く, とSickafusは指摘している。 [この点の記述は, 小生のいまま
での紹介記事が十分でなかったと感じている。]

実際に, 今回のセミナーでも, 参加者が最も苦労したのは, この問題定義のステップで
あった。いろいろな教科書や事例で発表されている問題では, 問題がはじめから文章で
記述されており, 関係のないことは記述されていない。しかし, 実際の問題を扱ってい
る担当者にとっては, さまざまの状況が絡み合っていて, あれもこれも重要であり, 問
題であると思っている。この中から, 本当に今回扱うべき問題を絞り込み・表現するこ
とが, (特に当事者にとって) 難しくかつ大事であることを, 参加者全員が認識した。

このような「問題の捉え方」の段階においては,やはり, 個別の問題を知らなくても,
大きな本質的な捉え方ができる力を養うことが大事であると思う。

5.2 問題分析のステップ

USITの問題分析の第一の方法は, 閉世界法である。これは, 問題のシステムを, 「
オブジェクト, 属性, 機能」という概念を用いて分析していくものであり, USITの
本流である。USITでは, 概念定義を明確にし, 「閉世界ダイアグラム」の形でシス
テムの本来の機能を簡潔に表現させようとしている。この記述法がなかなか難しく, よ
り多くの記述例を学ぶ必要があることを認識した。これに比べると, 閉世界法の中の第
2のサブステップである, 定性変化グラフの記述法は分かりやすい。

USITの問題分析の第二の方法は, Particles 法である。「理想解」をまず考え, 「
魔法の物質/ 場」としてのParticles に何をしてもらえばよいか, それにはどんな性質
があればよいかを考えていく。今回の試行の結果, ほとんどの参加者が, このParticles
法を非常に使いやすいと感じた。また, Particles 法の後に, 空間・時間の特性を記
述する「Uniqueness分析」も扱いやすく, 有効である。

5.3 問題解決・コンセプト生成のステップ

第 3日にこのステップを演習したときには, (当初の予定を変更して) Particles 法で
分析した問題群 2件を先に午前中に扱った。それは, 前日の問題分析の段階で,
Particles 法ではもうすでにかなりの解決策のアイデアが浮かんでいたので, やりや
すいと考えたからである。Particles 法での分析結果を使って解決策のコンセプト
生成をする場合には,USITの 4種の解決策技法をあまり意識することなく, 直感的
に行うことが多かった。

この際に最も意識的に行ったことは,解決策の具体案を個別に考えるのではなく, 具体
案をベースに一般化 (USITの「Generification法」) して考えることである。これ
は, つぎのような図式での思考法である。この思考法は, Mind Mappingとも呼ばれ, こ
れだけでも, 非常に強力で, 体系的な解決策を探し出すのに使われる [注: 本ホームペ
ージで紹介した, Kowalik の論文, Fobes の本の書評も参照されたい]

       .

第 3日の午後には, 閉世界法で分析した問題群の 2件を扱った。この際には,USIT
の 4種の解決策技法 (Dimensionality法, Pluralization 法, Distribution法, Transduction
法) を具体的に適用することを試みた。適用方法を身につけるには, まだまだ事
例や経験が少ないというのが感想である。それでも, 上記のGenerificationを活用して
多くのコンセプトを生成することができた。

このステップで小生が意識して試みたのは, 解決策のコンセプトをただの着想として書
き並べるのでなく, もう少し突っ込んで考えることであった。着想だけのレベルでは,
どうしてもいろいろな難点があり, 「そんなにうまくできないよ」ということで後の段
階で捨てられてしまうだろうことを恐れたのである。解決策を広げる (横に拡張する)
のがある程度進んだ段階で, 有望性・重要性の評価をし, 良いものをさらに突っ込んで
考えることにした。いろいろな難点を克服するためのアイデアをさらに付け加えて, 解
決策のコンセプトのイメージを膨らませ, これならできそうだ (あるいは, この難点さ
え解決できれば, 大いに可能性がある) と思うように, 育てることをした。この試みは
成功したと思っている。

6. 研修セミナーの評価

今回のUSIT研修セミナーは, 小生にとって最初の試みであった。講義のしかたも未
熟であっただろうし, 適用事例で説明できるものの件数が少なかったことは反省点であ
る。

研修後の参加者のアンケート回答を見ると, 問題定義の重要性, Particles 法の有効性,
複数のコンセプトを生成する方法, USITのプロセスの明確性, などに関して, 明
瞭な理解と評価が示されている。一方, USITの閉世界法の概念, USITの 4種の
解決策生成技法については, まだ十分に理解できず, よく使えないとする評価が多かっ
た。これらの点については, 今後もっと学習し, 事例を通じて習得していく必要があろ
う。

実際問題での共同演習は, それぞれの問題について大いに明確になり, 問題提案者が
予期していなかったほどの良いコンセプトが得られたものがある。USITという技法
が効果を表したと同時に, 専門の異なる技術者と一緒に共同で考えたことによる効果も
大きいと思われる。複数の人々による研修の長所である。

実際に扱った問題については, 前述のように企業機密を含まないという条件で行ったた
め, 一部の問題例については, 足袋の裏から足を掻くようなもどかしさがあった。参加
者にとっても, 問題の核心を議論できない辛さがあったことと思われる。 4件の問題の
中で一番よい成果を挙げたと思われるのは, 初日の問題定義の段階でなかなかすっきり
せず, オブザーバであった部長が直接参加して問題整理の第二ラウンドを行った案件で
あった。心配していた問題が一番良い成果を挙げたのは, 感激である。やはり, 実地の
問題, 本当に解きたい問題を扱うことが重要であることを再認識した。

7. 今後の進め方

今回の研修を足掛かりにして, この企業では, ともかくまずUSITを身につけ, 実地
に適用していくことを計画している。世話役をしたA氏が,USIT(およびTRIZ)
のエキスパートになって,社内で推進していこうと考えている。USIT以外のTRIZ
の技法,およびすでに購入しているTechOptimizer についても, 今後活用していく
ように工夫する計画であるという。このような「社内エキスパート」を中心として適用
・普及を図ることが, TRIZやUSITなどの技法を普及させる最も適切な方法であ
ると, 小生は考える。社内エキスパートなら, 企業機密に係わるような問題の核心に迫
って, 社内諸部門の技術者と一緒に問題解決を図れるからである。

小生もまた今回の経験を活かして, USIT (およびTRIZ) の一層の理解と普及を
図っていきたいと考えている。
 
 

参考文献:

[1]  「USIT法研修セミナー参加報告 (講師: Ed Sickafus, 1999 年 3月) 」, 中
        川徹, 本ホームページに掲載, 1999年 3月
[2] "Unified Structured Inventive Thinking: How to Invent", Ed. N. Sickafus,
        NTELLECK, Grosse Ile, Michigan, 1997, p. 488
[3]  USIT Training Seminar (USIT-01)  Course Materials, Ed. N. Sickafus,
        NTELLECK, Mar. 1999
[4] USIT法の適用事例報告(1) ゲートバルブからの少量の漏水の検査法」, 中川徹,
        本ホームページに掲載, 1999年 7月
[5]USIT法の適用事例報告(2) 高圧ガス入り溶融ポリマーから多孔性樹脂を成形する
        場合の発泡倍率の増大」, 中川徹, 本ホームページに掲載, 1999年 7月
[6]製品フローに創造的思考を注入する」, Ed Sickafus,第1回TRIZ国際会議,
        1998年11月, ロサンジェルス; 訳: 中川徹, 本ホームページに掲載, 1998年12月
[7]SITを企業研修プログラムに採用した論拠」,Ed Sickafus, TRIZCON99: 第1
        回TRIZ方法論と応用シンポジウム, 1999年 3月, デトロイト; 訳: 中川徹,
        ホームページに掲載, 1999年 3月
 

                                    以 上
 
 
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最終更新日 : 1999. 9.10    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp