TRIZフォーラム: 随想
英語で発信するために
 中川  徹 (大阪学院大学) 
  [富士通研究所にて, 1997年 5月28日]
  [掲載: 1999年 9月27日 ] 

編者まえがき (「TRIZホームページ」への掲載にあたって, 1999年 9月27日, 中川)

このエッセイは, 2年前に小生が富士通研究所の企画調査室で国際交流関連の仕事をしていたころに, 社内の
あるホームページに寄稿したものである。 ごく一部を削除したが, できるだけ原形のままで, ここに掲載させて
いただいた ([  ]内は今回の挿入を示す)。本ホームページの読者の皆さんの参考になれば幸いである。


英語で発信するために

  しごとの中で, 英語でのコミュニケーションが必要となる機会はますます増えてきて
いる。私はいま, 海外からの研究者の受け入れや共同研究のアレンジのしごとを担当し
ていて, 毎日何通かの英語のメールを書いている。読む, 聞く, だけでなく, 話す, 書
くことが, もっとできるようになるとよいがと, いつも思う。

  このエッセイでは, 英語で発信するための, 特に, 英語で書いて発信するための,
自分なりの修行と心がけを綴って, 読者の参考に供したいと思う。

(1) よいものを多く読むこと

  読むことが, やはり, 書くための第一の勉強である。自分が必要とする分野の, 必要
とする形態の,よいものを読むこと。研究論文, 技術のプレゼンテーション資料, マニ
ュアル, ビジネスレター, 契約書, Web ホームページ, インタネットのフォーラムの討
論の文章,個人の親密な手紙文など。教科書の英語でなく, 文学の英語でない, 本当に
必要なものをよく読むこと。

(2) 直接に話を聞くこと, 話してみること

  海外出張などで, 学会発表をしたり, 直接に人と会って話したりできれば, 非常に大
きな経験になる。できるだけ若い時からこのような機会を持てるのが望ましい。ただ,
海外でなくても,国内の国際会議や会合でも, さらに社内でも, 実地のコミュニケーシ
ョンの場はいろいろある。来訪者の技術セミナーなどを積極的に聞くとよい。

  自分の頭の中が, 日本語でなく, 英語で考えている時間を持つことが大事である。
TOEIC の英語テストなども, 英語のままで意味を理解しているかどうかを確かめて
いるのである。実地のセミナーの代用としては,ビデオテープを聞くとよい。
[例えば, コンピシュータサイエンス関連では] Stanford大学が出しているUVC ビデオ
シリーズは, 最先端の技術動向を学ぶにも, 英語を学ぶにも非常に役に立つ。

(3) ともかく自分で書くこと

  英語で書くことを身につけるには,ともかく自分で書くことから始めなければならな
い。いろいろ読んでいても, いざ書こうとすると, 最初の文から出てこない (日本語の
文を書くのでも同じである) 。

   日本語の原稿を作ってはいけない。作るとすれば書くべき項目のメモ書き程度
であるが, それなら, 英語の単語を並べたメモ書きの方がよっぽど役に立つ。
日本語とは構文が違う, 話の進め方が違うから, 日本語の原稿を翻訳しようとすると,
素直な英文が書けない。四苦八苦しながら, 英語で書き下していくことが
最良である。

(4) 英々辞典を使うこと

  辞典は, 英和辞典を卒業し, 和英辞典は使わずに, 英々辞典を使うのがよい。

  特に, 最近, 『Longman Contemporary English Dictionary 』が出て, 本当に使いやすくなっ
た。昔は, OxfordやWebster がよいといわれていたが, 自分には使えなかった。それら
の英々辞典は, 英語を母国語とする人のための辞典であった。一方, Longman は, 英語
を第二言語として学習する人たちのために作られた画期的な辞典である。説明用の基本
語彙として2000語を選び, それを使って言葉の意味を明確に説明している。文法的な説
明も分かりやすい記号で表現されている。用例も豊富であり,文章語や俗語などの運用
上の注意も適切である。小生は, 同じものを 3冊買って, 研究室と自宅と単身赴任の寮
とに置いて使っている。読んだ項目には, 黄緑色のクーピー (クレヨン型の色鉛筆) で線
を引いている。

  もう一つ, Longman から, 新しい辞典が出ている。『Longman Language Activator
という。従来の辞典が「語から意味を引く」形式であるのに対して, これは, 「意味か
ら語を引く」形式であり, 発信のための辞典であると謳っている。動詞・形容詞や抽象
名詞などを対象にし, これらを意味によってまとめて, 1052の意味キーワードのもとに
配列している。各キーワードは, さらに 3〜10程度の用途場面に分類され, それぞれに
2 〜8 程度の類語が掲げられ, それぞれのニュアンスの違いを説明した上で用例が書い
てある。ある意味で書きたいが適切な用語が分からないときに, ともかく思いつく言葉
で引いてみる。その語がキーワードでなければ, 参照すべきキーワードが書いてあるの
で, 引き直せばよい。類似の言葉の意味の違いがよく分かり, 書きたい言葉を選ぶのに
大変役に立つ。言葉の理解が深くなる。

(5) 添削してもらうこと, 繰り返し推敲すること

  私は大学院のときに, 論文の書き方を教授から厳しく懇切に指導してもらった。首っ
引きで, どういうことを書きたいのかを聞かれ, 真っ黒になるまでに教授が添削された。
その添削とタイプ打ちを 5回か10回か繰り返して初めて完成稿となるのであった。

  このような添削をしてもらえることは, 非常に幸いなことである。自分の文章は, どこが
悪いのか自分にはわからない。初歩のときはなおさらである。友達でも, 上司でも, 見
てもらえる人があれば見てもらうとよい。プロのリライタなどの添削を受ける機会は貴
重である。なぜ直されたのかが読みとれるようになるには, 自分がそれなりのレベルで
なければならない。

  もう何十編と論文や文章を書いた今でも, やはり同様の回数の推敲を繰り返している。
推敲は文章をよくする作業というよりも, 内容をよくする作業だからである。

(6) 自分の文章にすること

  初歩の段階では, 手本を使うことが多いだろう。技術論文の書き方だとか, ビジネス
レター文例集だとかの本を手本にすることも多い。ただ, 手本の文章を丸写しすると,
どうしてもちぐはぐになる。現在の状況にあっていないことも多いし, 文体がその人に
ふさわしくないことが多い。手本によく載っている決まり文句は非常に堅苦しいことが
多いから, できるだけもっとやさしい言葉を使って自分の文章で書くのがよい。自分の
文章にしてはじめて, 自分の気持ちや自分の論理を相手に伝えることができる。このよ
うな努力をしていると, 他の人が書いた文のよさが本当に分かるようになる。

(7) 言いたいこと, 論理の展開を明確にすること

  ビジネスレターであれ, 技術論文であれ, 言いたいことが明確でないときに, よい文
章が書けるわけはない。日本語でなら「なあなあ」の表現ができるし, 特に会話ではその方
が好まれるけれども, 海外にあてた英語の文章では (われわれの筆力では) それは不可
能である。何を言おうとするのかを, 論理的に明確に記述しなければならない。

  もしどうしてもすっきり書けないなら, 英語の文章力が不足なのではなくて, 方針や考えてい
ることが曖昧なのであろう。方針を練り直すか, 方針は検討中であるとの認識で書き直
すのがよいのであろう。

  分かりやすいためには, 要点や結論をできるだけ先に書く方がよい。状況説明や理由
づけは後に書くのでよい。だらだら説明して最後に結論をいうやり方では, まどろっこ
しくて読んでもらえない。このあたりのことは, 日本語の文章でも同じである。

(8) 論理の流れに添って, キーになる言葉が出てくること

  受験英語の英文和訳では, 文の後ろの方から訳していくことがよく行われる。和文を
英訳するには, また逆順にするのであろうか? 人々は, 聞く場合でも, 読む場合でも,
先頭から順に理解しているはずである。文の最後まで言われて, それから遡って理解す
る作業をしていたのでは, 追いつけるはずはない。

  だから, 英語の文章を書く場合にも, 論理の流れに沿って英文の文章が作られ,
その流れに沿ってキーになる言葉や新しい項目が出て来なければならない。
日本語の下書きの日本語流の論理の流れは, 英語流に論理の流れを作ることを妨げ
てしまう。日本語の下書きが邪魔になるのはこのためである。

(9) 積極的な姿勢で, 相手の気持ちを理解して書くこと

  海外交流のビジネスレターを書き始めた頃, 米国でPhD を取った同僚に随分直しても
らった。「手紙に時候の挨拶は必要ない。相手の応募を断るのに, こちらが謝る必要は
ない。こららの手紙にどう返事するかは相手が判断することであり, よい返事を待つと
書くのは差し出がましい。... 」などと注意された。国際的なつきあい方については,
日本人社会とは違って, 互いにもっと独立した関係を見いださねばならない。

  そのような認識の上でいうことであるが, やはり, 相手を人として誠意を尽くして接
する気持ちが大事である。相手との交渉が今どの段階にあり, 相手がどんな情報を欲し
ているか, 当方からの提案や返事に対して相手がどのように反応するだろうかは, 当然
 (ある範囲で) 推測できねばならない。その反応を予測した上で, 当方の考え方を相手
に理解してもらえるように最善を尽くすべきである。ビジネスレターであっても, 温か
い心, 積極的な心が相手に伝わることが望ましい。

   書くべき用件は, 相手が喜ぶことには限らない。相手にとって厳しい条件を提示する
こともあり, 落胆させることもある。謝罪しないといけないこともある。そのようなときにこそ,
書き方の真価が問われる。自分の気持ちをよく整理して, 温かさと積極性が伝わるよう
に, 書かねばならない。書いてから一晩寝かせて, 推敲して出すことがポイントである。

(10)  早いタイミングで応答すること

  電子メールのおかげで, 海外とのやりとりは本当に早く, 楽になった。友好関係を作
り出すためには,相手からのメールに早く応答することが要点である。検討を要する場
合には, 取り敢えずの受け取りを書いて, (例えば) 検討して 1週間後に返事すると伝
えておくのがよい。用件だけを, しゃちこばらずに書けるのが, 電子メールのよいとこ
ろである。メールを数回やりとりすれば, 面識がなくても人間関係が作れる。楽しいこ
とである。
 


あとがき (1999年 9月27日, 中川)

このエッセイの日付は97年 5月28日となっており, 小生はこの 3日後の5月31日にMITセミナーでTRIZに出逢っ
たのである。そのMITセミナーは, MITの産学共同プログラム (Industrial Liaison Program)の一環として, MITが
いろいろな分野の先生を日本に派遣して, 日本の提携企業 (研究委託などをしている企業) 向けにときどき開く
講演会であった。そのときのタイトルは「複雑なシステムの解析法」といったもので, いわゆる「複雑系」の研究の
話かと思って, MITとの窓口をしていた関係もあって出かけた。そこで, Dr. Matz Nordlund からTRIZの話を初め
て聞き, TRIZに感激したのであった。その出会いが小生の人生を変え, 小生の仕事の第3期ともいうべき
いまのTRIZの研究と普及の仕事のきっかけとなったのである。そのようなきっかけを得るもとになった点でも,
本エッセイは小生にとって思い出深いものである。

その後, 本ホームページを公開したのが, 1998年11月 1日であった。日本でのTRIZの普及を第一の目的にし
ていたから, 当然日本語で書いた。ただ, 11月17日からのTRIZ国際会議に参加するにあたって, やはりなにか
こちらから発信できるものを持っていきたいと思い, 11月15日に急遽英文ページを作成した。ロサンジェルスで
は, ポスタセッションに飛び入りで参加させて貰って, できたての英文ホームページを紹介した。この英文ページ
によって, 日本でのTRIZの活動が世界の人達に知って貰え, 関心を持って貰えて, 新しい国際的な協力関係
ができてきている。海外からいくつかの寄稿を得たのも, 今回のロシア訪問に際して温かく迎えてもらえたのも,
また, その小生の旅行レポートがTRIZ Journalに再掲されることになったのも, 日本語と英語で並行したホーム
ページを開いているおかげである。日本のTRIZ普及活動が国際的な協力関係の中で成長し, 世界に寄与して
いくことを願っている。

最後に, 小生の英語表現を懇切に添削・指導いただいたつぎの方々に感謝します。
    故 森野米三 先生 (東京大学名誉教授 (理学部化学教室))
    朽津耕三先生 (東京大学名誉教授 (理学部化学教室), 現在 城西大学)
    田中二郎氏 (現在 筑波大学電子情報工学系教授, 元 富士通 (株)国際情報社会科学研究所)

このエッセイが読者の参考になることを願って, ここに掲載します。
 
 
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最終更新日 : 1999. 9.27    連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp