TRIZ事例報告: フォード社事例(翻訳) 
ウィンドシールド/バックライトのモールディング -- きしみとバズ音のプロジェクト  (TRIZ事例研究)
  M. Lynch, B. SaltsMan, C. Young (Ford Motor Co.)
  ASI トータル製品開発シンポジウム, 1997年11月5日, デトロイト
  The TRIZ Journal, 1997年12月号掲載
  訳: 中川 徹 (1997.12.17  富士通研究所) (改訂訳: 1999. 8.30 大阪学院大学)
    [著者, Ford社, ASI社 ,および TRIZ Journalの許可を得て, 翻訳し, 本ページに掲載 1999. 9.  6。 無断複製・転載禁止]
 For going back to the English page, press: 


 まえがき (『TRIZホームページ』への掲載にあたって,   中川  徹,  99. 8.30)

本稿は, 下記の論文を全訳したものである。
  Windshield/Backlight Molding -- Squeak and "Buzz" Project  --  TRIZ Case Study
       Michael Lynch, Benjamin Saltsman, Colin Young (Ford Motor Company)
      American Supplier Institute Total Product Development Symposium,  Nov. 5, 1997,
             at Dearborn, Michigan, USA.
       The TRIZ Journal, Dec. 1997.    http://www.triz-journal.com/archives/97dec/dec-article5.html

本論文は, 1997年11月にASI のシンポジウムで発表され,同年12月にTRIZ Journalに掲載されたフォード社
のTRIZ実地適用事例であり, 記念塔的な論文である。フォード社におけるTRIZの適用のプロセスとその論
理を, 非常に具体的にかつ技術的に述べている。発表当時は, 日本でTRIZが導入され始めたばかりであり,
適用事例を知る機会がほとんどなく, 手さぐりしながら確信を持てなかった頃であったので, この論文は大変
貴重であった。小生はこの論文を読んで感激し,抄訳を富士通研究所内に紹介した。そのときの,訳者まえ
がきは,以下のようである。
 
    . 〔訳者所感: これは素晴らしい事例である。

   (a) 問題の専門家と方法論の専門家によるプロジェクトの作り方 (米国流) 
  (b) 従来技術・実験・特許をしっかり調査・検討するプロセス (米国流) 
   (c) ロードマップで代表される体系的な方法論(SIT ) 
   (d) 一般的な問題を技術の矛盾問題に定式化する方法 (TRIZの方法論) 
  (e) 技術矛盾を解消する豊富なヒントの発散的思考 (TRIZ) 
  (f) 他分野の事例を参考にして, ヒントを具体化する (TRIZ) 
これらの方法を総合して, 非常に有用な成果をあげている。

その成果は, 
  (g) 業務上の懸案課題に対して, 根本原因を解明して, 解決している。
  (h) 解決策が概念的に広範囲に渡っており, 体系的で漏れがない。
  (i) 発明とか独創性とかいう言葉が持つ行き当たりばったりの面がない。
  (j) 解決策を具体化して, 特許取得を確実に行っていると考えられる。

また, この事例の記述は非常に率直・実践的で詳細である。
   われわれはこの論文から多くのことを学び取ることができる。 
    そうだ!このようにやればよいのだ!   
                                                                         1997.12.17 中川 徹〕

この論文を翻訳・公表するための許可を,1997年12月に関係者に申請し, 著者, ASI , TRIZ Journalからの
許可は速やかに得られたが, 最終的な著作権を持つフォード社から正式許可を得たのは, 著者の一人
Mr. C. Youngの助力を得て, ようやく本年 7月下旬のことであった。翻訳および本ホームページでの公表を
許可されたつぎの関係者に厚く感謝する。

     著者:            Mr. M. Lynch, Mr. B. Saltsman, Mr. C. Young (Ford Motor Co.) 
  著作権者:      Ford Motor Co. (USA)
     学会主催:     American Supplier Institute, (Dr. Shin Taguchi) (USA)
     論文掲載:     The TRIZ Journal (Dr. Ellen Domb) (USA)

(なお, 本ホームページを許可なく複製・転載することは禁じられている。)

本論文は,公表後1年半以上経った今も,まだなおその価値を減じていない。今まで西側で公表された実
地事例の中で,解決のアプローチも,記述の深さも最も深く,非常に示唆に富む論文である。今回,日本語
訳をこのホームページに掲載できることは大変喜ばしいことである。なお,今回,TRIZ JournalのArchivesを
見直したところ, 原論文の一部が推敲されていることに気がつき, 改めて訳文を見直すとともに, 全訳にした。
[ ] 内は訳者の注であり, この注をつけるにあたって,井形弘氏 (トヨタ自動車) に助言を頂いたことを感謝す
る。

なお,訳文の最後に, 編者あとがきを書いて, 現在の小生の目から原論文を見直した所感を記したので
参照されたい。
 
 
本ページの先頭 論文の先頭 4. 問題定義 (従来の対策, メカニズム) 5.解決策のコンセプト 編者あとがき


著者について:

Michael Lynch は, 自動車分野で20余年の経験を持ち, フォード社 (Ford Motor Co.) でこの 4年間TRIZ
(発明問題解決の理論) を導入することを指導してきた。同氏は現在, フォードの北米品質センタにおいて,
非常に困難な企業的問題に, TRIZおよびSIT(構造化発明思考法)を適用する,「発明問題解決チーム」を
創設・指導している。同氏は,フォード社内の最高の技術的名誉である「ヘンリー・フォード技術賞」を授与さ
れ,米国および欧州の特許を取得した。同氏は,ローレンス工科大学の電気科学科を卒業し, Wayne State
大学の管理工学の修士号を保持している。

Benjamin Saltsman は, この 4年余りの間, 消費材および自動車産業において, TRIZ方法論を適用して
きた。特にこの 1年半余りは, フォード社の北米品質センタにおいて, 非常に困難な企業的問題を解くため
の仕事をしてきた。この期間において, 45余りの発明 (invention disclosure) を申請した。また, 申請中の一
つの特許に沿って, その権利を保護するための 2件の発表をしている。同氏は, スティーブンス工科大学の
材料科学の修士号を持ち, モスクワAutomechanical Instituteの冶金工学の修士号を持っている。

Colin Young は, フォード社において, SITおよびTRIZに 2年以上関わっている。この 1年半余りは, フォード
の北米品質センタにおいて, 非常に困難な企業的問題を解くのにこれらの方法を適用してきた。これは, 45
以上の発明の申請をもたらした。同氏は, 米国特許 1件を持ち, また申請中のものが 1件ある。また, 権利
保護のために 1件の発表をしている。同氏は, カリフォルニア大学デービス校の機械工学科を卒業し, 現在,
パーデュー大学の機械工学の修士課程を終えようとしているところである。
 

1. 序論

ウインドシールド [車のフロントガラスのこと] とバックライトのモールディング〔受け, 止め枠, 隙間止め,
シール, のこと〕のきしみ音 (squeak) [キューキューという雑音] の問題は, 数年間の懸案であった。約10年
前に金属製モールディングからプラスティック製に切り替えを計画したときから, 問題が複雑になった。この
5年間, 数チームが解決に取り組み, いろいろな解決策を作った。しかし, 残念ながら, しっかりして (robust)
廉価な解は見つからなかった。

この問題を解くのに, 車両プログラムチームが開発して最近実装した暫定的な対策は, 実際には,材料・
組み立て工数・変動費が余分にかかった。そのうえ, この対策は, 新たにばたつき問題 (バズ音, ブブブと
いう雑音) を生じ, モールディングのきしみには効果がなかった。

このように,従来の問題解決法では, きしみとばたつきの問題に対して, 適切な解決策が得られなかった。
そこで, John Megdan とPaul Ashburnがスポンサーになり, TRIZと呼ばれる発明問題解決の技法 (詳細は
6節参照) を使う特別プロジェクトを興した。そのゴールはつぎの2点である。

  1. きしみおよびばたつき (バズ音) 現象の, 技術的な根本原因を明確にする。
  2. 妥協でなくて両問題を解消する, 発明的な解決策を開発する。
 

2. チーム

  Michael Lynch               技術責任者
  Bemjamin Saltsman        製品開発技術者
  Colin Young              製品開発技術者
  William Gulker             製品開発技術者
  Michael martin            製品開発技術者
  Ellen Brown              製品開発技術者
 

3. プロセスの記述

3.1 背景情報の獲得

この段階で, 課題領域専門家 (Subject Matter Experts, SME) と緊密に協力して, 従来の実験データと方法
をレビューした。ついで, 従来の解決策をレビューし, 過去の経験を学び, 過去の努力と重複しないようにした。
さらに, 課題領域専門家にインタビュし, 製造プロセスをもレビューして, 記録されていないノウハウを吸収す
るようにした。また, これらに並行して, ベンチマーク情報を集め, 特許調査をして, 技術の現状 (state of the
art) を掴んだ。この段階で, 問題を技術的に記述し, 矛盾を定式化した。

3.2 問題の定式化

この段階で, 心理的慣性を破るための, 構造的思考プロセスを採用することが, チームメンバにとって必須で
あった。われわれの以前の経験では, 外部のTRIZコンサルティング会社がTRIZのすべての面を示して参加
者を圧倒し, 一方,方法論の基本的な思考プロセスを十分説明する時間を持たつことをしないでいた。(SRL
物理部門マネジャの) Ed Sickafus もこのことを懸念しており, その問題を解決する自社製の「構造的発明思
考 (Structured Inventive Thinking, SIT) 」のコースを開発していた。そこで, チームメンバ全員がこのトレーニ
ングを受けるもうに推奨された。

プロジェクトはこの時点までで,問題を適切に定義し,矛盾(複数)を定式化することができた。これによって
普通かなりの数の概念的解決策(conceptual solutions)を得ることができる。

3.3 解決策の開発

この段階で, チームはTRIZソフトを使い, 解決策の全空間をカバーするようにした。これにより, 多様な工学
分野を見渡すことができ, 他の産業分野で使われているかもしれない潜在的な解決策を見出すことが, でき
るようになった。


4. 問題定義

チームは技術的な背景情報を深く検討し, 問題に関する基本的な物理学を十分理解 するようにした。

過去 5年間に, 何件かの代替策が試みられ, 相当な実験が行われていた。技術者の 少人数のチームがこ
の情報を分析し, TRIZ方法論と一致するやり方で構造化した 。

さらに, チームは, 過去数年間にわたって, この課題に関わった仕事をしたキーとなる個人に会い, 問題を十
分に理解するようにした。質問票を作り, 課題領域専門家 (SME)の一人一人と討論した。これらの情報の
大部分は, 後述のロードマップAにまとめられている。

4.1 きしみ(キューキューいう雑音)

きしみのテスト実施は,大部分が外部の会社(ミシガン州トロイのDefiance STS) に委託されていた。そのテ
スト装置の設定をわれわれが最近レビューしたところ, いくつかの大きな欠点が指摘された。湿気, 品質, お
よびテスト資料の扱いなどの重要なテストパラメタがよく管理されていず, テストの再現性が乏しい結果にな
っていた。実験設備と実験方法を改良する提案をし, その提案は今後の検証実験の前に実装されて, 有効
な結果を作り出せるように保証されるであろう。

課題領域専門家とのインタビュに基づき, きしみは, 環境条件に大きく依存する現象によって引き起こされる
と結論づけられた。温度の影響が最もおおきな効果を持っているように見える。比較試験の結果は, 低温 (
すなわち, マイナス20度C ) のときにきしみが最も顕著であることを示していた。50dB以上の音が問題である
と判断した。

4.2 ばたつき (Flutter) (バズ音 (Buzz, ブブブという音))

この問題は比較的新しかったので, われわれのレビューでは限られたテストデータしか得られなかった。典
型的には,向かい風で走行時速55マイル以上のときに, このばたつき (あるいはバズ音) が生ずる。クリティ
カルな環境条件を管理することができ, 風洞内で車の向きを変えられるような風洞を使えば, この条件をシミ
ュレートしてテストできる。

4.3 問題解決のいままでの試み

グループは, いままでの解決策を分類して, ロードマップの形式に表わした。ロードマップの目的は, ウインド
シールド/ バックライトのモールディングのきしみとばたつき (バズ音) の問題を解くための, この数年間の
ての試みを把握することであった。以下に示すロードマップがこの情報をまとめたものである。以下には,各
レベルについて説明をしておく。

4.3.1 ロードマップA

重要: このロードマップは,本プロジェクトの開始以前の状況を示す。
 
   .

     ロードマップ A  (原図/縮小)

 [ 訳注: ロードマップの原図は上図のような横書きのトリー形式である。この和訳においては, 記述の容易さ
とスペースの関係で縦書きの表形式で表わす 。]
 
 
ウインドシールド/ バックライトのモールディングの問題のロードマップ A
(A層) (B層) (C層) (D層)
きしみの問題
 
 

(固着と滑り)

In-the-rabbit デザイン (スタイルに影響するので取り上げず)
動きを良くする 接触点の形状 ・ ミクロレベル 
・ マクロレベル 
潤滑  ・ flocking (毛くずつめ)
・ 水性滑りコーティング 
・ グリース(Krytox)  
材料を変える ・ 柔らかい材料  
・ 固い材料
・ 押し出し 
・ RIM (Reaction Injection  Molding) 
動きを押さえる ヒンジデザイン ・ 2 部品デザイン 
ばたつきの問題

(安定性が低い)

安定性を増す 固さを増す ・ より固い材料
・ より厚いリップ(縁)
縁の下部圧力が 
   高くなるのを
   防ぐ  
発泡ふさぎもの ・ 入り口部分に
・ 空洞全体に詰める
・ 注入    
排気   ・ 屋根に排気    
・ モールディングに孔 
温度効果 ( 従来の対策なし)  

ウインドシールド/ バックライトのきしみとがたつきという型の問題は, 二つの主要なカテゴリに分類される。
      1. きしみ
      2. ばたつき (バズ音)

まず最初に, ロードマップのきしみの部について考察しよう。

4.3.1.1    A層

きしみは,固着−滑りのメカニズム (Stick-Slip Mechanism) で引き起こされることが知られている。

4.3.1.2    B層

モールディングにおける固着−滑り現象は,伝統的につぎの3種の方法のどれかで扱われてきた。すなわち,
動きを促進する,動きを禁止する,そして in-the-rabbitデザインである。

固着- 滑り現象は, モールディングのリップ (縁, へり) とシートメタルとの接触点において, リップの動きを促進
する (滑り) 立場か, リップの動きを禁止する (固着) 立場かの, どちらかによってアプローチできる。In-the-
rabbit デザインは, モールディングのリップをラビット内に納めるものであり, 基本的に異なるアプローチである。
ただし, このデザインはスタイルに悪い効果を持つので, 本分析では有効な代替案とはみなさない。

4.3.1.3  C層

過去数年間の大抵の努力は,動きを促進する領域に集中している。考察の方向は,接触点の幾何学的形状
の変更,潤滑,および材料の選択である。

蝶番デザインが,動きを禁止する方向の唯一のコンセプトレベルのアプローチであるように見える。

4.3.1.4    D層

接触点の形状の種々の代替案が検討された。マクロレベルのもの(Stipple[ぎざぎざ(?)], 尖った先端, 丸い先端)
あるいはミクロレベルのもの (RIM (Reaction injection molding)は粗い表面を作る; 通常の押し出し成形はより
滑らかな表面を作る) がある。

潤滑は, 最も自明のものであり, その結果, 最もよく検討されている領域である。従来の試みは, Krytoxのような
高価な潤滑剤から, 現在主要モールディング供給者が使っているAttchison Colloid にまで渡っている。このカテ
ゴリに含まれるものに, flocking (詰めもの) もある。潤滑の弱点は, 適用の頑健さ (robustness, 適用度の広さ)
と必要とする費用とにある。

モールディング素材は, 検討とテストのもう一つの領域である。柔軟な素材は, きしみの観点からはよりよい
性能を示すが, ばたつきに関してはより問題を含む。

蝶番デザインは, はじめは二分割モールディングデザインの形で実装された。その後, リップ全体の曲がりに
よって動きを吸収するようにした, 単一モールディングの試みがなされた。どちらのデザインもばたつきが起こ
りやすい (prominent to flutter) 。

ではつぎに, ロードマップのばたつき (バズ音) の部考察する。

4.3.1.5    A層

ばたつき(バズ音)現象はモールディングのリップの低安定性により起こっていることが分かっている。この効
果が観測される典型的なケースは,常温から高温の領域で,(時速55マイル (約90km) を越える) 高速走行
時で, 特に強い向かい風の場合である。

4.3.1.6  B層

安定性を増すことは, 低安定性問題を解決する自明のアプローチである。

空気圧がリップの下で高くなることが, 不安定性をひきおこしているものと疑われ, いくつかの解決策をもたら
している。

さらに, 技術氏たちは, (プラスチックが高温で柔らかくなり, 低温で固くなる) 温度効果の懸念を認めたが, この
効果を検証する試みはなされていなかった。

4.3.1.7    C層

リップの安定性を増すことは, 硬さ(stiffness) を増すことと表現されている。

フォームブロッカー(foam blocker)は, リップの下で空気圧が高くなるのを減らすことを目指す基本的な概念的
アプローチである。それに加えて, 空洞内の圧力を逃がす (減じる) 試みもなされている。

4.3.1.8    D層

硬さを増すことは, より硬い材料を選択し, リップの厚さを増すことで実現することが示唆されている (ただし,
これはきしみ音を悪化させることになるだろう) 。

フォームブロッカーは,リップの下に注入してその場で発泡させるという永久的な解決策の形と,もう一方,A
ピラーの底部の 2インチであった部品を, 最近, A-ピラーの長さ全体にわたる発泡部品取り替えたという暫定
的な対策の場合とがある。いうまでもないことであるが, この解法は余分なコストがかかる上に, 長期間の耐用
性に疑問がある。

空気圧を逃す分野では, 2 種の方向が探究されている。屋根に逃がす方向とモールディングに穴を作る方向
である。これらの方向はともに,外観上の問題がある。

4.3.2    特許調査

固定ガラスのモールディングの技術について, 技術の現状を判断するために簡単な特許調査をした。1990〜
96年の期間の特許を詳しく調べた。この特許分析の統計的な結果は以下のようである。
 
 
特許の分類 (クラス/ サブクラス)  ヒット件数
  296/93     ウインドシールドの天候用ストリップ
 296/192    ウインドシールドのカバー   
   436
   140

39件の関連特許を検討した。われわれの分析の結果はつぎのようである。
 
 
・ 日本がこの特許競争において非常に優勢である。
         - 一つの日本の会社 (東海工業KK) が世界の特許の47% を持っている。
・ 大部分の特許はモールディングの構造またはその製法を記述している。
    - 構造: 大抵のモールディングは単一のものか, 二つの傘型のもの。
         - 製造プロセス: 押し出し成形, 共押し出し成形, RIM
・ きしみ/ バズ音に関連する問題に明瞭に言及している特許はひとつもない。
・ いくつかの特許が水の流れの問題に関連している (開いている横窓から水が車 内に入りこむのを防ぐ)

4.4 きしみ (キューキューという音) のメカニズム
 

きしみが起こる原因は, モールディングと塗装された車体シートメタルとの接触点での, 固着と滑りの現象による。

左図の図式が示すように,静止摩擦から動摩擦に移る際に放出されるエネルギーが可聴範囲の音となって伝送する。

4.5 ばたつきのメカニズム
 
 
ばたつきは高速の現象である。それは,第一義的には,ベルヌーイの原理によって起こる。

高速の気流が翼の形をした〔断面の〕モールディングの上を流れると, 外側の圧力が低下して,持ち上げるように力が働く。同時に, 車体内部のAピラー〔車のフロントガラスの両横にある車体を支える柱のこと〕とモールディングの間の空洞がやや加圧されて, 力が強くなる。

[ モールディングが持ち上がって] 圧力が開放され, これが周期的に起こって, バズ音 [ブブブという音] として聞こえる。
 


 
 
ばたつき (バズ音) は, ある種の高速流の条件下で起こる, 圧力の不安定な変動によって引き起こされる。空気が, Aピラーとウインドシールドとウレタンとモールディングとの間にある隙間のカバーされたチャネルに入る。この空気の圧力が徐々に高く なり,モールディングのリップを持ち上げるに至る。リップが持ち上がると圧力が解放され,すぐにリップは閉じてシートメタルにふたをする。このプロセスが繰り返される。

さらに,その他の現象,例えばカルマン渦流など,がばたつき(バズ音)に寄与しているかもしれない。
 

5.解決策のコンセプト

5.1  ロードマップB

重要: このロードマップは,本プロジェクトの完了後の状況を示す。
 
 
   .

ロードマップB  (原図/縮小)

( 注: 本プロジェクトによって得られた解決策は, 灰色の箱で示している。)  [訳注: 下記の表では★印で示す。]

[ 訳注: 原図は上記のように横書きのトリー図であるが, スペースの都合でここに は縦書きの表の形式で示す。]

 
ウインドシールド/ バックライトのモールディングの問題のロードマップ B
(A層) (B層) (C層) (D層)
きしみの問題
 
 

(固着と滑り)

In-the-rabbit デザイン (スタイルに影響するので取り上げず)
動きを良くする ★表面の修正  ★ プラズマ変性 
★ フッ素処理  
接触点の形状 ・ ミクロレベル 
・ マクロレベル 
潤滑  ・ flocking (毛くずつめ)
・ 水性滑りコーティング 
・ グリース(Krytox)  
材料を変える ★ 熱プラスティックオレフィン
・ 柔らかい材料  
・ 固い材料
・ 押し出し 
・ RIM (Reaction Injection  Molding) 
動きを押さえる ★ローリングリップ ★ 車輪デザイン 
★ チューブ状のリップ
ヒンジデザイン ・ 2 部品デザイン
★二重材料 ★ 柔らかい接触層と固い外層
★端部を固着する ★ 糊付け   
★ 粘着材料  
★ 磁性モールディング 
★音波の伝搬を防ぐ ★複合モールディング ★ リップ端部に一本の繊維
★ 複数本の並行フィラメント
★ 詰め物 (繊維, 球状, 等) 
★ メッシュ 
★ 金属フォイル
ばたつきの問題

(安定性が低い)

安定性を増す
固さを増す ・ より固い材料
・ より厚いリップ(縁)
★下向きの力 ★翼と反対の形
縁の下部圧力が 
   高くなるのを
   防ぐ  
発泡ふさぎもの ・ 入り口部分に
・ 空洞全体に詰める
・ 注入    
排気   ・ 屋根に排気    
・ モールディングに孔 
温度効果 ( 従来の対策なし)  

5.2 制約条件

  解決策のコンセプトを記述する前に, これらのコンセプトを開発した際の制約条件 を明記しておくことが
重要である。もし, 将来これらの制約条件が変われば, 解決策 のセットは修正・拡張できるであろう。

 つぎの制約条件を課した:
  ・ 押し出し成形によるモールディングとする。この型のモールディングはウイン ドシールドおよびバック
          ライトとして, 大抵ものに使われている。
  ・ 車のスタイリングを変更してはならない。このため, Aピラーとガラスの間の 空洞を隠すために, モール
          ディングはリップ(へり,ふち) を持つ必要がある。
  ・ モールディングのデザインと製造プロセスに大きな変化は許されない。

5.3 解決策のコンセプトの記述

5.3.1 暫定的解決策

車両プログラムチームは, ばたつき (バズ音) の問題に対して, 暫定的な解決策を開発し実装した。発泡ブロ
ッカーをラビット (モールディングと車体のシートメタルとの間の空間) 内に装着した。このブロッカーは空気の
圧力が高くなるのを防ぎ, その結果としてモールディングのリップを押し上げる力を減少させる。さらに, モール
ディングの断面をより厚くし, 素材をより硬いもの(higher durometer)に変えた。より硬い素材はきしみ音を増
進させることが知られているので, スリップコート (slip coat)をモールディングの下面に適用して, きしみの確率
を減少させた。
 
 
   .

序論で述べたように, 本プロジェクトの目標は, 製造/ 組立の複雑度や工数・材料コストなどを増大すること
なく, きしみとばたつき( バズ音) の問題の両方を解決する方法を開発することであった。

本節では, 新しく開発した解決策のコンセプトを説明する。前ページに示したロードマップBを参照のうえ,以下
の解決策コンセプトが,きしみとばたつきの両方の問題解決に向けたものであることを認識いただきたい。

5.3.2 複合材料

 チームで構造的アプローチをした結果, きしみの問題を解決する新しい概念的方向が明らかになった(B層,
ロードマップの中央にある「音の波の伝搬を防止する」項)。(きしみのメカニズムの項で)前述したように, きし
みは固着と滑りの現象で起こる。この結果,モールディングのリップに沿って進行する波を形成する。この波
が耳に聞こえる音波に結びついている。そこで,リップに「複合構造」(C層)を導入し, リップの接線方向に
より硬くなるようにして, 音の波が伝わるのを防ごうということが提案された。いくつかの可能性を探ることが
できる。

以下のコンセプトで重要な点は, きしみが起こりにくいことが分かっている,柔らかい(with low durometer)
PVC (ポリ塩化ビニール) を選択して, その構造を〔複合構造で〕強化して必要な硬さを達成できることである。

複合構造は真正のTRIZの解決策である。1950年代の初めに, TRIZ創始者のHenry Altshullerは, 「矛盾
表」を開発した。複合材料を利用するすることは, 強度を増しながら重さを減らすという矛盾を解決するの
に適用する, 一つの発明原理として指摘されている。

5.3.2.1 ★リップの端に沿った一本のフィラメント

 きしみの高速ビデオフィルムを観察した結果, きしみの初期段階は, リップの端に小さな「泡」が形成される
ことで特徴づけられると, チームは結論した。振動の入力を増大させると, これらの「泡」の頻度も増え, リップ
の端全体にわたる運動を引き起こす。
 
そこで, リップの端に沿って一本のフィラメント (ワイヤ) を入れれば, このメカニズムを妨げ, きしみを消滅できるであろう。このフィラメントは, PVC モールディングと同時に押し出し成形できる。

このような強化技術は, 自動車産業をはじめさまざまの産業で使われている。例えば, ゴムタイヤは金属ワイヤによって強化されている。

5.3.2.2 ★複数の並行フィラメント

複数の並行なフィラメントは前記のコンセプトの拡張である。もし一本のフィラメントで十分強化できなければ,
これらの複数のフィラメントを使うことができる。
 
TRIZの観点では, これは技術進化のラインに沿った自然なステップである。TRIZには技術システムの進化の 8つの法則がある。その一つの「ダイナミズムと制御性の増大の法則」には, つぎのような発展のラインを含む: 「技術システムは, 単一システムから, 複システム, 多システムに, 進化する」。

5.3.2.3 ★詰め物 (繊維, 球状, など)

この解決策は, 別の複合構造を記述している。短い多数の繊維をランダムに (あるいは望ましい方向 (射出
方向) に揃えて) 予め融解PVC に混ぜて練り, その後一緒に射出成形する。
 
 
この設計の長所は, 土台材料が柔らかくて (きしみに有益である) , 一方, ばたつきに対抗するための安定性は強化材によって得る。
 
TRIZの観点では, (小さな繊維の) 無数の要素は, 多システムの究極の段階と考えることができる。

5.3.2.4 ★メッシュ

表面の柔らかさを保ったまま, モールディングのリップをメッシュでさらに硬くすることができる。メッシュもまた,
PVC と一緒に射出成形できる。
 
 
メッシュによる強化は, シールの製造やコンクリートの強化など,多くの領域で用いられている。

 
5.3.2.5 ★金属フォイル

金属フォイルをリップの幅の半分ないし2/3 まで伸ばし, それでいて, リップの端は変化に対応できるように
柔軟にしておく。( リップの端は柔軟で潜在的にはばたつきの可能性があるけれども, ばたつきが起こるの
は車の最高速度より高速の領域になるだろう。) ただし, モールディングを極端に固くすることができないこ
とを留意しておくことが大事である。なぜなら, ガラスの組み込みの障害になるかもしれない (ウレタン接着剤
が固化するまでに, ガラスを車体枠から押し出してしまうかもしれない) からである。
 
 
TRIZの観点からは, このコンセプトは利用可能な資源を最も有効に利用している。すなわち, 金属フォイルはすでにガラスを保持するのにモールディングに組み込まれており,このコンセプトはそれをリップまで伸ばすことを示唆している。

5.3.3 ★表面の変化

自動車産業では潤滑が摩擦を減らすことは常識である。モールディングのリップと車体のシートメタルとの
摩擦を減らす最も効果的な潤滑材として, フッ素化潤滑剤 Krytox (1950年代末にNASAで開発された) が
ある。しかし, 残念なことに, この潤滑剤は最も高価である。

モールディングのリップの動きを促進する新しい方法は, その表面を変えることである。このコンセプトは
ロードマップBの左部に示されている。この方法は潤滑をモールディングの製造プロセスに組み込むもの
である。

TRIZの観点からは,二つの分離したもの(モールディングと潤滑剤)を一つのもの(表面を修正したモール
ディング)に統合するものと考えることができる。また,マクロレベルからミクロレベルへの移行という,TRIZ
のもう一つの法則とも一致するものである。

5.3.3.1 ★プラズマ処理

プラズマ処理は,高密度ポリエチレン(HDPE)と熱可塑性オレフィン(TPO) とに使われる比較的新しい技術で
ある。この技術はHDPE上にテフロン表面層を作り, TPO 表面を活性化するのに使われる。テフロン (すなわ
ち, 完全にフッ素化されたHDPE) は, 低い摩擦係数を持ち, 通常のスリップコート(slip coat) よりも (摩擦係数
の温度依存性が有意に小さいという事実によって) より優れた性能を示す。

5.3.3.2 ★フッ素処理

 同様に, フッ素処理は高密度ポリエチレン(HDPE)に対して使う。このプロセスでは,プラスチック部品を入れ
たチェンバにフッ素ガスを導入し, 素材の表面で化学反応を起こさせる。この結果, PVC の表面にテフロンに
類似の層ができる。テフロンは摩擦係数が極めて低い。このプロセスは, 現在フォード ACDで燃料タンクの
処理 (燃料の蒸気がプラスチック層から染みだすのを防ぐための処理) に使われている。

別法として, (HDPEまたはテフロン粉末を使って) 低摩擦係数の薄い層を同時押し出し成形で作ることもでき
る。この種のプロセスは, ホース, シール, o-リングなどに使われている。

5.3.4 材料を変える

従来, 固定ガラスのモールディングに対して, PVC, Alcryn, EPDM などのいくつかの材料が検討されてきた。
自動車業界で広く使われているもう一つのグループのプラスチックが熱可塑性オレフィン(TPO) である。

5.3.4.1 ★熱可塑性オレフィン(TPO)

TPO は現在バンパーの表面に使われている。TPO は適当な前処理をすると, [その表面を] 塗装することが
できる。そこで, この材料を固定ガラスのモールディングに用いると, フォードに着色モールディングをもたらす。
これは, スタイリングに対して新たなチャンスを開くものである。

5.3.5 ★ローリング・リップ (回転縁)

 モールディングのリップの端部分の動きを抑制するという考えは, 過去には十分に検討されて来なかった。
この考えの基礎は, モールディングの端と車体シートメタルとの間に起こる運動 (約0.1 mm) 〔原文は0.1mm
と書いているが, 4.4 の図を見ると約 1mmと考えられる〕は, モールディングの柔軟な構造で吸収できるだろう
ということである。しかし, 潜在的なばたつきの問題があり,モールディングを柔らかくすることができないとい
う矛盾を心に留めておく必要がある。

 つぎの 2つのデザインは, 硬いリップ (ばたつきを抑える指標) で, リップの端部の特別な形状で, 相対運動
を吸収している。

また, これらのコンセプトは, シートメタルの平面内でモールディングが曲がることに対してより安定な端部を
提供しており, 滑りときしみの開始条件を解消するであろう。

車輪は, 滑り摩擦を回転に変換するのに, さまざまの産業で極めて広く用いられている。以下の二つのコン
セプトでは, 車輪がいくらか異なったやり方で使われている。

5.3.5.1 ★車輪デザイン

リップの端に車輪を付けるという考えは, 端部が支点 [図のくびれた点] のまわりで振動することを許す。
 
 
   .

5.3.5.2 ★チューブ状のリップ端部

リップの端部をチューブ状にしておくと, マッチ箱がひしぐような形になって, 相対運動を吸収する。
 
 
   .

5.3.6 ★二重材料 (Bi-material)

5.3.6.1 軟らかい接触層, 硬い外側層

リップの先端に軟らかい層を配置することにより, このような構造は, ガラスのシートメタルに対する相対運動
をモールディングが吸収することを許すだろう。ばたつきに対する安定性は, 外側の硬い層によって提供され
るだろう。

問題定義を思い出すと, ばたつきは高温のときによく起こり, きしみは低温で増加するのであった。ばたつきと
きしみを一層減少させるには,素材の対をうまく選択して, 温かい (高温の) 条件のときには, モールディング
がシートメタルにより強く押さえつけられるようにし, 涼しい (低温の) 条件ではよた弱くおさえつけられるよう
にするできる。もし, そのようなプラスチックの対を見つけるのが困難であるなら,5.3.2.5 節で論じた金属フォ
イルを, 二重メタルのフォイルで置き替え, 望ましい温度依存の振る舞いをするようにもできる。

TRIZ方法論では, 二重材料のコンセプトは, 進化のパスに沿った自然なステップである。システムは, 単一シス
テムから, 二重システム, 多重システムへと進化する。
 
 
   .

5.3.7 ★端部をくっつける

リップの端の運きを禁止する他の方法は, リップの端部をくっつけることである。つぎの 3種のアプローチが考
えられる。

5.3.7.1 ★糊付け

リップをシートメタルに糊付けすることは最も直接的にみえる。利点は明白である: リップの端を糊付けして
しまえば, きしみもばたつきも起きることができない。しかし, 少なくともつぎの 2点の心配を考えねばならない。
 ・   組み立て工場で液体の糊を使うことには, 大きな反対がある。
 ・   使う糊は水溶性であってはならない。

これらの反対に対処するいくつかの可能性がある。
 1.   ノンマーキング接着剤 (ポストイットノートに使われているもの) をモール ディング製造工場でつける。
 2.  固形糊 (紙封筒に使われているもの) をモールディング製造工場でつける。  モールディングを取り付
          けてから後で, 触媒により糊を活性化する。

5.3.7.2 ★粘着性の材料

ゴムシールは, シールした部材にしばしばはりついてしまう。ふつう, それは望ましくないと考えられている。
しかし逆に, モールディングの場合には,これは望ましいことかもしれない。モールディングの端がシートメタ
ルに粘着すれば, きしみの情報を解消し, ばたつきに対してもよりよい防止を提供するだろう。このコンセプト
は, 二重材料のモールディングの場合に, 特にうまく働くであろう。

5.3.7.3 ★磁性モールディング

もし, 磁性の粒がPVC モールディングにぜられていれば,それは磁性を持ち, 鋼鉄の車体シートメタルに引
き付けられるであろう。さらに, 押し出し成形のときに磁性の粒を望ましい方向に配向させ, モールディングの
磁性性能を改良することもできる。

機械的な相互作用を非機械的な (例えば, 磁気的な) 相互作用で置き換えることは, TRIZのもう一つの発明
原理である。磁性モールディングは, 冷蔵庫のドアに現在使われている。

5.3.8 ★下向きの力

ばたつき (バズ音) の問題に対して, 新しいよい解決の方向が見出された。ばたつきのメカニズムの節で論
じたように, モールディングの上部 (外側) の高速の気流がばたつき問題の主要な原因であると信じられてい
る。この解決策は, 有害な効果を有益な効果に変換する。この原理は, TRIZで革新的な解決策を得るのに
よく使われる方法である。

5.3.8.1 ★翼と反対の形 (Anti-wing shape)

モールディングに翼と反対の形を使えば, モールディングにばたつきを起こしていた気流そのものが, 積極的
に下向きの力を発生し, ばたつきを防止するであろうということが提案された。このコンセプトは, ワイパーから
レーシングカーまで, いろいろな産業で応用されてきた。
 
 
   .

6. 適用した方法の記述

6.1 TRIZとSIT

技術革新の技法TRIZとSITとを, この問題を構造化し解決策のコンセプトを作るのに使った。TRIZは「発明
問題解決の理論」のロシア語の略称であり,旧ソビエト連邦で始められた45年以上におよぶ研究・開発の成
果である。この研究を通して認識されたのは, 同じ基本的な問題あるいは矛盾が, 多数の発明家によって, し
かし別の技術分野で, 扱われたことである。しかも, 同じ発明の原理とそれに付随する解決策が, 繰り返し繰り
返し, しばしば長年月離れて, 使われていることが, 発見された。この研究者たちは,この知識を抽出し, 編纂
し, 組織することを試み, そして, もし後続の発明者がそれ以前の解決策の知識を持っていたならば, 彼らの
仕事は直截的なものであったろうと推論した。

TRIZは, 技術革新のための構造化した方法論であり, 発明的問題を検討し, 解決策空間を探索し, 概念的な
解決策を開発する方法である。それは, 他の分野の技術や産業での解決策を用いることにより, 技術分野の
壁を越えて問題の解決に到達するための手段である。TRIZは, 発明に関する世界中の経験を一般化し,
技術問題を解決するのに成功した方法を体系化し, 技術システムの進化における規則性を解明した。企業が
技術競争力を強化し, 企業内の体験的知識ベースから, 産業間の枠を越えた技術ベースに拡張しようとする
のにつれて, この方法論は産業界において人気を獲得しつつある。

SIT(Structured Inventive Thinking, 構造化発明思考法) は, TRIZの一つの拡張であり, TRIZ方法論をもっと
学びやすく使いやすいものにすることを目標に, イスラエルでTRIZ実践家たちが考えだしたものである。フォ
ード研究所物理部門がSIT方法論の開発を継続し, フォードの技術者へのトレーニングコースをすでに開発した。

われわれはTRIZとSITの両方法を混ぜたものをこの問題に使ってきた。両方法論は以下の特徴を共有して
おり,下記のための体系的で明確な(disciplined) 方法を提供する。

1. 一般的な問題 (例えば, モールディングのきしみ) を, 特定の技術目標 (例えば, モールディングを
X方向には硬くし,一方,Y方向には柔らかくする)に変換する

2. 特定の技術目標を, 方法論が内部に持っている一般的な発明原理を使うことにより, 解決する。これらの
原理は, 多数・広範囲の技術分野から抽出されたものであり, 技術者たちの専門領域を越えた解決策を彼ら
に提供する。

これらの方法論の特長は, 解決の努力を問題の技術的根本原因または原因群に集中し,そして設計解決策を発明するための道具を提供することである。その結果は多様な革新的な解決策コンセプトであり, その中のいくつかが問題に対する有用で実際的な解決策となる。

6.2 例: 「ローリングリップ」解決策コンセプトの導出 (5.3.5 節参照) 。

一般的問題:  モールディングのリップは, (塗装された車体シートメタルに対する微小なランダムな振動下
に置かれたときに) きしみ [キューキューいう音] を起こしてはならず, そして, さらに, (使用時に起こりうるどん
な高速気流の状況に置かれたときにも) バズ音 [ブブブという音] を出してはならない。 

きしみの問題の専門家は, モールディングのリップの端がシートメタルに対して固着と滑りの転移を起こすこ
とが, きしみの原因であることをすでに知っていた。リップの端を常時滑る状態に保つ試みが多数調べられた
(例えば, slip coat, Krytox など) が, 端を固着状態に保つ方法を調べた技術者はほとんどいなかった。解決策
トリー上でこの枝は少ししか開発されていなかったので, われわれはここに多くの努力を集中した (ロード
マップB を参照) 。

既存の実験結果は, 滑りの時に生じる相対運動の量は驚くほど小さいことを示していた。それは, 0.1 mmの
オーダである〔図では0.8 mm〕。そこで, モールディングのリップが十分柔らかければ, この微小な動きを滑ら
ずに吸収できそうに見えた。実験データは, モールディングのリップが柔らかいほど, 硬いものに比べて,
きしみを起こしにくいことを示していた。

ばたつき問題の専門家は, モールディングのリップが硬いほど, ばたつき問題が減少・解消されることを指摘
していた。この二つの問題の解決への要求は矛盾して見えた: 「モールディングのリップは, ばたつきを防ぐ
には硬くなければならず, きしみを防ぐには柔らかくなければならない」。問題がこのように適切に定式化さ
れると, TRIZソフトウェアが問題宣言文を生成した: 「ばたつきを防ぐために持ち上げ方向にはリップを硬くし,
しかし, きしみを防ぐために接線方向にはリップを柔らかくせよ」。これは特定された技術目標を宣言して
いる。つぎのステップは, この条件を満たす設計を創造することであった。

発明原理の一つは, 「摩擦に対抗するために回転を使う」というもので, ボールベアリングから類推される
ものである。リップの端を本体に対して回転させるにはどうすればよいかを,われわれは考えた。リップの
端を丸くすることは以前にも試みられたが, そのときには,丸い端部に回転できるヒンジ (蝶番) を設けて
いなかった。われわれはヒンジを備えた丸い端部を作った。タンクのキャタピラは別の種類の回転接触を
代表している。そこでは, 輪になったキャタピラが接触面積を増大するのに使われている。この類推を使っ
て, 別のデザイン [チューブ状の端部] を得た (5.3.5 節参照) 。

本体と回転接触をするリップを作ることで, リップをより固くしてバタバタを防ぎ, そして同時に, 接線方向に
はより柔らかくしてきしみを防ぐことができるはずである。回転接触は滑らずに相対運動を許す。
 

7. 謝辞

本プロジェクトを通じてわれわれをサポートし, 課題に関する知識を提供し, 情報を収集するのを支援してくれた, つぎの人々に感謝する。

プロジェクトのスポンサー:
 
   . John Megdan 
Paul Ashburn 
Gary Boes 
技術支援マネジャ
チーフエンジニア
マネジャ

サポートと技術援助:
 
        . Ed Sickafus 
Donald Smith 
Glenn Vangelderen 
Saly Werner 
Gary Wight 
Paul Bell 
Edward Chrobak 
Kevin Clark 
Jerry Custer 
Roy Dunton 
Greg Ehlert 
Mike Freeman 
Mark Higgins 
Wendy Nair
Jenny Remington
Bill Siddall 
Jon Skelly 
Rick Suqires 
John Thorn 
マネジャ
 マネジャ
マネジャ
マネジャ
マネジャ
エンジニア
エンジニア
技術監督
システムエンジニア
エンジニア
技術監督
製品設計エンジニア
製品エンジニア
セクション監督
製品設計エンジニア
製品エンジニア
製品設計エンジニア
セクション監督
技術監督

   なお,Defiance STSの技術者にも, その知識と経験を共有して貰ったことに感謝する。
 


編者あとがき    (1999. 8.30, 中川)

今回, このホームページへの掲載のために, もういちど全編を翻訳しなおしてみて, 益するところが多かった。
思い返せば, この論文がTRIZの適用法について目を開かせてくれたとともに, SIT法(いまの言葉ではUSIT)
についてはじめて言及したものであった。このようなすばらしい事例を生んだTRIZとSITを結合した方法を
よく知りたいという思いは,その後1年以上経ってはじめて少しずつ分かったのであった。

現在の目でこの論文を読み直してみると,そのポイントは以下のようである。

(1) 企業の永年の懸案に対して, 正面から取り組み, 解決した貴重な記録である。解法の専門家 (ここでは
品質管理を母体として, TRIZおよびSITを習得した人々)と現場技術者との協力関係が鍵になっている。

(2) SIT(USIT)の貢献は,問題の根本原因に対する物理学的追求(きしみのメカニズムとその高速ビデオ,
ばたつきのメカニズムなど)と,問題定義, およびコンセプト生成の幅の広さなどに顕著なのであろう。

(3) 問題のエッセンスは, この論文の最後の6.2 節に記述されている。
         「モールディングのリップは, ばたつきを防ぐには硬くなければならず,
                                              きしみを防ぐには柔らかくなければならない」。
これは, TRIZのいう「物理的矛盾」としての定式化である。このような「物理的 矛盾」に対してTRIZは一般的
な解決策を用意している。それは, 時間による分割, 空間による分割, その他の条件による分割などの原理
である。6.2 節は, この直後につぎのように書いている。
         "問題がこのように適切に定式化されると, TRIZソフトウェアが問題宣言文を生成した:
              「ばたつきを防ぐために持ち上げ方向にはリップを硬くし,
                しかし, きしみを防ぐために接線方向にはリップを柔らかくせよ」。"
しかし, 小生は, これがTRIZソフトウェアが出した文であるとは考えていない。ばたつきはガラス面に (すな
わちモールディングに) 垂直な動きであり, きしみはガラス面に並行な動きに関係する。この認識がこの問題
の鍵であり, それは, TRIZソフトウェアでなく, 人間が捉えた情報である。このように動きの方向を分離して
把握できたので, 上記の物理的矛盾に対して, TRIZの分離原理による解として「動きの方向による分離」
という適切な表現 (とコンセプト) を導けたのである。

(4) 5.3 節に記されている解決策の具体的な例, およびその解決策を導いた具体的な考え方の説明が,
TRIZの適用法として最も参考になる点である。

(5) 解決策を「ロードマップ」の形で一覧できるようにしている点が, この適用事例を強力なものにしている。
この表現法は, TRIZの固有のものでもないし, USIT法に固有のものでもない (USITでは, 個別事例を
一般化することを薦めているがこのような形式を用いていない) 。このロードマップは, Kowalickの論文中
「Mind Mapping」に対応するものであり, これ独自でも簡単で強力な技法になる (本ホームページ掲載の
Fobesの本の書評をも参照のこと)。

以上のように, TRIZの事例研究の記念碑的論文であり, いまなお価値を失っていないと思う。本ホームペー
ジに和訳して掲載できたことは幸いなことである。多くの読者の参考になることを願っている。

       
 
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最終更新日 : 1999. 9. 6.     連絡先: 中川 徹  nakagawa@utc.osaka-gu.ac.jp