論文: TRIZの将来方向


マッピングできないものをマッピングする:
TRIZの歴史2020〜2030年

Darrell Mann, Mubashar Rashid (Systematic Innovation, 英)
Systematic Innovation e-Zine, Issue 223, Oct. 2020, pp. 2-9.

TRIZCON2020 (2020年10月 6–7日、米国、オンライン) での発表を拡張したもの

和訳: 中川 徹 (大阪学院大学) 2020年10月30日

掲載:  2020.11.25

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  編集ノート (中川 徹、2020年11月24日)

本論文は、Darrell Mann が米国のTRIZCON2020で発表した同名の講演を、拡張して、同氏のメルマガSystematic Innovation e-Zineで論文として公表されたものです。私は、TRIZCON2020で発表しましたので、Mann のビデオ講演を事前に聞くことができました。2度繰り返して聞いて、非常に大事な論文だと認識しました。そこで、9月20日に著者とAltsuller Inst.に、TRIZCON講演ビデオの文章化と、和英での本ホームページの事後掲載を申請して、快諾を得ました。ただ、Mann の早口の講演を。文字起こしすることは私の手に負えず、小西慶久さんにお願いしています。
10月3日に、Darrell Mann が本論文のプレプリントを送って来てくれました。それを読んで、和訳を始めたのが10月26日、e-Zineが届いたのが同28日、和訳を仕上げたのが同30日でした。その前には、台湾のICSI2020でのMann の特別講演「第一原理から考える」もあって、新型コロナウイルスの危機のいま、Darrell Mann が非常に大事なことを次々に著作・発表してきているのだと強く感じました。本件の論文の和訳版だけでなく英文版をも、本『TRIZホームページ』に掲載許可をくれたのは本当にありがたいことです。

本論文でDarrell Mann は、新型コロナウイルス禍の全世界にわたる大きな深刻な危機、4−5年は続くだろう厳しい状況にあって、真の(その場しのぎでない)イノベーションを支援・リードしていくために、イノベーションをリードするべき者たち、「TRIZコミュニティ」が考え、努力して行くべき方向を熱く論じています。ぜひ、お読みください。
なお、本文中の (  ) は、著者自身の記述で、本文を読みやすくするために中川が ( )に入れたもの、一方、 [  ] は中川による補足・注記です。著者による段落区分は空行を開けています。ただ、段落が長く感じますので、あちらこちらに(空行なしの)改行を入れました。段落中の太字は中川がつけたものです。
-- そして、本ページ末尾の「編集ノート追記(中川 徹)」もお読みいただけますと幸いです。

 

目次:  マッピングできないものをマッピングする: TRIZの歴史2020〜2030年 

[新型コロナウイルスによる危機]   [危機とイノベーション]

1.  社会レベルでの課題

[ドミノ倒し]  [災害サイクルとその6つのフェーズ]  [イノベーションの時期]

2.  ビジネスレベルの課題 

[20世紀の目標は「効率化」/21世紀は「有効性最大化」]  
[複雑性(輻輳性)状況モデル(CLM)]   [危機遭遇企業の「K字型3パターン」]
 

3. イノベーションの課題

[「優れた運用」とイノベーション]   [イノベーションを再定義する]
[イノベーション能力成熟度モデル(ICMM)]   
[ガートナーのハイプサイクルとTRIZの位置]  [TRIZが幻滅の谷から抜け出すには]
[TRIZとSystematic Innovation(SI)の進化の方向]   [「輻輳性」と両立する戦略]  
[「TRIZコミュニティ」が4−5年かけてするべきこと]

参考文献

[訳注]

 

編集ノート追記(中川 徹、2020.11.24)

 

本ページの先頭

論文の先頭 社会レベルでの課題 ビジネスレベルの課題

イノベーションの課題

参考文献

編集ノート追記(中川)

英文ページ 


 

 論文: TRIZの将来方向  

マッピングできないものをマッピングする:
TRIZの歴史2020〜2030年

Darrell Mann and Mubashar Rashid
(Systematic Innovation, UK)

Systematic Innovation e-Zine, Issue 223, Oct. 2020, pp. 2-9.

(TRIZCON2020 [2020年10月 6–7日、米国、オンライン] で発表した
プレゼンテーションを拡張したもの)

「無慈悲は自然の法則であり、
急速にそして抗いがたく
私たちは運命に引き寄せられる。」
ニコラ・テスラ

国連によると、COVID-19 [新型コロナウイルス] のパンデミック [感染症の世界的流行] は世界経済に大混乱をもたらし、恐らく [1929年の] 大恐慌以来の最悪の景気後退を引き起こします。パンデミックは、地球全体に悲惨な経済的影響をもたらしました。どの国も、企業も、人々のグループも、ウイルスの影響から免れることはありません。もちろん、他よりも耐性のあるものもあるでしょうが、それでもその影響を強く感じるでしょう。繁栄している産業も大規模な一斉解雇でひっくり返えり、悲惨な結果の負のスパイラルを引き起こします。普通の人にとって、不況はどこからともなく起こり、私たちの周りの生活の様相を変えました。これを書いている時点で、世界の人口の3分の1以上が、ロックダウン [都市封鎖] の下にあり、ライフスタイル、社会生活が影響を受け、最も脆弱なグループは生存の危機にさえ瀕しています。

しかし、[感染症の] 専門家にとっては、このパンデミックは驚くことではありません。世界の統治体はパンデミックに備えるための十分な時間を持っていたのです。なぜなら、歴史を通して、パンデミックの周期的な性質は明らかだったのです。それが私たちに影響を与えないと、どうして私たちは考えることができたでしょうか?
それにもかかわらず、現にそれがやってきて、物事のありようと、その将来のありようについて、破壊的で破滅的な影響を及ぼしています。 IMFは、世界の成長率を -4.5%と推定しています。国連は去る4月に、世界の失業が世界の労働時間の6.7%を消し去ると推定しました。これは、1億9500万人のフルタイム労働者に相当する驚くべき数です。世界銀行のモデルによると、一部の地域では、2025年以降まで景気回復が達成されないだろうと示唆されています。

ジョン・F・ケネディによって観察され、その後、他の人々によって頻繁に引用されているように、「危機」という中国語の単語は、危険と機会の2つの語で構成されていると言われています。しかし、それは正しくありません。真実は、危機が選択を提示し、生き残りの思考がイノベーションの増加を促進するということです。 TRIZは、新しい思考と革新を可能にするための強力なフレームワークです。だから少なくとも理論的には、[TRIZは危機の中で] 一層関連性が高くなります。
しかし、[危機の中での] イノベーションとTRIZの関わりについて議論する前に、まず現在の状況を分析し、社会レベルとビジネスレベルの両方で私たちが直面している諸課題を特定しましょう。

 

1.  社会レベルでの課題

社会を「輻輳した創発システム」と仮定すると、予測できないことが沢山あることがわかります。しかし、これは「予測できるものがなにもない」と言っているのと同じではありません。第一原理レベルから社会を理解することにより、私たちは完全に迷子になっているわけでないと認識できます。私たちの新たな未来について予期・予測できることがたくさんあるのですから。出来事はランダムに発生しますが、それらの出来事に対する社会の反応はランダムではありません
この観点から、COVID-19はブラックスワン [あり得ないことが起こること] ではなかったと主張するのは合理的です。「それに備えない」と決定したわけでもありません。この規模でのパンデミックの発生は、専門家には知られていないことではありませんでした。 わたしたちが2009年に出版した「TrenDNA方法論」(参考文献1)を使用して、わたしたちはそれを予見さえしました。この本は、[2001年の] 9.11 から始まる20〜25年の「危機期間」の到来を予測したことに加えて、「危機は2020〜2025年の期間にわたって最高潮に達し、その後、社会は新しいメタレベルのSカーブと考えられるものに落ち着く」と予測しています。

2009年の時点で、「危機期のクライマックスを引き起こすのが、一つのパンデミックであろう」と予測できたのではありません。「その時期には、社会に沢山のぐらついたドミノがあるから、その1つが倒れたら、もっと沢山のものが倒れてしまうだろう」と、予言できたのです。それで、たとえば英国では、英国のEU離脱の悪影響により危機がさらに大きくなる可能性が非常に高くなります。増大する気候変動の問題は言うまでもありません。最初のドミノがいつどこで倒れるかを予測することは困難ですが、他のドミノが倒れていくシーケンスは、マッピング可能です

次の4-5年は地球上の多くの人々にとって心配なことでしょう。とはいえ、「危機の時期には常に勝者がおり、また敗者がいる」ことも明らかです。危機の時期は、膨大な量のイノベーションを引き起こす傾向があります。今後5年間に期待できるイノベーションの機会の種類は、「災害サイクル」を使用してプロットできます。それらの期待を描きだす前に、(参考文献2と参考文献3に基づいて) 災害サイクルとその諸フェーズを構築しましょう。


図1.災害サイクルとその6つのフェーズ

フェーズ1 災害前フェーズ: 

恐れと不確実性を特徴としています。コミュニティが経験する具体的な反応は、災害のタイプによって異なります。警告のない災害は、傷つきやすく安全性を欠いているという感情、将来への予測しなかった悲劇への恐れ、そして、コントロールの喪失、あるいは自分と自分の家族を守る能力の喪失の感覚、などを引き起こすでしょう。一方、警告を伴う災害は、警告に十分注意を払わなかったことに対する罪悪感または自責の念を引き起こすでしょう。
災害前のフェーズは、数時間からさらには数分間と短いこと(たとえばテロ攻撃の場合)もあれば、数か月に及ぶ長期間のこと(たとえばハリケーンシーズンの場合)もあるでしょう。

フェーズ2  衝撃フェーズ:

広い範囲の激しい感情的諸反応を特徴としています。災害前のフェーズと同様に、発生している災害のタイプによって具体的な反応は異なります。ゆっくりとした脅威の少ない災害は、急速で危険な災害とは異なる心理的影響を及ぼします。結果として、これらの反応は [軽い] ショックから明白なパニックにまで及ぶ可能性があります。最初の混乱・当惑と懐疑・不信の後には、通常、自己保全と家族の保護に焦点が当てられます。必需品の買いだめは、このフェーズの最も目に見える兆候の1つです。
衝撃フェーズは通常、災害の6つのフェーズの中で最も短いものです。

フェーズ3 英雄的フェーズ: 

活動のレベルが高く、生産性のレベルが低いことを特徴としています。このフェーズでは、利他的な感覚があり、多くのコミュニティメンバーが(アドレナリン衝動の)救助行動を示します。その結果、リスクの恐れは軽視されるでしょう。
英雄的フェーズは、フェーズ4にすばやく移行することがよくあります。

フェーズ4  ハネムーンフェーズ:

情緒の劇的な変化を特徴としています。ハネムーンフェーズでは、災害支援をすぐに利用できます。発生する緊急の問題(PPE [個人用保護具(?)] の欠如など)にすぐに役立つ解決策を創るために全員が協力するときに、コミュニティの絆が発生します。すべてがすぐに正常に戻るという楽観的な見方があり、非常に多くの組織が「ハッチを締め」、嵐を乗り切ることを目指すでしょう。その結果、プロバイダーや組織は、影響を受けている人々やグループと良い関係を構築・確立し、利害関係者との関係を構築するために、多くの機会を利用できます。
ハネムーンフェーズは通常、数週間または数ヶ月しか続きません。現在のパンデミック災害では、年末までに [このフェーズが] 終わるような気がします。ここでは、近づいている米国の [大統領] 選挙の結果に大きく依存するでしょう。

フェーズ5 幻滅フェーズ:

ハネムーンフェーズとはまったく対照的です。幻滅フェーズで、コミュニティや個人は災害支援の限界に気づきます。楽観主義が落胆に変わり、ストレスの負担が掛かり続けると、否定的な諸反応(たとえば、肉体的疲労、情緒的ストレス、および/または物質 [薬物] 使用など)が表面化し始める可能性があります。ニーズと支援の間のギャップの拡大は、見捨てられたという感情につながります。特に、より大きな [上位の] コミュニティが通常どおりのビジネスに復帰すると、(個人やコミュニティがサポートを受け入れる準備が整うため、)サービスに対する需要が高まるでしょう。
幻滅フェーズは数ヶ月、さらには数年続くことがあります。 それはしばしば、社会的ドミノの次々の崩壊によって拡大されます。

フェーズ6 再構築フェーズ:

全体的な回復感が特徴です。個人やコミュニティは自分たちの生活を再建する責任を負い始め、人々は損失を悲しみ続けながらも、新しい「通常」に順応します。
再構築フェーズは、多くの場合、災害の [1周年] 記念日頃に始まり、それを越えてしばらく続くでしょう。壊滅的な(いくつもの)出来事が続き、再構築段階は何年も続くかもしれません。

通常、衝撃を受けるとすぐに(フェーズ2)、サバイバルが始まり、災害に対処するための新しい方法やさまざまな解決策を見つけるための多くのイニシアチブが開始されます。しかし、ほとんどの場合、このすべての努力は有用な [急場しのぎの] 発明につながります。
本当のイノベーションは、(私たちの観察では)「幻滅期」(フェーズ5)がきちんと始まるまでは、始まらない。その理由の一部は、一時期の「熱」の後で、人々がようやく一息つくことができ、解決が必要な問題について実際に考え始めるからです。しかし、主な理由は、幻滅フェーズの間に初めて、矛盾が明らかになり始めるからです。そして、(TRIZコミュニティで一般的に知られているように、)実際のイノベーションの大部分は、矛盾が解決されたときにもたらされます。
今後4〜5年間で社会がどこまで落ちるかは、発生しつつある諸矛盾がどれだけうまく解決されたか、されていないかによって、主に決まります。これについては参考文献4の第18章で詳しく説明します。

ここでは当面TRIZに焦点を当てながら、視野をしぼって、ビジネスの世界、そこで直面する可能性のある諸矛盾、今後の数年だれが勝者となり、だれが敗者となる可能性があるかを、見て行きましょう。

 

2.  ビジネスレベルの課題

20世紀を通じてのビジネスパラダイムは「効率性」でありました。ただ、そのほとんどが標準化と最適化に偽装されていました。参考文献5 は、このパラダイムから生じる矛盾を経験した多くの先駆的な組織について、また、危機後の新しいビジネスパラダイムが、どのようなものになりそうかについて、報告しています。

表1. 20世紀の考え方と21世紀の考え方の比較

 

20世紀の考え方…

21世紀の考え方…

パラダイム

仕事をしている人間は生産の要素であり、商品やサービスの生産を担当しています。

仕事をしている人間は意味を創造する要素であり、すべての人の生活の質を向上させることを担当しています。

問題

ビジネスにおける主な課題は、差異を減らし、無駄を切り詰めることにより、運用効率を最大化することです。

ビジネスにおける主な課題は、顧客にとって最善のことを実行できるように人々に力を与え、有効性を最大化することです。

原則

運用効率は、階層化、形式化、および標準化によって、最大化されます。

有効性は、従業員と顧客の間の距離をなくし、従業員を一貫した起業家たちのエコシステムに変えることで、最大化されます。

諸企業は、「ビジネスアドバイザーたち」に忠実に従い、ビジネスからバリエーション [多様性] を叩き出し、至る所にある複雑さ(輻輳性) [下記の訳注を参照]を軽減するような、単純化を選択しました。これは、その環境もまた単純であり続ける限り、優れています。
しかし、一旦環境が変わりより高いレベルの複雑さ(輻輳性)に移行するとすぐに、(私たちの「複雑性(輻輳性)状況モデル(Complexity Landscape Model, CLM)」参考文献6〜8)に説明しているように、)その単純化がビジネスを必然的に崖淵に押しやり、カオスに陥れます。言い換えれば、そのような単純化は、環境からの変化とストレスに対して、ビジネスを脆弱にしました。

[訳注(中川、2020.10.30): 著者は、ものごとの込み入っている段階を示すのに、図2のように、simple(単純な)、complicated(複雑な)、complex(輻輳した)、chaotic(混沌とした、カオス的な)という4段階を区別します。
Complicated とは、いろいろな要素(もの/こと/性質/関係など)が絡み合って複雑だけれども、それらの諸要素をばらして考えることができ、諸要素から全体を再構成できるような状況を意味します。
Complexとは、諸要素がさらに絡み合い・「融け合って」、もともとの諸要素を組み合わせた以上の状況、諸要素をばらすことが困難な状況を意味します。たとえとして、「マヨネーズを、卵と油と酢と塩などの混合物だと言っても、それをばらすことはできないでしょう」といいます。
多くの場合に、ComplicatedとComplex とは区別されず、ひっくるめて(日本語では)「複雑な」と言います。著者が言うComplexを(Complicatedと区別して)表す適当な日本語がありませんが、ここでは「
輻輳した」と訳しておきます。(通常の英語でも、Complicated と Commplexとが十分に区別されてはいないと思われます。Complicatedを名詞にするときに、Complicatednessという語を使うことはほとんどなく、Complexityを使うのが普通だと思います。)
Complexは、それでも一つのシステムとして内部的ななんらかの秩序を持っている状況です。
Chaoticはそのような内部的秩序を持たない(ように見える)、さらに複雑で混沌とした状況を意味します。]

Nassim Talebによると、企業が脆弱になると、現実の変化に最初に遭遇したときに失敗する傾向が非常に高いといいます(参考文献9)。すると、ほとんどの企業がその運命にあるように聞こえるかもしれませんが、実際には、20世紀のパラダイムから離れて対応し、運営方法に回復力と逞しさを組み込むことを、選択することが可能です。
ここでの主な差別化要因は、企業がその構造とシステム内で、外部環境に対する複雑さ状況をどのように管理するかです。 (図1の)CLM(複雑性状況モデル)でいうと、理想的な位置はゴールデントライアングルであり、そこでは、企業は複雑な輻輳した環境に対して複雑な輻輳したシステムで処理できます。当然のことながら、この位置に到達するには、高度な社内イノベーションとイノベーション能力が必要です。


図2  輻輳性状況モデル(Complexity Landscape Model, CLM)

必然的に、すべての専門家は、現在の危機、景気後退、および回復の可能性についての見解を持っています。「現在の危機が本当に強調しているのは、事業の存続可能性と回復が、自社の管理システムの耐性に正比例していることだ」と、私たちは信じています。
したがって、この危機は、「K字型のパターンの原則」に基づいて、勝者たちと敗者たちを篩い分けていくと考えています。そこでは3つのタイプの企業を見ることができます。
タイプ1の企業は幸運にも上昇潮流の業界に属し、危機に適応することができ、その結果、上昇を続けて成功するでしょう。
タイプ2
の企業は、その対極にあり、衰退するセクターで身動きできず、適応して古いルーチンから脱出することができない企業です。彼らの行き先で最も可能性の高いのは崩壊です。
次に、タイプ3の企業があります。これらの組織は、ビジネスパラダイムの次のS-カーブに飛躍し、最適化が支配する慣行から脱出し、複雑さ 輻輳性に対応できない命令&制御のマネジメントから脱却し、非-脆弱な何ものかになるでしょう。彼らは危機から生まれる最大の勝者たちになるでしょう。


図3 危機の結果としての K字型の回復パターンの3タイ

より具体的には、この3つのタイプは現在次のようになっているように見えます。

図4. 今回のパンデミックで予想される企業群の将来

今後4〜5年でのビジネス世界の進化の可能性については、これだけです。
さて、もう一度ズームインして、イノベーションの世界を具体的に見てみましょう。

 

 

3. イノベーションの課題

過去数十年は、「最適化と単純化」というアドバイザリーとコンサルティングのマントラ [スローガン] に完全に焦点を当てた結果、ビジネスがいかに脆弱になったかが、明らかになりました。それはしばしば、「オペレーショナルエクセレンス [優れた運用]」と偽装されたものです。オペレーショナルエクセレンスは、ビジネスの運営に必要なルーチンが非常に上手になるという真の意味では優れています。しかし、しばしば誤って使用され、バリエーション(多様性)を取り除き、ビジネスを簡素化して、もはやイノベーションを起こせなくなるまでにすることがあります。
オペレーショナルエクセレンスの世界とは異なり、イノベーションの世界では、バリエーション [多様性] が良いのです。イノベーションは、過去40年間、ほとんどの組織でバズワード [流行りのお題目] に過ぎませんでした(参考文献10)。その理由はおそらく、世界の役員室のほぼすべての人々が、運用の優秀さによってそこに到達したのであり、イノベーションプロセスに必然のこと、すなわち、ルールを破ったり、継続性を破壊したり、リスクを負ったり、をして来なかったからでしょう。したがって、実際には、ビジネスリーダーの大多数は、真のイノベーションが何であるかについてまったく知らないのです。

一歩戻って、イノベーション(Innovation) を再定義しましょう。
イノベーションとは何か?間違いなく、イノベーションには新しいアイデアが必要ですが、新しいアイデアだけでは十分でありません。アイデアを実際に実装することが、イノベーションに分類される前に必要である、と主張する人もいます。では、実装したアイデアが失敗した場合はどうですか?それでもイノベーションと見なされますか?
私たちは、イノベーションとは「成功して」実装されたアイデアだけであると信じています。「成功」の定義はさまざまであり、セクターごとにさまざまな要因に依存するでしょう。それでも、実装に失敗したアイデアとは異なり、ある種の「有益な」実装を意味するでしょう。

イノベーションの語のように、非常に多くの意見や定義がある場合、企業のイノベーション能力を測定する方法を使用することは有益です。「イノベーション能力成熟度モデル(Innovation Capability Maturity Model, ICMM)」(参考文献11)は、イノベーションに関してビジネスが実際にどのように実行しているかを、より深く理解するための1つの方法です。
ICMMでは、(私たちの38年間のイノベーション論争の傷跡と1,100万件の事例研究の結果として、)5つの成熟度レベル(レベル1が最低で、レベル5が最高)を定義しました。世界の諸企業が5つのレベルにどのように分類されるかを次に示します。


図5. 世界の全企業のイノベーション能力成熟度の分布(ICMMモデルによる)

この図とTRIZの世界との関連性を言えば、TRIZツールの大部分 (そして確かにTRIZの全体的な哲学的な柱) は、(それらを適切に活用するために)レベル4の(成熟度のイノベーション)能力を要求するということです。この事実は、直近の将来においてTRIZ(の普及)にはおそらく良くないでしょう。後になって、世界にさらに多くの [K字パターンでいう] タイプ3組織(すなわち、ほぼ定義上 ICMMレベル4または5のステータスを達成した組織)が存在するときには、TRIZのツールと方法は唯一の選択肢であるでしょう。

TRIZが現在その市場の能力を追い越しているという事実が、おそらくガートナーのハイプサイクルにおけるTRIZの位置を説明しています(参考文献12)。

図6.技術(など)の受容と普及の経過を表すハイプサイクル: TRIZの状況

この図によると、「幻滅の谷」の底にいるTRIZは、これまでで最も脆弱な立場にあります。テクノロジーやビジネスの大多数は、この谷を通過できません。 幸いなことに、TRIZはイノベーションプロセスの基本を成す多くの要素を含んでいます。 「TRIZ」という名前は長期的には存続しないかもしれませんが、たとえば [TRIZの中核にある] 矛盾を解決するという概念は必然的に存続します。

もしTRIZが谷からうまく抜け出そうとするならば、「坂を転がり上がる」のはそれ自体では起こりません。 TRIZコミュニティは、一緒になってより大きなパイを生み出さねばならず、パイのかけらを取り合って争っていてはいけません。 TRIZプロバイダーはTRIZ自体を適用する必要があります。そして当然、古典的TRIZ(ここではTRIZ 1.0 という)は進化する必要があります。
私たち自身 [著者Darrell Mann] のTRIZ世界との関係は、しばしば希薄なものでした(私たちのどの本のタイトルにも「TRIZ」という言葉をもはや使っていないのは間違いではありません)。これは、私たちが常にTRIZ思考をTRIZの進化に適用しようと努めてきて、TRIZの能力を新しい分野に拡張し、他のツール、方法、思考プロセスに統合することを目指してきたためです。ラベルに [TRIZという語を使わないように] 警戒しているにもかかわらず(TRIZは私たちのものではありません!)、私たちはいままでずっと、TRIZの「2.0」および「3.0」レベルと考えられるものを作ってきました(参考文献13)。今日、世界はカオスの状況に対していかに運用すべきかをよりよく理解してきているので、わたしたちは、「4.0」の進化パラダイムへの移行を完成するために忙しく取り組んでいます。


図7.  TRIZと Systematic Innovation (SI) の進化の方向 (CLMモデルによる表現)

繰り返しになりますが、「TRIZ」は私たちが弄ぶ言葉ではないので、今後数年それを世界にどのように提示するかを決めるのは、私たちの責任ではまったくありません。
私たちが過去10年間、50カ国以上の何百ものクライアントと一緒に仕事をしてきた経験に基づいて、私たちが高い確信を持って言えることは、イノベーションには「輻輳性」と両立する戦略が求められているのに、あまりにも多くのTRIZプロバイダーが「複雑性」の世界に留まっているということです。
さらに、「ロシアの」と「ビジネス」という言葉は撞着語であるため、「TRIZ」という言葉は役員室では純粋な毒です。悲しいかな、これはイノベーションに必要なお金が置かれている場所であり、解決を必要とする核心の矛盾になります。

そうすると、この事実は私たちをどこに置いてゆくのか?

高い確実性で言えることがいくつかあります。

1) 矛盾の解決は、現在および将来のイノベーションの基盤です
2) ヘーゲル/ TRIZ / TOC [制約理論] は矛盾解決の本拠地です
3)  「TRIZ」という名前には本格的な未来はありません…
4)  …今後4〜5年間、最善の役割は「地下 [アングラ]」です…
5)  …その間中常に、2025年の統一の準備をしています…
6)  …そのとき、世界は拡張可能なイノベーションプロセスが熟しており、それが労働力の大きな割合で使われていることでしょう。

言い換えると、TRIZ「コミュニティ」は ([TRIZ以外の] 他のすべての人たちと同様に)、
      4−5年を掛けて自分自身の体制を整え
      私たちが協力して働き、
      私たち自身を世界に提示するやり方を再発明し、
      (災害サイクルのフェーズ5の)幻滅フェーズにおける矛盾解決の成功事例をできるだけ多数創り出し
      可能な限り多くの企業が(K字パターンの)タイプ3、(すなわち、ICMMモデルの)レベル4のイノベータになるように支援し、
      古い社会のSカーブの灰から(フェニックスのように立ち上がって)新しいSカーブの核心に場所を占めるように
準備する必要があります。

すなわち、私たちは現在の(ICMMモデルの)レベル0の「スタートアップ」の位置からみんなで(集合的に)脱却し、回復力のある(いやそれ以上に、壊れにくい)ビジネスモデルを創出する必要があります(参考文献14)。
その褒美は莫大です。
そして、私たちが次のことを心にしっかりと持っている限り、その褒美は私たちの手にあります。
すなわち、「闘うべき相手」は他のTRIZプロバイダーではなく、むしろオペレーショナルエクセレンス(「優れた運用」)のコンサルティングの巨人たち(すなわち、デロイト、KPMG、アクセンチュアなどの企業)であり、世界が現在陥っている危機を引き起こすのに非常に大きな役割を果たした者たちであることを。

 

参考文献

[1]  Mann, D.L., Ozozer, Y., 'TrenDNA: Understanding Populations Better Than They Understand Themselves', IFR Press, 2009

[2]  SI E-Zine, 'Crossing The Crisis Threshold', Issue 217, April 2020.

[3]  SI E-Zine, 'Disaster Cycles & Innovation', Issue 218, May 2020.

[4]  Mann, D.L., Ford, B., 'Everythink: A Gravesian Approach To Getting More Out Of Yourself And Your Relationships With Others', IFR Press, 2020.

[5]  Hamel, G., Zanini, 'Humanocracy: Creating Organizations As Amazing As The People Inside Them', Harvard Business Review Press, 2020.

[6]  Mann, D.L., 'A Complexity Landscape', www.darrellmann.com, 31 March 2019.

[7]  SI E-Zine, 'The Resilience Zone', Issue 205, April 2019.

[8]  SI E-Zine, 'The Innovation 'Golden Triangle', Issue 206, May 2019.

[9]  Taleb, N.N., 'AntiFragile', Allen Lane, 2012.

[10]  SI E-Zine , 'Defining Innovation (40 Years Too Late)', Issue 221, August 2020.

[11]  Mann, D.L., 'Innovation Capability Maturity Model: An Introduction', IFR Press, 2012.

[12]  SI E-Zine, 'TRIZ And The Hype Cycle', Issue 85, April 2009.

[13]  SI E-Zine, 'TRIZ 4.0', Issue 219, June 2020.

[14]  Mann, D.L., 'The Hero's (Start-Up) Journey, IFR Press, 2020.

 

[訳注(中川、2020.10.29): 
著者Darrell Mannは、Systematic Innovation 社を率いており、そのWebサイトは、http://www.systematic-innovation.com/ です。
毎月、Systematic Innovation E-Zine というメルマガ(20〜30頁)を発行しており、上記サイトで登録すると、無料で購読できます。
IFR Press は同社の出版部門であり、多数の著書は同社サイトで購入できます。
なお、中川 徹(クレプス研究所)はDarrell Mannの代表的な著書2件を監訳し、Amazonで販売しています。]

 


 

 編集ノート追記(中川 徹、2020.11.24)

私は、著者Darrell Mannとは、2000年頃からずっと親しくさせてもらい、その著述に傾倒してきました。
(a) 2002年、彼の最初の著書"Hands-On Systematic Innovation"を読み、和訳を決意。三菱総研知識研究グループ訳・中川監訳で、2004年に『TRIZ 実践と効用(1) 体系的技術革新』を出版(創造開発イニシアチブ社刊)。
(b) 2003年TRIZCONで、MannとCREAX社の「米国特許の全件調査に基づくTRIZの現代化」の発表を聞き、その重要性を認識。Mann らの著書”Matrix 2003 Updating the TRIZ Contradiction Matrix" (2003)を和訳、『TRIZ 実践と効用(2) 新版矛盾マトリックス(Matrix 2003)』を出版(2005年4月)。
(c)2004年に同氏の来日を得て上記(a)の出版記念講演会を東京と京都で開催。2005年の第1回TRIZシンポジウムに同氏を招き、基調講演。2006年の第2回TRIZシンポジウムに同氏が来日・発表。
(d) 2014年、『TRIZ 実践と効用』シリーズをSKIより引継ぎ、『(1A) 体系的技術革新 改訂版』、『(2A) 新版矛盾マトリックス Matrix2010』をクレプス研究所より出版。

また、最近私が提唱しました「世界TRIZ関連サイトプロジェクト(WTSP)」に際しても、まずDarrell Mannに協力を求め、Global Co-editorになってもらっています。

この十数年間、上記(a)(b)の後に、Darrell Mannには沢山の著述があります。その主要なものは次のようです。

(e) "Hands on Systematic Innovation: For Business and Management", Darrell Mann, 2004/10/1 , 538 pp.
(f) "Systematic (Software) Innovation", Darrell Mann, (2008), Paperback, 466 pp.
(g) "trenDNA: Understanding Populations Better Than They Understand Themselves", Darrell Mann, 2009/6/30
(h) "Innovation Capability Maturity Model: An Introduction", Darrell Mann, 2012/12/31, paperback, 168 pp.
(i)  "Business Matrix 3.0: Solving Management, People & Process Contradictions", Darrell Mann, 2018/3/31, 214 pp.
(j)  "The Hero's (Start-up) Journey", Darrell Mann, 2020/6/2, paperback, 258 pp.
(k)  "Everythink", Darrell Mann & Ben Ford, (2020), paperback, 288 pp.
(l)  "Systematic Innovation e-Zine", Darrell Mann, 月刊のメルマガ、2002年1月(1号)から現在2020年10月(223号)。
(m) "The TRIZ Journal", Darrell Mann (編集者&Main author), 2018年9月より。

それぞれが膨大で緻密な労作です。それらのすべてを紹介することはできませんが、主要なものの一部を順次和訳して紹介したいと考えております。和訳・掲載の仕事にご協力いただける方がありましたら、中川までご連絡ください。

 

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最終更新日 : 2020.11.25     連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp