TRIZ解説

TRIZ適用事例5:
想定外に陥らないリスクマネージメントへのTRIZの適用

上村輝之 (アイディエーション・ジャパン株式会社)

日本規格協会『標準化と品質管理』、
Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 50-54
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法
掲載:2013. 5.19  [許可を得て掲載]

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編集ノート (中川 徹、2013年 5月16日)

本稿は、(財) 日本規格協会の月刊誌『標準化と品質管理』の 2013年2月号 (1月15日発行) に特別企画として掲載されたTRIZ特集 8編 (全53ページ) 中の 最後の記事です。総説の記事3編の後を受けて、TRIZの適用事例の第5のものです。TRIZ特集については親ページ を参照下さい。

東日本大震災と原発事故の後、「想定外」という言葉を実にたびたび聞いた。災害や事故のリスク管理において、従来の考え方 (精神論だけでなく技法としても) に大きな落とし穴があったことは明らかである。従来技法の欠陥を指摘し、発想を逆転させた不具合予測の技法がTRIZをベースに作られている。本稿はその考え方と適用事例を、わかりやすく記述している。

本ページには、『標準化と品質管理』誌上のオリジナルなPDF 版 を掲載しますとともに、皆さまにすぐに読んでいただけるように (著者から提供された Word原稿に基づき) HTML形式でも記述します。本件の掲載を許可いただきました、(財)日本規格協会と 著者の長谷川公彦氏に厚くお礼申し上げます。

本ページの先頭 PDF 目次 論文先頭(HTML) 1. 逆転発想のAFP 2. 従来法の弱点 3. AFPの特徴 4. 化学プラントの事例 5. まとめ 参考文献 特集親ページ 英文ページ

   『標準化と品質管理』掲載    PDF版  (1.2 MB)

目次

1. 逆転発想のリスクマネージメント手法”AFP”

2. 従来の不具合予測法の弱点

3. AFP の特徴

STEP 1: 問題を逆転する
STEP 2: 不具合のシナリオを発明する
STEP 3: 資源を利用する
以上の結果

4. 事例:化学プラントの危険予測

5. まとめ: AFPの強み 

参考文献


解説:

TRIZ 適用事例5

想定外に陥らないリスクマネージメントへのTRIZの適用


上村輝之 (アイディエーション・ジャパン株式会社)

日本規格協会『標準化と品質管理』、Vol. 66, No.2 (2013年2月号) pp. 50-54
特別企画:TRIZで問題解決・課題達成!! -TRIZの全体像と活用法

 

1. 逆転発想のリスクマネージメント手法”AFP”

東日本大震災以来、「想定外の事故」という言葉が流行のように使われている。当然に「想定外でいいのか?」という怒りの言葉も。どうしたら、「想定外」を効果的に最小化できるのか?

その有力な一つの答えが、ここに紹介する手法である。これは、米国のTRIZコンサルティング会社 アイディエーション・インターナショナル社 (以下、II社という)によって開発された AFD (Anticipatory Failure Determination) - 先行的不具合対処 -という方法論に含まれる、AFP (AFD Failure Prediction) - 不具合予測 -という手法だ(図1)。これは、まさに「想定外」を想定するために編み出された手法なのだ。

図1 先行的不具合対処 AFDの構成

将来の不具合を予測するための伝統的手法として、FMEAやHAZOPなどが有名だが、それらは「想定外」に十分強いとはいいがたい。AFPは、伝統的な手法と一線を画す強力な手法である。その最大の特徴は後述する「逆転の発想」にある。

2. 従来の不具合予測法の弱点

伝統的な不具合予測法では、システムの機能を明らかにし、その後、その機能の実行に問題や欠如が生じたならば、システムに何が起こるだろうかと考える。つまり、設計意図を出発点として推論を進める。

このプロセスは道理にかなっているかに見えるが、実は構造的な弱点を抱えている。 第一の弱点は、潜在的な不具合を見つけ出す際に生じる。そのとき私たちの心理は無意識に、設計者と同じ性向に傾く。すなわち、「その製品に不具合があるわけない、あっては困る」という心理に自然となってしまう。これが、不具合の発見にブレーキをかける。

第二の弱点は、不具合を見つけ出すための推論が、設計意図として認識されている機能に基づいて行われる点にある。設計意図の外にある(つまり「想定外」の)機能は考慮されない。たとえば、ハンドガンの設計意図としての機能は「弾丸を発射する」だが、「子供が学校でハンドガンを乱射する」機能は設計意図に含まれていない。このような設計意図外の機能に起因する危険や事故を予測することは難しく、現実に発生して初めて気づくことになりがちである。

従来方法の第三の弱点は、困難な技術的問題を解決するための「発明的」な問題解決ツールを備えてない点にある。そのため、私たちは、現在の設計の欠陥や不備を改善するために、試行錯誤的に再設計を繰り返すとか、検出システムを再設計して一時しのぎをする、などのアプローチを行わざるを得ない。その結果、コストの高い過大設計になったり、複雑な設計になったりしがちである。

3. AFP の特徴

AFDは、上述した従来方法の弱点をすべて解消するように作られている。

AFPのプロセスは、次の2段階のステージ:
      ステージ1: 潜在的な不具合を発見する
      ステージ2: 発見された不具合を予防する
から構成されるが、前半のステージ1にAFPの最大の特徴が存在する。それは、潜在的な不具合を発見するために、伝統的方法に対して「逆転の発想」と呼ぶことができる、次の3ステップアプローチを採用する点である。

STEP1: 問題を逆転する

システムを守る設計者から、システムを壊す破壊者へと立場を転じ、次のように考える(図2)。

このシステムで「どんな不具合が起こりそうか?」でなく、「どうやって、考え得るあらゆる不具合を起こしてやろうか?」と考える。

すなわち、従来方法では設計意図の下で、起こり得る不具合を探し出そうとするのに対し、AFPでは、危険な不具合(これは容易に特定できる)を先に列挙した上で、その不具合を起こす方法を「発明する」という考え方をするのである。


図2 システムを守る設計者から、システムを壊す破壊者への逆転発想

STEP 2: 不具合のシナリオを発明する

上記の考え方の下、まずシステムを破壊する不具合にはどんなものがあり得るか(例えば、爆発、燃焼、腐食、…)を挙げ、次にそれぞれの不具合を「意図的」に生み出す方法(不具合のシナリオ)を発明する。

不具合のシナリオを発明するとき、たいていの場合、TRIZを応用した技術問題解決ツールを活用する。その一つが、原因-作用-対象-結果モデル(図3)である。例えば、システムのある部分(対象)で特定の不具合(結果)を引き起こすために、原因として何が利用し得るか、その原因を活性化するにはどんな方法があり得るか、作用として何が利用し得るか、その作用を強化するにはどんな方法があり得るか、対象を弱体化するにはどんな方法があり得るか、結果(不具合)を激しくするにはどんな方法があり得るか、などと考えていく。それにより、可能性ある不具合のシナリオを網羅的に生み出すことができる。

図3 技術問題解決に利用する原因-作用-対象-結果モデル

STEP 3: 資源を利用する

各シナリオを実現するために必要となる資源(必須要件)の全てが、対象システムで入手できるか、または、その入手できる資源から派生させることができるかを調べる。

 たとえば、

このチェック結果が肯定的であれば、そのシナリオは不具合の発生メカニズムの一正解候補となる。

以上の結果

上述のように、潜在的な不具合を発見するために、破壊者の立場からシステムを眺めて、「どうやったらそのシステムを破壊できるか?」を考える。それにより、システムに潜むいろいろな欠点や弱点が良く見えてくる。(第一の弱点の克服)

また、破壊者は、設計意図に制約されないから、設計意図外つまり「想定外」の要因によって引き起こされる不具合も比較的容易に見つけ出すことができる。(第二の弱点の克服)

AFPのもう一つの特徴は、ステージ2で、再びTRIZを応用した技術問題解決ツールを活用して、不具合を予防する方法を発明する点にある。上述の原因-作用-対象-結果モデル(図3)をここでも用いることができる。ただし、ステージ1と異なる点は、どうしたら不具合(結果)を「引き起こせるいか?」ではなく「阻止できるか?」を考えていく点である。例えば、図3のモデルで、原因を除去または変えるにはどんな方法があり得るか、作用を変えるか打ち消すにはどんな方法があり得るか、対象を作用から隔離または防護するにはどんな方法があり得るか、結果(不具合)を最小化または有益化するにはどんな方法があり得るか、などと考えていく。

同時に、TRIZの提供する発明原理などの強力なアイデア発想ツールを利用して、上記の「どんな方法があり得るか?」の答えとなる具体的なアイデアを考えていく。

これにより、システムの欠点を修正するために試行錯誤的に再設計を繰り返す必要性が減り、仕事の効率がアップする。また、予防策が過大設計や複雑設計になる可能性が最小化し、より理想度の高い結果を導き出せるようになる。(第三の弱点の克服)

次に、AFPの好事例を紹介する。上述した3ステップモデルがどう働くかが分かるはずである。

4. 事例:化学プラントの危険予測

北米のある化学プラントで、少量のガスがスクラバー(排ガス洗浄機)から漏れた。そのガスは、人体に危険ではなかったが、不快な臭いがしたため、周辺の住民から苦情が殺到した。この事態を収拾するため、AFPの専門家たちが化学プラントに招かれた。

プラント側の説明によると、そのプラントには、図4に示すように一種類のガスS1を収容した一つのガスタンクがあり、そこにベントライン(ガスを外気へ逃がす管)が接続され、そのベントラインの先端にスクラバーが設置されていた。

図4 プラント技術者が意識しているプラントモデル (心理的惰性による影響下にあるプラントモデル)

ところが、専門家たちが実地調査を行ったところ、プラント側の説明には抜け落ちていた、次のような重大事実が見つかった(図5)。

図5 実際のプラントモデル (心理的惰性を排除したプラントモデル)

一般的に、当事者からの説明や資料には、不具合に関わる重要な情報が欠如していることが多い。それは人間のもつ心理的惰性のせいである。心理的惰性を克服するには、状況の観察と客観的事実の把握が大切であるが、AFPはそれを効率的に行う特別の情報収集分析ツールを有している。

実地調査で明らかになったプラントの構造に基づき、専門家たちは、上述したステージ1の3ステップアプローチを開始した。すなわち、破壊者の立場に立って、このプラントを破壊するような事故を危険度の高い順に挙げていった(例えば、爆発、火災、大量ガス漏れ、…)。続いて、各事故を意図的に引き起こすための課題を定義した。数多くの課題が定義されたが、最も危険な事故にフォーカスした課題の一つは次の通りであった。

 「一方または両方のガスタンクを破壊できる爆発を引き起こすために、反応器の外で二種類のガスを接触させる方法を考え出せ。」

次に、専門家たちは、その課題の回答となる爆発生成方法を「発明する」ことに取り組んだ。ガスタンクの爆発を起こすのに利用可能な資源(図3のモデルの原因や作用となり得るもの、それを活性化し得るものなど)をプラント内または周辺から見つけ出す作業が行われた。


その結果、次の事実が判明した(図6)。

図6.  想定外事故を引き起こす可能性のある実際の配管モデル

上記の判明事実から、爆発が起きる危険性が現に存在することと、その爆発のシナリオがどんなものかは、誰の目にも明らかであった。

このように、ステージ1では「逆転発想」の3ステップアプローチを行うこことで、今まで誰も発見することができなかった「想定外」の不具合を的確に見つけ出すことができた。

その後、専門家たちは、上述したステージ2に移り、爆発を防止する方法を発明する仕事に取り組んだ。幸運なことに、爆発を防止する方法は、たった30分で見つかった。両方のバルブを開きっぱなしにする、つまり、作動不能にすればいいのである。

ちなみに、他の多くのケースでは、予防策を見つけ出すことはそう容易ではない。しかし、TRIZという強力な技術問題解決ツールを活用することで、優れた予防策を効率的に創造することができる。

ところで、本ケースで読者は「なぜそのような危険なバルブがシステムに設けられていたのか?」と疑問に思われるであろう。 

その答えは単純であった。最初の据付工事の際、スクラバーのテストと調整を、システムの他の部分に影響を与えずに行うために、バルブが必要だったのである。工事後にバルブを除去するにはコストがかかりすぎたのだ。

さらに、人間の心理的惰性(いままで何も起ってないじゃないか!)により、HAZOPを使って安全調査を行ったにもかかわらず、誰もバルブが危険だとは見抜けなかった。

これに似た状況は多くの産業分野で通常に見かけられる。それが「想定外」が多発する原因なのだ。

本ケースでは、3日間で21以上の潜在的な事故の発生シナリオを発見した。その成果を評価した化学プラント側は、 その後、社内のAFP専門家を養成した。彼らは、プラントのすべての設備についてAFP を行ない、多くの潜在的危険を防止した。

5.  まとめ: AFPの強み 

以上のように、AFPでは、破壊者の立場に立って不具合のシナリオを発明する、という「逆転の発想」を採用する。それにより、従来方法では発見し難かった、システムに潜むいろいろな欠点や弱点が良く見え、設計者の「想定外」の原因による不具合も発見しやすくなる。

また、AFPでは、不具合のシナリオを発見するプロセスと、その不具合を防止するプロセスの双方で、TRIZを応用したパワフルな問題解決エンジンを活用する。それにより、不具合予測予防の仕事は、後向きで受動的な対処活動から、前向きで能動的な「発明」活動へと生まれ変わる。

結果として、仕事の効率が高まり、かつ、より理想度の高いソルーションを導き出せるようになる。

なお、AFDは、技術的な分野だけでなく、非技術的な分野、たとえば、政治、外交、軍事、治安維持、防災、ビジネスなどの分野のリスク対策にも活用されている。

参考文献

1) 書籍 “How to Deal with Failure (The Smart Way)" by Svetlana Visnepolschi, Ideation International社 (http://www.ideationtriz.com/publication.asp#To_order)

2) Ideation International社のホームページのAFD解説 (http://www.ideationtriz.com/AFD.asp)

 


 

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最終更新日 : 2013. 5.19  連絡先: 中川 徹  nakagawa@ogu.ac.jp